第二の嵐となりて   作:星月

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今日は六月二十六日ということで。
時間軸が少し戻って、木虎隊の一日です。 


木虎藍③

 六月の終盤。B級に昇進を果たし、ランク戦が始まってからもう少しで一ヶ月が経過しようという頃。

 木虎隊の隊長である木虎藍は悩みを抱えていた。

 彼女は隊を率いる隊長として、可能な限りは隊員とのコミュニケーションは上手く取っていきたいと思っている。特に防衛隊員である副と絵馬は年下の後輩だ。年下の相手には慕われたい彼女にとって、彼ら二人とは友好的な関係を築いていきたいと思っている。

 実際チームを組んで、ランク戦も挑んで。お互いの距離感も築きかけていたのだが。

 最近、どうもそのチームメイト達から敬遠されがちな気がしてならなかった。

 例えば個人(ソロ)ランク戦。

 こちらの場合は参加するのは木虎隊においては木虎と副のみ。副が特に個人ランク戦に挑む回数が多いので機会がある時は共にブースまで行く事も多いのだが。

 

「いえ、今日は記録を見直そうと思っていまして。誘っていただきありがとうございます。また次の機会に」

 

 とやんわりと断られた。

 しかしその日、木虎が個人(ソロ)ランク戦を終えて一休みしようとブースを出たところで副が違うブース内に入室する姿を目撃している。

 すぐに行ってしまったので声をかけることは出来なかった。

 その後話を聞いても「記録の見直しが終わったので」としか答えてはくれない。

 これ以外にも何というか態度が素っ気無い気がする。

 まさかB級ランク戦で彼を囮にして木虎が点を取ったことを気にしているのだろうか。いや、彼はチーム戦術を理解しているはずだし己の分を受け入れているはず。そんな簡単に嫌われたりはしない。そう、思いたい。

 だが副以外の二人も反応は似たようなものだ。

 絵馬と三上、この二人も最近は自分を避けているというイメージが有る。

 作戦室で何か二人で本を見ながら話している姿を目にしている。木虎が気になって近づいてみるとすぐに本を閉ざし、なんでもないと話を打ち切り。其々の仕事や訓練に向かったりしている。

 他にも三人だけで行動したり、本部への出勤、帰宅の際も木虎との行動を避けている節があった。

 

(……あれ? ひょっとして私、本当に知らない間に嫌われていた?)

 

 こうなると木虎が至った結論は最悪なもので。

 顔を真っ青にして、チーム結束早々に絆に皹が入った可能性に衝撃を覚える。

 これは非常に不味い。チームとしては勿論、これから先の対人関係に響くだろう。何か早く手を打たなければ。

 しかし私生活や各々の行動の中で避けられている今、木虎が思いついたアイディアといえば。

 

「……防衛任務、ですか?」

 

 副が木虎の言葉を反芻する。

 久しぶりの木虎隊というチーム単位での防衛任務。

 普通に誘っても駄目。しかし仕事の事となればそうはいかないだろうと木虎は考えた。

 彼の問いに頷きを返し、木虎はさらに話を続ける。

 

「ええ。最近は皆で防衛任務につくこともなかったでしょう? 最近話す機会も少なくなった気がしてたし、チームワークの向上も兼ねてシフトを合わせてみない?」

「俺は、まあ、いいけど」

「でも今B級ランク戦の最中ですよ。日時は大丈夫ですか?」

「勿論。明後日、夕方なんてどう? 部隊ランク戦はその翌日だし、夕方なら皆時間は大丈夫でしょ?」

 

 チームランク戦の疑問は最もだが、その点は木虎も調査済みだ。

 丁度ランク戦の開催日である前日のスケジュール調整日、六月二十六日。

 平日の夕方ならば皆学校を休む必要はない。部活もその日は練習日ではないことは把握している。

 

(そしてその日、知らない三人を驚かせる!)

