第二の嵐となりて   作:星月

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お気づきでしょうが、章を創ってみました。
この方がわかりやすいと思って創ったのでしょうがとうでしょうか。


那須玲①

「ッ!」

 

 衝撃が走り、副の頭部が大きく横に揺れた。

 

「決まった! 穂刈隊員、一瞬の隙を見逃さず嵐山隊員を狙撃! 一発で打ち抜きました!」

「そりゃこうなる。荒船隊を相手にこんな無防備な姿を晒したらな」

 

 テレポーターは連続で使用できない。それなのに、狙撃手(スナイパー)の目の前で使用すればこうなることは誰もが予想していたことだ。

 勝負を焦ったな。そう誰もが副の行動は早計であったと判断した。

 

「……いや。違う。そうか、これは」

 

 だが、米屋は逸早く異変に気づいた。

 銃撃による煙が晴れていく。

 すると副は無傷の状態で。

 彼の真横には小さなシールドが幾つか分割した状態で張られており。その一つが、穂刈の銃弾を完全に防いでいた。

 

「なっ!」

「……信じられねえ。マジかよ」

 

 荒船が、穂刈が。成功を確信していた者達の表情が驚愕に染まる。

 

「あ、嵐山隊員。穂刈隊員のヘッドショットをフルガードで防いだ!?」

「あんなの中々できねえぞ。アサルトライフル構えて明らかに攻撃の態勢取ってただろ」

「あれはフェイントだな。アサルトライフルを向けるだけ向けて、アサルトライフルのトリガーをオフにしてた。嵐山さんとかがよくスコーピオンを振るうときに使ってるフェイント。それをシールドで展開してたんだ」

(しっかしすげえ度胸だな。狙撃手(スナイパー)がいる中無防備な体を晒す。一歩間違えばそのままベイルアウトしてもおかしくなかったぞ)

 

 今のフェイントが嵐山のランク戦の記録から副が見つけた狙撃手(スナイパー)対策だった。

 わざとテレポーターを使用して狙撃手(スナイパー)の意識をひきつける。そしてアサルトライフルをオフにしてシールドを張り狙撃を防御。

 彼の対策が功を制して、穂刈が釣られて彼の位置が丸わかりとなった。

 

「見つけたぜ。やってやれ、ユズル」

 

 そして、穂刈の狙撃位置を見つけた副が一言呟いた。

 彼の期待に応える様に、同じく狙撃ポイントで構えていた絵馬が引き金を引いた。

 

「うちの狙撃手(スナイパー)を甘く見たな。穂刈先輩」

 

 高台から高台へ。

 数百メートルは離れているであろう場所からの狙撃が、穂刈の胸を撃ちぬいた。

 穂刈のシールドをも撃ちぬいたその威力は、イーグレットでは説明がつかないほどの強力なもの。耐え切ることができずトリオン体はゆっくりと崩壊していく。

 

「アイビス、かよ。新人(ルーキー)

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 真っ先に脱出することとなったのは穂刈。

 絵馬の狙撃成功により、木虎隊が最初の一得点を挙げた。

 

「おっ。すげっ」

「まず得点を挙げたのは木虎隊! 絵馬隊員、荒船隊のお株を奪う狙撃で穂刈隊員を落としました!」

「……絵馬は多分、最初から狙撃手(スナイパー)の誰かを狙ってたな。弟君が誘き寄せるから、もしも狙えるような場面が出来たら誰でもいいから狙撃手(スナイパー)を刈り取る。那須の牽制直後から姿を消していたのがその証拠だ」

 

 狙撃手(スナイパー)狙撃手(スナイパー)を撃つ。中々難しいことだ。

 しかし副が囮となったことで狙撃手(スナイパー)に隙が生まれて絵馬の狙撃が成功した。

 これにより荒船隊は狙撃手(スナイパー)を一人失い、数的有利を失った。

 

「この野郎!」

「ッ!」

 

 穂刈のベイルアウトの直後、荒船が弧月を振り下ろす。副のシールドを力で斬り潰し、彼の左腕が宙を舞った。

 

(俺の左腕、よくなくなるな……!)

