次巻、アイリス来そうで…もう…たまりません。
ロクに使い道が無いうえに、値段も高い。そうしたネタに等しい道具ばかりが陳列されたポンコツ魔道具店の前まで、球磨川達はやってきた。
「この店に、カズマの行方を知る人物がいるのか?見たところ普通の魔道具店のようだが」
中腰の姿勢で、店内をガラス越しに覗くダクネス。職業柄、魔道具店そのものに馴染みがなく、瞳を輝かせている。
『ダクネスちゃんはこの店来てなかったんだっけ?…正直、目当ての人物がいるかはわからないけれど。まあどっちみちカズマちゃんへの手がかりは無くなったんだし、僅かな可能性にかけるのもいいんじゃないかな』
ここの店主と仮面の悪魔は旧知の間柄。初対面時、仮面の男は自分だけのダンジョンを作る資金を得る為、ここで働きたいと語っていた。ことごとく球磨川の上をいった、見通す悪魔を名乗るバニルならば、カズマの行方も簡単にわかるはずだ。球磨川らはカズマ捜しの次なるヒントを得るべく店に入ることに。
ドアに備え付けのベルが鳴り、来店を告げる。
『ウィズさん!あなたの、あなただけの球磨川がやってきましたよ!嬉しい?僕は嬉しいな』
バニルを探しに来たはずの球磨川は、入店して一目散にレジへ。
おっとりした雰囲気のお姉さん、ウィズの手を両手で握った。
「あら、球磨川さん。また来てくれたんですね。ようこそ、ウィズ魔導具店へ!」
今日も今日とて美しくも可愛らしいポンコツ店主は、嫌な顔一つせず手を握り返してくれる。店の窓から射す太陽光による演出で、ウィズは女神に見えなくもない、アンデットにあるまじき神々しさを放つ。どこぞの宴会女神は頑として認めないだろうが。
「なあめぐみん、誰なんだ?あの女性は」
デレデレする球磨川がなんとなくお気に召さないダクネスさんは、ヒソヒソとめぐみんに聞いた。
めぐみんも、球磨川の態度に舌打ちしかけたが、なんとか抑えて。
「あの女性はウィズ。ここアクセルで魔道具店を営む、元凄腕冒険者です。ダクネスも噂くらいは知ってるんじゃないですか?」
「おお、確かに聞き覚えがあるな。そうか、彼女があの…。それにしても、なんだかミソギが鼻の下を伸ばしてるように見えるのだが…私の見間違いだろうか?」
「いえ決して。ですが、まあ無理もないでしょう。男なんて、大きいおっぱいには弱い生き物なんですから」
ハットを右手で下げ、目元を覆っためぐみん。帽子の影で睨む目線の先は、ウィズかと思いきや、すぐ隣のダクネス。それも、ウィズに負けず自己主張の激しい胸元に。
「ちっ。牛か何かですかこの二人は」
真っ平らとはいかないまでも主張の少ない自身の胸部に、ついつい嘆息する。
『おっと、こんなことをしてる場合じゃないや。僕はバニルっちを探しに来たんだよそういえば!』
ウィズの手を離すのは名残惜しいが、意を決してレジから遠のく。
「どうやらバニルは留守みたいですよ。あのイカした仮面を、私が見落とすはずありませんから」
しかし、常時薄ら笑いを浮かべる嫌味な悪魔の姿は店内になかった。球磨川がデレデレしてる間に、めぐみんは店内を見渡していたようだ。
『まさか、また僕から悪感情を得ようと、ウィズさんに化けてるんじゃないだろうね?』
ウィズにネジの先を向けて、化けていたあかつきには刺してやろうと身構えた球磨川。
「バニルさんならやりかねませんが…今は、たんに留守なだけですよ。私が商品を仕入れに行こうとしたら、率先して代わってくれたんです」
案外優しいところがある。人間をおちょくり、騙し、悪感情を食べまくるバニルでも、やはり同族には態度が違うのだろうか。
…無論そんなことはなく。ウィズに仕入れを任せると、平気で単位を間違えたりするので、仕方なくバニルが行っているにすぎない。
『そうかい。バニルちゃんは結局ここで働き始めたわけだ。…働き始めたマイ・レヴォリューションってわけだ』
「ま、まいれぼ??なんだそれは」
