第二の嵐となりて   作:星月

6 / 26
村上鋼①

「お、おおーっ!」

 

 A級、二宮隊狙撃手(スナイパー)用トレーニングルーム。

 五百メートル程先に設置された的。

 その的に大きな三角形を描くような射撃がなされ、副はその正確性に驚きの声を上げた。

 

「凄い。本当にこんなこと出来るんだ」

「これくらいの距離なら、ね。動く的となれば少し話も変わってくるだろうけど」

「え? ひょっとして動く的でも集中して狙えばこんな芸当が出来るの?」

 

 まさかね、と首を傾げると絵馬は「どうだろう」と曖昧に返すに留まる。

 やってみなければわからないことだろうが、一発で見事に決めてしまうような気もする。

 自分ではやろうともしない事を簡単に成し遂げてしまう。同い年の狙撃手に尊敬の眼差しを向けるのは必然のことだった。

 

「狙撃手だけは向いていないか、と自分で思っていたからあまりスナイパーのことは知らなかった。佐鳥さんも変態的な技術を持っていると思ったけど、ユズルも新人だというのに並外れているな」

「……そんなことないよ」

 

 佐鳥がこの場にいたら涙を浮べていたことだろう。

 絵馬はイーグレットをしまい、スッと立ち上がり興味がなさそうに淡々と語り始める。

 

「ボーダーの狙撃手(スナイパー)用トリガーは良くできていて、慣れさえすればちゃんと弾が当たるようになっていく。それに俺の場合、師匠がよかったからね」

 

 そう言って視線をある女性へと向けた。

 二人の会話に口を挟まずに眺めていた絵馬の師匠、鳩原は笑みを作って近くへ歩み寄っていく。

 

「ありがとう。ユズルくらいだよ、そう言ってくれるのは」

 

 A級二宮隊狙撃手(スナイパー) 鳩原未来。

 絵馬の師匠という彼女の笑みは、どこか自嘲的なもののようにも感じられる。

 

「といってもあたしは狙撃手(スナイパー)の基本的な知識を教えただけだけどね。ここまでユズルが狙撃の技術を発揮するのは間違いなくユズルの実力だよ」

「そんな謙遜なさらずとも。A級部隊で狙撃手(スナイパー)として立ち振る舞うのはそう簡単のものではないのでしょう?」

「ううん。私はチームのアシストをするので精一杯。だから、こんなダメなあたしの弟子だって言ってくれるユズルが活躍してくれれば良いと思っているんだ」

 

 うっすらと鳩原の表情に影がささる。

 自嘲的という表現は間違いなかった。自信がないどころの話ではない。

 副は事情をよく知らないとはいえ、彼女が何か悩みを持っていてそれに常に振り回されているだろうと理解した。

 

「……俺の師匠は鳩原先輩だ。だから、鳩原先輩を馬鹿にするようなやつらを見返してやる」

「馬鹿に? それって鳩原先輩を?」

「うん。いるんだよ、ボーダーの中にもそういうやつらが」

 

 詳しく問うと、鳩原は人を撃つ事が苦手――否、そもそも撃てないのだという。

 トリオン体であるとはいえ『もしも相手が生身の人間だったら』という不安が先走ってしまうのだろう。

 優しさが強すぎて引き金を引くのを戸惑ってしまう。気持ちと肉体がつりあわないという非情な現実だった。

 

「だから俺は訓練ではB級に上がれる程度には挑んでいるよ。――少しでも、俺が鳩原先輩のイメージを払拭できるように」

 

 弟子の宣言を聞き、鳩原はつきものが落ちたような穏やかな顔つきになった。

 絵馬の決意は固い。育ててくれた師匠への恩返し、といったようなところだろう。

 並外れた技術にこれだけの覚悟があるならば、彼が晴れて正隊員となるのは時間の問題だ。

 

「……なあユズル、少し話があるんだけど」

 

 絵馬の思いを知り、副は胸中に秘めていた考えを絵馬に打ち明ける。

 

 

――――

 

 

 その後、二宮隊の作戦室を後にした副は絵馬と別れ、再びC級ランク戦ロビーへと向かった。

 たどり着くと村上や木虎達の姿が目に入る。

 駆け足で近づいていくと、太一の姿がなく代わりに先ほどはいなかったはずの人物が一人加わっていることに気づいた。

 