「申し訳ないですがそう捉まるわけにもいきません」

「なに?」

 

 追撃が迫る中、再び副はテレポーターを起動。

 高台を真正面に見上げるような位置に瞬間移動すると、木虎と連携して荒船へ十字砲火。荒船に圧力をかけていく。

 

「ちぃっ」

 

 荒船が危機に陥ると、今度は那須隊が動いた。

 熊谷が弧月を手に副に斬りかかり、那須が荒船と木虎へ向けて変化弾(バイパー)を撃ち放つ。

 副はスコーピオンを起動して防ぎ、木虎と荒船はシールドを張って襲撃から難を逃れた。

 

「フィールド中央では狙撃手(スナイパー)を除く隊員達の乱戦が続きます!」

「……荒船隊が不利だろ。穂刈が落ちた上に、半崎も積極的に動けねえ」

「弟君がテレポーターを使っているけど、位置取りが面倒だな。狙撃手(スナイパー)の位置が正確に見えるような位置への移動だし、しかも短距離転位だから一秒も立たない間にすぐに使える」

「逆に狙撃手(スナイパー)はさっきの絵馬の一撃で撃つのを躊躇いがちだ」

(しかも荒船隊はイーグレットしか装備してねえ。もしフルガードで防がれたらさっきみたいにとめられる。そこまで計算してたのか?)

「こりゃ、この乱戦でまた誰か落ちるかもな」

 

 狙撃手(スナイパー)有利のステージで、狙撃手(スナイパー)の狙撃が上手くいかない。動きが制限されているようだった。

 

(木虎先輩!)

《ええ。そちらにあわせるわ!》

 

 そんな中先に動いたのは木虎隊だ。

 熊谷が副と接近戦を繰り広げる中、木虎が彼女の足元へメテオラを発射。

 支えのアスファルトが砕け、熊谷がバランスを失う。

 

(私に狙いを定めてきた!)

「もらった」

《熊谷先輩! 後ろ!》

 

 均衡が崩れた瞬間、副の姿が消える。

 背後へのテレポートだ。後ろへ回り込み、スコーピオンを構える。

 志岐の声に従い、熊谷が弧月を振るが――その右腕が、絵馬の狙撃によって打ち落とされた。

 

「ッ!?」

「よしっ!」

「旋空弧月!」

「うっ――!?」

 

 もらった、とそう感じた直後に警告が鳴り響いた。

 荒船の鋭い斬戟が二人を襲う。

 間一髪のところで副はスコーピオンで受けるが、刃は砕けて体に大きな傷が走り。

 もう一人の狙われた標的、熊谷は防ぐ術もなく一刀両断された。

 

「荒船先輩か――!」

「ごめん、玲。先に落ちるよ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 集中砲火を受けては成す術もない。熊谷が耐え切れずにベイルアウト。これで荒船隊に一点が記録された。

 

「乱戦で狙いを定められたのは熊谷隊員! 荒船隊長がトドメをさして一点を取りました!」

「抜け目ねえな。上手くいけば弟君も取れるようにって感じの斬撃だ」

「だがこれでもう弟君は重症だ。おそらく、またすぐに戦況が動く」

 

 何も熊谷だけではない。今の一撃によってさらにトリオンが傷口から漏れていく。そうでなくても多くの傷を負っていた副だ。長くはもたない。

 きっとすぐにまた脱落者が出る。そしてそれはきっと副であろうと解説の二人は遠まわしに告げた。

 

(やっべ。トリオン漏れが止まらない!)

「くそっ。せめてあと一点!」

 

 本人が自分の状態を理解できないわけがない。

 副ももう長くは戦えないということを悟って最後の勝負に賭けた。

 アサルトライフルをしまい、スコーピオンだけを手に持って再びテレポーターを起動。

 トリオン消費の少ない短距離転送で那須の近くへと転送した。

 

《那須先輩!》

「っ!」

 

 志岐の言葉で那須が敵の接近に気づき、シールドを張った。

 一撃目は彼女の盾で防がれたが二撃目は那須の腕をかする。

 迎撃しようと変化弾(バイパー)を放つと副はまたしてもテレポーターを使い、離脱と共に彼女の背後に回った。

 

「ここで嵐山隊員。テレポーターを使って息もつかせぬ攻撃! あらゆる角度から那須隊長へ切りかかります!」

「……トリオン消費度外視の攻撃。この様子だと那須隊長との戦いでトリオンを使い切るつもりだな」

銃手(ガンナー)トリガーは消費が激しいしスコーピオンは重さが殆どない。射手(シューター)を削るなら確かにこの戦法が最も有効か」

 

 もはや先のことなど考えない戦いだった。捨て身の動きからは彼がこの勝負に全てをかけようとしていることが窺える。

 

(那須は身動きが取れない! 今なら!)

