この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

63 / 97
更新遅れました。ご迷惑をおかけしました。


六十二話 代打僕

  手持ち無沙汰な球磨川禊は、有り体に言ってくつろいでいた。王都のど真ん中もど真ん中。厳重な警備で守られた堅牢この上ない王城は、ベルゼルグで最も安全な場所。魔王軍の襲撃があれど、尚盤石と評価しても良い聖域なのだから、気を緩めても注意される事はない。まあ。身の安全が確保されていようと、王女殿下の御前で床に寝そべって良い理由にはならないだろうが。今現在、球磨川は大理石の上で大の字になっている。つくづく、存在そのものが不敬な男だ。

 

『ねぇねぇ。遅くない?僕のパーティーメンバーを丁重に迎えに行ってくれたらしい兵士さん。どこぞで油を売ってるんじゃないかな、さては!だとしたら由々しき事態だよ。兵士さんがモタモタするすなわち、ギルド長に準備期間を設けさせてしまう訳だからね』

 

  タキシードを脱いで丸め、枕の代わりにして首を休める球磨川。自由気ままでフリーダムな在り方は、周囲の騎士達の冷えた視線を集める。クレアが剣を失った件で熱りは冷めたといえるが、あまりに無礼と判断されれば真っ二つコースだ。だが。この場における最高権力者、肝心のアイリスは、そんな自由奔放な様子が気に入ったのか楽しげに見つめてクスクスと笑う。

 

「申し訳ありません。目撃情報を元に捜しているとの報告はありましたが、やや難航気味のようで……ただいま追加の者が向かいましたので、もう少々お待ちください」

 

  どうぞおくつろぎになって、くらいは言おうとした王女様だが、球磨川は既にくつろぎの極致。言うまでもなかった。

 

『謝られても、めぐみんちゃん達が早く到着するわけでもなし。ここはひとつ、コンビニでも行ってジャンプを立ち読みしたいところだな。この世界にコンビニエンスストアがあればの話だけれどね。つまり立ち読みが出来ず、城内もウロウロさせて貰えない立場である以上は、僕が大理石と一体化するのは必然なのさ』

 

  立ち読み云々と語ったが勿論、生前の球磨川はジャンプを毎週欠かさず購入している。気が向けば、自宅用と、学校のロッカーに保管する用に二冊買うことだってある。内容についても、漫画は当然、作者コメントからお葉書コーナーまでしっかりと目を通しているくらい、まさに網羅している。ただ、そうであっても出先でフラッと時間つぶしに立ち読みするジャンプはまた格別なのだ。

 

「こんびにえんす?それは一体、なんなのでしょう?」

 

  きょとんとするお姫様。

 

『そっか、コンビニを知らないんだったね。』

 

  異国の文化なんて生易しいものじゃない。もうワンランク上の、異世界の文化だ。説明しても理解が得られるかどうか。なんならアイリスは……というか異世界人は、コンビニも知らなければジャンプも知らない。どう説明したところで、我々が描くコンビニの姿を想像出来る可能性はゼロに等しい。

 

『……そうだね。うまくは説明出来ないけど……僕の故郷にある、大抵のモノは売ってる便利なお店だよ。武器や防具、魔道具に食品。工具やなんかが一つのお店に揃ってるイメージとでも言おうか』

「まあ!コンビニとは、それほどまでに多様な品を揃えているのですか?」

 

  おおまかなイメージを得てもらえれば御の字だと、球磨川はかなり掻い摘んだ。甲斐あって、お姫様にもイメージが湧いたらしい。

 

『うん、まあね。アイリスちゃん、君が国を背負ったのなら、是非コンビニの展開を視野に入れてくれよ。あるいは、王を選ぶ選挙か何かがあるとすれば、コンビニを公約に掲げてくれれば清き1票を入れるぜ。ほら、僕は未成年だけれど、選挙権は得たわけだしね』

 

  日本での選挙年齢引き下げで当然球磨川禊も選挙権を得たのだが、悲しいことに異世界へ転生した為未だ投票は体験していない。彼の事だから、票を入れるとすれば名前の画数が少ない人とかにしかねないが、それでも投票するだけマシだろうか。あるいは、このシステム自体をエリート探知機として利用し、抹殺計画の一助とするのか。どちらにしても、球磨川が選挙に参加する前に転生してくれたのは、日本国にとって紛れも無い奇跡だ。

