ハイスクールD×D 『本物』を求めた赤龍帝   作:silver time

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やってみたかったIFというか、設定だけ考えたらこんな感じになってました······
本筋とは全く関係ありませんが、まあ宜しければ暇つぶし程度にどうぞ。


その割には三万文字超えてるってどういう事なの···


IF的な何か
八幡が赤龍帝では無く、ダンタリオンの名を継ぐ悪魔だったら?


首都・リリス

 

冥界という世界に存在するその都市の、近郊に存在している一つの街。

 

規模はそこまで大きくは無いが、そこの住人達は活気に溢れていた。

そして何より、この街には他の都市とは一線を画す違いがあった。

 

この街に住み、働いているのは悪魔達だけではないのだ。

それこそいろんな種族、妖怪、妖精、獣人、吸血鬼、さらにはドラゴンも極僅かにだが、その街に住み着き、生活している。

 

 

これを他の悪魔が見たらどう思うか、少なくともいい顔はしないだろう。

むしろ、この状況にある都市を受け入れられる貴族悪魔はほとんど居ないはずだ。

 

それが許されているのが、この街。

 

 

 

多種族連合都市・シャイターン

 

 

唯一、それが許されている街。

そしてこの街は、悪魔たちの中ではかなり重要な立ち位置にあるのだ。

 

昨今の冥界においての物資の流通の大半を、この街が担っているのだ。

それもその筈、多種族という他には無い異色さが、この街にはある。

 

その種族の特産品や名物など、そうそう行き渡らない物品が、この街から他の都市へと回されている。

詰まるところ、この街が今の冥界の生命線、もとい、ぶっとい動脈なのだ。

 

だからこそ、ほかの貴族悪魔はこの街についてとやかく言うことは出来ないでいた。

 

そして、そんな街を治めているのもまた、貴族。

ソロモン72柱が一柱、序列71位の大公爵

 

知識の悪魔、ダンタリオンが治める都市なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな感じで今日も賑わっている都市、シャイターンの中心にそびえ立つ屋敷、ダンタリオン邸の一室で無数の本に埋もれながら読書を敢行する一人の目腐り悪魔がいた。

 

まさに本の虫、そんな言葉を頂戴しそうな程に、目の前の文字の羅列に目を走らせていく。

 

「·········」

 

時折、すっかりと温くなった紅茶をちびちびと飲みながらも、ページを捲る手は止めない。止めるつもりもない。

このペースで行けばあと数十分で読み終わるだろう勢いだ。

 

「······」

 

物語が架橋に入ったのだろうか、ページを捲る手にも力が籠る。

綴られている言葉たちはその複雑な情景を描き、光景を表現し、背景を鮮明に想像させ、登場人物達に動きをもたらす。

そして主人公は遂に、物語の核心へと迫る。

 

そして遂に、そのベールが暴かれようとした瞬間――

 

ドタドタドタ!と、間違いなく慌てていますと激しく自己主張する足音が徐々に近づいていき

 

ドバンッ!と豪快な音が炸裂し、扉が開かれた。

 

 

「お兄ちゃん大変!大変だよお兄ちゃん!」

 

 

その足音の主、扉を蹴破らん勢いで開け放った可愛らしい声の主は、先程まで読書に勤しんでいた腐り目悪魔へ向けて大声でそう告げた。

 

 

そう告げられた、お兄ちゃんと呼ばれた腐り目の少年はというと、面倒くさそうな表情を浮かべながら、楽しみを邪魔された子供のように不機嫌になっていった。

 

 

「一体何が大変なんだよ?コマチ。領地にドラゴンでも落ちてきたのか?」

 

 

トコトン不機嫌に、それでいてまだ冗談を投げかける余裕はあったそうだ。

 

「そんなの今月になってもう三回目だけどね。最近リンドブルムさんが酔っ払って住宅街に落ちたのが二回、用水路に落ちたのが一回······」

 

「それもう禁酒させるように言った方がよくねぇか?」

 

「それもそうだね······」

 

 

······どうやら冗談ではなかったようだ。

 

 

「ってそうじゃなくて!大変なんだってば!」

 

「ッチ、覚えてたか」

 

「忘れないよ!というか忘れられないよこんなビックリニュース!ほら!本なんか読んでないでこっち来てよ!」

 

 

あと少しだったのに···とぼやいている腐り目悪魔をお兄ちゃんと呼ぶ、コマチと呼ばれた少女は無理矢理に部屋から連れ出そうとする。

少しばかり抵抗するが、悲しきかな、人間よりも地の力が強い筈の悪魔の身でありながらも成人男性の平均並みしかない彼の地力では、長年兄を引っ張り連れ回してきたお兄ちゃん専用牽引機コマチを止めることは出来ない。

 

諦めが肝心である。

 

 

そんなこんなでようやくコマチは四六時中自室で本に埋もれつつ読書に耽っていた兄を引きずり出すことに成功した。

 

 

その悪魔、名をハチマン・ダンタリオン

 

 

これは後に四人目の超越者として名を知られる彼と、その友人とも呼べない腐れ縁の幼馴染とその眷属たち、心を許した家族と自身の眷属たち、その他諸々の者達と共に紡ぐ一幕の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「婚約、ねぇ······」

 

場所は変わって、ダンタリオン邸の居間に相当する部屋。

連れ出されたハチマンはというと、そのビッグニュースを聞いて微妙な顔になっていた。

 

「まぁ、いいんじゃねえの?アイツにもいつかは来る話だったんだろ。」

 

まぁ、彼はそのニュースには全く関係がないとは言い切れないが、明らかに自分は蚊帳の外な情報(ニュース)が書かれた紙を手に、曖昧な回答を返していた。

 

 

 

リアス・グレモリーとライザー・フェニックスの婚約を賭けたレーティングゲーム開幕!

 

 

目の前で誰の目から見てもやる気のない兄の為に、号外新聞のようにそんな見出しがデカデカと書かれた報告書のようなものを見て、彼は呆れていた。

 

 

「気にならないの?幼馴染の事なのに。」

 

「幼馴染だからってあれこれ気にするようなものじゃないから。というかどうしようもないだろ。」

 

まったく、と額に手をやりながら溜息をつく。

気にならないわけでは無いが、どの道部外者である自分たちが介入できる余地はないのだ。

 

「まぁいい、ちょっと整理しようか。読書明けにはキツイ。·········ヴァルケンハイン、紅茶を頼む。今回はローズヒップでな。」

 

その言葉に答えたのは、彼の右斜め後方に控えていた執事服に身を包んだ高齢の男性だった。

彼は一言、畏まりました。と言葉を残しその場をあとにした。

 

そして――

 

 

「さて、

 

 

 

何故に一同が集結したか理由を聞いてもいいか?」

 

 

自身が座る席から、その他の席に座る自分以外の人物達に視線を向け、言葉を促した。

 

 

「私は、慌てて走ってきたコマチさんが緊急事態、広間へと集まって欲しい。と、そう言われたので、召集に応じたのですが···」

 

 

最初に返したのは、落ち着いた感じのするピンクに近い髪色の少女だった。

 

学生服のような衣服の上に白衣を羽織り、眼鏡をかけている彼女は率直に、自分がここへ呼ばれた経緯を話す。

 

やや困ったような笑みを浮かべているようで、自分が呼ばれる必要性があったのかと疑問に思っているようだ。

実際、必要は無いのだろうが。

 

「その、なんというかスマンな······」

 

「いえ、私としても少し気になりはしたので。リアスさんが婚約を賭けたレーティングゲーム······果たして勝てるでしょうか?」

 

「どうだろうなぁ······それじゃ、大尉は何故に?」

 

「···············。」

 

 

"大尉"と呼ばれた軍服のようなオーバーコートを着込んだ大柄の男は何も言おうとしない。

 

ただ、無口な口に似合わず手は流暢なようで、身振り手振りで何かを伝えようとしていた。

 

 

その手はスッと、自分の妹を指さしていた。

 

 

「大尉もか·········なんか悪いな、ホントに」

 

「お兄ちゃん、その本当に申し訳なさそうな顔するの止めてよ。だってビッグニュースじゃん。ねー延珠ちゃん?」

 

「妾はどちらでもよい。」

 

「延珠ちゃんが冷たーい·····」

 

 

ツインテールの幼げな子供にも素っ気なく返され、テンションダダさがりなコマチであった。

 

 

そんな雑談とも言えない会話を交わすこと数分、失礼します、と断りを入れ、広間の大扉が開かれ先程出ていった執事が入ってくる。

 

 

「お待たせ致しました、ハチマン様。」

 

 

「ん。」

 

 

如何にも熟練と言わ占めるに相応しい手早さで、紅茶をティーカップへと注いでいく。

コトっと眼前に置かれたティーカップを手に取り、中身を軽く喉に通す。

 

ローズヒップの仄かな香りが鼻腔を擽り、その丁度いい温度は彼の体に暖かみをもたらした。

 

「···········ふぅ、流石だな。ヴァルケンハインの淹れた紅茶は、何度飲んでも飽きが来ないな。」

 

「光栄に御座います。」

 

一通り紅茶を堪能すると、ティーカップを置き、掛けている眼鏡の位置を直しながら

再度、本題に戻る。

 

「それで?この二人が結婚したとして、俺はどんな反応を返せば良いんだ?」

 

「お兄ちゃん冷たすぎ···そりゃコマチも、どう言えばいいか分かんないけど。」

 

「この場合は祝うべき···では、無いんでしょうね。」

 

「レーティングゲームで決着を付ける、という時点で片方が拒んでいる、というのは明らかでしょう。」

 

「その場合は、リアスさんが拒んでいる、と言うことでしょうか?」

 

「別にいいんじゃねえのか?フェニックス家はフェニックスの涙で結構利益を上げてるし、安泰だろ。」

 

 

兄の言葉に妹のコマチは確かにそうなんだけど···と言葉を濁し、そして言った。

 

 

「そのフェニックスの所の三男さんって女好きで有名なんだけどさ。」

 

「三男ェ···せめて名前で呼んでやれよ。というか、それを言ったら殆どの男連中が女好きだろ。」

 

「それが結構行き過ぎてるんだよね。コマチも前口説かれたし」

「オウコラトリコラ何ウチのエンジェルを口説いてくれてんの?目の付け所は認めるがそんなモンお兄ちゃんの目の黒いうちは絶対に認めんぞ何処だそのなんちゃらフェニックスは野郎ぶっ殺してやんよ!出てこいクソッタレェェェェェ!あれっ?コマチはというか俺達は悪魔なのにコマチは天使とはこれ如何に」

 

「先輩、目がマジです。今すぐにでもその三男さんを呪い殺しそうな程に怨念タップリです。」

 

「·········。」

 

「なんだ?妾にくれるのか?」

 

「·········。」

 

「おお、ふとっぱらだな大尉!それじゃあ妾がそのチーズケーキを貰うぞ!」

 

「·········。」

 

 

会議は踊る。正にその言葉がドンピシャだった。

 

いつの間にかあちらこちらがカオスに包まれ、もはや何をしたいのかさえ不明となった。

 

 

「···結局何だったのでしょうか。」

 

「今日も相変わらずのようで。大変よろしいかと。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでね、明日で全部が決まるの。これからの私の人生が。』

 

 

夜遅くのダンタリオン邸。暗闇が支配したその一室にはあるはずの無い女性の声が、闇の中に溶けていく。

 

