あ、アシ?北上やけど何か文句あるが?   作:ジト民逆脚屋

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やあ、久しぶり。


三十日目

軽快な音が響く。連続して弾かれるそれは、胡散臭い口調と共に、その役割を示している。

 

「では、願いましてはっと」

 

柳瀬が算盤を弾き、帳簿に並ぶ数字と睨み合い、手元の資料を確認をすると、椅子の背凭れに体を預けた。

 

「ふぅ、何とか黒字やぁ……」

 

五十嵐水運はいまだに出港出来ずにいた。

海賊の出没は一度収まり、一応の航路の安全は確保された。だが、出港許可は下りない。

海域に深海棲艦の出没と目撃証言があったのだ。

 

「しっかし、厳しい……」

 

そして、目撃証言のあった海域は、今回の航路だった。

軍による海域と港湾封鎖、まったく厄介な話だと、柳瀬は薄い代替珈琲に口を付けた。

 

「やっぱり、マズイわぁ……」

 

まだ柳瀬が幼かった頃、世界中からこの国にありとあらゆる物品に金品、文化が絶え間無く流入し、代替珈琲はその中では、妊婦や病人などの身体的に、理由がある者が飲むものだったという。

だが今となっては、国内の小売店や問屋、収集家が所有するまだ無事な品々を、一部の者が楽しめる。

 

「あーぁ、早いとこ海路が復活せんかな」

 

今現在、まだ機能している海路は少なく、その海路も何時機能しなくなるか分からない。

五十嵐水運が主とする海路も、こうも封鎖されては、何時完全封鎖されるか。この会社はまだこうして、黒字になれるだけの余裕がある。だが、他の零細と言える連中は、今頃金策に奔走しているだろう。

 

「干上がるで、これ」

 

今は町への人員の貸出と、船内余剰在庫の放出で、何とかなってはいるが、もう余剰在庫も少なく、人員の貸出でそこまでの稼ぎが出せる訳でもない。確実に貯金は減っている。

 

「封鎖を無視して突っ切る? あかん、うちの戦力は〝脚付き〟と北上だけや。……機動殻の導入は無理やな。機殻士が居らんし、維持費もキツい」

 

機動殻は〝脚付き〟よりも精密で、その分整備に手間が掛かり、それを扱う機殻士も希少で、大概は軍人か傭兵だ。今の御時世、軍人が民間に出向する事は無いし、出向してくれば、そいつはロクデナシだ。傭兵も同じで、安い料金の連中は信用出来ず、高い連中は本当に高い。

その日暮らしの民間企業に、そんな連中を雇い入れ、養う余裕は存在しない。

 

「……もしもの時は、北上に気張ってもらうか」

 

軍用の払い下げ品の〝脚付き〟を改造した、五十嵐水運の機体相手に、艤装のサポート無しで張り合える。艦娘ならそうおかしくない事らしいが、艤装から推測する北上の、艦娘としての規格からは、はっきり言って異常らしい。

 

元は軍で艦娘のサポートもしていた、幸蔵の言によれば、北上の規格であろう軽巡洋艦娘には、そんな大出力を持ち合わせている艦娘は居ない。

ならば、北上は何者なのか。そして、娘と呼ぶ大和と本来なら、艦娘一人につき一人の筈である三人の妖精。

柳瀬は頭脳を巡らせる。

 

「一つ、北上と大和達は何も無い小島で目覚めた」

 

艦娘は軍が占有する専用の工廠でのみ建造される。これは〝初代〟と呼ばれる提督が残した技術を、軍が占有しているからだ。非合法に人間を艦娘化させる技術も有るには有るが、非常に不安定で、手術の成功率は三割以下と聞く。

艦娘は軍でのみ生まれる。故に、北上と大和は異質で異常だ。

 

「一つ、艦娘一人に妖精は一人」

 

艦娘がどの様にして生まれるのか、柳瀬は知らない。艦娘に関わっていた幸蔵もだ。

分かっているのは、妖精は艦娘を艦娘として、成り立たせるのに必要不可欠だという事だ。

 

「なら、三人居るのは何故?」

 

特殊な装備には特殊な妖精が宿っているらしいが、あの三人は北上に宿っている。

その反面、大和には妖精が居ない。いや、あの三人がそうとも言えるかもしれない。北上に一人、大和に一人、ならあとの一人は?

そして、幸蔵達が見付けた艤装のコネクター。

北上に関しては、考えれば考える程に問題が湧いて出てくる。

 

「考えてもしゃあないか……」

 

下手に考えたところで、北上達を排斥するという選択肢は無い。この五十嵐水運は、五十嵐と入野や他の古参以外は、ほぼ全員が脛に傷があったり、居場所も帰る場所も無い者達ばかりだ。柳瀬だって、五十嵐に拾われなければ、あのごみ溜めで野垂れ死ぬか、誰ぞに買われて多少長生きしてから、ごみ溜めに捨てられ死ぬかしかなかった。

それを考えれば、北上達を受け入れる事は当たり前だった。

北上達が野垂れ死にそうかはともかく、奴等を放り出しても、関わった以上は何かしらで巻き込まれる。

そんな予感がある。

 

「ま、船長の事やし、なんとかするやろ」

 

柳瀬は冷めきった代替珈琲を飲み干し、

 

「……アカン、冷めたら飲めたもんやないでこれ……」

 

頭痛を堪える様に目を閉じ、カップを置いた。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

北上は港の船渠に運び込まれる巨体を眺めていた。

 

「入野、あらなんぜ?」

「ああ? 何って……。おいおい、何がどうなってんだ……!?」

 

北上が吐き出す紫煙を横目に、入野は運び込まれる黒の巨体に唖然とする。

見上げる巨体は長く、鱗の様に重なり連なる甲殻は分厚く、その頑健さを視覚で伝えてくる。

 

「深海棲艦……、しかも蛇型か」

「えらいがか?」

「……知る訳ねえか。俺ら人間の戦線を食い破るのは、大体がアレだ。何せ、堅くてデカくて強いは強いっつう、自然の絶対法則そのままが、力任せに突っ込んでくる訳だからな」

「そりゃ堪らんにゃあ」

「この間の九州もそれでやられたらしいな」

 

北上達が乗る装甲貨物船〝宗谷〟と同等の巨体が、船渠に納まり、隔壁が閉じていく。

入野はそれを見届け、草臥れた煙草を、口の端に噛む北上の肩を叩く。

 

「戻るぞ。嫌な予感がしやがる」

「かまんがか?」

「買い出しなら済んでる。今は船へ急ぐぞ」

「へいへい」

 

恐らく、あの深海棲艦を、町の船渠に運び込んだのは軍だろう。何が目的かは知らないが、この軍嫌いの町によくも運び込めたものだ。

町も困窮の気配が見え始めているし、軍からの何かしら援助の話があったのかもしれない。

 

「最悪、強行出港も視野に入れんとな」

 

嘗て、蛇型に潰された町が幾つもあった。何重にも固めた戦線も、あの巨体には意味が無かった。

ただ蹂躙される。入野の故郷もその一つだった。


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