この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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スケルツォ・タランテラを聞く際に、アイリスがローズガーデンで紅茶をしばくイメージを脳内で妄想し過ぎた。
生で演奏を聴いても、もはやアイリスしか浮かばなくなってしまいました……しどいw





七十三話 元老院 その3

  昔から疑問に思っていた事がある。最初に不思議だと感じたのは、物心をついた頃。自分よりも長く生きている立派な大人たちが、当然そうしなくてはならないと、皆が頭を下げてくるのだ。幼く、一般常識も習っておらず、剣さえまともに振れない少女にだ。

  身分の差。ただこの国の王女として生まれ落ちた。それだけの理由で、アイリスは国中の民から敬われ、崇められて育ってきたのだ。

  あまりにも大きい、自由という名の代償を支払うことで、彼女は富と名声を得られた。

  ゆえに、おとぎ話に出てくる英雄達みたく、この素晴らしい世界を思う存分冒険したいと願ったものだ。時には巨大なモンスターと戦い、時には困った村人を助ける為にクエストをこなし、またある時は何をするでもなく、冒険仲間と食事をして絆を深める。

  王城にたまにやって来る吟遊詩人が語る物語にはいつも心が踊り、胸が熱くなる。最近では冒険者達から、実体験を聞くのが何よりの楽しみになってきていた。

  憧れながらも、自分にはそんな体験が一生出来ないのだと頭では理解している。泣き叫びたい程恋い焦がれた、自由な世界。王女としての身分をかなぐり捨ててでも飛び込みたいと感じる冒険の世界を、王である父や国民に迷惑をかけられないというだけの理由で、無理やり諦めてきた。

 

『冒険、興味あるよね?アイリスちゃん』

 

  だからこそ。

 

  冒険者として活躍めざましい球磨川に手を差しのべられ、図らずも涙が溢れてしまった。慌てて顔を伏せたので見られてはいない。早く平常心に戻らなくてはと焦ってみても、涙腺は弛む。王女をパーティーメンバーに誘うなど、この国の人間であれば冗談でも言わないような発言に、アイリスはひどく感情を揺さぶられたのだ。

 

  魔王軍も、エルロードとの国交も、この国も。面倒ごとは全部放り投げて、ここでハイと返事をしたのなら。球磨川は恐らく、アイリスが夢にまで見た波瀾万丈な冒険者生活へと導いてくれる事だろう。しかし……その道を選べないのは、誰よりもアイリス本人が理解してしまっていた。

 

「クマガワ様、ありがとうございます。私を……パーティーメンバーに誘って頂いて」

『お礼を言われるほどのコトはしてないよ。じゃあ行こっか、アイリスちゃん!君の最初の仕事は、めぐみんちゃんを探す旅だ!』

 

  破天荒な男は、もうアイリスが加入したのだと言わんばかり。背を向け、会議室を出て行こうとしている。騎士団の手助けの件がまだ未解決にも関わらず、だ。

  これに声を荒げたのは、やはりキシュメア伯爵。

 

「クマガワ殿!カイネル殿の手助けで参席を許されたに過ぎない平民の貴方が、王女殿下に冒険者捜索なんて理由で助力頂こうとは、なんたる愚かしさだ!言語道断です!」

 

  机をバシッと叩いて、球磨川に吠える。球磨川は耳を塞ぐジェスチャーをして、キシュメアが喋り終わるのを見計らってから盛大に拍手する。

 

『面白い、面白いよキシュメア伯爵さん!あなたのようないと高きお方がいるなら、この国が滅ぶのも時間の問題だね!』

「な、なんだと……!?キサマ、この私を愚弄するかっ」

 

  キシュメアの歯ぎしりが、静かな室内にやけに響いて聞こえた。

 

『愚弄とはまた被害妄想な。僕は君を褒めているんだぜ?魔王軍との戦場の最前線に国王と第一王子を派遣して、自分は安全な王城で踏ん反り返っているだけのキシュメアちゃんを。』

「ぬぅっ!!?」

 

  伯爵は堪らず立ち上がった。己の名誉が傷つけられるのは、貴族として最も許せない。王女殿下の御前で顔に泥を塗られるのは、伯爵に発狂したくなる程の怒りを覚えさせた。

 

『国王や王子みたいな、至高(しこう)御方々(おんかたがた)を戦わせるのに比べたら、アイリスちゃんが僕らと一緒に街を捜索することぐらい、微々たるもんじゃん?誤差の範囲っていうか』

 

  王を戦わせ、一部貴族は安全な王都にいる。球磨川の言葉は、どれも間違っていない。正論だから、相手は言い返すことも叶わないのだ。せいぜい、感情に身を任せて権力を振りかざすのが関の山。

 

「さっきから黙って聞いていれば、なんなのだキサマはぁっ!!平民の分際でノコノコ元老院に土足で踏み入り、あまつさえ伯爵である私を侮辱するなど……あり得ん!!有り得んだろうっ!!よもや、カイネル殿がなんと言おうと、私の決意は固まったぞ。最大限の罰を与えなくてはなるまい。アイリス様っ、この者を街中引きづり回してから、絞首刑に処すべきです!!国王陛下の決定に異を唱える愚かさ、不敬にすぎる!」

