タブレット端末に映し出されているのは前シーズンに開催されたB級ランク戦のデータだ。
荒船隊の隊長・荒船が最前線で弧月を振るい、スナイパーの穂刈が彼をカバーしながら半崎と共に相手隊員を狙撃する。
その狙いは文字通り正確無比。
標準を定めた隊員の腕を打ち抜いて攻撃の手段をなくし。足を打ち抜いて機動力を殺し。あるいは直接点を取りに行く事もあった。頭や心臓、トリオン供給器官といったトリオン体の急所を銃弾が貫いていく。
一瞬でも隙を見せれば二人の
「……改めて
「荒船隊は隊長以外の二人が
苦言を呈する副に三上が補足を入れる。
今日のランク戦初戦では木虎隊のみが
だが水曜日の二戦目は話が違う。長距離狙撃に長けたチームとの対決。警戒せずに彼らの狙撃から逃げ切ることはまず不可能だろう。
かといって狙撃にばかり気を取られていてはエース
木虎隊に純粋な
「何も荒船隊だけに限った話ではないわ。水曜のB級中位グループはボーダーにそれなりに長く在籍しているし、各部隊特有の戦術を持ってる。よりハイレベルの戦いになるわよ」
そう冷静に語るのはボーダーに長く在籍している小南だ。
B級中位以上のチームはどの隊も確固たる戦術概念の元、連携を武器にランク戦を戦っている。荒船隊ならば狙撃。どの隊にも負けることはない、各隊が持つ得意戦術だ。
彼らと戦う以上、その戦術に対応するだけの策と彼らと同様の戦術を持って立ち向かわなければならないということは今さら語るまでもない。
「そしてもう一つ。鈴鳴第一に点を取るエースがいたように各部隊にはそこそこまあまあな実力を持つ隊員がいるわ」
(そこそこまあまあ?)
「荒船隊の荒船隊長のことですよね」
「そっ。それに那須隊の玲もね」
「玲?」
あまり実力のことがわからないような表現に首をかしげながら、それよりも小南の口から親しげな呼び名が飛び出したことに疑問を懐き、副は言葉を返した。
「那須隊の隊長よ。私、玲と同じお嬢様学校に通っていてクラスメイトなの」
「へー、そうなんですか」
(お嬢様学校。桐絵さんが……)
「ブフッ!」
小南がお嬢様学校に通っているという情報の元、副は脳内で彼女の学校内での様子を想像し、思わず噴出してしまった。ひょっとしたら防衛隊員という情報を隠し、オペレーターとして働いているのだと猫を被っているのかもしれない。そう考えると笑いを堪える事はできなかった。
「ん。副、どうしたの?」
「い、いやっ。なんでも、ないっ」
心配そうに顔を覗き込む絵馬。大丈夫だと表情を戻し、再び会話の中へと戻っていく。
「それじゃあ小南先輩はその那須隊長のことはよく知っているのですね」
「まあ、ね。といっても、玲は病気がちであまり学校に来る回数は少ないけれど」
「そうなんですか」
「……ん? 女性の隊長? 病気がち? あれ、何かどこかで聞いた覚えがあるような」
話題の中心、那須に関する幾つものキーワードを耳にして何かが頭の中で引っかかる。
副は必死に記憶を呼び起こそうと試みるが果たして何処でその話を聞いたのか。中々彼女の情報を掘り起こす事ができなかった。
「玲のポジションは
「
「……蜂の巣?」
そして彼女のポジションを聞いて、ようやく記憶が呼び起こされた。木虎達が首を傾げる中、副はかつて時枝達、嵐山隊の面々と話した時のことを思い出した。
『生身の身体の感覚がトリオン体の動きの元になるから重要だけど、身体能力そのものは関係ないんだ』
『現に普段は体が弱いけど、トリオン体になったら敵をどんどん蜂の巣にするような女性隊長もいるぜ?』
あれは那須のことを指していたのだ。
あの時は話を聞いただけでどんな存在なのか想像も出来ずぞっとした。今、その隊長の対と相対するとなって彼の身に緊張が走る。
「那須隊のランク戦データもあるので、見てみようか」
三上はそういって端末を操作しはじめた。
待つこと十数秒ほど。画面が入れ替わり、今度は那須隊が参戦したランク戦の映像が映し出される。
こちらは先ほどの荒船隊とは真逆であった。
「中距離の火力メインのチームね」