 

 加えてその日、六月二十六日は木虎の誕生日。彼女にとっては特別な日だ。

 あえて前もって何も伝えずに任務が終わった後に告げて、打ち上げでも行こう。翌日の対策も出来る。あまり自分から提案するような事はしたくないが、この際そのような事は気にしていられない。

 

「……良いんじゃないかしら? 連携の確認も出来るし。私はオッケーだよ」

「ま、そうですね。了解です。ではその日、空けて置きます」

「わかった。それじゃあよろしくね」

 

 絵馬に続き三上も賛同を示し、副も了承してくれた。

 これで予定は万全。後は二日後を待つのみ。

 今度こそしっかりと絆を確かなものにしようと決めて、またいつもの日常へと戻っていった。

 

 

――――

 

 

 そして迎えた六月二十六日。

 夕日が鮮やかな橙色の光を放ち、町を照らしている。

 

「……もう、泣きたい」

 

 背景に映えるというのに木虎は軽くへこんでいた。

 今日の防衛任務を共にすると決めていたはずの木虎隊の面々全員が突如シフトを変更、他の防衛隊員と交代したのだ。そう、三人とも全員が。

 副は陸上部の集まりに突如呼び出され。

 絵馬は家の用事で帰宅を余儀なくされ。

 三上も学校で委員会の招集をかけられ。

 三者三様の理由で皆防衛任務に参加できなくなってしまった。

 

「偶にはこういうこともある。中学生や高校生はみな個人の用事も多いだろう」

「副や絵馬も申し訳なさそうにしていた。そう責めないでやってくれ」

「ええ。それくらいはわかっています」

 

 代わってシフトに入った烏丸と村上が彼女を宥めた。二人とも副と絵馬に直接頼まれて代理としてシフトに入ったらしい。

 個人的な話をすれば烏丸と同じシフトに入れたというのは非常に嬉しい事だ。だがそれが約束したチームメイトと比較するとどうなのかと言われると返答に困る。やはりチームメイトとの関係も大切なものだから。

 

「今日は他の部隊もあまりネイバーとの戦闘はなかったようだ。キッチリ見回りをして無難異終わらせよう」

「はい。そうですね」

「……そういえば木虎。お前銃手(ガンナー)の戦い方を練習しているんだって? 俺でよければ今度時間があれば教えようか?」

「本当ですか!」

「ああ。といっても、バイトがあるからあまり長くは見れないかもしれない。それでもいいか?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 思わぬ収穫に木虎はほくそ笑み、上機嫌で礼を言う。烏丸に一対一で教えてもらえる機会はそうそうない。チャンスを大切にしようと意気込む。

 結局その後はネイバーの襲来もなかったために時間いっぱいまで見回ると防衛任務は終了。

 次のシフトの隊員とバトンタッチして三人は任務を切り上げた。

 

「今日は何事もなく終わったな」

「ええ。トリオンの消費もなくすんでよかったです」

「俺達は本部に戻るが、木虎はどうする?」

「そうですね……」

 

 特にこれといって予定が入っているわけではない。

 明日の調整として個人ランク戦に挑んでおくべきか。あるいは休息につともえておくべきか。

 さてどうするかと悩んでいる木虎に。

 

「木虎ちゃん。防衛任務は終了した?」

「三上先輩?」

 

 オペレーターの三上から通信が入った。丁度いいタイミングだ。防衛任務終了の時を待っていたのかもしれない。

 

「はい。次の隊員に引継ぎを済ませました」

「わかった。今日はごめんね。今皆用事が済んで、作戦室に副君と絵馬君も来てるの。明日のこともあるしちょっと話したいのだけれど、今から来れそう?」

「えっ」

 

 予想外の提案だった。いつもの調子ならばすぐに頷いていただろう。その方が良いということも分かっている。

 しかしどうも元々入っていた予定を全員に断れたことで、木虎は素直になりきれないでいた。

 

「……すみません。話は明日にしてもらえませんか? 明日のB級ランク戦は夜の部ですし、明日でも時間は取れるでしょう」

「えっ!」

 

 断られるとは思っていなかったのか、通信越しに三上の動揺が伝わった。

 実際このように付き合いが悪い素振りをチーム内で見せたことは一度もなかったはず。どうしよう、と近くの人物達と相談する声が聞こえてきた。

 

