第二の嵐となりて   作:星月

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こうして唯我は個人戦を嫌いになっていく…


木虎藍①

 三門第三中学校、副達が通っている中学校だ。

 その日最後のチャイムが鳴り授業の終了を生徒達に知らせる。

 クラスごとのショートホームルームも終えると放課後を迎えた生徒達は席を立ち、それぞれの自由時間を満喫しようと動き出した。

 

「なあ、副。今日はたしか陸上部も休みだったよな。この後気晴らしにゲーセンとかどうだよ?」

「最近行ってないしボウリングとかカラオケでもいいぜ?」

「いや、悪い。今日もちょっと仕事が入っているんだ。早めに帰るよ。じゃあな。――あ、姉ちゃんまた後で!」

 

 副はクラスメイトの遊びの誘いを口早に断り、佐補にも別れの挨拶をして早々にクラスを後にした。

 つれない態度を見て、クラスメイトは口を尖らせて副が出て行った教室の扉をにらみつける。

 

「何だよ。最近あいつ付き合いが悪くなったな」

「仕事って何の事だ? まさか兄さんの仕事手伝ってるとか?」

「はあ? 兄さんのってボーダーの? いや、さすがにそれはねえだろ」

 

 男子生徒二人が口をそろえて『だよなあ』と吐き捨てるように言うと、事情を知る佐補は可笑しくてつい失笑しそうになる。慌てて口元を抑えるが、隣の女子生徒に見つかってしまい心配させてしまった。

 

「佐補、あんた大丈夫?」

「う、うん。ちょっと副の話が面白くて」

「副ねえ。どうも忙しそうだけど、何かあったわけ?」

「私も詳しいことは知らないけど」

 

 本人が周囲に打ち明けていないのだ。きっとまだ話すときではないと考えているのだろう。

 ならば私が勝手に喋るわけにはいかないと双子の姉は曖昧な言葉でその場を誤魔化した。

 

「どうやら、ちょっと吹っ切れる切欠ができたみたい」

 

 彼女の言葉は正しく副は清々しい笑みを浮かべて校門を走り抜けた。

 向かう先は――ボーダー本部。己を少しでも鍛えるために。

 

 

――――

 

 

 C級隊員は週に二回開かれる合同訓練に参加することができる。

 この訓練で良い成績を残すほど個人(ソロ)ポイントを上げることが出きるという新入隊員にとっては貴重な時間だ。

 訓練の内容は基本的に四種類。先日も行われた戦闘訓練。そして地形踏破訓練、隠密行動訓練、探知追跡訓練だ。

 副は今日この合同訓練に参加するためにボーダー本部を訪れていた。彼の他にもトレーニングルームには村上や木虎、唯我の姿も見られる。

 正隊員の指示に従って今日も彼らは訓練をこなしていった。

 

 戦闘訓練。複数の近界民(ネイバー)との戦闘を行う。今日もまた木虎達がその実力を遺憾なく発揮した。

 一位 木虎、二十点

 二位 村上、二十点

 三位 副、二十点

 十位 唯我、十三点

 

 地形踏破訓練。ダッシュや跳躍など機動力を活かし、仮想フィールドである住宅地の素早い移動を行う訓練。高低差が激しい建物が乱立する住宅地を移動し、素早く目的地へ到達する。

 一位 副、二十点

 二位 木虎、二十点

 五位 村上、十八点

 十七位 唯我、六点

 

 密行動訓練。同じく仮想フィールドとなる市街地での隠密行動を行う訓練。小型近界民(ネイバー)が俳諧する街を駆け抜けて目的地へ到達する。

 一位 木虎、二十点。

 三位 村上、二十点

 四位 副、十九点

 唯我、小型近界民(ネイバー)に発見され迎撃を受ける。得点なし。

 

 探知追跡訓練 仮想フィールドの森林でレーダーを使い行う訓練。ターゲットとなる近界民(ネイバー)に気づかれることなく発見、追跡を行う。

 一位 木虎、二十点

 四位 村上、十八点

 六位 副、十八点

 十四位 唯我、九点

 