いちいち球磨川の戯言を相手にしてはキリが無いと、そろそろダクネスも学ぶべき頃合いなのだが。とはいえ、目の前で言われてはスルーも存外難しいもので。加えて聞き慣れない単語となれば、どうしたって意味を知りたくなってしまう。
『…うん。それで、商品の仕入先ってどの辺?僕達はまずバニルちゃんに会わないことには始まらないし、終わらないんだよね』
刹那。コンマ数秒だけ。球磨川がダクネスに視線をやったのは、たったそれだけの時間。プイと視線をそらした後は、何事も無かったかのようにウィズへの質問を続行した。せっかく取るに足らない発言に反応してくれたダクネスさんを、球磨川はスルーしたのだ。
「む、無視…!?」
ダクネスは自分が空気にでもなってしまったような錯覚を覚える。また、何気にスルーされたショックも大きく、肩を落とした。
「ええと…バニルさんから、実は球磨川さん達に手紙を預かっているんです。もしも来店したら、渡すようにって」
言いながら、ウィズはレジ裏から手紙を取り出し、カウンターの上に。気落ちするダクネスにあえて触れなかったのは、ウィズの優しさ故か。
「ほう?私達がくることを予見していたってことですかね。さすが、あの仮面は伊達ではありませんね」
『物事の判断基準が厨二か否かなのは、めぐみんちゃんの
カウンター上の手紙を持ち、ペリペリと音を立て封筒を破るめぐみん。
「褒めても何も出ませんよ?…爆裂魔法くらいしか!」
『褒めたつもりはないけれど…。そして、実にめぐみんちゃんらしい回答だ。よし、なら爆裂を出してもらおうか!君の人生を捧げた爆裂の輝きを、ウィズさんにも見せてあげなよ!』
「あ、あの…!お店の中では、出来ればやめて欲しいんですけど…!」
そんなに広くはないウィズ魔道具店で爆裂魔法を使用すれば、建物はおろか術者のめぐみんも無事では済まない。だのに、微塵も躊躇う素振りがない紅魔族の娘に、ウィズがどうやって踏みとどまらせようか思案していると…
「お前達…。ウィズさんが困っているから、悪ふざけもそのくらいにしておけ」
健気にも、無視されたダメージから立ち直ったダクネスが、悪ガキ二人の肩を叩いて諌める。今にも泣きそうだったウィズを見ては、誰だろうと球磨川らを止めずにはいられなかったはずだ。
「ありがとうございます!えっと、ダクネスさんでしたか?」
「ああ。礼には及ばない。私は、このパーティーのリーダーとして当然のことをしたに過ぎないからな」
ガッシリと、歓喜するウィズに握手されたララティーナさん。いつの間にリーダーになっていたのかは疑問だが…。そうした役職や肩書きにうるさそうなめぐみんが、バニルの置き手紙に集中していたのが幸いした。ダクネスがリーダーを名乗ったことは、特につっこまれずに済んだ。何もダクネスだって本気で自身をリーダーだとは考えていないだろうが。
「うーん。バニルの手紙ですが、これはどこですかね?」
めぐみんが開封した封筒の中身。それは一枚の便箋。均等に折られた紙を広げると、とある場所の住所だけが書かれていた。挨拶も差出人の名前も書かれておらず、なんとも事務的な印象を受ける。
『バニルちゃん、わかってるね。住所だけを書き…無用なネタバレをしないことで、僕のやる気を削がないように工夫するとは』
めぐみんから便箋を受け取った球磨川は、なんともご満悦。
彼は、ゲームの攻略本にしても、最終章の攻略は載っていないパターンが好きなのかもしれない。
【ここから先は、君自身の手で確かめろ!】という、痒いところに手が届かないヤツが。
「あの、さっきから思っていたんですが、ミソギはカズマ捜しに基本消極的ですよね?」
アクセルに来てしばらく、パーティーメンバーに恵まれなかっためぐみんは、以前よりも仲間想いになった。もしも球磨川かダクネスが此度のカズマと同じ状況になれば、やる気最大限にして捜索する。だから、球磨川のやる気なさげな態度がひっかかるのだ。
『そんなことないってば。この僕に、半日を費やすほど捜索させるくらいだからね。カズマちゃんは大したもんだ。真に消極的であれば、僕はそもそも馬小屋から出てないよ』
「…ミソギはやる気が出てる状態でそれってことですか」
