第二の嵐となりて   作:星月

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小南桐絵①

 ボーダー入隊試験に合格した翌日の月曜日。

 副は学校の授業を終えた後、ボーダー本部から少し離れた建物を訪れていた。

 川の真ん中にひっそりと佇んでいるこの巨大な施設はボーダーの支部の一つ、玉狛支部。かつては川の何かを調査をしていた施設らしいが、廃棄後にボーダーが土地を買い取り、新たに基地を建てたという。

 見ると支部の入り口には一人の女性が腕を組んで待ち構えている。彼女は副の姿を捉えると笑みを浮べて彼を出迎えた。

 

「来たわね副」

「桐絵さんお久しぶりです」

「ええ、久しぶり。この前は相談に乗れなくて悪かったわね」

「いえ。今日は呼んでいただきありがとうございます」

 

 鳥の羽のようにピョンとはねた後ろ髪、茶髪のロングヘアーと緑色の目が特徴の女性。

 玉狛支部所属、A級隊員攻撃手(アタッカー)小南桐絵。

 高校生ながらボーダーでのキャリアは長く、正隊員の中で一番の古株。副にとっては従姉であり長い付き合いである女性だ。

 

「准から話を聞いたときは驚いたわ。あんたまでボーダーに入るなんで思ってもみなかった」

「俺もついこの前まで考えてもいませんでした」

「よくあのシスコンブラコン兄貴が納得したもんね」

「中々大変でしたよ? 兄ちゃんを説得するの」

 

 当然准のこともよく知っており、彼の性格上副がボーダー入りするとは予想もしておらず、入隊試験に合格したという知らせを聞いた時はとても驚いていたらしい。

 小南に案内されて副は支部内へと足を踏み入れる。

 扉をあけてまず見えたのは、カピバラとその上にまたがる小さな男の子だった。

 

「ッ?」

「……ほう。しんいりかね」

「『新入りかね』じゃないでしょ陽太郎」

「ふぐっ」

 

 目を光らせる子供を小南が軽いチョップ一つで黙らせる。

 

「桐絵さん、この子は?」

「こいつは陽太郎。うちの支部に居座るお子さまよ。あと支部長(ボス)が拾ってきたカピバラの雷神丸」

「まさか、この子もボーダー隊員?」

「違う違う。ただここに住んでいるだけ。空いてる部屋が結構あるからね」

 

 玉狛支部お子さま 林道陽太郎。

 小南の紹介を受けた陽太郎は片手を上げて挨拶する。副も手を上げて彼に応えた。

 

支部長(ボス)からトレーニングルームの使用許可はもうもらってるから、時間もないしさっさと行くわよ。今は他の連中が任務や用事で出払っているから、私が好きなだけ付き合ってあげるわ」

「あ。その前にこれ、つまらないものですがどうぞ」

「ん? これひょっとしなくてもいいとこのどら焼きじゃない! よし、陽太郎。あたし達が訓練終わるまでこれ誰にも渡さずに保管しときなさい!」

「まかせておけこなみ。あらたなこうはいがかにゅうしたのだ。ぶすいなまねはしない」

「……先に言っとくけど、多分副は本部所属になると思うからあんたの後輩にはならないわよ」

「なんと!」

 

 ドラ焼きを預けちょっとしたやり取りを終えると二人は陽太郎と別れ、地下に向かう。

 玉狛支部の地下にはトリガーで創られた空間が広がっており、いくつかの部屋はトレーニングルームとなっている。

 その一室に入ると小南は部屋の真ん中に置かれた机を指差す。机の上には黒く細長い道具――ボーダーが使うトリガーがいくつも並んでいた。

 

「私は感覚派のボーダーだから、人に教えるのはあまりしたことないの。だから私とひたすら戦ってまずはトリガーの使い方を体験して慣れなさい。回数をこなして映像見ながら反省すればいいわ」

「了解です」

「じゃあまずはトリガーを選ぶところから、なんだけど。副、あんた希望するポジションとかってある?」

「その、選ぶ前にポジションについて聞きたいんですが」

「……ああそっか。まずはそこから説明が必要か」

 

 まだ正隊員ではない為、副はボーダーの詳しい情報は知らない。

 失念していたなと反省し、小南は最初にポジションを教えようと右手の指を三つ立てる。

 

