やはり俺が初音島でラブコメするのはまちがっている。 作:sun-sea-go
夢を見ていた。
それは夢だと分かっているのに、妙にリアルなその光景は不思議な感じだった。
隣には、幼馴染みで同級生の由比ヶ浜結衣が俺の腕を絡めている。
は……?
いやいやいやいや‼
何やってんのこの子は?!
いくら夢の中でも、こんな勘違いしそうな行動は即刻止めて頂きたい!
うっかり好きになって、告白なんてしちゃって、振られちゃうまである!
振られちゃうのかよ……。
『えへへ~。ヒッキー、ヒッキー♪』
結衣は嬉しそうに笑って、俺を見上げてくる。
なに?なんなの?この超かわいい子。
てか、ヒッキーは止めなさい。引き篭りじゃないからね?
比企谷八幡だから、ヒッキーって実際どうかと思うんだ。
俺は結衣の顔を見る。
幼さの残る整った顔立ち、目はくりっとした愛らしいパッチリアイ。
結衣のトレードマークのお団子頭からちょろっと出したテールが風に靡く。
そして、仄かに香る柑橘系の甘い香り。
…………香り?
おかしい!これは夢だ!
いや、夢なのは分かってるんだが、妙にリアルっぽいんだよ。
ほら何?結衣が俺の腕にしがみつくようにしてるもんだからね、その大きくてたわわな二つのメロンちゃんが、当たってるんですわ……。
凄く柔らかいくて、暖かいんですわ……。
つーか、夢なのに何で柑橘系の香水の香りがするん?
夢。夢か……。
夢って事はさ……?何してもいいのかしら?
俺は結衣の顔チラッと見ると、結衣も頬を少し赤くして俺を見つめていた。
『…………』
『…………』
無言で見つめ合っていると、不意に結衣は目をそっと閉じて俺に顔を寄せてくる。
「……ヒッキー」
「……結衣」
俺も目を閉じて、結衣に近づこうとした瞬間……。
スバーン!!と、俺の後頭部に衝撃が走った。
「ふがっ!!」
驚いて身体を上げる。
寝呆けてるせいか、視界が霞がかっているが、徐々に視界がクリアになってくると、ここが何処だか分かってきた。
自分の家の自室でした。
ベッドにうつ伏せで寝ていたらしい。
衝撃があった後頭部を軽く擦りながら、視線を動かす。
そこには見た目が中学生ぐらいの亜麻色の髪をした女の子がスリッパを握りながら、眉をピクピクさせながら笑っていた。
「あ、いろはさん。おはよーございまふ……」
「おはようハチくん」
ああ。あれで後頭部をひっぱたかれたのね……。
スリッパで頭ひっぱたいて起こすって……。
寝起きのせいか、呂律が上手く回らずボーっといろはさんを見上げる。
一色いろは。
年齢不詳。
俺の保護者であり、親代わりみたいな存在だ。
綺麗な亜麻色のショートボブの髪。少し幼い顔立ちにフワッとした印象を持つが、それがあざとく感じてしまう。
何故か俺の通う風見学園高等部の校長をしている。
趣味はお菓子作りだ。
そういや、この人ホント幾つになるんだ?
出会った頃と全然体型とか変わらないし、見た目も髪型以外変化がないような……。
俺がまだ4歳だか5歳ぐらいの頃に、本当の親に捨てられた俺は、いろはさんに拾われたらしい。
『らしい』とは俺があまり記憶にないからだ。
記憶があるのは、真冬で雪が降っているにも関わらず、大きな桜の木が満開に咲いていて、空から舞い降りる粉雪と桜の花びらが綺麗で、気が付くと目の前にいろはさんが微笑んでいた事ぐらいだった。
「随分といい夢を見ていたみたいだね?ハチくん」
「……な、なんのことでしょうかね?」
夢の内容を思い出し、恥ずかしくなった俺はいろはさんから視線を反らす。
「寝言で結衣ちゃんの名前を言ってたよ?幸せそうに。だからつい『イラッ☆』ときて、つい履いていたスリッパで起こしてあげたんだ。感謝してね♪」
あざとくバチコーンとウインクを炸裂させるいろはさん。
てか、イラッ☆じゃねーよ!今のウインクに俺が『イラッ☆』としたわ!俺は悪くないのに、ひっぱたかれたのかよ!?