「俺と木虎先輩が組んでの打ち合いなら勝てないこともないか? いやでも熊谷先輩の防御硬そうだしなー」
「それに、この那須先輩は弾道を自由自在に操っている。多分バイパーだろうね。真っ向からの打ち合いならまだしも、障害物を利用するとなると相手が有利だよ」
エースの那須は中距離からの撃ちあいに秀でている。ならばこちらも
「ま、その辺りは自分達で色々考えてみなさい。チームごとに特色があるんだから、自分達のやり方を試行錯誤してみるといいわ」
「……はい」
「それじゃ、私はこの辺りで」
「お疲れ様です」
「桐絵さん、ありがとうございました!」
最後に、後輩たちに声援を送って小南は木虎隊の作戦室を後にした。
(那須隊、木虎隊、荒船隊の三つ巴か)
彼女も少し複雑な心境だった。那須はクラスメイトであるし、副は従弟であり弟子のような存在。よく見知った相手達が戦うのだから仕方がないことだ。
「ま、精々頑張りなさいよ」
それでもやはり鍛えた師匠としては弟子の方を応援してあげたいというのが性だ。
誰もいない廊下で今一度木虎隊の面々に声援を送って小南はボーダー本部を去っていった。
一方、小南がいなくなった木虎隊の作戦室ではその後も次のランク戦に向けた話し合いが続いている。
「那須隊長の位置取りは私が皆に適宜知らせるね。状況に応じて戦闘距離も変えていった方がいいかも」
「そうですね。いざという時は俺のテレポーターで切り替えることも出来るでしょうし、しばらくは普通に連携の確認をしていきましょうか?」
そう副が皆に伝えてチームの認識を一つにしようとした時。
「……いや、待って」
絵馬が静かに口を開く。
「その前に副に、皆に言っておいたほうが言いと思って」
「ユズル? 何かあった?」
「次は狙撃戦に長けた荒船隊もいる。
皆の了承を得て、絵馬はゆっくりと言葉を紡いだ。
「さっき副が言っていたテレポーターの事だけど。……次のランク戦は、多分使えないと思う」
そして彼は先ほどの副の考えを否定する。
絵馬が
――――
「くしゅん!」
「大丈夫、玲? まだ体調が悪い?」
「鼻かみますか?」
「ううん。大丈夫よ。くまちゃん、茜ちゃん、ありがとう」
場所が変わって那須邸。
那須隊の隊長である那須の自宅に、隊員である那須と熊谷、日浦が集まっていた。
B級暫定十二位、那須隊
B級暫定十二位、那須隊
B級暫定十二位、那須隊
突然のくしゃみに気を使う熊谷と日浦。那須は気全に振舞って自分の快調をアピールした。まさか彼女に関する変な噂話をされているとは思ってもいなかった。
「無理はしないでね。玲に何かあったらランク戦どころじゃないんだから」
「ええ。わかってるわ」
念を押されて、那須は深く頷いた。
那須はこの隊の隊長でありエースでもある貴重な存在だ。元々体はそれほど強くないのだから小さな気がかりでも見逃すわけにはいかない。
無理をしないように。無理をさせないように。那須隊の全員が持つ共通意識である。
『それで、これが今日のランク戦。木虎隊のデータですね』
話を戻し、全員が手にしているノートパソコンや端末タブレットに今日の木虎隊が戦ったランク戦の映像が映し出される。その横にはオペレーターである志岐の顔に良く似たアイコンが表示されている。彼女はボイスチャットを利用してこの会議に参加しているのだ。
B級暫定十二位、那須隊オペレーター 志岐小夜子
「木虎隊の隊員は全員がランク戦初戦。データがなかったから初戦で当たらなくてよかったよ」
「でもその初陣で四得点。生存点も含めて六得点なんて凄いですね」
『この鈴鳴第一の村上先輩もかなりの腕前みたいだし。村上先輩を落としての勝利って中々難しいと想いますよ』
「……そうね。皆伸び伸びと戦っていると思う」
初めてみた木虎隊の戦いを見て、四人は皆口をそろえて褒めている。
C級のランク戦と仕様の異なる集団戦、B級ランク戦。その初戦で三つ巴を勝ち抜くということは誰にもできることではない。しかも木虎隊は皆昇格したばかりだ。
ルーキーといえど侮る事はできない。むしろデータが少ない分よっぽど厄介な存在だった。