「防衛隊員は主に戦う距離で三つのポジションに分かれるの。

 近距離でガンガン切る、攻撃手(アタッカー)。私はこれに当てはまるわ。

 中距離からバンバン弾を撃つ、銃手(ガンナー)

 長距離からドカドカ狙撃する、狙撃手(スナイパー)

 この三種類から合うポジションで武器を選択する。ここまでは良い?」

「桐絵さんの擬音語の違い以外はよくわかりました」

「それならオッケーよ」

(あ、オッケーなんだ)

 

 大筋が合っていれば細かいことは気にしないサッパリとした性格。

 本人も皮肉に気づいていないのか理解してくれたことだけを嬉しく感じており、副も気をよくした従姉に言及するには気が失せ、細かくツッコムことはしなかった。

 

「初めてだし自分が向いていそうなポジションを選べば良いと思うけど、どう?」

「そうですね……」

 

 何か考えがあるのだろう。顎に手を添えて少し考え込む副。

 

「あの、時枝先輩が確か万能手(オールラウンダー)というポジションだと聞いた覚えがあるんですけど、オールラウンダーは何か別の枠ということなんですか?」

「時枝? ああ、准の隊の?」

 

 副は前日も会った知人のポジションが先ほどの三種類に当てはまらないことに疑問を覚えた。

 近しい相手ということあって頭の中に残っていたのだろう。

 

万能手(オールラウンダー)は……そうね。別枠と考えた方がわかりやすいかも」

「というと?」

「そもそも万能手(オールラウンダー)というのは一種の称号のようなものなの。防衛隊員は個人(ソロ)ポイントという訓練や模擬戦で稼ぐ点数があるんだけど、攻撃手(アタッカー)用のトリガーと銃手(ガンナー)用のトリガーの両方で六千ポイント以上の個人(ソロ)ポイントを稼いだ隊員を万能手(オールラウンダー)と呼ぶわ」

攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)の両方で! ……だから万能手(オールラウンダー)か」

 

 説明を聞いて改めて自分が尊敬する先輩達がどれほど優れた隊員なのかを感じさせられる。

 個人(ソロ)ポイントを稼ぐ事がどれほど難しいかは知らないが、二つの武器を使いこなす事が難しいということくらいは容易に想像できる。

 ならばと副は決断を下し、机の上のトリガーへと手を伸ばす。

 

「俺は銃手(ガンナー)をやりたいと思います」

「……ふーん。理由は?」

「長距離から仕留めるほどの狙撃は想像出来なかったので狙撃手(スナイパー)はパス。それで残る二つから考えようと思ったんですが、近距離よりは中距離からの方が自分には向いているのかな、と思ったので」

「そ。まあ考えてのことならいいわ」

 

 本人がちゃんと色々思考してのことならば、実戦でも試行錯誤を繰り替えることだろう。

 行き当たりばったりなんかよりずっと良い。

 小南は安堵して自分のトリガーへと手を伸ばす。

 

「じゃあ早速やるわよ。といっても一口に銃手(ガンナー)と言っても、突撃銃型(アサルトライフル型)拳銃型(ハンドガン型)散弾銃型(ショットガン型)と様々だし、他にもオプショントリガーという変わった武器もあるから、自分にはどれがしっくりくるか数を試した方がいいわ」

「はい!」

「じゃあ五本勝負でセットが終わるごとにトリガーを変えてやってみるわよ」

「……了解しました」

『トリガー起動(オン)

 

 訓練の方針をお互いが認識し、二人はトリガーを起動する。

 身体とトリオン体が入れ替わり副は訓練生用の白い隊服に、小南は独自に戦闘体に記録されている緑色の隊服に髪もボブカットと姿が一転する。

 副が右手にハンドガンを、小南は両手にハチェット型の武器を手にして戦闘が開始する。

 

万能手(オールラウンダー)、ね)

 

 牽制の一発を片手で弾きながら小南は先ほどの副の発言を思い出していた。

 口ではああ言っていたものの本音は違うのだろうと彼の心の内を見抜いて。

 

(副、あんた本当は銃手(ガンナー)ではなく万能手(オールラウンダー)になりたいんじゃないの?)

 

 最初から彼がなりたいのは万能手(オールラウンダー)であり、銃手(ガンナー)を選んだのはその為の過程に必要なのだからではないのかと。

 

(時枝の名前を出していたけれど本当は准のことを考えていたんじゃないの?)

