この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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四十三話 父の仇

『テロリスト?え、ちょっとやだ。めぐみんちゃん、テロリストだったの?うそー!』

 

  急なテロリスト呼ばわりにも、動揺の欠片も見せずに、球磨川は隣に位置取るめぐみんに全てをなすりつけようとした。ビクッと背中を伸ばした爆裂娘は、慌てて言葉を紡ぐ。

 

「ちょ、待って下さい!この人は我々二人に対して言ったんだと思います!現にテロリスト【どもが】って語尾についてましたし。何私一人に押し付けようとしているんですか!?」

 

  よくわからない内に罪を被せられそうになっためぐみんは、健気にも球磨川へ異を唱える。小声で、「いきなりなにを言い出すんですか」と付け加えて。

  球磨川はポリポリと指で頬をかきながら

 

『いやいや、こうは考えられないかな。このおじさんの語尾が【どもが】に設定されてるとか、もしくは【どうも】って挨拶してくれたのを、僕たちが聞き間違えたか。僕としては前者のパターンが有力だと考えるね』

 

「語尾が【どもが】のおっさんなんかいるはずないでしょう!【どもが】って何語ですか。しかも設定ってなんですか!」

 

  真っ赤な顔で全否定された。

 

『ははは。冗談はさて置き。…ねえおじさん。僕たちのどこがテロリストなんだい?僕ほど、見た瞬間に善人だとわかる人間はそういないぜ。それと、このお葬式は何なのかも、合わせて教えて欲しいんだけれど』

 

  嫌な汗をかいたのか、ハンカチで顔を拭くめぐみんを尻目に、球磨川は本題に入る。挨拶代わりにテロリスト呼ばわりしてきたおじさんに向き直り、事情の説明を促した。

 

  おじさんの表情はまさしく鬼。親の仇、もとい。子の仇と言わんばかりに球磨川を睨み、今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。おじさんはどうにか自分を抑えつつ、その分怒りを込めて言い放つ。

 

「デストロイヤーを操って、自爆に冒険者達を巻き込んだんだろ!?テメーらが最初にデストロイヤーと接触したのは、監視係の門番が証言してんだ。その時に、何かしらの細工を施したんじゃないかともな。…この人殺しどもが!」

 

  おじさんの額に浮き出た血管がはち切れんばかりに変色しているのを視界に捉え、とりあえずは言い分を聞き届けようとしていた球磨川だが…出来心で口を挟んでしまう。

 

『ちょっと意味不明過ぎない?暴走状態のデストロイヤーを操れる筈が無いし…デストロイヤーは歩行すら出来なくなっていたんだよ?そうしたのは、勿論僕達だ。加えて、冒険者をデストロイヤーの自爆に巻き込ませるメリットもわからない。何言ってるのさ』

 

  球磨川とてギルドに登録した立派な冒険者。ベルディア討伐後、冒険者達は少なからず球磨川らを認めてくれたりもしていたわけで。そんな彼らを好き好んで殺すなど、あり得ない。

  だが、おじさんは引き下がらず。

 

「デストロイヤーの討伐は、冒険者総出で行われる緊急クエストだ。手柄を独り占めにすれば、本来山分けされる筈の賞金だって独り占めに出来る。金如きでこんなテロに及ぶとはな。魔王軍幹部を討伐してくれた英雄様も、俗物だったってわけだ!」

 

『ちょっとちょっと。なんなのさ、いきなり説明口調になっちゃって。お金目的で本当にそんなことをすると思われたならショックだなー。ベルディアちゃん討伐の賞金だって余ってるし。なんなら、靴を探すのにお金を燃やしても良いぐらいだよ』

 

  心底呆れた球磨川は、軽い頭痛に眉を寄せる。どうすれば、このおじさんに真実をわかってもらえるだろう。脳内で案を練っていると。

 

「!…ミソギ、周りを見てください」

 

  めぐみんが学ランの裾をグイグイと引っ張ってきた。

 

『なんだいめぐみんちゃん?…て、これは何が起こってるの??』

 

  球磨川達の口論は声のボリュームが大きく、他の参列者をも引き寄せる。気がつけば、ちょっとした握手会並みに人が集まってきていた。

  悲しみの中、皆瞳を充血させ、明らかな敵意を抱いている。

  球磨川とめぐみんを集団でリンチしてもおかしくない、異様な空気。

  今朝方から街に漂う変な空気と酷似していた。

 

『ふむ?つまるところ、僕たちへの敵意が、街の異常の正体だったわけか。お祭りじゃなかったんだ』

「まだお祭りを引っ張りますか。そんなことより、これはマズいですね…濡れ衣ですが、身内を亡くした彼らは冷静ではありません。このままでは…」

 

  敵意に敏感な球磨川でさえ。いや。敏感だからこそ、気づくのが遅れた。元いた世界では当たり前のこと過ぎて。

 

  一触即発な状況だが、スキルも不安定な今、ホイホイと死ぬことは出来ない。

 

「殺してやる…。お前らをあの子と同じ目にあわせねーと、俺はあの世でどんな顔で会えば良いかわからねー…」

 

  集団から一人、言いがかりをつけてきたおじさんとは別の男が近寄ってくる。よく聞き取れない声量で何事か呟やき、手には黒く、形も歪な剣らしき物体を持つ。爆発にて死んだ冒険者の遺物だろうか。目は完全にいってしまっている。

  皮切りに、他にも数人が球磨川とめぐみんに歩み寄ってきた。これぞ四面楚歌とばかりに、あっという間に囲まれてしまった。

 

『…とりあえずこのお葬式は、デストロイヤー戦で犠牲になった冒険者らのもので間違いなさそうだ。で、彼ら遺族は僕たちを殺すことで犠牲者への手向けにすると』

 