「嵐山君が状況を動かして絵馬君、木虎さんが点を取る、という感じでしょうか?」
「そうみたいね。出だしも彼が一人落としたところから始まっているし、最後もテレポーターで鈴鳴第一の二人を崩してるから」
『スコーピオンで接近戦もカバーできる【崩し役】ってことですね。
「でも今回は使ってこない。――いえ、使えないはずよ」
だが、やはり木虎隊よりも多くの期間ランク戦を戦い抜いてきた那須は冷静だった。
相手の力を脅威だと認識しつつ、冷静に戦力を分析。その上で次の試合、副の力は恐れる必要はないと断言した。
「荒船先輩もいるから近距離での乱戦なら彼は確実に落とせるわ」
「……確かにね。そうなると、やっぱり問題は
『間違いなく市街地Cを選択するでしょうから、転送後すぐに高台を占拠。その上で二人を引きずり出さないと難しそうですね』
「でも待ちに入られると厄介ですよね。今回は時間切れも頭の中に置いといた方がいいかもしれません」
「そうだね」
一方、荒船隊の対策となるとそう上手い案は簡単には思いつかない。
熟練の
危険性も出てくる。
不利な状況下ではあまり無理な戦いはしないようにと全員に促して、その後は他愛もない会話をして那須隊の夜は明けていった。
――――
一方、ボーダー本部基地の一室。荒船隊作戦室では。
荒船隊の面々が勢ぞろいしてこちらも木虎隊のランク戦を見返していた。
「すげえな。
「俺こいつのこと何回か
「こいつも木虎隊の得点源と判断して間違いないな」
B級暫定十六位、荒船隊
B級暫定十六位、荒船隊
B級暫定十六位、荒船隊
やはり
絵馬は初戦で来馬と同じく二得点を挙げて隊の最多得点を挙げている。狙った相手を確実にしとめている凄腕を見せ付けていた。彼らが注目するのは必然であった。
「現れたか。
「市街地Cを選んだらこいつも絶対点を取りそうですよね。那須隊とか先に落とされたらダルそう」
「そう簡単には撃ってこないだろ。何せうちだけが
「……それもそうすね」
だが注目しているといっても負けるとは微塵も思っていない。長距離狙撃なら彼らの方が経験豊富。しかも人数の有利もある。絵馬もこの戦力では捕捉されてしまう危険性が高い。早々撃つことは出来ないはずだ。
「那須隊にも
「木虎隊の三人は初戦で全員得点しているよ。
そう語るのはオペレーターの加賀美だ。
B級暫定十六位、荒船隊オペレーター 加賀美倫
今度当たる二チームはどちらも中距離戦に強い。
「那須のことは穂刈が警戒しつつ、落とせなくても足止めしてくれればそれでいい。熊谷さえ落とせば障害は無くなる。木虎隊の二人も攻撃に特化しているわけではなさそうだしな」
「任せろ。援護と足止めは」
データを見て、木虎や副があまり攻撃力が高くないということを察すると、荒船は頼もしくそう語った。援護を任された穂刈も表情を変える事無く頷き、彼の戦術論に同調している。
「この嵐山さんの弟はテレポーターを使っての奇襲も仕掛けてくるみたいですけど?」
「むしろ使ってくるなら儲けもんだ。お前達なら容易に捕捉できるだろ」
「あたり前だ。テレポーターを使ってくるようならな」
「そうすね。そん時は真っ先に撃ち抜いてやりますよ」
皆自信に有り触れていた。
初戦はテレポーターの効果もあって活躍していた副。
しかし、彼の戦いは二戦目にして早くも封じられようとしていたのだった。
――――
次の日。日曜日のお昼前。C級ランク戦のブースに木虎隊の姿があった。
設定を少し変えて変則的な練習試合をチームメイト同士で行っている。
今は市街地Cで木虎と副が真っ直ぐな道が続く道路の真ん中で銃撃戦を繰り広げていた。
木虎がハンドガンからアステロイドを放つ。
連射性能で勝る副も負けじとアステロイドを連射。が、木虎は壁を蹴るなど細かい動きを繰り返して迎撃を許さず、副に接近する。
(……今、ここで使うか)
距離を置いて手数で押し切りたい副。弾をメテオラに切り替えて自分の足元付近に発射。
弾はアスファルトを砕き、瞬時に砂煙がその場に舞い上がった。
「ぐっ!」
(砂煙が。目晦まし!)