「······心配なのか?」

 

『·····当たり前よ。向こうはプロで、コッチはずぶの素人。最初から勝敗なんて決まっているようなものよ。』

 

『まぁでも、諦めるつもりは毛頭ないわ。』

 

声の主は何処か心細そうな、それでも自分を奮い立たせようと必死になっていた。

それに返される言葉は、

 

 

「まぁ、頑張れよとしか言えないがな。お前が本当に勝ちたいと、自由を掴みたいと思うなら。」

 

それに返される言葉は、優しげでいて、他人事のように、当たり障りのない言葉だった。

 

『冷たいわね···他人事のように。』

 

「実際、他人事だからな。それで、もういいか?一応明日も執務の手伝いがあるんだよ。」

 

 

そして、突き放すように。

そう言葉を投げかけた。

 

『······そうね、ごめんなさい。ハチマンも忙しいわよね。·········頑張ってみるわ。』

 

 

その言葉を最後に、電話は切れてしまった。

 

 

「·········」

 

 

彼は受話器を戻し、暗闇の中目を閉じる。

 

望まない婚姻、貴族であるならばそういったものもあるだろう。

寧ろ、そんなことばっかりだ。

それが不幸にも、彼女に訪れてしまった。

 

 

「·········」

 

 

きっと、どうしようもないのだろう。

 

ただ、間違いなく不利という点はあるが、勝てばその婚約をなかったことに出来る。

それだけでもマシな方だろう。

 

 

少なくとも、彼女が吉報を持ってくるのを待つとしよう。

そう決めて、ベッドに潜り込む。

 

果報は寝て待て。

文字通り、良い知らせを期待して目を瞑り、意識を暗闇の中へと溶け込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その翌日。

 

リアス・グレモリーとライザー・フェニックスのレーティングゲームはライザー・フェニックスの勝利となった。

 

 

 

数日後に結婚式を控えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかっていた。

 

わかりきっていた。

 

わかっていた事だった。

 

 

何度もレーティングゲームを経験し、尚且つ接待勝負以外では全て白星をおさめていた、実質全勝のライザーとではその下地が違っていた。

フェニックスの不死身の能力、そして何より多対多という状況を経験しなかった事による練度不足も要因だろう。

 

 

結局の所、彼女は負けたのだ。

 

自由を掴み取る最後のチャンスを。

 

 

「·········」

 

 

そして今、その幼馴染にして彼女とは対極な存在。

常に冷静に、感情を理性で押さえ込む事の出来る冷血漢。

それでいて己を情を捨てきれない半端な未熟者と断し、自分の理想を何処までも追い求める熱血漢。

 

ダンタリオンの名を継いだ一人の悪魔。

 

ハチマン・ダンタリオンは一つの手紙と同封されていた記録結晶を手に、言葉を発さず沈黙を貫いていた。

 

手紙に一通り目を通し、読み終えた手紙を暖炉の中へと放り込んだ。

続いて、手に取った記録結晶を机の上に置き起動の呪文を紡ぐ。

 

すると空中に映画のスクリーンに上映されるかのように映像が映し出された。

 

その映像はまず見覚えのあるロングの黒髪に巫女服の幼馴染と、見慣れないもう1人の黒髪の女性が空を舞い、映像を稲妻と爆発が覆い尽くす場面。

 

その場面で、相対しているライザーの眷属である女性が何かを懐から取り出して、それを使っている姿を確認した。

 

「······」

 

 

その次、場面は切り替わり見覚えのある緋色の髪を靡かせる幼馴染の後ろ姿、そして彼女が見据えている先、相対している白のスーツをわざと着崩した、ホスト崩れのような男。件の三男坊が見せびらかすように何かを掲げ、それを使用した場面。

 

 

そして、

 

 

 

「――ここか。」

 

 

 

見つけた。

 

 

 

彼は記録結晶の映像を切りワイシャツの胸ポケットへと仕舞い込み、扉へと歩んでいく。

 

 

 

「······待ってろ。」

 

 

思い出すのは、先日の泣きそうになるのを必死に押し殺した、か細い幼馴染の声。

 

思い出すのは、映像に映っていた彼女の横顔。目尻に涙を僅かに浮かべ、投了(リザイン)を宣言する彼女の姿。

 

 

 

 

思い出すのは、子供の頃にに交わした、誰もが本気にしないであろう、それでいて誰もが覚えているであろう、

 

そんな約束。

 

 

 

 

 

『ハチマンって、おんなのこにモテそうにないわよね。』

 

 

 

 

『しょうがないわね、わたしがいっしょにいてあげる!』

 

 

 

 

 

『いまはわたしが、ハチマンをひっばってあげる。』

 

 

 

 

 

『だから――』

 

 

 

 

 

 

そして、扉を開ける。

 

 

大義名分は得た。

 

普段から動こうとしない彼が動く理由は十二分にある。

 

 

あとは、己の心に従うだけ。

 

 

 

 

「貴族としてはあるまじき事だろうが――」

 

 

拳を握れ。

 

 

歩を進めろ。

 

 

アイツの意志を取り戻せ。

 

 

 

 

 

「せめて、お前が自由に生きられるようにする事ぐらい、俺が何とかしてやるよ。」

 

 

 

 

 

 

知識と芸術の悪魔が、動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の冥界は賑わっていた。

 

今日この日をもって、新たな夫婦(めおと)が生まれるからだ。

 

 

レーティングゲームの勝敗が付いたその日、二人の婚姻の話が冥界中を電撃が走るように速く広まっていった。

 

悪魔社会の新たな世代、その一躍を担うのやもしれないのだ。

 

 

詳しい事情を知らない者は、とにかくめでたいと祝杯をあげた。

 

 

その当事者である彼女の眷属達はその逆、気丈に振舞ってはいるが、その表情はどことなく暗い。

 

敗北したという事実と、どうしようもない無力感に打ちひしがれている。

 

 

時間が巻き戻る訳がなく、無慈悲に一秒一秒を刻みゆく時計の針。

近付いてゆく婚姻までの時間。

 

そしてその時は、訪れる。

 

 

結婚式会場の広々とした空間、そこには数多くの関係者や来賓が訪れており、その一室を数多くの貴族が埋め尽くす。

彼らは嬉嬉として語り合い、グラスを満たすワインを煽る。

 

様々な喜びの感情が溢れかえるその様は、もはや何かを祝うための儀式だった。

 

 

その中で、貼り付けたような笑みを浮かべ話しかける貴族達に対し、これまた貼り付けた笑みを浮べながら適当な挨拶を返す者達。

 

その裏では、悔しさという感情を滲ませ、崩れそうになる表情を必死に取り繕おうとしていた者達がいた。

 

 

「もう······どうしようもないんでしょうか···」

 

一人の少女が小声で呟いた。

 

つい最近悪魔に転生したばかりの、彼女の眷属の少女だった。

 

その声には悔しさと、諦観の色が見える。

 

「決まってしまった以上は、もう駄目でしょうね。」

 

「無念だけど、僕達にはそういった権限が無いからね······」

 

 

答えたのは二人の少年少女。

 

公の場で着るようなドレスに身を包んだ少女と、礼服を着た少年。

 

彼らの表情も暗く、無念という感情が見て取れるような声色だった。

 

 

 

「······あの人は、来ないんですか?」

 

また一人、声を上げた。

 

こちらもまた公の場で着るようなドレスに身を包んだ小柄な少女だ。

 

 

少女の言うあの人、

 

彼が来た時彼女は、自分たちの主はどんな顔をするだろうか。

 

 

「······どうでしょう、単に面倒臭がって来ないのか、幼馴染だからこそ、見たくはないのか、私も彼とは幼馴染のような関係性ですけど、よく分からないですわね。」

 

 

「彼なら、どうにか出来たのかもしれないね。普段は全く動かないけど、彼が動いた時は大抵なにかしらの成果がでるから。」

 

 

未だ、その彼は来ず。

 

契りを交わす花嫁と花婿を待つこの時間すらもどかしく感じる。

寧ろ台無しにしてして欲しい。

 

 

さらには――

 

 

「アーシアちゃん、イッセー君はまだ目覚めませんか?」

 

 

もう一人、居るはずの眷属がここには居ない。

 

数日前のレーティングゲームが自分達の敗北を、拒んでいた婚約を受け入れることになってしまったその日から、今ここにはいないもう一人の眷属は目を覚まさず、今も眠り続けている。

 

 

「はい·····まだイッセーさんは眠ったままです·········」

 

 

このねじ曲げようの無い運命を変えてくれるかもしれない、ジョーカーを持つ二人の少年はこの場に居らず。

彼女達は目の前の仮りそめの幸福を祝うしかないのだ。

 

 

その一方で、彼女の幼馴染である一人の少女は貴族としての付き合いからだろうか、作り物の笑顔で他の貴族達に挨拶して回っていた。しかしその心情は穏やかでは無く、一人の友人として彼女を救ってやりたかった。

 

さらにもう一方、自分達から主を奪っていった男、その妹は申し訳ないと言いたげな表情を浮かべ、頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お集まりの皆様方、本日は私ライザー・フェニックスとリアス・グレモリーの結婚式にお越しいただき、誠に有難うございます。」

 

 

 

そして、時は来た。

 

 

 

「それでは時間もいい所で、本日の主役であり私の花嫁、リアス・グレモリーの登場です!」

 

 

 

 

終わりの時が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず初めに、来賓の貴族一同の目に飛び込んできたのは一人の花嫁だった。

 

特徴的な緋色の髪とは正反対な純白のウェディングドレスを纏いそこに佇む姿は、世の女性の理想像と言っても過言ではなかった。

女性なら誰もが羨み、手を伸ばすだろうその煌びやかなウェディングドレスは、この時の為だけに生まれてきたと、そう伝えられる程にしっくりきていた。

 

その場にいる全ての男性は勿論、女性迄もが魅入っていた。

 

言葉を以て表現しようにも、語彙力が足りない彼らにはただ一言、

 

美しい、と。

 

それ以外の言葉が見つからなかった。

 

これ程の晴れ舞台で婚儀を執り行う。

女性にとっては一つの夢だろう。

 

今宵一人の少女が、一人の女性へと変わるその瞬間。

 

その時がついに来たのだ。

 

ようやく、彼らは拍手でそれを迎える。

 

少女はそれに笑顔で答える。

 

場の盛り上がりは、間違いなく最高潮を迎えていた。

 

 

ウェディングドレスを纏い、その祝福を一身に受ける彼女の表情に影が差した瞬間を、誰も見ることは無かった。

 

 

 

彼女は会場を見渡す。

 

 

小さい頃からお世話になった人達の、心から祝う感情が見て取れる。

彼らは心の底から、彼女を祝っていた。

 

昔からの幼馴染も、こちらを見て笑っている。

それが偽りのモノであることは、しっかりとわかっていた。

 

自分の眷属達を見る。

その表情は暗さが目立つが、何とか拍手を送っていた。

 

 

 

その中に、彼の姿はどこにも無い。

 

 

 

(······当たり前よね。今の今まで、彼を避けていた私に、助けを求める資格なんて···)

 

 

今思い返せば、何を意地になっていたんだろうか。

 

 

昔から、彼は魔術の才がずば抜けて高かった。

簡単な魔法、複雑な魔術、さらには人が編み出した魔術、そして自作した術式。

 