 四つの訓練を終えると訓練生はトレーニングルームを後にする。

 ようやく一息つけると緊張の糸を緩め、彼らはある場所へと向かった。

 ボーダー本部のエントランスを抜けた先には、ボーダー本部の縦横二フロアをぶち抜いて作られた空間が広がっている。『C級ランク戦ロビー』と呼ばれるC級隊員が個人ランク戦を行うためのフロアである。

 廊下を挟んで左右に三階分の個室が設けられており各階に百部屋分のブースが並んでいる。

 さらに部屋の中央には巨大なパネルが上下に二つ置かれ、上のパネルでは現在行われている試合の勝敗が、下のパネルでは現在のブースの使用状況がわかるようになっている。

 残りの空間にはソファや自販機が並んで隊員達の休息の場となっていた。

 そのC級ランク戦ロビーに副達は移動するとソファに腰掛け、休息をとることにしていた。

 

「中々遠く感じるな。B級隊員、正隊員への道のりは」

 

 副の右隣りに腰掛けた村上は自分の左手の甲に浮かび上がる数字を見て愚痴を零す。

 村上鋼、個人(ソロ)ポイント:3350⇒3446

 合同訓練でかなりの成績を残す彼だがそれでもやはりまだ訓練だけでの得点では正隊員になるのは時間がかかる。

 

「本当ですよ。他の隊員よりはまだマシですけど、合同訓練が週に二回しかないというのは少し厳しいですよね。満点でも一回につき八十点になるわけですから」

 

 嵐山副、個人(ソロ)ポイント:3000⇒3097

 機動力を問われる場面が多い合同訓練では優秀なスコアをたたき出している。戦闘訓練でも非凡なタイムを記録していた。

 

「まだ合同訓練初日なんだからそこまで気にしなくてもいいんじゃないかしら? 初期ポイントは勿論、合同訓練でもトップクラスの得点をもらっているのだし」

「さすが唯一の全訓練満点である木虎先輩は余裕ですね」

「うん。俺達の中でトップを張るだけのことはある」

「あ、いえ。そんなつもりでは……」

「謙遜する必要はないさ。君がトップなのは誰もが知ることなんだ」

 

 今日の合同訓練でただ一人、四項目満点を取った木虎。

 励まそうとしてかえって煽てられて頬を紅くしている。

 木虎藍、個人(ソロ)ポイント:3600⇒3700

 彼女も初期ポイントに恥じない成績を残し自身の優秀さを示している。

 

「君の場合はもうすぐだろう。何せあと個人(ソロ)ポイントを300ポイント稼げばB級へ昇格なんだ」

「まだわかりませんよ」

「といっても木虎先輩の動きを見ましたけど小さなミスも少なかったですよね」

「ああ。おそらく俺達の代で最も早くB級に昇格するのは」

「そう! この僕ということですね! 忘れてもらっては困りますよ?」

 

 村上が断言しようとしたタイミングを見計らっていたのか、自販機に飲み物を買いに行っていた唯我が戻ってくる。

 唯我尊、個人(ソロ)ポイント:3950⇒3993

 三人と比べると初期ポイントからの増加量は少ないが、元々の値が大きかった為に基準となる4000ポイントまであとわずか7ポイントまで迫っていた。おそらくこのまま何も起こらず、あと一回合同訓練に参加さえすればB級隊員に昇格できるだろう。

 

「ああ、唯我。俺の分の飲み物を買ってきてくれたのか? 助かる」

「いやいやいやいや! 何で無理やり流れを変えようとしているんですか!? 今個人(ソロ)ポイントの話をしていましたよね!?」

「何だ、まだか? 炭酸飲料でいいぞ」

「私はコーヒーでお願いします」

「村上先輩だけならまだしも何故木虎さんまでちゃっかり加わっているんだい!?」

 

 しかし早くも唯我へのぞんざいな扱い方を理解しているのか村上、さらには木虎までが『文句言わずに、ほら自販機はそこだぞ』と先ほどまで唯我がいた場所を指差す。

 何故だ。僕が一番個人(ソロ)ポイント高いのに。でも彼らに悪い印象を与えておくと後々酷い目に合う気がする。と四面楚歌の中、唯我は強く心を平然と保とうとした。

 

「唯我先輩」

「……副君!」

 