 

「流通の面でかなりの労力を費やすでしょうけれど、そのような夢のお店が出来たのなら……繁盛は間違いありませんね」

『どうだろう?一号店はそりゃ長蛇の列だけれど。お店を増やしすぎるのは諸刃の剣かもだね。僕の地元では、あんまり買い物客に恵まれなかったコンビニが、いつのまにか老人向けの福祉施設に変化していたパターンも多かったよ』

 

 コンビニ閉店後の、改装中のドキドキ感を返してほしいぜと、最後に球磨川が付け加える。

 

「お客の取り合いは、例外なく発生するのですね。ただ、まず私には、コンビニのようなハイリスクハイリターンなお店を何店も増やしていくビジョンが浮かびかねますが……」

 

  道路を一本挟んで違うコンビニがある光景を、是非ともアイリスに見てほしいものだ。

 

『ん。なーに、コンビニが潰れるなんてそう珍しいもんじゃない。どのお店もそうだけれど、諸行無常ってやつだろうね。僕の国だと、無くなりはしないものの、増やしすぎても需要は無いレベルになってきてるんだよ、コンビニは』

 

  例えどれだけ便利であろうと。人間は良くて現状維持を、欲を言えばそれを上回る便利さをいずれは求めるようになる。日本ではインターネット上のショッピングも可能となり、また、定期的に好きな商品を自宅まで届けてくれるサービスなんかもある。

  古き良き商店街は、そんな煽りを受けていまやシャッター街となっているのが現状だ。どれだけ通いつめようと、店主と町内会で付き合いがあろうと、おまけをしてくれようと。ショッピングモールの一つで足を運ばなくなってしまうものなのだ。そして、増えすぎたコンビニも又、シャッター街の後を追う事になる。過ぎた欲の結末は、ケアサポートだ。

 

「私には、まだそのコンビニなるものが今ひとつピンと来ませんが……お話を聞く限りでは、流通に力を入れて、買い物の手間を極力減らしたいという消費者のニーズに応えている目新しいお店だと思います。けれど、それでも商売が立ち行かなくなってしまうだなんて。クマガワさんの出身地での商売は、生半可な覚悟では上手くいかなさそうです」

 

  アイリスはなんだかショックを受けた。自分達がやりたくても、コストの関係で中々実行は難しいと諦めていた品揃え豊富なショップを、球磨川の国は現実のものにしているとのこと。のみならず、そのショップですら現在は数を増やし過ぎて経営に四苦八苦。廃業もそう珍しくはなくなっているらしい。まあ、欲をかき過ぎた結果と言えばそれまでではあるものの……栄枯盛衰はとりあえず置いとくとして。

  アイリスが真に驚いた点は別にある。口頭だけなので鵜呑みにはしないが、もしも球磨川の発言が正しいのであれば。彼の国はベルゼルグよりも経済が発展していることになってしまう。武装国家ベルゼルグは、あくまで武に力を入れて成長してきた国だとしても、自国より裕福な国があるのは愉快ではない。

 

「コンビニ経営は難しいわよ。私なんて、【ザ・コンビニエンス】でかなり苦戦を強いられたもの。それにね?いまでこそ当たり前になっちゃってるけど、24時間営業って思った以上の労力がかかっているんだから!……セブンイレブンは名の通り、朝の7時から夜の11時まで営業していたのが由来らしいから、まずはこの世界でもそれくらいの営業時間でやってみたらどうかしら?」

 

  隣で聞いていたアクア様も語る。コントローラーなり、マウスなりをカチャカチャやっていただけの経験を例に出されても特に得るものは無いが……まあ、経営が難しいことは事実なので間違いは言っていない。

 

「コンビニとは、24時間営業しているのですか!?では、お店の人は一体いつ休めばいいのでしょう?」

 

  驚愕の新事実にアイリスは目を見開きっぱなし。そろそろドライアイが心配だ。

 

