木虎隊が解散されて早くも三か月が経過した。
解散後、A級部隊入りを果たした面々は期待以上の活躍を示している。
まず嵐山隊に加入した木虎はエースとして獅子奮迅の役割を果たし、チーム順位は上昇。徐々に新隊員としてメディアに顔を出す機会も増え、彼女の注目度はさらに大きくなっていた。
影浦隊の絵馬はこれまで部隊が対応できなかった遠距離戦に瞬く間に適応する。元からの得点力に加え、影浦や北添の補助も十二分に行っていた。結果として影浦隊は部隊結成以降、最高順位となるA級6位入りを果たす。
隠密行動が多い風間隊のオペレーターとなった三上も部隊に馴染み、この先遠征にも帯同できる程の信頼を得た。上層部からの極秘任務を請け負う事もあるという。日々忙しい毎日を送っていた。
三者三様に各々の強さを如何なく発揮し、A級の中であろうとも他の隊員に後れを取らない働きを見せている。
しかしそんな中、旧木虎隊の中で唯一B級の新チームに加わった副は――
「——悪いな、副」
「ッ」
『戦闘体活動限界。
柿崎の放った銃弾が副の体を撃ちぬいた。
トリオン体が形を保ち切る事が出来ず崩壊する。瞬く間に体は所属する部隊、茶野隊の作戦室へと飛ばされた。
そして彼の脱落を合図に、B級ランク戦は終了が告げられる。
「嵐山隊員が
得点 生存点 合計
柿崎隊 3 2 5
間宮隊 2 2
茶野隊 1 1
武富が柿崎隊の勝利を知らせ、この日のB級ランク戦中位グループ夜の部が終了した。
ROUND6を終えてこのシーズンから初参戦を果たした茶野隊は16位に、下位グループへと後退する。前戦で初の中位グループ入りを果たしたものの、一戦で逆戻りという苦しい展開となった。
「——くそっ!」
脱出後、副は転送されたソファを乱暴に殴りつける。
かつて木虎隊で見せていた彼の快進撃はもはや消え去ってしまっていた。
————
「チッ」
影浦が短く舌を打つ。
場所はボーダー本部のラウンジ。彼は久しぶりに戦闘の勘を取り戻すべくランク戦をする為に訪れていた。
だが普段はあまりこういった人が集まる場には来ない為か人の視線が自然と集まる。影浦のサイドエフェクトは勝手にこういった反応を敏感に感じ取ってしまう。彼が機嫌を害するのは当然だろう。
さっさと用を済ませて立ち去ろうと歩を進める。
「あ?」
そしてブースに入ろうとしたところで、彼の視線が見知った顔を捉えた。
何度か影浦も相手をしたこともある弟子のような存在、副だ。
彼はランク戦はもう終えたのか、あるいは別用だったのか、作戦室へと足を向けている。
「よう。副じゃねえか。何やってんだ?」
「ッ! 影浦先輩……」
丁度いい。少し揉んでやるかと影浦は声をかけた。
突然の呼びかけだった為か、彼の表情は少し暗い。だが自分に対して悪意は向けられていたなっかったので影浦はそのまま話を進めた。
「なんだ、今日はランク戦はやっていかねえのか? 少し付き合えよ。久々にスコーピオンの使い方見てやる」
鋭い牙が覗けるほどの深い笑み。とても好戦的な表情だ。
副も戦闘狂というわけではないが、こういう誘いには十中八九乗ってくるという性質はすでに分かっている。
だからあえてこのような態度を取ったのだが。
「……ありがとうございます。でも、すみません」
「ああ?」
「今は、影浦先輩達に合わせる顔がないんですよ」
「はっ? なんだそりゃ?」
「すみません。失礼します」
副はまともに視線を合わせる事すらなく、頭を上げて去っていった。
意図がまったく読めない。
彼は『影浦先輩達に』と言った。つまり影浦だけではなく別の隊員に対しても申し訳ないような感情を抱いているという事になる。
しかし考えても状況は読めなかった。一体何があったのだと影浦は珍しく首を傾げて記憶をたどっていく。
「カゲじゃないか。何をやっているんだ?」
「おっ。鋼か」
するとランク戦の為に本部を訪れていた村上が影浦に気づいて声をかけた。
丁度いい。同年齢であり、同じ攻撃手であり、そして副と同じB級である彼ならば色々と尋ねる事もできる。
「一つ聞きてえ。B級ランク戦で何かあったか?」
「B級の?」
「今副と会ったんだけどよ。ランク戦を誘ったのにすぐに帰っていきやがった。『申し訳ない』とか何とか言って」
何かあったとするならおそらくランク戦だ。防衛任務で何か大きな失態があったというのなら公に知らせが来るはず。
焦点を当てて質問をすると、当たりだったのか村上の眉がピクリと動いた。
「そうか。お前は記録は見ないから知らないか」
「やっぱり何かあったのか?」
「ああ。あいつは今季から新しく組んだ隊でランク戦を挑んでいるんだが……」
そこで村上は言葉を区切る。余程言い難いことなのだろうか、少し間をおいて話を続けた。
「正直に言って、散々な結果だ」
村上は副の現状がどう言い繕うとも厳しいものであると断言した。