「お、副君。絵馬君との話は終わったのかい?」

「はい。……こちらの方は?」

「このもさもさしたイケメンは烏丸京介。俺とタメで同じ学校に通っているんだ。高校も同じところに進学する予定」

「もさもさしたイケメンです。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 佐鳥の紹介を受けた黒髪の色男、万能手(オールラウンダー)の烏丸京介が気さくに手を振る。

 たしかに佐鳥と違って女性に人気がありそうだ。

 チラッと視線を映すと木虎が佐鳥に視線を送っている様子が窺えた。佐鳥には一ミリも反応していなかった彼女の反応。この意味は語るまでもない。

 

「今日はバイト帰りでついでに寄ってみたら佐鳥に呼び止められてな。全然知らなかったが、今年は有望な新人が多く入ったようで驚いた」

「いえ、そんな! まだまだです!」

 

 嬉しさにより木虎の声が上擦る。その変化に気づいていないのだろうか、烏丸は淡々と話を続けた。

 

「俺は普段からバイトを入れているからあまり本部に顔を出せないが、時間がある時は訓練をつけてやってもいい。頑張れよ」

「はい! ありがとうございます!」

「その時は、是非とも」

「よろしくお願いします!」

「あれ、もう行くのか?」

「ああ。嵐山さんにも挨拶していくつもりだ。じゃあな」

「あ、それなら俺もいくよ! じゃ、皆頑張って!」

 

 烏丸、彼に続いて佐鳥も三人に手を振ってC級ランク戦ロビーを去っていった。

 

「さて。この後はどうするかな。太一も支部に戻ったから、特に気にすることはないが」

「そういえば太一先輩の姿が見えないようですけど、一緒でなくてよかったんですか?」

「被害が出る前に返した方が良いと思ったからな」

「……被害?」

「そのうちわかる」

 

 村上は明確に答える代わりに苦笑を浮べる。

 何と反応すればよいかわからず、木虎達はそれ以上は聞かずに頷いておくことにした。

 

「この後、俺はランク戦をやってみようと思いますがお二人はどうします?」

「俺もやっていく。弧月をもっと使い慣れておきたい。木虎は?」

「……そうですね。あと一回くらいはやっていっても構わないと思います」

 

 合同訓練が終わったとはいえ、まだ時間はある。

 訓練生の身であるのだから少しでも機会があるなら鍛えておきたい。

 三人の意見は一致した。

 では移動しようかと三人がソファから立ち上がった瞬間。

 

「おう、なんだこれから個人ランク戦?」

「見ない顔だけどひょっとして新人かな?」

「なら俺達が教えてやるよ。ランク戦、やろうぜ」

 

 横から三人の男性に声をかけられる。

 隊服は隊員共通の白い服、つまりは同じ訓練生だ。だが口調から察するにボーダー歴は相手の方が先輩だろう。

 副は冷静に視線を一瞬だけ相手の手の甲へと向ける。すぐに視線を戻したため詳しくは見れなかったが三人とも四桁の数字、しかも先頭の数字は三、つまり三千台の個人(ソロ)ポイントを持っていた。

 

《……村上先輩》

《ああ。おそらく世間で言う新人(ルーキー)潰しというやつだ》

《なら別に構う必要はないですね。個人(ソロ)ランク戦は特定の相手に挑まなければならないという規則はない》

 

 木虎達は相手に聞かれないようトリガーを通じた内部通信で意見をかわした。

 おそらく向こうはランク戦になれていない初心者と考えたのだろう。事実、村上達がこのC級ランク戦ロビーを訪れたのは今日が始めてだ。その認識は間違っていない。

 だが誘いに乗る必要はない。このような軽い調子に付き合うような義理もないと結論付けた。

 

「結構です。個人ランク戦の相手くらい、自分で見つけますので」

「……通らせてもらう」

 

 木虎がはっきりと告げて、三人の横を通り過ぎようとする。

 

「まあいいじゃない。先輩の誘いは受けといたほうがいいよ?」

「それとも勝てそうにない相手と戦うのはやっぱり怖い? そうだよね、最初のうちはポイントが低い相手とじゃないとただポイントを失うだけだもんね?」

 

 なおもしつこく三人は詰め寄ってきた。

 しつこい、と副は毒づくが平然さを失うほどのことではない。

 日ごろ兄絡みの会話で覚える嫌気はこの程度ではない。

 ゆえに副は、年長の村上も心を乱すことはなかった。

 

(無駄だ。そんな言葉をいくら並べたところで)

「わかりました。やりましょう」

(木虎先輩――!?)