『そこはホラ、ナイト(夜勤)さんが身を粉にしてくれるから大丈夫だよ!』

「ええっと。つまり、夜間は騎士(ナイト)が店番をすると……?確かに夜は物騒ですから、従業員としてだけでなく、用心棒としても役に立ちそうではありますが……」

 

  笑顔でレジにいる、鎧姿の屈強な男。おでんのつゆを足し、揚げ物を調理する精悍な戦士。なんともシュールだ。クレーマーや立ち読み防止にはピカイチの効果を発揮するだろうけど。

  球磨川としては、王女様のトンチンカンな発言に眉を吊り上げる。なぜ昼夜逆転してまで頑張ってくれている夜勤さんが命を張らなければいけないのかと。

 

『いや、強盗とか来たらナイトさんは警察を呼ぶだけだと思うけれど。相手がお金を要求してきたら、身の安全第一でとりあえずレジのお金を渡すのも手なんじゃないかな』

「そんな情けない騎士が店番を!?」

 

  アイリスの驚愕は続く。悲壮にくれていたクレアさんも、胡散臭そうに球磨川とアクアを見る。あんまりアイリスにおかしな知識を与えないでくれと言わんばかりだ。

 

 …………………………………

 ……………………

 ……………

 

『さてと。四方山話は嫌いではなく、どちらかと言えば好きな僕でももう待てない。追加の者が向かったって言ったけれど、その後続報はあるのかな?無いなら、僕自ら捜索に行くよ。代打僕で』

 

  バスケットボールで例えればほんの1クォーター程度しか経っていないが、球磨川は我慢の限界を迎えたらしい。ギルド長に命を狙われる前提を忘れたのか、自分で捜しに行くことを決めたようだ。すでに重い腰を上げ終えており、タキシードも元どおりに着直している。

 

「球磨川さんが行くなら、私も付いて行こうかしら。球磨川さんのせいでアウェー感半端無いのよね、さっきから」

 

  球磨川の無礼さは天井知らずで、この空間に来てから真っ先にアイリスにちょっかいかけたり、クレアの剣を無かったことにしたり。幼稚園児も真っ青なやりたい放題っぷり。一緒にいるだけのアクアも、同罪のように敵意満々の目を向けられていた。正確には、敵意ではなく【どうしてクマガワを止めてくれないんだ!】的な抗議の視線だが。一応、アクアも頑張って止めたのだけれど。

 

『アクアちゃん。いつだって僕はアウェーで戦っているようなものなんだし、君も気にするなよ。プロ野球選手だって、ホームとアウェーの違いを勝敗と結びつけたりはしないだろ?ホームで必ず勝つなら、試合をやる意味も無い。ようするに、アウェーでも実力を出し切れるのがプロだってことさ』

 

  なにやら。自分の所業は無関係とばかりに、アクアに敵地での心構えを説く球磨川。そんな彼が動き出したのを、黙って眺めているアイリスではない。

 

「お待ちください。ここで貴方がたが外へ出ては、ミイラ取りがミイラになりかねません。王城内を見て回る許可なら出しますから、どうか外出だけはご遠慮下さい」

 

  アクセルのギルド長、ディスターブの当主が相手となると、新米冒険者の球磨川達は瞬殺されかねない。当面は王都の冒険者達にディスターブ卿を探させる方針だが、アイリスは臨時の元老院会議を明日にでも開き、騎士団の派遣を視野に入れ対処するつもりだ。その間、球磨川達の安全を確保しなくてはならない。宴を開くとは方便で、彼らを王宮に留めておくのが真の目的である。魔王軍の侵攻に備えて防衛に力を入れるべき時に、有力貴族の不祥事。王女様の小さな頭部に痛みを感じさせるには十分な不安要素だ。球磨川に告げた通り、今は国の自衛で精一杯。しかし、それでも民が困っていたら手を差し伸べるのが、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスなのだ。

 

『待って、アイリスちゃん。聞き捨てならないな、それは。』

 

  やおらタキシードを脱ぎ捨て、何処からか取り出した学ランを羽織り、いつもの服装に戻った球磨川。

 

「!……また、何かお気に障るような発言をしてしまいましたか?」

 

  どこに地雷を抱えているのかわかりづらい風変わりな男に、アイリスはガラス細工を相手にしている気分だ。

 

