「少年、今なんと?」
カタカタ震え、ベルディアが声を絞り出す。震えの原因が怒りなのか苛立ちなのか、判断はつかない。
こいつも難聴系なのかと球磨川が嘆息した。ああいう、相手を苛立たせるセリフはリピートするものでもない。言えば言うだけ効果も下がる。
それでも聞こえなかったのであればしょうがない。お望み通りもう一度だけ言ってやろう。
『お前、四天王でいえば三番目くらいに出てきそうな風格があるよな(笑)』
さっきより声量をあげて、さらに笑いを堪えるように。
「うむむむ…!!」
ベルディアは全身を漆黒の鎧で包んでいる分、震えられるとカチャカチャうるさいのだが…
知らぬは本人ばかり。階段の真後ろ、城の入り口付近では、ベルディアがいつキレるのか女子2人が深刻そうに見守っている。
「少年!もう一回言ってくれたまえ」
『なんだこいつ…。』
球磨川の親愛なる後輩、蝶ヶ崎蛾ヶ丸ばりの激昂を期待していたが、ベルディアは一向に怒らない。
「ほら!なにみたい?ほら!?」
『…』
球磨川をもってして後ずさりたくなるベルディアの言動に、狂喜や感動の類が含まれているのを感じる。
『四天王でいえば…』
「そう!四天王!!この俺が四天王!くぅ〜!」
四天王の単語に食い気味で反応し、なんだか一人で感極まってるデュラハンさん。これはどうやら喜んでしまってる様子。
『面白い人だね。』
同時に、変人だ。
「いやー!こんなに嬉しい事言われたのはいつ振りだろう?少年。お前見込みあるぞ。」
すっかりハイテンション状態。
「…あんな言葉で殺気がひっこむなんて。」
めぐみんは、怯えていた自分が情けないとばかりに肩を落とす。恐怖の次は惨めさで涙が出てくる。
「あいつ、本当に魔王軍幹部なのだろうか。」
決死の覚悟でめぐみんを庇っていたダクネスもベルディアの態度で緊張の糸を切らしてしまった。
「お!?そこな女子達よ。なんだったら、お前らも俺に今のセリフを言ってもいいんだぞ?」
階段の中間あたりから、入り口付近の二人に手を振る。
言うわけがない。どうして魔王軍のご機嫌なんか取らなきゃならないのか。二人はプイッとそっぽを向く。
「はぅっ!焦らすとはこれまたいやらしい。」
断じて焦らしてるつもりは無い。ひょっとしてひょっとしなくても、このデュラハンもダメな系だ。
「そういやお前ら、何しにきたんだったか?」
ひとしきりモジモジし終わったベルディアが、思い出したように剣を構えた。
「てかデーモン倒した侵入者じゃん!やっべ、狡猾な罠じゃねーか。」
『こんなに(別の意味で)効くとは、夢にも思わなかったけどね。』
「この卑怯もんがぁぁあ!」
階段の上から、地の利をいかして球磨川に剣を縦に振るう。体重を乗せた重い一撃。無理に受けようとはせず、一歩横にズレるだけで躱す球磨川。
「ほう?」
剣を振り終え隙が生じたベルディアを、今度は球磨川が螺子で攻める。狙いは左腕の中にある頭部。だが…
ベルディアは即座に頭を空中へ放り投げた。これにより球磨川の攻撃は焦点が定まらなくなり、手甲だけで防がれてしまう。
空中に浮かんだ頭部に螺子を投擲する前に、持った螺子を剣で抑え込まれる。
「狙いはいい。が、素直過ぎる。」
『ふっ、戦闘中に助言とは随分なめてくれるね。』
「残念だが、お前らと俺の実力差はそれくらいでちょうどいいんだよ。…そらっ!」
螺子を剣撃で床に抑え込まれた球磨川は、デュラハンのハイキックに対応できなかった。最小限の動作で力を伝えるモーションからは、洗練された歴戦の騎士の姿を連想させられる。
『ぐはっ!』
顔面からは血を噴き出し、白目でロビーの床に倒れこんでしまった球磨川。
「安心しろ、殺しはしない。お前達にはアクセルの街へ戻り、今後この城に冒険者が来ることがないよう、俺の強さを語ってもらわないとな。」
自由落下してきた自分の頭を丁寧にキャッチして、ベルディアは球磨川のそばに歩み寄ってくる。
と。厳かに剣を振りかぶった。
「もっとも。その役目は、一人で事足りるだろう?」
「やめろっ!!」
辛うじて、球磨川に振り下ろされた剣を受け止めたダクネス。
ミシミシ両腕が悲鳴をあげ、少しでも力を抜けば持っていかれそうだ。
ベルディアが片手なのに対し、ダクネスは両手。
「くっ…。ここまで筋力に開きがあるとは。いや、お見それしたぞ、幹部殿。」
先のデーモン戦で刃こぼれした剣が悲鳴をあげ、ダクネスは全力で剣をかちあげた。
均衡を破った後、ベルディアの胴体目掛けて横薙ぎ一閃。難なくそれはバックステップで回避されたものの、球磨川から遠ざけることは出来た。
「クルセイダーよ、そう死に急ぐな。無駄に抵抗を続けても、死ぬ順番が変わるだけだぞ?」
「かもしれんな。だが仲間を見捨てて逃げるくらいなら、先に殺されたほうがマシだよ。」
「…ふははは!攻撃も当てられないクルセイダー如きがぬかす。今の攻撃、俺がバックステップせずとも当たっておらんわ。駆け出し冒険者の集まる街と聞いていたから捨て置いたが。中々小粒が揃っているではないか!よかろう!お望み通り殺してくれる。」