「行かせないわ!」

「ちっ、木虎か」

 

 副と那須、二人の戦力がぶつかりあう様子を好機と見た荒船が奇襲を試みるが、木虎によって彼の行動は阻まれた。

 拳銃からメテオラガ放たれる。身動きが取れないよう荒船の周囲を狙う砲撃だ。

 シールドで防ぐ事ができるが、これでは確かに二人の方へ向かうのは少々骨が折れる。

 

「……ならお前からだ!」

 

 ならば、先にこちらを仕留めるまで。

 

「ッ!?」

 

 木虎がまだ銃撃を続く中。急所を守るように分割したシールドを最低限展開すると、荒船は一気に踏み込む。多少のダメージは構う事無く、木虎に斬りかかった。

 荒船が弧月で襲撃。迎え撃つ木虎はシールドを片手で張りながらハンドガンで応戦する。

 だが近距離戦闘においては威力が勝る攻撃手が(アタッカー)が有利だ。弧月が木虎のシールドを割る。再びシールドを展開するが、やはり弧月を防ぎきることが出来ず彼女の左腕の肘から先が空を待った。

 

「くっ!」

(荒船先輩。やはり攻撃手(アタッカー)相手に一対一でこの距離は難しい!)

 

 ひたすら荒船が移動をこなしながら攻撃してくるので弾をぶつけるのは難しい。

 支援がなければこの猛攻を防ぎきる事は難しいだろう。

 となると副が那須を相手にしている今は絵馬の狙撃が頼りになるのだが。

 肝心の絵馬も荒船を捉えることができずにいる。

 

《絵馬君! 木虎ちゃんが危ない! そこから荒船隊長を狙えない?》

「わかってる。わかっているけど……」

(駄目だ。撃てない。この位置取りだと荒船隊長を撃てない)

 

 狙いは定めている。

 だが絵馬の位置からでは荒船が木虎の影になっており、下手に撃つ事が出来なかった。おそらくは先ほどの穂刈、熊谷への狙撃で絵馬の大体の位置取りが判明されたのだろう。

そうでなくても荒船は狙撃手(スナイパー)二人を率いる隊長だ。狙撃手(スナイパー)への対策もきちんと講じている。

 ゆえに絵馬は木虎へのサポートに徹することも出来ず、再び場が動き出すまで静かにその場で息を潜めるしかなかった。

 

「荒船隊長が木虎隊長へ的を絞りました! 弧月の刃が縦横無尽に振るわれます!」

「あー。あそこまで詰め寄られると銃手(ガンナー)が立て直すのはほとんど無理だな。荒船さんは攻撃手(アタッカー)の中でもトップクラスの腕だ。あの弧月をかわし続けるのは難しい」

「今は木虎隊だけが三人残っているが、その二人が二隊の隊長とぶつかってる。こりゃ、逆転もありえそうだ」

 

 木虎と荒船。副と那須。二つの戦いが形成された形だ。

 数では木虎隊が有利だが副は満身創痍。木虎も足止めに失敗して攻撃手(アタッカー)の接近を許しているという苦しい展開である。

 各隊の狙撃手(スナイパー)は各々の理由で狙撃することを躊躇っている。

 どこかで動きが起こればすぐにでも戦況が変わりかねない中で。那須と副の戦いがその起爆剤になろうとしていた。

 

(厄介ね。ヒットアンドアウェイ戦法。一発ぶつければそのまま押し切れそうだけど。その一発を警戒して深く攻め込んでこない。あくまでも私のトリオンを消耗させるつもりね)

 

 各地で硬直状態が続く一方、那須は副の戦いに苦戦を強いられた。今一度バイパーを仕掛けるものの副は小刻みな動きでかわしていく。

 既に相手は片腕を無くしてトリオン漏れも続く傷が耐えない体だが、彼の元来の素早さにテレポーターの機動力が重なって攻撃を当てることが難しい。彼も傷の大きさを理解しているのか那須の動きに即応して離脱できる距離を常に保っている。