どんどんと、彼はその才を開花させていった。

古きを知り新しきを見つけ、さらにはそれを組み換え、組み合わせ、今やどれだけの術式を編み出したのかも分からず、その方面で彼はめきめきと頭角を顕にした。

 

遂には四人目の超越者候補だ。

 

同年代の悪魔はそれはもう彼を羨んだ。

 

彼に憧れ、尊敬する者もいれば。

彼を嫉み、敬遠する者達もいた。

 

そして自分も、彼を敬遠した一人だった。

 

 

幼い頃は、もう二人の幼馴染と共に遊んで回った記憶がある。

 

彼が習ったばかりの魔法を見て、皆で盛り上がったこともあった。

 

そんな昔からの付き合いであったにも関わらず、彼を敬遠していた理由、それは

 

 

 

(今更ね······)

 

 

――やめた。

 

いつまでも感傷に浸っている訳にはいかない。

その楽しかった思い出を、自分が覚えていればいい。

 

さあ、現実と向き合う時間だ。

 

今までの自分と決別する、決断を下す。

 

 

 

 

 

············

 

 

 

 

 

 

その直前だった。

 

 

 

「····?」

 

 

「何でしょうか···これ?」

 

 

「今のは····?」

 

 

「···これは、まさか······。」

 

 

「···この魔力、まさか!?」

 

 

「ん···?」

 

 

 

 

 

 

「────えっ?」

 

 

 

 

 

拍手の響き渡っていた会場の、その中心に、一つの魔法陣が出現する。

 

 

その色は、限りなく黒に近い灰色。

 

表すのは、序列71位の悪魔。

 

 

 

「まさか······でも···何で?」

 

彼女はそれに、見覚えがあった。

 

彼が魔法の練習を見せてくれた時、手のひらから浮かび上がった魔法陣のそれと同じだった。

 

 

困惑する者達を余所に、魔法陣の中心に膨大な魔力が集まりつつあった。

 

それが作り出したのは、黒い光。

 

集まりゆく魔力は黒い光という矛盾した光景を生み出し、目に収めることが出来る鈍いその光は、人一人分の大きさの繭のような何かへと変じていく。

 

 

遂には、その光は一際大きな輝きを放ち周囲へ徐々に溶け込むように霧散していく。

 

 

後には一人の少年が残った。

 

 

 

昔から変わらない、頭頂部からアンテナのようにピンと立つ特徴的なくせっ毛。

本人はアホ毛と言っていた気がする。

 

彼の見た目の中でも一際目立つ、死んだ魚のような目。

その特徴的なとしか言いようの無い目は、普段は掛けないであろう眼鏡を掛ける事により、その腐った目を鋭いツリ目へと変貌させた。

 

さらには、最後にあった記憶の中の彼、気だるげさを隠そうともしない、若干猫背気味だった彼の立ち姿。

それがどうだ、猫背気味の姿はその影すら見せずに、背筋をピンと伸ばして、だらしの無い格好もちゃんとした正装へとかえていた。

 

一瞬誰だと思ったが、直ぐに確信に変わる。

 

見間違えようのない、もう一人の幼馴染。

 

最近まで敬遠していた彼。

 

 

「······遅くなってしまい申し訳ない。」

 

 

彼女の、初恋の人。

 

 

「もう始まってしまっただろうか?」

 

 

ハチマン・ダンタリオン。

 

 

腐眼の悪魔(ロッテンアイズ・デーモン)』と恐れられ、『聡明なる書架の守り手(サンクチュアリ・ガードナー)』、『千の魔術を携えし者(グランドキャスター)』等々の異名を知らずの内に獲得した超越者候補。

 

 

彼がその地へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場は混迷を極めた。

 

突如として現れた一人の悪魔。

魔法陣が表すのは序列71位の大公爵。

滅多に表には出ようとしない変わり者が、今こうして自分達の目の前に立っていた。

 

そうそう着ないであろう、ダンタリオン家の者としての正装をして。

 

正装と言っても、催し事や会議などに着てくる黒一色のスーツにネクタイ、といったいかにもお堅い格好をしている訳では無い。

 

灰色のワイシャツに黒のネクタイ、黒のズボンとベルトを締めて、そして一番目に付くだろう上半身をすっぽりと覆う黒のポンチョを纏っている。その背面にはダンタリオンを表す魔法陣の模様が描かれており、その本気具合が伺える。

 

 

彼はダンタリオンの者としてここに来たのだ。

 

 

誰もがその結論にいたる。

そうでなければ、わざわざダンタリオンのそれを表す格好で来るわけが無いのだから。

 

そして彼女は、リアス・グレモリーは希望をもちかけて、その希望になりうる憶測を手放した。

 

ダンタリオンの家の者として来たのは間違いない。

なら彼が言いに来た言葉は一つ。

 

 

少年は歩き始める。

周囲の困惑の視線をものともせずに、会場の中心から真っ直ぐと歩んでいく。

 

黒のポンチョを靡かせて、堂々と歩いていき、止まった。

 

 

「御挨拶が遅れて申し訳ない。本日の主役様、並びに魔王様。見ての通り、ダンタリオンの名を継ぐ一人のしがない悪魔でございます。名をハチマン・ダンタリオンと申します、以後お見知りおきを。」

 

 

儀礼に則った、完璧な口上だ。

 

普段は極度のコミュ障な上に、対人スキルはナメクジ以下だと自他ともに認めていた割には、その片鱗を全く見せない振る舞いを見せつけている。

 

 

「あ、ああ。そうか、ダンタリオンの所の者か。あー、ゴホンッ、俺がライザー・フェニックスだ。わざわざ御足労だったな。」

 

咳を一回、自身の困惑を隠し思考を切り替えるように仕切り直す。

取り敢えず、主催としての言葉を口にする。

 

「ダンタリオンの家からも祝われるとは、魔王として、一人の兄としても嬉しく思うよ。それで、遅くに来たとも言えないが、遅れてしまった理由を聞いてもいいかい?」

 

誰かが口を開き、質問を投げかける。四大魔王の一人、リアス・グレモリーの兄にしてルシファーの名を襲名した冥界の長、サーゼクス・ルシファーが、彼にそう問いかける。

 

 

 

 

(ホント、知っているくせに顔色一つ変えずにそう口に出来るんだから、魔王様は凄いわ。いやマジで。)

 

 

 

 

それでも、その言葉を待っていたと言わんばかりに、口元を僅かに三日月の形に歪める。

それに気付いた者は、いない。

 

 

 

「ええ、少しばかり準備をしてきたもので。」

 

「準備?一体どんなモノを用意してくれたんだ?」

 

ライザー・フェニックスは察したという風に、わざとらしくそう聞いた。

 

サプライズ、というには違いないが、それは違う意味でのサプライズ(驚愕)だ。

それに、彼は気付かない。

 

「まずは、ライザー・フェニックス様、リアス・グレモリー様、ご結婚おめでとうございます。」

 

 

そう、建前の言葉を並べ。

 

 

「そして――」

 

 

切り出す。

 

 

 

 

 

「私、ハチマン・ダンタリオンは、ダンタリオンの名において――

 

 

 

 

 

 

 

 

――先日のレーティングゲームによる決着に異議を申し立てる!」

 

 

 

 

さあ、反撃の時間だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライザーは、遂に訳が分からなくなった。

 

遅れて登場したダンタリオンの家の者が祝福の言葉を送った後に、つい先日のレーティングゲームに対して異議を申し付けてきた。

思考と感情がごちゃ混ぜになる様な感覚を覚えた。

だって、意味不明なのだから。

おめでとうございますと笑顔を浮べながら握手を求めてきて、その握手に応じた瞬間に隠していた方の腕でアッパーカットを打ち込まれたような、形容しづらい感覚。

 

要するに不意打ちを強烈に食らったようなものだ。

 

「······は?」

 

ようやく、口から音を発することが出来た。

 

「何を言ってるんだ?レーティングゲームの決着は着いたんだぞ。何故異議を唱えられなければならな――」

「そのレーティングゲームに、何らかの不備があったからこそ言っているのです。」

 

不備、その言葉に会場の来客一同、眷属一同も首を傾げた。

 

特に、当事者である眷属一同はその言葉に疑問を浮かべ尚且つ、続くであろう彼の言葉に期待した。

自分たちでは気付かなかった、あの決着方法の不備。

それが、自分達の主を救い出すキッカケになる。

 

続けて、知識の悪魔は言う。

 

「今回この場に赴いたのは今言った通りの事を、先日のレーティングゲームに腑に落ちない(・・・・・・)点があった為に、その事を伝えるために参った次第です。」

 

それに、魔王が問い返す。

 

「不備?私が見る限り、あの決着に不備は無かったはずだ。その結論に至った経緯を示してもらえるかい?」

 

自然な受け答え。

 

問い、答えるタイミングが完璧過ぎるほどの、自然な受け答え。

 

その内心で、魔王は笑い。

 

腐り目悪魔も、また笑う。

 

「·····不備があるだと?言い掛かりよしてくれ。先日のレーティングゲームに不備は全くない。

是非とも証拠を提示して欲しいものだ。」

 

不死鳥もまた笑い、余裕を持った表情で、釈然とした態度のまま語る。

 

その裏で、少しばかりの動揺を押さえ込みながらも、眼前の目腐り悪魔を見る。

 

 

「コチラに。」

 

 

少年は一つの封筒を取り出す。

 

「コチラの封筒、つい二日ほど前、私宛に届けられたもので、

 

 

依頼書にございます。」

 

 

それを掲げ、言葉を続ける。

 

「送り主は不明、依頼者も名前を載せていない匿名で、ただ一言、『先日のグレモリーとフェニックスのレーティングゲームの不備について調べてほしい。』と、そう書かれておりました。」

 

「それを調べたのか?送り主不明の依頼を受けた、と?余程暇なんだな。」

 

「執務さえ終えれば後は暇ですので。その間に研究を進めることもできますから、私としてはとても重宝しています。」

 

ライザーの皮肉とも呼べない言葉にも、どこ吹く風というように淡々とスルーしながら、さらに続ける。

 

「本来ならば受ける必要は無いのですが、丁度手が空いていたので、それらしい資料を漁りました。」

 

暇潰し程度に、と思っていたのですが···そこで一度区切り、息をを溜めて、告げる。

 

 

「少しばかり、違和感を感じたのですよ。」

 

 

一度言葉を終え、眼前のホスト擬きから視線をずらし、ウェディングドレスに身を包んだ幼馴染に対して、問いかけた。

 

 

「リアス・グレモリー様、一つ聞きたいことが。」

 

「え?え、ええ。何かしら?」

 

普段聞かない幼馴染の丁寧語と、いつもとは違う雰囲気を纏ったその不自然さに呆然としたが、すぐに持ち直す。

 

幼馴染は問いかける。

 

 

 

「先日のレーティングゲームの折に、フェニックスの涙は配布されたでしょうか?」

 

 

その言葉に、全員が疑問を持った。

 

約一名、その表情が何処と無く堅くなった者を除いて。

 

隣の暫定的に花婿である、隣の不死鳥の様子に彼女は気づくことは無く、ホスト擬きが何かを言おうとしたそれよりも早く。

 

 

「いえ。フェニックスの涙なんて貰わなかったわ。そもそも、私達が持っていなかったからじゃないの?」

 

なんの気兼ねなく、そういった。

 

 

 

 

言質採ったッ···!

