副が影浦にスコーピオンの指導を受け始めてから一週間程が経過した。
ランク戦という実戦形式を経て影浦のスコーピオンの戦い方、戦術を吸収していく副。
木虎隊は現在
ゆえに個人としてだけではなく隊としても少しでも早くスコーピオンの腕を磨いて欲しいところではあった。
しかし。
「ぐぁッ!」
「もらった」
「さすが、村上先輩――」
『戦闘体活動限界。
村上のレイガストが一閃。副のスコーピオンは強固な盾を破る事は適わず、成すすべなく脱出した。
木虎隊、鈴鳴第一、東隊の三つ巴となったランク戦。
序盤に副が太一を、木虎が小荒井を落とし一時は木虎隊が優位に立っていた。
しかしその間に村上、東の両エースが躍動。絵馬、来馬、奥寺の三人が落とされる。人数が減ると一対一の能力で勝る二名を落とすことは難しかった。木虎は一瞬の不意を東につかれ、長距離狙撃の前に沈む。副も村上との一騎打ちに敗北。鍛えたスコーピオンも完全に扱いきることが出来ず、木虎隊は全滅した。
最終的に東、村上の両名が追撃を中断したために生存点は無し。
――――
「そんなんで背後を取ったつもりか!」
「ッ! ああ、もう。本当気づいてしまうんですね!」
「気配が丸わかりなんだよ、テメエは!」
(何処の殺し屋ですかあなたは!?)
時間が空いていたため影浦との個人ランク戦に励む副。
テレポーターを使用して瞬間転位しようとも、影浦はサイドエフェクトによって瞬時に居場所を特定してしまう。その為に攻撃手段が極端に限られてしまい副は戦局を覆す事が難しかった。
未だに白星を挙げることは出来ていないものの、それでも副がスコーピオンの扱いには慣れてきたと影浦は感じていた。
スコーピオンは重量が殆どない。ゆえにその軽量さを活かしたスピード戦闘が主流なのだが、その展開速度と切り込みが速くなってきたように感じる。
最も、確かに武器そのもの扱いは慣れてきたものの。副が取得したい技術を身につけたのかと問われればそれは否だ。
「――今度こそ!」
副が左腕に加え、先週からメイントリガーにセットしているスコーピオンを展開した。
右腕のスコーピオンにさらに左腕のスコーピオンを重ね合わせる。影浦が頻繁に使っているスコーピオンの専用技、『マンティス』。二つの刃を重ね合わせることで瞬間的に威力、射程範囲を向上させるという荒業。
一つとなったスコーピオンが途中で軌道を変え、そして影浦の方へと向かう――ことはなく。
刃は影浦の横に立つ電柱に激突。
パキッと音を立てて崩れていった。
「ッ!」
「……外してんじゃねえ。扱いがなってねえんだよバカ」
影浦がかわしたのではない。副が外したのだ。
「まだまだ、遠いな……」
『戦闘体活動限界。
一体何時になったら追いつけるのだろうか。憧れと悔しさが混ぜ合わさった複雑な感情を懐き、副は戦闘を離脱する。彼が目指した目標は果てしなく遠い。
――――
「あれ、副? お疲れ。ランク戦やってたんだ」
「ユズルか。まあね。結構苦労しているよ。鳩原先輩、お疲れ様です」
「うん。お疲れ様。大変みたいだね。影浦君と訓練しているだなんて」
「アア? おい、どういう意味だ鳩原?」
ブースにでて影浦と共にラウンジに戻ると、絵馬と鳩原の姿があった。
スナイパーの師弟だ。おそらくは今日も共に狙撃訓練に励んでいたのだろう。
挨拶を交わすと鳩原は苦い笑みを浮かべている。その感情は冗談も混ざっているとは言え本音も一部は含まれているのだろう。影浦が鋭い牙を鳩原へ向けた。
A級が相手とはいえ女性を相手にこのような態度を取るとは珍しいと思い、副は影浦に問う。
「カゲさん。鳩原先輩と親しいんですか?」
「まあ一応同じA級だし、同学でもあるからよ。多少の会話くらいはするぜ」
「ああ、なるほど」
1週間の間に親しみを持って呼ぶようになった呼び名で呼べば、影浦は端的に説明した。
どちらもA級に属する隊員。加えて同学年ならば交流の機会も少なくはないだろう。
「んで、そいつは? お前の弟子か?」
「うん。絵馬ユズルと言ってね。才能ある子なんだ」
「……どうも」
「ちなみに俺のチームメイトでもあります」
「そういえばこの前に見た
「うちのチームメイトを目の前で勧誘しないでもらえます?」
「冗談だ。本気にすんじゃねーよ」
カッカッカと上機嫌で影浦は笑った。大きく空いた口から除ける鋭い歯。これほど笑うときは本当に楽しんでいるときだ。おそらく本当に冗談だったのだろう。