 一度距離を離して戦うことも考えたが副がしつこく攻撃を仕掛けるために離脱も難しい。

 また一撃、刃が那須の肩を捉えた。明らかに接近戦になれた動きだ。おそらくは師匠に鍛えこまれているのだろう。いつまでもかわしきることは難しい。浅いとはいえこのまま傷が増えればトリオン切れを引き起こしてしまう危険性が出てくる。

 

「この!」

 

 アステロイドを放つが、やはりテレポーターでかわされた。

 しかも彼女の死角である真上へと回りこまれてしまう。

 

「隙あり!」

「っ!」

 

 がら空きとなった無防備な姿に、刃を向ける。

 那須が迎撃か、防御か、回避か、対応に迷っている間に――一人の狙撃手(スナイパー)が引き金を引く。

 

「那須先輩!」

「ッ!」

(来たか!)

 

 その狙撃の先にいたのは副だった。弾速がイーグレットよりも劣っているためにシールドの展開が間に合ったが、弾は彼のシールドを簡単に打ち破って右の肩から先を吹き飛ばす。

 

「がっ!?」

 

 激しい衝撃によって空中で仰け反る副。

 シールドでも防げないこの威力。間違いない。これほどの威力を出せる武器は唯一つ。先ほど彼の友も使っていたものだ。

 

「アイ、ビス……!」

「茜ちゃん!」

 

 荒船隊はイーグレットしか装備していないということはデータを洗いなおして理解している。つまりこの一撃は他の隊員。となれば答えは自ずと出てくる。那須隊の日浦が放ったものだ。

 ゆっくりと地面に向かって落下しながら、副は自分の考えが正解であったことを奇しくも彼女の隊の隊長の声で理解した。

 

「……くまちゃんが受けた痛みも含めて、全てお返しするわ」

 

 そして彼を待っていたのは那須の追撃。低い声色に背筋が凍り付くような錯覚を覚えた。

 仰向けの状態で地面に落ちる寸前、視界には数えきれないほどの変化弾(バイパー)が映る。それはまるで雨のようだった。弾は上空で螺旋を描きながら彼の体に降り注ぐ。

 ボロボロの副にはもはやテレポーターもシールドも起動するトリオンは残されていない。副は抵抗も出来ないまま変化弾(バイパー)を打ち込まれてアスファルトに叩きつけられた。

 上半身と下半身が真っ二つに吹き飛ばされる。トリオン体はあっという間に崩壊の時を迎えた。

 

「いや、確かに俺も狙いはしましたけど。熊谷先輩を直接倒したのは荒船先輩……」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 これが彼女の親友を狙った報いか。せめて恨み言を残して副は戦場から離脱する。

 那須が副を撃墜。よって那須隊に一点が記録される。

 この得点にて那須隊、木虎隊、荒船隊と各隊の得点が一点と並び戦いは振り出しに戻ったところで。その均衡状態はあっという間に終わりを迎えてしまう。

 

「やった! 那須先輩……!?」

 

 俊敏に動く副のシールドを打ち破るという好アシストを記録した日浦。

 しかし彼女が味方の得点に歓喜を浮かべたその直後。彼女の頭が何者かに撃ちぬかれた。

 予想もしない衝撃に日浦がゆっくりと視線を狙撃の方角へ向けると、そこにはイーグレットを構える絵馬の姿があった。

 

(思ったよりも近くにいたな。日浦先輩。もっと遠くに逃げていると思っていたけれど)

「絵馬、君……」

 

 狙撃成功により生じた隙を絵馬につかれてしまった日浦。急所である頭を撃ち抜かれてしまってはもはやどうしようもない。

 日浦の体がゆっくりと崩れ落ちていく。その姿を見届けている絵馬。しかしその絵馬の警戒の外から、一発の弾丸が放たれた。

 

「ッ!?」

 

 絵馬が攻撃に気づいた時には彼の胸が撃ちぬかれていた。

 ――ありえない。

 絵馬は彼を撃ち抜いた狙撃の主、半崎を目にして驚愕を露にする。彼がイーグレットを構えていたのは絵馬の狙撃警戒位置よりもさらに外だったのだ。

 

(800メートルは離れているのに。この距離を今の一瞬で?)

