第二の嵐となりて   作:星月

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那須隊長は強くて美しい尊敬できる隊長です。


荒船隊①

「ボーダーの皆さんこんばんは! B級ランク戦ROUND2! 中位グループ夜の部がいよいよ始まります!」

 

 ランク戦新シーズンも二日目。

 今日も大半のC級隊員は勿論、B級隊員やA級隊員が観覧室へと詰め掛け、開始の時を待っていた。

 

「本日の実況も丁度スケジュールが空きました、わたくし海老名隊のオペレーター、武富桜子が務めます。

 また解説席にはおなじみA級隊員のお二人。太刀川隊の出水先輩と、三輪隊の米屋先輩にお越し頂いております!」

「どうぞよろしく」

「どうぞよろしく」

 

 実況席には初戦と同様、武富の姿があり、解説席にはA級隊員の二人が腰を降ろしている。

 太刀川隊射手 (シューター) 出水公平

 三輪隊攻撃手(アタッカー) 米屋陽介

 

「さて、今回はデビュー戦初戦で見事勝ち星を飾った木虎隊、そして那須隊と荒船隊という組み合わせでしょうが、いかがでしょうか?」

「んー、まあ得意な戦術スタイルが別れてる。狙撃が得意な荒船隊は長距離戦有利。で、銃手が二人いる木虎隊と隊長がエースを担ってる那須隊は中距離戦が得意。でも今回は荒船隊がステージ選択権を持ってるからなー」

「その点を考えれば荒船隊が一歩リードだ。木虎隊と那須隊にもそれぞれ狙撃手(スナイパー)が一人ずついるとはいえ、数と経験の差は大きいだろ」

「後は転送場所で有利な場所を誰が取れるか、だが運が絡む以上は荒船隊有利が変わらないだろうぜ」

「なるほど。ありがとうございます。――おおっと。どうやら荒船隊がステージの選択を終えたようです!」

 

 武富が二人に問いかけると、やはりステージ選択権を持つ荒船隊が有利と談じた。

 長距離狙撃の荒船隊に対し、中距離戦がメインの木虎隊と那須隊。ステージ選択権がある以上、この二隊は試合の立ち上がりで優位なポジションを取る必要があることは間違いない。

 そして彼らが予想展望について語っている間に、荒船隊がこのランク戦のステージの選択を終了する。

 

「荒船隊が選んだステージは『市街地C』! 長い坂道と高低差のある住宅地が特徴のマップです!」

「知ってた」

「だろうな」

 

 荒船隊が選んだのは『市街地C』。彼らが最も得意としているマップであり、ステージ選択権を持ったランク戦では必ずと言っていいほど選んでいる場所であった。これは誰もが予想していたことなのだろう。米屋も出水も納得の表情を浮かべている。

 

「荒船隊がマップを選ぶ以上、これはまず決まってたもんな」

「やはり狙撃手(スナイパー)有利のステージですね」

「ああ。長い道路を挟んで住宅地が階段状に、斜面に沿うように続いている。狙撃手(スナイパー)が高台を取ると他の隊員は登りにくい。下からじゃ宅地のせいで相手を狙いにくい。荒船隊のホームグラウンドのようなものだ」

 

 狙撃手(スナイパー)が優位となるマップ選択。二人の狙撃手(スナイパー)を要する荒船隊にとっては当然の選択と言えるだろう。

 高台を取れるかは転送位置次第だが、これは運の要素が強い。

 そう簡単にこの優劣が覆えせないだろうなと観覧室にいるボーダーの誰もが思っていた。

 その頃、マップ選択を終えた各作戦室もランク戦開始へ向けて準備を進めている。

 B級暫定十六位荒船隊の作戦室。

 

「後は転送位置だな。今日のランク戦も」

「木虎隊と那須隊にも狙撃手(スナイパー)がいるから注意すね」

「でも木虎隊は狙撃手(スナイパー)がいるチームと戦うのは初めてだからやりやすいかもね」

「……各自狙撃には気をつけろ。那須や熊谷の動きは頭に叩き込んである。俺が足を止める。あとはいつも通りだ」

『了解!』

 

