(……ちょっと緊張してる、かな)
両目を閉じ大きく深呼吸をして胸の拍動を落ち着かせる。
いよいよ待ちわびたボーダーへの入隊日。昨日寝る前にも緊張からか中々寝付けなかったが、当日になると余計に心がざわめいているのが実感できる。
まだ何も始まっていないのだからと気を落ち着かせる。周りの人たちも同じ立場なのだからと自分に何度も言い聞かせた。
(兄ちゃん達は――さすがに声をかけられるような状況じゃないな。下手に騒がれるのも嫌だし)
壇上の近くには兄を含む嵐山隊の面々が勢ぞろいしている。この入隊式に関する任務を任されている人達だ。今はおそらくこれからの作業の打ち合わせをしているのだろう。手元の資料と仲間の顔を視線が行き来していた。
式の前に一声かけようとも思ったが彼らの仕事の邪魔をしてはならないし、何より他の新入隊員に嫌な目立ち方をしてしまう。
それくらいならばと副は兄の部隊を遠くから見ていた。
(防衛任務だけじゃなくてこういう仕事も普通にこなしてるんだから、やっぱり凄いや)
「よう、弟君。ボーっとして大丈夫か?」
「え?」
少し物思いに耽っていると、後ろから肩をポンと叩かれる。
おそらく自分に対するものであろう。独特な呼び名に驚きながら声をかけられた方向を振り返ると、どこか兄に似た面影を持つ見知らぬ男性が立っていた。
(誰? 『弟君』って多分俺のことだよな……? 肩を叩かれたわけだし)
「えっと。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「あれ? 小南達から聞いてない? 俺は迅悠一。小南達と同じ玉狛支部の隊員だよ」
初めて耳にする『弟君』という呼び名。初めて目にする男性。
不審に思い名を問うと、かつて従姉から聞いたことがある名前が帰ってくる。
玉狛支部所属、S級隊員
ボーダーの精鋭部隊であるA級をも超えるS級隊員であった。
「あっ。あなたがあの迅さんでしたか。お噂は桐絵さんから伺っています」
「やっぱり聞いてたか。ふむ。ちなみに小南は何て言ってたんだ?」
「……えっと。決して悪気があっての言葉ではないと思うんですが」
「大丈夫、俺そんな気にしない人間だから。そのまま教えてくれ」
「その、『暗躍が趣味』な変わり者と」
「暗躍? おいおい。実力派エリートを捉まえて暗躍とはまた人聞きが悪いな」
「あ、いえ。俺が言ったのではなく……」
「わかってるわかってる。どうせ小南の冗談だろう。弟君もあまり本気にするなよ?」
「は、はあ……」
飄々とした雰囲気から、「おそらく暗躍が趣味というのは本当なんだろうな」と思いながらその場では頷いておく副。元々小南がこういった他人の評について冗談を言うような人物ではない。特に人の印象が悪くなるような話に関しては。
だが根っからの悪い人ではなさそうだという印象を抱く。同時にこの接し方は確かに玉狛の人なんだなと、改めて玉狛支部は少し変わっているという印象を抱いた。
「嵐山の弟君が今日入隊と人伝いに聞いたんでね。久しく本部の空気を吸っていなかったしちょっと見にきたんだ。頑張れよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「おう。……ところで弟君。一つ聞いておきたいんだけど」
「なんでしょうか?」
励ましの言葉をかけると幾分か落ち着いた様子の副。
迅もその様子を感じ取った後、しばし副の顔をじっと見つめる。すると真面目な顔になって副に問いかける。
「弟君はボーダーに入ったわけだけど、チームの事は決めていたりするのか?」
「チーム?」
「ああ。B級隊員以上になると基本はチームを組んで戦うことになる。あ、俺はちょっと違う貴重な例外だけどな?」
「S級、ですよね」
