この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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クマーとパーティ組むのって、心臓に悪いですね


二十六話 豚に真珠

 ー翌朝ー

  球磨川&アクアペアは、揃って寝起きが悪い。アラームもセットせずに寝たことで、起こしに来たのは出発する準備を万端に整えたダクネスとめぐみんだった。

「何故まだ夢の中なんだ。だらしないぞ二人とも!」

  アクアを揺すって起こすダクネス。

「んんー!…くぅ。あら?」

  寝ぼけ眼で身体を伸ばすアクア。いつもと違う天井に数瞬戸惑う。部屋の中を見渡すことで、ここがブレンダンだと思い出す。

「おはよう」

「お、おはようダクネス。どうしたの?怖い顔しちゃって」

  鎧と剣で武装したダクネスは凄みのある笑顔をアクアに向けた。

「そうかそうか。私は怖い顔をしているのか。もしそうなのだとしたら、理由は一つ。時刻はもう【おはよう】から【こんにちは】になりつつあるからだな」

  昨日は折角の移動虚しく、タディオに会うことが叶わなかった。タディオの最後の行き先が、アクセルにある行きたくもないアルダープ邸とのことで、また馬車に揺られる必要がある。であれば、ちょっとでも早くアクセルに到着すべく起床時間も早めるのが普通だ。アクア達を部屋で待ち続けていた時間が惜しい。

「ほらほら。ミソギも早く起きてくださーい!置いてっちゃいますよ!」

  自慢の杖で球磨川をつつくめぐみん。足から腰、肩を順番に突いていく。あまりに起きないので痺れを切らし、軽いビンタの要領で頬を叩く。

 

「しかたないですね。起きないのが悪いんですから」

 

 ペチッ。

 

 球磨川の頬に触れた途端、感じる違和感。

 

「……ひっ!?」

 

  球磨川の体温が不自然に低くて、思わず手を離してしまう。死後、人間の体温は下がる。さながら、球磨川の体温は死人のそれと変わらない。たまらず尻もちをつくめぐみん。

「どうしたんだ?」

「み、みみ。ミソギが…!」

  不審に感じたダクネスも球磨川に触れてみる。

「…!これは」

  異変と見て即座に脈をはかる。

「なによ、どうしたの?」

  ベッドの上のアクアが、まだ眠そうに聞く。

  ダクネスは中々脈を発見できない。なにせもう、球磨川の脈は止まっているのだから。

「…死んでる」

「えっ」

 

 ………………

 ………

 

  同時刻。アクセルにあるアルダープの屋敷。その地下では、アルダープがある存在と二人きりで対面していた。

 

 ヒュー…、ヒュー…、

 

  冷たい地下室の中には、喘息のような息づかいが途切れ途切れに響く。屋敷の主アルダープは嫌そうに、音の元凶へ言葉を投げかける。

「マクス!首尾はどうだ」

  マクスと呼ばれた、一見整った容姿の青年は、虚ろな目でアルダープを見つめる。

「ヒュー…、ヒュー…、アルダープ、アルダープ!おはようアルダープ!」

「呑気に挨拶などするなっ!」

 

  アルダープはマクスなる青年を二度、三度蹴り飛ばす。手の中に丸い石を持ったアルダープが、へたり込むマクスに怒鳴りつけた。

「昨晩命令したことは出来たのか!」

「ヒュー…。ヒュー…。昨晩。昨晩?何か昨晩言ったかい?アルダープ」

「ちっ!やはりゴミ以下の悪魔だな貴様は!」

 

  悪魔。アルダープはマクスを悪魔と呼んだ。比喩でもなんでもない。眼前の喘息男は、手に持つ丸い石…神器を使用してアルダープが呼び出した、正真正銘の悪魔なのだ。記憶力が皆無なハズレ悪魔。使いようによっては役に立つこともあるので、こうしてアルダープが地下で秘密裏に使役してやっている。

 

