あ、アシ?北上やけど何か文句あるが?   作:ジト民逆脚屋

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四十日目

晴天、そう呼ぶしかない。そんな天気の下、薄い紫の煙が、一筋の柱となって潮風に揺らめいていた。

 

「で、どうするがな?」

「動くさ」

 

紫煙の柱が二筋に増え、吹いてきた潮風に揺らいでは、頼り無さげに消えていく。

ゆっくりとした時間が流れる中で、どうにも気怠い雰囲気で、頭にタオルを巻いた若草色の作業着が、片方の袖を空にしたスーツに問うた。

 

「もう今日で八日目やが」

「潮目が悪い」

「昨日は風が悪かったにゃあ」

「もう外に出て、次の港の筈だったんだがなぁ……」

 

五十嵐と北上、二人が揃って溜め息代わりの紫煙を吐き出す。晴天の空に煙が踊って消えていく。

船はいまだに出港出来ず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

「んで、あれらは何がしたいがな?」

「知らんよ。自称人道主義者共(最悪の狂人)の事なんか」

 

五十嵐が残り少なくなった煙草を握り潰し、傍にあった灰皿に放り捨てる。まだ僅かに火種が燻っていたが、それもすぐに消えた。

甲板から見える景色は、争乱の気配を感じさせない。だが、そこには確かに火種というには、あまりに大きすぎるものが燻っていた。

 

「艦娘保護団体のう」

「〝夜明けの水平線〟、よくあるイカれ共さ」

 

艦娘の解放と権利を主張し、我らの隣人を軍の奴隷から解放せよと、そう息巻き、その為には保護対象である艦娘の、武力行使による犠牲すら厭わない、傍迷惑で本末転倒な集団。

つい先日、五十嵐水運も彼奴らの被害に遭っていた。

 

「アタシらみたいな連中が、艦娘を雇ってるのは、公然の秘密ってやつだからね」

「しょう迷惑な話やにゃ」

 

まったくだと、短くなった煙草を揉み消し、三本目の煙草に火を点ける。吸い過ぎだと、自制しようとも思ったが、船も出せず、やれる事は書類を確認し、判を押すだけ。一応、他の同業者と集まり、話を聞いたりして、現状の打開案を考えてはいるが、現状では妙案は出てこない。

 

「兎に角、連中が居なくならん事には、軍も警戒を解かん」

「何がしたいがな?」

「それなんだよ……」

 

空になった煙草の箱を逆さにして、そこから零れ落ちる塵を眺める北上に、五十嵐は自分の煙草を指で弾いて、箱から差し出す。

 

「すまんにゃあ」

「そりゃ、こっちの台詞だ。アタシらが、もう少し気を回せば、あんたらを町に出させてやれるんだがね……」

「気にしなや。アシも大和も、あんな気味の悪い連中が彷徨きゆう町、歩きとうないわにゃ」

 

先日、大和を連れて入野達と町に出た所、件の〝夜明けの水平線〟と出会してしまった。体格の大きい入野と、もう一人の船員の背後に隠されて、その時は事なきを得たが、あの時見た連中の気味の悪さは忘れない。

 

「艦娘を解放せよち、アシらは何処に捕まっちゅうがな」

「アタシらにかねぇ」

「出て行こう思うたら、何時やち行けるにか?」

「そうだね。あんた達は行こうと思えば、何処にだって行けるんだ」

 

潮風に揺れる紫煙が、頼りなくに風に巻かれていく。

 

「アタシらは、こうして船でしか生きられない。陸での息の仕方なんて、昔に忘れちまったよ」

「迷いゆうがかや?」

 

北上が紫煙と共に吐いた言葉に、五十嵐は溜め息で答えた。五十嵐水運の現状は、正直逼迫している。

限りある在庫を食い潰し、柳瀬が遣り繰りして積み立てた貯金を切り崩して、どうにか今の状況を保っている。

猶予は無い。進むか降りるか、それを決める限界が今だ。

そして、五十嵐はそれを迷っている。

 

「……キタ、アタシらは自慢じゃないが、脛に傷のある連中ばかりだ」

「そうじゃろな」

「この宗谷を降りたら、真っ当に生きられないのが大半だ。……柳瀬や入野達は違うがな」

「幸蔵爺もじゃろ」

「まあ、そうだね。だけど、解るだろ?」

「まあの」

 

真っ当に生きられるだろう入野や柳瀬達でも、根掘り葉掘りと調べられれば、下手をすればお縄を頂戴する事だって有り得る。

それが他の連中なら、ほぼ間違いなく捕まるか、野垂れ死ぬかだ。

 

「キタ、こんな事をあんたに聞くのは間違ってる。だけど、教えてくれ。アタシはどうしたらいい」

「んなもん、アシは知らんちや。船長、おまんの好きにしたらえいが」

「好きに、か」

「ほうよ。この船はおまんの船ながやき、おまんの好いた様にしたらえいがよ」

 

北上が煙草を握り潰し、五十嵐に向き直る。

 

「アシらはどうするか知らんが、他はついて来らあよ」

「……そうかい。なら、あんたらにもついて来てもらうよ」

「しゃんとしよったら、ついて行っちゃらあ」

 

五十嵐の空になった袖が、風に揺れる。

どうにも弱っていた様だ。まったくもって、らしくない。

五十嵐は一度大きく息を吐くと、口に力強い笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、渡りをつけて、さっさと仕事といこうか」

「やる気やにゃ」

「ああ、そうさ。アタシ、五十嵐勇奈は止まらない。あんたら、全員を連れて、誰も見たことの無い場所へ行ってやる」

「そら、どんなとこぜ?」

「それを見に行くのさ」

 

あるのかどうかすら、それすら定かではない。だがそれでも、五十嵐は見たい。

 

「そして、そこであんた達と酒呑んで、馬鹿話でもして笑いたい」

「えいにゃあ、それ」

 

北上も笑みを浮かべ、五十嵐も笑みを深くする。

人間と艦娘、似ているが違う。まったく違う生き物だが、この二人にはそんな事は関係無かった。

 

「アシも見たいにゃあ」

「当然、あんたも嬢ちゃんも饅頭共もさ……!」

 

さて、仕事だ。五十嵐が立ち上がり、空の袖をはためかせる。船も俄に騒がしさが出てきた。

北上も船室に予備の煙草を取りに行くかと、腰を上げた時、扉から大和が何やら急いだ様子で顔を出した。

 

「母さん! 船長!」

「んあ? どういたよ」

「町が変だって!」

「変?」

 

大和の言葉に、二人が顔を見合せた。

その瞬間、轟音が鳴り響き、衝撃が船を揺らした。

 

「何だ……!?」

 

五十嵐がよろめき、北上に支えられながら見たものは、内側から爆ぜた様に捲れ上がり、煌々と燃え上がる町の船渠から、ゆっくりと鎌首をもたげた黒の巨体だった。


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