あ、アシ?北上やけど何か文句あるが?   作:ジト民逆脚屋

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四十日目 破鎧

それを何と呼べばいいのか。

分厚い外殻である装甲に覆われ、僅かに覗く筋肉は、鈍く光を返す合金と、滑る様に撓む樹脂、ワイヤーで構成されていた。

 

「何ぜ、あら?」

 

北上が縒れた煙草を口の端に咥え、船体後部の搬出入ハッチから、件の町の方角を見ると、視認出来るだけで三体の巨人の姿があった。

圧倒的な力と重さを伝える足音を響かせながら、見上げる程の蛇体へ向かう姿に、人々の反応は様々であった。

 

「見ろよ、幸蔵爺。ロボットだ、ロボット!」

「ああ? んなもん、有るわけねえだろうが。……マジじゃねえか!!」

「二足歩行巨大ロボだあっ……!」

 

北上は、何かでかいのが動いている程度だったが、宗谷乗組員の男衆は違った。

目測で凡そ10m程の、機械の鎧武者。それが動きを見せる度に、口々に何やら語り合っていた。

 

「ほらな?! ほらな! 言ったじゃねえか!」

「いや、でもな。二足歩行は脚部の強度が……、歩いてるな。どういう強度計算して、何を使いやがった?」

「なあなあ、あれビーム出すかな?」

「いや、それより変形合体だろ」

「飛べよ」

「それだ!」

 

沸き立つ男衆を他所に、金棒を肩に担ぐ北上は興味無さげに、煙草を吹かして灰皿に吸殻を押し付けていた。

 

「のう、幸蔵爺。あら、なんぜ?」

「何って聞かれてもな……。軍の新兵器ってやつだろうよ」

「はー、そらまたえらいもん造ったにゃあ」

 

北上が次の煙草に火を点け、紫煙を吐き出す。技術者である幸蔵や、その他男衆はあの機械の鎧武者の、一挙手一投足に沸き立っているが、北上はあれをどう潰すかの算段を立てていた。

簡単に楽をするなら、あの大型深海棲艦とやりあっている内に、隙を見て一撃叩き込めばいいだろうし、そうでなくてもやりあっている間に逃げればいい。

 

「船長、聞こえゆうか?」

『聞こえてる。どうした?』

「船、出したがましやぞ」

『そうもいかん。水門が開いてない』

「開いちゃあせんつか?」

『ああ、港湾局に連絡を入れても、まるで返事が無い』

「返事が無い、のう?」

『ああ、つまりそういう事だ』

 

この騒ぎで水門が開かず、ついでとばかりに責任者である港湾局からも返事が無いとすれば、それはつまりそういう事だ。

 

「幸蔵爺」

「お、やるか?」

「ここで待ちよったち、全員ちゃがまるだけよや」

 

恐らく、軍は国内の海上流通を支配したいが為に、五十嵐達を始めとした武装船団をここで潰すつもりなのだろう。

その為に、あの大型深海棲艦を街に運び入れ、自分達の新型兵器で力の差を見せ付ける。

計画としては、理に叶ったものだ。しかし、軍は相手を見誤っている。

 

「船長!」

『おう』

 

北上が伝声管に声を張り上げ、五十嵐が返事を返す。

軍の誤算は一つ、五十嵐達武装船団は軍を飛び抜けた脅威として見ていない。

軍はあくまでも取引相手の一つでしかなく、取引相手としての義理を捨てるなら、こちらもそれ相応の態度で相手するまでだ。

 

『総員出港準備! 貨物固定を再確認しながらタービン回せ!』

「でもよ、船長。水門はどうすんだよ?」

「んなもんしよい事ちや。あのデカブツ突っ込まいたらえい」

「いや、キタ。どうやって突っ込ませんだよ?」

「んなもん、あれらにやらいたらえいわな」

 

北上が指差すのは、今まさに深海棲艦に躍り掛からんとする人型兵器であった。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「隊長」

「……何も言うな」

 

狭いコックピットの中で、男は歯噛みした。

舌打ちも何回したか分からない。部下を持つ立場である以上、弱音や愚痴の類いは極力控えるべきだと理解している。

だが、それでも納得のいかない事はある。

 

 

──護るべき民草を危険に曝す作戦とはな

 

 

男は軍人だ。故に命令に逆らう気はない。しかし、この作戦には怒りを隠しきれない。

部下も同様だ。

 

「今からでも、本部に作戦変更を打診しましょう」

「こんな作戦、間違っています」

「……もう遅い。奴は既に再起動が始まっている」

「しかし……!」

「我々は軍人だ。命令には従わねばならん。……だが、市民に避難勧告も無しに戦う事は出来ん」

 

