ついに、動く姉弟子が見られるのか……
羽生さんの永世竜王がまさかアニメより先に実現するとは。
あとは、ハクメイとミコチですかね、今期は。
レオルがカズマから護衛の依頼をされたのは唐突だった。アクセル出身を自称する少年が守りたいとした対象が、かのダスティネス家の御令嬢だと判明した時には、冗談かとも思ったぐらいである。
まず、サトウカズマという人間自体が彗星の如く現れたのだから、余計に冗談っぽく聞こえてしまったのかもしれない。つい先日、いきなりレオルの所属する【組織】に入りたいとやって来たカズマ。単なる低レベル冒険者といった風情のもやしっ子は、門前払いされかけたところを話術でどうにか入隊試験まで持ち込むと、多彩なスキルと規格外の戦闘能力であっさりと組織の一員と認められるや、驚くべき事に高難度の任務を次々とこなしてみせた。
レオルがいる組織は、王宮付きではあるものの、暗殺や要人護衛など重要な仕事を請け負う機密組織だ。暗部とでも言うべきか。カズマがその隠匿されるべき組織の存在をどこで知ったのか不可解な為、最初はどこかの国家から送られてきたスパイなのではと危惧されていたが、エルロードを初めとする隣国の要人暗殺までやってのけた辺りで、疑惑は概ね晴れたのだった。
スパイ容疑が晴れるや、サトウカズマはとにかく優秀だった。抜群の状況判断。その場にあったスキル使用。メンタルの強さ。圧倒的な戦闘能力。とても、10代半ばの少年とは思えない実力。レオルも、いつのまにかカズマの力を頼るようにまでになる程。
危険なミッションを共にこなしたレオルとカズマは、出会ってからそれほど時間が経っていないものの、既に強い信頼関係を構築するに至った。絶体絶命なピンチを招いた際、豊富なスキルで命をも救ってくれた戦友からのお願いならば、休日だろうと助力するのは当たり前。軽い気持ちでオーケーして護衛対象の名を聞いたので、ダスティネス家が関与してると知った衝撃はかなりのものだった。
しかも。ララティーナ嬢の命を脅かすのが、高名な元騎士で、現アクセルのギルド長なのだと言う。アクセルが機動要塞デストロイヤーによって大きな損害を被ったのは記憶に新しいが、聡明で家格もそれなりのアクセルのギルド長がそこいらの冒険者に罪をなすりつけて王都まで逃げてくるとはちょっとした驚きだ。
アクセルのギルド長は、【ディスターブ家】の当主として長い間王都のギルド本部で手腕を発揮してきたビッグネーム。アルダープやバルターでおなじみの、アレクセイ家とほぼ同格の貴族である。元凄腕冒険者達を従えて、時には自ら魔王軍と渡り合うなど、武闘派としての一面も見せるギルド長は、早速レストラントゥーガを発見してダクネスらに刺客を差し向けてきた。どこぞの新米兵士がやらかさなければ、まだ安全地帯として機能した筈のレストランでは、シチューを頬張るめぐみんらを尻目に店主だけが気を張り続けていた。
「お二人さん、シチューは美味しかったかい?」
表面上、穏やかにダクネスらと接する店主のトゥーガ。カズマがここを潜伏場所に選んだのは、何も見つかりにくいからだけではない。トゥーガと名乗るマスターが、元々は騎士団にも属した宮廷料理人であるからだ。レオルのいる暗部の存在も知っている数少ない人物。退役後とはいえ、並大抵の冒険者よりも強いので、用心棒としても申し分ない。
「げふっ。……ええ、ベルゼルグに店を構えているだけの事はありますね。私が食べたシチューの中でも1、2を争うレベルでした」
数えきれないほどのお代わりした紅魔の娘が、餓鬼の如きお腹をさすって、ゲップと共に言葉を奏でる。
「めぐみん、いくらなんでも公共の場でそのゲップはどうかと思うのだが」
