第二の嵐となりて   作:星月

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嵐山副④

「おっと。ここで嵐山隊員が後退しはじめました。ですが絵馬隊員への援護ではなさそうですね。やや東寄りに南下しております」

「絵馬君の援護もなしではないけどねー。カメレオンを使っている相手には援護も難しいし、そもそも二人の隊長を相手にしながら追いつけるのかって問題もあるから、これは仕方ないかな」

「ですがこうなるとどの様にして隊長達を迎撃するかがポイントとなります。現在は香取隊長が嵐山隊員を追跡、諏訪隊長もこれに呼応して挟撃できるように場所を変えている最中ですが」

「一方、これまで単独行動をしていた木虎隊長。こちらは依然バッグワームを使用したまま絵馬隊員、嵐山隊員の双方を援護できるような位置へと移動を開始しております」

 

 南東方面に退却を始めた副。時折アステロイドで牽制し敵の足を遅らせている。方角的に絵馬の逃走する方向とは逸れており、そんな二人の間に入るようにこれまで潜伏していた木虎が動いていた。

 

「……これは、最初に引っかかった相手を木虎隊長が狙う動きですね」

「うん。どうやら序盤の副君と絵馬君の戦いは時間稼ぎだったみたいだ。退いてくる二人を囮に、敵を陣に引き寄せる為のね」

 

 木虎の動向や位置取りを見て解説の隊員たちが彼女の意図を察する。

 準備は整った。

 ここからが木虎隊の新たな力の見せどころだと。

 

「じれったいわね。この先に木虎がいるの?」

《合流先かその途中、もしくは彼と絵馬の間にいるはず。木虎隊が得意とするのは銃撃戦だから可能性が高いのはこっちの方ね。諏訪隊がこっちに来なければいいけど》

「向こうだってこのまま木虎隊を勝たせたくないでしょ。そんなことしたら狙撃手を見失う可能性だってあるわけだし」

 

 幾度か建物の陰に身を潜める事を繰り返し、香取は徐々に副との距離を少なくしていた。射程は相手が勝るも、細かい機動力では香取が上だ。追いつくことは可能だろう。

 問題は木虎が潜伏されていると予測される地点が近いという事だ。染井と意見を交え、諏訪隊と合同でこのまま追い詰めれば問題はないだろうと結論付ける。

 

「距離を離させなければいい。銃撃戦なんてさせないし、接近戦なら木虎がいても私が勝つわ」

 

 香取は最初の戦いで副を相手にし、彼に不意を突かれるまでは優勢だった。ならば奇襲にさえ気をつければ問題ない。実力で押し勝てる。たとえ二対一であろうと必ず落として見せると自信にあふれていた。

 

『葉子、お前も油断すんじゃねえぞ。木虎の動きがまだ完全に読めてねえんだ。これも相手の思惑通りだとしたら――』

「はっ? 何? 私が負けると思ってんの? 人の心配するより、あんたが落ちたらそれこそ狙撃手を自由にさせちゃうんだから、ヘマかかないでよね」

《テメエ!》

《二人とも。まだランク戦の最中だから!》

 

 香取の慢心を除こうとする若村だが、二人の口論は売り言葉に買い言葉で収集が付く気配がない。三浦が間に入って場を和ませようとするも結局二人の衝突が最後まで収まる事はなかった。

 

「あー。しゃらくせえ!」

 

 対して場面が変わって諏訪隊。唯一残っている諏訪が不機嫌そうに声を荒げている。どんどん戦況が動いていく上に副の遅滞行動により思うように追う事も難しい。怒りを抱くのも仕方がなかった。

 

『諏訪さん落ち着いて』

『いっその事うちらも絵馬狙う? 若村も上手く行けば落とせるし』

「いや、今この挟撃を無くせばまた副に潜伏されるかもしれねえ。点差を考えれば木虎隊にこれ以上点を取らせたくねえし、狙いを変えるなら若村が絵馬を落とすか落とされてからだ」

『香取隊はまだ無得点ですしね。木虎隊へのプレッシャーを考えれば確かにそれがよさそうっすね』

 

 チームメイトからの冷静な声が耳に直接響く。

 絵馬を狙う方針に変えるべきかという意見も出るが、逆転を狙う為にもこのまま続行が良いだろうと結論を出した。

 現状得点は2対1対0。(順に木虎隊、諏訪隊、香取隊)