「そ。だけどそうでない限りは普通どこかのチームに組むか新たにチームを作ることになるんだが。弟君は何か考えがあるか? 例えば、そうだな。嵐山隊に入ったりするとか」
「ッ!」
具体的な例として兄の部隊の名前が挙がった途端、副の顔つきが変わった。
迅は彼の様子を顔色変えずに観察するように見続ける。
一度口を開こうとして、口を閉ざし。一拍置いて今度こそ副は話を続ける。
「特に、予定はありません。ですが嵐山隊に入るつもりは微塵もありませんでした」
「……そうか。悪い、俺が真っ先に思いついた部隊を言っただけだ。別に悪気があってのことではない。気分を害したのならすまない」
「いえ。こちらこそ」
事情を詳しく知らないとはいえ迅も何事かを察したのだろう。頭を下げると、副も同じように頭を下げた。
「まあ特に予定がなかったのなら丁度いい。ちょっと弟君に一つアドバイスしておこう」
「アドバイスですか?」
「ああ」
これで許してくれと迅は会場全体を一瞥してから副に視線を戻す。
「この入隊式、同じ時期にボーダーに入る同僚との関係は大切にすると良い。君にとってもいい出会いになるだろう。おそらくは弟君の近い将来、チームで戦う時にきっと頼りになるはずだ」
笑みを浮かべて迅はそう言った。
ボーダー隊員の、人生の先輩として有り触れた言葉のようだが、何故かとても重みがあるように副は感じた。
確証はないはずなのに何かを知っているかのような真っ直ぐなアドバイス。疑わしげな感情は一切感じられず、しかし同時にどうしてそこまで具体的に言いきれるのかと不審に感じられ、副は正直に質問する。
「チームで戦う時に頼りになるって、どうしてそう断言できるんですか?」
「弟君が本当に戦うからだよ」
少し間を置いて迅はさらに続ける。
「俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
――
高いトリオン能力を持つ者に稀に発言すると言われている超感覚。
迅のサイドエフェクトは未来視。すなわち未来を見ることができる。彼が出会った人物の未来を予知することが出来るというものだ。
そして今、彼の見る未来がそう告げているのだと迅は口にした。
「成程。近い将来、というのが正しいかわかりませんが」
「多分すぐ先の話だと思うよ。弟君がB級に上り詰めるのも、チームを組むのも」
「……忠告、ありがとうございます。覚えておきますよ」
「忠告じゃない。ただのアドバイスだって」
未来に関するという重要な件であるためか、縮こまる副の背中を迅は数回叩いた。
そして迅と話を続けているといつの間にか入隊式の始まる時間が訪れる。
「おっと。じゃ、俺は邪魔になりそうだしそろそろ退散するかな。弟君、頑張れよー」
「はい! ありがとうございます」
「おう。またなー」
そう言い残し、迅は手を振って人ごみの中に消えていく。その背中を副はじっと見つめていた。
やがて入隊式は無事に始まり、一人の男性が新入隊員の集団の前に現れる。
「私はボーダー本部長、忍田真史だ。君たちの入隊を心から歓迎し、歓待する」
ボーダー本部長、忍田真史。
本部属する全ての隊員に命令を下す権限を持つ防衛部隊の指揮官である。戦力としても非常に優秀で一部隊の戦力を持つとも言われている最強の男だ。
忍田は落ち着いた物腰でさらに語る。
「君達は本日よりC級隊員すなわち訓練生として入隊する。三門市の未来ひいては人類の未来は君たちの双肩にかかっていると言っても過言ではない。皆それを自覚した上で日々研鑽し、B級隊員以上の正隊員を目指してほしい」
新入隊員への期待を込めた話。最後に忍田は笑みを作って敬礼する。
「君達と共に戦える日を待っている。――私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」