 いや、違う。四面楚歌? そんなことはない。

 まだこの場にはもう一人いたではないか。

 木虎のように村上の悪ふざけに付き合う事無く、こうして優しい笑みを浮べて肩を叩き、心配してくれる後輩が。

 人を人だとさえ思っていないような横二人との人情の差。感動のあまり、唯我の瞳に一粒の滴があふれ出そうとする。

 

「スポーツドリンク、ご馳走様です」

「…………ッ!?」

「いやー、唯我先輩が本当やさしい先輩で嬉しいですよ」

(酷いな)

(酷いわね)

「あまりにも残酷なフェイント!!」

 

 やはり味方等いない。

 天然ともとれる発言に、村上や木虎まで頬をひくつかせる。だが、一つだけ言いたい。あなた方に批判する権利はないのだと。

 唯我は場所も忘れて泣き叫びながら自販機の前に立ち、ボタンを押す。

 

「あ、唯我先輩。私ブラックでお願いします」

 

 微糖買ってしまったよこの自尊心の塊が。中二のくせに大人ぶってブラックなんて飲むんじゃない。

 ……とは言えなかった。何かそっくりそのまま返されそうな気がしたから。

 仕方なくもう一度コーヒーだけ買いなおし、缶を腕に抱えてソファへと戻っていく。

 

「話は戻すが」

個人(ソロ)ポイントの話ですね?」

(え? いや、買ってきた僕への感謝の言葉もなし?)

「唯我先輩、ありがとうございます!」

(副君が良い後輩に見えてくる不思議!)

 

 飲み物を受け取るや否や唯我から視線を逸らす村上と木虎。唯一副だけが目を見て礼を言ってくれるのでついまともに嬉しく思えてしまう。

 だが騙されてはいけない。それは相対的に感じているだけだ。彼がトドメをさした張本人であるということを忘れてはいけない。

 

「来週の二回、全ての試験で最高点数を取れば百六十ポイントを獲得できる。今月最後の再来週の試験を含めれば三百二十ポイントだ。つまり今月のうちに木虎と、まあ唯我もこのままならB級へ昇格できる可能性がある」

「確証はありませんが」

「いやはや。ごもっともですよ村上先輩。まあ皆さんより逸早く上に行くことに少し抵抗を覚えますけどね」

(唯我先輩A級内定しているとか言っていたけど、本当にこのまま昇格して大丈夫なのか? 戦力になるどころか隊の人にぞんざいな扱いを受けそうだけど)

 

 そう遠くない未来、唯我がチームメイトにおもちゃのような扱いを受ける姿を想像してしまい、副は口を手で抑えてこみ上げる感情を抑えた。

 そんな嬉しくもない予想をされているとは露知らず、唯我は得意げに語り続ける。

 

「実は僕が入る隊があの個人(ソロ)ランク最強の隊員、太刀川さんが率いる太刀川隊入ることが決まりました」

「太刀川さんの!?」

「それは本当ですか!?」

「訓練生がいきなりそんな部隊に……?」

「ああそうだ、間違いない。君達にとってはとても遠い存在だろう? 僕はその一員になるというわけだ。さすがに少し心苦しいな」

 

 村上達が驚く表情を見て気を良くする唯我。

 太刀川と言えば現役ボーダー中、個人総合一位、攻撃手一位と最強の名を欲しいがままにしている隊員だ。

 現在はS級である迅のかつてのライバルであったという話もある。

 C級隊員にとってははるか高みの強さ。その太刀川がいる部隊に入るというのだ。

 唯我は前髪をサラッと流して大げさに振舞う。

 

「君達もこんなに早く僕と別れると辛いだろう?」

 

 そうだろう、と唯我は横目に三人へ問いかける。

 

「寂しくなりますね」

 

 と副が答える。

 

「これで静かになるな」

 

 とは村上の冷静な返答。

 

「落ち着けますよ」

 

 そう木虎が息を吐いて言う。

 

「あれ!? 後者二人は本当に残念がっているのかな!?」

 

 副は典型的な別れを惜しむような答えだが、村上と木虎はむしろ唯我がいなくなった方がよいとも取れる答えを口にする。

 

「何か引っかかるがまあいいだろう」

 

 唯我は咳払いを一つして、改めて先ほど三人に提案しようとした話を続ける。

 

「そんなわけで僕は一足先にトップの世界を見てくるよ。そこで、だ」

「なんでしょうか?」

「C級卒業記念だ。同期であった君達との出会いを忘れぬように、僕とはじめての個人(ソロ)ランク戦をしようじゃないか」

「は?」

「はっ?」

「……は?」

 

 突然の唯我の提案を受け、皆開いた口がふさがらない。

 

(唯我先輩、ひょっとしなくても頭が悪いのか?)