(今だっ!)
片腕を体の前面に当てて目を守る木虎。
その間に副は判断を下した。今が好機と判断し、テレポーターを発動。
彼女の真後ろに回りこみ、すかさずスコーピオンを起動。彼女の背中目掛けて振り上げた。
「ほらね。丸見えだよ」
その副の姿を完全に捉えている
絵馬である。
イーグレットの照準を副の頭に揃えると、迷う事無く発射。
弾は狙い通り、木虎を落とそうとしていた副の頭を容赦なく撃ちぬいた。
「がっ!?」
『戦闘体活動限界。ベイルアウト』
狙撃は的確に急所を捉える。テレポーターの動きを見抜かれた副は抵抗さえ出来ず、あっという間に撃破されてしまったのだ。
これが絵馬が、那須が、荒船達が語っていた副の、彼が使うテレポーターの弱点。
狙撃手を前にしては彼の力は弱点そのものとなってしまうのだった。
その後も幾度かテレポーターを必ず使用するという条件化の下、変則的な練習試合を行った木虎達。だが繰り返すたびに絵馬の狙撃が副を捉え、その度にベイルアウトを余儀なくされていた。
最後まで副が狙撃を回避する事が出来ないまま。三人の練習試合は一先ずの終わりを迎えることとなる。
「くそっ。マジか。本当にテレポーターが使えない。完全に捉えられている」
「テレポーターを使ったとき、使用者は視線の方角数十メートル以内にテレポートする」
「それを
木虎の言葉に、絵馬は無言で頷いた。
近距離、中距離戦闘の者には無類の強さを見せ付けたテレポーターであったものの、長距離狙撃を受け持つ
「どうなの、副君? テレポーターを使ってすぐ位置がばれるというのなら、その後また同じようにテレポーターを使えば」
「いや、それは無理です。一度テレポーターを使えば距離に応じたインターバルが必要となります。短距離のテレポートであろうとも連続で使用するには数秒のインターバルを要します。それで、今の練習なんですけど。インターバルが終わる頃にはユズルに頭を撃ち抜かれていました」
「そっか。それじゃあ少なくともテレポーター単独でかわすのは厳しいか」
良い考えではあるのだが、テレポーターとてそう万能のトリガーではない。連続で使用するためには距離に応じたインターバルを挟む必要が有る。その間に
三上は残念そうに俯き、ほかに手はないかと考えるがそう上手い手は見つからない。
「いっそテレポーターを外して他のオプショントリガーを入れてみる?」
「うーん、短期間でそう上手くいくかな?」
「変えるなら同じ機動力重視のグラスホッパーかしら。後は別の攻守に使えるトリガーか」
「その辺りも色々試してみる必要がありそうですね」
「そうですね。ただどちらにしても」
一度言葉を区切ると副は立ち上がってから話を続けた。
「今後も
こういうことは実戦で自分の感覚を試すのが堅実かつもっとも早い近道だ。
師匠の教えの影響かもしれない。副は三人に手を振って分かれると一人ランク戦ブースの中へと消えていく。
「……副のテレポーターが通じないとなると、副の奇襲から崩すということは難しくなる」
「ええ。でも真っ向勝負では経験豊富な相手二チームの方が有利なはずよ」
「特に今回は荒船隊がマップ選択権を持っているから、市街地Cはほぼ確実ね。かなり厳しくなってくるかも」
まだ木虎隊はB級に昇格したばかりの若いチームだ。連携や基本戦術では他のチームに遅れを取る可能性が高い。
もしも副が崩し役として動けないと試合の展望は変わってくる。
期待していないわけではないが過信は禁物。一応彼が機能しないことも考えて作戦を考えなければならないと三人は意思疎通を図った。
