この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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アクア様…


二十四話 神への訴え

  親切心から過ちを教えてあげただけで精神が弱ってしまったおじさん。目を合わせようともせず、正気を保つ一環で息子を力強く抱きしめている。球磨川は首をかしげながらも、知りたいことを一つ一つ確認していく。

『最初に、おじさんの名前を教えてくれるかい?』

  いつまでも『おじさん』呼びでは締まらない。

「お、俺はランサンだ。もうわかってると思うが、ブレンダンで警備の仕事をやらせてもらっている」

  ランサンは自慢の剣も薄い兜も地面に置いて、敵意がない事を知らせている。

『よろしくね、ランサンさん。僕はミソギ。そっちの女の子らは順番にアクアちゃん、ダクネスちゃん、めぐみんちゃんだよ』

  球磨川が手で指し示し、女の子らを紹介。名前を呼ばれ一礼する女性陣に、ランサンも頭を下げた。

 

『改めて、本題。一番知りたいのは、タディオさんが何故嫌われているのか、だね』

「私も気になってました。親方の話を聞いた限り、冒険者としても建築家としても一流なんですよね?タディオさんは。街の人たちから尊敬されこそすれ、ここまで嫌われるとは思えません」

 

  街に到着してすぐ、タディオの所在を質問してきためぐみんを邪険にした事を引きずっているらしく、めぐみんからも目をそらし続けるランサン。

「あ、ああ。まず、皆は領主アルダープ様を知っているか?」

  恐る恐る。ランサンがアクア、ダクネスの顔色を伺う。

「誰よソレ。私が知るわけないじゃない。その人がどうかしたの?」

「はあ、どうにも、タディオの奴がアルダープ様の顰蹙を買ったようで…。タディオが住むこの街に、先ほどのような決まり事が生まれたんだ。街にタディオの客人を入れてはならないってやつだな」

  おじさんは噛みそうになりつつ説明を続行した

「実は数ヶ月ほど前、アルダープ様がこの街にきたんだ。で、タディオに屋敷の改装を依頼したそうなんだよ。タディオも領主から直々に頼まれて悪い気はしなかったのか、その日すぐにアルダープ様と共にお屋敷へと向かって旅立ったらしい」

  【空間の魔術師】の異名は国全体に広まっており、各地から依頼が来ていたそうだ。建築関連の仕事はもちろん、未だ、冒険者としてのタディオに依頼が来ることも。

『そうなんだ。で、可能性としては、屋敷でタディオさんが何かしらやらかしたと』

「確証はないけど、まあそんなところかと。そうじゃなかったら領主様があんな命令するわけないからな」

『りょうかーい。経緯はわかったよ。アルダープさんがタディオさんを嫌う理由は想像がついた。じゃあ、街の人がタディオさんを嫌う理由を教えて』

「それは…。」

『ん?』

「…あれ?」

 

  ランサンは自分の頭を抱えたまま黙りこくってしまった。

  額にジワリと汗を滲ませ、懸命に思い出そうとしている。

「…わからない。」

 

「わからない?ランサンさん、それはつまり、理由も無く人を嫌っていたってことかしら?」

  唇を尖らせたアクアは、そんなはずないでしょと付け加えた。

「人が人を嫌うには、理由があるはずだわ」

  ランサンにしてみても、アクアの言う通り。自分は何故、タディオを訪ねてきた客人を門前払いするほどに、彼を嫌っていたのか。考えても考えても、脳は何も返答しない。

「ばかな!」

「や、そのセリフは我々のものなんだが」

  ただランサンを見ていただけのダクネス。が、ランサンは敵意のこもった視線と受け取り、軽いパニックを引き起こす。

「俺がタディオを意味も無く嫌うはずがないっ!…ないんだ。領主様が先日来る前までは、街の皆がタディオを誇りに感じていたんだから!まるで…タディオを嫌うように脳が【コントロール】されている感じがする…」

  こんなの、説明になっていない。皆も納得しないはず。もっと他の言い方はないのか、焦れば焦るほど思考は滞る。

「うまく言葉には出来ないがっ!気づいた時には、タディオを嫌っていたんだよ!」

  結局うまく説明出来ず。だが。それでも、球磨川は納得する。

『いやいや、ランサンさん。それでぼんやり分かってきたよ。』

「えっ?」

『アルダープさんは、人心掌握のスキルでも持っているのかも。領主としての素質も、僕の本質を見抜く程度にはあったわけだし、結構やるじゃない。街の住人が全員マインドコントロールされていると仮定して、かなりのスキルだよこれは』

 

  感謝状の一件で床に押さえつけられた恨みは、近いうちにアルダープ本人へ返せるかもしれない。人の心を操る術がなんであれ、かつての学友。須木奈佐木咲のスキルを上回る確率は低い。アレは一種の完成系だった。むしろアルダープが彼女のスキルを上回ってくれていたのなら…何も不都合は無い。球磨川にとっては僥倖だ。

