この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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結構、重い話です。


番外編 ありふれた終わり

  いつも、思い出すのは父と母の笑顔だ。小さなちゃぶ台を囲み、質素なご飯を食べる。どこにでもあった、普通の家庭の1ページ。平成生まれなんかじゃ耐えられないような貧乏な食事だったけれど、近所の子供達と朝から晩まで外で遊び、クタクタになって帰った時の晩御飯の、なんて美味しいことか。今でもあのお母さんのご飯が、私が生まれてから一番おいしかったと自信を持って言える。遊びにしてもそう。携帯やゲームなんかなかったけれど、当時はそれが当たり前だったから、何も不自由は感じなかった。女の子のくせに服が汚れるような遊びを男の子に混ざってやって、毎日仕事帰りのお父さんが迎えにくるまで空き地にいたものよ。映画も、カラオケも、ボウリングも、何一つ気軽に出来なかった時代なのに、その日その日の充実度はとっても高かったわね。

  母親がイタリア人というのが私の時代では珍しかったこともあり、周囲の友達も最初は戸惑いを見せたけれど、話すうちに自然と受け入れてくれたのは子供心ながら嬉しかったように思う。まあ、目が青いだけでそれ以外は日本人なのだから、年端もいかない子供なら仲良くなれるのかもしれないけれど。

  お母さんと一緒にお買い物に行けば、商店街のおじちゃんとおばちゃんがオマケをしてくれたっけ。

 

「キヌちゃん。今日もお母さんのお手伝いかい?偉いねぇ!お魚、オマケしておくからね!」

「あら!キヌちゃん。相変わらずハイカラねぇ。これ、お豆腐!良かったら食べてちょうだいっ」

 

  みたいな感じで。今では考えられないけど、昔は人と人との距離が近くて、町が大きな家族みたいだったわ。いきなりとなりのオバちゃんが「今夜はカレーよ。食べていきなさいっ!」とか言って、食事に誘ってきたりしてね。

 

  キヌって名前は、カタカナだから正直あまり好きじゃなかった。お母さんが漢字の読み書きを出来なかったからしょうがないとはいえ。せめて絹か衣って漢字にしてくれてたら、まだマシだったのに。もっとも、私の時代では戸籍とかを勝手に漢字にしちゃってもオッケーだったんだけどね。あ、でも、名前の意味は好きよ。だって、お母さんが作ってくれたお洋服にちなんでいるんだもん。綺麗な洋服を着ていたのは、近所だと私か、お金持ちの悦子くらいだったかしら。白と黒を基調にした、ドレスみたいなお洋服。あまりにお気に入りだったから、普段は着ないで飾っていた時期もあったくらい可愛かったの。だって、男の子達と遊んだら、イタズラで汚されちゃうでしょ?

 

「ねえ、おかあさん。おとうさんとは、どうやってしりあったの??」

「あら。キヌはお父さんとお母さんの出会いが聞きたいのね。……お布団にいらっしゃい。キヌが横になったら、お話を聞かせてあげるわ」

 

  夜遅くなってからも寝たがらなかった私に、いつもお母さんは嫌な顔をせずに付き合ってくれた。お気に入りはやっぱり、二人が出会った頃の話。遠い海の向こう。大海原を越えた先にある、見たこともない国での、心があったまるような思い出話。私はワクワク、ドキドキしながらお母さんの話に耳を傾けて、気がついたら寝てしまっていたわね。そんな時には、次の日も、そしてまた次の日も。お母さんに何度も同じお話をせがんだっけ。平成より穏やかで、時間がゆっくり流れた時代。ずっとずっとこんな日が続くのだと、幼い私はなんにも知らずに漠然と過ごしていた。

 

  自分が、人類史上最も残酷な時代に生きているのだと知らずに。

 

  ある日を境に。周囲の人達の視線が明らかに変わった。私と、お母さんを、親の仇のように見てきたの。親しかった近所の友達。魚屋のオジさん、豆腐屋のおばさん。あんなに優しかった人たちが、人格が変わったように汚い言葉を投げかけてきたわ。ショックで記憶は曖昧だけれど、確か「ここから出て行け」とか「あんたらがいると、コッチまで迷惑なんだ!」とか、そんなようなことを言われた気がするわ。お父さんは当然周囲に怒ってくれたけど、初めて見た激昂するお父さんよりも。…悲しそうな顔でお父さんの怒りを鎮めていたお母さんが、ひどく脳裏に焼き付いちゃった。