『【それ】呼ばわり!…いいさ、わかったよ。ここの住所に行って、カズマちゃんを連れて帰る。それなら文句ないでしょ?』
「そこにいくんですね?なら私たちも…」
『あ、ちょっと待って』
球磨川は扉を開け、後に続こうとしためぐみん、ダクネスを慌てて制止する。
「な、何か…?」
『僕一人でいく。でないと、カズマちゃんを見つけても僕の手柄にはならないからね。君たちはここで待っててよ』
「ええ?ミソギ一人に任せるのか?それはそれで不安なんだが…」
ダクネス達はまだ喚いていたものの、扉を閉めれば付いてくることはなかった。
………………………
………………
………
『一体、どんなヤバいところかと思ったら…。普通の喫茶店じゃないか』
バニルからの手紙に書かれた住所(といっても大まかなものだが)まで足を運んでみると、裏路地にひっそりと佇む一軒のお店が。
「いらっしゃいませ。初めてのお客様でしょうか?」
ふらふらっと店先まで行くと、扇情的な格好をしたお姉さんがお出迎えしてくれた。
『うわーお、凄くいやらしい格好だねお姉さん。メイド喫茶…ではなさそうだ』
ダクネスやウィズと同等…いや、それ以上に整ったプロポーションの店員さん。エロおやじばりの球磨川の発言に機嫌を損ねたりもせず。
「ここでは何ですから、とりあえず中へどうぞ!」
ランウェイでも歩いてるかのような足取りで、店内へ消えていくお姉さん。この世全ての男性を魅了する歩き姿に、球磨川は脊髄反射でついて行った。
綺麗な店内には、シンプルなテーブルとイスが配置されており、どうしてか客は男性ばかり。それも、皆一様になんらかの用紙を文字で埋めている、喫茶店らしからぬ光景。店員さんといえば女性オンリーで、球磨川を案内してくれたお姉さんと遜色ない美人揃い。これはもう、店長が容姿重視で採用しているとしか思えない。
『喫茶店なのに、誰も食事してないんだけれど。学校のテスト中みたいに、全員が一心不乱に何かのアンケートを書き込んでるのは、どういうことなんだろう…』
「お客様、ここがどういうお店なのかをご説明致しましょうか?」
イスに座った球磨川の背後から、熱っぽい吐息をかけつつ囁く店員さん。喋り方を表すならば、【ねっとり】といった表現が相応しい。
『お願いしようかな。出来るなら、みんなが書いてるアンケートについても』
「かしこまりました。…ここはお客様に極上の快楽を味わって頂くお店です。私たちサキュバスの力で、お客様好みの夢を作り出し、極楽浄土へとご案内します」
『!…サキュバス』
「ええ、私たちはサキュバス。この町にお店を構えさせていただき、皆様への快楽と引き替えに精気を受け取って生きている者。決してお客様の身体へダメージを与えたりはしませんので、ご安心を」
お姉さんは説明の合間合間に、右手の指先で球磨川の首筋をなぞる。ウブな男子高校生には強すぎる刺激。
だが、球磨川はお姉さんの手を強く掴み、自由を奪った。これ以上、触れられるのが不快だとでも言わんばかりに。
『ダメージを与えないって…本当に?』
「…え?」
急に、声のトーンが低くなった球磨川。聞くだけで心臓を鷲掴みにされる錯覚を覚える。全身に鳥肌がたち、精神を崩壊させそうな程のおぞましいボイス。お姉さんは、今の今まで触れていた少年が【得体の知れない物体】に見えた。
『サトウ カズマ。この名前に覚えはない?』
「…!」
『その反応は、心当たりがあるみたいだね。男から精気を吸い取る悪魔さんが、まさか街中に店を持ち、住人と共存しているだなんて。宿でカズマを抱えて逃げたのは、君たちのお仲間ってわけだ』
サトウ カズマと口にした途端、店員さんの目つきが鋭く、冷ややかに。
「その人物については、分かりかねます」
『そうなの?それじゃあ、しょうがないね。今の発言はなかったことにしてよ。んで?あのアンケートは何?』
【分かりかねます】などと。そんなはずがない。球磨川らは宿屋にて、サキュバスがカズマを攫ったシーンを目の当たりにしている。嘘をつかれたのは明らかなのに、球磨川は納得し、話題を変えてしまった。
