この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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二十九話 ポンコツ店主と再会を!

 ーダスティネス邸ー

 

「失礼します。ララティーナ、ただ今帰りました」

「おお、おかえり…」

 

  アクセル中心街に存在するダクネスの家。その主の部屋に、ダクネスはいた。横たわる父の姿は普段より明らかに力無い。

 南門でメイドから父親の体調が悪いと聞いたときは焦ったものの、それほど深刻ではなさそうとのことで安心していたが、これでは話が違う。

 

「お父様の具合が悪いと聞き、ララティーナは心配しましたわ」

 

  ダクネスは父親の枕元に顔を近づけ、ゆっくりした動作で手を握った。

 

「すまなかったな。明日は念の為、医者に来てもらうことにした。最近、忙しくて無理していたのが原因だろう。寝ていれば治るさ」

「良かった…!お父様に元気が無いと、私も心配で仕方ありませんから」

 

  ダクネスの励ましに父親は顔を綻ばせ、感触を忘れないように手を握り返す。力が、入る内に。

 

  兼ねてより、ダスティネス家には抱えている問題がある。いきなり身体の調子が悪くなったのは、問題を先送りにしないよう女神様が警鐘を鳴らしてくれたのかもしれない。…良い機会だ。

 

「ララティーナ、例の一件だが。そろそろ本腰を入れてはもらえないだろうか。お前にとっても、避けては通れない問題だ」

 

  先ほどから、父親の声は掠れ。呼吸も乱れて目の焦点も定まらない。ダクネスには、父は重症としか思えない。ドアの前で静かに待機するメイドに視線をやると、青い顔で首を振る。自分は、嘘は言ってないと。要するに、父はメイドが屋敷を出てから、悪化したのだ。急激な体調不良が聡明な父を焦らせるのか、前から断り続けていた見合いの話を持ちかけてきた。

 

「また、ですか。私にその気は無いと何度も申し上げてるではありませんか」

「…わかっておる。しかし。こうやって体調を崩して、ふと思うのだ。残されたお前の姿を」

 

  目を細めれば鮮明に蘇る。幼い頃の、屋敷内で大泣きして父を捜す愛娘が。幾つ年齢を重ねても、ダクネスが娘である事実は変わらない。

 

「弱気になってはいけませんわ!お父様は、誓ってくださったではありませんか。昔、屋敷の中でお父様を捜し泣いていたララティーナに、『私はどこにもいかないよ。お前と、ずっと一緒にいるからな』と!」

 

  奇しくも親子で同じ場面を回想をしたらしく。

 

「我ながら…」

  なんて無責任な事を。当時、年端もいかない我が子を泣き止ませる為に言ったことを覚えられていたとは。あの時、深く考えずに発言した自分が恨めしい。

 

「…お父様、ララティーナなら大丈夫ですわ。もう子供ではないのですから、自分の事は自分で出来ます」

「そうだな。…わかった。今の話は忘れてくれ。いつものように、先方へは私から話をしよう」

「ありがとうございます、お父様!」

 

  球磨川らとの約束がある夜までは、まだまだ時間がある。せめて今日くらいは、父と一緒に過ごそう。ダクネスは父親の手を握りしめながら、浅い眠りの世界へ誘われた…

 

 …………………

 ……………

 ……

 

  一方その頃。

  地獄の公爵と超高校級の過負荷は、肩を並べて街の中を歩いていた。回復しためぐみんも一緒に。

  バニルがアクセルに来たのは、旧友に会う為だと言う。

 

『善良な冒険者として、魔王軍幹部の友人が街に住んでいるなんて見過ごせないし聞き流せない、由々しき事態なんだぜ』

「ぬかせ。…幼馴染の女の子と仲良くなりたいが為、嫌がらせをして気を引こうとしたものの、そのまま仲違いした少年よ。言動の端々から、好奇心が見え隠れしておるわ!」

 

  仮面やタキシードを叩いたり引っ張ったりしてくる球磨川の手を押さえるバニル。めだかちゃんとの過去を持ち出され、球磨川も僅かに苛立った。だが、仮面の悪魔が悪感情を好むとわかった以上、そう易々と敵意は向けてやらない。

 

「む?必死で悪感情を垂れ流すまいと抵抗しておるのか。そんなマネが可能なのは、貴様くらいのものだ。されど小僧。貴様は存在しているだけで負の感情を撒き散らしてるから、ぶっちゃけ意味無いぞ。隣にいるだけで我輩、満足!」

『くっ…!僕と悪魔って、相性悪いかもしんない!憂さ晴らしに、バニルちゃんの友人でも拝まないとやってられないよ』

「バニルの友人って、やっぱり悪魔なんでしょうか?人間と悪魔の間には友情なんて芽生えない気がします」

 