その後、忍田の後を引き継ぎ誰もが知る正隊員四人が前に出た。
皆の憧れとされている有名人が眼前に現れ場は騒然とする。
嵐山隊の四人。A級の中でも名の知れた隊員達だ。
「嵐山隊だ! テレビにも出てる!」
「この目で見れる日が来るなんて!」
歓喜に湧く新入隊員達。副はその様子をどこか遠い目で眺めていた。
「では、これから
「はーい。
嵐山が視線を向けると佐鳥が目を光らせて親指で自分を指差すポーズを決めていた。
指示に従い
「説明の前に自己紹介する。俺は
「同じく嵐山隊の柿崎国治」
「嵐山隊、時枝充です」
嵐山と時枝、さらにこの前の相談の際にはいなかった正隊員、柿崎が挨拶をする。
嵐山隊
世間がよく知るA級の隊員が三人もつく。贅沢すぎる面子だ。
「まずは――皆、入隊、おめでとう」
ふと兄と視線が合った気がした。
気のせいかもしれないが複雑な心境になってしまい一応軽く会釈をする。
「忍田本部長も仰っていたが君達はまだ訓練生だ。防衛任務に就くためにはB級に昇格、正隊員になる必要がある。ではどうすれば正隊員になれるのかを説明していこう。各自、自分の左手の甲を見てくれ」
言われるがまま皆自分の左へ目線を落とす。
時枝が手元のタッチパネルを操作すると、今まで何も書かれていない左手の甲に突如四桁の数字が浮かび上がった。
「これは?」
「『1000』?」
よくわからない変化に戸惑いを隠せない新入隊員達。
少しの混乱が生じると嵐山が皆が気にする疑問の説明を再開した。
「君達が今起動しているトリガーホルダーには各自が選んだ戦闘用トリガーのうち一つだけが入っている。そしてこの左手の数字こそ、君たちがそのトリガーをどれだけ使いこなしているかを示す数字なんだ」
成程と皆が納得して頷くのを確認して、嵐山は左手の指を四つたてる。
「この数字を『4000』まで上げた時、君たちはB級隊員へと昇格できる」
正隊員へとなるためのわかりやすい指標だ。
目の前に明白な目標ができたことで皆表情を崩し笑っている。
「多くの新入隊員は初期ポイントが1000ポイントに設定されている。しかし仮入隊の間に高い素質を認められたものは最初からポイントが上乗せされてスタートすることになっている。上乗せされている隊員は、そのポイントが君たちへの即戦力としての期待と受け取り、訓練に励んでくれ」
(即戦力としての期待、か)
説明を受けて、副は今一度手元の数字を目にした。
他の隊員達と同様に数字が浮かび上がっている。
ただし、他の隊員とは違い1000よりも大きな数字が刻まれていた。その数字を見て少し顔をしかめてしまう。
「次にポイントを上げる方法だが、これには二種類ある。一つは週二回の合同訓練で優れた成績を残す事。二つ目はランク戦でライバルと競いポイントを奪い合う事だ。
まずは皆に訓練の方から体験してもらう。場所を移すからついて来てくれ」
嵐山を先頭に、新入隊員達が続いていく。副も最後尾から彼らの後をついていった。
「よう副」
「入隊おめでとう」
すると彼の後方から声がかかる。
振り返ると嵐山の補佐をしていた柿崎と時枝の姿があった。
「柿崎さん。時枝先輩。お久しぶりです」
「浮かない顔をしているよ。嵐山さんのすぐ近くは複雑かい?」
「そうではないのですが、少し気になることがありまして」
「気になること? 何かあったんだな。俺達でわかることなら相談に乗るぞ」
何でも言ってくれと胸を張る柿崎。
心配りはありがたい。だがあまり他人に話すような内容ではないとしばし悩む副。
それでも何時までも抱え込むよりはマシだと判断し、ようやく副は気がかりを打ち明けた。