ジト目でいろはさんを見る。
「そんな腐った魚みたいな目で睨まないでよぉ~」
「……はぁ、普段から腐った目をしててすみませんね」
「まったく……。子供の頃は綺麗な澄んだ目をしていたハチくんが、何でこんな腐った目になったんだか……」
よよよ……。と、口を手で押さえ泣き真似するいろはさん。
その姿はどう見ても、女子中高生のあざとさ全開『わたし超可愛いアピール』だった。
「いや、ホントあざいんで勘弁してください……」
「むっ。あざとくないもん!むしろ、ハチくんの方があざといもん!」
「は?ぼっちの俺が、そんなムダアピールしてどうするんですか?」
まぁ、小学校、中学校と色々他人の悪意に晒されてきた俺だからな。
俺はカーテンを開け、外の景色を見る。
外は満開の桜。なのに今は12月半ば。
なんなのコレ?普通、桜って3月下旬からの短い期間だけだったよね?馬鹿じゃん初音島。
俺、比企谷八幡の住むこの『初音島』は、一年中桜が枯れない島として全国的にも有名だ。
島の形は三日月型をしていて、東西に伸びている。
島の東側は主に大学や研究施設、大きな総合病院などがある。
島の中心部は、島で一番大きい『桜公園』があり、公園の最奥には一際デカイ『枯れない桜』がある。
俺といろはさんが出会った場所だ。
桜公園を中心に、放射状に住宅街が広がっていて、俺の家もそににある。住宅街の中には、小学校も中学校もある。
島の西側は、商店街やテーマパークなどがあり、俺の通う『風見学園』もここにあるのだが、どちらかと言えば島の中心部より、やや西側に位置している感じだ。
「早く顔を洗って支度しちゃいなよ?わたしはもう出るからね。遅刻しないように!」
「へーい」
そう言うと、いろはさんは可愛く敬礼をかまし、ついでにウインクをキメて部屋を出ていった。
あざとい……。
目覚まし時計を見れば、6:30を回った所だった。
「学校の偉い人も、こんな朝早くから仕事行くのか……。やっぱ社会ってゴミだわ……」
ブツブツ文句を言うと、身体が冷えてきた。
俺はさっさと制服に着替え、洗面所に向かい顔を洗う。
顔を洗ってキッチンに入り、朝食の用意に取り掛かる。
朝食が出来上がると、それを見計らったかのようなナイスタイミングで、玄関からアホっぽい声が聞こえてきた。
「やっはろー!ヒッキーお腹すいたぁー!」
バタバタと足音をたててキッチンにやってきたのは、お隣さんで幼馴染み、ついでにクラスメイトの由比ヶ浜結衣だった。
結衣と俺は同じ高校一年生で、何故か今まで別々のクラスになったことがない。
小学校一年生からずっとだ。腐れ縁にしたって、何か陰謀めいたモノを感じずにはいられない。
「あー!今朝もトーストに目玉焼きじゃん!ヒッキー手ぇ抜き過ぎだし!」
「うるせぇよ。だったら、純一さんか雪姉に作って貰えばいいだろうが……。毎朝何でウチで食うんだよ?」
「え?だって、お爺ちゃんは『かったるい』って言ってやらないし、お姉ちゃんはクリスマスパーティーの準備で生徒会に朝早く出掛けちゃったし……」
結衣の家は、祖父の純一さんと結衣の従姉妹で、一つ年上の雪ノ下雪乃の三人で暮らしている。
彼女の父親は東京へ単身赴任していて、年に数回帰ってくるだけだ。
母親は、俺達が小学二年生の頃に重い病に侵され亡くなってしまった。
「お前が作るって言えば、純一さんの重い腰も上がると思うけどな」
俺はリビングのテーブルに二人分の朝食を並べながら気だるそうに言うと、結衣は頬を「むー」と膨らませた。
「どういう意味だ!あたしだって、やれば出来るんだからね!馬鹿にしすぎだし!」
テーブルにバン!と手を打ち、お怒りの様子の幼馴染みを横目に俺はトーストにジャムを塗って言ってやる。
「そういうセリフは、人がまともに食える物を作れるようになってから言えよ?何でクッキー作ろうとして、ホームセンターで売ってるような木炭が錬成出来るのか不思議で仕方ねぇわ……」
おまけに、胃薬を標準装備せねば翌日までトイレに篭らざる得ないとか、どんだけ重い罰ゲームだっての……。
お陰で雪姉が学校の用事とかでいない時は、俺が嫌でも飯を作るハメになる。
「ふんだ。そのうち『美味しい!』って、言わせてみせるからね!」
結衣も椅子に座り、トーストにジャムを塗りながら文句を言ってきた。
「いつの日になるのやら……」
しばらく無言で朝食を食べていると、結衣がぽしょっと言ってきた。
「……ねぇ、ヒッキー。やっぱウチに戻ろうよ?」
「あん?なに言ってんだ?純一さんに、ああ言われちまったんだからコッチに来るしかねぇだろ?そもそも、俺はこっちの家の人間だぞ?」
今年の春休みだから、もう9ヶ月も前のことだ。
俺は由比ヶ浜家に、結衣達と暮らしていた。
俺は親代わりのいろはさんに拾われた後、何かと多忙だったいろはさんは俺の面倒をみられなかったらしく、お隣で仲の良かった純一さんに相談したら、由比ヶ浜家で俺の面倒を見てくれる事になったらしい。
そういう事で、俺は由比ヶ浜家に約10年ぐらい住んでいたのだが、高校に上がる直前に純一さんから「お前たちも、もう良い歳になるから一緒に住むのは何かと大変じゃないか?」との事で、その翌日に俺は隣の一色家に引っ越しをしたのだ。
まぁ?トイレに行こうとドアを開けたら結衣が使ってたり?
