あ、アシ?北上やけど何か文句あるが?   作:ジト民逆脚屋

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ハロー、逆脚屋。
今回はまだおとなしいよ?


三十二日目

「で、状況は?」

 

広くはない船室だが、その中でもある程度の広さのある、船長室に数人が集まっていた。

その中の一人、五十嵐が集まっている役職者に問うた。

 

「……あまり芳しくはありませんな。どいつもこいつも、出港停められて、揉め事が立て続けでさ」

 

伸びた黒髪を後ろに束ねた男、操舵手のナオが、頭を掻きながら、自ら調べた内容を報告する。

 

「海路は封鎖、町は軍人が集まり、住民は警戒。……それに甲板長と北上が見たっていう、大型深海棲艦の噂が広まって、一触即発ってとこですな」

 

町の状況は芳しくない。元々、軍との折り合いが悪い町に、軍が深海棲艦を持ち込み、何やら企んでいる。

この様な噂が立ち、軍人が集まり出して、その噂に殊更の信憑性を与えている。何時、何かが起きてもおかしくない。

爆発寸前の危険物、それが今の町の状況だった。

 

「で、どうすらあよ? 出れんがやったら、このまま干物になるつもりかや?」

 

北上の言う通り、このままではじわじわと消耗し、金が尽きる。そうなれば、船を動かせなくなり詰む。北上の言う干物になるという事が、現実に起きかねない。

 

「干物になるつもりは無いで。せやけど、実際動けへんのや」

「艦娘に機動殻、後なんか知らんが、妙にデカイもんを積み込んだ軍艦が待機してる」

「なんぜ、えらい構えちゅうじゃか」

「……そういう訳だ。下手に動けば不穏分子、動かなくても干上がる。頭の痛い話だ」

 

五十嵐が生身の腕で、頭を掻く。どちらにしても、最悪の事態は免れない。初動の遅れが、ここにきて響いた。

最善なら、入野と北上が大型深海棲艦を目撃した日に、多少無理矢理にでも出港すべきだった。だが、五十嵐水運は人員の貸し出し、余剰物資の転売で、今現在生計を立てている。人員の契約期間、売約済み物資の運搬、それらの整理を終えたのが今日。

そして、この二日間で、海路の封鎖は完了し、港には軍艦と物資が流入している。町には軍人が屯し、様変わりした様子の港町で、大型の装甲貨物船が出港を強行すれば、直ぐ様捕縛される。

そして、このまま停泊していても、収入源を食い潰し、遠くない日に五十嵐水運は限界になり、瓦解する。

 

「今、現状で切り詰めて、保てて三日。それ以上やと、貯蓄切り崩して、それでも余裕を保てんのは、長く見積もって一ヶ月足らずや」

 

五十嵐水運の経理を預かる、柳瀬の言葉に全員が、各々に金策を練る。だが、五十嵐や入野の様に、口利きが出来るコネクションも、年季も持ってはいない。

北上に至っては、人中に出れば何が起きるか、予想も出来ない。

八方塞がり、あまりにあまりな軍の所業に、異議を申し立てた同業者も居たらしいが、門前払いを受けて、まともに取り合ってすらもらえなかったという。

 

「一体全体、なんだってんだろうねぇ」

 

五十嵐の呟きに、答えを返せる者は無く、五十嵐が咥わえる煙草の灰だけが、灰皿に積もる。

何か狙いでもなければ、こんな真似はしない筈。だが、そのある筈の狙いが解らない。民衆からの反感を得ても、何の利益も無く、町に大型深海棲艦なぞ運び込めば、下手をすれば暴動に繋がる。

現に、大型深海棲艦の噂が流れ、町には不穏な空気が充満し、入り込んでくる軍人が、それに拍車を掛けている。

 

「まったく、何が狙いなんだか……」

「んあ? 狙いち、簡単な話やか」

「は?」

 