ダクネスは口元を拭いて水を飲んでから、咳払いしつつめぐみんを注意した。先程自分が広場でゲップ以上の醜態を晒したことは棚に上げているようだ。
「何をいいますかダクネスは。沢山食べてゲップを出せることの喜びが、貴女にはわからないのですか?世の中にはゲップしたくてもゲップするだけご飯を食べられない人間もいるんですよ?」
「ゲップを出す喜び……だと?そのようなモノに喜びを感じる人間がいるのか?」
貴族的にはタブーな行いを気持ちいいと断じられ、眉をひそめるダクネス。
「ここにいるのです!」
パシッ!めぐみんがテーブルを手の平で軽く叩き、小気味好い音が鳴った。咄嗟に、ダクネスの肩もピクッと跳ねる。
「いいですか?ダクネス。人とは究極、食べている時が一番幸せなんですよ。逆に、食べていない時は不幸だと言えます。常に空腹を感じていると、人間はいとも簡単に卑劣な行いをするものです。衣食住、これは生活の基本ですが、重要性で言えば食が数段上ですよね?すなわち、この世で一番大切なのは食なんですよ。何不自由無く暮らしてきたダクネスに、貧乏人の気持ちがわかりますか!」
「……確かに。食事は生命活動にダイレクトで関わるな」
「そうでしょう!」
ふむ、とダクネスは人差し指に顎を当てた。食べなければ人は死ぬ。衣食住と並び称されているが、めぐみんの言うように食はもうワンランク上のモノだと認識したい気持ちは理解出来る。住む場所も衣服も、無いと困るが死に直結するとは言い難い。衣服も住むところも無ければ、いずれは死ぬけど。
「……だが、ゲップをするしないは関係無くないか?めぐみん、論点をずらすのはやめて欲しいのだが」
白い目でめぐみんを見るダクネス。めぐみんはドキッと心臓が波打つのを感じつつも、どうにか苦笑い程度に表情の変化を抑えて
「おやダクネス。ミソギと共に冒険する中で、段々と流されにくくなってきましたね。それだけ成長したということでしょうか」
「待ってくれ。私って、そんなに流されやすかったのか?」
「流されやすいかはともかく、お嬢様ですし、世間知らずな所はあると思いますよ」
「そうか、そんな認識か……」
箱入り娘は自覚していたが、そんなに振り回されやすいように見えるのだと知り、ダクネスは少なくない心的ダメージを負う。うつむき気味になったお嬢様を見て、めぐみんはばつが悪そうにし
「まあ、ダクネスに免じて、外ではゲップを我慢するとしましょうか」
「……ああ、くれぐれもそうしてくれ。出来れば、私に免じずとも我慢して欲しかったが。更に贅沢を言えば、家でも我慢して欲しいな。めぐみんも年齢的には立派なレディーだろう?品性がないと、一人前の淑女にはなれないぞ」
「家でも!?そんな殺生な……!」
今度はめぐみんが項垂れる。
2人のポンコツ娘のやりとりを見ているトゥーガは、好々爺のような表情を浮かべていた。ダスティネス家の令嬢は、昔何かのパーティーで遠巻きから見た記憶があるが、こうして間近で見ると受ける印象が随分と違う。仲間と楽しげに会話するこっちが、本来の彼女なのかもしれない。
「お二人さん。ウチのシチューを気に入ってくれて良かったよ。しばらく王都にいるんなら、是非また味わいに来てね」
すっかり空っぽになった鍋にある種の満足感を得ながら、トゥーガは穏やかにダクネス達へ語りかける。食後にと、適切な温度のお湯で淹れた芳しい紅茶も提供して。
「ええ、なんなら王都にいる間は毎日足を運ぶのもやぶさかではありません。シチュー以外のメニューも気になるところですから」
本日のオススメ、という宣伝文句で始まるメニュー表には、シチューの他にも食欲をそそる料理名が羅列されている。手づくり煮込みハンバーグなる文字が目に入ってしまえば、めぐみんとしては再度来店するしかない。
「ありがとう、トゥーガ殿。サービスでこれだけ上質な茶葉を使用して下さるとは。貴方のもてなしの心には、感服しました」