「で、できれば今日が良いのだけれど」

「うーん、ですが」

「ちょ、ちょっと木虎先輩!?」

「あ、副君」

 

 未だに木虎が承諾しないことに焦ったのか、三上から副へと通信が変わる。

 

「とにかく大事な話なんですよ! 来て下さいって!」

「……でもねー」

「――ッ! ユズル、お前からも何とか言ってくれ!」

「いや、そこまで頑固に言われると……」

「ああ……ッ!」

 

 木虎は応じず、三上や絵馬も半ば諦めかけている様子。

 しかしただ一人、副だけは納得しきれないのか羞恥心の篭った声でさらに話を続けた。

 

「――最近毎日会っていたから一日でも会わないと寂しいんですよ! とにかく、絶対に、今日中に作戦室に来てください!」

 

 そう一方的に言い切ると通信を切ってしまう。

 返答も聞かずに通信を切る辺り、彼自身非常に余裕がなかっただろうと予想できる。

 おそらくは今頃、自分の発言を振り返って後悔しているのかもしれない。

 

「えっと」

 

 木虎の中で後輩には慕われたいという感情がある。そんな彼女が副にあのような事を言わせてしまっては。

 

「聞こえてしまったが。……随分必死な様子だったぞ」

「言ってやれよ木虎。俺達も用事があるから寄る予定だったんだ。一緒に行こうぜ」

「まあ、そういうことならば」

 

 村上と烏丸の援護射撃にも背を押されて、木虎は本部へと足を向けた。

 

(しかし、あそこまで言って一体何をするつもりなのか……)

 

 パスワードを入力して作戦室の扉を開ける。

 

「戻りました。それで用件というのは……」

 

 木虎を先頭にして作戦室へ入る三人。

 仕方がなく、と息を吐いて部屋の中を見ると――クラッカーの音が二重に響く。

 驚き、身構えて周囲を見渡すと部屋の中は多くの装飾が施されており、絵馬と三上がクラッカーを持って木虎へ向けていた。

 

「木虎ちゃん、誕生日おめでとー!」

「おめでとう」

「……え?」

「おめでとう、木虎」

「おめでとう」

 

 三上が、絵馬が。さらに後ろにいた村上と烏丸が木虎を祝福した。予想外の出来事に木虎は驚かずにはいられない。

 

「おめでとう。木虎ちゃん」

「……えっと」

「サプライズパーティ。今日木虎先輩の誕生日でしょ」

 

 花束を三上から受け取り、絵馬の説明を受けてようやく木虎は全てを理解した。

 この前来るまでは室内にはなかった装飾に、この花束。さらに机を見ると料理がいくつも置かれている。

 村上と烏丸が驚いていないところを見ても、おそらくこの六人が最初から準備をしていたのだろう。

 

「あ、ありがとう。よく知っていたわね」

「情報は副が。綾辻先輩から聞いたんだって」

「そうだったの」

 

 嵐山隊は広報部隊。新人の情報を見聞きする機会が多い。

 それで副へと情報が伝わったのだろう。ボーダー入隊前から接点をもっていた彼だ。こういった細かな事にも気配りを払うことが出来るのは素晴らしいと思う。

 

「……あら? そういえば、その副君は?」

「あそこ」

「あそこ? ……あっ」

 

 絵馬が指差したのは奥に設置されているソファ。そこで副は枕に頭を埋め込ませるように寝転んでいた。隙間からなにやら彼の独り言が漏れている。

 

「畜生。何であんな事を言ってしまったんだ俺。恥ずかしくて死ぬ」

「しっかりしろ。木虎を引きとめるファインプレーだったぞ」

「忘れてください。死にたい。死ぬ。死んだ。むしろ誰か殺してくれ。殺してください。一思いに叩き切るか撃ちぬいてください」

「悪いな。模擬戦以外でのトリガーの使用は禁止されている」

「ちくしょおお!」

 

 村上の冷静なツッコミが副の心を決壊させた。

 自分のトリガーで自分を刺そうとも、それではトリオン体を傷つけるのみ。他の人は規則によって模擬戦以外のトリガー使用を禁じられている。悲しいが副の願いが叶うことはない。