(馬鹿だな)

(自分の強さをハッキリと理解していないのかしら)

 

 三人は半信半疑で唯我を見つめる。

 決して自信過剰になっているわけでも唯我を侮っているわけではない。今日と以前の戦闘訓練を目にしての確信だ。唯我には勝てるだろうと。

 確かに唯我はなかなかのタイムで戦闘訓練をこなしていた。

 しかし戦闘時の動きは優れたものではなく、現に他の訓練では遅れを取ることが多い。

 というのも戦闘訓練は近界民(ネイバー)の攻撃力がなく、動きも鈍い相手であった為に唯我でも十分に戦うことができた。

 しかしやったことがないとはいえ、実戦形式のランク戦ならば。唯我よりも機動力が高い動きをする者が相手ならば。

 少なくとも唯我が勝てるとは思えない。これが三人の共通認識だった。

 

「唯我先輩、個人(ソロ)ランク戦は兄ちゃんが説明していましたけど、個人(ソロ)ポイントが変動しますよ?」

「わかっているさ副君。だからあわよくば君たちとの戦いを経て、B級へ上るつもりだ。どうだい? 素晴らしいアイディアだろう?」

「なるほど。俺達に勝つつもりなんだな」

「ええ。訓練では不覚を取りましたが、僕とて何も学んでいないわけではない」

「と、いいますと?」

「君達は優秀な成績を取り続けて挫折を知らないだろうが、僕は訓練での敗北を経て、そしてA級太刀川隊という明確なものができて今までとは比べ物にならないほど気迫に満ちている。そのA級に上がる僕が負けるはずがない」

 

 自分に酔っているようだった。

 まあそこまで言うのならば唯我の折角の提案を断る理由はない。

 

「わかりました。やりましょう」

「後悔するなよ」

「そこまで仰るならば徹底的に叩きます」

 

 三者三様の答えを返し、唯我とのランク戦に応じたのだった。

 

 

 

 

 

 副対唯我。十本勝負。

 副  ○○×○×○○×○○

 唯我 ××○×○××○××

 七体三、副の勝利。

 

 村上対唯我。十本勝負。村上の提案により五本の後に十五分の休憩を挟む。

 村上 ○×○○○○○○○○

 唯我 ×○××××××××

 九対一、村上の勝利。

 

 木虎対唯我。十本勝負。

 木虎 ○○○××○○○○○

 唯我 ×××○○×××××

 八対二、木虎の勝利。

 

 C級ランク戦の結果。勝敗によって四人の個人(ソロ)ポイントが更新される。特に四人の中では最も点が高かった唯我、最も低かった副は上下が激しい数値となった。

 嵐山副、個人(ソロ)ポイント:3097⇒3171

 村上鋼、個人(ソロ)ポイント:3446⇒3509

 木虎藍、個人(ソロ)ポイント:3700⇒3749

 唯我尊、個人(ソロ)ポイント:3993⇒3807

 アサルトライフルで蜂の巣にされ、弧月で一刀両断され、拳銃で風穴を空けられ続けて。唯我のプライドはズタズタのボロボロに引き裂かれた。

 

「おおっ! 凄い! こんなに!」

(七十四も上がった! ポイントを自分からくれるなんて唯我先輩は本当良い人だな)

「うん。やはりランク戦はポイントが溜まるのが早いようだな」

「そうですね。私でも一つの訓練の倍以上もらえています」

「…………ッ!!!!」

 

 誰も手加減はしなかった。

 初めて個人(ソロ)ランク戦を終えて、大きく上昇したポイントに感動を覚える三人。

 一方、ブースからゆっくり出てきた唯我は両手を床につけ屈辱にうちひしがれていた。

 正隊員への昇格どころか、なんと最初に与えられた初期ポイントをも下回っている。左手の甲に表示される数字は唯我のプライドをへし折るには十分すぎるものだった。

 