 

  どんどんヒートアップしていく伯爵に、他の議員達も同調し始めた。その者らも、国王が戦っているからこそ身の安全が確保されている。ようは、球磨川に間接的に保身を否定されたこととなる貴族連中。汚名を着せられ、許してやれる輩は貴族とは呼べまい。

 

「そうだ……!そんな平民、生かす価値がない!明日にでも絞首台に上らせなければ、我々の面目が保てませんっ!!」

「戦場に出られたのは、国王の意思。それを侮辱した罪は、命をもっても償えません。彼とパーティーを組んでいるララティーナ様にも、ダスティネス家としての責任を負って貰わなくては!」

 

  続々と騒ぎだす貴族おじさん達。ダクネスにまで飛び火させようと目論む発言も。よくよくアイリスが観察すると、全員が反王族派の連中だった。ダスティネス卿は国王の懐刀とまで言われる、忠臣。ダスティネス家にまで被害を拡大させることは、イコール王族の力を削ぐことにも繋がる。

 

「アイリス様っ!不在の王に代わり、ご決断を!このクマガワなる男は、王家を蔑める発言をしたのですっ」

 

  他の反王族派からの支援もあって、我が意を得たりとキシュメアがまくし立てる。

 

  アイリスにとって。外に出るのは有り得ないと理解していても、冒険者への誘いは人生でも数えるくらいしか無い幸福だった。どうせ断るけど、もっと球磨川には引き下がってもらったりして欲しかった。億が一、球磨川の熱意にこの場の議員が負ける事があれば。アイリスは合法的に冒険者を体験できていたのかもしれない。

 

  台無しにしてくれたのは、キシュメアだ。球磨川の言う通り、いつもは安全圏で姑のようにアイリスをいびるだけの意地悪な貴族。そのような輩が、【球磨川は王家を侮辱した】などと。失笑を堪えるのが、本当に大変だった。ダスティネス家の失脚も臭わせては、王族の権力を弱らせようとしているのが見え見えだ。真に愚かなのはどちらなのかと、アイリスは問いたい。

  しかし、これはもう、騎士団の派遣どころではなくなってしまった。球磨川は一体、何がしたかったのか。ダクネスの不安がまさに形となってしまった。

 

『素晴らしい!よくわからないけれど、みんなが懸命に発言して、議論に活気が出てきて喜ばしいよ。……ところでアイリスちゃん!さっきの質問への答えがまだ聞けていないのだけれど』

「あなた、脳みそ入ってるんですか!?」

 

  散々キシュメア達が騒いでいたのに、まるで聞いていなかったみたいにアイリスに話しかけてきた球磨川。王女も反射で球磨川にツッコミを入れてしまった。自分が絞首台に上るかどうかの瀬戸際だというのに、総スルーとは。球磨川という存在が心底理解出来ない。

 

『いやだなアイリスちゃん。そう言われちゃうと、僕も気になるじゃない?自分の頭に、脳みそが入っているかどうか……』

 

  球磨川が螺子を右手に掴んだ。彼を知る者なら、それだけで次の展開は読める。

 

『キシュメアっち、絞首台の手配はするまでもないよ。僕を殺したかったんでしょ?処刑業者に頼むのは時間が勿体無いし、ここでお手軽に済ましちゃおうか!』

「はぁ?キサマはさっきから、わけのわからんことを……心配せんでも、絞首台はいつ使われても良いようにしっかり整備されて……」

 

  ザシュッ。

 

「なっー!?」

 

  自らの側頭部を、球磨川は螺子で突き破った。柔らかい皮膚から頭蓋骨を二回通り抜けて、螺子は球磨川の頭を横一直線に貫通していた。フランケンシュタインのように。

  頭部から押し出された大量の血と、脳。床に散らばったそれらを観察した球磨川は、破顔して

 

『あー良かった。僕の頭にも、ちゃんと脳みそは入っていたんだ。だって実際問題、一度は頭を開いてみないとわからないもんね!こういうの、シュレディンガーの猫って言うんだよね?前にめだかちゃん達の前でも同じことをしたけど、あの日は脳みそなんて在ろうが無かろうがどうでも良かったからさっ』

 

  すっかりご満悦な裸エプロン先輩。大きな螺子が貫通しても、平然と喋り続ける姿には皆が言葉を見つけられなかった。

 

『おっと!安心院さんには、もう僕の残機が残ってないと言われたことだし、早めに治しておこうかな』

 

  螺子で頭を貫かれた辛いその症状に、早めの大嘘憑き。

  球磨川は溢れた脳みそも回収して、綺麗な頭部を取り戻していた。

 

「ば、バケモノ……!」

 