  杖で身体を支えることで、どうにか男二人にペースを合わせ歩くめぐみん。一般人が地獄の公爵と対等な友人関係を築けるとは思えない。バニルが食料たる人間を一方的に友達認定しているなら話は別だが。

 

「待つのだ爆裂娘。我輩をかような寂しい存在だと思わないでもらおう。彼女はれっきとした、対等な友人である。…人間ではないが」

「誰が爆裂娘だ、誰が。…まあ許してあげましょう。バニルに悪感情を食されるのは癪ですから」

「たんに爆裂娘って語感を気に入っただけではないか」

 

  仮面越しでも、バニルがめぐみんを呆れた目で見ているのがわかる。

  小僧と小娘についてこられる羽目になったのも、あの小屋で休憩なんかしたからだ。見通す力を使用していれば、ここまでの展開も読めたというのに。

 

『どんまい!不法侵入をしてくつろいだ過去の自分を恨んでね!』

「あれだけ爆裂に適した物件にいては、巻き込まれても文句言えませんよ」

『爆裂に適した物件とやらは、この世界中どこにも存在しないんじゃないかなぁ…。文句が言えないってとこは概ね賛同するけど』

「ミソギが爆裂を否定した!?」

『爆裂は否定してないよ、爆裂は』

 

  「なんにせよ、中にいたのが悪魔で良かったです」とは、爆裂娘がボソリと付け加えた一言。もしもバニルが人間だったら、裁判の後牢屋コースだったかもしれない。

  バニルだけでなく、球磨川からも胡乱気な視線を向けられ、若干めぐみんがたじろぐ。

 

「貴様らと話してると、これから会う旧友を彷彿とさせる残念さを感じるわ!」

「失敬な。それで?友達の家はあとどれくらいなんです」

「…我輩の見通す力だとこの辺にあるはずである。…む!」

 

  バニルは店の前で足を止めた。お店の看板には《ウィズ魔道具店》と書かれている。外から中を覗くも、お客らしき人影は皆無。

 

『魔道具店、ねぇ。ウィズって、店主の名前かい?』

「いかにも。入るぞ」

 

  ドアを開けると同時、備え付けの鐘が鳴り、来客を告げた。

  レジにいるおっとりした女性が入口に目を向け、口元を両手でおさえる。

  まじまじとバニルを見つめ

 

「お久しぶりです、バニルさん」

「ウィズ。我々悪魔にとって、この程度の期間は一朝一夕だがな。ともかく、息災でなにより」

「私は一応悪魔じゃないんですけど…あら?後ろの可愛い人達はどなたですか?」

 

  ウィズはバニルの背後に球磨川らを発見し、人当たりの良い笑顔を向けた。年上のお姉さんに可愛いと評されれば、めぐみんも照れてしまう。

 

『やあ初めましてお姉さん!僕はバニルっちとは2歳の頃から仲良くしてもらってる幼馴染、球磨川禊です!バニルっちとウィズさんが友達なら、僕達も既に友達だと断じても良いんじゃないかな』

「まぁ!バニルさんに、こんなに可愛い幼馴染がいたなんて知りませんでした!私ともよろしくお願いしますね、球磨川さん」

 

  ウィズは球磨川をしげしげと嬉しそうに眺める。

 

「バニルっちとは我輩のことか?貴様のような無礼千万な幼馴染はおらん!ウィズは見てわかるようにポンコツでな。冗談が通じないのでからかうのは控えるが吉」

『うん、どうやらみたいだな』

「冗談なんですか!?初対面の名乗りで嘘をつかれても、見抜けないと思うんですけど!」

 

  ズコッとこけそうになる店主。球磨川の右隣では、名乗るの大好き紅魔族が武者震いをしていた。ウィズが立ち直ったタイミングで、マントを全力でなびかせる。

 

「そちらのお嬢さんは?」

 

  ウィズからのナイスアシスト!

  杖を無駄にくるくる回転させて気持ちを高め。

 

「「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者!」」

 

  会心の名乗り。仮面の悪魔がハモらなければ、生まれてこの方最高の出来だったのに。生きがいを台無しにされ、めぐみんは膝から崩れ落ちた。

 

「ぐぅ…!バニルがハモってくるとは!」

「ハーッハッハッハッ!!爆裂娘よ、最高の悪感情、ゴチである!」

 

  見通す力を使用してまでハモるなど大人気ない。食事に関しては妥協をしないのは流石だ。

 

「えーっと。球磨川さんに、めぐみんさんですね。私はウィズ。ご覧の通り、アクセルでは魔道具店を営んでいます」

『よろしくー!』

 

  ギュッ。

 

『…!?』

 

  球磨川が差し出した手を躊躇いなく握り返してきたウィズ。蛇籠生徒会長とアルダープに避けられた前例から、ウィズにも避けられると予想してたから意外だ。

  真顔で号泣してしまう程度には、嬉しい事態。年上お姉さんの醸し出す、優しく包み込むような雰囲気に過負荷はノックアウト。

 

  球磨川はフラフラとウィズから離れ、店の端でしゃがみこんでしまった。

 

「あ!球磨川さん、そこらへんの商品は触れると爆発しますので気をつけて!」

 

  店主の警告もどこ吹く風。

 アイドルの握手会へ行った後のファンよろしく、握手した手を凝視したまま。

 

「世話のかかる奴だ。…ほら、危ないぞ。我輩の幼馴染を名乗る少年よ」

 

 ギュムッ!