「ウチでは、余韻も大切にしているからね。食べてすぐにさよならっていうのは味気ないでしょう」
ダクネスは家柄、有名どころの茶葉なんかは結構飲むもので。トゥーガが用意した紅茶は混じり気も無ければ文句もない逸品だった。
「成る程。同じ紅茶でも、飲むタイミングによって味が変化するのですね」
一方、味の違いがわかっているのかどうか微妙なめぐみんも、それなりに神妙な顔つきで一気に飲み干した。高級茶葉との差異は一度置いて、一息に呷るくらいには美味しいと感じたらしい。
そうして、食後の紅茶まで満喫したところで。
「改めてごちそうさまでした、トゥーガ殿。また近いうちにお邪魔します」
お会計はレオルが済ませていたので、後は退店するだけ。そう思い、ダクネス達が椅子から立ち上がると。
「それは嬉しい申し出だが……生憎。もうしばしゆっくりしていって貰わなくてはならないようですね」
あろうことか。カウンターから、包丁を片手にトゥーガがゆっくりと出てきたのである。
「なっ!なんのつもりですか、まさか私がシチューを食べ尽くして材料が尽きたから、今度は我々を食材にすると!?」
素早くダクネスを盾にしためぐみんが、知らないとはいえ護衛してくれているトゥーガに失礼を。ダクネスも、いきなり包丁を持って迫られては穏やかではいられない。並みの一撃なら、ダクネスの肉体を切り落とすことは叶わないが。
「その立ち姿、一分の無駄もない。トゥーガ殿、貴方はかなりの達人ですね?」
「流石はララティーナ様。見るだけでその人間の力量を測れるとは、お見事でございます。しかし、今は一刻を争う為、賛辞を頂くのはまた後ほどと致しましょう……!!」
反応さえ出来ない、洗練された動作で迫るトゥーガは、そのままダクネスの背中にいるめぐみんへ向かって包丁を振り上げた。
(早すぎる……!!)
ダクネスが包丁を受け止めようと動作に移行する前に、トゥーガは腕を振り下ろしていた。けれど。斬ったのはめぐみんでは無く、彼女の背後から迫った一本のナイフだった。
二人の背中側に、裏通りに面した大きな窓がある。一応は頑丈に作られたガラスを貫通させて、めぐみんの首を狙う軌道でナイフを放った人物がいたのだ。
新米騎士を容易く殺し、現在レオルと戦闘中の影の【片割れ】。トゥーガはナイフを撃ち落とした直後、ダクネスとめぐみんを両肩に抱えてカウンターを飛び越える。これで、外からは死角となりナイフの投擲は防ごうという算段。
「な、なんだこの状況は!いったい何が起こっている!?」
てっきりトゥーガがトチ狂ったのだと思いきや、外からナイフが飛び込んできて、それを打ち払い逆に助けてくれた。そして、言ってはなんだがそこそこの重量があるダクネスとめぐみんを抱えて跳躍するとは。
一瞬の間で色々起こり過ぎて情報過多となり、脳の処理が追いつかない。
「黙っていて申し訳ありません、ララティーナ様。先のナイフは、アクセルのギルド長が仕向けた暗殺者の物です」
「……私の名前を知っていたんですか?ていうか、ギルド長が暗殺者を!?やはり、ギルド長はバルターと通じていたのかっ」
まだまだ混乱の渦中から抜け出せていない女性陣を放って、トゥーガは包丁から短剣へと装備を変更した。調理台の下に隠してあった、王宮騎士団時代の武器だ。老いて体のキレは鈍ったが、さっきの投擲には反応できた。どうにか時間稼ぎくらいにはなれる。
そしてもう一つ。魔の手がここまでやってきた事で、認めたくない事実にも直面した。
(ここまで刺客がたどり着いたのならば、レオルは……)
死んだ。
確定ではないがきっと、殺されてしまったのだろう。となると、刺客のレベルは【暗部】に所属しているレオルでも敵わない程だ。引退した身では、どう転んでも勝ちはない。ならば……