 

 

 

 

 

「あれ?······おかしいですね。」

 

 

 

 

さあ、逃げられねえぞ? 不死鳥。

 

 

 

 

「確か、資料を見る限りだと――」

 

 

 

 

 

ふんぞり返って勝利を確信すんのも、ここまでだ。

 

 

 

 

「両陣営に対して、フェニックスの涙が各陣営に二つずつ配布されているはずなんですが。」

 

 

 

 

「これはどういう事でしょうか?」

 

 

 

会場に、違う空気が流れこむのを感じた。

 

 

「記録ではライザー様側にはフェニックスの涙が配布されており、尚且つ使用した記録があります。」

 

「ですが、リアス様側にはフェニックスの涙は配布されておらず、さらには配布される旨すら伝わっていない。」

 

 

 

「これは不備ではないでしょうか?」

 

 

 

ライザーは言葉を詰まらせる。

 

言い逃れようがない、確証。

不備はあったのだ。と。

 

不備があった。それは認める。

 

 

認める、が。

 

 

「······どうやら、本当に不備があったようだ。改めて謝罪させて貰おう。」

 

しかし

 

 

「だが、それで?不備があったとしてどうするつもりだ?」

 

不死鳥は嗤った。

 

不備があった事は逃れようのない事実。

だが、それで結果は変わるはずのない。

だからこそ、彼は尚も嗤う。

 

「こっちがフェニックスの涙を使わなければ、若しくはリアス達に配布されていれば、勝敗は変わっていたと。そう言いたいのか?」

 

「可能性は十分にあります。」

 

極めて冷静に、少年は答えた。

 

「リアス様側には神滅具(ロンギヌス)の一つ、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の所有者、今代の赤龍帝がいます。神すら殺せる力。その権能、場を変えるには十分過ぎるほどのジョーカーがいました。いくら不死とはいえ、それすらを上回ることは可能ではないでしょうか?」

 

可能性は十二分に有り得た。

 

だからこそ、不死鳥はまた言葉を詰まらせた。

 

そして――

 

 

「では、もう一つの、不確定要素をご覧ください。」

 

 

彼はポンチョの内側へと手を突っ込み、ワイシャツの胸ポケットから一つの結晶を取り出した。

 

「それは?」

 

「先ほどの依頼書と同封されていた記録結晶です。最大で12時間相当の映像を記録可能なこの記録結晶、シャイターン製の一級品です。各都市にて販売されており、尚1200デモンというお手軽価格でにて販売中です。記録を残したい方は是非。」

 

······話がズレたが、取り敢えずもとに戻そう。これで記録結晶の有用性も示せるし、隠された一つの疑問が浮き彫りなるし、少年の懐も温かくなる。まあさておき。

 

「こちらの映像には、当日のレーティングゲームの様子が記録されております。」

 

re:load。と起動の呪文を口にし、会場の空間に巨大な映像が投映される。

 

最初に映し出されたのは、二人の女王(クイーン)の一騎打ち。

画面の八割ほどを爆発と稲妻が彩り、激しくも、華やかな戦いを繰り広げている。

 

そして、ついさっきまで爆発の華を咲かせていたライザーの女王が雷の一撃を貰い、地へと落ちていく寸前。

 

映像が止まる。

 

「stop。ここで、ユーベルーナ様がフェニックスの涙を使用しています。」

 

再び、絵画のように空中に映し出されていた絵が動き出すと、フェニックスの涙を使い、それに一瞬の油断からなった隙を、爆発の魔術に飲まれていった巫女服の女王。

 

ここで重要なのは、フェニックスの涙を使ったという事。

 

続いて、映像が倍速されていき、再び元の速さへと戻る。

 

ホスト服の不死鳥が何かを見せびらかすように掲げ、それを使用した。

 

「ここで二つ目が使用されました。」

 

「それがなんだというんだね?」

 

そう聞いたのは、一人の男性。

初めて響いたその声色の持ち主は、ライザーの父親にしてフェニックス家の当主。

 

フェニックス卿が口を開いた。

 

その言葉に、少年はこう言う。

 

「確認のためです。」

 

確認···?とフェニックス卿も含め、会場の一同が再び、首を傾げた。

 

ライザーは再び、その表情がさっきとは比べ物にならないほど堅く、青ざめていた。

 

映像は再びその光景を加速させ、一つの場面にたどり着いた。

 

そして、気付いた。

 

「お気づきになられたでしょうか?」

 

その場面、赤龍帝の籠手によって強化されたであろう、リアスが持つ滅びの魔力。

 

その緋き魔力の奔流がライザーを飲み込まんとしたその一瞬。

 

処理落ちの影響か、画面が僅かに見づらくなる。

その中で、ライザーの右手にいつの間にかあったその茶色のような入れ物。

何かの液体を入れる容器のような物体。

 

「ライザー様が持っているこの物体。

 

 

フェニックスの涙ではないでしょうか?」

 

場の空気が、明確に変わった。

 

来賓の貴族達の間でどよめきが広がり。

彼女の眷属達は、その怒気をもはや隠そうともしなかった。

もう一人の幼馴染も、静かな怒りを抱き。

不死鳥の妹は信じられない表情を浮かべ、自分の兄に疑問の目を向けた。

 

「そ、そんな筈はない!持っていたフェニックスの涙は二つだけだ!」

 

「では、この時に手に握っていたのは何だったのですか?」

 

弁解しようとするが、言葉は見つからず。

それは···と言葉を濁すことしか出来ずにいた。

 

貴族達の、そして自分の親から疑問の視線が向けられる。

 

 

 

王手。そして仕上げだ。

 

 

 

 

「静粛に!!」

 

魔王の一声で、混乱の渦中にいた者達の声が静まり、騒めきは落ち着きを取り戻した。

 

魔王は言う。

 

「この映像のノイズが激しく、ライザー君が三つ目のフェニックスの涙を使ったという事を立証するのは難しい。」

 

さらに、言う。

 

「しかし、レーティングゲームに不備があったのは明確だ。このままでは両方に禍根が残る事になる。」

 

「ならば、どうするか?どういった方法で、お互いに納得の出来る決着を付けられるか。」

 

「故に聞きたい。ハチマン君、今回の件、如何にして決着をつけるのが最善だと、君は判断するかい?」

 

 

条件は揃った。

 

 

舞台は整った。

 

 

後は、提案(確実に)するだけ。

 

 

 

「ハチマン・ダンタリオンは、今回の件の決着として、グレモリー陣営、フェニックス陣営の双方から一名の代表を選出し、一騎打ちによる決着を望みます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一騎打ち···か。それで、細かいルールはどうするんだい?」

 

「レーティングゲームと同様に。フェニックスの涙を含めたマジックアイテム、及び魔道具の使用はOK。意識を失った方を負けと判断します。」

 

一騎打ちによる決着。

 

娯楽に飢えている悪魔ならば、これに乗っからない訳が無い。

「との事だが、ライザー君はこれに応じるかい?」

 

サーゼクスはライザーに問う。

 

これに応じる必要は、別に無い。

しかし、周囲の貴族は疑問の目を向けている。何よりも逃げたという事が広まっては、フェニックス家の名折れだ。

 

だから、応じる以外の選択肢はない。

 

「わかりました。これに応じましょう。

このライザー・フェニックス、身を固める前の最後の飛翔をお見せします。」

 

「なら、君が出るんだね。」

 

「もちろんです。」

 

ライザーが応じ、後はこちらの切り札の到着を待つのみとなった。

 

「ああ、少し待て。この一騎打ちにリアス側が勝てばどうなる?」

 

「その場合は、レーティングゲームでのリアス様の要求、婚約の破談となります。」

 

そう、ここまでの会話は、この状況を作り出し、もう一度仕切り直す舞台を作ることが、そもそもの目的だった。

 

ライザーに対するは、ジョーカーを持つ未到着の眷属。

 

後はそいつが来れば、少年はお役御免だ。

 

後は知らずの内にそいつにフルバフ(強化魔術を付与)して無双してもらうだけ。

 

それが、大体の筋書き(シナリオ)

 

「なら、オレが勝った場合はどうなるんだ?何も無いってのは不公平じゃないのか?」

 

その言葉も、予想の範囲内。

 

向こうからしてみれば、自業自得ではあるがいちゃもんを付けられているようなもの。だからこそ、その答えも用意してある。向こうにとって呑むしかない報酬を。

 

「その場合は、ダンタリオン家が管理するグリモワール大魔導図書館より、未踏領域(アンノウンクラス)迄の魔導書を無償でお貸しします。」

 

今度は会場の貴族達の間で驚きの声が漏れる。

 

当然だ、ダンタリオンが管理する魔導書郡の中でも、未踏領域(アンノウンクラス)の魔導書を無償で読むことが出来るのだから。

 

世の悪魔が、人が、たどり着くことが出来ないとされた未踏の魔術。

 

それが記された著者不明の魔導書。

彼らにとっては喉から手が出るほどに欲しい物。

 

それを無償で?

 

ざわめかない訳が無い。

 

 

ライザーもこの答えは予想して無かったのか、若干唖然としていた。

 

そんな事はどうでもいい。

とにかく、後は勝って連れ返せばいいだけ。

そのためのジョーカーも、もうすぐ············

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(······来ねぇ············?)

 

 

 

 

 

 

 

そっと、視線を魔王様へと向けてみる。

 

その顔は相変わらずの接待スマイル。

 

 

その下で、あまり不自然にならない程度で、腕を下げたまま両の人差し指を交差させていた。

 

 

(·········詰んだ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーゼクスは焦っていた。

 

切り札が来ない。

不死に打ち勝てるかもしれない要素を持った、妹の眷属が。

彼の傍には妻のグレイフィアが付いているが、彼女からの連絡も来ない。

 

どうしたものかと頭を悩ませている魔王の姿があった。傍から見れば魔王らしい立ち振る舞いをしているが、内心はかなり焦っていた。

 

『聞こえますか?サーゼクス。』

 

どうしようかと焦っていたそんな時、丁度良いタイミングでグレイフィアからの通信が来た。

 

(ああ、聞こえるよグレイフィア。それで、赤龍帝君はどうだい?)

 

そう聞いたところで、サーゼクスは気づく。何故わざわざ連絡してきたのか。

起きたのならばすぐ様コチラに向かうのだろうが···嫌な予感がする。

 

(それが······)

 

嫌な予感フラグ、さらにドン。

正直次の言葉を聞きたくなかった。

 

(一向に起きないので、強制的に起きてもらおうと腹部にズドンしたのですが······

逆に深い眠りに落ちてしまったようで。)

 

 

···············

 

 

 

ちらっと前を見れば、妹の幼馴染が視線を投げかけていた。

取り敢えず、下げた腕でバッテンを作っておいた。

 

僅かに彼の頬が引きつった。

 

 

 

 

(どうしよう。)

 

 

最後の最後で、バトンが繋がらない。

折角作り上げた妹奪還の舞台が、始まらないまま終わるという最悪なシナリオも十分に有り得た。正に絶望的な状況。

 

そんな時だった。

 

「こっちから一つ要求がある。」

 

ライザー側から一つの要求が提示された。

 

それどころじゃないサーゼクスはその要求を聞く前から突っぱねたかったが、魔王という立場もあり、仕方ないのでその要求の先を促した。

 

「グレモリー側の代表は、お前が出ろ。ダンタリオン。」

 

 

 

 

······彼の表情が死んだ。

 

 

 

一瞬の空白、魔王の頭の中の司令官が、私にいい考えがある!と叫びはじめた。

 

「いや、それはおかし――」

 

「それは面白い。魔王権限で承諾しよう。」

 

やや被せ気味に肯定の言葉を紡ぐ。

すぐ近くでファッ!?という短い悲鳴が上がった気がしたがそんな事はどうでもいい。

チャンスがさらに舞い込んだからだ。

それも敵さんの方から歩いてきた。

 

(おい、サーゼクス本気か!?俺にヤレと!?)

