この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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3年くらい前、「俺、ラノベ作家になるわ」と私に告げて会社を去った先輩、達者でやってるだろうか。

連絡とれないし、下手したら異世界に行っちゃったかもしれませんね


四十六話 町娘Aと幸薄少女

「これは、思わぬ弱みを握れたんじゃないか?球磨川ぁ」

 

  少年のように無邪気に笑うタダオ。余程楽しいのか、適度な力加減で球磨川の背中をバシバシと叩く。

 

  好青年で知られるバルターが男好きだったなんて、驚きなんてもんじゃない。世間体は良いバルターなので、女性から求婚されることも多いのだが……男好きだという事実が広まれば、求婚した女性は卒倒してしまうのではないだろうか。もっとも、それは一部の恋する乙女に限定される。貴族の地位に惹かれて結婚を申し込むような女性であれば、悪態をつき、バルターを非難するだけだろう。

  つまり、バルターが男好きでも困る人はあまりいない訳だ。……球磨川禊を除けば。

 

  球磨川は、叩かれた背中をさすりながら

 

『……おおう。出会ってから一番良い笑顔だね、タダオさん。君に笑いを提供出来たのなら、僕の不運も捨てたものじゃない』

 

  好かれることそのものが【不運】呼ばわりされてしまったバルター。それも、好きな人の口から出た言葉となると、ショックもより一層だ。もしもバルターが今の発言を耳にしていたら、首を括っていたかもしれない。

 

「さてと。アレクセイ当主の性癖を収穫といっていいかはわからないが、ここいらで撤退といくか」

 

  最後の最後で得た情報が、裁判で役にたつのかどうか。いまいち判然としないところだが、この部屋で得られる情報はもう残っていない。

 

  二人は、荒らした部屋をテキパキと復元していく。

 

『はぁ……。これなら、サキュバスの店にバルターさんが入り浸っていないか調査したほうが、いくらか有意義だったよ』

 

  住民からの支持が多いのなら、悪評を流して評価を下げてやれば良い。丁度、此度のバルターが使った手法と同じだ。一例として、バルターがサキュバスの店を利用していると噂を流せば、瞬く間に彼の立場は危うくなる。女性の支持者は激減することうけあい。もっとも、そんなに都合良くいくかは、球磨川の手腕次第だが。

 

「いやいやいや。個人情報を、あの店がバラすだろうか?しかも、女(男?)に不自由しないお貴族様が、ああいう店を利用するはずないだろ」

 

『おや。当たり前のようにサキュバスのお店を知ってるね、タダオさん。僕も知ってる手前、別に文句は言わないけれど!そして、お店が個人情報を漏らすかは、それ程重要ではないよ』

 

  バルターの好感度ダウン作戦を行うのに、流す噂が事実かどうかは関係ない。【そうかもしれない】と、聞くものに思い込ませられれば、それだけでかなりの効果が期待できる。

 

「……ハッタリか。確かに、僅かでも裁判を有利にするなら、打てる手は打つべきだな」

 

『その通り!わかってるじゃないか、タダオさん。手札が無いなら、相手の手札も利用する。これが僕のやり方だよ』

 

  球磨川が自慢気に胸を張る。

  清々しくすらある卑怯者を、しかしタダオは否定しなかった。どころか、少し見直したくらいだ。どれだけ窮地に立たされても、球磨川は自分を常に持ち続けている。凡人であれば、住民の多数が敵になった時点で諦めてしまっても無理はない。が、諦めたら試合終了なのは言わずもがな。いつだって、起死回生を起こしうるのは最後まで諦めなかった者なのだ。

 

「一つだけ言っとく。関係ないけど。サキュバスの店については、アクセル近辺に住む男ならみんな知ってると思う!」

 

  だから、責められるいわれはないと、タダオが。

 

『あ、そう。そんなことより、早く帰ろっか』

 

  軽くスルーした球磨川は、ドアがある方向へ向き直る。

 

「無視かよ!?」

 

  バルターの部屋捜索を振り返って、球磨川としては釣果に満足いっていない様子。あからさまに肩を落として、ダラダラと部屋のドアまで近寄ると。

 

 ガチャ。

 

『ーえっ』

 

  タイミングを窺っていたのかと思うほど。球磨川がノブを掴むのと同時にバルターが部屋に入ってきた。

 