 香取隊に得点を許す事はあまり問題ではない。だが木虎隊がこれ以上得点すれば逆転は難しい状況だ。ならばこのまま副を狙い、木虎の動向を探るべきだろうと諏訪は考えていた。

 

「それに今動けば木虎が突っかかってくる可能性が高い。ならまだこのまま副を狙った方がよさそうだ」

 

 そう言って諏訪は建物の陰から飛び出し、シールドでアステロイドを防ぎつつ再び建物の陰へと移ってアサルトライフルの射程から逃れる。

 勝負は香取が副へと特攻を仕掛けてからだ。二人同時に散弾銃で落とせれば最善。そうでなくても乱戦ならば一人は落とせる。火力は諏訪隊が勝っているのだから。

 

(……マズいな。さすがに細かい場所がわからない状態じゃ狙撃は出来ない)

 

 対し、若村から逃走中の絵馬は度々視線を後ろに向けながら反撃の機会を窺う。

 相手のおおよその地点はわかっているのだが、どの高さにいるか等の詳しい状態は不明だ。下手に狙撃を行えば足を止める事になり、かえって若村に落とされる事になるだろう。

 

(カメレオンを使っているとなると木虎先輩と合流できたとしても——)

《絵馬君、聞こえる?》

「ッ!」

《今から私の言うルートを移動して。そして相手の足が止まったら狙撃準備を》

「……了解」

 

 すると絵馬にも木虎からの通信が届いた。

 数秒の交信後、絵馬は大きく頷く。一つ建物を飛び越えたと、屋根から飛び降りて入り組んだ細い路地の中へ駆けていった。

 

(ちっ。まずい、これ以上距離を離されると見失う!)

 

 敵の逃走ルートを見て若村は追跡の速度を上げる。バッグワームをつけている以上、一度見失ってしまえば追跡は困難だ。狙撃手を再び潜伏させるわけにはいかない。すぐに若村も地上へと降りて絵馬の逃げた道へと追いかけていった。

 

「——ッ!? はっ!?」

 

 だが、細い道に入ったところで彼の足が何かに引っかかり、その場で転倒してしまう。かろうじて受け身を取り、何事かと視線を移すとそこには足元にワイヤーが仕掛けられていた。

 

(これはスパイダーだと!? まさか木虎が仕掛けたのか!)

 

 設置型のトリガーの一つ、スパイダーだ。しかもよく目を凝らせばあちこちに設置されている。

 

「葉子! あちこちにスパイダーが張られてるぞ! 気をつけろ!」

 

 すぐに若村は香取に通信をつなげ、同時にカメレオンを解除。アステロイドをセットした。スパイダーを一気に取り除くならばこれが手っ取り早い。直ちに行動に移そうとして——真正面の建物に居座る絵馬が銃を構えた事に気づいた。

 

「若村先輩、発見」

(絵馬! ここで狙撃か!)

「くそっ!」

 

 スパイダーを破壊する暇はない。今度はシールドを前面に展開、前方からの狙撃に備えた。

 

『若村君、後ろ!』

「えっ」

 

 直後、染井から緊急の通信が入る。

 言われるがまま振り返るとバッグワームを解除した木虎が現れた。

 シールドの再展開は間に合わない。かろうじて右腕を前方に突き出す。右腕をスコーピオンで切り落とされるが、何とか急所は避ける事に成功した。

 

「ちっ。このっ!」

 

 左手で反撃すべく銃口を木虎に向ける。

 しかし銃弾が放たれる前に、その銃は背後からの狙撃により撃ち落された。

 

(絵馬!)

「もらったわ」

「まだだ!」

 

 追い打ちをかける木虎。若村はシールドを再展開、木虎の攻撃を防ごうと懸命に動いた。

すると木虎はそのシールドを蹴り上げる。掴んだスパイダーを支点に回転し、足に生やし

たスコーピオンで若村の体を切り裂いた。

 

「……ッ!」

《戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

「マジかよ」

 

 息もつかせぬ連続技の前に若村は反撃が出来ぬまま緊急脱出する。木虎隊に追加得点が記録された。

 