「……おい、木虎」

「その考えが間違いだと証明してみせます」

 

 振り向き、怒りを表に出す木虎。

 木虎の対人欲求。

 年上⇒舐められたくない。

 同年代⇒負けたくない。

 年下⇒慕われたい。

 プライドが高い木虎が年上の人に舐められたまま黙っていられるわけがない。

 あっさりとわかりやすい挑発に乗ってブースの中へ向かっていく。

 

「あらら。どうやら女の子の方がよっぽど度胸があるみたいだな」

「さて、そちらの二人はどうする?」

 

 一人が先に空いているブースへと入っていき、残った二人が村上と副に問いかける。

 殆ど同じタイミングで息を吐く。

 木虎がこのような行動に出るとは思っていなかったが。

 しかしこのまま彼女だけを行かせるというのも気が引ける。

 

「……副。お前は良いか?」

「はい。俺もこのまま引き下がるのは少し嫌なので」

 

 二人は首を縦に振る。戦いの誘いに肯定した。

 木虎の後を追うように、彼女の隣のブースへと入る。

 

『隊員の入室を確認しました。待機モードに入ります』

 

 副の入室を感知し、自動音声が流れた。

 C級ランク戦は基本的に仮想フィールドでの個人戦である。部屋に設置されているパネルに現在ランク戦に参加している隊員の武器とポイントが表示され、この中から好きな相手を選択し、ランク戦を行う。相手から指名を受けることもあり、対戦をやめたいときはブースを出ればランク戦の対象からは外れる。

 先の唯我の戦いでわかったとおり、ポイントが高い相手ほど買ったときに得られるポイントは大きい。逆に低い相手に負けたときは失うポイントが大きくなるという早くポイントを得たいものが挑むシステム。

 

『俺は105号室だ。よろしく。無難に十本勝負といこうか』

 

 副の対戦相手から通信が入る。

 指示通りパネルの105号室へ視線を落とす。

 105号室、3644点。弧月と表示されていた。

 

(弧月、つまり攻撃手(アタッカー)か。銃手(ガンナー)の俺とは正反対。距離をつめられれば不利、離せれば有利だ)

 

 戦い方次第で優劣は変わる組み合わせ。

 しかも相手は個人(ソロ)ポイントが高い格上だ。

 だがここで足踏みをするわけにはいかない。

 

「そういえば言ってなかったけど、俺ランク戦ではこれまでに二十勝してるんだよね。それなりに戦いなれているから、胸を借りるつもりで挑んでくるといいよ」

 

 副の緊張を煽るつもりだろう。相手が得意げに語り始めた。

 二十勝。たしかに今の副から考えれば遠い数字だ。未だ彼が勝ち星を挙げたのは唯我との戦いのみ。そう考えると大きすぎる差だ。

 それでも――

 

『対戦ステージ、市街地C。C級ランク戦、開始』

 

 負ける気は微塵もしなかった。

 無機音声の直後に始まりを告げるブザーが響き終えると転送が完了される。

 副の行動は早かった。始まりと同時にアステロイドを発射。

 直線状にいた相手は命中する寸前で弧月を振り、アステロイドを叩き落とす。

 

「あぶねっ! せっかちだな!」

「喋っていて舌噛んでも知りませんよ」

 

 いや、でもトリオン体だから痛みはないか。

 そんな的外れなことを思いながら副は相手と距離を開ける。

 当然射程が短い相手は追ってくるが、アサルトライフルで牽制しながら走っているため、距離が詰まる事はない。

 曲がり角を曲がり、電柱と壁を盾代わりにしてアステロイドを連射。

 だが相手は電柱に身を寄せるとそのまま盾として銃弾の嵐をふせぐ。

 

(……致命傷を入れられそうにないな。相手が動く前に先に手を打つか)

 

 後手になれば接近を許す可能性もある。

 そう考えるや否や、敵の姿を一瞥した後、全速力でその場を離れた。

 

(あ? 足音が、遠ざかっていく?)