  球磨川は考えるよりも早く、部屋の奥へ戻る。だが、いくらなんでも一瞬で身を隠すのは不可能だ。

 

「……ん?」

 

  部屋の中に気配を感じたバルターが、キョロキョロと視線を配った。

 

  どうせ見つかってしまうのなら、いっそ開き直って、裁判の前哨戦でもしてやろうかと球磨川が諦めかけたところで。身体を青白い光が包み込み、バルターの視界に入る前に身を隠すに至った。

 

「今……クマガワくんの匂いがしたような」

 

  ギルド前で嗅いだ、最愛の人の香り。ほんの微かに香ったように思えたが、彼がここにいるはずがない。きっと、脳が錯覚したのだ。

 

「……気のせいか……」

 

 バルターは自嘲気味に笑い、いそいそと秘密の日記にペンを走らせた。

 

  今日は初めて球磨川とバルターが言葉を交わした、記念すべき日。感動的な初対面について、筆がのったことだろう。

 

 ーアレクセイ邸廊下ー

 

『間一髪過ぎて参っちゃうぜ。バルターさん、まさか狙ってたんじゃないだろうね』

 

  魔杖の力で、日本人二人は階下へと瞬間移動し事無きを得る。目を凝らせば、不法侵入時に生首にした兵士が辛うじて見える場所に。

  球磨川は学ランからハンカチを取り出すと、かいてもいない汗を拭うパフォーマンスを見せた。

 

  「なあ、もう早く帰ろうぜ!メイドや兵士に発見されたら事だ」

『メイド……?言われてみると、意外と今日はメイドさんに出くわしていないね。知ってるかい?ロングスカートをミニスカートの丈程まで捲ると、ミニスカート以上に魅力的だということをっ!』

 

  何が【意外と】なのか。そんな知識は一切聞くつもりじゃなかったし、ミニスカートだろうが捲ったロングスカートだろうが、魅力的かどうかは見る人の好みだ。タダオはそうツッコミかけ、思い留まる。現在、最も優先すべきは脱出すること。断じて球磨川のおふざけに付き合うことではない。いたずらに時間を浪費するべきではないと、タダオが首だけになった兵士に駆け寄っていく。

 

『おいおい、つれないじゃないか。興味なさそうってことは、タダオさん、メイド萌えではなかったんだね。気がつかなくてごめーん!』

 

  息を切らせて球磨川も追いつくと

 

「おい。早くオメーのスキルで兵士の記憶を消せ。目撃者はこいつだけだからな」

 

『それね。やるだけやっては見るけれど。もしかしたら……』

 

  首から下を床に埋められて身動きがとれない兵士。彼に残された自由は、球磨川らを睨みつけることぐらい。

  猿ぐつわをなんとか外そうと頑張る兵士に、球磨川が手を添えた。

 

『……あー。うん、思った通りに効かないね』

 

  記憶の抹消を早々に諦めて腕を組む球磨川。もうそれっきり、スキルを行使する素振りも見せなくなる。

  いい加減、苛立ちを抑えきれなくなったタダオが、語気を強めて

 

「効かない?オメーのスキルがか!?」

 

  頼みの綱、【大嘘憑き】。あのデタラメなスキルが効かない事があるとは。驚きと焦りが、タダオの心を支配した。記憶を消せないとなれば、タダオも裁判に出頭する可能性が出てくる。

 

『まあね。つまるところこの兵士さんは、心からアレクセイ家に忠誠を誓っているみたいだ。今の僕では、強い意志まではなかったことに出来ないんだよ、心苦しいことに』

 

「忠誠?んなもん、なんだってんだ。前にオメーがマクスウェルに首を刎ねられた時も、あっさり復活して見せたじゃねーか。アレだけの事が可能なのに、意志如きに阻害されるようなショボいスキルだったわけか?」

 

『そこまでズケズケと言われちゃ、言い訳の一つもさせてもらわないとね。……ぶっちゃけ、今の僕は【大嘘憑き】が使えないんだ。諸事情でスキルが劣化しちゃってさ。兵士さんに行使したのは、差し詰め【劣化大嘘憑き】ってところかな。劣化した分、強い想いが込められた事象はなかったことに出来ないようだ』

 

  それなりに大事なのだが、張本人の球磨川は飄々と説明した。箱庭学園での生徒会選挙後、一旦同じ状況を体験済みだったので、もう慣れたものだと付け加えて。

 