「ララティーナ様、めぐみんさん。奥の冷蔵室に、床下収納と見せかけた脱出口があります。そこを通れば表通りへと出られます。突然で申し訳ありませんが、事情は後ほど説明致しますので今は取り急ぎ避難を!お二人が逃げる間、時間稼ぎは引き受けます」
カウンターに隠れ、投擲は封じた。なら、暗殺者は直接ここへ踏み込んでくる。狭い店内ではダクネスらを庇いながらの戦闘は難しい。
が、素直に従ってくれる二人でもなかった。いや。自分を優先して、トゥーガを見殺しに出来る二人ではなかったのだ。
「何を言ってるのですか。私達は魔王軍幹部とも渡り合った凄腕冒険者ですよ?刺客の一人や二人、退けられなくてどうします。戦いますよ。戦ってやろうではありませんか!」
意気揚々と拳を握り、あくまで逃げない姿勢のめぐみん。言葉は暖かく頼もしいが、それだけは許可してはならなかった。
カズマからの情報では、めぐみんはアークウィザード。しかも、使用可能な魔法が爆裂魔法のみ。共闘はどう考えても悪手だ。
「気持ちはありがたいですが、お二人に逃げて頂くことが最善の策です。ララティーナ様、早く避難を!」
状況には依然追いつけていない。ただ、トゥーガが身を挺してまで助けてくれようとしている事。女性二人がここに居ては足手まといになる事はなんとなくわかった。
今トゥーガが見せた身のこなしは、一般的な冒険者のくくりから逸脱している。アクセルで名を馳せた魔剣の勇者と比べても、基本的な身体能力は上をいっているだろう。
そのトゥーガが、時間稼ぎが精一杯なんて言い方をした。刺客の力量は、ダクネス達とはかけ離れていると判断しても良い。
「……めぐみん、逃げるぞ」
「えっ!?正気ですか、ダクネス。このマスターは見ず知らずの私達を庇おうとしているのですよ?そんな人を見捨てるなんて……」
「百も承知だ。軽蔑してくれても構わない。だから、この場だけは私の意見を聞いて欲しい」
めぐみんの了解を得る前に、ダクネスはヒョイと彼女を担ぎ上げてしまった。同じ上級職でも、腕力ではダクネスに軍配が上がる。
「ちょっと!本気ですか、この筋肉バカ娘はっ」
「すまん。あと、その暴言はこの借りをかなり小さくしたぞ」
カウンターの死角から出てしまった二人を隠せる位置に、トゥーガがポジションを変える。
「……ありがとう、トゥーガさん」
「ええ。……さあ、お急ぎを」
こうした状況でダクネスが下す決断は、おおむねめぐみんと同じだ。にも関わらず、今回は逃走を選択した。めぐみんだけがそこに引っかかりを覚えたものの、ダクネスからは逃れられず。冷蔵室へと消えていった。
「ダスティネス卿。返しきれなかった貴方への恩、これで少しは返せましたかね」
冷蔵室の扉が閉まると同時に。レストラン入り口のドアが蹴破られ、一つの影が侵入した。
影は気色悪い動作で首を回し、店内にダクネスらの姿を捜す。が、既に彼女らはここにはいない。
「外の男といい、とんだ邪魔が入っているらしいな。今回の任務は」
心底おかしいと、影の男は口元を歪ませる。
「レオルのことか」
「ふっ。飛んで火に入る夏の虫とは貴様らのようだ。一つしかない命、大切にしてはどうだ」
「大事な任務中にくだらない問答をするのは、ディスターブ卿の命令か?」
「……ふん。貴様については、年寄りの冷や水と言っておこう」
影とトゥーガが交錯する。騎士の格調高い剣術と、型にはまらない暗殺者のナイフ術。
レストラン内に、しばらくの間甲高い金属音が鳴り響いた。
CLANNADの一挙放送を見たんですけど、一話で色が鮮明になる瞬間でもう泣きますよね。
酷評されがちですが、私が一番泣けるのは、ぬいぐるみが世界中の人々に手直しされながら届けられるところです。