 

「私が悪いの、あの人達には怒らないであげて」

 

  そう言うお母さんの顔は、日に日にやつれていったわ。皆んなの態度が変わってからというもの、我が家には一気に不幸が舞い込んできた。最初は、食事から。一回に出されるご飯が徐々に少なくなって、私は結構ワガママを言ってしまったっけ。もっと食べたいとか、好きなオカズを出して!とか。それでも、「ごめんね、お母さんがしっかりしていないから」って、お母さんは悲しく微笑むばかり。きっと商店街の人たちが意地悪するせいで買えなくなっちゃったのね。私はお母さんを困らせたくなかったから、少量の食事にも文句を言わないように頑張ったの。例えお腹がいっぱいにならなくても、お父さんとお母さん。二人がいれば、私はそれで充分だった。……なのに。

  ある日、お父さんが長いお出かけをしなくちゃいけなくなったの。赤い紙が、お父さんに届いて。もしかしたら、ずっと帰ってこられないかもって言われてしまったわ。大好きなお父さんが帰ってこられないなんて。幼かった私は、それはもう大泣きして、ずっとお父さんの足にしがみついていたっけ。私が泣き疲れて寝ちゃっても、お父さんはずっと、私の頭を撫で続けてくれたわ。大きな手の温もりは、今でも覚えている。

  お父さんがいなくなってからは、町の人の私たちへのあたりが一層強くなった。外を歩けば石を投げられ、まともに出歩くことさえ出来なくなってしまったわ。それでも。お母さんは1日と絶やさず、ご飯を作ってくれた。ある時は、自分の分を全て私に食べさせてまで。

  そんな無理が一年程度続いて。結局、最後の最後、お母さんは笑顔のまま、ある日夜明けとともに事切れてしまった。再びお父さんに会うことも、もう一度お腹いっぱいにご飯を食べることすらできずに。あまりにも、運命の巡り合わせが悪すぎた。きっと、どんなにあがいても、私たち家族が再び元気に食卓を囲むことは不可能だったに違いない。

 

  食べることも、飲むことも出来ず。ただでさえ細いのに、更に痩せこけてしまった身体のまま、私は食料を調達する為に外をさまよった。赤い光に包まれた、人々が阿鼻叫喚する世界を。

 

  必死に。カエルでも、イナゴでも。食べられそうなものを探す中で。

 

  ふと、道端に知った顔を見かけた。

 

「き、君は……キヌちゃんかい!?」

 

  一年ぶりに見る、商店街のおじさん。なんだろう。前は太っていたのに、別人みたくやせ細っている。そのせいで、声をかけられても誰かわからなかった。相手も、きっとすぐには私だとはわからなかったのだろう。

 

「いやぁ、助かった。食べ物を探しに来ていたんだが、どうも足の骨を折ってしまったようでね。すまないが大人の男の人を連れて来てくれるかな?」

 

  クシャッと笑う。接客業をする者特有の、誰から見ても好印象の笑顔。

  足の…骨?この人は、散々私たち親子に酷いことを言っておきながら、自分は当然のように助かろうとしているの……?ううん、助かりたいだけならまだしも、アレだけ暴言を吐いた相手にさえ、平気で助力をこうだなんて。

  人生経験が浅くても、子供なりの思考しか出来なくても。魚屋のおじさんの行動が、えらく自己中心的なものだというのは感じられた。

 

「しかし、キヌちゃん。痩せちゃったけど、少しお母さんに似て来たね。やっぱりイタリアの血が流れているからか、美人さんだねぇ!そういえば、お母さんは元気かい?久しぶりに、おじさんの家で晩御飯でもどうかな?スイトンくらいはご馳走出来るよ。いやぁ、それにしても助かった!キヌちゃんが通らなかったら、どうなっていたことか。こんな山に、人なんか滅多に来ないからね!」

 

  ベラベラとよくまわる舌。足を見ると、本来の可動域ではない方向へ曲がっていた。気味が悪い。上の方に食用の雑草があるから、そこまで登ろうとして落ちたのかな。

 

