この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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ダクネスの「くっころ!」……好き

てか、まんま過ぎですよね笑



四十九話 セナのパーフェクト取調室

  昨夜のことは乙女として絶対に、他人に知られてはならない。球磨川とアクアより先に起床する事は、秘密を守る上で必要不可欠だった。眠い目を擦りつつアクア達を窺うめぐみん。二人は未だ夢の中にいる様子。

 

「どうにか二人より先に起きられたようですね。衣服も、ちゃんと乾いてます」

 

  問題のパンツとズボンも乾いている。衛生面で不安が残るけれど、牢屋の中では洗濯なんか出来ないので、めぐみんは仕方なくそれらを身につけてゆく。冒険者は数日かけてクエストに挑む事もある為、これくらいの汚れであれば我慢出来ないこともない。

  もっとも、彼女の知らないところで染みたおしっこ自体なかったことにされた為、実は衛生面でも問題はないのだが。

 

  なんにせよ。自分が一番乗りで目覚めたつもりのめぐみんは、尊厳を守ることに成功したのだ。少なくとも、彼女の中では。

 

「ブレンダンの時も思いましたが、この二人は朝に弱いですね」

 

  ぐーぐーと寝息をたてる女神様達。ブレンダンにタダオを捜索しに行った際、球磨川とアクアが中々起きてこなかったのを思い出す。……オマケにその前の夜、アクアが球磨川に覆いかぶさっていた姿も。

 

  思い出さなくても良い記憶まで蘇っためぐみんは、心の中で舌打ちする。

 

「アクアには淑女として、振る舞いには気をつけて欲しいものですね。全く」

 

  度々言われているが、アクアは外見だけなら文句なしに美少女の類。球磨川やカズマとの距離感が近過ぎるのは彼らの精神衛生上よろしくないはず。

  アクアに自分が美少女だと認識させたら、多少は異性との付き合い方も変化するだろうか。めぐみんは無事裁判が終わった際には、その辺りからアクアに教えていこうと思った。

 

「……警察が来た時眠っていては、心象を悪くしますかね」

 

  今日は検察官セナによる事情聴取が行われるとか。

  いつ警察が迎えに来ても良いように、そろそろ二人とも起こしておくべきだろう。

  めぐみんは、まず手近な球磨川から起こすことに。

 

「ほらミソギ、お早うございます。朝です。起床時間ですよ!」

 

『むぅ……ん。めぐみんちゃんか』

 

  ユサユサと身体を揺すってやると、球磨川はまだ眠いようで、不機嫌そうに上体を起こした。今回は球磨川が死んでいなくて一安心。いつぞやはマクスウェルによる呪いのせいで、随分と焦らされたものだ。

 

「改めて。おはようございます、ミソギ」

『うん、おはよう。今日も良い日和だね。ギャグマンガ日和だ。セナちゃんと前哨戦を行うにはうってつけだよ』

「ぎゃぐまんが……??」

『よし、アクアちゃんも起きてー!』

 

  まだ血圧が上がりきっていないのか、意味不明な単語を交えつつ朝の挨拶を終えた球磨川は、隣で寝るアク アの頬を優しく叩く。

 

  ピチャッ

 

『ん?』

  手のひらに水のような感触を覚えたが、これは涎か。

 

「ぐぅ…ぐごごごご……」

 

  およそ少女が出してはいけないイビキを奏でるアクア様。この様子だと、まだまだ起きそうにない。世の中には枕が変わっただけで寝られない繊細な人間もいるというのに、硬い石の床でここまで爆睡出来る女神様は賞賛に値する。

 

  手に付いた涎をアクアの衣類で拭って、球磨川は立ち上がる。

 

『アクアちゃんは一度放置しておくとして。身だしなみでも整えたいとこだけれど……なんてことだ。この狭い牢屋には、洗面所すらないようだね。これでは顔も洗えないよ!』

 

「全くです。トイレだって、あんなバケツみたいな物が一つだけとか。ふざけてますよ!……まあ、紅魔族はトイレなんか行かないので関係ありませんが」

 