 

意識通信が飛んできた。

かなり焦った感じで抗議してくるがそんなものは関係ない。

 

何より、これで元々の第一希望を取らざるを得ない大義名分が出来た。

 

それに――

 

(赤龍帝君には悪いが、不確定要素よりも幾らか希望のある不確定要素を選ぶ方がまだいい。)

 

様々な憶測が飛び交う彼の風評、その中にはあながち間違ってはいないものもある。

 

その僅かな希望に、賭ける。

 

「知識の悪魔と不死の悪魔。不死身が知識を押しつぶすか、知識が不死身を打ち破るのか。面白い対戦カードじゃないか。」

 

魔王様からの直々なオーダーからは逃げられない。

さあ、覚悟しよう。

 

一度やったなら、終いまで。

 

その手で、運命の渦中から一人の少女を引き上げろ。

 

「期待しているよ、ハチマン君。」

 

 

「······わかりました。それじゃあ――」

 

 

 

さあ、戦え。

 

 

 

「ソロモン72柱、序列71位大侯爵。

ダンタリオン家次期当主、

ハチマン・ダンタリオン。

 

 

 

 

卑屈に、卑怯に、真正面からコソコソと、不死の鳥を狩ってみせよう。」

 

 

 

 

Now it is time of war(さあ、戦争の時間だ)()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両者が降り立ったのは、中世に存在したような闘技場(コロッセオ)を再現したような場所。

 

その中心に、お互いの距離が数十メートルほど離れた場所で、両者は睨み合っていた。

 

「指名しておいてなんだが、戦えるのか?ダンタリオンの悪魔。」

 

早速、ライザーが煽ってきた。

お前なんて瞬殺できるとでも言いたげだ。

 

 

(あめ)ぇよ。

 

 

「心配しなくていい。自分がいかに貧弱か理解してるからな。人の心配するより自分の心配すれば?」

 

「ッ·········そっちが素か。

どうでもいいが、大した自信だな。果たしてオレを殺せるか?」

 

「殺せないならそれはそれでやりようはある。死なない=負けないってゆう方程式は間違いだぞ?」

 

「フンッ、減らず口を······」

 

 

売り言葉に買い言葉、一触即発。

 

お互いに怒りが高まったところで、グダグダと戦闘開始。

 

 

「先手は譲ってやるよ。ダンタリオン。」

 

 

先行、ハチマン。

 

 

「それじゃあ、遠慮なく──────」

 

 

ハチマンが右腕を真上へと掲げると、小さな魔法陣が展開される。

 

召喚の際の魔法陣と同じ、黒に近い灰色。

 

その魔法陣の中から一冊の本が顔を出し、掲げた右手へと落ちてくる。

 

ハチマンは難なく本をキャッチすると、それを開き、準備を終わらせ――

 

 

wi#**&@£§º¢(風の鞭よ、蹂躙しろ。)

 

 

意味不明、いや、むしろ発声不可能な謎の音、謎の言語を呟き。

 

 

 

ビュオッッ!

 

 

鋭い(・・)風の吹き荒れる音が耳に届いた。その直後。

 

 

「───────あっ?」

 

 

気付けば、ライザーの左手の肘から先が宙を舞っていた。

 

 

「なっ、なんだ今のは──────」

 

waº¢ªъютmx(水よ、矢となり降り注げ。)

 

 

間髪入れずに、彼の上空に無数の水適が浮かび上がり、それらは無数の鏃と化し、一斉にライザーへと殺到した。

 

「ッ――!」

 

すぐに後方へと下がるが、それでも避けきることは出来ずに、雨の如く降り注ぐ無数の水滴の矢はライザーの体を穿ち、無数の穴を開けていく。

 

すぐさま、体中の穴を炎が覆い尽くし、失った左手の肘から炎が伸び、腕の形をとっていく。

 

次に、ライザーは炎を纏いハチマンへと突撃をかける。

 

猛スピードで突っ込んでくる人間大の砲弾をものともせず、極めて冷静に言葉を紡ぐ。

 

 

aiёДйЖ#\∀md(空よ、我が身を守る盾となれ。)

 

ハチマンの体に炎の砲弾が届く直後、透明な壁のようなにかが二人の間に立ち塞がり、攻撃を失敗させる。

 

 

続いて、彼は本を捲り、唱えた。

 

 

 

「全ての文明の礎、原初なる炎よ燃え盛れ!」

 

ハチマンの両脇に、二つの魔法陣が現れる。

色は赤色、示すのは炎の紋章。

 

「灰燼に帰せ、炎の剣(ブラスト・ファイヤ)!」

 

魔法陣から放たれるは炎の剣、その地面ごと、ライザーの体を抉り斬る。

 

「ハァァァァァァァァ!」

 

 

炎の中から、ハチマンが放った炎を吸収したのか、紅蓮の焔を纏い飛翔するライザーが上空へと舞い上がる。

 

「喰らえェェェェェ!」

 

腕に該当するであろう二本の棒が向けられ、膨大な熱量を伴った炎の柱が迫り来る。

 

「···ッ、絶対不可侵領域(リジェクター・フィールド)────」

 

対するハチマンは、掌から魔法陣を出現させ、地面へと叩きつける!

 

色は白、示すのは空の紋章。

 

結界三重層(トリプルドライブ)!」

 

ハチマンを起点とし、半円球(ドーム)状の魔法陣が三つ重なるように展開され、ぶつかり合う。

 

炎の柱と魔法陣の障壁は数十秒間ぶつかり合い、ドーム状の魔法陣を一つ破壊し、ようやくその威力を収めた。

 

「······訂正する、お前は全力で潰してやる。」

 

「そうか、まあ頑張れよ。こっちは色々仕掛けさせてもらうけどな。」

 

勝負はまだ、始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは苛烈を極めた。

 

不死鳥が放つ炎が空中で不自然にかき消され、腐り目の悪魔がいくつもの魔術を同時に発動させ、徐々にダメージを与える。

 

その様子を彼らは見ていた。

 

その戦いに魅入っていたと言ってもいい。

 

片や炎を纏い突撃し、片や防ぎながら確実に魔術を叩き込んでいく。

 

その光景は、一対一(タイマン)の殴り合いの如く強烈で、目が離せない。

 

だが、そんな二人の戦いも少しづつ変化を見せた。

腐り目の彼が、押され始めた。

 

様々な魔術をふんだんに振るい、一度として同じ物のない攻撃はひたすらにライザーの体を抉り、穿ち、潰し、もはやダメージを受けていない所などなかった。

 

それでも、彼はその勢いに衰えを見せず。

尚も優勢と思えるほどだ。

 

また、攻撃が当たった。

 

不死鳥の彼にではなく、少年に。

 

ボロボロ、とまでは行かないが、ズボンはところどころが焼け、黒のポンチョは少し煤けた程度だが、微かに燃えた後が残っている。

 

首元から除く黒のネクタイは既に無く、若干焼けてしまった襟を見れば、どうなったかは明白だろう。

 

そして、彼が掛けている眼鏡のフレームが熱で歪み、レンズにもヒビが入っている。

 

その顔もところどころが煤だらけになり、汚れている。

 

この勝負、ライザーに軍配が上がるだろう。

 

 

 

だが、そんな中で違和感を持っていた者達がいた。

 

 

彼の幼馴染である三人の少女だ。

 

ボロボロに近い(なり)へと変わっていき、必死に魔術を振るう、そんな姿。

そんな彼の姿を見て抱いた感想は。

 

 

遊んでいる。だった。

 

 

彼は本気だが、若干遊びが混じっている。

いくつもの魔術起動させ、攻撃を加えていくが、それらは有効打となりえなかった。

 

だがそれに戸惑った様子はなく、むしろ当然だと言わんばかりに、冷静に次々と攻撃を加えていく。

詰まるところ、彼は不死身(じっけんだい)に魔術の効果を試しているのだ。

そう理解していた彼女達には、この一方的な展開がある意味可哀想に見えた。

ライザーを嫌っていたリアスでさえ、同情を覚えたほどには。

 

だって、口が三日月状の形に歪んでいるんだもの。

 

そうしてかれこれ三十分近く続いたこの一騎打ちも、終わりが近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初にハチマンが使った特殊言語、『省略言語』による即席魔術、『過程不要(スキップスペル)』について、少しだけ説明しておこう。

 

過程不要(スキップスペル)は、まず普通ではどうやっても発声することが不可能な省略言語を使うことで発動できる魔術だ。

 

この魔術の利点は二つ。

 

使用する魔力が極めて少ない事。

 

発動に至る時間が発声からほぼノータイムである事。

 

この二つだ。

 

この過程不要はそもそも、五大元素に少量の魔力による司令を送ることで一つの魔術として具現化させる現象だ。

 

例えば、先ほど使った水の矢の雨を降らせた魔術。あれなどは空気中の水分に魔力を通じて働きかける事で、人の目で視認出来るほどの水滴になるまで集めることが出来、それを矢として射出させた訳である。

 

ハチマンが実戦で使ったのはこれが初めて。故にこの魔術のメリットとデメリットを使いながら模索していた訳だ。

 

そしてこれのデメリットは。

 

(一回一回の威力が弱い···)

 

予想通りのデメリット。

簡単に、何度も撃てる。

一発の威力はそこまで無い。

対策されれば、かすり傷程度しか与えられなくなる。

まぁそんなことはお構い無しに撃ち続けて、具合を見ているのだが。

 

「どうしたどうしたァッ!!」

 

対して、ライザーのテンションが無駄なまでに上がっていた。

なんだこいつと思ったハチマンは正常、でありたいと思いたい。

なんでこいつこんなにテンション高いんだ?

 

気付けばもう既に三十分近く時間を使っている。

流石にもう終わらせなければ。

 

「そろそろか······」

 

決着の下準備に移ろうか。

 

(さて、と。

 

 

悪いが起きてもらうぞ、『天の鎖(エルキドゥ)』)

 

 

 

 

(ああ、いいとも。君の好きに使ってよ。

宿主君?)