  冷静に分析する球磨川。

 

「何をのんきな!私たち、殺されてもおかしくありませんよ!?それだけの雰囲気です」

『どうしよっか?とりあえず、爆裂魔法で蹴ちらす?』

「真面目に考えてください!」

 

  失礼な。球磨川はそう言いかけ、ふと気づいた。

  集団の奥に、何やら身なりの良い優男がいることに。

  球磨川と目が合ったことに向こう側も気がついた様子。にこやかに、ゆっくりと球磨川の正面までやって来た。

 

「バルター様…!」

「おお…バルター様…!!」

 

  男の登場は、ヒートアップした群衆を鎮めた。バルターというのが、男の名前なのだろう。整った顔立ちに、引き締まった肉体。どうやら、単なる優男ではなさそうだ。

  バルターは大袈裟に両手をひろげてみせると、綺麗な通る声をギルド前広場に轟かせた。

 

「皆さん、少し落ち着いて下さい。我々の目的は、彼らを殺すことではありません。今回彼らが犯した罪を、しっかりと生きて償ってもらう。それが最終目的です」

 

  笑みを携え、演説よろしく集団に聴かせるバルター。暴走寸前だった男達も、すっかりおとなしくなった。

 

『凄い…!あの怒り狂った有象無象を一瞬で落ち着かせるだなんて』

「ええ。何処のどなたかは存じませんが、助かりました」

 

  ひとまず、この場でリンチされて死ぬ運命だけは回避したようだ。球磨川、めぐみんの順にバルターへ礼を述べる。が、受けるバルターの表情は暗い。今しがた演説もどきを行った笑顔は何処かに消えていた。

 

「…住人の方々を有象無象呼ばわりですか。流石、英雄殿は位が高くていらっしゃる」

 

  ゴミ屑を見る目で球磨川を見据え、バルターはいささか声のトーンを落とした。

  露骨な態度の変化は気になるものの、もっと気になることがある。バルターもまた、球磨川達がテロを行ったと誤解している様子。一刻も早く、真実を知ってもらわなければ。

 

『実はですね、バルターさん。僕たちは、デストロイヤーを利用したテロを行っていないって説があるんだけどね?バルターさん的には、僕らの容疑は確定しちゃってるのかな』

 

  対抗したわけではないが、球磨川もいつもより声のトーンを低くしてバルターに問うた。ゆっくり落ち着いた声で話したほうが、より言葉を理解してもらいやすいからだ。

  そもそも。説もなにも、球磨川たちはテロになんか及んでいない。住人に敬われていそうな目の前の男ならば、球磨川たちの無罪を勝ち取れる可能性がある。そうした目論見で話しかけてみたのだが…

 

「ふっ。そのような戯言は、ここでは聞けません。出るとこに出てから、改めてお聞かせください」

 

  にべもない。バルターは黒い微笑を携えて、クルリと180度回転。球磨川に背を向けて、遠ざかろうとする。改めて聞かせろと、バルターは言った。ならば再度どこかで顔を合わせるのかもしれない。それでも、今ここでハッキリとさせたい事があった。球磨川は離れていく背中に発する。

 

『バルターさん、君の目的はなんだろう?』

 

「…もう話は終わりです」

 

  振り向きもせずに、手をヒラヒラと降るバルター。球磨川も構わず、質問を続ける。

 

『住人達に、たったの1日で僕らを悪者だって認識させたのは君でしょ?じゃないと、昨日の今日でこうも街全体から敵意を感じるわけがないからね。カリスマ性を持つ【何者】かが糸を引いていると思ったよ。君の登場で、それは確信に変わった』

 

  ピタリと、バルターの歩みが止まる。上半身だけ向き直った表情には、驚きと喜びが見え隠れしている。

 

「よく、分かりましたね」

 

『まぁね。人の噂って予想以上に拡まるのが速いけれど、今回は速すぎた。それと、住人が全員、僕らがテロを企てたのだと共通認識していたのも不自然過ぎたからさ』

 

「…何者かがそうなるように仕向けたのは明白、ということですか」

 

 先ほどから一転、バルターは興味深そうに球磨川を見据える。

 

『自爆した際、デストロイヤーは歩行機能を失っていたよね?普通、テロを起こすのに歩行機能を失くす必要は無いでしょ。冒険者達が突っ込んでくれないと巻き込めないだなんて、杜撰にも程がある。普通に考えれば、アクセルの住人だってわかるはずだよ。巻き込まれたのは、冒険者が危険を確かめもせずに突っ込んだからだって。足の機能を奪う手間を考慮すれば、デストロイヤーにそのまま街を襲わせたほうが安上がりだし』

 

  球磨川の説明を隣で聞いていためぐみんは、驚きに目を見開く。とはいえ、元々頭脳明晰な彼女は、すぐに得心がいったらしい。

 

「…私たちを悪者に仕立て上げたのがバルターさんだとすると。バルターさんには、そうするメリットないし理由があるのですね?」

『普通はそうだよ。街全体の情報操作って、結構な労力だと思うんだ。何か企みがあってのことだろうね。概ね、仕立てた悪者を成敗して名声を得たいか…』

 

  球磨川は意味深な視線を、一回めぐみんに送って。

 

『僕たちに恨みがあるとか』

「…な!?」

 

  ほぼ反射的に。めぐみんは視線をバルターに向ける。爽やかな笑顔で拍手をし、バルターは高らかに名乗りを上げた。

 

「流石ですね…。私の名は、アレクセイ・バーネス・バルター。クマガワさん、貴方に父親を殺された者で御座います」

 

『アルダープちゃんの息子!?』




会社の自販機が季節の変わり目に品揃えが変わりました。ネクターが消えていて、目が点になりもうした。

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