 

 副が本当に目標としているのは、彼が思い描いていたのは。

 時枝ではなく兄の背中なのではないのかと。

 これくらいは副達のことを昔から知る小南なら少し考えれば――否、考えなくてもすぐにわかることであった。

 だが彼の目標について一々問い詰めるのは気が退ける。何より自分で乗り越えていくべき課題だろう。

 

接続器(コネクター)ON(オン)

 

 小南はそう判断して今は強くさせることに専念しようと意識を切り替えた。

 両腕の双月を柄の部分を揃えてオプショントリガーを起動。一つの大きな斧とする。

 

「ッ!?」

(トリガーの形が変わった!?)

「さあ、かかってらっしゃい」

 

 突然の変形に驚きながら副はアステロイドを発射。

 狙いは良い。だが小南は手元で双月を高速回転し、銃弾全てを叩き落とす。

 その動きはさながら風車の如く。アステロイドを完璧に防ぎきり小南は不敵に笑う。

 

「今度はこっちからも行くわよ」

「くっ!」

 

 一通り撃ち落とした後、小南が急接近。

 副は距離をとりながらアステロイドを放つが追いつかれてしまう。

 上から縦に真っ直ぐ振り下ろされる斧。

 必殺の一撃は防御に入ろうとした副の銃ごと真っ二つに切り裂いた。

 

 

――――

 

 

「む? きたか」

「訓練は終わったのか?」

 

 小南の言葉通り、何度も実戦訓練を重ねた後。

 訓練室を出たリビングで陽太郎とさらにもう一人、ガタイの良い茶髪の男性が椅子に腰掛けていた。

 

「一応ね。三十戦やったところで副が限界ということで切り上げたのよ」

「……三十戦も連続でやったのか?」

「トリガーを変えながらだけどね」

「まだ仮入隊、しかもトリガーを使うのは初めてなんだろう? やりすぎじゃないか?」

「いいのよ。こういうのは最初が肝心なだから。詰め込んで体がどう感じるのか叩き込むのが重要なの」

 

 小南は持論を語るが、彼女に一歩遅れて部屋に入る副はフラフラだ。訓練相手として小南が手加減をしていたとはいえ、初めての戦闘訓練は堪えたのだろう。トリオンを消費しなくても肉体の疲労がなくなるわけではない。

 これは入隊するまで小南に苛め抜かれるだろうなと、男性は副の身を案じて息を吐いた。

 

「桐絵さん、この方は?」

「ああ副は初めて会うから知らないか。このガッシリした筋肉は木崎レイジさん。私と同じ玉狛支部のA級隊員よ」

「木崎だ。今日は防衛任務が入っていて今戻ったところだった。よろしく」

「あ、はい。嵐山副です。よろしくお願いします」

 

 差し出された手を力強く握り締める。

 玉狛支部所属、A級隊員完璧(パーフェクト)万能手(オールラウンダー)木崎レイジ。

 玉狛支部はボーダーでもきっての強さを誇る部隊。一説では最強チームとも呼ばれている部隊だが、その隊長を務めているのがこの木崎だ。

 副も名前だけは聞いたことがあり出会いに感動しつつ木崎の大きな体を目に焼き付けた。

 

「初日からそれだけやったなら疲れただろう。少し休んだ方がいい。今お茶をいれよう」

「い、いえそんな! 恐れ多いです!」

「遠慮はしなくていい。お前は玉狛(うち)の客人だ。ゆっくりしていけ」

「そうそう。レイジさんはこう見えて何でもできる人なんだから任せておけばいいのよ」

「では小南、先ほど副からもらったあのお土産も出したらどうだ?」

「あ、それいいわね。……陽太郎、あんた勝手に食べたりしてないでしょうね」

「あんしんしろ。かずはじゅうぶんすぎるほどあったからなにももんだいない」

「やっぱり食べたのね! あたし達の分が減るじゃないの!」

 

 ボーダーとしても人としても先輩である木崎に気を使う副。

 対して自ら動く木崎も、それを何とも思っていないのか小南も陽太郎も自分の思うままに振舞っている。

 

(……なんと言うか、思っていたボーダーとは全然違うな)

 

 トリオンは若い人の方が多いために若い隊員が多いということは副も知っている。しかし仮にも防衛隊員であるのだからもっとビシっと引き締まった印象をボーダーに抱いていたのだが。