「……ごめん。俺もここまでだ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 想像以上の射程と射撃の技術を持つ半崎に成す術もなかった。謝罪をつげ、絵馬が戦場から離脱。日浦に続き、絵馬までもが緊急脱出(ベイルアウト)を余儀なくされる。木虎隊と荒船隊に一点ずつが記録された。

 

「……命中(ヒット)

《よくやった半崎。絵馬を落としたのはデカイぜ》

「うす。ただ、すんません。さすがにダルイす。俺も、どうや、ら、限界みたいで」

《半崎!?》

 

 荒船が半崎の得点を讃える中、彼の声は少しずつ掻き消えていく。

 トリオン体が今の攻撃で限界を迎えたのだ。ランク戦開始早々に副に受けた傷によってトリオン漏出が続いていた上に、試合開始直後からバッグワームを展開し続けてきた。その後狙撃でトリオンを消費していた。もはや彼のトリオンがもたなかったのだ。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 先に脱出した隊員に続くように、半崎もトリオン切れを引き起こして緊急脱出(ベイルアウト)

 全チームの狙撃手(スナイパー)が試合終了の時を迎える前に離脱することとなった。

 

「な、な、なんと! 嵐山隊員の緊急脱出(ベイルアウト)を皮切りに、次々と各隊の隊員が緊急脱出(ベイルアウト)! 戦況が二転三転としています!」

「今の数十秒で何人落ちたよ? 狙撃手(スナイパー)有利の場所とはいえ働きすぎだ」

「ええと。この攻防により嵐山隊員、日浦隊員、絵馬隊員、半崎隊員が落ちました。なお、半崎隊員はトリオン漏出による緊急脱出(ベイルアウト)である為、最も大きな損傷を与えた嵐山隊員に得点がカウントされます」

「一気に四人落ちたのか。混戦だなー」

「てことは木虎隊が三得点、荒船隊が二得点、那須隊が一得点か。半崎が最後に良い仕事したな。絵馬が残ってたら木虎隊の逃げ切りが十分ありえたんだけど」

 

 観覧室は騒然としている。

 緊急脱出(ベイルアウト)が続出し、記録が大きく動き始めたのだから当然だ。

 狙撃手(スナイパー)有利のステージで各隊の狙撃手(スナイパー)が全滅するという事態。特にここまでの戦いで無傷だった日浦と絵馬の離脱は非常に大きなものだ。仲でも自身がボロボロであった半崎が、優位であった木虎隊の人数を減らせたのは大きな戦果だった。

 

「今、それがなくなった」

 

 出水が冷静に分析する。彼の視線の先に映るのは木虎と荒船の戦いだった。

 攻撃手(アタッカー)の間合いで援護もなしの中でよく戦っていたがやはり勝負の優劣を覆すことはできなかった。

 奮戦むなしく、荒船の弧月が木虎を真っ二つに斬り捨てた。半身を失った木虎のトリオン体が音を立てて崩れ去る。

 

「……ッ。ごめんなさい。みん、な」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 木虎が緊急脱出(ベイルアウト)。荒船の二点目が数えられる。

 

「木虎隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! 荒船隊が一点を取り返して木虎隊の得点に並びます! 隊長の脱出で木虎隊は全滅となりました!」

 

 この勝敗により木虎隊は全滅。少なくとも現時点で木虎隊の単独勝利はなくなってしまった。

 そして荒船も勝利を抑えたものの、彼に撃破の喜びに浸っている時間はない。

 彼よりも早く副を落とし、高地へと移動していた那須の変化弾(バイパー)が容赦なく襲い掛かる。

 

「ちぃっ。那須か! 厄介なやつが残りやがって!」

 

 愚痴を零しながら荒船はシールドを展開。初弾を防ぎきると狭い路地に逃げ込むと同時にバッグワームを起動して荒船は離脱を開始した。これまでの戦いで崩れ落ちた家屋の中へと逃げていく。

 姿を晦まそうとする荒船。彼の動きと考えを冷静に那須は分析する。

 

(バッグワームを使ってきた。このまま逃げて時間切れに持ち込むか、あるいは不意をついての奇襲狙いかも。でも)