「そういえば、キヌちゃんもご飯を探しに来たのかい?一人で、危ないだろう。お母さんはどうしたの?」

「おかあさんは……てんごくに、いきました」

「なんだって!?ベアトリーチェさん、亡くなったのかい!?いったい、いつ??」

「きのうの、きのうです。」

「一昨日かぁ。ご遺体は?」

「ごいたい?」

「あ。お母さんは、今どこにいるのかな?」

「おかあさんはおうちにいます。ねてます」

「そっか……。よし、まずは大人の人を呼んできてもらって、それから、キヌちゃんちへ行こうか。お母さん、弔ってあげなきゃね。おっと!とむらうっていうのは、地面に埋めてお墓を作ってあげるって意味だよ」

 

  調子がいいことを。こんな人に、お母さんを合わせたくない。石を投げつけられた際の、悲痛な表情。魚屋のおじさんは、お母さんにあんな顔をさせた悪い人なのだ。大人を呼べば、おじさんが家までやって来てしまう。でも、呼ばなければ……?

  小さな脳みそで、精一杯考えた。お母さんは冷たいけど重くて、とても私だけだと持ち上げられない。かといって、薄情な裏切り者に触らせるのはもっと嫌だ。

 

 結局。私は逃げるように、その場を立ち去った。

 

「キヌちゃーん!あんまり焦ると転んじゃうから、ゆっくりでいいよ!」

 

  おじさんは、私が町に戻って大人を呼ぼうとしてると受け取ったみたい。だけど、私は助けを呼ぶ気はなかった。この時の私に、殺意は無い。ほかの誰かが、きっと助けるだろうと。本当に、そう思っただけなんだ。

 

  そのまんま家に帰って、お母さんの横に寝る。こうすると、イタリアのお話をしてくれていた日を思い出す。お母さんと同じ、私の青い瞳。もしもこの目が黒ければ、近所の人から石を投げられることも無かったのかなぁ……

  だとしても。お母さんがくれたものだったら、石をぶつけられようと、お揃いが良い。

 

  満足に食事も出来ず、次の日には起き上がることも難しかった。お母さんが用意してくれた最後の干し飯。なんとか口に運んだけれど、唾液が分泌されずに咽喉を通らなかった。

  生物として、終わりが近づいている。昨日おじさんを助けていたら、もうちょっと生きられたのかな……

  もしそうでも、お父さんも、お母さんもいない世界になんて、未練なんかありはしなかった。

 

「おかあさん……、おとうさん……。……すき」

 

  だんだん、静かに終わりが近づいてくる。死んじゃうっていうのは、とっても悲しいことなのだとお父さんが前に教えてくれた。やっぱり、もう目を開けられないと考えると凄く怖い。でも。お母さんの隣で逝けるのなら、そう悲観したものでもなかったのかもしれない。

 

 ………………………………

 …………………

 ………

 

「迷える子羊よ、よくぞ参りました。落ち着いて聞いてください。貴女はつい先程、不幸にも命を落としてしまいました。」

 

  目を覚ますと。そこには、青い髪の美しいお姉さんがいた。

 

「あなたは……?」

「私はアクア。日本で若くして死んだ人間を案内する、水の女神です」

 

  とっても綺麗なお姉さん。お話に出てくるお姫様みたい。

  アクアさんは椅子に腰かけたまんま、指を鳴らす。すると、どこからともなく温かいうどんが現れた。

 

「兎にも角にも、まずはそれを召し上がってください。腹が減っては戦はできぬと言いますし、今の貴女はさぞかし空腹でしょうから」

 

  アクアさんから、うどんが差し出される。さっきまでの空腹や脱力、倦怠感はすでになくなってはいたけれど。私は無我夢中でうどんをお腹に流し込んだ。

 

  ずるずるっ。おつゆが飛び跳ねるのも気にしないで、小さな口一杯に頬張る。

 

「……おいしい!」

「ふふっ。慌てずに、ゆっくり食べてください。誰もとりませんから」

 

  熱々で、モチモチとしたうどん。うどんなのに、お蕎麦みたいに喉越しがいい。飲み込もうとしなくても、ツルツルっと喉の奥に吸い込まれていく。お出汁の味がしみた油揚げは、噛むとジュワッと甘みが口全体に広がる。久しぶりの、あったかいご飯。私はおつゆの一滴も残さず、綺麗に平らげてしまった。

  食べてる間、アクアさんがにこやかにコッチを見ていたけれど、そういえばアクアさんに半分残さなくても大丈夫だったのだろうか。

 

「だいぶ落ち着きましたか?」

「あの、ここにおかあさんは?」

 

  アクアさんの質問には答えず、自分の疑問を解消したがる無礼は、子供のする事だからと流してほしい。

 

「ここにはいません。ですが、貴女のお父様とお母様は、こことは違うところで一緒にいますよ」

「いっしょにいるんですか!?」

 

  じゃあ、私もそこに行きたい!ひょっとして、天国?