「やはり早く個人(ソロ)ポイントを高くするにはこれが有効か。どうだ、唯我。お前も失った分を取り戻すということで、今度は他の隊員に」

「断固断る! この三連戦でよーく理解した。僕は個人戦が得意ではない! そう、僕の本分は、力が発揮されるのはチーム戦なんだ! そうに違いない! もう僕は二度と自分から個人戦を挑んだりしない。絶対にするものか!」

「おい、唯我?」

 

 涙を流し、村上達の制止の声も無視して唯我は走り去った。

 

「行っちゃいましたね」

「放っておいてもすぐに立ち直るだろう」

「そうですね。切り替えが早いようですし」

 

 まあ大丈夫だろうと三人は冷めた様子だった。去って行く背中を追おうとせず、ソファへ戻って腰掛ける。

 

「おかげでランク戦をこなせば来月のランク戦までにはB級に昇格できるかもしれないとわかったからな。唯我には感謝しなければ」

「村上先輩、次のB級ランク戦に出るつもりなんですか?」

「上がれれば、な。来馬さんが待っているし」

「来馬さん?」

「俺が所属する鈴鳴第一の先輩だ。すでにB級隊員で、いずれチームを組むと決めている」

「そうだったんですか」

 

 説明に納得しつつ、同時に副は村上を羨ましくも思った。

 

(B級ランク戦、来月からなんだもんなぁ……)

 

 次のB級ランク戦は六月。第一戦が始まるまでは約四週間ほどだ。

 村上のように今この時点で特にB級の隊員から声をかけられない以上、仮にB級に昇格したとしてもそれから訓練をしたのでは連携に支障が出るだろう。そうでなくても副のポジションは銃手(ガンナー)。近年はシールドの性能が向上したということもあって銃手(ガンナー)一人で点を取ることが難しく、チームのアシストに徹するか他の銃手(ガンナー)と弾を集中させないと厳しいといわれている。

 ゆえにもしも既存のB級チームに加わるとしたなら早くても次の次、十月のランク戦になるだろう。

 そうでないとチームが機能しない。むしろ新たにチームを組んだほうが戦いやすい。新チームならば六月のチーム戦もあるいは――と、そこまで考えて副はチラッと木虎の姿を横目で捉える。

 

「そういえば、木虎先輩はB級やA級のチームから声をかけられたりしてるんですか?」

「私? いいえ、私はまだ昇格のことだけでも精一杯だから」

「そうなんですか?」

「もっと欲を出しても良いと思うが」

「そんなことはありませんよ。……でも、私はもっと上を目指すつもりなので、その気がないようなチームから誘いを受けたとしても、断るかもしれません」

「これはまた手厳しい」

 

 向上心溢れる木虎らしい発言だった。彼女がチームに入るのは並大抵のことではないだろう。

 だが木虎はまだ他のチームへ入る予定がないということでもある。

 覚えておこうと副は木虎の考えを心の中に秘めておく。

 

「そういう副君はどうなの? ボーダーのつながりが多いようだけど?」

「俺ですか? いえ、俺も特には。誘いを受けた事もありませんし、それに」

「あ、いたいた。鋼さーん!」

 

 意見を明かそうとした副の声は突如ロビーに現れた明るい声によって遮られる。

 

「太一か。狙撃手(スナイパー)の合同訓練は終わったのか?」

「はい。凄いことがあったんですよ!」

 

 ソファに近づいてくる三人の人影。

 そのうち副の声に重ねた一人、太一と村上に呼ばれた少年が村上へと駆け寄る。

 

「村上先輩。この人は……?」

「ああ。こいつは別役太一。鈴鳴第一(うち)の新人狙撃手(スナイパー)だ」

「太一と呼んでください! よろしくお願いします!」

「どうも。嵐山副です。よろしくお願いします」

「木虎藍と言います。よろしくお願いします」

 

 村上に紹介され、明るい笑みを浮べる太一。つられるように笑い、二人も自己紹介を済ませた。

 

「それで太一。凄い事というのは?」

「そうなんですよ! 実は今日合同訓練があったんですけど」

「そこでこのルーキーが凄い結果を出したんだよ」

「あっ、佐鳥先輩。お久しぶりです」

 