 

 銃撃がやみ、気配が消えていくことが不審に思った敵はレーダーに意識を向ける。

 副は場の膠着を嫌ったのか、学校へと向かっていた。

 

「何だ、逃げの一手か? なら、追うしかないな」

 

 射撃の危険性も考えつつ、距離を縮めるために屋根に昇り学校へと向かった。

 副は道筋にそって道路を走っている。先に駆け出したとはいえ近道でまっすぐ学校に向かう方が早い。

 校門で二人は再び遭遇した。

 

「ちっ!」

「どうした、追いかけっこのつもりか!?」

 

 屋根を勢いよく蹴り、弧月で切りかかる。

 副は横に一回点してかわし牽制のアステロイドを放つ。

 これで一端後ろへ下がるしかなくなり、その間に副は校舎の中へと入り込んだ。

 

(逃げながらトリオン体を削るつもりか。かといって追わなければアサルトライフルの射程が有利)

「仕方ない。詰めていこう」

 

 すぐさま副の後を追う。柱や下駄箱に一時身を寄せてアステロイドをかわし、隙を見て切りかかる。

 副が常に距離を気にしているためか深く切り込めず、お互いが大きなダメージを与えられないまま副は教室の中へと立てこもった。

 扉越しにアサルトライフルを乱射するのを恐れ、横の壁に身を伏せるが撃ってこない。レーダーも動く事無く、副が教室の中に潜んでいることを示している。

 

(扉を開けた瞬間に確実に仕留めるつもりだな? ならば)

 

 その手には乗らない。弧月で扉を切り裂くと勢いよく蹴飛ばした。

 

「さあどうした!? 真っ向から勝負を――!?」

 

 最後まで言い終わる前に、彼の顔目掛けて二つの椅子が勢いよく飛んでくる。

 咄嗟の出来事に一つは弧月ではたいたが、もう一つは反応できずに顔を伏せて弧月を手にしていない左腕で顔をガード。痛みは殆ど無いが不快感をあらわにしこの椅子を放ったであろう副を睨み付けるように顔を上げて――彼の姿が視界に映っていないことに気づく。

 

(いない、どこに!?)

 

 今の投擲の間に完全に見失ってしまった。どこに逃げたのだと捜索に移る前に、彼の耳に銃声が届く。

 彼が入った入り口とは逆側の入り口。素早く反対側へ移動した副は机を立てて臨時の盾とするとその上から銃口を突き出し――アサルトライフルが火を噴いた。

 

「がっ!?」

 

 容赦ない連射。防御も回避も間に合わない。

 無防備なトリオン体を十発に及ぶアステロイドが打ち抜き、構成しているトリオンが音を立てて崩れ落ちた。

 

緊急脱出(ベイルアウト)。1-0、嵐山リード』

 

 トリオン体が破壊され、ブースの横に置かれたベッドへ体が転送される。

 最初の一本目。副が勝利を手にし、はずみをつけた。

 

「さあ、次行きましょう」

(……こいつ!)

『二本目開始』

 

 間をおかずして二本目がスタートする。

 ステージは市街地B。

 やはり今回も間合いをつめようと弧月をふるう敵をかわし、アステロイドで牽制しながら副は無人の街を走る。

 一足先に家の中へ突入すると、侵入した障子の扉を閉める。

 追ってきた相手がその扉を開けようとすると、行動に移す前に副が扉を体当りで破り、扉ごと敵を柱へと押し込んだ。

 

「ぐっ!? ……つっ!」

 

 すると一枚の薄い壁を隔て、銃口が腹部に向けられた感覚に襲われる。

 

(このまま撃つつもりか!)

「舐めるな!」

 

 銃口が捉えている以上、副が目の前にいるのは明白だ。

 迷うことなく逆手に持ち替えた弧月を降り下ろす。

 副が引き金を引くのと弧月が障子を破ったのは同時だった。

 だが副は弧月の接近に即座に気づくと、突き刺さる前に弧月を持つ右手に自分の左手を添える。

 結果、弧月は副の左腕を切り裂いたものの決定打には至らず。逆に六発のアステロイドはしっかりと目標を捉え、ベイルアウトへと追い込んだ。

 

緊急脱出(ベイルアウト)。2-0、嵐山リード』

 

 二本目も副が勝ち取る。

 相手の調子にあわせることはなく、自分の戦い方で相手を崩していった。

 

「……個人(ソロ)ランク戦で二十勝。決して馬鹿にするわけではなく、本当に凄い事だと思いますよ。俺なんてあなたの勝数の五十倍戦っても一度も白星を挙げることができないような男ですから」

「何を、言ってやがる!」

 

 副の自嘲気味な呟き。それは挑発にしか聞こえなかった。

 ゆえに、その真意を理解できない以上副が負け越すようなことはない。

 