 

 

 

直後、ハチマンの体から、厳密には黒いポンチョの袖の中から、無数の煌めきが飛び出した。

 

 

「っ!?」

 

飛び出した無数のそれらは槍の如く殺到し、ライザーの体を穿った。

 

その正体は、金色の輝きを放つ鎖。

 

「ちまちま戦うのも飽きた。」

 

「とっとと終わらそうぜ。」

 

天の鎖(エルキドゥ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流れが変わった。

 

一方的のように見えた戦いが、遂に変化を見せた。

黒一色の体から放たれる金色の無数の鎖。

それらはライザーを猟犬のように追い立て、時に噛み付くようにその先端の鏃を突き立て、時に絡みつくようにその手足を縛る。

逃げても追いつかれ、容赦なくそれを振るわれる。

 

四方八方から襲い来る金色の流星群。

ポンチョの袖から伸びる鎖は時に複雑に絡み、捩れていき、一本の巨大な柱のようになり、地面を抉る。

これが、腐り目の少年だけから発せられたのならどれだけ良かったろうか。

 

ライザーを囲むように出現した魔法陣から、全く同じ金色の鎖が顔を出し、発射される。

 

色は金、表すのは天。

 

休む暇なく飛んでくる鎖は、容赦なく不死鳥の体を貫いた。

 

しかし、そんな中でも徐々に対策を覚えてきたようだ。

もはや自身の体を穿つ鎖を無視し、再生させながら突っ込んでくる。

 

逆に、ハチマンの逃げ場が狭められた。

 

 

が、それはハチマンの予想通りだった。

 

 

 

一直線コース、お互いを阻む障害は無く、不死鳥は最高速度で迫る。

距離はおよそ三メートルにまで縮まり、一秒も経たずに、その悪魔の中でも貧弱の部類に分けられるだろうその体を引き裂きにかかる。

 

これで、避けられない。

 

「──────?」

 

彼が気づいた時には既に遅く、何もすることは出来ない。

その一瞬。

 

少年の胸元、その中心にあるのは、一つの魔法陣。

 

色は深緑、表すのは――

 

 

蛇の紋章。

 

 

そしてインパクトの直前、その魔法陣から飛び出した一本の鎖。

深緑の瘴気のようなナニカを纏った黒い鎖がライザーへと伸び、喰らいついた。

 

 

「──────ッ!!!???」

 

 

そして、不死鳥が纏っていた炎が突如霧散し、バランスを崩し軌道がズレ、お互い激突した。

 

炎が霧散したとはいえ、それでも相当な速度はそのままでハチマンの左腕にぶち当たった。

もちろんタダでは済まず、左肩が脱臼しただろう。

 

ぶち当たった瞬間、ハチマンは勢いよく右回転しながら地べたを転がり、左腕を抑えながら声にならない悲鳴を漏らす。

 

そして、そのままの勢いで地面へとダイブしたライザーは。

 

 

 

 

「うっ···がァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!????」

 

 

 

凄まじい悲鳴を上げた。

 

観戦に徹していた者達の間で困惑が拡がった。

彼は一度として悲鳴を上げなかった。

呻き声を僅かに漏らしはしていたものの、ここまで明確な悲鳴、それも絶叫に分けられる程の叫び声。

その状況に理解が追いつかない。

 

その絶叫の発声元はというと、

胸の中心を掻き毟り、地べたを転がりながらも、正体不明の激痛に意識を失いそうになりながらも、考える。

 

何が、起こった?

 

その原因を探す余裕はなく、ひたすらに声を上げて精神を守ろうとする。

 

その視界の端に、左肩を押さえながらもこちらを見る腐り目の悪魔。

それと、その足に絡みつく黒い鎖。

 

「···なん、だ······そ、れはっ···!」

 

それは、深緑の瘴気のようなもやを纏った黒い鎖。

その先端には、蛇の頭を象ったアンカーらしきものがあり、自らの主の足に絡みつくようによじ登り、胴体、そして肩から頭に当たるだろうアンカーを出してこちらを見つめる様、それらはまるで生きた蛇のような、生物的な動きをする不思議な鎖。

 

この世を覆う毒蛇(ヨルムンガンド)

 

ハチマンは、その黒い鎖をそう呼んだ。

 

 

「ヨルムン···ガン··ド、だと···?」

 

ヨルムンガンド。

 

またの名をミドガルズオルム。

北欧神話に登場する怪物の一体。

その巨大な体躯と、神をも殺す毒の息を持ち、軍神トールと何度も引き分けた筋金入りの怪物だ。

 

それが、黒い鎖に与えられた名前。

 

「だからといって、これがヨルムンガンド、もといミドガルズオルムそのものな訳じゃないがな。暫定的にそう呼んでるだけだ。今は数十メートル程の長さしかないが、実質こいつの長さは無限大だ。最近の最長記録はリリスからシャイターンの距離まで難なく届いたからな。」

 

一拍おいて、語る。

 

「恐らくは、ミドガルズオルムの力の片鱗だったものだと、俺はそう思っている。」

 

力の片鱗だったもの。

それが神話に名を残したものの力ならば納得できる。

 

「そしてコイツの権能は、精神に対して直接的な攻撃をする事ができる。生きとし生ける者の精神を蝕み破壊する、毒を持った蛇。」

 

「どうだ?自分の精神にガツンとこられた感想は。」

 

 

その力は、不死であるライザーに対して有効打になりうる切り札(ジョーカー)

 

決着は目前だ。

 

「そ、そんな物をなんでオマエが持っている!?」

 

一気に劣勢に立たされたライザーはそう疑問を口にした。

 

確かに、貴族ではあるが一介の悪魔である彼がどうやってそれを手にしたのかは気になるところである。

 

ハチマンは、当たり前のように答える。

 

「そんなモン、産まれたときから持って(・・・・・・・・・・・)るから(・・・)に決まってるだろ。」

 

生まれ持った力。

 

それはライザーのもつ不死と似ているようで、違う。

 

ライザーの持つ不死は、フェニックスとして生まれたからこその能力。

 

対して、ハチマンが持つ力はその血から受け継いだものでは無い。別の力。

 

ライザーはそれに唖然とし、途端に目の前の腐り目の悪魔に対して恐れを抱き始めた。

 

圧倒的な力、その差を埋められる要素を、彼は持っていなかった。

 

ハチマンは歩を進める。決着を付けるために。

 

「 ま、待て! お前、この婚約が冥界でどういう意味を持つかわかっているのか!? 悪魔の将来のために必要なことなんだぞ!?」

 

ライザーに残されたのは、言葉を投げかける事。

 

不死というアドバンテージが意味をなさない今、逆転の手段は一つも無く。

反撃も無意味。

 

「お前は、冥界の未来を一時の感情で潰そうとしてるんだぞ!?純血同士の結婚がどれだけの意味を持つのか、理解しているのか!?」

 

「·········」

 

少年は答えない。

 

少しづつ歩を進め、距離を詰めるだけだ。

 

だが、口を開く。

 

「それは別にお前じゃなくてもいい話だ。」

 

少年は言う。

 

「純血同士が前提なら、他の所の奴でも問題は無いわけだ。少なくとも、アイツはお前を拒絶している。」

 

「なら、別に結論を急がずともいいんじゃねえの?まぁ、早いことに越したことは無いけどな。」

 

「だが――」

 

 

 

「結局は純血同士の結婚っていう条件前提で、アイツの未来を無理矢理にでも決めようってんなら、

 

 

取り敢えず俺はコイツ(この話)を潰すぞ。」

 

蛇のように動く黒い鎖がしなり、ライザーの右足を絡めとると、ハチマンは悪魔の翼を背から出し、急上昇を始める。

気分は後ろ向きのジェットコースター。登り始めから猛スピードで上昇していくという鬼畜仕様。

 

······やっぱどちらかと言ったらタワーオブテラーでロープで足を繋がれて急上昇させられる逆さ吊り(ハングドマン)擬きの拷問が近い気がする。

 

 

ハチマンはコロッセオの外壁の高さにまで到達すると、その場で急制動をかける。

 

引っ張られていたライザーは上へと上がっていく慣性に引き摺られ、急制動したハチマンに近付いていく。

 

 

砲弾加速(バースト)拳打鉄槌(ストライク)――」

 

腕を空へと掲げ、拳を握り、引き絞る。

 

狙うは一点、ど真ん中。

 

間に見えるのは、四重に重なった術式。

 

これまでのとは違い、円形の魔法陣ではなく六角形のもの。

 

色は白、表すは空の紋章。

 

引き絞った腕は、最高速で術式へと放たれ、通過した術式を割りながらライザーへと迫る。

 

当たるは鳩尾。

 

必殺の一撃。

 

「――四連層(クアッドアクセル)!!」

 

直後、地面へと有り得ない速度で墜落する不死鳥が一羽。

 

その様は一筋の流星のようだった。

 

ドゴォン!!

 

映像作品なんかでありそうな破壊音を響かせて、仮りそめの闘技場のど真ん中に巨大なクレーターが完成した。

 

「さて、と。」

 

左肩をゴキゴキと鳴らし、ガチッと関節がハマった感覚を認識すると、左腕を軽く振るって動きを確かめる。

問題は無いようだった。

 

 

そして、彼は宣言する。

 

「終わりだ、不死鳥。」

 

右手を水平に、真横へと掲げる。

その掌の先に深緑の魔法陣が出現し、黒い鎖はその魔法陣の中へと帰って行く。

 

告げる。

 

 

「この世覆う世界蛇よ、神をも殺す毒蛇よ。深き眠りより目覚め、終焉の鐘を鳴らすがいい。」

 

深緑の魔法陣が巨大化し始めた。

大きさはざっと見て、直径二十メートル近くの大きさにまで広がり。

 

深緑の、この世界すら覆い尽くせる蛇が、向こう側からこちらを覗き見ていた。

 

「我が眼前には打ち倒すべき者有り、その力、厄災を引き起こす体躯を以て、

蹴散らし、貪り、蹂躙しろ。」

 

「次元連結、召喚――」

 

 

「世界蛇=ヨルムンガンド」

 

 

現れた。

 

世界を覆える毒蛇が。

 

終わりを告げる巨大蛇が。

 

死神なんて生温い、本当の死の恐怖が、そこに居た。

 

「──────。」

 

何も、言えない。

その光景に、何かを悟った。

 

「──ふざけるな······」

 

だが、まだ終わってはいない。

 

「ふざけるなァァァ!!!」

 

意気消沈しそうになる己の心を、必死に奮い立たせる。

炎を再度纏い、天に吠える。

 

「まだ、終わってなんかいないぞ!」

 

不死鳥の炎は、未だ燻らす。

天に向けて、燃え上がる。

己を見下ろす蛇を、焼き尽くさんとたちあがる。

 

「···一つ聞いてもいいか?」

 

「結局な所、お前はアイツのどこに惚れた?」

 

後は鉄槌振り下ろすだけ。

その直前に、幼馴染の少年は聞いてみた。

単にあの容姿にやられたのか、それとも内面に惹かれたのか。

 

「何でそこまでアイツとの婚姻にこだわる?」

 

それに対し、ライザーは笑みを浮かべて宣言するように、口を開く。

 

 

この場で言うべき言葉など、決まっている。

 

 

俺がリアスを愛しているからだ!

 

 

完璧な問答、一途に女を追いかける愚直な男。

誰もがそう思うだろう。

 

誰しもが彼のことを女好きと認識してはいるが、その言葉は場を沸かせるには充分な引火剤だ。

 

例えこの戦いに敗れても、彼の印象はそう悪くならないはず─────

 

 

「あの瑞々しいほどの、美しい肢体を嬲るように味わい尽くしたいに決まってる!」

 

 

 

 

凍った。

空気が凍った。

 

容姿に惚れた、それから始まった恋だ。

とも言わず。

彼女自身の内面に惹かれた。

でも無く。

欲望を満たすために、手に入れる。

言外にそう言ったようなものだった。

 

来客一同、ライザーの女好きは周知の事実で、分かりきっていた事だった。

容姿に惚れたとかならまだいい。

さっきの言葉も、ある意味受け止めきれた。

 

だが、一つ見逃せない言葉があった。

 

嬲るように?