  ここであえてトイレの話題を出して、自分はお漏らしなんかしないという印象を球磨川に持たせようとするめぐみん。

  漏らした事実が知られていないのは当然として。トイレに行かない宣言をしておけば、お漏らしを感づかれる確率は更に低くなる筈。と、このように予防線を張ってみるも、球磨川はめぐみんが漏らしたのを既に知っている訳で。

 

『……トイレに行かず漏らすくらいなら、大人しく行っておいて欲しいものだね』

 

  必死に隠蔽工作するめぐみんを見て、球磨川はついつい口を滑らせてしまった。

 

「なっー!?いま、なんと!?私がまるで漏らしたみたいな言い方はやめてもらおうか!」

 

  漏らした時間帯に爆睡していた球磨川の口から、どうして漏らすなんて単語が出るのか。めぐみんは電撃を喰らったように全身をビクッと震わせた。お漏らしがバレているのか、はたまたいつもの適当発言なのか。

 

  お漏らしバレについては、100歩譲ってまだ耐えられる。だが。めぐみんが今朝目覚めた時、下半身を隠していた布団は捲れてしまっていた。球磨川がめぐみんよりも先に起きていたのなら……丸出しの下半身も見られた事になってしまう。

 

  もしそうなら。最早、恥ずかしいとかいうレベルの問題ではなくなってくる。

 

  その辺りをハッキリさせるべく、めぐみんが質問をしようと試みたところで。

 

「クマガワ ミソギ。取り調べの時間だ。牢から出ろ」

 

  いつの間にか、鉄格子のすぐそばまでやって来ていた警察官からお声がかかかった。これから、取調室まで連れて行かれるようだ。

 

『いよいよだね。めぐみんちゃん、一足先に行ってるよ。次は法廷でねっ!』

 

  警察は慣れた手つきでダイヤルを回し、扉を開け放つ。球磨川だけを牢から出すと、すぐさま施錠。

  お尻を見られたのかどうかを何が何でも問い詰めたかっためぐみんは、気がつけば鉄格子を渾身の力で握りしめていた。

 

「あっ、ちょっと!待ってぇぇえ!」

 

  球磨川にお漏らしがバレているかはわからずじまい。

  めぐみんが制止する声は、虚しく辺りにこだまするだけであった。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

 -取調室-

 

  刑事ドラマなんかでもお馴染み、簡素な取調室に、球磨川は通される。椅子とテーブルだけの、面白みの欠片もない部屋だ。

 

『ふぅん?異世界でも、取調室は変わり映えしないんだなぁ』

 

  中ではセナと、記録係が待機していた。球磨川は促されるまま、セナの正面の椅子に腰をかける。

 

  一見なんの抵抗もなく着席した球磨川に、セナは満足そうに一つ頷き

 

「おはようございます。早速、取り調べに入らせて頂きます」

『はいはい。お手柔らかに』

 

  特徴的なメガネのポジションを、人差し指で軽く直すセナさん。何やら手元の書類をチェックしてから、質問をスタートさせた。

 

「クマガワ ミソギ、年齢は…18歳ですか。ギルドによると、正体不明のスキルを所持しているらしいですね。まず手始めに、そのスキルについて説明してもらいましょうか」

 

  敬語を使ってはいるが、その実セナは敬意なんて微塵も感じさせない。球磨川をテロリストだと決めつけているような目。検察官というのは、こうも偉そうなモノなのか。

 

「貴方達がテロを企てたのは明白ですが、何か弁明があるのならこの場でハッキリとしたほうが身のためですよ。無罪は厳しくても、刑は軽くなるかもしれませんから」

 

  【なんだか気にくわない奴】。たったそれだけの理由で充分過ぎた。球磨川が、態度を悪化させるには。セナも検察官ならば、分類的にはエリートなのだろう。そう、球磨川が嫌いで嫌いでたまらない、エリートなのだ。

 

『スキルを教えて欲しければ、頭の一つも下げたら?』

 

「……は?」

 

  眼前の容疑者は、何を言っているのか。

 

  セナは一瞬、目上の相手とでも対談していたのかと疑ってしまった。それだけ、球磨川の返しは想定外だった。少なくとも、犯罪者が検察官に対する態度ではない。

 

『聞こえなかった?スキルの概要が知りたいのなら、土下座しろって言ったんだよ。セナさん、君の耳は何の為についてるのかな。まさか、メガネ置きってわけでも無いだろう?』