「ついに木虎隊長が参戦! 素早い身のこなしで若村隊員を撃破しました!」

「おおー。木虎ちゃんってあんな身軽に動けたんだ。ビックリした」

「確かに。今まではスコーピオンを使ってもあくまで補助的な動きばかりだと思っていたのですが。スパイダーを使うとここまで変わるのですね」

「相手の侵入を阻むだけではなく、自分の攻撃にもスパイダーを利用している。この展開をしっかり考えていたんだろうね」

「これで諏訪隊・香取隊は隊長を残すのみという厳しい展開となりました。隊長の意地を見せたいところではありますが、果たしてどうなるでしょうか」

 

 ランク戦の終盤。ようやく登場し、瞬く間に敵を落とした木虎の活躍に歓声が湧き上がる。

 これまでの木虎の得点は主に拳銃による得点が目立っていたからこそなおさらだ。新たに彼女が武器としたトリガー・スパイダーの扱い方を見て、これはさらに木虎隊が優位に立っただろうなと隊員たちは皆考えた。

 

「——おっと。ここで諏訪隊長が動きました!」

 

 そんな中、ランク戦は新たな戦局を迎える。香取と連動していた諏訪が進路を変更。姿を見せた木虎へと向かっていった。

 

「まだ逆転を狙っているね。これ以上木虎隊に得点させず、かつ生存点の二点が絶対必要になるけど、どうかな?」

「木虎隊は無理に動く必要はないですからね。ベストは各個撃破、次点でこのまま逃げ切りという状態です。スパイダーがある以上短期決戦を仕掛けるのは難しいでしょうから、3人が揃っていない中で倒したいという考えでしょう」

「どちらにせよ木虎ちゃんと絵馬君が見えてる今二人を止めないと、スパイダーで足を止められている間に不意を突かれちゃいかねない。難しい判断だよ」

 

 すでに木虎隊の作戦方針通りに事は運び、このままなら勝利は揺るがない。木虎が張ったワイヤー陣に戦局を移し、各個撃破の様相となっていた。人数も残り少なく、得点もトップ。しかも副が二人を引き付けている間に絵馬と木虎が援護できれば完封を狙えるだろう。所見でワイヤートラップを潜り抜け、速攻で敵を落とすのは困難だ。

 故に諏訪隊と香取隊が逆転するなら確かに木虎隊の合流を防ぎ、相手に得点させずに全滅させるしかないだろう。ただしその難易度ははるかに高い。

 

《行くんですか、諏訪さん?》

「仕方ねえだろ。最悪なのは副を落とせないまま木虎達がこっちに来るパターンだ。そうでなくても絵馬とかはまたどこにいるかわからなくなっちまう」

《んー。最悪この試合の得点は諦めて時間切れを狙ってもいい気がするけど》

「それは俺の性にあわねえ。却下だ」

《諏訪さん……》

 

 移動しながら交信を続ける諏訪。彼もここから逆転勝利を収める事が厳しいのはわかっている。しかし完全に逆転が不可能でないならば最後まで点を取るべく足掻きたい。諏訪は一抹の勝利を狙って木虎へと矛先を向けた。

 

「ちっ。使えないわね。散々私に口うるさく言っておきながらあっさりやられるとか。何それ?」

《……》

《落ち着いて葉子。相手が動かないかに気を配って》

「わかってるわよ!」

 

 一方の香取隊。香取が先に脱出した若村に苦言を呈している。

 口をとがらせる香取に染井が冷静に諭す事でどうにか状況を保っているが、戦況は悪化するばかりだ。

 現在香取は建物の陰に身を隠しながら機会を窺っている。彼女の視線の先にもスパイダーが大量に映っていた。

 

(諏訪隊が代わりにあっちに行ったみたいだから、理想的なのは私が速攻でこいつを落として、向こうの決着がつく前に参戦する事。そうでなくてもスパイダーがある中での長期戦は望めない。戦局が変わってこいつが移動されても厄介。やるなら一気に行くしかない!)

 

 スパイダーの先で待ち構える副の姿を捉え、香取は作戦を練る。

 狙うは短期決戦。一気に副を落とし、木虎・絵馬・諏訪の戦いに割り込む事だ。

 

(若村先輩が落ちた。そして諏訪さんが代わりに木虎先輩達の方に。香取隊長はまだ仕掛けてこないみたいだし、俺も姿を消して諏訪さんを挟撃するか?)