 狙撃に特化した荒船隊は作戦会議も淡々としている。戦術が一本化している以上、そう多く語る必要はないのだ。チームの意識は常に一つ。

 彼らに迷いはなく、あっさりと話を終えるとランク戦開始の合図を静かに待ち続けた。

 

「『市街地C』、まあ当然か」

「うー。わかっていましたけどやっぱり荒船隊を相手にこのマップは辛いですよー」

「こっちにも狙撃手(スナイパー)はいるんだから、しっかりね」

「が、頑張ります」

 

 同時刻、B級暫定十二位那須隊作戦室。

 熊谷が静かに呟くと、彼女の苦悩を察して日浦も同調した。志岐が語るように彼女はチーム唯一の狙撃手(スナイパー)。このランク戦に求められることは大きいだろう。

 

「茜ちゃんはまずは高台を抑えることを優先して。大丈夫、他の人たちは私とくまちゃんが、きっと止めるから」

 

 彼女の心配を和らげるように、那須が薄っすらと笑みを浮べてそう口にした。

 トリオン体となっているためか普段よりも目の明るみも増しており活気に溢れているように見える。

 那須への信頼の現われなのだろう。彼女の言葉で皆気が引き締まり、表情も柔かさを取り戻し、ガールズチームはランク戦へと臨んでいった。

 そして同じ頃。木虎隊の作戦室では。

 

「……ですよねー」

「荒船隊が『市街地C』以外を選択するなんてありえないもの。絵馬君、今回もあなたの存在が重要よ。カバーは私達でするからお願いね」

「うん。二人も狙撃には気をつけて」

狙撃手(スナイパー)の場所がわかり次第、私からも皆に指示を出すね。地形の確認には気をつけて」

「了解です三上先輩」

 

 わかりきっていたことではあるものの、やはりどうしても避けたかったステージを選ばれた事に副が愚痴を零す。

 木虎も同じ気持ちではあったが何時までも引きずってはいられない。彼を諭すと絵馬に指示を飛ばして転送の準備を行っている。三上の指摘通り狙撃手(スナイパー)に潜伏されると後々面倒なことになる。早々に対処が必要だろうなと皆改めて警戒を強めた。

 

「今回は狙撃手(スナイパー)が有利なステージで、どこのチームにも狙撃手(スナイパー)がいる。皆、気をつけて」

「了解です。ま、まずはランク戦の序盤、高台を取れるか、狙撃手(スナイパー)をとめられるかどうかですね」

「それについては、副。大丈夫?」

「ああ。この前話したように。俺が狙撃手(スナイパー)の動きを止めてやる」

 

 そんな中、副が一人気迫に満ちた表情で宣言する。

 彼のトリガーの一つであるテレポーターはこのランク戦では通用しない。そうわかってからまだそう日がたっていないのに。

 今の彼は自信に満ち溢れていた。

 

「大丈夫そうね。じゃあ、行きましょう!」

『了解!』

「転送、開始!」

 

 彼の笑みを見て他の三人は安堵を覚え、そして転送の時を迎える。

 

「B級ランク戦、ROUND2! さあ全隊員の転送が完了しました! 各隊員は一定の距離をおき、ランダムな地点からスタートします!」

 

 二日目のB級ランク戦、中位グループ夜の部がスタート。

 日浦、絵馬、穂刈、半崎の順に高台に近い北エリアに転送。後は殆ど等間隔に副、那須、荒船、熊谷、木虎と続いている。

 

「まずは狙撃手(スナイパー)四人がバッグワームを起動! レーダー上から姿を消しました!」

 

 開始直後、隠密行動が基本の狙撃手(スナイパー)全員がバッグワームを起動。

 わずかにレーダーに捉えられたがすぐに居場所を消し、高台を目指して駆け出した。

 

「高台に近い狙撃手(スナイパー)達、さらにそれを他の隊員も追います!」

「……これは各隊少なくとも一人ずつ狙撃手(スナイパー)が高台を抑えるな」

「日浦、絵馬、穂刈あたりを止められる位置に敵の隊員がいない。余裕で取れる。問題があるとすれば最西端。――近いエリアに三人が集結しているとこだな」

 