『ミイラ取りがミイラになる?馬鹿言うなよ。めぐみんちゃん達が、ミイラになった前提なわけ?』

 

  前髪をかきあげ、珍しく目を細めた裸エプロン先輩は、いま一度騎士達が警戒せざるを得ない殺意を撒き散らす。いや、これも殺意では無く負感情なのだが。バニルならば大喜び間違いなしの。

 

「なんなのよー、今度は。球磨川さん、いい加減にしなさい?空気読めないにも程があるんですけど!マジで!」

 

  アクアは半分くらい泣きながら、球磨川に縋るように学ランを掴んだ。キリキリとした腹痛に顔をしかめて、なんとか球磨川に言い聞かせる。

 

「もしかしてあんた、自殺願望でもあるんじゃない!?反感買って殺されるのは勝手だけど、この私を巻き込むんじゃないわよっ。女神として命じるわ!お願いだから大人しくしてて!」

 

  涙ながらの懇願。

  しかし、球磨川には届かなかった。前髪を掻き上げたことで、瞳がバッチリと見える。表面上はキラキラと輝いてるような球磨川の瞳。が、根底に見え隠れするのは……

 

  ドブのように濁った、ドロドロとした何かだ。

 

『女神風情が、僕に指図するなよ』

 

球磨川が右手を天井に伸ばす。その動きに呼応して、空中に大量のネジが浮かび上がった。ネジが揃って先をアクアに向けると、次の瞬間一斉に襲いかかる。

 

  ズガガガガガッ!!!

 

「ちょっと!?」

 

  球磨川のお尻あたりにしがみついていたアクア様が、お馴染みのネジで床に縫い付けられた。普段の女神衣装なら、布面積の関係でこうはならなかったが、今は謁見用のドレス。上質な布を遠慮なく貫いたネジ達は、大理石にまで深く食い込んだ。いかなアクア様パワーでも、ドレスを破かずに拘束をとくのは苦労しそうなほど。

 

「なんてことすんの!?大人しくしててって言ったのに!言ったそばからこの仕打ち!!」

 

  モゾモゾと床で蠢く女神。肉体を避けるようにネジを撃ち込まれた為、球磨川が手加減してくれたのではと考えてしまい、怒りのボルテージは上りきらず。抵抗は中途半端なものに。

 

『ま、つまりだアクアちゃん。君はここでご安全に、未来永劫安穏と暮らしてもいいんじゃないかってことさ。未来永劫は言い過ぎでも、こんな物騒な時分に僕と行動を共にする必要はないよ。……ギルド長に狙われるのは、僕だけでいいだろう。』

「……そういう自己犠牲を、ダクネスはやめろって言ってたんだと思うわ。止めても無駄だと思うから言っとくけど、戻ってきたら【女神風情】なんて発言をした落とし前、つけてもらうから!」

『…ん、そいつは楽しみだ』

 

  身動きのとれないアクアの頭を数回手で叩き、球磨川はすっくと立ち上がって

 

『てなわけで、アクアちゃんの事はよろしく頼むよアイリスちゃん。もし仮に、万が一!アクアちゃんに危害が及ぶようなら。ご自慢の自衛力とやらで守り切ってあげて欲しいんだぜ!』

 

  アイリスの返答を待つ前に、球磨川はスキルで姿を消してしまった。唐突な出来事により静寂が訪れた謁見の間。音もなく姿を消したものだから、そこには初めから、球磨川なんていなかったかのようだった。

 

  ダクネス達が窮地に陥っているとはつゆしらず。待ち合わせに遅れた友達を捜しに行くくらいの足取りで、死地へ赴く球磨川。その球磨川からの頼みに、アイリスはゆっくりと思う

 

(承知いたしました、クマガワ殿。この場にいる限り、アクアさんの無事は我が剣に誓います。どうか貴方も、お連れ様も、無事に帰還することを願っておりますわ)

 

  何事もなく、一風変わった冒険者の少年が戻ってきたら。もっと異国の文化や、心踊る冒険譚を話してもらいたいものだと、王女様は考える。

 




ポプテピピックで、グリリバと神奈延年さんの回はいつくるの??
川澄さんとちいちとか。子安とちいちでも可。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。