 

 ただ、副の方は無理に香取を相手にする必要はない。諏訪が一人で突撃し浮いた駒となっている以上、そちらを獲りに行く方が効率もよいと考えたからだ。一人ずつ確実に落としていく方が得点も狙えるはず。

 一応木虎に指示を仰いだ方がよいかと回線を開き——

 

「あんた、嵐山さんの弟なんでしょ?」

「……?」

(何だ? 話しかけてきた?)

 

 突然香取が自分に話しかけてきた事で連絡がつながる事はなかった。

 

「香取隊長が嵐山隊員に何か話を振っているようですね。さすがにこちらに音声は届きませんが、何でしょう?」

「まあ、挑発だろうね」

「嵐山隊員が逃げない様、一対一の状態を作りたいのでしょうが……」

 

 観客席の隊員も香取が副に向かって口を開いているのを見て、二人の間で問答が成されている事を悟る。十中八九彼女の狙いは彼を煽る事だという事はすぐにわかった。

 

「羨ましいわね。家族が有名人なら注目も集まって」

「……」

「自分もボーダーに入ればすぐA級になれるとでも思ったの? さっきだって一対一では私に押されていたのに」

 

 一方的な問いかけに副は何も反応を示さない。時間稼ぎは木虎隊にとって悪いことではない。相手の罠に乗る必要はないと言葉を聞き流した。

 

「『兄弟だから』、『きっと超えられる』。とかそんな甘い事を考えているの? 兄のおこぼれで入隊したくせに」

「————」

 

 ただ、彼の我慢は長くは続かなかった。

 

《副君。聞こえる?》

 

 そんな折、木虎からの通信が耳に響く。

 

《諏訪さんが向かってくるわ。退きながら応戦すれば無傷で倒せそう。あなたも逃げ道を封じるためにもこっちに》

《すみません。木虎先輩。そちらを任せてもいいですか?》

《えっ?》

 

 やはり当初の予想通り木虎は諏訪を確実に撃破するように作戦を立てていた。副もその方が良いだろうと考えながら、隊長の指示を拒絶する。

 

《香取隊長は機動力が高い上にスコーピオンを持っています。せっかく設置したスパイダーを崩されかねない。俺はこっちで点を取ります》

 

 通信越しでも彼の強い語気は伝わった。木虎は何事かがあったのだろうと察し、ゆっくりと目を閉じた。

 

《……わかったわ。こっちの心配はいいから、自分の戦いに専念して》

《了解です》

 

 正式に隊長からの許可を得た事で迷いは消える。

 副は右手のアサルトライフルを起動し、香取と向かい合う。

 

「どのように思われようと勝手ですが。少なくとも俺は、何も知らずにそういった勘違いする人(・・・・・・・・・・・・・・・・・)の考えが間違いだと証明する為にも、ボーダーに入ったつもりです」

「……ムカつく……!」

 

 同様に心を煽るような言葉に当てられた香取の表情にも怒りが生じた。

 

「だったら、ここで証明してみなさいよ!」

「言われずとも!」

 

 その言葉が最後の受け答えとなる。

 香取が右手のスコーピオンでスパイダーを切り裂きながら突撃した。

 もう退くつもりはないのだろう。シールドでアサルトライフルを防ぎながら最短距離で向かっていく。

 

(やはりアサルトライフルだけじゃ仕留め切れない!)

「なら!」

 

 このままでは撃退は難しいと判断したのだろう。副が射撃を中断し、左手を後方へ引いた。そして両の掌を合わせ力を篭める。

 

(飛び道具の構え!)

「無駄よ!」

 

 得意とするフルアタックの構えだ。彼の動きを見て香取も両手で集中シールドを展開した。どれだけの攻撃力を誇ろうとこれならば確実に防げる。

 スパイダーに足を取られないようにと足元に一瞬視線を落として——視界を上げると、副の姿が消えていた。

 

(消え!?)

《葉子、後ろ!》

 

 驚く香取に染井の注意を促す警告が届く。

 

「フェイク!」

「フルアタックの構えは囮! 左手に起動していたのはスコーピオンではなくテレポーター!」

「上手い。完全に不意を突いた!」

 

 構えを見抜かれていたからこそ、副はあえてそれをそのまま使う事で相手の意表をついた。彼の想像力に解析の3人も驚きを禁じ得ない。

 

(取った!)