 

  硬直していたセナに、更に球磨川は高圧的に続ける。

  ここでやっと、球磨川を牢から案内してきた警察官が行動を起こした。腰の剣を抜き、球磨川の首筋にピタリと刃を添える。

 

「キサマ!検察官に何という態度を。大人しく取り調べに応じろ!」

 

  直に触れていなくても、剣からはボンヤリと金属特有の冷気が感じられる。それでも。球磨川を脅すには迫力が足りなすぎる。

 

『……セナちゃんってば、今までずっとこういう風に脅して取り調べを行っていたのかい?こんなんじゃ、気の弱い人なら無実でも自供してしまうよ』

 

「あ、いえ、私はそのようなことは…」

 

  セナが戸惑いながら、球磨川に剣を突きつけている警察官と視線を交わす。剣をしまえと、目で促して。

 

「検察官殿の寛大さに救われたな」

 

  警察官は不承不承、剣を鞘に収め、部屋の端まで移動して目を閉じた。

 この先は傍観を決め込むつもりらしい。

 

  球磨川の発言を、記録係がわざとらしく音を立てながら書き留めていく。カリカリと耳障りな音は、取り調べを受ける側にとってプレッシャーともなり得るが、当然球磨川は気にもしない。

 

『今まで何人の、罪も無い人間が犯罪者に仕立て上げられたことか。脅して得た証言が採用されたら、そこに公正さなんか存在しないよね。やっぱり、検察官ってそういう奴らなんだ』

 

「そんな非道な事はしません!我々はしっかりと、この目で犯罪者か否か見定めています!」

 

  ガタッと立ち上がったセナが、侮辱だと声を荒げる。

 

『僕のスキルは【大嘘憑き】。簡単に言えば、あらゆる事象をなかった事にする力だよ』

 

「なんですって…?」

 

  セナが立ち上がろうが御構い無しに。球磨川はワンテンポ遅れて、セナの質問に答えてみせた。

  会話がひとつ戻ったので、噛み合ってない感じはしたものの、一応スキルについて説明はされたのでセナはどうにか頭を切り替える。

 

  しかし。内容は子供騙しにしてもお粗末な、あり得ない説明。あらゆる事象をなかった事にするスキルなんて、見たことも聞いたこともない。こんな嘘が通用すると思われているとは、検察も舐められたものだ。

 

  無論、セナは一笑に付そうとしたが、ある点に気がつく。

 

「……どういうことだ」

 

  卓上に鎮座する嘘発見器が、全く反応を示していなかったのだ。

  室内に張り巡らせた魔力を使い、容疑者が嘘をついていないか見抜く魔道具の一つ。それが反応しないとなると……球磨川の発言は真実だということに。

 

「馬鹿な、そのようなスキルがある筈がない」

 

  魔道具に視線を送りっぱなしのセナを訝しんだ球磨川は、手を伸ばして魔道具に触れてみた。

 

『このベルみたいなの、何?セナちゃん、さっきから凝視しているようだけれど』

 

「それは……嘘を見抜く魔道具です」

 

『へぇ?つまり、僕の正当性を証明出来るってわけか。これは便利な道具だね』

 

  物珍しそうに、何度も魔道具をつつく球磨川。元々、犯罪者を素直にさせる意味でも重宝していた魔道具だったが、球磨川は自分に有利な道具だと判断した。セナは気を取り直して、質問を再開する。

 

「で、ではクマガワさん。デストロイヤーが襲来した当日、ギルドの呼び出しよりも早く対応出来たのは何故ですか?貴方達のパーティーが最初にデストロイヤーと相対したとのことですが」

 

  アクセルの外門に配置された門番からの、確かな情報だ。検察は、球磨川達が事前にテロを計画していたからこそ、誰よりも早くデストロイヤーのもとへ行けたという見方をしている。

 

『あの辺に、カズマちゃんのお墓があったからね。墓参りの帰りに僕らは運悪くデストロイヤーと遭遇したって感じだよ』

 

  球磨川の主張。これも、ベルは鳴らず。つまり、彼らは偶然にもデストロイヤーと遭遇したと。

 