『――――十本勝負終了。勝者、嵐山副』

 

 結果は二対八

 突撃銃 ○○○○×○○×○○

 弧月  ××××○××○××

 二本取られたものの最後まで相手に流れを渡す事無く、副は今日二戦目となるランク戦を終えた。

 

 

――――

 

 

「おー、弟君中々やるなあ」

 

 C級ランク戦をモニターで観戦する人の中に、迅はいた。彼の横には嵐山と烏丸、佐鳥の姿もある。

 

「上手い。銃手(ガンナー)得意の長距離戦に持ち込むために障害物を上手く利用して相手の意識をそらし、可能な限り攻撃手を得意の間合いに入れさせない」

「さりげなく角度をしっかりつけているのも偉いですね。相手の死角を抑えて攻撃を集中させている。これは攻撃手(アタッカー)からしたらうざい」

 

 迅、烏丸が副の戦いぶりを称賛すると嵐山は自分のことのように嬉しげに頬を緩める。

 彼らの目からしても副の動きは新人離れしていた。

 入隊までの期間、彼が訓練に勤しんでいたということが感じ取れる。

 

「こりゃ、弟君の楽勝だな。全然相手に主導権渡す気配がない」

「……副がこうして戦う来るとはな」

 

 しみじみと嵐山が呟く。弟が入隊する事に納得したとはいえ、やはりこうして実際に目にすると色々思うところがあった。

 このブラコンめと周囲が目で語るが知ったことではない。

 それ以上は語らず、勝利を信じてじっと待つ。

 やがて、副の勝利が合成音声で流れると嵐山はガッツポーズを決め――そして背を向けて立ち去ろうとした。

 

「あれ、嵐山さん? 出迎えないんですか?」

「多分嫌がるだろうからな。ボーダーに入る理由を聞いてしまった以上、機嫌を損ねてしまいかねないことはしたくない」

 

 必死に喜びを我慢しているのだろう。握り締めた手が震えている。

 彼の心境を感じ取り、皆茶化すことはせず、佐鳥も作戦室に戻る嵐山に続く。

 

「ああ、ちょっとまてよ嵐山」

 

 その嵐山を迅が呼び止めた。

 

「何だ?」

「一つ聞きたいことがあってね。……なんで弟君の配属先を決めなかった?」

 

 それは迅が副と最初に出会った時に抱いた疑問だった。

 本来ならば一つに集約されると思っていたはずの未来が、無数に分かれていた。

 何故なのかと迅は不思議に感じていた。

 

「一般公募の場合とは違い、スカウトされた隊員は配属先の希望を出す事ができる。弟君は嵐山隊がスカウトしたんだろう? だから俺はてっきり弟君とチームを組むのかと思ったんだけど」

 

 しかしそうではなかった。

 通常はスカウトを受けた隊員はその配属先を優先され、既存の隊に加わることが多い。

 だが副はそうしなかった。その方が正隊員として活躍しやすく、周囲とボーダー隊員との繋がりもできたはずなのに。

 

「……副が、そう望んだからだ」

 

 理由は単純。副が望んでいることがそれでは叶わないからだ。

 

「迅さん。俺、彼が入隊する前に一度話したんですよ。その時、こう言っていました。嵐山さんの弟ではなく嵐山副として、嵐山さんを越えたいって」

「自分のやり方で俺を越えたいとも言っていたな。……だから、それなら先のことは自分で決めさせた方がいいと思ったんだ」

 

 かつて唯我にも言っていたことだ。

 誰かの名前を借りることは望むことではない。

 自分で決めたことで、始めた事で兄を越えたい。

 それこそが嵐山副の願いなのだから。

 

「……なるほど」

 

 その言葉で納得した迅は笑みを浮かべ、そして彼もまたその場を後にする。

 

「ならこれ以上俺が口出しするのもあれだな」

 

 彼の目標は自分で叶えるもの。俺があれこれ口を挟むものではないのだと。

 

 

――――

 

 

 ランク戦を終えた副はブースを出てすぐにモニターを見た。

 まだ木虎と村上がランク戦を終えていなかったのだ。

 丁度木虎が最後の十本目に挑んでおり――スコーピオンを打ち破る。

 九対一。

 わずか一度の敗北のみで相手を圧倒し、その強さを敵に証明した。

 

「……強い」

 