  死んじゃったのは、正直あんまり悲しくない。

  お父さん、お母さんと一緒にもう一度食卓を囲めるかもしれない。その想いだけで、死んだにも関わらず私は満たされていた。

 

「ええ。貴女も、同じところへ案内致します。日本ではありませんが、のどかで、綺麗なところですよ」

 

  アクアさんは私の頬に優しく触れる。白魚のような指で、私の髪に真っ白なリボンをつけてくれた。

 

「かわいい!これは?」

 

「貴女には特別に、ご両親に会えるまで不老の効果を与えておきます。なにせ、これから行く世界は広大ですから。ご両親に会うとなると、見た目が変化していない方が向こうも見つけやすいでしょうし。非常に心苦しいのですが、貴方は子供なので、向こうの世界で最も安全な街にしか送ってあげられないのです。ご両親に会えた暁には、このリボンを外してください。そうすれば、不老の効果も自動で消えますので、ご安心ください」

 

  アクアさんの言葉はむつかしく、ほとんど理解出来なかった。ただ、お父さんとお母さんに会えるかもしれないこと。そして、これから行く世界は人が少なくて困っていること。なんとか、この二つは頭に思い浮かべられた。

 

「御両親は、技術力がピカイチの街で暮らしています。向こうでの暮らしになれたら、是非訪ねてみてください。ノイズという名前の街です。きっとすぐに、再会できますから。無事に会えたら、貴女が経験してしまった不幸を全てしあわせな記憶で塗り替えるように、ご両親との暮らしを楽しんでくださいね」

「わかりました!」

 

  アクアさんによって、この後私は異世界へとワープさせられた。青くまばゆい光。お父さんとお母さんがいる世界へ。私は重力に逆らい、天高くへ誘われていった。

 

 ……………………………

 ……………………

 ……………

 

「先輩。ちょっといいですか?」

 

  少女を見送って一息ついたアクア。これからコーラでも飲んで一服しようとした矢先、背後から後輩の女神があらわれた。

 

「なによエリス。私はね、今とってもいいことをしたの。不幸な女の子を、アンタの世界で家族揃って生活出来るようにお膳立てしてあげたってわけ。普通は能力なんかあげないのに、それもサービスしちゃったわよ。で、祝杯としてコーラを飲もうと思ったのだけど。乾杯を前に不粋にあらわれちゃって。一体、何の用?」

「それなんですが……。先輩が転生してくれた日本人達が、問題を起こしちゃいまして」

「問題?」

「はい。……どうにも、異世界人の髪色や瞳の色から、ある国の人間だと思い込んでしまう人たちが多くを占めちゃっているようです」

 

  エリスの世界には、金髪の人種が少なくない。どちらかというと、日本人風の人種の方が少ないほど。転生するまでずっと、生きながら緊張の糸を張り続けてきた日本人。彼らにとって金髪は、現状の精神では見ちゃいけないものの一つだ。愛する人も、自分の家族も、そして、自分自身も。全てを奪っていった人種と似た特徴を持つ異世界人を前にしては、冷静でいられない者も出て当然。異世界で起こった、流行病が原因の人口減少を上手いこと乗り切ろうとした、日本人大量転生。老若男女問わず、善人を条件にとりあえず転生させる荒療治。

  これが大きな悪手だと、アクアとエリスはようやく理解した。

 

「日本人達が……異世界の人に暴力を振るってるわけ?」

「暴力……たしかに、暴力もあります。彼ら日本人はとても怯えています。何にも知らない世界に移動し、その先には敵国だった土地に住む人と似た住人達がたくさん。暴力といっても自らの意思で振るうと言うよりは、パニックで住人に手を出してしまう人が多いみたいで」

「そんな……。転生する前に、そのあたりは徹底的に教えこんだのにっ!どうしてそうなるのよ」

「それだけ、日本人の心に刻まれた恐怖や憎しみが強かった、ということでしょうか……」

 