『そもそもがさ、おかしいじゃない?』

 

  ベルが鳴らずに困惑するセナが質問を続行する前に、球磨川が逆に聞く。

 

「おかしい、とは?」

 

『僕らがテロを企てたと仮定する。その場合、デストロイヤーを放置してアクセルを襲わせた方が手っ取り早いじゃないか。自分達の手を汚すことなく街が滅びる。こんなに楽な事は無いよね?』

 

  そう、球磨川達はわざわざデストロイヤーと戦った。その点に疑問を抱く者も存在したが…

 

「それは。貴方達のターゲットが、ギルドの冒険者達だったからじゃないんですか?」

 

  検察官同士の会議で出た結論を、セナは述べた。対する球磨川は、目に被った前髪を弾きながら。

 

『意味がわからないね。冒険者だけを狙ったとして、それによるメリットは何なんだい?』

 

「アクセルの冒険者が減れば、貴方達への依頼が相対的に増えますよね?報酬も得られやすくなるのでは」

 

  駆け出し冒険者の街だけあって、依頼は競争になることもしばしば。球磨川達より実力が上のパーティーは、今回の犠牲者の中にも存在していた。

 

『……それだけの為に、街を幾つも滅ぼしてきたデストロイヤーと戦うって?割に合わないにも程がある』

 

  馬鹿にしているのかと。球磨川は珍しく怒りを顕にした。

 

  だが、検察には裏でアレクセイ家からの圧力がかかっている。多少強引でも、球磨川を裁判にかけるように。

 

  つまりこれは、最初から球磨川を裁判に出すための取り調べなのだ。

  因みに、セナは正義感の強さを利用され、バルターによって球磨川達がテロリストだと思い込まされている。検察をもコントロールするバルターの手腕は見事と言ったところか。

 

『おかしな点は色々あると思うけれど、それでも御構い無しに僕らを逮捕したってことは。……どうしても僕らに罪をなすりつけたい誰かがいるってことかな?』

 

「クマガワさん、先ほどから勝手な発言ばかりされては困ります。貴方は聞かれたことにだけ返答して頂ければ結構ですので」

 

『待てよ』

 

  不意に。球磨川は視線を机に固定して、何かを考え始めた。

 

『これだけの犠牲者が出たんだ。家族を失った遺族達が恨むとしたら、まずギルドなんじゃない……?デストロイヤーの討伐を強制させたのは、ギルドなんだし。賠償するにも、犠牲者は大勢いるから莫大なお金がいるはず。下手すれば責任者の首も飛びかねない』

 

「クマガワさんっ!いい加減にして下さい。その態度、後で後悔しますよ?」

 

『ちょっと黙って。今いいとこだから』

 

「なっ……!」

 

  もう、この空間にはセナ達なんかいないものとして、球磨川は一人でコツコツと情報を整理していく。

 

『ギルドの責任者は、保身の為に身がわりが必要だったのかな。僕たちは、かなり都合が良い身がわりに見えただろうね。……成る程、何となく見えてきたかもしれない。惜しむらくは。塀の中に入る前にこの仮説を立てたかったよ』

 

  一つの可能性を見出した球磨川。

 

  今回の騒動で本来困る筈だったのは、球磨川達ではなくギルドだ。死んだ者達は、冒険者をやっていたなら、いつかはデストロイヤー討伐に強制参加させられることだって承知済みだっただろう。実際、中には逃げようと試みる者がいるかもしれないが、殆どは戦いに参加した。

 

  しかし、その遺族までもがそんな簡単に割り切れるものなのか。

 

  デストロイヤーが来れば、敵わぬと知りつつも愛する家族を送り出す。これは、実質見殺しにするのと同義だ。何故なら今まで、誰一人デストロイヤーを止められなかったのだから。まともな人間なら、送り出す事を必ず躊躇する。もしかしたら討伐に成功するかもしれないという淡い期待の元、泣く泣く送り出した家族達。が、此度も例外ではなく。無情にも多数の犠牲者が出た。

 

  家族と同時に稼ぎも失った遺族達は、ギルドの対応やあり方を猛烈に非難するのが自然だ。人の心は、そうでもしないと壊れてしまう程に弱い。球磨川はそれを良く理解している。