風呂に入ろうとしたら、結衣が入ってたり?
エッチなサイトを観ているときに、いきなり結衣が「やっはろー!」と元気に入ってきたり?
おい。全部、結衣絡みじゃねーか!ふざけんな!
不思議な事に、雪姉に関してはそういった、ラッキースケベ的な展開はなかったような……。
まぁ、そんな色々思い当たる節が多々あったので、俺も納得した上での引っ越しだったのだが、約一名だけ未だに納得してない奴がいる。
俺はチラッと結衣をみる。
「そう……なんだけどさぁ……」
結衣はフォークで目玉焼きを突っついて、面白くなさそうにしている。
「んな事はいいから、早く食べちゃえよ。もう7:30になるぞ?」
「あ、うん……」
そう言うと、結衣はいじっていた目玉焼きを食べ始める。
そんな結衣を見ながら、俺も残りのパンや目玉焼きを口に放り込んだ。
朝食が済んで、玄関を結衣と一緒に出る。
鍵を掛けて、「ほれ」と結衣に弁当を渡す。
「あ。お弁当!ヒッキーいつもありがとね!」
さっきまでの不満顔も一転して満面の笑顔を見せる。
不覚にもドキッとしてしまう。
こいつとは子供の頃から姉弟みたいに育ってきたんだ。
血の繋がりは無いけど、それこそ本当の姉弟みたいに純一さんもいろはさんも、俺達をここまで育ててくれた。
だから、結衣や雪姉に恋愛感情なんて持てる筈がない。
今朝の夢?
あんなのは俺が見たくて見た夢じゃねぇんだから、ほっとくに決まってんだろ。
弁当を受け取った結衣は、嬉しそうに鞄に弁当箱を入れて俺の手を引っ張る。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
「いやいや!なに人の手を勝手に引っ張ってんだよ!は、離せっつーの!」
「いーじゃん、昔もこうやって手を繋いで学校に行ったんだし」
こちらへ振り返り、ニコッと微笑む結衣に俺は何も言えず、あさっての方を見て「勝手にしろ」としか言えなかった。
ああ!熱い!顔が熱い!
「えへへ。ヒッキー顔が真っ赤だ」
そういう結衣も、ほんのり顔が桜色に染まっていた。
結衣と手を繋ぎながら、歩いて行くと桜並木に差し掛かった。
この時間帯は登校するにしては早すぎるぐらいなので、周りには人がいない。
女の子と手を繋いで学校に来たなんて噂が立てば、俺が気にしなくても結衣が気の毒に思う。
俺みたいなぼっちで捻くれていて目が腐った男と、誰にでも優しくて気が遣えて、美少女と言っても過言ではない結衣。
端から見れば……と言うか、本人視点から見ても釣り合いがとれていない。
俺は小学校低学年の頃から、高校生になった今でも、ずっと独りだった。
友達もいなければ、話し相手なんて家族ぐるみで付き合いのある由比ヶ浜の家の連中といろはさんぐらいなもんだ。
まぁ、独りになった理由は多々あるが、強いて言えば俺が皆から嫌われるようにしただけだ。
今も手を繋いでる結衣や雪姉にも俺から遠ざけるために、わざと嫌われるような行動をしたことが何回かある。
でも、結衣も雪姉も何故か離れてくれなかった。
学校では俺に気を遣って、結衣から話し掛ける事は、あまりないが。
「なぁ、この桜並木過ぎればすぐ学校なんだから、手、離して欲しいんだけど……」
「あ、うん……」
そう言うと、結衣は残念そうに俯いてしまう。
いや、そんな捨てられた子犬みたいな顔されたら、こっちは罪悪感すごいんだけど……。わざと?
桜並木を少し進んだ所で、結衣がピタッと足の動きを止めた。
結衣と手を繋いだままの俺も、同じように足を止めてしまう。
「どうした?気分でもわるいのか?」
俺が言うと、結衣は首をブンブンと横に振る。
「ヒッキー……。あたしさ、今朝すっごく幸せな夢見たんだ」
「は?」
なんだ?