「ええっと…」
もっとカズマについて問い詰められると予想したお姉さんは、鳩が
『なになに?僕、おかしなこと言った?』
「い、いいえ!あのアンケートは、お客様が見たい夢の内容を決めてもらう為のものです」
お姉さんがたどたどしく白紙のアンケートをテーブルに置く。
「夢の内容は、全てお客様の希望通りになります。年齢、性別、自分の容姿や相手の容姿、シチュエーションや好感度、関係性。【すべて自由】でございます」
『凄くない?それ』
「アクセルの男性住民から支持を得続けるだけのことはあると、自負しておりますわ」
人間の三大欲求の一つ。それを夢で合理的に発散出来るとなれば、このお店が長続きするのも頷ける。
『…すべて自由、か』
「なんでも可能ですからね?…なんでも」
意地悪っぽく微笑むサキュバスのお姉さん。球磨川はゴクリと唾を飲み込んで。
『た、例えばなんだけどさ』
「なんでしょうか?」
『いちごパンツの女の子二人と、同時にラブラブになれたりする?』
「可能です」
『じゃあさじゃあさ、10年前にザクシャインラブを誓った女の子達と同時に恋人になれたりは!?』
「10年…?ええ、なんであれ可能ですわ。だって、貴方の夢ですから」
『素晴らしい!素晴らしいよお姉さん。当初の目的がどうでもよくなるぐらいに、素晴らしいよ!!』
「お気に召したようで、何よりです」
球磨川がにわかに放った負のオーラは彼方へと消えた。お姉さんはカズマの名に身構えこそしたが、球磨川がアンケートに夢中となったことで警戒を解いた。
「では、こちらの内容で。代金は5千エリスです」
『はーい!』
数分で用紙を埋め尽くし、代金も支払った。これで準備完了。後は、今晩眠っていれば、お姉さんが夢を見させに来てくれるらしい。
『バニルっち、とても良い店を教えてくれてありがとう…。今度、悪感情でも負感情でも、好きなだけあげるよ』
店から出た球磨川は、スキップで馬小屋へと帰っていった。生まれて18年で、最高に心躍る帰路だった。
馬小屋にて、球磨川はいつもより藁を丁寧に整え、軽めのストレッチで身体を適度に疲労させてから、まったりと眠りについた。
………………………
……………
……
ー女神の間ー
『…お?』
夢の世界。にしては、リクエストと違う。
『僕は宇宙からきたピンク髪の女の子達とイチャイチャしたいって書いたんだけれど…なんだってエリスちゃんがいるわけ?』
「こっちのセリフ過ぎます。球磨川禊さん?なんで貴方まで…」
球磨川は、何もないところで転んでは、女の子のパンツや胸元に顔を埋める予定だったのに。そして、黒髪ロングの委員長に、「ハレンチなっ!」とでも罵ってもらうつもりだったのに。
『ははぁ、さてはサキュバスのお姉さんってば、間違えたな?ま。この際、エリスちゃんでもいいか!』
「よくありませんっ!!ここは現実ですから!球磨川さんの夢じゃありませんから!」
『なーんだ。…て、僕死んだっ!?』
エリスの間にいるすなわち、それしかない。ないが…
『風が吹いただけで時折ダメージをくらう僕でも、今回ばかりは死んだ理由がわからないよ!』
「でしょうね…」
エリスの、可哀想な人を見る目。
「球磨川。あんたもか…」
『あっれぇ?カズマちゃん??』
エリスの間には先客がいた。今回のゴールこと、佐藤和真さんが。
『こんなところにいられたら、そりゃ見つからないよ。ズルいなぁ』
「べ、別に俺だって好きでこんなところにいるわけじゃねーよ!」
「ふ、二人して【こんなところ】って言わないで下さい…」
カズマと球磨川が横並びで椅子に腰掛け、エリスが向かいに座る。学校の三者面談のような陣形だ。
「いいですか?転生者のお二人。こんなにホイホイと死なれては、私の負担が増すばかりなんですからね?」
「『はーい」』
「そもそもここは、神聖な女神の間。決して転生者の溜まり場じゃないんですよ?わかってますか?」
「『はーい」』
「ほんとにわかってるんですかっ!」
ダンッ!