「私は作戦室に戻ってデータ集めをするわ」
「私も手伝うよ、木虎ちゃん」
「ありがとうございます。絵馬君はどうする?」
「……俺も記録を見る。市街地Cの状況も詳しく把握しておきたいし」
「そう? わかった。じゃあ行きましょう」
三人は足並みを揃えて木虎隊の作戦室へと向かう。
少しでも次の試合で勝つ可能性を高めるために。
今もなお必死に活路を見出そうとしているチームメイトの負担を減らすために。
『隊員の入室を確認しました。待機モードに入ります』
ブースに入り、素早くランク戦の申し込みを行う副。
B級に昇格してからも
できるだけ自分に近い
「おっ」
(弧月、か。そんなに得点は離れてない。荒船隊長や熊谷先輩と次のランク戦で戦うわけだし、丁度いいか)
相手は副よりも五百ポイントほど
いきなり逆指名を受けるとは驚いたが、仮想の相手としては申し分ない。
何のためらいもなく副はパネルのボタンを押し、ランク戦へと臨んだ。
トリオン体が戦闘ステージとなる市街地Aに飛ばされる。
まずは誰が相手なのか、すでに戦ったことのある相手なのだろうか。それを確認しようとして視線を前に向け、副の表情は驚愕に染まる。
「む、村上先輩!」
「昨日以来だな、副」
昨日のB級ランク戦で戦ったばかりの先輩、村上鋼が目の前に立っていた。
「本部にわざわざランク戦をしに?」
「ああ。そうしたら丁度お前らしい人物が入ってきたから、挑ませてもらったよ」
「……いやー、挑むも何も村上先輩の方が格上でしょうに」
村上は右手に弧月を、左手に
対抗して副も右腕のアサルトライフルを構え、いつでも撃てるようにと準備した。
「借りは早めに返しておこう。昨日のリベンジとさせてもらう」
「わざわざご丁寧にありがとうございます。そのままもらっといていただいてもよかったのに」
「遠慮するな。年下にもらってばかりでは年上の面子がたたない」
「そうですか。……十五分、五本後に挟みますか?」
「大丈夫だ。昨日のランク戦で、お前との戦いは
「では、遠慮なく!」
同じ時期にボーダーに入り、競い高めあった仲だ。下手な気遣いは必要ない。
『対戦ステージ、「市街地A」。個人ランク戦十本勝負、開始』
無機音声の宣言を合図に、両者は一斉に動き出した。
――――
そしてその日の夜。
嵐山宅に帰宅した副は一人部屋に篭って今日のランク戦を振り返っていた。
(テレポーターを使わないと、やはりどうしても攻撃の対応には限度がある。スコーピオンではまともに斬り合う事は出来ない。距離を開けるにはメテオラを使うか、いや使いすぎると射線を自分で作ってしまう可能性もある)
今日のランク戦で副は一つの制限を設けて行っていた。
それは「テレポーターを一切使わない事」である。次のランク戦に向け、
その結果は二十六勝三十四敗。大きく負け越してしまった。ちなみにうち八敗は村上とのランク戦で記録したものである。見事に昨日のランク戦の借りを返されてしまった。
(村上先輩はすでに対戦済みであったせいか、余計に追い込まれるまでの時間が早かった。そして追い込まれると中々反撃に転じられない……)
「――ああっ、くそっ!」
ベッドに寝転がり、乱暴に拳を叩きつけた。
悔しい。
たった一つ封じられただけで、何も出来なくなったような気分に襲われる。だが覆そうにも考えが思い浮かばない。
わかっているのに力がついてこない。それが悔しかった。
(どうすればいい? どうすればテレポーターを使わずに攻守を切り替えられる?)