 少なくともこの玉狛支部の面子は自由気ままに、伸び伸びと過ごしている。

 イメージとの違いに困惑を覚えるとお茶を入れた木崎が戻ってきた。

 

「予想のボーダー隊員と印象が違うか?」

「あ、はい。何というか支部全体の雰囲気がその……明るい、というか」

玉狛(うち)は基地としてはスタッフが少ない部隊だからな。だが戦闘となれば話が違う。お前も小南とやったからわかるだろうが」

「……はい。ボーダーの精鋭部隊、A級の実力者。手を抜かれているとわかるのに手も足も出ずに三十連敗でしたから」

「それは仕方がない。むしろ初めての戦いで一度でも小南に土をつけるようなことがあれば、お前を一気にA級部隊に勧誘しているところだ」

 

 ですよね、と苦笑を浮べながら副は同調した。

 それほどA級隊員というものは実力派集団なのだ。小南達も、嵐山隊も。

 余計に身近な存在が遠く感じてしまい、少し悔しさを覚えてしまう。

 

「じゃ、お茶も来たしお菓子も来たし、一休みしましょう」

 

 陽太郎に軽いお仕置きを終えた小南の声を合図に、四人は一息をつく。

 その途中、小南との訓練で感じたことの話を交えながら。

 

「先ほどトリガーを変えながら戦ったと言っていたが、トリガーは一体何を使ったんだ?」

「武器は六種を使いました。まず銃手(ガンナー)用のトリガーの突撃銃型(アサルトライフル型)拳銃型(ハンドガン型)散弾銃型(ショットガン型)。そして攻撃手(アタッカー)用のスコーピオン、弧月、レイガスト」

「まだどれを使うか決定していなかったから。全部試してみた方がいいと思って」

「……成程。それで感想は?」

 

 先ほどの訓練。小南が手加減し、時間をくれたおかげである程度感覚を掴む事はできた。

 一つの武器其々での五戦を経て抱いた事を振り返りながら副は語り始める。

 

銃手(ガンナー)用トリガーは突撃銃型(アサルトライフル型)が一番使いやすいと思いました。連射がしやすく隙も小さくて打ちやすいイメージです」

(トリガーのイメージはしっかり掴んでいる、か)

「では攻撃手(アタッカー)用のトリガーは?」

「こっちはより差がわかりやすかったです。レイガストは重くてスラスターモードが使いづらくて逆に振り回される。慣れるのは難しいと思いました。弧月は使いやすいけど動きやすさに関してはスコーピオンの方が上。切りあいには向いていないようですが、俺としてはスコーピオンの方が好みかなと思いました」

「そうか」

 

 副の話を遮る事無く一通り話を聞き、彼がトリガーの認識を間違いなく把握していることがわかった。

 もしもここで何が違う点があれば指摘しようと思ったが、この様子ならばあまり大きな指導はしない方がいいだろうと木崎は考える。

 自分で試行錯誤する方が彼の成長のプラスになると。

 

「となると最終的な理想はメインにアサルトライフル、サブにスコーピオンの銃手(ガンナー)ポジションがお前には適任なのかもな」

「私もそれで行こうかと考え中。機動力があるみたいだから出し入れ自由なスコーピオンの方がいいと思うのよね。さすがは陸上部ってところかしら?」

「どうも。スコーピオンは本当に便利ですね。体の何処からでも出せるというのはびっくりしました。まさか頭からも出せるとは。……その頭ごと桐絵さんに真っ二つにされましたけど」

「ふふん。双月の威力、舐めてもらっては困るわよ」

 

 スコーピオンは守りには不適であるとはいえ、文字通り一刀両断された時の衝撃は計り知れない。今でもあの時の恐怖を思い出し、副は身を震わせている。

 

「ならば今後はアサルトライフルの弾丸も決めていくといい。オプショントリガーも並行して試すのが良いだろう。仮想戦闘モードはコンピューターとトリガーをリンクするからトリオンを消費しない。自分にあうものを色々試せるはずだ」

「はい。まだ基本のアステロイドしか試していないので、他のも経験しようと思います」

 

 仮想戦闘モードはトリオンの働きを擬似的に再現するトリオンが減らない訓練モードだ。

 継続的に戦闘訓練が出来る、回数をこなすことが出来るのは仮隊員である副にとってはとても助かる。

 