 

『バルターちゃん、ギルド長を速攻で味方につけたのかな。街全体に僕らがテロリストだと広めたスピードは、いくら何でも速すぎたし』

 

  塀の中の取調室まで来た段階で、もう一つの敵に感づいた球磨川。けれど、いささか遅すぎた。ダクネスに、ギルド長とバルターの癒着を探らせていればと、後悔する。

 

「これ以上取調の邪魔をするなら、残念ですがそれ相応の処置をとるしかありませんね」

 

  セナは細くした目で球磨川を見据える。この男は、自分の首を絞めている事に気がついていない。取り調べに応じない場合、検面調書には、球磨川に質問すら出来なかった事項を全て【肯定した】と書くことが可能だからだ。

 

  球磨川がダストの声を出せなくしたり、不動産屋が管理する空き倉庫を爆破したり、ミツルギの剣を破壊したりした事実。そして最も重要な、テロ行為を行ったかどうか。これら全部を球磨川は肯定したとして、裁判所に調書を提出出来る。

 

「もう、貴方の未来は決まりました。残念ですが、恨むならご自身を……」

 

  恨んでください。そう告げて、この取り調べを締めようとしたセナさん。

  だが、球磨川は最後の最後で快く取り調べに応じるのだった。

 

『待って!要は、この魔道具に判断させれば良いんでしょ?』

「何を今更!貴方は……」

『いいから、見てて!』

 

  セナを嘲笑うように、球磨川は咳払いを一つしてから。高らかに宣言した。

 

『僕はテロ行為なんかしてないよ。故意に冒険者達を殺そうとも思ってなかったし。デストロイヤーを倒したのは、大切な仲間を守るためさ。……これで満足かい?』

 

  セナも、記録係も。核心に触れた球磨川を驚いた表情で見る。

  ……その宣言から数分が経過しても。魔道具が嘘を検知することは、一切なかった。

 

「……クマガワさん、貴方はどうやら無実のようですね。数々の無礼、ここでお詫び致します」

 

  セナの声は、明らかに先ほどよりも高くなっている。球磨川がテロリストではないとわかったので、わかりやすく対応を変えたらしい。

 

『あははっ、わかってくれれば良いよ間違いは誰にでもあるものさ』

 

  球磨川にセナを責めるつもりはなく。笑顔で、気にしていないことを伝えた。

 

「私の目は曇っていたようですね。貴方のような、人間が出来た方にテロ行

 為など行えるはずがありません」

 

  すっかりリラックスしたセナさんは、メガネを外して清掃を始める。

  一度球磨川に剣を突きつけてきた警察に至っては、居心地悪そうにして部屋から出て行く始末。

 

『確かに、テロとは大それているね。僕如きにできる犯罪なんて、精々女の子を無理やり下着姿にしたり、女の子の顔面を剥がしたり、女の子を背後から刺すくらいだからね』

 

「……はい?」

 

『あとは、初対面の女の子のおっぱいを一方的に揉んだり』

 

  セナの表情が、段々と曇っていく。取り調べで容疑が晴れたのに、眼前の男は何をペラペラとしゃべり出しているのかと。

  不安を煽るだけ煽り、球磨川は『テヘッ』と片目を瞑る。

 

『なーんて、冗談だよ冗談!セナちゃんがお疲れみたいだったから、僕なりに和ませようと思って!いやん!』

 

「なんだ、冗談だったんですか!もう、焦らせないでくださいよ!」

 

  セナが心底安堵した風に胸をなで下ろす。球磨川の目論見は成功。取調室は、実に和やかな雰囲気に包まれていた。

 

  一時はどうなることかと思ったが、これで球磨川も無罪放免。この後、めぐみんとアクアの取り調べも行なうようなので、警察署のロビーで暇を潰そうと立ち上がる。

 

『じゃあセナちゃん、お疲れー!』

 

  長年付き合いのある友人に別れを告げるように、球磨川はサクッと片手を上げて部屋を出た。

 

  出た直後。

 

  笑顔を携えた警察数名が、取り調べ室の出入り口を取り囲んでいることに気がついた。

 

『あれ?皆さんどうしたの?』

 

  ニコニコと、親しみやすい笑顔で。警察官達は球磨川を取調室に再度押し込む。

 