「俺達新入隊員に与えられる初期ポイント。これは純粋な戦力を評価したものなんでしょうか?」
「そう考えてもらって問題ないが、何かひっかかるのか?」
「ええ。何というか、戦力以外の点でもプラスになっているのではないかと思いまして」
「君が嵐山さんの弟である点が追加されているのではないか、と?」
先を読む時枝に、副は深く頷いた。
入隊試験の合格翌日。訓練の合間にかわした小南との会話を思い出す。
『一応副は嵐山隊がスカウトしたということになっているし、下手な出来では送り出せないもの』
『え!? そうなんですか!?』
『そうよ。准の弟ともあって初期ポイントは高くなるだろうから。……それに見合った強さを身につけさせるわ』
副が考えていること。それは自分の即戦力としての期待以外に、嵐山准の弟というボーダー隊員の実力以外の部分が含まれているのではないかということだった。そしてそれが本当ならば他の隊員に申し訳ないと申し訳ない気持ちを抱いていた。
「……そういう話が絶対にないと言えば嘘になる。現にそういうケースが丁度お前達の代にいるからな」
「やはり、そうですか」
「ああ、勘違いするなよ? お前のことではない。そうじゃなくてただ自分の我が侭を貫いたやつがいるってだけだ」
「少なくとも副君はきちんと仮隊員の間訓練を積み重ねていたんだろう? ならそれは正直にそのまま戦力としての期待として受け取ればいい」
「はい。そうですよね」
柿崎や時枝は副が気にする事ではないし、そもそも実力が身についていないなどとは考えていない。玉狛支部で訓練していたということは二人の耳にも届いている。
だからそう思い悩むなと副に説明するが、完全に割り切れないのかいまだに彼の表情は暗い。
「……君があまり悩みすぎると、鍛えてくれた君の師匠が可哀相だよ」
「ッ!」
そこで時枝にしては珍しく少し厳しい言葉をぶつけた。
副が自分を信じられないようでは鍛えた小南の力不足であったことになる。
――そんなわけはない。勿体無いくらいの機会を与えてくれたのだと副は声を荒げた。
「桐絵さんは!」
「十分鍛えてくれたんだろう? どうしても君が気に病んでしまうというのならば、君の初期ポイントは彼女の手柄だと考えればいい」
「え……」
「お前のポイントはこの数週間小南と共に手にしたポイントだ。どうだ? 訓練に見合ったポイントじゃねえか?」
怒りを露にしようとした副を制したのは二人の笑みだ。
毒気を抜かれた様な心地になり、副は気が晴れたような感じを覚える。
一人で手にしたものではない。兄の影響でもない。これは師でもある小南と共に手に入れたものだ。
そう考えればようやくこの現状を納得し、受け入れることができた。彼の師はあのボーダー最強部隊であるA級の小南桐絵なのだから。
「……はい。むしろ足りないくらいです」
冗談を言えるくらいに回復した副を見て二人も安堵する。
「さて、それじゃあお前も行って来い。――そろそろだ」
柿崎は首をクイっと上げて前の部屋を見るよう促した。
視線を映すとどうやら目的の部屋へと到着したようだ。副が少し遅れて入室すると、広い観客席とその下にトレーニングルームが広がっていた。
「さあ着いたぞ。まず皆が訓練するのは対
各自仮想戦闘モードの部屋の中、ボーダーが集積したデータで再現した
「はあ!?」
「いきなり戦闘訓練!?」
「聞いてないぞ!」
「マジかよ……っ!」
嵐山は入隊初日、最初から戦闘訓練を行うという。
しかも相手は仮想とはいえ
この戦い次第で隊員がボーダーに向いているのか向いていないのか判断するということだろう。
誰もが突然の事に驚きを隠せず、どよめきが次々と伝染していく。副も「まさかね」と動揺を零してしまった。
(まさか毎年これをやっているっていうのか? 聞いてないですよ桐絵さん!)