悩んでも、思考をめぐらしても、解決案は思い浮かばない。時間がかかればかかるほど気分はどんどん落ち込んでいく。
(くそぅ。こんな時、他の人ならどうする? 兄ちゃんなら……)
「副、いるか?」
「ッ! いるよ、兄ちゃん」
「入るぞ」
考えに夢中になっていると、まさに今考えていた相手、兄の声が部屋の中まで届いてきた。きっとようやく仕事を終えて帰ってきたのだろう。
許可を得た嵐山はゆっくり扉を開き、真っ暗な部屋に驚いて顔をしかめる。
「なんだ、寝てたのか?」
「別に。ちょっと考え事」
「今度のランク戦のことか? 桐絵も気にしていたぞ。ひょっとしたら副が悩んでいるかもしれないって」
「……そう」
その気持ちはありがたかった。心配してくれている、それを知れただけでも。
もっとも、小南の言葉通りになっている自分を少し恥ずかしくも思ってしまったが。
「何か悩んでるなら俺も相談に乗るぞ。一緒に考えてやる。ボーダーとしては俺の方が経験が長いんだ。何でも――」
「いい!」
元来の優しさから来る誘いだったのだろう。
だが副は最後まで聞く事無く、語気を強めて彼の言葉を遮った。
嫌だったのだ。
折角ボーダーに入ったというのに、入って早々に兄の力を頼りにするのは。
「これは俺の問題だ。兄ちゃんには、関係ない」
「……そうか」
何かを察したのだろう。嵐山は残念そうな表情で顔を落とす。
副もさすがに悪い事をしたと申し訳ない気持ちになったが、ここを譲ってはならないと意地が彼の行動を制限した。
「わかった。じゃあ俺は特に教える必要はないな」
「……うん。ごめん」
「謝るなよ。ただ、それなら一つ言っておく」
視線を合わそうともしない弟に、嵐山は再び笑みを作って言った。
「何か迷ったなら、対戦相手だけではなく、他の隊員の記録を見るのも手だぞ」
「他の隊員の?」
「ああ。特にポジションが同じであったり、戦い方が似ている隊員は特にな。その人の動きを取り入れたり参考にして学んでいくもんだ」
「……そっか」
「ああ。俺は教えられないかもしれないけど、俺から勝手に教わる分には副としても問題はないだろうしな」
まるで心を全て見通されたような発言だ。
負けん気を指摘されたようで一気に恥ずかしくなり、副は言葉を荒げて早く出て行くようにと促す。
「何だよ、別に兄ちゃん以外の人だってたくさんいるだろ!」
「そうか? ま、そういうのも手だってことだ。覚えておけ」
「わかったからもういい! 今日は疲れたからもう寝る! 兄ちゃんも早くでてってくれよ!」
これ以上しつこく構えば嫌われてしまうと判断したのか。
嵐山はそれ以上は何も言わずに弟の部屋を後にする。
誰もいなくなり、ようやく部屋に静けさが戻った頃。
副は無人の空間で一人ひっそりと掻き消えそうな声色で呟いた。
「…………ありがと。兄ちゃん」
さすがにこれは、兄に面と向かって言えるようなことではなかったから。
翌日、月曜日。
副は兄の言葉に従って過去のランク戦のデータを見返していた。
データの内容はやはりと言うべきか、嵐山隊のデータだ。
自分とポジションが同じで戦い方も似ている。そう言われて真っ先に思い浮かぶのが兄の姿なのだから当然だ。
何戦も何戦もデータを見返していって、そしてあるランク戦の記録を見て副は突如椅子から立ち上がった。
「これって!」
食い入るように端末を見る。兄、嵐山の動きに釘つけであった。
ようやく見つけた。これさえあれば。この技術をものにすれば。
「……いけるかもしれない」
次のランク戦、十分に戦える。
ようやく副が活路を見出した瞬間だった。
そして時間は流れて。
水曜日の夜。B級ランク戦第二戦、試合当日。