「ええい、クマガワ ミソギと名乗る不気味な小僧と、忌々しいダスティネス卿の奴を呪えと命じたではないかっ!」

  未だ横たわったままのマクスにストンピングをしながら、オマケに唾まで吐き掛ける。

「ヒュー…、聞いてよアルダープ!ちゃんと呪いはかけたよアルダープ!近くに邪魔な光があったけど、頑張ったんだよ!…それでねアルダープ」

「なんだ!?」

  名前を何度も呼ばれただけで苛立ったらしいアルダープは、もう一つ蹴りを放った。

「ゴブッ!…ヒュー、クマガワっていう男の子。呪いをかけたら一瞬で死んじゃったんだよアルダープ!」

「…なに?」

「ごめん、ごめんねアルダープ!あんなに弱いなんて思わなくて!ヒュー…、ヒュー…、」

 

  クマガワミソギ。魔王軍幹部を討伐したことで莫大な報酬を得た男。アルダープが嫁にしたくて堪らない、ダクネスの抱擁を受けていた憎たらしい小僧。

  あの場で殺してしまいたかったが、グッと堪えて。マクスに呪いをかけさせジワジワと死に至らしめるつもりでいた。…それがこんなにも早くこの世を去るとは。

 

「ふ。ははは、はーはっはっは!マクス!!貴様、ようやくまともに役に立ったではないか!ふはは!ざまあみろ、クソ生意気な小僧めが。ワシのララティーナにちょっかいかけるからだ!」

  醜く肥え太った全身をプルプル震わせながら、腹を抱えて笑い声を地下にこだまさせる領主。

  「ヒュー…、ヒュー…、アルダープ!君は今日も素晴らしい感情を放っているねアルダープ!でもその感情は僕好みじゃないよ」

「マクス!その調子で次はダスティネス卿を呪うのだ!良いな?呪って呪って、殺してしまえ!」

「ヒュー…、ヒュー…、わかったよアルダープ。頑張るねアルダープ!」

 

  球磨川の死でスッキリした領主様は、最後に一発マクスを蹴り、鼻歌交じりで地下室を後にした。

 

 ……………

 ………

 

  『…おや』

 白い空間。宿屋で目覚めるはずの球磨川が目を開けると、エリスの間にいた。女神エリスが、深刻な顔で球磨川を覗き込んでいる。

「よかった。やっと起きたんですね、球磨川さん!」

  ニコッと微笑む女神様は今日も今日とて可愛らしい。

『エリスちゃん。てことは、僕は死んだんだ。もしかして、ダクネスちゃん達に布団の上から殴られたからかな』

  上半身を起こす。昨夜の出来事を遡っても、死に至りそうな原因はそれくらいしかない。

「それは違いますよ」

『違う?』

「はい。貴方は、とある呪いによって命を落としました。とてもとても強力な呪いで、です」

『の、呪いってエリスちゃん。今は21世紀だぜ?何を非科学的な。あ、ここは異世界だから不思議は無いのか』

  エリスは答えず球磨川の頬に手を添える。

 自分の世界を救うと決意して、不運にもまた、命を落とした少年を尊ぶように。

「…地獄の公爵。つまり最強クラスの悪魔から、球磨川さんは呪いを受けたわけです。ブレンダンにも、アクセルにも、このクラスの呪いをとけるプリーストはいないくらいの強力なヤツを。呪いだとすら認識出来ずに、病と勘違いしてしまう人も少なくありません」

『地獄の公爵?なんでそんな中ボスっぽいのが僕なんかを呪うんだい?』

「中ボスどころか、裏ボスなんですけどね。公爵級の悪魔は私たち神々と、世界の終末をかけて戦う程の存在です。」

『へえ、そいつは凄いや。僕も、呪い殺されたのは初めての経験だぜ』

「…球磨川さんを呪った理由は、ダクネス達とアクセルに戻ったらわかります」

 

  球磨川から離れ、何もない空間にゲートを開くエリス。死者が生き返る為の出口だ。

 