————
一方、影浦と別れた副は足早に本部内の廊下を歩いていた。
目的地は彼が所属する茶野隊の作戦室。
今はただでさえ見知った相手とは会いたくなかったというのに、師匠である影浦の誘いを無下に断ってしまった事が申し訳ない。これ以上知人と会う前に戻ろうと急いで向かった。
「あっ。副君!」
「ッ」
なのに、こういう時に限ってどうして遭遇してしまうのだろうか。彼の願いはかなわず、反対側から来た木虎に呼び止められてしまう。
「木虎、先輩」
「ええ。久しぶりね。……大丈夫?」
何を、と問わずともわかる。真面目な性格の彼女だ。きっとB級ランク戦の記録も見ているのだろう。
「ええ。もちろん。大丈夫、ですよ」
だから適当にこの場は話を合わせてしまおうと副は必死に笑みを作った。
相手を心配させないようにと思っての行為だったのだが、普段とは違う様子を悟った木虎は余計に不安を募らせる。
「……少し、話さない? そんなに長くは時間を取らせないから」
先輩であり、しかも元隊長である木虎からの提案。
本当ならば断わりたい。だが先にも影浦の誘いを断った手前、これ以上拒絶したくはなかった。
「——はい。わかりました」
「そう。なら行きましょう」
素直に応じた事で木虎も少し安心感を覚える。彼の了承を得た事で木虎は副を連れてロビーへと向かった。
自販機から二本飲み物を買うと彼に片方を渡してソファに座る。副も一言礼を述べて彼女の隣に腰かけた。。
「私もB級ランク戦の様子は見てたわ。あまり調子が上がらない様ね」
「……そうですね」
『調子が上がらない』と評する木虎。副は複雑な思いを浮かべつつ、彼女の話に合わせてその場はうなずく。
「でもあまり深く思い悩んでは駄目よ。私達が組んだ時の成果は出来すぎだった。もう一度同じ事をやろうとしても難しいはず。私や絵馬君が一から始めたとしても上手くやれたかわからないもの」
現状は仕方がない事だと木虎は言った。
木虎隊を結成した時は訓練の時から時間を共にしていた事もあって今の茶野隊とは事情が異なる。そもそも部隊を結成してすぐに成果を出す事は簡単ではない。
「結果だけにこだわらないでね。きっと前のようにあなた達が活躍する時がくるはずだから」
笑顔で語り掛ける。彼の不安が少しでも取り除けるようにという配慮の基にした行動だったのだが。
「——はい。ありがとうございます」
木虎の声を聞いても彼の表情が晴れる事はなかった。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「勿論ですよ。ただ、すみません。そろそろ部隊の打ち合わせの時間なのでここで失礼します」
「あっ、そうだったの? ごめんなさい、呼び止めてしまって」
「いいえ。木虎さんも頑張ってください」
最後まで気遣ってくれた事に感謝しつつ、副は足早に立ち去っていく。その後、木虎から姿が見えなくなってから彼は作戦室ではなく自宅への帰路についた。
「木虎」
「あっ、時枝先輩。お疲れ様です」
副の姿を見送り、木虎も作戦室に戻ろうとした所を時枝に呼ばれて立ち止まる。二人の会話を遠目で見てなのだろう。視線をすでにこの場にはいない副が向かった方向へ向けてから、木虎へと問いかけた。
「一緒にいたのは副君かい?」
「ええ。最近ランク戦で振るわないようだったので、少し話を」
「……どんな話を?」
「どんなって、大した事ではありませんよ」
時枝に尋ねられ、木虎は先ほど副にかけた言葉をそのまま繰り返す。彼女の説明を聞き、時枝の眉がわずかに動いた。
「そうか」
「時枝先輩?」
最後まで話を聞いた時枝の表情がわずかに曇る。
普段から表情の変化が乏しいためわかりにくいが、雰囲気で察する事が出来た。残念に思っている、あるいは少し悲しそうに感じているように見える。
「木虎。勿論君だって善意で彼を励まそうと思ったんだろう。だけど覚えておいた方が良い」
「なんですか?」
「……時には無償の優しさが人を追い詰める力に変わる。特にこういう負けが続いたとき、彼のような生真面目な性格の人にはね」
この時はまだ木虎が時枝の言葉の真意を理解することはなかった。
しかしすぐに意味を理解する事になる。先の会話により副が余計に思い詰める結果になってしまったという事を。
————
「……くっそっ」
副は帰宅するとすぐにベッドに倒れこみ、拳を思いっきり振り下ろした。
悔しさにあふれた一撃は衝撃を吸収され力の行き所は消失する。
——無力だ。あまりにも、無力だ。
(違う。俺じゃなければ、木虎先輩やユズルなら、もっとうまくやれていた)
木虎は自分や絵馬が同じ立場でも厳しかっただろうと話していたが、そんなわけはないと副は確信していた。
木虎は高い指揮能力を持つ。スパイダー戦術によって膠着した戦況を打開する事だって可能だ。