 

その時点で彼女も、彼女の眷属達も、そして幼馴染も、怒りが頂点すら突破しそうだった。

 

そして決して表情には出していなかったが、超絶シスコン魔王ことサーゼクスがコレをスルーするわけがあるだろうか?

 

いや無い。

 

現に、その内心では最早真っ黒どころか色んなものが混ざりに混ざっていき、ドス黒い通り越してグロテスクな位にヤバイモノへと化していた。

 

簡単に言えば、かなりの純度にまで押し固められた濃厚な殺意。

 

そして、もう一人の幼馴染は、

 

 

「·········そうか。」

 

 

これまた無表情。

それでいて怒りは隠さず。

滲み出る静かな怒り。

 

「自分の欲に素直で大変よろしい。」

 

無慈悲に、鉄槌を振り上げる。

 

「い、いや違う!今のは俺の本心じゃない!オレはリアスを愛して、あの極上な身体を組み伏せてオレだけの······違う!」

 

「何でだ、何で違う言葉しか出てこないんだ!?」

 

ライザーは、混乱した。

 

言おうとした建前が言えず、奥深くに閉まっているだろう本音の言葉が漏れ出すように出てくる。

 

本当の心情を木箱に詰めて接着剤で蓋をして、二つの南京錠のついた箱に放り込み別々に鍵をかけ、さらにその箱を金庫の奥へとやり、元より覚えるつもりの無い暗証番号をデタラメに設定して、同じ物をいくつか用意して見分けがつかない様にするくらいに厳重にしまわれていた心情。

 

それが、自ら飛び出してきたかのように。

 

 

所で皆様は、ダンタリオンという悪魔の権能について知っているだろうか。

 

ダンタリオンという悪魔は、右手に本を持ち、おおよそ人間が浮かべる全ての表情を携えた人間に近い悪魔。

 

そして、ダンタリオンが持つ権能は三つ。

 

一つは、知識や芸術を他者に教え、授けることが出来る。

教鞭に豊んだ権能。

 

一つはこの世のどこにでも、いくらでも幻像を映し出せることが出来る。

最高峰の幻術を行使できる権能。

 

そして、相手の思考を操作することが出来る権能。他者の記憶、感情を捏造し植え付けることすら可能な、催眠術なんか生温い思考操作。

 

ハチマンは、それを限定的に使用した。

 

このダンタリオンの能力、思考操作は実をいうとそこまで便利ではない。

 

行使する際にはいくつかの条件があり、その一つは、対象の心情を不安定にさせること。

 

今回で言えば、ライザーは謎の黒い鎖によって精神を直接攻撃され、その心情は乱れに乱れていた。

 

だからこそ、この権能を発動させられた。

 

仕上げに、ハチマンはライザーの思考を少しばかりいじった。

さっきの言葉を言うように仕向けたのではなく。

ライザーの無意識下で、考えた建前と本音を逆転させ、口にする言葉が隠された本音

という、どれだけの詐欺師でも対抗することが出来ない状況を、作り出された。

 

そして、飛び出した本音を聞いて、怒りを覚えた。

 

 

最早、容赦はなく。

 

鉄槌は天高く掲げられ、見下ろす蛇はその鎌首をもたげて、その巨大な口を開く。

 

「喰らい潰せ。」

 

遂に、判決は下った。

 

深緑の世界蛇は一直線に、地に落ちた炎の鳥へとその大口を開けて飛びかかる。

 

「···あ、ああ。」

 

地に落ちた鳥に、逃げ場は無かった。

 

ズバムッ!

 

ライザーの下まで到達した世界蛇は、その地面ごとライザーを丸呑みにすると、再び空へと飛び上がり、その巨大な体躯を丸めていく。

 

終幕を告げる。

 

「オペレーション、D(ディプライブ)D(・ディナイ・) D(デストロイ)

 

一つの球体の如く身を丸めたその体が、一際大きく緑の光を発し始める。

その光が極限まで高まると、

 

爆発した。

 

凄まじい衝撃と音を伴い、闘技場の外壁が吹き飛ばされる。

 

決着は、着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇が爆ぜ、闘技場は崩れ、その空間が消えて行く。

 

ガラスが割るような音を発し、空間と空間の境目がひび割れる。

数十分前までいた会場に、静かに降り立った。

 

途中で、何も無い虚空から炎が噴き出し、人の形を型どり始めたそれを、すっかり煤だらけに汚れたポンチョの袖から金色の鎖を数本だし、落ちてくる炎の人を受け止めて、地面へと置いた。

 

 

「───っ、勝者、ハチマン・ダンタリオン!」

 

我に返ったサーゼクスが勝者を告げ、静寂が支配していた場にぽつぽつと、小さな拍手がなり始める。

 

「·········はぁぁぁぁぁ······。」

 

安堵からか、盛大に息を吐き、すっかり歪んでしまった眼鏡を顔から取っ払い、煤だらけの顔を拭う。

 

そして、意識を手放したライザーへと近付き、肩を貸すように地べたから起こした。

 

「うわっ、結構重。」

 

まあしかし、悪魔の中では貧弱な筋肉。

尚且つ戦闘明けの体では無理があったようだ。

その自分よりも大きい体を引き上げるだけで精一杯だった。

 

足がフラフラなので何度もバランスを崩していた。

さっきまで絶戦を繰り広げ、勝利を収めた少年とは同一人物とは思えなかったことだろう。

 

「ライザー様!」

 

一人の女性が駆け寄ってきた。

映像にも映っていた、ライザーの女王。

 

自らの主を心から心配していた。

 

よく出来た眷属だな、とハチマンは思う。

これだけ想われて、身を案じている彼女、いや、彼女達には敬意を払うべきだろう。

 

「後は頼んだ。アンタらの主なんだろ。」

 

ライザーの女王、ユーベルーナは支えを失い倒れそうになる自らの主を抱きとめた。

 

心から、主の身を案じていなければ、これ程までに深い抱擁をしないだろう。

 

「······いずれ、レーティングゲームで再び(まみ)える時は、此度の屈辱を晴らさせてもらいます。」

 

尚且つリベンジ宣言ときた。

本当に、いい眷属だことで。

 

「勘弁してくれ。こっちは出来れば、もう試合たくねぇよ。」

 

面倒くさそうに、それでいてもうコリゴリだと言いたげに、その場を去る。

 

向かうのは、壇上にいる幼馴染の下。

 

「よぉ。」

 

取り敢えず、話しかけてみた。

しかし、返事は無い。

ただのしかばね――ではないが。

 

その目には信じられないという感情が浮き彫りになるかのように、目を見開いてこちらを見ている。

 

「······どうして?」

 

帰ってきた言葉は、疑問の問いかけ。

それにまた返す言葉は、

 

「·····仕事だよ。」

 

仕事だよ発言。

その冷たい返答に、リアスは心が温かくなるのを感じた。

なにせ、あからさまに目を逸らし、若干返答に間があった。

その頬も煤で汚れているが、僅かに赤みを帯びている。

 

要するに照れ隠しだ。

 

それも極めて分かりずらい、彼の妹命名の捻デレという謎ジャンル。

 

幼馴染だからこそ、分かるものなのだ。

 

「さて、と。フェニックス卿。

此度の、貴方のご子息の結婚式を結果的に潰してしまい、申し訳ありません。」

 

佇まいを直して、ハチマンはフェニックス卿へと向き直り、頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

 

「構わんよ、寧ろ今回の事でライザーも分かっただろう。フェニックスの不死も絶対では無いと。」

 

対してのフェニックス卿の表情は柔らかく。特に気にした様子はなかった。

しかし、それはそれで貴族間の繋がりとして禍根が残る。

だからこそ、ハチマンは一つの案を提示した。

 

「そういう訳にもいきません。ですので、グリモワール大魔導図書館より原書領域(オリジンクラス)迄の魔導書を数冊無償でお貸しします。」

 

ライザーが勝利した場合よりは少しレベルが下がるが、原書領域迄の魔導書の貸出を許可する。これだけでも充分に凄い事だ。

 

「君はいいのか?初めの辺りでも言っていたが、君の一存で決めてしまって。」

 

「親父···父から許可はとっています。寧ろフェニックス家と繋がりを築いてこいと。」

 

一瞬フェニックス卿は呆気にとられたが、厳格な堅い表情は破顔し、貴族らしく、それでいて豪快な笑い声をあげた。

 

「そうか、いかにもダンタリオン卿が言いそうな事だ。

よし分かった。ならば有難く利用させて貰うとしよう。」

 

「それでは後日、詳しい話を。」

 

話は終わり、ハチマンはもう一度、自分の幼馴染を見やる。

未だにどうしていいか分からないといった表情をしている。

 

「·········」

 

頭を掻いて、嘆息しつつも、右手を差し出して取り敢えず言った。

 

「······ほら、帰るぞ。」

 

後は、もう戸惑う必要は無かった。

 

周囲の目も構わずに、飛びかかって抱き着いた。

腐り目の幼馴染がカエルが潰れたような呻き声をあげた気がするが、関係なしに抱きしめる。

 

「さぁ、お姫様を取り返したら、後は分かるね?」

 

「······うっす、はぁ···」

 

魔王様からの命令(オーダー)に応えるとしよう。

ハチマンは右手に一冊の本を喚び出す。

戦いの際に用いていたものとはまた違う物の様だ。

 

本を開くと、紫の魔法陣が展開される。

 

「我、汝を呼び覚まし、使役するもの。

汝、我が呼びかけに応え、力を振るうもの。

大空を裂く大翼の主よ、吹き荒れる風を打ち消し、その威を知らしめよ。」

 

魔法陣は巨大になっていく。

魔力が集まり、何かが降誕せんとする。

 

「仮契約執行!ヴェズルフェルニル!」

 

その名を喚ぶ。空を駆ける者の名を。

 

喚びかけに応じて魔法陣から出現したのは、巨大な鷹だった。

紫の羽毛に覆われた巨大な体。

翼を広げればその大きさは会場の横幅までの長さにすら余裕で届くだろう。

 

その光景に呆然とする貴族達。

流石の魔王様もこれは予想しておらず、ただ笑うばかりだった。

 

「ほら、掴まれ。」

 

なれた様子で巨大な鷹の背に乗り込み、手を差し出してくる幼馴染。

リアスは支えきれるのだろうかと少しばかり不安になったが、その手を掴むと普通に引っ張り上げられる。

 

「だ、大丈夫よね?」

 

「心配すんな、もう何度も乗ってる。」

 

「大丈夫よね?本当に大丈夫なのよね?」

 

「そんなに心配かよ·····」

 

見下ろすと結構な高さになっているようで、自然とその背中にくっつく力を強めてしまう。

 

自分の眷属達を見つけた。

眷属になったばかりの後輩は眩しいほどの笑顔をしていた。

神器持ちの騎士も笑みを浮かべていた。

幼馴染の彼女も、笑っていた。

一際小柄な後輩も明確に笑ってはいなかったが、安堵の息を吐いていた。

 

諦めていた未来が、今訪れた。

 

「さて、出るから掴まってろ。」

 

体が揺れる。自分たちが乗り込んだ巨大な鷹が、動き出す。

 