 動き出した各隊。だが殆どの狙撃手(スナイパー)は高台に近い場所に転送されており、このまま高台から他の隊員を狙うだろうことは火を見るよりも明らかだ。

 唯一読めない点があるとすれば半崎と副、そして那須の三人の場所が近い西のエリアだ。

 

(これはダルイ場所に転送されたな)

「加賀美先輩、近くにいる下二人の位置取りを常に教えてください。今は抑えるのに専念します」

 

 半崎は坂道に向かいながらオペレーターの加賀美へ伝達する。

 狙撃手(スナイパー)は接近されると一気に不利だ。まずは高台を抑えないと始まらない。その前に捉まるわけにはいかない。

 

《了解。近くの二人も登ろうとしてるみたいだから気をつけて!》

「お願いします」

 

 短くそう返し、坂道に出た半崎はすぐさま登ろうと足をさらに早めた。

 

「――――見つけた」

 

 そんな彼の背中を、一人の隊員が視界に納めた。

 半崎を目にした彼――副はすぐさまトリガーを起動。

 視線を80メートルは離れているであろう半崎へと向けて、そして瞬時に彼の真後ろへとテレポートした。

 

《ッ!? 半崎君! 後ろ!》

「はっ?」

 

 突如レーダーに映る一つの点が瞬間移動し、半崎へと迫ったことを目にした加賀美は声を荒げた。すぐさま半崎へと呼びかけるが彼が敵を目にするよりも副がスコーピオンを起動する方が早い。

 鋭い刃が振り下ろされる。

 まさに刃が半崎の体を切り裂こうとしたその瞬間。半崎は大きく跳躍。肩から斜めに切り裂かれたものの間一髪のところで致命傷だけは防ぐ事に成功した。

 

「うっぉっ。危っねえ!」

(間一髪で外したか。だが)

「逃しはしない!」

 

 態勢が整わない半崎に、副はすぐさまアサルトライフルの銃口を向けた。

 威力重視のアステロイドを発射。半崎がシールドを張るが、防ぎきれなかった銃弾が彼のトリオン体を削っていく。

 

「早速半崎隊員と嵐山隊員が衝突! 不意を突いた嵐山隊員が半崎隊員を追い詰める!」

「今、弟君は『テレポーター』を使ったのか? 狙撃手(スナイパー)がいるチームとのランク戦だから使わねえと思ってたんだけどな」

「転送した後だからだろ? 転送直後は一番無防備な時間だ。狙撃手(スナイパー)も狙撃位置についてないし迎撃の準備はできていない。狙われる危険性がないと判断したから奇襲に使ったんだろうな」

 

 いきなり勃発した戦い。それもまさか使うとは思っていなかったテレポーターの奇襲により発生したことで場が騒然とする。

 副が使うテレポーターは確かに視線の向きによってテレポートの方向がわかってしまい、熟練の狙撃手(スナイパー)には狙われやすいという諸刃の剣だ。

 だが今は開始直後で狙撃の準備が整っていない。使用しても反撃の恐れがない。

 副もそう考えて早々に長距離転送を行ったのだろう。現に今、彼の攻勢は荒船隊の反撃を受ける事無く、半崎を追い詰めている。

 

「……ただ、一つ忘れてるぞ」

 

 最も狙撃手(スナイパー)には彼の考えが当てはまるが、全てのボーダーに当てはまるかという話になれば答えは否だ。

 後の展開を察した出水が一言零すと、彼の発言の直後に市街地に無数の弾丸が空中へと撃ち放たれた。

 

《副君! 警戒!》

「ッ!」

 

 オペレーター、三上の叫びが響いた。

 驚いて視線を上げると射撃がまるで雨のように副の元へと降り注ぐ。

 

「ぐっ!」

(狙撃、いやこれは射撃!)