一安心するものの、おそらく
絵馬は木虎隊で最多得点を挙げている得点源。貴重な戦力だ。副にとっては同世代で頼りになる友でもある。
他の隊に取られないようにしなければな、と改めて警戒を強めた。
「こっちはもう終わったけれど。そっちはどう? 訓練は順調?」
「……それのことなんだけど。まあ後で話すよ。休んだら相談もしたいし、作戦室に戻る。この後時間は大丈夫か?」
悩み事を察して絵馬は二つ返事で頷いた。
深く聞いてこないのは本当に助かった。
新技を磨いているというのに1週間もたって未だに取得できていない。しかもその間のB級ランク戦で遅れを取っている。
中々次のステップを踏み出すことが出来ない。副は大きな山場を迎えていた。
――――
そして影浦や鳩原と別れ、副と絵馬は共に木虎隊作戦室へと戻った。
中には木虎と三上が作業を行っていた。木虎は
副の呼びかけで一通り作業に目処をつけると四人は集まり、仮想空間も展開して副のスコーピオンの精度を確かめていた。
そして、影浦とのランク戦でも生じていた問題点が浮き彫りとなる。
「そう。まだやはりマンティスを扱うのは難しそうね」
目標となった人型の的から大きく離れた位置に刃が衝突したのを見て、木虎は小さく息を零した。
副が影浦からマンティスを教わっているという話は聞いていた。最も、その後の進展についてはあまり詳しい報告を受けていなかったので不安視していのでそう驚きはなく「やはりか」という印象だ。
「はい。二本同時に扱うとなるとトリオンの制御が非常に難しい。それに元々スコーピオンは脆い。伸ばそうとすると余計に強度が悪くなるみたいです」
副は苦々しい表情を浮かべながら説明を続けた。
彼の言うようにスコーピオンは脆く、長くすれば長くするほど折れやすくなる。それを上手く相手に当てるようコントロールしなければならないのだ。難易度は相当なものだと想像できる。
(一週間やそこらで努力が報われるなんて思っていない。いえ、それどころか一週間も経てば分かってくるもの。自分に向いているのか、向いていないのかは)
そしておそらく、副にとっては後者なのだろう。木虎は言葉にはしなかったが、後輩に厳しい評価を下していた。
掲げる目標や本人の素質など一概には断定できない。
だが副には当てはまる厳しい現実。それを木虎は感じ取っていた。
「スコーピオンの扱いは慣れてきたんですけどねー。折角メイントリガーにもスコーピオンをセットしたのに。これじゃあ意味がない」
「確かに、スコーピオンの扱いは上手くなってると思うよ。展開速度も上がってるみたい」
「そうですか? ありがとうございます。それじゃあ後は操る方か」
データを見ていた三上から励まされ、改めて努力を重ねていこうと意気込む副。
一方、木虎はそう楽観視していいものかと思い悩んでいた。
今ならまだ修正は出来る。そして指導をするのは隊長である自分の役目。やるなら早い段階で声をかけておいたほうが良いのだろうか。色々と考えを巡らしていく。
「……副。一つ確認したいんだけど」
「うん? どうしたユズル?」
木虎が悩んでいるのを知ってか知らずか、絵馬が副に声をかけた。
「一応現時点ではスコーピオンの扱い自体は上手くなっているんだよね?」
「おう。一瞬で刃を伸縮するくらいは出来るようになった。マンティスみたいに鞭のような動きは厳しいけど。複雑な動きをさせると壊れやすいし」
直線に伸ばすことができても軌道を細かく操ることはできない。複雑な動きをコントロールすることが難しい。時には扱いきれずに刃が勝手に壊れる。
刃筋を立てるのが難しいのだ。そう簡単に解消できる問題ではない。
「じゃあ直線に伸ばすことは出来るんだ」
「そうだよ。そっちは少しずつできるようになってきた。さっき言ったじゃん」
「……なら、良いんじゃないかな?」
「へ?」
決して慰めでも妥協でもなく。解決に導けるであろう案を絵馬は提唱した。
「その戦い方をマスターするだけでも、上手くいけると思う。ちょっと試してもらいたいことが有る」
――――
「桐絵さん!」
「おおっ? 副じゃない。どうしたの?」
その日の夜。
副は玉狛支部を訪れていた。
「いつでも相談にいらっしゃい」と言っておいたとはいえ、こんな夜に連絡もなしに訪れるとは珍しい。
何かあったのだろうかと小南は面白半分に副をあしらおうと悪い顔をした。
「急に押しかけてくるだなんて。良いことでもあった? それともひょっとして、こんな夜遅くに私に会いに来たのかしら?」