「ふふっ。生憎入隊式までは期間があるから、何度も相手してやるわよ」

「意外だな。お前がそこまでやる気になるとは」

「最近近界民(ネイバー)討伐の機会が減ってるから。最後は思いっきりズバッと切れるし意外と良いストレス発散になるのよ」

「……お前、新人の訓練をリフレッシュか何かと勘違いしていないか?」

「そんなわけないじゃない」

 

 元々玉狛支部は他の隊員とは規格の異なるトリガーを使っている為にランク戦に参加していない。

 その為実戦の場も限られている。小南にとっても副との訓練は悪いものではない。

 

「それに、准からも頼まれているんだから私がしっかりやらないと」

 

 少し真面目な顔になって小南が呟いた。

 彼女の言うとおりこの訓練は准の頼みによるものだ。

 准は『本来なら兄である自分が』と意気込んでいたものの、副も参加する五月の正式入隊日の期限が近づくにつれて嵐山隊に降りかかる仕事の量は大幅に増えていた。

 入隊式には新人隊員の入隊指導があるのだが、そのオリエンテーションを担当するのがボーダー広報役の嵐山隊なのだ。そのため数週間後に入隊式を控えている彼らの仕事の多忙さは他の隊の比較にもならないほど。

 ゆえに苦汁の決断で従姉であり副も面識が有る小南に訓練を依頼することになったのである。

 

「一応副は嵐山隊がスカウトしたということになっているし、下手な出来では送り出せないもの」

「え!? そうなんですか!?」

「そうよ。准の弟ともあって初期ポイントは高くなるだろうから。……それに見合った強さを身につけさせるわ」

 

 小南の話は聞いていなかった事で、副は表情を固くした。

 A級の嵐山隊のスカウト、しかも隊長の弟ともなればボーダー関係者が副を見る目が変わってくるだろう。入隊時に各隊員に与えられる個人の強さの指標となる個人(ソロ)ポイントの初期値・初期ポイントも高くなるだろう。同じ時期に入隊する新隊員達も第一印象が異なることは間違いない。

 もしも不甲斐ない姿を見せることになれば、鍛えてくれた小南だけではなくスカウトをした嵐山隊、特に兄のイメージも悪くなってしまう。

 

「……桐絵さん」

「うん?」

 

 そう思ったらじっとしていることなどできなかった。

 副は残ったどら焼きを口に含みお茶で流し込むと、立ち上がって小南に頭を下げる。

 

「今からもう一度訓練、お願いします」

「……やる気になったみたいね? いいわよ」

「ありがとうございます」

 

 先ほどよりも引き締まった表情を見て満足したのか、小南もどら焼きを平らげて訓練室へと向かう。

 正式入隊日までまだまだ時間は残されている。

 その間の訓練の出来によって初期ポイントも大きく変わるだろう。

 

(出来るだけのことはやってやる。何時までも甘えてなんかいられない!)

 

 だから今自分に出来る最良を尽くそうと、副は決意を新たにトリガーへと手を伸ばした。

 

「うむ。副はやる気満々だな」

「……そうだな。小南は口で教えるのは上手くないが、相手が訓練を通して手ごたえを掴んで考えられるならばかえって都合が良い。数をこなすというのは正しい判断だろう」

 

 二人を見送った後、木崎は後片付けをこなしながら陽太郎の呟きに頷いた。

 副が向上心に溢れている様子は今のやり取りでも窺える。小南の方針も間違っていない。

 ならば後は小南に任せて応援しようと二人が入っていった扉を見つめる。

 

「集中して訓練していれば時間が経つのは早い。気がついたら日数が過ぎているはずだ」

 

 その前にどれだけボーダーの戦術や強さを身につけることが出来るか。

 今期は他の支部でも有望な隊員のスカウトに成功。ボーダーに加わるという話が耳に入っている。果たして彼らに続くことができるのだろうかと、木崎は少しの希望を覚えて皿洗いを続行する。

 

 

 

 そして木崎の言葉通り、時間の経過はとても早く。

 運命の日はあっという間に訪れた。

 

「……さあ、今日が俺のスタートだ」

 

 一年に三回しか機会がないそのうちの一つ。五月のボーダー隊員正式入隊日。

 C級隊員共通の白い隊服を身に纏い、嵐山副は新たな一歩を踏み出した。


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