 おそらく自分ではあのような芸当はできないだろうと副は思う。

 拳銃型はアサルトライフル型と違い近距離から弾をどんどん撃つ戦闘スタイル。

 だが相手も攻撃手(アタッカー)、スコーピオン。接近戦は相手の本領が発揮される場面なのだが……

 

「耐久力が低いとはいえ、スコーピオンを狙い打つんだもんな。よく振り回している刃にあてられるものだ」

 

 木虎の射撃の正確性も群を抜いていた。

 自分を襲うであろう刃に狙いを絞り、武器を破壊してから敵を撃破する。

 技術は勿論近接戦闘をもこなす度胸もなければできない闘いだった。

 

(多分、鳩原先輩もこういうスタイルなんだろうな。皆技術が高すぎる)

「木虎先輩!」

「あら副君。一番乗りはあなただったのね」

「……速さを競っているわけではないんですが」

 

 しかも勝敗を聞くよりも先にこのようなことを言うのだから木虎は肝が座っている。おそらくはあんな大口を叩く相手に負けるわけがないと考えたのだろう。

 

「村上先輩は?」

「いえ、それがまだのようで」

 

 モニターを見ると、村上のランク戦はまだ途中だった。

 五戦目を終えたところで中断されている。休憩を挟んでいるのだろう。

 だが、気になるのは試合の途中経過の方だ。

 

「……村上先輩が苦戦している?」

「三対二。まだ逆転可能な域ではあります。相手が射手(シューター)ということで手こずっているようですね」

 

 村上が前半を終えて僅かにリードしている状況だが気を抜けない。

 相手は射手(シューター)、しかも使用者が弾道を自在に設定できるというバイパーだ。

 中距離から弾丸を撃ってくる射手(シューター)、村上は戦い慣れていないのだろう。

 

「もうそろそろ始まるようですが、どうなるか……」

『六本目開始』

 

 二人が見守る中、ランク戦が再会する。

 

(あっちは二人とも負けちまったか。だけど俺はまだ四本とれば逆転できる。どうやら射手(シューター)の動きに慣れていないようだし、一気に畳み掛けてやる!)

「……悪いな」

 

 相手が強く意気込む中、村上は静かな、鋭い視線で敵を射抜く。

 

「先にB級(うえ)で待たせている人がいる。悪いが、勝たせてもらう」

 

 そして村上の逆襲が始まった。

 

 

――――

 

 

「……なんだ?」

「完全に圧倒している」

 

 副と木虎が村上の戦いに動揺していた。

 何も村上が負けそうな状況、というわけではない。むしろその逆。

 村上が相手に何もさせないほど圧倒的な姿を見せていたのだ。

 弧月を右手に持ち、一気に懐に踏み込む。

 相手が半歩引いてバイパーを発射。

 村上が弧月を振り下ろすと相手の右腕を切り落とし、同時に放たれたバイパーを切り捨てる。

 そこから返す刀で時間差で迫る二つ目のバイパーをも防ぐきり――もう一歩踏み込んで弧月を振るい、相手を一刀両断。

 敵のトリオン体が許容限界を向かえ、ベイルアウトとなった。

 

『十本勝負終了。勝者、村上鋼』

 

 八対二。

 休憩を挟んだ後、後半戦は五連勝。相手に何もさせることなく勝利をもぎ取った。

 ランク戦を終えた村上が出てくると、変化に戸惑う木虎達が彼の元へと駆け寄っていく。

 

「村上先輩」

「お疲れ様です」

「……ああ」

「最初の五本、様子見をしていたんですか? 後半はあっという間にバイパーの動きを対処対応していましたが」

 

 そのようなことをする必要があったのかという意味を含んだ問い。

 だが質問を投げかけられた村上は二人に視線を合わせる事無くその場から離れようと歩き出す。

 

「村上先輩?」

「……人間の脳は寝ているときに記憶の定着、整理をしているといわれている」

「え?」

 

 周囲の人から離れたところでようやく村上は口を開いた。

 

「そして俺の脳は少し特殊で、その機能が他人よりも極端らしい。『強化睡眠記憶』、それが俺のサイドエフェクトだ」

 

 休憩を挟んだ意図、そして後半戦で相手を圧倒できた本当の理由を。

 ――サイドエフェクト。

 迅と同じく、トリオン能力が高いものに現れる超感覚。

 村上もまたその力を持つものの一人だった。




副の対人戦績
0勝1000敗⇒7勝1003敗⇒15勝1005敗(New)
果たして勝ち越せる日は来るのだろうか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。