「那須先輩のバイパーか……!」

 

 副は慌てて両腕でシールドを展開し、バイパーを防ぎきる。

 幸いにも被弾は防いでいるもののその間に半崎は戦闘を離脱。副はその場で足止めを食らってしまった。

 

「那須隊長の変化弾(バイパー)が嵐山隊員を襲撃! 隙を見た半崎隊員は追撃から逃げ切りました!」

「あのままだったら半崎は落とされていただろうな。結構ダメージが入っていたからあのまま押し切れたんだろうが。那須隊長は他の隊に得点させたくなかったのか?」

「というよりも、全体を見て戦力を削ぐほうを優先したんだろ。半崎を残すのは厄介だけど、さっきの奇襲でかなり削られている上にバッグワームを展開するだけでもトリオンが減っていく。それなら弟君を狙ったほうが有利と考えたんじゃねえか?」

 

 那須は結果的に荒船隊を助けるような結果になったが、全体的にみればこれで半崎と副が攻撃を受けて那須隊だけが無傷という流れが出来ている。おそらく那須はそれを狙ったのだろう。

 出水の分析どおり、副は那須の出所がわからない為に防戦一方だ。

 

「テレポーターは何も狙撃手(スナイパー)だけではない。他の中距離用トリガーを使うやつにも狙われる。特に那須はリアルタイムで弾道を引ける希少な変化弾(バイパー)使いだ。あれはそう簡単にはかわせねえぞ」

「おう、何だ。ちゃっかり自慢してんのか弾バカ?」

「誰が弾バカだ、槍バカ」

 

 その希少の一人である出水の解説は最もだった。

 たしかに狙撃手(スナイパー)は今の状態では副を狙えないが、リアルタイムで弾道を引く那須は別。レーダーで副の動きを見切った那須はあっという間に副の動きを読み、追い詰めていく。

 

「くっそっ」

(このままじゃあこっちのシールドが削れるほうが早い!)

「三上先輩!」

《うん! 弾道解析――終了。副君!》

「そこか!」

 

 すでに作業を行っていた三上の素早い弾道の解析により、レーダーに那須の位置予想図が映し出された。

 おおよその位置を理解した副は薙ぐようにアステロイドを掃射。

 急接近するバイパーを打ち落とすとシールドを目の前に集中展開して、坂道を飛び降りた。坂道からの変化弾(バイパー)を全てシールドで受け取り着地すると、視線の先に那須の姿が彼の目に映った。

 

「副君……」

「発見!」

 

 シールドをしまい、アサルトライフルを那須へと向ける。

 この距離ならば銃手(ガンナーの)の距離だ。銃撃戦ならば副が削りきれる。

 すぐさま引き金に指をかける。

 

「攻撃的な動きね。桐絵ちゃんの言ってた通り(・・・・・・・・・・・・)

 

 直後、かわしたはずの変化弾(バイパー)が副へと襲い掛かった。

 

「な、にっ!?」

 

 那須は副が反撃に転じることを読んで一部の弾道をあらかじめ今の副がいる位置に来るよう設定していたのだ。

 引き金を引くことは敵わず、副は転がるようにその場から離れた。受身も取れずに地面に横たわる副に、那須は再び変化弾(バイパー)を放つ。

 先ほどのようなあらゆる角度から降り注ぐ弾道と異なり、一点に集中して突破を図る両攻撃(フルアタック)。副の目から見てもシールドで防ぎ切れるわけがないとすぐに理解できた。

 

(シールドは無理だ。テレポーターは……今は使えない!)

「くっそっ!」

 

 シールドでは防ぎきれない。時間が経過し狙撃手(スナイパー)の位置を把握していない今、テレポーターを使えば狙撃される危険がある。アサルトライフルで打ち落とす事も不可能だ。

 攻撃全てを防ぐ手段もかわす手段も思いつかず。

 結果、副は左腕をアサルトライフルの側面に手を伸ばし引き金に指をかけて――爆発に飲み込まれていった。

 

 

――――

 

 

 話は二ヶ月ほど前。まだ副達が正式なボーダーに入る前の時機までさかのぼる。丁度副が小南の指導を受けはじめて1週間が経過した頃だ。

 

「……そうなんだ。桐絵ちゃんの従弟、嵐山さんの弟もボーダーに」

 