「逃がさないわ」

 

 荒船の思惑通りにさせるわけにはいかない。逃げるというのならば姿を見せるまで追い詰めるのみ。

 変化弾(バイパー)から炸裂弾(メテオラ)に切り替えて家屋を爆撃。一斉に放たれた無数の弾が家々に落ち、爆発。次々と逃げ道を塞ぎすぐさま荒船を炙り出す。

 

「くそっ。こんなとこで!」

 

 苦笑いを浮べる荒船に、彼女が得意とする変化弾(バイパー)の集中砲火が襲い掛かった。

 先に副を落として地の利を得た那須の勢いは凄まじいものだった。

 あっという間に荒船を追い詰めていく。彼のシールドも、一転突破狙いの変化弾(バイパー)を前には持つ事ができない。

 

「くまちゃんの仇、取らせて貰います」

 

 交戦から一分を持たずして、荒船の体は蜂の巣となっていた。

 

「……がッ!」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 最後、隊長同士の一対一を制したのは那須だった。荒船の接近も逃亡も許さず、冷静に撃ちぬいた。

 市街地には那須だけが生存しその日のB級ランク戦が終わりを迎える。

 

「荒船隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! ここで決着! 最終スコアは4対3対3! 那須隊の勝利です!」

 

       得点   生存点   合計

那須隊     2     2     4

木虎隊     3           3

荒船隊     3           3

 

 那須の生存による生存点二点が加算されて、那須隊が四得点。総得点で他二隊を上回り最後の最後で那須隊が逆転勝利を収めた。

 

「木虎ちゃん、お疲れ様!」

「……ごめんなさい。最後、何も出来なくて」

「いや、そんな」

「むしろ荒船先輩相手によく時間稼いでくれましたよ」

 

 木虎隊作戦室。最後に緊急脱出(ベイルアウト)した木虎を迎え入れる三人。

 やはり隊長としての責任を感じているのだろう。特に今回は彼女が得点を挙げることが出来なかったということも一因なのかもしれない。

 気落ちする彼女を見て、皆誰もが案じて声を掛け合っていた。

 

「お疲れ様」

「二得点、さすがすね」

「悪いな。那須は止められなかった」

「仕方がねえさ。那須有利の展開だったしな、あれは」

 

 一方、荒船隊作戦室。

 那須には敗れたもののエースの荒船が二得点を取ったということもあって皆表情が明るい。

 市街地Cで勝利を飾れなかったのは痛いものの三得点は十分な戦果といえるだろう。

 狙撃手(スナイパー)が中々動けない中、荒船が上手く点を稼いでくれたのは収穫だ。

 

「那須先輩! 大丈夫ですか!?」

「ええ。皆、ありがと」

「お疲れ様です」

「最後まで凄かったよ!」

 

 そして那須隊作戦室。最後まで戦った為だろう。那須が少し苦しそうな表情を浮かべていた。

 最後まで奮闘し勝利に導いた隊長の体を心配して、熊谷達は那須に椅子に座るよう促して試合の解説が始まるのをじっくりと待った。

 

「さあこれにて本日のランク戦はすべて終了となります! 暫定順位が更新されました! 那須隊は十位に上昇。木虎隊、荒船隊は順位変わらずという結果になりました!」

 

 ROUND2全ての試合が終了し、暫定順位が更新。

 勝利を収めた那須隊が順位を二つ上げて他の隊は変わらず今の順位をキープした。

 

「さて、振り返ってみて今日の勝負の総評をお願いします!」

「そうだなー。荒船隊が市街地Cを選択したときは荒船隊が暴れまわるかと思ったが、今回は自慢の狙撃を封じられたって印象だな」

「ああ確かに。序盤は荒船隊の二人も働いていたけど、弟君の囮で他の隊の狙撃が封じられたって印象がある。絵馬が狙撃を一発で決めたのが大きいだろ。上手く敵を引きつけ、そのチャンスを生かしたって印象を受ける。よく考えてるぜ」

狙撃手(スナイパー)優位のステージで、狙撃手(スナイパー)封じを行った木虎隊。確かに他の隊には辛い展開でありました。試合の流れを掴んでいたのは木虎隊だった、ということでしょうか?」