 

 副も勝利を確信した。最短で仕留めようとしていたからこそ敵が斬り残していたスパイダーを蹴り、香取へ右手のスコーピオンを突き出す。

 

「ッ! このおっ!」

 

 拳銃で狙うには遅すぎる。

 シールドで防ぐとしても今起動したばかりだ。再展開は間に合わない。

 グラスホッパーで避けようにも加速している相手に貫かれる方が早い。

 ——故にこちらも斬るしかない。

 香取の判断は速かった。素早くスコーピオンを右手で起動し、香取は聞き足を軸に回転。横一線に刃を振るう。

 そして、二人の影が交叉した。

 

「両者激突!」

「……決まったね」

「はい。勝負ありです」

 

 切り結んだ二人。見逃してしまいかねない一瞬の攻防。その短い時間で決着はついたと北添や歌川は見抜いた。

 

「……まさか。スコーピオンのフェイクとテレポータ―で完全に不意をついて。ワイヤーまで使ったって言うのに」

 

 先に口を開いたのは副だ。

 彼の視線の先で手にしていたスコーピオンの刃先が折れている。

 直後、彼の胴体は真っ二つに切り落とされた。

 

「俺の負けかよ。くそっ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 上半身がゆっくりと地面に落ちていく中、トリオン体が崩壊し緊急脱出する。副は最後まで試合を見届ける事なく戦いを終えた。

 

「『俺の負け』? どこまでもムカつく奴」

 

 彼の最後の言葉を聞いた香取は苛立ちを覚えて呟く。

 

「相打ちなら、あんたの勝ちみたいなもんでしょ。——本当、ムカつく!」

 

 そう語る彼女の胸元には風穴が空いていた。副の最後の一撃も確かに届いていたのだ。

 

『トリオン供給器官破損。戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 ほとんど時を同じくして香取も作戦室へと脱出する。最後に一点を記録したものの、香取隊はこの一点のみで全滅する事となった。

 

「嵐山隊員、香取隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! 相打ちとなりました!」

「惜しい。お互いに惜しかったですね。嵐山隊員の発想が面白かったし、香取隊長も咄嗟の判断で的確に反撃していました」

「香取ちゃんが残ったら十分逆転できたよね。大きな分岐点だったな」

 

 どちらが勝ってもおかしくない中、互いの意地が観られた局面だ。検討を讃える声が続く。

 そしてここから少し後。

 諏訪の緊急脱出(ベイルアウト)が発生し、ランク戦は終幕を迎えた。

 

「諏訪隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! よってここで決着です。最終スコア、7対1対1! 木虎隊の勝利です!」

 

       得点 生存点 合計

木虎隊     5   2   7

諏訪隊     1       1

香取隊     1      1

 

木虎隊が大量得点を記録し、二部隊を引き離す結果。圧倒的なランク戦となった。

 

「諏訪さんも最後木虎ちゃんの片手をとったりと頑張っていたけどね。絵馬君の援護もあったし難しかったよ」

「諏訪隊長が押し切れればあわよくば逆転、というところでしたが。木虎隊長が確実に仕留めていきました」

 

 ワイヤー陣、二対一に加えて狙撃手が待ち構える厳しい状態だったのは間違いない。それでもギリギリまで敵を追い詰めた諏訪を解説の二人は讃えていた。

 

「……つまんない」

「はっ?」

銃手(ガンナー)つまんないわ。やっぱり万能手(オールラウンダー)よね、これからは」

「葉子ちゃん?」

「……葉子」

 

同時刻、香取隊の作戦室では香取が不貞腐れている。元から気分やな一面があったのだが、今回の敗戦が彼女の背中を悪い方向へと後押ししてしまったのだろうか。そうでなくてもこの試合、香取はスコーピオンで得点は取れたものの、銃手(ガンナー)としての得点は下がってしまった。そう考えるのも仕方がない事かもしれない。

 

「結局落とされちゃったじゃん諏訪さん! 木虎隊に3点献上してるし! 木虎も落とせてない!」

「うるせー! 気にしてるんだから言うんじゃねーよ!」

 

 諏訪隊では小佐野が諏訪に愚痴る光景を堤と笹森が見守っていた。香取隊と同じ一点どまりの敗戦だが、先制点を挙げたという事もあり悪い空気ではない。年長者が多いという事もあって落ち着いた光景が広がっていた。