「……あのさ、オメーのスキルが劣化しようが、ハッキリ言って今はどうでもいいんだよ、すまんが。真にまずいのは、この兵士の記憶が消せないってところだ。最悪、コイツには虚無の彼方で人生を終えてもらう必要がある」

 

  言うや、モーデュロルに光が灯った。首から下を埋め込まれた恐怖で、兵士の口元がカチカチと震え始める。

  額から大粒の汗が流れ、今まで球磨川らを睨みつけていた瞳には、これまた大粒の涙。汗と涙が猿ぐつわまで垂れて、吸収されていく様を眺め、一通り堪能してから。球磨川は兵士を庇う形で割って入った。

 

『ストップだぜ、タダオさん!彼は殺しちゃいけないよ。なにせ、貴重な手駒なんだから』

 

  球磨川が間に入ると、モーデュロルの発光は収まった。代わりに、不機嫌になったタダオが疑問を投げかける。

 

「手駒だ?」

『そうだね、手駒だよ。ホラ、裁判に負けないには幾つか手段があると話したじゃない?彼は、その内の一つってわけだ』

「いや、意味がわからないが……」

 

  アレクセイ家に忠誠を誓っているならば、球磨川側につくとは考えにくい。手駒にするなら、他にも楽な人選があるんじゃなかろうか。

 

『単純な話さ。彼の意志が固いなら、僕と同レベルにまで弱くすれば良いだけだよ。意志もやわやわな僕のような軟弱者は、少し揺さぶれば即裏切るんだからっ!』

 

「……まて、混乱させてくれるな」

 

  追加で説明を受けても、いまひとつ話が見えてこない。というか、追加説明だけ聞くと、単に球磨川がダメな奴だという情報しか含まれていない気もする。そもそも、どうやったら意志などという曖昧なモノをコントロールできるというのだろう。

 

『まぁ、見ててよ。一瞬で済むから』

 

  球磨川はふっと顔を綻ばせると、一本の巨大な螺子を取り出す。

  そのまま、タダオに用途を問われるより早く、一息に兵士を貫いたのだった。

 

  勿論、突き刺したのは普通の螺子ではない。あるはずがなく。兵士の肉体を貫いても、一切血を滴らせないその不思議な螺子の正体は、球磨川の【禁断の過負荷】に他ならなかった。

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

  球磨川が情報収集をする一方で、 ダスティネスのお屋敷に残されためぐみん。

  住民らが精神不安定な今、街を歩くべきではないと頭では理解している。それでも、出歩かずにはいられない。何故ならば、もう一人のデストロイヤー討伐の貢献者、アクアが見つかっていないからだ。

 

  ダスティネス家の者が捜索しているが、まだ発見には至っていない。もしかしたら。めぐみん達がやられたように、誰かに石でも投げつけられているかもしれない。或いは、それ以上の仕打ちも。

 

  ここアクセルは魔王の城から一番遠い街だけあり、血の気の多い冒険者は少なく、住む人々は温厚な性格の持ち主が多い。だからこそ、石を投げてくるなどめぐみんには予想出来なかった。

 

  無論、アクアにだって予想できまい。

 

  根は優しいアクセル住民だろうと、同じ思想の人間が集えば、残酷な行いですら正しいことだと錯覚してしまう。自分一人だけなら胸の内に秘めるしかない悪意も、共感者が沢山存在すれば、いとも簡単に表に出す。

 

  人間とは、多数派に靡きやすい性質を持つものなのである。容疑者に石を投げつける行為だって、皆が賛同するなら正義なのだ。

 

「こうしてはいられません!自分だけ安全圏にいるのは、私の自尊心が許さないのです。アクアを早く助けてあげなくては」

 

  ガバッと立ち上がり、めぐみんはマントを羽織った。

 ハットを深く被った奥で、双眸は紅の光を放つ。

 

「こらこら、外出してはならないと言ってるだろう。何回同じ事を言わせるつもりなんだ」

 

  めぐみんが外出すれば、また住民に攻撃される危険がある。アクアを助けたい気持ちはダクネスも理解出来るが、それでは本末転倒だ。

  ガシッとめぐみんの腕を掴んだダクネス。筋肉質な彼女から逃れるのは難しく、めぐみんは言葉で応じる。

 

「放してください。私はなにも、ダスティネスに仕える人達を信用していないわけではありません。ただ、一人より二人。二人より三人。捜す人数が多ければ、それだけ効率もアップします」