 体調が優れていたため、久々に那須が学校へ登校できた日。

 午前の授業を終えた直後の昼休みに那須は小南と共に日陰のベンチで昼食を共にしていた。

 体の調子やチームのこと。那須がいない間の学校生活のことなど。一通りの話を終えた後、話題は小南が指導している副へと移った。

 

「そうなの。副って名前なんだけど、どうも准への対抗心が強く芽生えちゃったみたい。結構頑固でね。今は私がトリガーでの戦い方を教えているけど。……性格が結構戦いに現れているのか、攻撃に偏りがちなのよね。銃手(ガンナー)を目指すなんて言ってたのに、打ち合いよりも奇襲を好んでいるみたいだし」

「その辺りは師匠の影響も受けているんじゃない? 何せ初めての師匠がトップクラスの攻撃手(アタッカー)なんだもの」

「ちょっ、玲! ここでは!」

「わかっているわよ。桐絵ちゃんは育ちの良いオペレーターだもの。この話とは無縁よね?」

 

 にっこりと爽やかな笑みを浮べる那須。

 学校では猫をかぶって性格を隠している小南にとっては冷や汗ものの話だ。

 心臓の拍動が強まったことに苛立ちを募らせながら、『どうしれこんな面倒な役を演じてしまったのだろうか』とかつての自分を悔やむばかりだ。

 

「まったく。玲までそんな風に言って!」

「ごめん。でも、楽しそうだね桐絵ちゃん」

「楽しそう?」

「だって、普通の相手ならば『弱い相手に興味はない』と言いそうなのに、まだボーダーにも入っていない子を相手にしているんでしょう? それもこんな風に他愛もなく話すから」

 

 普段の小南の性格を知る那須にとって、彼女の行動は意外なものだ。

 実力が高く、長年防衛隊員として働く小南は弱い人間に対しては時に厳しく当たる一面がある。

 そんな彼女がこのように語るのだ。相手が従弟とはいっても、違和感を感じてしまう。

 

「ま、確かにそうだけど。やっぱり昔からの付き合いだしね。准にも頼まれたし」

「そっか」

「それに……」

「それに?」

 

 そこで小南は一旦言葉を区切り、一呼吸を置いて話を続けた。

 

「どうも放っておけないのよね。あんな風に『ただただ強くなりたい』って必死な目で、我武者羅に挑戦する姿を見ちゃうと」

 

 副の気持ちに当てられたのだろう。

 並大抵のものならば、小南との戦いを繰り返せば心が屈する。そうでなくても嫌気が差して投げ出してしまいかねない。それなのに彼はそんな姿勢は一切見せずに毎日特訓に励んでいる。まだ一度の勝ち星も得ていないのに、毎日やる気に満ち溢れた表情で挑むのだ。

 そんな直向で我武者羅な彼を見て、小南も他の事情なしに放っておけないと感じているのだった。

 

「……真っ直ぐな子なんだね」

「そうね。そこらへんは兄譲りなのかも」

「確かに」

「でもまだまだ荒削りなところが多いのよね。多分本部所属になるだろうけど。……玲。もしも副が正隊員になったら、あんたも仲良くしてあげてね」

「ええ。わかったわ。もしも会う機会があったなら、私が可愛がってあげる」

 

 まさかこの時は、わずか一ヶ月でB級(正隊員)に昇格するとは思ってもいなかった。しかもランク戦で直接戦う事になろうとは。想像できるはずがなかった。

 

 

――――

 

 

「那須隊長の両攻撃(フルアタック)変化弾(バイパー)が炸裂! 身動きの取れない嵐山隊員、これは手も足も出ないか!?」

「いやー、おっかねえな。今の絶対相手の動きを読んで弾道引いてただろ」

「弟君がテレポーターじゃなくてグラスホッパー持ってたらかわせてたかもしんねーな。何せもう日浦とかが高台を抑えてる。狙撃を警戒してもうテレポーターを使えなくなっちまったんだろうな。これは防げねえよ」

 

 あっという間の出来事だった。反撃に移ろうとした副をあっさりと迎撃した彼女の戦いぶりに実況席も解説席も感心するばかり。

 もしも副が機動が読みにくいグラスホッパーを使えたならばあるいは。そう考えてしまう出水ではあったがもしもを考えても仕方がない。既に敵隊が高台を取っている今、副の機動力は半減しているも同然。それだけがこのランク戦における重要な情報なのだ。