扱いが雑なのか、何故か大体草臥れて、折れ曲がった煙草を口の端に咥わえた北上が、何の事も無いように簡単に告げた。

その発言に、全員が北上を怪訝な目で見るが、当の本人は何処吹く風と、草臥れた煙草を吹かして言った。

 

「自慢したいがやろ」

「キタ、自慢ってのは何をだい?」

「やから、あれよ。あのデカブツ潰いたがは、自分らやって」

「……いや待て、しかし、えぇ……」

 

有り得ない事、ではない。深海棲艦へ決定打を叩き込めるのは、北上達艦娘であり、機動殻や脚付きではいまいち決定打に欠ける事がある。装備や戦法では、その限りではないのだが、だがやはり、それでも艦娘には劣ってしまう。

だから、軍人が軍人だけで、艦娘ですら苦戦が当然の大型深海棲艦、それを討ってみせたというのなら、北上の言う事も納得出来る。

 

「その運び込みよったゆうデカモノが、それやないがかや?」

「だとすると、軍の新兵器か?」

「そんな話、聞いた事ないで」

「なら、極秘裏。内陸の試験場か?」

「下手すりゃ、取り引きレートが変わるねぇ」

 

仮に、それがそうなら取り引きのレートが、変わる可能性が出てくる。今、軍相手に取り引きされている主な資財は、艦娘の艤装に使われる鋼材や燃料、弾薬等の資財。食料品や僅かな嗜好品が主となる。他、機動殻や脚付き等の資財も扱うが、そちらは軍が主な流通を握っている。

 

「で、どうすらあよ」

「どうするって?」

「船出すがか、出さんがか。どうするがな?」

 

北上は停滞を是としない。そんな節が希にある。悩んで足を止めるより、一歩でも先へ進もうとする。五十嵐も、それが悪いとは思わない。寧ろ、解り易くて好感がある。

だが、五十嵐勇奈個人としてはそうでも、五十嵐水運を率いる、船長五十嵐勇奈としては違う。

数十人の船員を抱える代表、その身としては、その判断は捨てるべきものとなる。

 

「キタ、一日。一日だ。今日一日待ちな」

「明日にゃ答えが出るかよ」

「ま、早めに出さなきゃ、アタシらは全員ここで詰みだ」

 

そうはさせんさ。

五十嵐はそう言い、煙草を灰皿に押し付けた。

 

「あんた達、兎に角準備はしておきな。出るにしろ、出ないにしろ、船を動かす事には変わりないんだからね」

「アシはどうするがな」

「キタは幸蔵爺と待機、念の為艤装も準備しておきな。柳瀬、大和の嬢ちゃんと船室に引っ込んどきな」

「あいよー、大和ちゃん最近、料理やらに興味あるみたいやから、そこら辺揃えときますわな」

「頼んだわ。アシの娘の事」

 

慌ただしく動く中、北上は柳瀬にそう言うと、短くなった煙草を握り潰し、幸蔵が籠る下層区画へと向かった。

その背を見送り、柳瀬は五十嵐を見た。

 

「船長、当たりはあるんで?」

「今から確証を得に行くのさ」

 

上着を肩に羽織り、半分を傷に覆われた顔で、ニヤリと笑った。

 

「軍が喋りますんで?」

「軍じゃなくても、噂程度から話を固めてる奴ってのは居るもんさ」

 

義腕ではない生身の手のひらが、柳瀬の前に差し出された。柳瀬はそれに嘆息する。

そう、これは小遣いを寄越せと、無言の要求だ。

 

「……因みに、幾ら要りますのん?」

「幾ら出せんだい?」

「……四枚」

「もう一桁増やせないかい?」

「無茶言わんでや。……十枚、これ以上は無理や」

「ならそれで、後はアタシが出すさ」

 

五十嵐はそう言って、生身の手で柳瀬の頭を撫でた。

算盤も読み書きも、今の主計の技術の基礎は全て、五十嵐が叩き込んだものだ。

それが随分と、頼もしくなった。

 

「アタシら家だ。なんとかするさ」

 

俯く柳瀬に、そう言った。




こっちの世界に機竜は無いかな?

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