「はい! そうなんです!」
「えっ!? そうなの!?」
ここまで真っ直ぐに見つめられて応じられると、さすがに気恥ずかしいものがあった。
いくら小さいころからの付き合いであるとはいえ愚直なまでの好意を向けられるのは弱い。
「もうやめてよー」と小南は頬を赤らめているのだが。
「見てもらいたいことがあるんです! 一戦、付き合ってください」
「なっ。――――よっし。地下に来なさい。コテンパンにしてあげる」
副はハッキリと模擬戦の依頼を頼み込んだ。
ようやく認識の違いを理解して、小南は戦闘態勢にに移行すべく意識を切り替える。
昔はあんなに純粋だったのに。一体誰だ、こんな戦闘民族に仕上げたのは。師匠の顔を見てみたかった。小南だった。
なにやら盛り上がっているようだが、そう易々と勝利を与えるわけにはいかない。いつものように軽く揉んでやろうと小南は考え。
そして、その考えを後悔する。
「えっ……」
小南は一瞬、自分に何が起こったのか理解できなかった。
だが彼女の体には一筋の切り傷が刻まれており、致命傷に達していた。
「う、うそ」
「……や、やった!」
訓練用に設定されているので
まさかの敗北を喫した小南は地面に両の腕をつけて悔しがり、ようやく師匠を相手に初白星を上げた副は喜びのあまり飛び上がった。
(ようやく。ようやく桐絵さんから一本を取った!)
「よっしゃ! よっしゃあ!」
感情を爆発させた。
小南との記録した訓練は見直さなければわからない程の黒星で埋っている。
その中にようやく白がついたのだ。待ち望んだ結果に喜びを我慢できるはずもなかった。
「ありがとうございます、桐絵さん。これで俺はやれそうです!」
「……何を言っているのよ? さあ続けるわよ」
「え? いやでも」
「副。あんた、あたしを本気にさせたわね」
「あっ」
「良い度胸じゃない。ちょっと懲らしめてあげる」
怒髪天を衝くとはこういうことなのだろう。
小南の背後には轟々と燃え上がる炎が見えた。憤怒という名の炎が。
彼女の変化と、この後の結末を察して副は肝を冷やす。
こうして副は小南との戦いでようやく始めての白星を記録し。すぐさま十九の黒星を重ねたのだった。
後に彼はこう語る。
「桐絵さんを怒らせてはならない。那須さんも怒らせてはならない。女性を怒らせてはならない」と。
――――
そして翌週のB級ランク戦。
木虎隊VS那須隊VS松代隊の三つ巴。副がスコーピオンで新たな戦い方を見出してから初めての公式戦となる戦いが始まった。
各隊が合流を図ろうと動き出す中。松代隊の
副がアサルトライフルを連射する中、松代はシールドを展開してお構いなしに突出した。
「チッ。さすがにシールド固いな」
それを分かってか松代はどんどん接近し、プレッシャーをかけていく。
(仕方がない)
「早速特訓の実戦練習とさせてもらいます」
副はアサルトライフルに添えていた左腕を体の後方へと引く。
軽く握り締めるように拳に力を篭め松代へと狙いを定めると、一直線に突き出した。
左腕からスコーピオンの刃が瞬時に伸張。松代のシールドを打ち破り、右腕を一突きした。
「なっ!? にっ!?」
突然シールドが割られた上に負傷を負わされ、松代は混乱した。
だが彼に考えているような時間は与えられない。
彼を貫いた刃は瞬時に副の元へと縮小し、そして再び矢のような勢いで放たれた。
「……ッ!」
『戦闘体活動限界。
刃というよりも、もはや彼のスコーピオンは槍のようなものだった。
確かに副は影浦のマンティスを取得することは出来なかった。しかし影浦の瞬時に刃を伸縮させる技術を学び、シールドの破壊・追撃をこなす近距離戦闘をものとしていた。
特にアサルトライフルの射撃を掻い潜って接近しようとする
「木虎先輩! こちらまずは一人落としました。すぐにそちらへ向かいます!」
『了解。くれぐれも気をつけてね』
「嵐山、了解!」
そして副がスコーピオンを身につけたことで木虎隊の戦略は大きく広がった。
今までは近距離戦闘を苦手としており、接近されれば脆いという弱点から活路を見出したのだ。副の得点力も大きく上がり、チームの勝利に貢献。
最終的に木虎隊は初シーズンでB級十九位から十二位まで勝ち進む。B級中位グループの仲間入りを果たすという躍進を遂げてシーズンを終えた。
これで初のシーズンが終了。
シーズン外のお話も特殊イベント回の様子を書いていきます。