 

「し、しかし。嵐山隊員の反応はまだレーダーから消えていません。いまだ健在です!」

「あ? マジか。変化弾(バイパー)を打ち落としたのか?」

「……つうか変化弾(バイパー)にしては爆風が激しすぎる。あれは、メテオラだな」

「メテオラ? それは、嵐山隊員の、ということでしょうか?」

「おそらくな。那須の変化弾(バイパー)が直撃する寸前、アサルトライフルのスイッチに手を伸ばしてたし。メテオラに切り替えてその爆風で敵の視界を塞いだ。追撃を受けないようにしたんだと思うぜ」

「ああなるほど。ただ、その場合――多分、一部の変化弾(バイパー)は防げても、自分のメテオラのダメージも食らってる可能性が高ぇわ」

 

 ステージに広がる爆風を見て、逸早く出水が真実に気づく。彼が言うとおり副は直前にアステロイドからメテオラに切り替えて引き金を引いていた。結果、バイパーに命中したメテオラが爆発。敵の目を晦ます煙幕となり追撃を防いでいた。

 だが米屋の指摘通りメテオラの爆発位置が近すぎた。爆発のダメージが僅かに副にも及んでいる。これは無傷ではすまされないだろうと彼の様子を察していた。

 

命中(ヒット)!』

 

 一方、那須隊のオペレーターである志岐が那須に攻撃の成功を告げる。

 攻撃を放った那須も命中を確信していたが、レーダーにはまだ副が映っている。

 

「でもまだ落とせてないわ。茜ちゃん」

『駄目です! 爆風のせいで姿が見えません!』

「そう」

『なら撃つなよ茜! 下手に撃てば居場所がばれる!』

「ええ。茜ちゃんはそのまま警戒を――」

 

 警戒を続けて、と続けようとして那須は己に迫り来る何かに気づく。

 那須はフルガードで体全体を守りながら一歩後ろへ下がった。

 すると彼女が先ほどまでいた足元の地面を弾丸が削る。高台からの狙撃だった。

 

(荒船隊? あるいは、絵馬君? ただどちらにせよ)

「どうやら深追いは出来ないみたいね」

 

 間違いなく今の狙撃の狙いは那須だ。

 それに気づくとすぐに追撃を受けないように建物の影へと移動し、狙撃を阻む。

 逃しはした。確認もできていないが副が追ったダメージは決して小さなものではないはずだ。十分な戦果を上げたと考えて十分だろう。

 そう判断して那須は副の追撃を中断。

 レーダーへと視線を向けて他の隊員達の動きを確認した。

 

「はっ、はっ。くっそっ」

 

 その頃。

 副は腹部を左手で抑えながらステージ中央へと向かっていた。那須から離れるのと同時に木虎との合流を図ってのことだ。

 

《副君。無事?》

「……お腹に幾つか風穴が空けられましたが。ギリギリ生きています。あー、トリオンが勿体無い」

《那須先輩に牽制を入れといた。狙撃を警戒してこれ以上追う事は出来ないはずだよ》

「サンキュー、ユズル。ナイスフォロー。危ない危ない。またベイルアウト一番乗りするところだった」

 

 腹部に空いた風穴から微量のトリオンが漏れているが、致命傷だけは避けている。

 軽口を零してチームメイトに無事をアピールする副。彼の無事に胸を撫で下ろしたのだろう。絵馬達は安堵の息を零した。

 

「ったく。桐絵さんといい、那須先輩といい。女性防衛隊員って怖い人しかいないのか?」

 

 自分が所属する隊の隊長も女性であるということさえ忘れて愚痴を零す。通信ではない呟きで有るために聞こえはしないが、木虎が耳にしたら衝撃で凍りつきかねないような発言だった。

 

「副君!」

「あっ、木虎先輩」

 

 曲がり角を曲がったところで木虎と再開。

 ついに木虎隊は銃手(ガンナー)二人が合流を果たし、本来の形に戻ろうとしていた。

 