 太一の説明を引き継いだのは佐鳥だった。その隣に小柄な少年を連れている。

 

「久しぶり。副君。こちらの二人が……」

「はい。同期の村上鋼先輩と、木虎藍先輩です」

「そっか。俺は嵐山隊の佐鳥。よろしく」

「村上だ。よろしく」

「木虎です。よろしくお願いします」

「うん。で、この子は絵馬ユズル君。この子も太一君と同じく今期狙撃手(スナイパー)デビューを果たした、十三歳」

「十三歳? それじゃあ」

「その通り、副君と同い年だよ。紹介しておこうと思ってね」

 

 佐鳥が連れてきたのは何と副と同じ中学一年の絵馬。

 自分もボーダー隊員では若いという自覚はあったが、同年齢の隊員がいると知り、安堵を覚えて副は絵馬へ嬉しそうに話しかける。

 

「そうだったんですか。初めまして、嵐山副です」

「……どうも。初めまして。ユズルでいいよ」

「そう? じゃあ、俺も副と呼んでくれ。兄ちゃんとわからなくならないように」

「兄ちゃん?」

「副君は嵐山さんの弟なんだよ」

「……そうなんだ」

 

 嵐山の弟と聞いて絵馬は副をじっと見つめた。

 物珍しげ、というよりは観察するような視線だ。視線がくすぐったいが、嵐山の弟という好奇の目にさらされるのとは気分が違う。

 

「実はこの絵馬君、入隊試験でも凄かったんだけど、今日の訓練でもかなりの成績を残したんだよ」

「そう。それで今日狙撃手(スナイパー)組は大荒れでしたよ。『新たな波が来た』って! これなんですけど」

 

 興奮冷めやらぬまま、太一は懐からスマホを取り出しデータを見せ付けてきた。

 

「これは、的か?」

「はい。今日の射撃訓練、絵馬の結果です!」

「……これが?」

 

 最初に異変に気づいたのは木虎だ。

 何もおかしくないだろうと、そう考え――遅れて村上が、副も真意に気づく。

 的の中央から等間隔に、同心円状に射撃の跡が残っている。図形の二重丸を作るように、綺麗に円を描いていたのだ。

 

「まさか、ユズルはこれを狙って?」

「別に。ただやるだけじゃつまらないからやっただけだよ」

 

 副は恐る恐る絵馬に問う。

 もっとも絵馬は別に大したことではないと言うように頬をかきながら吐き捨てるように言った。

 

「いや、凄いよ! よほどの技術がないとできっこないって! もっと自信持ちなよ!」

「…………どうも」

 

 褒められ慣れていないのか、ただ純粋に称賛の声を上げる副に絵馬は戸惑う。恥ずかしげに頬をかき、視線を逸らした。

 

「ちなみにそれだけじゃないよ。狙撃手組のB級昇格の条件、知ってるかい?」

「『毎週行われる合同訓練で三週連続上位十五パーセント以内に入る』ですよね」

「その通り! さすが木虎ちゃん物知り!」

「ありがとうございます」

 

 ノリノリの佐鳥に、木虎は憮然としつつそう答える。

 あまりの反応の薄さに少しの衝撃を覚えながら佐鳥は話を続けた。

 

「この二重丸、均等に撃たれている上に距離はかなりど真ん中に近い。実はその上位十五パーセント以内に、絵馬君が入っているんだよ」

「えっ……!」

「なるほど」

「それじゃあ!」

 

 三人の驚いた様子に満足し、佐鳥は何度も頷いて結論を言う。

 

「ひょっとしたら、再来週にはB級へ昇格する隊員が狙撃手(スナイパー)組にも現れるかもね」

 

 一番早くB級へ昇格するのは絵馬かもしれないと。

 当の本人はあくまでも無表情を貫いているが、その本当の実力は底が知れない。

 こうして副、村上、木虎。そして太一と絵馬。後に仲間として、好敵手(ライバル)として凌ぎを削るボーダー隊員達は出会いを果たしたのである。




太一、挨拶代わりに副の発言を完全阻止。(無自覚)

唯我「あれ、僕は!?」
唯我はいきなりA級に昇格すると自分で言っているから(震え声)

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