 

「アルダープ氏のお屋敷へ行ったきり、タディオ氏の行方はわからないんですか?」

  顔を背け続けるランサンを杖で小突きたくなる衝動を抑えた、めぐみんの念押し。

「そうだ。あれっきり、ブレンダンには帰ってきてないな」

 ブレンダンまでようやくやってきたのに、目的の人物はアルダープの屋敷にいる。

 

「いや、まいった!アルダープ様のお屋敷には簡単には入れないぞ。相手は大領主であり貴族。私達、下々の人間はアルダープ様に謁見するのもおこがましい。諦めるしかないな。諦めよう。諦めるよな?諦めると言ってくれ」

  ならアルダープの屋敷にいこう。なんて無謀なことを球磨川が言い出す前にダクネスが説得を開始。それほどアルダープとは会いたくないらしく。

 

『行くだけ行くでしょ!…今日はもう遅いからブレンダンで一泊してさ。明日また行ってみようよ』

「行くのか!?門前払いが関の山だぞ!いいのかそれで!本当にいいのか!?」

『なんか、ダクネスちゃんがいれば屋敷に入れてくれそうな気がするんだ』

「待って、待ってくれ!やだぞ。私は嫌だぞ!!」

  いつになく必死なダクネス。

  球磨川は縋り付いてくるダクネスの頭を、子供をあやすようにポンポンと叩く。それから、呆れた顔のめぐみんに向き直り、

『めぐみんちゃん。ダクネスちゃんと協力して、今晩の宿を予約してきてもらえる?僕、ちょこっとアクアちゃんと話したいことがあるんだ』

「…わかりました。宿は任せて下さい。行きましょうダクネス。明日に備え、今日は英気を養うのです。ええ。それには良い宿が必要ですから!」

「うう…。行きたくないよぉ…」

 

  気が利くめぐみんに引きずられて、ダクネスは街の中心部方面に消えていく。ランサンとその息子にも、もう帰って良いと告げた。

 

「はい、じゃあ、我々もこれで」

  そそくさと帰路につくランサン。

 

 街の入り口で二人きりになった球磨川とアクア。

「なーに?話って」

 キョトンとする女神様。もしかしてマイホームへのお誘いかと、ソワソワと落ち着かない。

『…さっきアクアちゃんが美しい言葉を言ってたね。人が人を嫌うには理由がある、だっけ』

「言ったわ。人が人を好きになるのは理由がいらないけど、逆は無いわよね?」

  マイホームの誘いではなくてわずかに気を落とした。

『僕はそうは思わない。寧ろ真逆だとさえ考えるよ。タディオさんの一件は、アルダープさんの仕業である可能性が濃厚だけれど。本来。人が人を嫌うのに、理由なんて無い』

「そうかしら。女神としては、そんなことないと思うけど」

  アクアにだってプライドはある。日本担当だった頃、漫画やゲームの片手間に人間観察も行っていたのだから。

『いやー、人間って神様が考えてるほど高尚じゃないのかもね』

『なんとなくムカつく。』

『なんかわからないけど嫌い。』

『とりあえず殴りたい。』

『生まれた時から憎かった。』

『ゲーム感覚で殺してみたかった。』

『天気がいい。だから殺す。』

『…こんな思考を持った人間を、僕は何人も知ってるよ。』

  アクアはおし黙る。否定するのは簡単だ。が、球磨川のセリフには謎の説得力が備わっていた。

「…人類が70億人いたら、一人か二人はいるのかもしれないわね」

『いいや。そういうことじゃないんだ。生まれながら思考回路が変な奴なんてごまんといるさ。僕が言いたいのは…存在するだけで、人の悪感情を呼び覚ましてしまう存在がいるってことなんだ。聖人君子でさえ、怒らせてしまうような』

「んー、球磨川さんの話、結構難しいわね。何が言いたいの?もっとわかりやすく説明して。大切なとこだけ説明して!」

『ごめんごめん。僕はアクアちゃんに、知っておいて欲しかったのさ。ただ、それだけ』

 

『君のような神様に、僕たち過負荷の存在を。価値が無く。なんとなくで迫害される。社会から疎まれる。理由も無

 く人から嫌われる。そんな存在を。』

 

「…よくわからないけど、わかったわ!今度から、人が理由も無く人を嫌うはずがない。とは言わないようにするから。お腹が空いたし、私たちもめぐみんのとこに行きましょう!」

 

  アクアは見慣れぬブレンダンの風景を楽しみながら、小走りでめぐみん達を追いかけていった。

『ふっ。よくわからない、か。…まあいいや。』

  どうせ、今の会話はエリスも聞いていたはずだ。ならば良い。

『待ってよアクアちゃーん!』

  神へ直接訴えられる機会なんて、異世界に来なければ得られなかった。今のところは、これで充分だ。

 

 




『天気がいい。だから殺す。』
これは違う思うのです

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