 

  即座にバニルがその手を両手で握り、ウィズの感触を、ゴツい男性らしい手の感触で上書きした。

  その状態から引っ張り、球磨川を立ち上がらせる。

 

『う…』

「礼には及ばん。幼馴染を助けるのは必然である」

『…あははっ!あははははっ!!!』

 

  球磨川は猟奇的な笑顔で、陳列された爆発ポーションを次々とバニルに投げつけまくった。

 

「美味!美味である!!我輩の幼馴染を自称するだけのことはあるぞ!負感情、まことに味わい深い!」

 

  爆発ポーションで全身を爆散させながらもバニルさんはハイテンション。

 

「おおお!ミソギ、ポーションとはいえナイス爆裂(爆発)です!爆裂魔法じゃないので35点!」

「ああっ!私の店がああぁ!」

 

 ………………………

 ………………

 ……

  店のフロアが爆発で黒ずんだり、余波で窓が割れたり。ウィズ魔道具店は営業中止に追い込まれ、ポンコツ店主は店の奥に引っ込んで出てこなくなった。

 

「あーあ。女性を泣かせるなんて最低!最低ですよ!」

  名乗りを邪魔されためぐみんも又、虫の居所が悪そうで。

 

『僕が最低なのは今に始まった事ではないし』

「我輩も悪いことしたとは思わない。営業することで赤字になるこの魔道具店は、営業中止すれば業績の悪化を防げるのだからな!」

「こいつら…。私はウィズを慰めてきます!二人はできるだけ、店を元どおりにしておいて下さい!」

「『えー?』」

 

  めぐみんも奥に消え、フロアには男達のみ。しぶしぶ、バニルが作業に取り掛かる。

 

『案外素直だね、バニルちゃん』

 

  それにつられ、球磨川も雑巾で床を拭きだす。

 

「我輩の野望には、この店が必要だからな。我輩はここで売り上げに貢献し資金を集め、自分のダンジョンを作るのが夢なのだ」

『…それが目的で、ウィズさんに会いに来たんだ。いかにも、敵キャラっぽい夢だこと。話を聞いといてなんだけど…ウィズさんの為で、バニルちゃんの為じゃないんだからね!勘違いしないでよ!』

「どうした急に、気色悪い。…む?」

 

  球磨川がテンプレツンデレ発言をした途端。店は元どおりの状態に復旧し、爆発ポーションまでもが定位置に復活している。

 

「…こんな便利な能力があるのなら、とっとと使えば良いものを」

『そこまで驚かないんだね、見通す悪魔』

「ふっ。貴様がさっき小屋を直したのも、見ていたからな。ともあれありがとう、我輩の城を直してくれて。代価に、見通す悪魔がお役立ち情報を教えてやろう!」

 

  仮面の奥で、バニルの瞳が赤く赤く光る。紅魔族の目とは違う、身の毛もよだつ真紅。

 

『なんだい?』

「貴様らのパーティーメンバー、金髪鎧娘について。あの娘…」

 

  言葉を切り、もったいぶる。

 

『…ダクネスがどうしたのさ』

 

  バニルは球磨川の胸ぐらを掴んで引き寄せ、真紅の瞳で射抜く

 

「今すぐ助けに行かなければ、二度と会うことが叶わなくなるぞ」

『…なに?』

「ほれ、鎧娘宅の地図もくれてやる。我輩、貴様の負感情は末長く味わいたいのでな。恩を売っておこうと打算したまで」

『…見通す悪魔バニル。これも嘘で僕から悪感情を貰おうとしてるなら、容赦はしないよ!』

 

  球磨川は乱暴に地図を受け取って、店から出て行く。

 

「それも、楽しそうだが…。小僧、貴様がダスティネス邸に向かった方が我輩にも有益そうだからな。せいぜい、我輩を楽しませるが良い」

  見通す悪魔はじきに食べられる悪感情を思い、唇を舌で軽く湿らせた。

 

 

 

 




クマー、ウィズにメロメロですな。年上にも弱いのかしら。因みに、ダクネスは年上キャラではありませんので。クマーとタメですから!

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