 「もうどうにでもなれ」と吹っ切れると、副はテーブルの上から箱を持って木虎へと近寄っていく。

 

「木虎先輩、誕生日おめでとうございます。これ、俺達からプレゼントです」

「ありがとう。開けてみても、いい?」

 

 三人が揃って頷く。

 ゆっくり丁寧に箱を開けると、中からは御洒落な銀色の腕時計が出てきた。

 作業用とかそういうコスパのよいようなものではないことは一目瞭然だ。

 

「きっと木虎ちゃんに似合うと思う。普段使ってくれると嬉しいよ」

「これ、皆で?」

「うん。俺とか副は討伐任務で結構もらってたし」

(給料日が前日だったから苦労したけど)

 

 三人の気遣いが本当に嬉しかった。

 今まで何度も誕生日を重ねてきたけれど、家族以外にこれほど誕生日を祝ってもらうのは初めてのことだ。これほどの喜びは早々ない。

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうね」

 

 木虎は今日一番の笑みをチームメイトへ浮かべた。

 

「それじゃ、パーティ開始と行きましょうか」

「村上先輩達もどうぞ」

 

 こうして木虎の誕生日パーティは始まった。

 会話を交えながら食事をし、終えると誕生日ケーキも食べて。

 さらにゲームやカラオケなど時間が過ぎるのも忘れて。

 解散となったのは夜の十時になっていた。

 

「それじゃあ俺達はこの辺りで」

「またな」

 

 烏丸と村上が一足先に退出した。

 二人がいなければパーティの準備を進めることが出来なかった。非常に助けられた。

 手を振って別れると、作戦室にはいつもの四人が残される。

 

「片付けは、どうしましょうか」

「もうこんな時間だし、明日以降でいいんじゃないかしら。今日はもう休みましょう」

「そうだね。俺もちょっと眠くなってきたし」

「じゃあ明日は部屋の片付け兼作戦会議ということで」

 

 食器やゴミが散乱しているが片付けるだけの時間も余裕もない。

 明日はランク戦であるし今日無理する必要もないだろう。皆考えは同じで、結論はすぐにまとまった。

 

「あ! そうだ。帰る前に皆にもう一つ」

「何です?」

 

 何かを思い出した三上がバックからある物を取り出した。出てきたのは袋。四つの袋を手にし、その内三つを木虎から順番に手渡す。

 

「これは?」

「……俺達も聞いてないですけど」

「俺達にも?」

「開けてみて」

 

 三上に促され、四人は同時に袋の中身を目にした。

 入っていたのは紅いペンダント。四人とも同じ、御揃いのものだった。

 

「この機会に、チーム皆で何か同じものをつけてみるのもどうかなって思ったの」

「綺麗。良いんですか!?」

「俺達、何も準備してなかったのに」

「いいのよ」

 

 気後れする副達を三上は笑みで制した。

 和を尊び絆を繋ぐ。

物で人と人との関係を示す事はできない。しかし同じものを共に身につけることで、より四人の関係を強固なものにしようと。

 三上の気持ちが込められた、大きな贈り物であった。

 

「……ありがとうございます。この四人で、また明日から一緒に頑張りましょう」

 

 木虎がそう締め括り、三人が揃って頷いた。

 ある意味木虎隊にとっては最も長い一日。どんな時よりも四人の気持ちがより一つとなった一日となった。

 

 

 

 

 

 

 その後の木虎と副の会話。

 

「でもどうして村上先輩と烏丸先輩にお願いしたの?」

「村上先輩は同期ですから一緒に祝ってもらおうと思いまして。烏丸先輩はきっと木虎先輩が喜ぶかと」

「そ、そう。……あら? でも同期というなら、太一先輩は?」

「ケーキとか準備をしたものが全て台無しになる可能性が高いんですよ?」

「あっ。な、なるほど。じゃあ、唯我先輩は?」

「――あっ!」

「えっ」

 




木虎、誕生日おめでとう!

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