「まあ作戦、だけで見ればそうかもな。けど試合全体を通してみれば木虎隊が有利だったかといえば一概にはそうともいえない」

 

 荒船隊がまずステージ選択で優位にたったものの、対策を講じてランク戦に臨んだ木虎隊。現に彼女達の作戦により優位に立った場面もあった。しかし何もかもが木虎隊にとって上手くいっていたかと言えばそうでもないと米屋は語る。出水も同意見のようだ。

 

「最初の交戦で半崎と弟君がダメージを負ったのが後々まで響いてた。あの時半崎が先に落とされてたら木虎隊が得点でも有利だったし、絵馬も落とされなかったかもしれない」

「あそこで那須隊長が二人にダメージを残した状態で試合を進めたのがデカかったなー。そのせいで半崎はギリギリまで戦えたし、逆に弟君はトリオン漏出を気にして早々に勝負せざるをえなかった。那須隊が最初から一手余裕をもてたって感じか」

「ステージ選択で優位だった荒船隊。対して木虎隊は作戦で優位に進め、那須隊はその戦況下で上手く立ち振る舞った。ということですね」

「そうだな」

 

 那須がその場で見せた機転のよさ。あそこで那須が動かなければその後の試合の展開は変わっていたのかもしれない。現に最後まで彼女が最初にとった行動が影響しており、那須隊を勝利に導いている。

 いわば対策の対策。土壇場で強さを発揮したのが那須隊であるといえる。結局、どの隊もそれぞれの強みを発揮して結果を残しているということだろう。

 

「点の取り方からみてもそれは考えられる。那須隊は日浦の援護もあって那須が一人で二点取ってるし、木虎隊は絵馬と弟君がそれぞれ得点。荒船隊も半崎が一点とって荒船さんが二点。どの隊にも勝ちの目星はあった」

「どのチームも其々特色が出た試合だったんじゃね。那須隊の勝利だけど、他の二隊も三点とって順位を維持した。ただ那須隊が一歩有利だった。それだけだろ」

「確かに。今日のランク戦は最後まで緊迫して勝敗が読めませんでした。那須隊は逆転勝利で波に乗れるでしょうし、木虎隊も作戦を上手くこなした。荒船隊も制限された中で隊長が点を稼ぐなど今後のランク戦へ向けてどの隊も良い勝負になったと思います!」

 

 そのなかで那須隊が勝利を得た。他の隊が劣っていたというわけではなく、那須隊の強みが一歩勝っていたというだけ。そう語る解説の二人の意見を受け、勝った那須隊はもちろん負けた木虎隊と荒船隊の面々が幾分か気の晴れた顔つきをして前を見据えている。

 

「後は今日のランク戦で感じた良い点、悪い点をどう反省していくかだ。那須隊は日浦が弟君の足を止めたのが良かった反面で前衛の熊谷が落とされたのが痛い。木虎隊は作戦が上手くいったが木虎が得点できなかった。荒船隊は隊長が頑張ってたけど今回の件で狙撃を躊躇いすぎないようにすること。といったところだな」

「今日のランク戦は点差が小さいからどの隊もまだまだ上に上がれる。まだ今シーズンが始まってから二戦目だ。中々面白い試合だったし、これからどう勝ちあがっていくか期待してるぜ」

「そうですね。次戦以降にも期待がかかります。――以上をもってB級ランク戦ROUND2夜の部を終了します! 皆さん、お疲れ様でした! 出水先輩、米屋先輩。解説ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

「ありがとうございましたー」

 

 最後に解説の二人が各チームへ今後の成長のための要点を述べ、その日のランク戦は全て終了した。

 木虎隊は二戦連続での勝利とはならず。しかし三得点を挙げたことで順位をキープできた事は喜んでいいことだろう。

 そしてここから先。防衛任務をこなしながらまだまだランク戦は続いていく。

 己の目標のため、彼らは更なる強さを求めて研鑽に勤しんでいく。チームの仲間と共に。




那須さんを怒らせてはならない、那須さんを怒らせてはならない(戒め
実は当真や絵馬、鳩原、東さんよりも射程が長い半崎。BBF見たときは衝撃でした。
ランク戦二戦目終了。ここからは少し時系列を飛ばしつつイベント回を進めていこうと思います。さすがにシーズン全試合を書くのは無理ですし(笑)

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