 

「絵馬君、木虎ちゃん。お疲れ様」

「最後も綺麗に決まりましたね!」

「ありがとうございます。副君もお疲れ様」

「香取隊長がいなかったからかなり楽になったよ」

「最初、俺だけやられたかと思ったからビックリしたけどね」

 

 勿論、勝利した木虎隊の面々は上機嫌だ。三人全員が得点に成功。得点が伸び悩んでいた木虎も二得点を決めたというのも非常に大きい。新しいトリガーも綺麗に決まった事も戦果の一つだ。

 

「さて、それでは振り返ってみて今日の勝負の総評をお願いします」

「そうですね。地形から銃撃戦が予想されていたのですが、今回それによって得点したのは堤隊員が最初に得点した一点のみ。諏訪隊の先制点となったわけですが、銃手の面々が分断された点が大きかったですね」

「うん。最初から隠密行動が目立ったから仕方がないかもしれないけど、隠れてる隊員を狙おうとして各隊員が狙いを絞り切れなかった印象かな」

 

 綾辻に振られ、歌川・北添がそれぞれ見解を述べる。

 工業地区という舞台から中距離戦が繰り広げられるだろうという予想を裏切り、個々の戦いがメインとなったこのランク戦。諏訪隊の得点以外は主に木虎隊の動きにつられた結果の得点と考えていた。

 

「特にこの試合は木虎ちゃんが消えてると考えた人はいなかっただろうからね。皆予想外だったと思うよ」

「彼女が見せたスパイダー。隊長自身の戦い方が巧みでしたし、嵐山隊員も上手く利用していました。絵馬隊員の逃走路の確保にも使えるでしょうから非常に効果的ですね」

「今まで木虎隊は接近戦を不得意というイメージでしたが、今回の一戦でそれも一変しそうですね」

 

 話題は木虎の動きとスパイダーへ。綾辻が語るように今まで木虎隊は近接戦闘においては得点できても副のスコーピオンくらいだったが、新戦術のおかげで木虎も十分得点できるようになった。この変化は大きいだろう。うまく行けば敵のエースも倒せるという結果も示せた。

 

「敗れた香取隊、諏訪隊はどうでしたか?」

「まず香取隊は——惜しい場面がいくつかあった。香取ちゃんが最初突っ込んだ時とか、もしあれで副君が落ちてたら木虎隊は何もできなかった可能性もあったと思うよ」

「やはり香取隊長の得点が良くも悪くも影響するチームですからね。最後の一騎打ちなどは素晴らしい動きでしたので、安定して戦えば上位にいる実力はある部隊だと思います」

 

 続いて話題は香取隊に転換する。やはり香取の調子次第で得点が変わる部隊とあって評価は難しい。ただその実力は本物であると歌川は断言した。それだけの力を持っている隊員だと。

 

「諏訪隊は堤さんが落とされてなければ、って感じかな」

「あれはむしろ絵馬隊員を褒めるべきでしょう。問題はその後ですかね。笹森隊員と諏訪隊長二人が残っていれば打てる手が増えていたと思います。笹森隊員は諏訪隊の中で貴重な前衛ですので、彼の成長が大きなポイントになるかと」

 

 一方、諏訪隊の話では歌川が少し厳しい口調で笹森の飛び出しに苦言を呈した。諏訪も注意していたので仕方がない事だったが、やはり迂闊な行動と見えたのだろう。諏訪隊は攻撃手は一人のみ。だからこそ余計にその存在は大きいのだとその価値を示した。

 

「ありがとうございました。さて、木虎隊はこのランク戦で7得点を記録。夜の部の試合結果にもよりますが、B級上位グループ入りに期待がかかります。それでは北添隊員、歌川隊員。本日は解説ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

「ありがとうございました」

 

 これで昼の部の試合は終了。夜の部のランク戦の得点次第で木虎隊は更なる浮上を果たすかもしれない。これからの躍進に期待しつつ、綾辻の言葉を最後にランク戦は終了した。

 そして彼女の予想通り、木虎隊の順位はこの日B級6位まで上昇。最高記録を更新する。その後も木虎の新戦術の効果もあり、木虎隊は上位グループであるB級3位まで登り詰めて今シーズンを終えたのであった。


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