  日毎、追い詰められていく恐怖。圧倒的な国土に、圧倒的な戦力。自国には無いものを持っている相手との、無謀な戦い。命を落とすまで続いた地獄の日々。いくら頭ではわかっていても、心が簡単には納得してくれないもので。これが、終戦後。ポツダム宣言受諾後の日本人だったのであれば、いたずらに外国人に悪感情を抱くことも少なかっただろうが。

 

「今度から、言語習得と一緒に認識まで書き換える必要があるわね……」

「はい。すみません、私の管轄のために先輩のお手を煩わせてしまい」

「気にしないの。困った時はお互い様よ!今度はアンタが私を助けてくれればそれでいいわ」

 

  先輩女神と、後輩女神。彼女たちはこれから先、試行錯誤しながら転生システムを整えていく。球磨川禊が転生されるまでには、人間の時間にして約70年以上の時を経るわけたが。その頃には、エリスの世界では人口減少など生ぬるい、魔王を討伐する為の転生が必要になったので、今のうちに失敗を重ねて転生システムを完成させられたのは、天界にとっても大きな利益となった事だろう。 魔王が出て来てから転生システムを作り出しては、エリスの世界が滅んでいた恐れもある。

  しかし裏では。その内の失敗の一つ。たった一回の失敗が故に、永遠に歳をとらなくなってしまった女の子を誕生させてしまったのだが。きっと、必要な犠牲だったのだろう。最初から全てがうまくいくとは限らない。いくら女神でも、限界はあるのだ。

 

「先輩、日本人達を例の技術大国に転生させましたよね?」

「ええ。ノイズは、勤勉な日本人に適した転生先だと思ってのことよ。それが、どうかしたの?」

「いいえ。私も、彼らが日本での知識を活かして、素晴らしい技術を生み出してくれることを願っています」

 

  技術大国。球磨川が転生した際には、既にデストロイヤーによって滅んでしまっていた古の魔道大国。圧倒的な技術力をもって他国から羨望の眼差しを受けていた彼の国は、日本人によって知識が底上げされたが故、そこまで発展したのかもしれない。

 ……………………………

 ……………………

 ……………

 

  とある、木製の小屋での会話

 

 

「ねえ、貴方。キヌは元気かしら」

 

「ん?もちろん、元気だろう。あの子は君に似て聡明だからね。私たちがいなくても、立派に生きていけるはずさ」

 

「そうね。……本当は、あの子のそばで成長を見守りたかったけれど。こうして貴方とまた暮らせるだけでも、女神様に感謝しなくちゃいけないわね」

 

「……ああ、全くだ」

 

  仲睦まじく、夫婦は寄り添う。暖炉がパチパチと薪を燃やし、室内を暖める。日本で失ってしまった時間は、これから取り戻していけばいい。最愛の娘がいないのは仕方のないことだ。日本で無事に生き残り、元気でさえいてくれたら、それ以上は望まない。

 

「ねえ、ベアトリーチェ。その服はなんだい?」

 

  夫は、妻が縫う衣服に目をやった。

 

「これはね、キヌの服よ。」

「キヌの服?」

「ええ。もしも、もしも万が一だけれど、あの子もここに来てしまったら。きっとお洋服を汚してしまっていると思うの。ひょっとしたら、どこか破いてしまっているかも。その時のために、用意しているのよ」

「……そうか。それじゃあ、大事にしないとな。あの子に渡すのはきっと、これから60年も、70年も経ってからだと思うからね」

「ふふっ。だとしたら、私たちも90歳までは生きなくちゃいけないわね」

 

  ベアトリーチェは最後に糸を切る。

 

「よし、出来たわ。これで完成!」

「……ああ、とっても可愛らしいね。君の故郷を思い出すよ。絶対、あの子に似合うだろう」

 

  両親の想いがいっぱいにこもった服は部屋の壁に飾られて、持ち主が現れるのを今か今かと待ちわびる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……たとえ技術力の粋が暴走して、街から人が消え去ろうとも。その服だけは確かに、持ち主が来るまで、そこにあり続けた。

 

 

 

  少女が望んだ、家族での団欒。どこにでもある普通の幸せが叶うことは、ありはしなかった。この世界に来なければ、最愛の家族との別れを、2度もしなくても良かったのかもしれない。






うーん……もう少し、タイミング見計らうべきか迷ってましたが投稿します。
半年前くらいに書き終えていたので、投稿したい欲が抑えれなくなったの…

まあ、続き投稿した後で、入れ替えればいいですよね(適当

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