エリスが椅子の肘掛を殴った音が響く。
「カズマさん。貴方に至っては、ほぼアウトですからね?もう火葬されて土の中なんですよ?先輩のリザレクションだって効かないんですからっ!」
「そ、それを言われると…」
「球磨川さんがいたから、特別にここで留めてあげてましたが、本来ならアウツ…!即、転生だよっ!」
『ちょ、キャラが変わってるから!エリスちゃん、どうどう…』
ギロリ。今度は球磨川を睨むエリス。いつもは温厚なだけに、かなりの迫力がある。球磨川も、思わず目を背けた。
「貴方も貴方です!カズマさんを捜してたはずなのに、なんで普通にお店を利用してるんですかっ!しかも、魔道具店で貴方の帰りを待ってた二人を忘れてましたよね!?」
『あ!いっけね』
「もうっ!…ダクネスは放置されて逆に喜んじゃってましたが、めぐみんさんは目も当てられないぐらい怒ってましたよ!球磨川さん、幼い女の子に酷いことしないでください!」
こんなに激昂した女神様が過去にいただろうか。エリス教徒も、鞍替えを悩むレベルでキレる女神。
二人の、しょうもない死因が火に油だった。以前、【狭き門】行橋未造に「感情が無い」と言われた球磨川ですら、土下座して許しを乞いたくなってきた。
「いやらしいお店を利用して死ぬ転生者とか、私の世界を舐めてませんか?」
『か、カズマちゃん。どうして君は死んだのさ。せっかくグレート・チキンからは逃げ果せたのに』
「いや、それは…」
目線を床にやったまま、カズマは口を閉ざす。
『…』
きっと、話しづらい死因なのだ。 球磨川は珍しくカズマに同情して、彼が語り出すのを待つ構えでいた。しかし、女神様がそうはさせなかった。
「カズマさん!貴方が話さないなら、私の口から言いますよ!?良いですね!?」
「…待って!一人で、出来るから!」
女神エリスも女の子。恥ずかしい死因を女性から話されるとどうにかなりそうだと判断したカズマは、やっとの思いで語る。
「アクアがいない日とか、凄いレアだろ?気晴らしに、小耳に挟んだあのお店を利用したんだ。ちゃんとした宿も予約してな」
『うんうん。それで?』
「俺の担当が、新米だったらしくて。精気の吸収をやり過ぎたんだ。グレート・チキンとの戦いで、少なからず疲弊してたのが運の尽きさ。ダブルパンチで、呆気なく俺はここに来たわけ」
早口。圧倒的早口で話し終えたカズマ。語る時間を短縮して、羞恥から早く解放されたい思いで一杯だったのだ。
『は、恥ずかしい死因ナンバー5にはランクインするよ、それ』
「そう…。で、サキュバスさん達は死後も名誉を守る為、アクアらが帰ってくる前に俺の死体を埋葬してくれたりしちゃったんだな」
…死後にハードディスクを消去してくれるサービスに近い。そんなサービスは現実に無いけれど。
『それで、お店でカズマちゃんのことを聞いたらあんな顔されたんだ』
「球磨川さん。アンタは多分、意図的に精気を多く吸われたんじゃないかな」
『はい?どうして僕が…?』
「…死人に口無し。宿屋と喫茶店の両方を調べ、俺がお店を利用したって気づいたのはアンタだけ。要するに、知りすぎたんだよ、アンタ」
心底くだらなく、かっこ悪い事柄をカッコつけて話すカズマ。
『じゃあ何さ。カズマちゃんの死後、その名誉を守る為だけに僕は殺されたと?』