『ちょ、セナちゃんとの話は終わったって』

 

  あたかも迷惑しているように球磨川が抵抗するも、屈強な警察達からは逃れられない。

  助けを求め、部屋の中にいるセナを振り返ると。

 

『……セナ……ちゃん?』

 

「クマガワさん。先ほどの、貴方の冗談ですが……魔道具が反応しなかったのは何故でしょうか。詳しくお聞かせください」

 

  数秒前、球磨川の冗談発言に表情を緩めていたセナはもういない。

  鉄仮面と呼ぶべき、検察官モードのセナだけがそこにはいた。

 

 

 ………………………

 ………………

 …………

 

  -裁判開始直前-

 

  球磨川禊、めぐみん、アクアの三人は仲良く横一列に並んでいる。効率重視なのか、この裁判は三人同時に行うようだ。

 

  この場にいるのだから、どうやらめぐみんとアクアも、取調では容疑を晴らせなかったらしい。

 

「あのセナとかいう検察官、ハナから私が有罪だと決めつけにきてました。私が何を言っても聞く耳持たず、こちらの発言を曲解して検面調書を作成するなんて。悪魔です、悪魔!」

 

  杖に眼帯、ハット、ローブといった、魔法使い要素を一切身につけていないめぐみんは、まだまだ幼さを残す少女でしかなく。14歳の女の子を絞首台に近づけるのが、検察官として正しいのか。

  球磨川はめぐみんの背中を優しくさすって、心を落ち着ける手伝いをした。

 

  もう一人の容疑者アクアは、頭を掻き毟り、白い歯をギリギリと鳴らす。

 

「めぐみんも、あのクソメガネ女にやられちゃったのね!私も、よくわからないうちに取調が終わっちゃったのよ。カズマさんのパーティーメンバーな私が球磨川さん達とお墓参りに行ったのは、テロに加担する行為だとかなんとか!」

 

  取調にて。アクアはセナから、「アクアと一緒にカズマの墓参りに行く事で、球磨川達はデストロイヤーの出現ポイントに無理なく近づけたのでは?最初から共犯だったのですか?」と、聞かれたようだ。

 

「私は女神よ?そんな事するわけないじゃないって、言ってやったの。そしたら、何故かあの変な魔道具が反応したのよ。アレ、任意のタイミングで鳴らせる仕組みに違いないわね……」

 

  ぐぬぬ。アクアは裁判場にも置かれている嘘発見器を恨めしそうに睨みつける。というか、裁判所でまで嘘発見器を使用する事に、球磨川は引っかかった。

 

『え、まさか裁判でもあの魔道具を使うのかい?おいおい、だったら検察も判事もいらないじゃない……』

 

  日本も将来、AIが判決を下すようになるかもしれないが、ここアクセルでは既に道具が人間よりも重視されているみたいだ。

  取調でも、魔道具の反応次第でセナの態度がコロコロ変わった事からも、どれだけ魔道具が信頼されているかがわかる。

 

  球磨川はふと、裁判場の一角に視線を移した。先日、ギルド前で見た顔がいたのだ。

  アレクセイ・バーネス・バルター。

  今回の騒動を引き起こしてくれた、はた迷惑なお貴族様。先ほどから球磨川に熱視線を送る優男に、球磨川は意味深に微笑む。

 

『今のうちに勝ち誇っていればいい。僕がワザと容疑を晴らさなかったのは、君をこの場で潰す為だからね』

 

  聞き取られないくらいに声量を抑えて、球磨川は告げる。

  バルターは球磨川と目があって嬉しそうにしているが……まさか自分が、この世で最も喧嘩を売ってはいけない相手、過負荷の中の過負荷を敵にまわした現状を、理解出来てはいないだろう。

 

  そのうち裁判長も登場し、決まった位置に収まる。

  開廷が近い。球磨川は両サイドの女性陣に優しく語りかけた。

 

『めぐみんちゃん、アクアちゃん。安心してよ。絶対に、君たちを有罪になんかしないからさ!』

 

  よくも悪くも、アクセル住民が、球磨川パーティーの存在を忘れられなくなるきっかけとなった裁判が、今幕をあける。

 


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