「仮入隊の間に体験した者は知っているだろうが、仮想戦闘モードはトリオン切れが起こらない。怪我の心配もない。ゆえに皆、思う存分戦ってくれ」
新入隊員達の顔つきの変化を知ってか知らずか、嵐山は落ち着きを払って説明を続ける。
彼に倣い時枝と柿崎が手元のパネルを動かす。すると無人であったはずの各部屋に一体の巨大な生物が何もない空間から発生する。
「君達が戦うのは『
制限時間は一人五分! 当然早く倒すほど評価点は高くなるから、自信のある者は高得点を狙ってくれ!」
説明は以上だと話を区切ると、各部屋で戦闘訓練が始まった。
殆ど同時に戦闘は開始する。
弧月やスコーピオン、レイガストを操って果敢に
アステロイドやバイパーを撃ち出して装甲を打ち破ろうとする者。
皆戦い方は異なるが嵐山が語っていたように装甲はかなり厚い。
中々決定打を打ち込むことができず、二分三分と時間が経ってようやくクリアするものが現れ始める。
「……堅いな」
「初めての挑戦で一分切れれば十分だよ」
他の新入隊員の様子を見て呟いた言葉を時枝が拾う。
一分。目安の基準を聞いて果たして自分が超えられるのかと疑問に思う。
今こうやっている間にも次々挑戦者が現れるがまだ二分の壁を越えることは出来ずにいる。
中々厳しいかと各部屋に注意を払っていると。
『三号室終了。記録、五十九秒』
無機質な合成音声が場に響く。
この段階で最速タイムである五十九秒を記録した者が現れた。
「一分切ったぞ!」
「速い!」
「すげー、最速タイムだ!」
「ふっ。まあこの僕ならこれくらい当然のことだけどね」
トレーニングルームから一人の男性が戻ってきた。観客席から湧き上がる賞賛を受けて、得意げに前髪を指で流している。
C級隊員、
「彼がさっき柿崎さんも話していたスポンサーの息子さんだよ」
「あの人が?」
顔を見て時枝が補足した。
何でもボーダーのスポンサーの息子であり、唯我の父親の会社はボーダーの一番大きなスポンサーであるという。
その彼が入隊時に上層部に『A級に入れろ』と打診し、初期ポイントを大幅に大きな数字にさせたそうだ。
(成程、そういうことか。だけどタイムも一分を切っているし実力が皆無というわけではなさそうだ)
「それでは次。……おっ?」
(それなら俺も負けるわけにはいかない)
指示を出していた嵐山が副の存在に気づいたが、副は何も反応しないままトレーニングルームへと入っていく。おそらく集中して目に入っていないのだろう。
(俺だって名前だけで入ったつもりはない)
改めて覚悟を決めて。視線を厳しくして。
部屋の中央に聳える巨大な
『四号室、用意。――――始め!』
無機質な音声が室内に響く。その声を合図に、戦闘訓練は開始された。
副の存在に気づいた
だが巨体であるためかその動きは遅い。距離もあるから――いや、距離がなくてもかわせるだろう。
その場からすぐに後方へと跳んだ。トリオン体で身体能力が向上されている今、避けることは容易い。
着地と同時に一発だけ突撃銃からアステロイドを放つ。
装甲が厚く貫通には至らないが、
「そのままこっちを向いていろ!」
その瞬間、銃口が火を噴いた。いくら装甲が厚いとはいえ弱点がないわけではない。特に目玉は脆い弱点。アステロイドを連射する。
ダメージで巨体が仰け反り、怒ったのか再び突撃を仕掛けてきた。
応戦するべく副も後方に下がりながらアステロイドを撃ち続けるが
「ちっ!」
(攻撃力がないとはいえ、押し込まれるのは不味い)
背中が壁とぶつかる。後方に逃げ場はなく、右も壁に近すぎて避けられない。
ならば左、と逃げようとしてその左から攻撃が迫る。
(なら……!)
弱点は隠れている。装甲はもう少し撃ち込まないと削りきれない。
ならば選択は一つだ。
副は右斜め上空に跳躍。壁を蹴って逆側へと躍り出る。攻撃をかわすと同時に再びアステロイドを発射。
五発、六発と弾を撃ちこみ続けると。
ついにアステロイドが装甲を貫き、
『四号室、終了。――記録、二十五秒』
合成音声が訓練の終了を告げた。
記録はこの時点でトップに立つ二十五秒。
唯我の記録を大きく上回る事に成功した。
「なっ……!」
「二十五秒!?」
「もっと速いやつがいた!」
「この僕よりも……?」
「副!」
「嵐山、今は仕事中だ」
「せめて後にしてくださいね」
「うっ!?」
観客席では先ほどの唯我以上の反応を示す者が続出した。
唯我本人も頬をひくつかせて呆然とするしかなかった。
訓練担当者である嵐山は弟の奮戦を見て嬉しさの余り仕事を忘れて飛び出そうとした。その寸前、柿崎と時枝に釘を刺されて彼の行動は失敗に終わる。
そんな周囲の反応を他所に、副は静かに突撃銃を降ろして人知れず呟いた。
「伊達に桐絵さんに千回も叩き切られたわけじゃない」
嵐山副。対小南戦績、0勝1000敗。
初期ポイント:アステロイド(突撃銃)3000。
こうして嵐山副は鮮烈なボーダーデビューを飾ったのだった。