「どうせ貴方はゲートを開かなくても、勝手に生き返っちゃうんでしょ?たまには、正規のルートで生き返って下さいね」

  ジト目で球磨川を見る。球磨川が不正に生き返る度に、エリスは後処理に奔走する羽目になっていたこともあり、今回こそはゲートから生き返ってもらいたい。

『君も僕をわかってきたじゃないか。けど。天界の決まりを守るか破るかは、僕が決めることだ。もっとも、エリスちゃんがわざわざゲートを作ってくれたんだし、今日のところは素直に従ってあげよう』

 

  ゲートの中に入っていく球磨川を見送るエリスは、思い出したように

「あ!球磨川さん、私の出したヒントを覚えてますか?」

『ヒント?さて、なんだったかな』

「…はぁ。やっぱり覚えてなかったんですね。もういいです。今なら、アクセルで事が済みそうですから」

 

  不機嫌そうに、プイッとそっぽを向く白髪の女神。それでも、実際機嫌は悪く無い。此度は球磨川がしっかりゲートを使ってくれたので、上の人から多少の注意はされても、始末書までは書かなくても良いのだ。ヒントに纏わる一件は、下界でまたクリスとして球磨川を導けば済む話。

 

『そ?あんまり言ってる意味がわからないけれど、…まあいっか。それよりも、僕考えたんだ。人の厚意に甘えてばかりなのはやっぱり良くないよね。てことで、今回も【大嘘憑き(自分の力)】で帰ることにするよ。お疲れちゃん!またねー』

  ゲートの奥までは進まず、その場で姿を消した球磨川。

「えええ!?逆に、始末書を書かなきゃいけなくなっちゃうので困ります!球磨川さんゲートから!ゲートからお願いします!!」

 

  女神エリスの言葉は、誰の耳にも届かなかった。ちょっとして、エリスよりも上の存在にあたる女神が不正な生き返りを咎めにやってくる。大量に、白紙の始末書を持参して。

 

 ……………

 ………

 

『ふわぁあ。』

  体感的には本日二度目の目覚め。今度こそ、ちゃんと宿屋の一室だ。

  大きな欠伸をすると、ダクネスが悲鳴をあげた。

 

「うわああ!生き返った!?」

  脈をはかるために握っていた手を慌てて離す。すぐ側のアクアも相当驚いて、球磨川をまじまじと観察する。

「嘘、まだリザレクションもかけていないのに…。どうなってるわけ?球磨川さんたら、不死身だとでもいうの?」

『やあ、皆さんお揃いで』

「…この間説明してくれたスキル。今ならすんなり信じられそうです。しかしミソギはどうして死んだのですか?そもそもとして」

 

  めぐみんは【大嘘憑き】を扱える球磨川なら生き返れると判断して、そこまで慌てはしなかった。それでも、実際に起きたところを見ると安心する。出鱈目なスキル持ちの少年は、一体何故死んでいたのだろう。…それとは別に、自分の中の死に対する考え方が変化してきたのは、ちょっと嫌だ。

 

『理由は僕にもわからない。誰かの仕業ってことだけは確かだよ。解明するには、とりあえずアクセルに帰らなきゃいけないみたいだね』

 

  立ち上がって、枕にしていた学ランを広げて羽織り、ついでに寝癖も櫛で梳かして直す。ようやく球磨川が生き返った衝撃から立ち直ったダクネスが問う。

 

「誰かの仕業なのか?それはどうやってわかったんだ」

『細かいことは気にするなよ。遅かれ早かれわかるからさ』

 

  呪い殺されるという貴重な体験をさせてくれた、まだ見ぬ悪魔にお礼を言うべく球磨川は歩き出す。エリスの言い方だと、アクセルに戻れば悪魔へたどり着くはず。もしくは、手掛かりを得られる。

  ダクネスは釈然としていないものの、球磨川が歩けばついて行くしかなかった。

 




私、気づきました!マクスウェルさんがいれば文字数が稼げてしまうことに!次回はマクスウェルさんの一人語りにしてみます!(嘘

ようやく球磨川を死なせられてホッとしました。

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