「ああ。すまなかった」
爽やかに歯を光らせたカズマは、ぶん殴りたくなる笑顔で球磨川の肩を掴んできた。
『先に僕だけ生き返って、ギルドの拡声器でカズマちゃんの行いを報せてから蘇生してあげよう!』
「調子こきました。ごめんなさい」
カズマのDOGEZAは、それはそれは美しく見事であった。
……………………………
…………………
………
ザシュッ。ザシュッ。
ザシュッ。ザシュッ。
一定の間隔で鳴る音。同時に、球磨川の身体に何かがかけられる。
『土…?』
「む、やっと帰ってきたか」
球磨川は仰向けに、人一人が横になれる程度の穴に収まっていた。場所は、アクセルの外れの草木生い茂る一角。頭上では、バニルがシャベルでせっせと球磨川に土を被せている最中だ。
『バニルちゃん…』
「ふむ。あと小一時間で埋葬出来ていたものを」
『いや、なんで君が僕を埋葬してるんだい?』
バニルがシャベルを付近に突き刺し、口元に手を当て答える。
「今回は、我輩の不注意が原因であるからして。親友を自称する貴様を、手ずから埋葬してやろうとな」
『手違い…?』
「うむ。本来、貴様は死ぬ予定では無かったのだ。先に誤解を解いておくが、別にあの店の連中に、貴様を殺すつもりはなかった。いわば、事故であるな、コレは」
さっぱりわからない。そう言いたげな球磨川を見るだけで、見通す悪魔には十分。
「サトウとやらを捜しに、お前があの店を訪れる。すると、店のシステムを説明されたお前は絶対興味を持ち、サービスを受けるはずだと判断した。此処までは読めたのだが…」
『…』
「お前の体力では、サキュバスが代金代わりにする精気すら吸い取れないのだよ、そもそもとして。サトウといいお前といい、ついてないな。お前のところにも新米が派遣され、体力の低さに気付かぬまま致死量を吸われたのである。悪魔繋がりで、彼女らは我輩の部下みたいなものでもあるから、代わりに詫びておこう」
『そういうことだったの。別にカズマちゃんの誘拐を目撃したのは関係無かったんだ』
「当初は、サービスを受けられないと知ったお前から悪感情を得ようとしていのだが…不発に終わってしまったな」
学ランやワイシャツ、いたるところに砂が入り込んでいる。球磨川は立ち上がって学ランを脱ぎ、大きく振って砂を落とす。
『そいつは残念だったね』
「うむ…。仕方ないので、当店でお前を待ち続けていた二人に、お前がサトウの捜索を打ち切って如何わしい店で遊んでいると伝えておいてやったわ」
『この悪魔っ!!』
まだ靴に土が入ったままだが、球磨川はめぐみんらに弁解するべく走っていった。
「そう、我輩は悪魔である」
金輪際、あの喫茶店でサービスを受けられないと知った球磨川の悪感情。それと、パーティーメンバーに夜遊びをバラされたと知った際の負感情。どちらも、サキュバスの夢で得られる数倍の快楽を、見通す悪魔にもたらした。
数日して、クリスに発破をかけられるまでカズマの蘇生が遅れたのは、サービスを受けられたカズマへの八つ当たりだったのかもしれない。
夢って。絶対あの1京スキル持ってる人が邪魔しにくるよね。クマーの場合。
今回、文字量が他の話の2倍になっちゃいました。
前編、中編、後編ってのがよく無かったですね。
今度からナンバリングにしますね