絵馬ならば元々単独でも点を取れる狙撃能力がある。遠方からの支援能力も高い。
二人が自分と同じ場面に立っても、自分よりももっとうまく振る舞う事が出来る。その映像が実際に彼の脳裏には浮かび上がっていた。だからこそ余計に現状が辛いのだ。
————
「風間さん」
「三上か、どうした?」
一方、A級風間隊の作戦室では三上が隊長である風間に相談をしていた。
A級風間隊隊長
「その、風間さんが余裕があるときでよろしいのですが、副君に何かアドバイスをもらえないでしょうか?」
「ああ。以前お前が所属していたチームの隊員か」
確認の問いかけに三上が頷く。
やはり風間にも副の情報は届いていた。嵐山の弟という事で話題性は高い。
知っているのならば話は速かった。三上も副がランク戦で苦しんでいる事を知っている。何とかしてあげたいと考え、ボーダー暦が長く戦術面にも通じている隊長に助言を求めた。
「——無理だな」
「えっ?」
返答を耳にした三上の表情が凍る。まさか風間からこのような答えが返ってくるとは想像もしていなかった。
————
同時刻、A級影浦隊作戦室。
「——なんだよこりゃ」
B級ランク戦、副が所属している茶野隊のランク戦の記録を見ていた影浦が短く呟く。
隊長とはいえ影浦は決して戦術に通じているわけではない。だがそんな彼が見ても、茶野隊のランク戦はいただけない点が見られた。
(常にあいつが浮いた駒みてえな状態になってやがる。
茶野隊の防衛隊員は三人全員が
だが、あまりにも二人と副の腕が違いすぎた。こう言っては失礼だが、かつての同僚である木虎や絵馬と比べれば実力が一回りも二回りも違う。
(最悪だ。味方と合わせようとして、助けようとして余計に悪化してるじゃねえか)
近年はシールドの性能が大幅に向上された為、
問題がこの点。
副は拳銃を扱う二人と連携しなければ点を取る事が難しく、しかもまだ二人は戦闘慣れしていないようで、射線や他の部隊の動きなどにまで気を配れていないようだった。
逆に何度もランク戦をこなして戦闘慣れしている為だろう。副がそれをカバーしようとして人一倍動き回る事を余儀なくされ、彼は孤立しがちな場面が多くみられる。
(加えて、前まで取れてたスコーピオンでも点が取れなくなってる)
さらに厳しい点が木虎隊に所属していた当時は通用していた副のスコーピオンとテレポーターの戦術が効きにくくなっていた事だ。
元々副は転移と伸びる刃の武器であらゆる場面で活躍する隊員だ。香取との戦いで視線の問題など弱点も明らかになったものの、彼の発想力を武器に点を取り続けていた。
それは俗に言う裏をかくというもの。しかし表があるからこそ裏が活きるものだ。仲間の強い支援がないとなれば、いずれ見破られてしまう。
これが風間も無理であると判断した理由だ。
彼一人の問題ではなかった。木虎隊では周囲の環境にも恵まれたからこそ最終的にB級上位グループにまで上り詰めたものの、今の隊では到底敵わない。風間の下した厳しい指摘だった。
「チッ! おい、ユズル!」
「何? どうしたの?」
「どうしたのじゃねえ! 知ってんのか? お前の元チームメイト、B級で痛い目にあってるぞ!」
不機嫌さを隠すことなく、影浦は作戦室内で本を読んでいた絵馬に声を荒げる。
絵馬は木虎隊で副とチームを組んだ身だ。加えて彼とは同じ学年。色々と思う所はあるだろう。
「……うん。知ってたよ」
やはり絵馬も副の状況の事は聞き及んでいた。だが影浦の話を聞いても表情一つ変えず、すぐに視線を手にしていた本へと戻す。
「何だよ、ずいぶん落ち着いてるじゃねえか? 心配じゃねえのか?」
「別に。どうせ心配したって——いや、心配すればきっと余計に気にすると思うから」
興味がないわけではなかった。むしろ彼の性格を良く知っているからこそ、余計な気遣いはかえって追い詰めるだけだと理解している。その為絵馬だけは旧木虎隊の中では唯一副に対して積極的に声をかける事はしていなかった。
「副が自分で今の部隊に所属すると決めたんだ。だから俺は何もすることはないよ」
「……ハッ。そうかよ」
微塵も表情の変化が見られない。よほどお互いの事をわかっているのだろう。
絵馬の冷静な様子を目にして影浦の熱も冷めた。
確かに彼が本当に自分の意志で選んだのならば余計な気遣いは無用だろう。これが何かしらの作為があっての事ならば介入しただろうが、そういう訳でもなさそうだ。
だから影浦も師匠として弟子に助けを出す事はせず、彼の再起を待とうと考えた。
——だが。
結局茶野隊は最後まで浮上する事はなく。
結成後、最初のシーズンはB級下位グループである18位という苦しい結果で終わりを迎えた。
さすがに木虎、絵馬の穴を埋める事は難しかった。
データブックを見ればわかりますが、本当にこの4人を比較するとパラメータが二回りほど違います。やはりA級は強い。