向かうのはかなりの大きさの窓。

ヴェズルフェルニルがギリギリ通れる位はある大窓に、歩き出す。

 

大窓をくぐり抜ける直前に、もう一人の幼馴染の姿が見えた。

ヴェズルフェルニルの頭が窓から出る直前に

 

 

今だけは、リアスに貸してあげます。

 

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

リアスは苦笑した、普段はしっかりとした真面目な優等生であるが、その実独占欲というかなんというか、その辺りの欲が結構強い彼女から、そう言われてしまった。

後で何を言われるか分かったものじゃない。

 

そんなことを考えていると不意に、前方から強烈な風が押し寄せてくる。

 

思わず目を瞑り、しばらくするとその風も緩やかなものへと変わっていった。

 

「───」

 

瞑っていた目を開ける。

 

視界に広がったのは懐かしい背中。

その端に見える冥界の夜景。

見慣れた筈の冥界の空、だがそれでも、こうも違って見えるものだろうか。

 

「·········」

 

耳に届くのは風を切る音だけ。

たったそれだけなのに、喧騒に包まれるパーティ会場よりも居心地がいい。

 

「···ありがとう。」

 

「何がだよ······」

 

「こうして助けてくれた事。」

 

「だから····仕事だって言ってんだろ······」

 

「ハイハイ、ちゃんとわかってるわよ。」

 

「何がっ、ちょっ待て!バランス崩れる!」

 

ああ、懐かしい。

そう率直に思う。

 

こんな感じで、彼の捻くれた言動を聞きつつも、三人で笑いながらからかっていた。

そんな昔の、懐かしい記憶を思い出して、

 

ふと、思い出す。

 

「ねぇ、子供の頃にした約束って、覚えてる?」

 

子供の頃に交わした、微笑ましい約束。

成長した暁には見事な黒歴史に昇華されることだろうそれを、目の前の彼は覚えているだろうか。

 

「·········」

 

返事は返ってこずに、数十秒たっぷりと間が開く。

 

(······覚えてるわけない、わよね。)

 

覚えていない、若しくは本気にしていないのか。

彼がこうして助けてくれた事は素直に嬉しかった。

それでも、どこか寂しさを覚えた。

 

自分から避けていた癖に、なんと身勝手で愚かしい女だろうか。

そう自分で自分を結論づけた。

 

(·········待って、そもそも私は、

 

 

何でハチマンを避け始めたの?)

 

途端に、自分が分からなくなった。

理由はある。

あったはず。

そうでなければ、そもそも彼を避けたりしない。

なら何故?

リアスはその理由が思い出せなかった。

 

もし、何の理由も無く彼を避けていたのなら――

 

「覚えてるに決まってんだろ。」

 

「······え?」

 

答えが返ってきた。

覚えている、と。

 

冷静になって考えてみる。

こうしてたっぷり間を開けて返した時は、大抵悩みに悩んで返した本心だ。

その証拠に、少しばかり声が小さくなっていた。

それはつまり

 

「何で聞いたお前が疑問符浮かべてんだ···」

 

「えっと、それは······」

 

「·········忘れられるわけがねぇよ。」

 

 

 

「だからこそ――」

 

 

 

 

 

『だから――』

 

 

 

 

 

 

「こうして迎えに来てやったんだろうが。」

 

 

 

 

 

『大きくなったら、はちまんがわたしをむかえにきて!』

 

 

 

 

 

「────」

 

 

思い出した。

 

彼を避け始めた、その理由を。

 

 

彼に頼りきりになりたく無かったのだ。

 

彼が頼ってくるような、そんな大人になりたかったのだ。

 

彼の隣を、胸を張って歩けるように。

 

だからこそ、その不器用な優しさに身を委ねないで、自立したかった。

 

「─────」

 

なんとも馬鹿げている。

呆れたくなった。

その理由を今の今まで忘れていた自分に。

彼に認められる位、立派になろうとして、本来の目的を、理由を忘れていた。

 

抱きしめる腕の力を、ゆっくりと強める。

 

そして、改めて思った。

 

彼を好きになって良かった。と。

 

 

歓喜に震える心を、力一杯抱きしめる事で表した。

今すぐにでも、もっと違う形でこの歓びを表したい。

だがそれを、彼は望まないだろう。

 

まるでその空気に唆されたような事を、彼は望まない。

 

だから、今はこれで十分だ。

悪魔としての生、その時間はたっぷりとある。

ならば時間いっぱい、それを少しづつ築き上げよう。

 

最早、間を持たせる為の言葉など必要ない。

ただこれだけで、満たされるのだから。

 

「───きゃあ!?」

 

急に、風の勢いが変わり始め、さっきまでの進路とは違う方角へと飛び始める。

 

「な、何?一体どうしたの?」

 

「あーいや、ヴェズルフェルニルを喚んだはいいんだがな?このまま移動手段にだけ使って帰すってのはちょっとアレな訳で······まぁその――」

 

彼は言葉を濁して、小さな声で言った。

 

「コイツの気が済むまで飛ばすから、その······まぁアレだ、深夜の空中散歩、みたいな。」

 

 

············翻訳開始。

 

コイツの気が済むまで=建前

 

空中散歩=ヴェズルフェルニルでドライブ

 

 

A/夜のドライブのお誘い。

 

 

「······それじゃあ、シャイターンまで飛ばしなさい。」

 

「ハイハイ、ようそろようそろ。」

 

気分は深夜のハイテンション。

プラスの想い人との空中散歩。

 

心が踊らないわけが無い。

 

後は、心ゆくまで楽しもう。

 

 

「ハチマンは最近何かあったの?」

 

「特にねぇ。本読んで実験して本読んで魔道具作って本読んで寝て······本ばっかり読んでるな。」

 

「それ以外では?」

 

「だから無ぇよ。お前が期待してるようなものは·········あっ、そうだ。人間界の学校とかってどんな風だ?つーかお前上手くやれてんの?」

 

「どういう意味よそれは。」

 

「お前タダでさえ目を惹く外見してんだから、人間の普通の友人が居なさそうだなと。」

 

「······そんな事ないわよ。」

 

「オイ、こっち向けよ。」

 

「というか、コミュ力ゼロに言われたくないわよ。

正直、最初ハチマンが来た時思わず別人?って思ったんだから。」

 

「あーあれか、自分の思考を操作して無理矢理冷静に振舞ってた。あれ結構キッついわ。不死鳥と戦うよりもそっちの方が辛かった。」

 

「全く······まぁいいわ、教えて上げる。

向こうの事とか色々。」

 

夜はまだ、始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部長!大丈夫だったんすか!?」

 

翌日の放課後、少しばかりの間空けていただけなのに妙な懐かしさを感じさせるオカルト研究部の部室。

 

開幕そう尋ねてきたのは、八つのポーンを消費して転生した神滅具持ちの眷属。

変態として知れ渡る後輩の兵藤一誠。

先日のレーティングゲームの負傷で起きられなかった(最終的にトドメ刺したのは義姉のメイド長)彼は、結婚が破談になったと同居者のアーシアから話を聞き、その確認に参った次第だ。

 

「ええ、綺麗さっぱり白紙に戻ったわ。」

 

「それじゃあ、これからも?」

 

「大丈夫よ。しばらくはこんな話来ないでしょうし。」

 

本人から話を聞くやいなや、イヤッフー!と何処ぞの配管工のような歓声を上げ喜んだ。うるさいです。と小柄な後輩によりドデカイのを一発貰って沈黙したが些細な事だ。

 

「そういえば、あれからライザーはどうなったんですか?」

 

騎士の木場が主に聞いた。

強烈な負け方をしたライザーはどうなったのか、と。

リアスは特に気にした様子はなく、ああ、あれなら、と前置いて、言う。

 

「何だかあれから『蛇が蛇が蛇が蛇が蛇が蛇が蛇が···』って呪詛のように呟いてて、長い物とか緑色の物とかを極端に怖がっているらしいみたい。

かなりトラウマになってるみたいで、蛇って単語を聴いただけで身構えたり、トイレに入る度に『トイレットペーパーってなんで長いんだろうな······』って言うようになってて。」

 

······想像以上に酷かった。

あれだけの事をされれば誰でもそう思う。

自業自得なのだが、これには流石に同情を覚えたグレモリー眷属一同であった。

 

いつの間にか復活した兵藤が、そういえばとリアスに聞く。

 

「結局なんで婚約が無くなったんすか?」

 

何も知らない兵藤にして見れば完全にヤム○ャ視点だ。

 

リアスはそんな兵藤に、それはね、と笑顔でこう言った。

 

 

「頼れる幼馴染が、助けてくれたのよ。

 

私の、大切な幼馴染が。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へくしゅっ!!」

 

 

くしゃみが響くダンタリオン邸の自室。

ハチマンは相も変わらず読書に熱中していた。

埃っぽいのか······?と思い、今度また掃除をしておこうと脳内決定を下し、また読書へと戻る。

 

「全く、昔から変わらねぇな。アイツのお転婆具合はよ。」

 

昨日の大立ち回りを思い出して、余りにも自分らしくのない自分を黒歴史認定初段にしておいた。

 

他のものは·········今はまだ、語られない方が良いだろう。

 

「まぁ、いいか。」

 

 

ともかく、いつも通りの日常が、戻ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、ホントに素直じゃないなぁ、お兄ちゃんは。」

 

「それでこそ先輩じゃないでしょうか?」

 

「······それもそうだね。素直なお兄ちゃんはそれはそれで良いけど、お兄ちゃんらしくないか。」

 

「えっと、それでコマチさん?その紙は一体······?」

 

「ふっふっふ·····マシュさん、コマチは考えました。リアスさんが婚約してたんだから、お兄ちゃんにも婚約の話が来てもいいのではと。」

 

「······コマチさん?この流れからしてそれはまさか···」

 

Exactly(その通り)!!故に、お兄ちゃんにも春を、そしてコマチのお義姉ちゃん候補をゲットするため······」

 

「コマチさん、一回落ち着きましょう?それだと先輩が――」

 

「さぁ善は急げ!早速お父さんやお母さんに伝えないと!!」

 

「ちょ、待ってくださいコマチさん!!それってつまり先輩とリアスさんが――」

 

 

 

 

 

平和とは、長続きしないものである···

 




本編でフェニックス編まで終わってないくせに何書いてんだオルァ!?
と言いたげのあなた。

言わないでください、死んでしまいます。

取り敢えず単発で作りましたが·····もし評価がよろしければ連載化も視野に···あっすいません黙りますハイ。

ハチマンの眷属、一体誰なんでしょうか?

裏設定として、ハチマンの残りの眷属はこちらの方達です。

フクロウスナイパー
まんてぃす ざ りっぱー
銀狼従士
平眼球共 俺に従え

以上になります。

これも含め、ハチマンが使った緑の鎖、元ネタは何でしょうか!

まぁとにかく、本編の次回もお楽しみに!




裏話(まただよ)



silver「ふぃー···書ききった。」

友人A「さ···三万文字···?」

友人B「たった2日足らずで三万文字書き上げたぞこのバカ···」

友人C「なんという······」

silver「どったの?」

A「お前、気が乗った時は驚く程に書き進めるのな。」

silver「調子がいい時はな。あぁ、本編のアイデア降ってこーい。」

A「コイツはあれだな、今度から小説バカとでも呼ぼうか。どうだ?」

All「「「「「「異議なし。」」」」」」

silver「何故に······?」


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