いきなり今朝見た夢の話しなんかして……。
困惑する俺に、結衣は俯いたまま話しを続ける。
「その夢はね、とっても幸せなんだけど、同時にすっごく悲しくて切ない感じだったんだ……」
すごく幸せな夢なのに、すごく悲しくて切ない夢?
「あたしさ、後悔したくないんだ……」
俯いた顔を上げ、俺の顔を正面から見据える結衣。
「いや、お前が何を思って後悔したくないと思ってるのか判らないんだが……」
ホントに訳が分からなかった。突然、今朝見た夢の話しをしたかと思えば、後悔したくない宣言。
「いいの。ヒッキーは判らなくても。でも、これだけは言っておくね?」
そう言うと、結衣は両手で俺の右手を握り、真っ直ぐな目で告げた。
「もう、中学の頃までみたいなヒッキーに守ってもらうだけの存在は嫌だから、ヒッキーが被った犠牲の上にある幸せなんて、絶対に間違ってるもん!」
「…………っ!」
その瞬間、俺は金縛りにあったみたいに固まってしまった。
結衣は子供の頃から、周りの空気に敏感で他人に合わせていないと不安になってしまう女の子だった。
そのせいで、彼女の友達から八方美人だの何だのと言われていた時期があった。
結衣は段々塞ぎ込むようになってしまい、家でもご飯を残すようになってしまった。
そんな結衣を見て、俺は自分自身に苛立ちと後悔がない交ぜになり、クラスの連中を馬鹿にする発言をするようになった。
特に結衣に攻撃していた女子に対しては言いたい放題だ。
そんな事をすれば、当然結果はクラス内からのバッシングの嵐。
こっちが向こうの主張を論破すれば、あの手この手と俺に苛めに走ってきた。
俺の体操服や下駄箱にある靴を隠されるのは当たり前。たまに、落書きやカッターで切り刻んであったりもした。
教室で使っている自分の机の引き出しを開ければ、そこはカエルの墓場と化していたり……。
いや、あれはマジでびびったわ……。
だが、その甲斐あって結衣の友達からは、結衣を非難する声が聞こえなくなっていた。
俺がクラスの悪者になれば、結衣にかかる火の粉は全部俺が引き寄せられた。
俺は別にどうなっても良かった。陰で隠れて嫌がらせしている連中となんか、頼まれたって友達になんかなりたくない。
俺が友達と信じて疑わなかった奴等も、一緒になって俺の靴や体操服に悪戯していたのを偶然見た時は、さすがにショックだったっけ……。
だから俺は、他人に何も期待しなくり、信じて裏切られて傷付いて誰も見てない所で泣くぐらいなら、誰にも縛られないスクールライフを送ろうと決めたのだ。
そうと決めたからには、結衣や雪姉には悪いとは思ったが、悪者の俺の側にいたら、こいつらも悪者にされかれない。
だから俺は、二人を遠ざけようとしたのだが、二人はどんなに俺が冷たくあしらっても決して離れてはくれなかった。
「だから、ヒッキーがまた冷たい態度をとっても、あたしは絶対に離れないよ!」
結衣は、ぎゅっと両手で俺の右手を握りしめる。
「す、好きにしろよ……」
プイッと顔を反らす。
「大丈夫だよヒッキー。怖くないよ」
「え?」
結衣に視線を戻すと、何故か結衣は優しく微笑んでいた。
それからは、たわいもない話しをしながら校門まで手を繋いで歩いて行くと、よく見知った人が門柱に寄りかかって立っているのに気が付いた。
「あ、お姉ちゃーん!やっはろー!」
結衣は俺と繋いでいる方の手をブンブン振りまわす。
お願いだから、恥ずかしいからやめて!ほら、登校してくる奴等の視線を集めてるから!
結衣は俺を引っ張るように走り出した。
「おはよう結衣。八幡もおはよう」
綺麗な黒髪のロングヘアー。整った顔立ちに凛とした瞳にキリッとした眉。
結衣と比べてれば、かなり慎ましい胸の年上の美少女。
雪ノ下雪乃。
眉目秀麗、成績優秀、おまけに風見学園高等部の生徒会長。
弱点らしい弱点がないように思えるが、彼女は運動神経は悪くないが、いかんせん体力がない。
校庭一周するとマンボウみたいな顔で口をパクパクさせ、呼吸困難に陥るほどに体力がない。
あと極度の負けず嫌いで、挑発にはすぐに乗っちゃう。
「うっす。雪姉こんな朝早くから校門で何やってんの?」
「あなた達を待っていたのよ」
肩に掛かった長い艶のある黒髪を払い、ふっと微笑みながら雪姉は言う。
「あたしとヒッキーに?」
「ええ。生徒会の仕事を手伝って欲しいの」
生徒会の手伝い……。
嫌な予感しかしないよなぁ……。
2へ続く。