ベルディアは一足一刀の間合いから一歩踏み込んで、突きを繰り出す。
照準はダクネスの首。
ダクネスは臆することなく、かがみながらベルディアに近づいて突きをよけ、低い体勢から剣を振り上げた。
「馬鹿め!」
下からの剣撃は受けやすい。なにせ剣を構えていれば相手から受けられに来るのだから。
難なくダクネスの剣を受け、器用に滑らせそのまま弾く。ベルディアの類い希な技術と圧倒的パワー。
遥か前方に突き刺さるダクネスの剣。
「まだだ…!」
「武器をなくしても、まだ立ちふさがるか。」
丸腰になっても、球磨川を守るように立ち塞がるダクネス。クルセイダーの矜持か。
ベルディアはダクネスのあり方に敬意を表し、加減せず袈裟斬りにした。
「敵ながらあっぱれ。安らかに逝け。」
自慢のプレートも紙細工の如く、傷口からは鮮血が止めどなく噴き出す。
ダクネスが力なく倒れ、目から光が失われる。
「だ、ダクネスーっ!!」
いかにベルディアの殺気が凄かろうと、仲間を殺されて黙っていられるめぐみんではない。
「よくも…!よくもやってくれましたねっ!!この…クソ野郎が!!!」
紅蓮に瞳を輝かせ、紅魔族随一の魔法の使い手が、本気で魔力を練り始めた。里で天才とまで謳われた、めぐみんの全力全開。
屋内だろうが魔力が尽きようが、そのようなものは些事に過ぎない。
ー黒より黒く闇より暗き漆黒にー
ー我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれりー
めぐみんの詠唱。
(…む。)
ベルディアは以前聞いた覚えがある。
(この詠唱…よもやこの娘…)
かつて、ベルディアの幹部仲間だったリッチー。名をウィズと名乗る女性も、こんな詠唱をしていた。最高峰の攻撃魔法。あの歳で、まさかその頂に辿り着いているのか。
(この城の中で…!爆裂魔法を使用するつもりか…!!?)
ー黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!ー
( させない。させてたまるか!!)
ベルディアがめぐみんを殺すべく入り口を目指す。
だが、足が動かなかった。いや、足を掴まれて動かせなかった。
「なっ!?」
『まあ落ち着けよベルディアちゃん』
蹴りで失神あるいは死んだはずの球磨川禊は、床に伏したままベルディアの足を掴んでいた。
「小僧…!離せ!キサマも道連れになるぞ!こんな城の中で爆裂魔法なんて…!」
『城…?ベルディアちゃん、周りを見てみなよ。』
「…あ?周りだ?」
巨大で、不気味さ漂う外観と城内は魔王軍に相応しい雰囲気があり、実はお気に入りだったベルディアの城。
部下達と喜びながら、しばし活動の拠点にしていた古城が…
【跡形も無く消え去っている】
「これは!?」
ベルディアが手出しを禁止した為、近くの部屋から戦闘を見守っていた部下達もろとも。
結果、球磨川達はひらけた丘の上にいた。目に映るのは雲一つない青空。
そこに城なんて、最初からなかったかのように。
「あり得ない…!何が、何が起こったんだ!?」
『これで、屋外になったよ。もう建物の崩壊に巻き込まれる心配もない。』
ー踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。ー
発動を間近に、めぐみんが練り上げた魔力が空間を歪曲させる。
「くっ。バカ者どもが!俺様は魔王軍幹部だぞ!爆裂魔法の一発や二発。耐えられないとでも思ったか!?」
突如、古城と部下がなくなったショックは残るものの、あくまで冷静に。ベルディアは爆裂魔法に備える。呪文を唱え、ただでさえ高い魔法防御を更に強化。
『耐えられるだろうね。』
めぐみんに集中し、球磨川から気をそらしたほんのコンマ数秒。
『だからそこは、僕が補う。』
デュラハンになったことによる弊害。死角の多さを利用して、球磨川は一本の螺子をベルディアへ突き刺す。
「なっー!?」
刺された痛みは無い。無いが、強化したばかりの魔法防御のみならず、筋力や素早さ、体力までもが、初期レベルに下がったとばかりに低下した。
「なんだこの螺子は…。小僧、キサマ何をしたぁっ!?」
『説明する程、大したもんじゃないけど。ま、冥土の土産に聞いておけ。この螺子に貫かれたものは、誰であれ僕と同じになるんだ。この世界では、ステータスも僕とお揃いになるようだね。』
あまりにもデタラメなスキル。長く生きたベルディアですら、聞いたことがない。
全身に重りを括り付けられ、深海に沈められたように身体が重い。
ー万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!ー
『【
言い残して、球磨川は【大嘘憑き】で時間を短縮し、ダクネスを抱え消えてしまった。
「ま、待て!話せばわかる!!」
「これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法、【エクスプロージョン】ッ!!!!」
元々古城があった丘には、何一つとして残らなかった。