あ、『ウチの提督がすみません』も宜しくお願い致します。
この世界には、機動殻と呼ばれる兵器がある。
簡単に言ってしまえば、機械の鎧だ。
並の攻撃では傷付かぬ装甲、人間では到達出来ぬ力、それらを纏う事の出来る、人間が深海棲艦に対抗する為に生み出した技術の一つ。
それが機動殻である。
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「荒れてきたね」
五十嵐が舵輪を取り、窓に打ち付ける雨粒を見ながら言った。
大型船である宗谷を揺らす程ではないが、窓に打ち付ける雨粒の勢いが増している。入野からの報告にもあったが、外洋で季節外れの冷え込みと悪天候。
恐らくだが、深海棲艦が近場に居る可能性が高い。
「柳瀬、キタはどうしてる?」
『今は、幸蔵爺と一緒に格納庫で装備点検やな。なんでも、新装備を作ったとか』
「はっ、出番が近いかもと伝えときな。お前は嬢ちゃんと船室に待機」
『はいはい』
無線を切り、左の義腕で舵輪を掴み、空いた右手で海図に印を付けていく。
「ナオ、以前の海図はどうだい?」
「以前は勢力圏外ですな。・・・連中の縄張りが広くなった、ですかね?」
「さあ、そりゃ解らん。だが、奴等が出てくる時は、大体前日に海が荒れる」
次第に波の揺れを感じながら、五十嵐は舵を面舵に切る。
目的の港まではそう遠くないが、この海では港に入る事は出来ない。
「停泊はしたくないし、回るとするか」
溜め息と共に、五十嵐は舵を回した。
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「嵐になるの?」
「せやなぁ。船長の予想より早いみたいや」
宗谷船内中央船室にて、柳瀬と大和が荷物の固定を行っていた。
船室の外もにわかに騒がしさが増しており、嵐が来るという事を否応なく伝えてくる。
「大和ちゃんは寝台に掴まっとき。いざ、なにか起きたら、船長は中の人間の事考えへんから」
「母さんは?」
「入野さんらと格納庫。嵐に紛れて、邪魔もんが来るかもしれへんから」
備え付けのテーブルをゴムロープで固定し、柳瀬は猫の様な細目を更に細めて、大和を見る。
ーー不安やろねーー
柳瀬達が聞く限りではあるが、北上と大和達には己を支える背骨となるものが無いに等しい。
気付けば、人一人居ない小島に居て、訳も分からず駆け抜けてきた。
艦娘の事は柳瀬には解らない。だが、柳瀬が知る限り、艦娘は人間が成るものであって、何も無いところから湧いて出るものではない。
「ま、なんとかなるやろ」
呟き、天井を見上げれば、先程よりも強く証明が揺れていた。
今、自分達に出来る事は、この嵐が過ぎるのを待つだけだと、柳瀬は息を吐いた。
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「貨物固定急げ!」
入野の指示に慌ただしく動く船員達を他所に、隅の方で動く者達が居た。
「んで、北上。もう一回、確認するぞ」
「おう」
艦娘の北上と機関長の幸蔵だ。二人は艤装を囲み、幾つかの確認を取っていく。
「艤装の防水性は上げてあるが、完全に水没したら長くは保たん」
「保って、どれっぱあな?」
「ダメージ無しで最長で十分、ダメージ有りだと、中の三人組次第だな」
幸蔵が軽く艤装の煙突を小突くと、妖精三人組が顔を出す。その手には工具と資材があり、艤装内部の改装も順次完了に向かっている様だ。
『大穴開けられない限り』
『大丈夫です』
『それより、本当に敵来るです?』
煤と油に汚れたサブが疑問するが、幸蔵ははっきりと答えられる情報が無い。なので、今までの経験則からの答えを出す。
「季節外れに冷え込んで、海も荒れ出した。長く海に関わっちゃいるが、こういう時は大抵なんかあるんだよ」
『勘です?』
「経験則による対策だ」
サブの疑問に幸蔵が答え、大男が補足する。
「入野、向こうはえいがか?」
「貨物の固定は済んだ。〝脚付き〟には〝アメンボ〟も履かせたし、後は何も起きん事を祈るだけだ」
入野が薄くなり始めた頭を掻く。
彼の背後には、見慣れた機械の蜘蛛に似た蟹が、脚部に足鰭の様なものを着けていた。
「あれで浮くがか?」
「今より荒れない内はな。これ以上荒れるなら、〝脚付き〟じゃ無理だ」
「だから言ったろ? 高くても、新型の〝アメンボ〟買った方がよかったてな」
「そりゃ、家の
入野が上層階を指差す。
「金勘定で柳瀬に勝てるかよ」
「結果出せば、頷くぜ?」
「結果出せればの」
北上が艤装を背負い、壁に掛けてあった装備の柄を掴む。
両手持ちの柄は太く、ちょっとやそっとでは歪みそうにない。
北上はそれを持ち上げると、見た目に反し軽量であるという事に気づき、幸蔵を見る。
「中身は空洞だが、仕込みがあってな。振れば解るさ」
「おん?」
北上が軽く振ると、装備の重心がズレた。
手の中で、柄が前に持っていかれる感覚に北上が握力を強める。
「横流しで手に入れた重巡級の装甲材で組んであるから、強度に関しちゃ問題無し。スイングの速度で威力が上がるからな。その馬鹿力でぶん回せ」
北上が肩にその金棒を担った時、格納庫にサイレンがけたたましく鳴り響いた。
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嵐の海、上下どころではなく揺れうねる海面を、暗色の鎧が駆けていた。
通常、人間が纏う鎧であるならば、足首がある筈のそれには、代わりに足首ではなく二股に分かれたフロートユニットがあった。
不規則にうねる海面を、スケートの様に滑り、赤いカメラアイが巨大な船影を捉える。
『獲物だ』
先頭を行く鎧が呟くと、後に続く者達が各々に得物を構える。
『嵐がひどくなる前に仕留める』
海面を駆ける鎧、機動殻に身を包み、宗谷に近付くのは、海賊の先見隊。
強襲し、貨物を強奪。あわよくば、船を強奪しよう。
宗谷に近付く海賊達は、装甲の下で下卑た笑みを浮かべ、波間に隠れる様にして、宗谷に接近し
「よう」
六脚の打撃を受けた。
次回
『やっちまえ! キタァ!』