  キシュメアは呆然と後ろに下がり、壁にぶつかった衝撃で腰を抜かす。この世のものでは無い存在を目の当たりにし、全身を恐怖で震えさせた。

  アイリスもキシュメアと似た感想を持ったが、その呼称には納得がいかない。超人とか不死身とか、プラスな方向でネーミングするべきだと思う。

  カイネルも、尻もちをついたキシュメアを見て、笑いを堪えられなくなったらしい。

 

「ふははっ!あのキシュメア伯爵が、こんな醜態を晒すとは!クマガワ殿の、何がバケモノなものか。先程の、私の腕の件である程度予想は可能だったでしょう。彼がただ、我々の想像の上をいっただけで取り乱すとはらしくありませんね」

 

  普段取り繕っている人間が、不測の事態に陥り真の人間性を露呈する。カイネルにとって、キシュメアが恐怖に震えるのは非常に愉快だった。

 

「か、カイネル殿……!」

 

  笑われて恥ずかしいという思いが、伯爵を支配する。誰よりも人の目を気にする彼は、もうこの場を後にしたいほどだ。

 

「あー、失言でしたかね、すみませんでした。ですが伯爵。クマガワ殿の首をくくっても、徒労に終わるのではないですか?」

「そ、それは……そうかもしれませんが」

 

  苦虫を噛み潰したような表情で頷く。ようやく伯爵も球磨川をまともに相手しては疲れるだけだと理解出来たらしい。

 

「アイリス様、もしも元老院が足枷になっているようでしたら、こちらは私に一任して頂ければ結構でございます。クレア様かレイン様を王女代理としてたてて下されば、後はこのカイネルが引き受けますので」

 

  カイネルは、アイリスが冒険に心惹かれているのを昔から知っていた。いつの日か、彼女を狭い鳥かごから出してあげたいと、常々頭を悩ませてもいたのだ。この機会は、何度も訪れるようなものではない。球磨川というイレギュラーを利用し、ようやくアイリスを送り出す口実が生まれた。これを逃す手は無いと、アイリスの不安を取り払った。後はもう、王女の心次第だと。

 

「カイネル・ロープ殿……宜しいのでしょうか、私が議会にいなくても」

「それは、無論参加して頂きたいのが本音です。が、この国でもトップクラスの戦闘力を誇る王女殿下にディスターブ卿の捜索をしてもらい、代わりに騎士団を魔王軍との戦いに集中させられるのなら……そう悪い点ばかりでも無いと考えます」

 

  アイリスを最前線に送ることは不可能でも、騎士団ならば可能だ。アイリスが王都にいる状況が変わらないのであれば、不測の事態が起こっても対応は間に合うだろう。更に、次の定例会議はもう少し先だ。もしもそれまでに事件が解決すれば言うことはないが、仮に未解決でも会議の時だけ戻ってきてもらえば良い。

 

『ふーむ。アイリスちゃん、ここはどうやら、君が望めばそれで済むみたいだぜ?』

「クマガワ様……」

『君は僕に、冒険譚を所望していたけれど、自分で冒険しちゃえばいいんじゃないかい?』

「なんということでしょう。まさか、こうもすんなり冒険が出来るだなんて……」

 

  信じられない。これまでの我慢はなんだったのか。アイリスはもっと早くに行動していれば良かったと後悔する反面、これからでも場が整えば冒険の舞台に立つことが出来ると知り、形容しがたい興奮を覚えた。

 

『さあ、行こうぜアイリスちゃん!僕たちの冒険はこれからだっ!!』

 

  再び。幼い王女に手を差し伸べる裸エプロン先輩。

 

「はい……!クマガワ様、私を、胸踊る冒険に連れて行って下さいませ」

 

  小さな手のひらが、しっかりと球磨川の手を握り返す。マイナスとエリートが手を取り合い、元老院を後にする。窓から降り注ぐ光は、アイリスの門出を祝うかの如く、鮮烈に二人を照らしていた。

 

 ………………………………

 ……………………

 …………

 

『かくかくしかじかで、アイリスちゃんも一緒に冒険するからしくよろね!ダクネスちゃん。あ、しくよろっていうのは、冒険者なら誰もが知っている挨拶だよ、アイリスちゃん!』

「まあ!そうでしたの。知りませんでしたわ!」

 

「な、なな……なんということだ……」

 

  心配で、気が気でなかったダクネスの元へ戻った球磨川。彼が元老院から無事帰ってきて安堵するのもつかの間。冒険者仲間が連れてきた新たなるパーティーメンバーを見て、ダクネスはついに幻覚まで見るようになってしまったのかと思った。

 

「しくよろですわ、ララティーナ……いえ、ダクネス!」

 

  出会ってこの方、最も明るく笑った王女殿下に、ダクネスは最早何も言えなくなったのだった。




アイリスが仲間に!?あと、それはシュレディンガーの猫ではない。
ダクネスの胃はマッハ。

結局、元老院で球磨川は暴れてしまいました。まあ、伯爵とかを螺子伏せなかっただけマシですか…

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