「何とか無事ね。よかったわ」

「ええ。那須先輩に手痛い一撃を食らいましたけどね。この後はどうします? おそらくすでに狙撃手(スナイパー)は皆高台に向かっていると思いますが」

「わかってるわ。ただその件なんだけど……」

 

 木虎はそう言ってレーダーに視線を落とした。

 レーダーにはバッグワームを使用していない五人の隊員の現在位置が示されている。

 そしてそのうちの二つ。木虎隊とは別の二点が急接近していた。

 

「どうやら動きがありそう。絵馬君の話だと、おそらくは――」

 

 

――――

 

 

「無事か、半崎?」

《ギリギリす。那須隊長に救われた感じすね》

《やはりさすがの腕だな。那須は》

《ただトリオン漏れがヤバイす。最後まで残るのは無理そう。自発的にベイルアウトした方がいいすかね?》

「……いや、無事ならばトリオンが切れるまで狙撃に専念してくれ。このステージで狙撃手(スナイパー)を失うのは痛手だ。最悪木虎隊に一点をくれても構わない。それ以上の点を取るぞ」

《了解》

 

 荒船隊では半崎の重症により、少し風向きが変わっていた。追撃をかわしたとはいえスコーピオンとアステロイドで受けた傷は軽いものではない。このまま放置すればバッグワームの仕様も相まってトリオン漏出によるベイルアウトは免れないだろう。

 だが荒船はそれでも得点を優先した。この荒船隊有利なステージで自らベイルアウトするのはデメリットが大きすぎる。総判断したのだ。

 他のチームメイトも狙撃手(スナイパー)の長所をよく知っている。彼の指示に反論はなく、あっさりと同調の意を示した。

 

「よし。なら二人は援護を頼む。俺も今坂道を上がってるが……」

《荒船君、上! 来るよ!》

「ッ!?」

 

 加賀美の叫びで警戒を最大限に引き上げる荒船。

 直後、彼の顔を切り裂こうと振るわれた弧月が彼の視界に映った。

 

「ちいっ!」

 

 負けじと抜刀。荒船も弧月で迎え撃つ。

 

「熊谷か!」

「ええ、荒船先輩!」

 

 刀と刀が重なり、金属音が響く。

 お互い一歩離れると熊谷が間髪いれずに胸元へと弧月を振り下ろす。

 また一歩下がって荒船がかわすと流れるように斬り上げて追撃。荒船は弧月で防ぎ、彼女の刃先を逸らす。――すると二発、熊谷目掛けて銃弾が襲い掛かった。

 

「あっ!?」

「悪いな。連携ではこちらが有利だ」

 

 半崎と穂刈の狙撃だ。頭を狙った狙撃はシールドで防げたが、もう一発は熊谷のわき腹を撃ちぬいた。

 これで熊谷の体制が大きく崩れた。すかさず荒船が追撃をかけようと大きく一歩踏み込み、そして背後より放たれた射撃に気づいて大きく横へステップを踏んだ。那須の変化弾(バイパー)が誰もいない空間を通過する。

 

「ちっ。こっちに来たか」

「くまちゃんはやらせないわ」

《今移動中で難しいぞ。狙うのは》

「わかってる。こっちで凌ぐ」

 

 先ほど穂刈達は熊谷を狙った為に移動を余儀なくされていた。二人の援護は期待できない。

 逆に那須隊の狙撃手(スナイパー)、日浦の狙撃が荒船を捉える。荒船の右肩を銃弾が掠めた。

 

(とはいえ、一対三はさすがにキツイか)

 

 那須と熊谷が合流した今、荒船は圧倒的不利な立場にあった。

 右腕で弧月を操り熊谷をかわしながら、左手のシールドを分割して那須の射撃と日浦の狙撃に対応する。剣速を増すことで熊谷相手には優勢に振舞うことができるが、援護射撃を受けるとどうしても受け手になってしまう。

 

「いける。玲、このまま押し切るよ!」

「ええ。狙撃には気をつけて」

《下から二人、上がって来ます!》

《木虎隊です!》

 