 

「あまり困らせないでくれ。ここでめぐみんを見送って怪我でもされたら、私は自分を許せない」

 

「……わかりました。では、これならどうでしょう」

 

  ダクネスに掴まれていないほうの手で、めぐみんはマントと帽子を器用に外した。

  眼帯も取り、格好は単なる女の子に。これでも、ギルドでたびたび顔をあわせる冒険者達ならめぐみんだと見抜けるだろう。が、住民には、紅魔族ならではの目立つ衣装でめぐみんを認識している者が多い。

  ただ服装を変えただけでも、かなり効果的なのだ。

 

「めぐみん、お前が本気なのは伝わった。もう少し地味な服を貸してやるから、そっちに着替えるんだ」

 

「!……ありがとうございます!」

 

  ダクネスの手から力が抜ける。どうにも頑固なめぐみんを説得するのを諦め、ならばと協力することにしたようだ。

 

「やれやれ。ミソギといい、私のパーティーは頑固者ばかりだな」

 

「今更ですね。それに、ダクネスだってあまり人のこと言えませんよ」

 

  ニヤリと、めぐみんが口角を上げた。

 

  ダクネスが用意したのは、茶色をメインとした普段着。メイドさんの私服を借りたとのことで、そこに貴族らしい派手さは一切ない。もうめぐみんは、完璧な【町娘A】と化した。

 

「さてと。では、行ってきます。ダクネスはついてきちゃダメですからね?せっかくの変装も、ダクネスと一緒にいては意味を成しませんから」

「なっ……!先に、釘を刺された!?」

「というか、ダクネスには他にやる事があるでしょう?」

 

  腰に手を当てて、ダクネスを真っ直ぐ見据える村娘A。

 

「貴女には、ダスティネス家の中にバルターの内通者がいないか調べて欲しいのです。これはダクネスにしか出来ませんから」

「……なるほどな。わかった。私は私で、色々探ってみるとしよう。くれぐれも気をつけるんだぞ!」

「わかってますよ。アクアを見つけたら、すぐに戻ってきますから!」

 

  手を振って、めぐみんは屋敷を出発した。

 

「……おい。誰か、行ってくれ」

「かしこまりました。ララティーナ様」

 

  その後ろから、密やかにダスティネスの護衛が付いて行ったのは、ダクネスの精神を安定させる為には欠かせない事だった。

 

「まったく。本当に、誇らしいパーティーメンバーに恵まれたな、私は……」

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

  ダスティネス邸を出て、めぐみんが足を向けたのは馬小屋だ。まず真っ先に調べられているだろうが、それでも、何か手がかりがあるかもしれない。

 

  馬小屋まで、あと数百メートルのあたりで。

 

「いた、痛い!ちょっと、何するの!?」

 

  めぐみんはボールを投げつけられている人物を発見した。

 

  やんちゃそうな子供達が、数人で女性にボールをぶつけている。ゴムのような材質で出来たボールで、しかも子供の力だから、ダメージは皆無。

 

  今すぐ止めなければならない必要がなさそうなので、めぐみんは女性の姿を観察することから始めた。

 

  被害を受けている女性の髪色は黒なので、一目でアクアではないとわかる。では、誰なのか。

 

  黒いマントに、赤い瞳。特徴だけならばめぐみんと共通するその女性は、めぐみんがよく知る人物。相手も又、めぐみんを知っているらしく、助けを求めてきた。

 

「めぐみん!?た、助けてー!」

 

  涙目で訴える少女は優しい性格なのか、子供達に反撃したりはしない。ただひたすらに堪え続ける。

  めぐみんはキョトンとした顔で。

 

「なんだ、ゆんゆんですか。楽しそうですね、私も混ぜてくれませんか?」

 

  恐らく。服装の特徴から、めぐみんと間違えられて被害を被ったゆんゆんなる少女。

  幸薄そうな彼女は、めぐみんの元クラスメイトで、同郷の出身。めぐみんが少年たち側に加担しそうな雰囲気を察知して、ゆんゆんは叫ぶ。

 

「めぐみんっ!街中でテロリスト呼ばわりされているけど、今度は何をしたの!?」

 

  悲痛な叫びは、狭い路地裏に反響したのだった。




クーリスマスが今年もやってくるー(無慈悲)

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