現場で出来るのは、これが限界だ。

生け捕りにした大型深海棲艦を、研究施設ではなく街に放ちそれを軍が討伐し、その中で軍に街の統治権を渡していれば今回の被害は防げたと、政府と各自治体に脅しを掛ける。

一体、誰がこんな頭の悪い絵図を描いたのだ。

参謀本部だとすれば、軍はまともに機能していないかもしれない。

 

「我らに出来るのは、民間人の被害を最小限に抑える事だけだ。……各員、集中しろ」

 

この人型兵器、〝武神〟は元々艦娘の装備に使われる筈だった技術を元に建造された。

レバーを握り、男は鎌首をもたげたまま動かない蛇体を睨み、背部に搭載された主砲に砲弾を装填する。

艦娘、年端もいかぬ子供に己が命運を背負わせ、あまつさえ使い捨て同然に扱う現状、もしこの技術が正統に艦娘達の装備に使われていたなら、その犠牲はどれだけ減らせただろうか。

 

 

──初代提督、疑わしい限りだな

 

 

艦娘に纏わる技術は全て、初代提督という者が残した文献から再現されている。

だが、その技術は半分も再現出来ていないという。

支離滅裂な文面と、現代では到底理解の及ばぬ理論の山。

特殊歩行戦車、機動殻、武神、そして艦娘。それら全て、学者達は頭を悩ませてどうにか形にしたデッドコピーに過ぎない。

深海棲艦に対抗しうる最大戦力である艦娘に関する技術でさえ、初代が残したお情けにすがって、どうにか形にしたものに過ぎないのだ。

 

一体、どれ程のものを造り上げようとしていたのか。

最早オカルトの類いとまで言われる技術体系は、解析の進まぬまま死蔵されていると聞く。

 

「隊長、攻撃命令を」

「分かった。総員、目標は敵大型深海棲艦、狙いは頭部だ。外すな。主砲発射……!」

 

雷鳴もかくやと、戦艦級の装甲すら穿つ砲弾が深海棲艦の頭部に撃ち込まれる。

排莢された薬莢がアスファルトに落ち、罅と窪地を作り出すが、砲撃の音は止まない。大抵の深海棲艦は、人間型で艦娘の砲撃や、機動殻の近接兵装で殺せる。

 

だが、このタイプの深海棲艦は通常の深海棲艦とは違う。機械的な昆虫とでも言えばいいのか、主となる主脳機関を破壊しても、全身にある副脳が瞬時に主脳機関の代わりとなり、活動を再開する。

それだけではなく、破壊した主脳機関も破壊された瞬間から再生を開始する。

とにかく硬く強くしぶとい。敵対者として最大に厄介極まりない。

故に対処する時は集中的に絶え間無く砲火を浴びせ続け、再生能力を超える破壊を与える。

そして、頭部の主脳機関を破壊すれば、一瞬だが再生能力が止まる。

だから、徹底的に頭部を破壊する。

 

「撃ち方止め!」

 

搭載された弾倉を八割程空にした時、男は言い知れない違和感と不安を感じた。

おかしい。何故、抵抗してこない。

破壊と砲火による煙幕が晴れた先、そこには確かに頭部が破壊された大型深海棲艦が在る。

 

「隊長、やりましたね」

「…………」

「隊長?」

 

なんだ、これは。

武神の視覚素子が送ってくる情報は、確かに深海棲艦の撃破そのものなのに、男は感じる違和感を言葉に出来ない。

言葉が出ない。敵は撃破した。再生もしていない。街への被害も当初の予定より、遥かに最小限に済ませる事が出来た。

 

「……敵撃破を確認。各員、被害を報告後に、市民の安否確認を急げ」

 

だが、今は正体の知れない違和感より、市民の安否確認を優先するべきだ。

男はそう考え、部下に命令を下した。

そして、緊張の糸が切れた瞬間、それが間違いだったと気付いた。

 

「……っ! 回避……!」

 

刹那、男は回避した。

だが、部下は回避出来ず、その機械の鎧ごと炎の中に沈んだ。

何が起きたのか認識は出来たが、理解は出来なかった。

 

「……そんな話があってたまるかっ……!!」

 

違和感の正体、それは深海棲艦だった。

武神が伝えてくる。大型深海棲艦の腹から出てきたのは、いまだに討伐報告が数件しかない特級危険存在である鬼級であった。

 

あ……

 

鬼級棲艦は白く長い髪を蒼い体液に濡らしながら、胎盤の様に自らに繋がる艤装を引き摺り、母胎から這い出てくる胎児かの如く太陽の陽を浴びる。

 

しんぴのけっしょうたい

 

もたらされたのは最悪の厄災だった。


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