 熊谷が勝機を見出す中、ここまで姿を見せなかった木虎と副が飛び出した。不意を突いた横激。横に並び、二人揃ってアステロイドを連射する。

「木虎隊!」

《玲! 私が防ぐからその間に!》

 

 熊谷が反転。那須の前に躍り出て両防御(フルガード)を張った。荒船もシールドを起動して銃撃を防ぐ。

 そして二人のアステロイドを熊谷が防いでいる間に那須は変化弾(バイパー)を起動。目の前の熊谷をかわし、そして木虎隊の二人に命中するように弾道を引いた。

 

「副君!」

「了解!」

 

 すると木虎達は二人で同時にシールドを張る。層を増した分、シールドは那須の変化弾(バイパー)を完全に防ぎきった。そしてすぐさまもう一度アステロイドを発射。熊谷と荒船のシールドを削っていく。

 

「荒船隊長と那須隊が競り合う中、木虎隊もこの戦いに参戦!」

「乱戦に持ち込む気か。ま、うまくいけばこのまま両隊とも倒せる。悪くはねえ判断だ」

「やっぱり打ち合いなら木虎隊も優位に立てる。となると中距離の銃撃戦に弱い荒船隊がどう凌ぐかだが……」

 

 このまま銃撃戦が続けば銃手(ガンナー)射手(シューター)不在の荒船隊が不利だ。狙撃の援護だけではなく、荒船が攻撃手(アタッカー)の間合いに切り込む必要があるだろう。

 と、そう解説の二人が考えていると。

 まさに荒船が彼らの想像通りに動こうとしていた。

 

「くっ」

(まずい、このままだと!)

「舐めんな!」

 

 このままでは防戦一方となると判断したのだろう。

荒船は右腕のシールドをオフにして再び弧月を起動。そして居合いの構えを取り、弧月のオプショントリガーを使用した。

 

「――旋空弧月!」

 

 刃を瞬間的に変形し拡張するトリガー、旋空。

 二度振るわれた刃の鋭さは尋常ではない。

 拡張されたトリガーが木虎と副に向かい、二人のシールドを一発で両断した。

 

「なっ!」

「うわっ!」

 

 木虎は右の頬を、副は左足を切り裂かれたが、攻撃に反応できた為に軽症で済んだ。

 しかしこれで二人の防御が崩れ、倒れこむように姿勢を崩している。

 ここが動く時と判断したのか荒船はシールドを張ったまま二人へ向かって突撃する。

 

(まずはお前らからだ!)

 

 木虎隊は銃手(ガンナー)が二人、それもデータが少ない。加えて副は負傷している。おそらくこちらを片付けたほうが都合がよいと考えたのだろう。

 まっすぐに自分たちに向かってくる荒船を見て、副は。

 

(動いた!)

 

 彼も、ここが勝負時と判断し、テレポーターを起動。

 荒船の斜め後ろ上空へと瞬間移動し、アサルトライフルの銃口を彼に向けた。

 

「なにっ!?」

「え?」

(テレポーターを起動した!?)

「はあぁっ!?」

 

 荒船も、那須達も、観覧室の隊員達も。この状況でテレポーターを使用したということに驚愕した。

 当然の反応だ。彼の取った行動はあまりにも愚策だ。先ほどの半崎の時とは状況が違う。もうすでに狙撃手(スナイパー)は狙撃位置についていて、無防備な姿が見えればすぐさまに狙撃できるよう準備をしていたのだから。

 

狙撃手(スナイパー)を甘く見たな。嵐山さんの弟」

 

 そしてやはり、熟練の狙撃手(スナイパー)はこのタイミングを逃すはずが無かった。

 穂刈が即座に副の頭部を十字線(レティクル)に重ねる。敵はアサルトライフルを構え、荒船だけを見ている隙だらけな状態だ。

 わざわざ敵が自分からさらしてくれた油断だ。逃す手はない。

 引き金が引かれる。イーグレットの銃口から、銃弾が放たれた。




ランク戦 初期転送位置

           日浦
                   絵馬
          穂刈
    半崎 
  副                  熊谷
      那須        荒船 
          木虎

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