あ、アシ?北上やけど何か文句あるが?   作:ジト民逆脚屋

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やあ、今回はちょっとエグめな話があるよ?

入野のイメージ¦空挺ドラゴンズのギブス


二十日目

月夜の洋上にて浮かぶ鉄塊、その頂上にて、青く厚い布地のポンチョに覆われて、小さな機材を弄り、それを覗き込む姿があった。

 

「北上、どうだ?」

「六分儀、初めて使うたが、よう出来た道具じゃの」

 

単眼鏡に分度器に似た部品が取り付けられた機材を、海に向けて、空いた手で紙に数値を書き込んでいく。

 

「ほれ、替わってみ」

「ほいよ」

 

北上が入野に六分儀を渡し、代わりに入野が使っていた双眼鏡を受け取る。

星空の下、装甲貨物船〝宗谷〟頂上見張り台にて、北上と入野は見張りと天測を行っていた。

 

「ん、初心者にしちゃ上等だ」

 

六分儀と紙を見比べ、入野が頷く。

 

「ほうかよ」

「ああ、中々、親子揃って器用なもんだ」

 

入野が白い息を吐き、北上に笑みを向ける。

夜空は透き通り、雲一つ無い星空が広がっている。

 

「しかし、冷えるのうし」

「深海の連中が現れて幾年、奴等のせいかは知らんが、気温が地球単位で下がってる」

 

季節は初秋、冷えるとしても息が白くなる事は無い。

しかし、二人が吐く息は白い。陸地では感じなかったが、洋上では寒気を強く感じる。

 

「だが、今日程冷えるのは珍しい。何も無けりゃいいんだが」

「冷えると、なんかあるがか?」

 

双眼鏡を覗きながら、北上が問うと、入野は六分儀を片付けながら答えた。

 

「生まれて四十と少し、船に乗る様になって三十年近い。こう、季節外れに冷える夜は不吉の前触れなんだよなぁ」

「大ベテランの経験則かや」

「まあ、何も無い事もあるんだがな」

 

そう言い、入野が煙草を差し出す。

北上はそれを受け取ると、白くなった息とは違う白を吐き出す。

 

「禁煙やなかったか?」

「躊躇いなくいっといて、よく言う。ま、大ベテランから新人への、深夜当直手当とでもしといてくれ」

 

入野も白を吐き出すと、もう一つ双眼鏡をポンチョから取り出し、北上とは違う方角を眺める。

 

「んで、北上。六分儀なんつう、アナログを使う理由だが、俺の趣味じゃないぞ」

「正直言うてみい、趣味〝も〟あるじゃろ?」

「まあな、俺がアナログ人間でそういうのが好きだってのも、大いにある。だが、一番の理由は違う」

 

入野が煙草の吸い口を親指で擦る様に弾き、燃え尽きた灰を落とす。朱色の火口が露になり、紫煙が帯を引いて夜風に消えていく。

 

「深海棲艦が現れてから、レーダーやらG.P.Sやらの性能が子供の玩具みたいに低下した。どうやら、連中が出してる電磁波みたいなもんが関係してるらしい」

「そいで、今のご時世で帆船でもないに、天測かよ」

「詳しい事は俺も知らんがな。お陰さまで、連中は海から好き放題に現れて、軍艦が人の姿でゲリラだ。ガキの頃に見たが、ありゃ悪夢だったぜ」

 

吸い口しか残っていない煙草を携帯灰皿に押し付け、腰のベルトに取り付けてあるポーチから、棒状の携帯食料を取り出しかじる。

 

「艦娘ってのは、連中の気配が解るって話を聞くが、お前さんはどうなんだ?」

「さあのう。アシは艦娘言われたち、いまいちしっくりきちゃあせんしのう。あ、そういうたら、あの町で嫌な気配感じたけんど、それかの?」

「俺は艦娘に詳しくないから、それをお前に聞かれても、なんともな」

 

北上が入野から携帯灰皿を受け取り、煙草を押し込む。

口には既に携帯食料が放り込まれており、乾燥した味気の無い甘味が広がる。

 

「こういう食いもんは、不味いち決まっちゅうがやろうか」

「まあ、旨いもんじゃねえわな」

 

モソモソと、喉が渇く携帯食料を咀嚼し飲み込む。

今は台所事情に余裕が無いので、出来る限り質素倹約に務めている最中だ。

 

「だがこれも、この仕事が終わるまでだ」

「荷を港に卸いたら、かよ?」

「そうだな。それまで、何も無い事を祈ろうや」

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「嬢ちゃんよ、無理して起きてなくてもいいだが?」

「かあさん、もどってくるまでおきる」

 

他の船室より、比較的物が多い船長室で、大和は船を漕いでいた。何時もなら、既に寝ている時間、ほぼ寝ながら大和は北上の帰りを待っていた。

 

『大和さん』

『北上さんは深夜当直です』

『早く寝るです』

 

「チビ達も寝ないのかい?」

 

『たりめーです』

『まだ、信用した訳じゃ』

『ねえですから』

 

妖精三人組からの言葉に、五十嵐は苦笑しながらも仕方ないと納得もしている。

五十嵐水運の船員に、艦娘に対して悪感情を持っている者は奇跡的に居ないが、世間はそうではない。

この業界に居れば、嫌でも目にするものがある。

 

「艦娘の扱いに関しちゃ、アタシもねえ」

 

艦娘の扱いは悪くはないが良くはない。一般的な認識はこうだ。

だが、事実は違う。五十嵐が知る限りではあるが、まともな運用をしているのは、英雄と呼ばれる者が居る鎮守府か、良識のある指導者が率いる一部の団体だけだ。

 

他は酷いものだ。使い捨ての消耗品に近い。身寄りの無い少女や居場所の無い女を、二束三文で買い集め、初代提督とやらが遺した技術で艦娘に仕立てる。

艦娘化と艤装のアシストにより、争いとは無関係だったやんごとなきご令嬢でも、ちょっとした講習に近い訓練を短期間施すだけで、一端の兵士になる。

 

今のご時世、戸籍の無い少女や身売りをして日銭を稼ぐ女、それすらやりたくない〝元〟ご令嬢は、掃いて捨てる程居る。

早い話、下手な男の兵士を、一から育てるよりコストが安いのだ。

安く育ち、人間より頑丈で長持ちする。そして、軍やそういった団体は男社会であり、何故か艦娘は見目麗しい少女や女しか居ない。

その艦娘の元になった者の出自もあり、男尊女卑の仕組みの元、兵士ではなく〝愛玩動物〟として扱われる事も多い。

 

「胸糞悪い話だが、アタシらはそこまで落ちちゃいない」

 

五十嵐が聞いた話だが、幼い少年ならば、艦娘化処置が行えるらしい。業の深い話だ。

そして、考え過ぎかもしれないが、その業の深い技術を生み出したという、初代提督とやらは薄気味悪くて仕方がない。

突如表舞台に現れ、深海棲艦を都合よく研究し、これまた都合よく〝艦娘技術〟を生み出し、自分は行方を眩ます。

まるで、世界がこうなると、初めから解っていたかのような手際のよさだ。

 

「チビ、あ~、ジロだったかい?」

 

『なんです?』

 

「そこの棚に毛布がある。嬢ちゃんに掛けといてやんな」

 

この世界で生きる者としては、いきなり現れた部外者が、いきなり自分達の理解の外にあるものを残して消えた。

そして、周りはその理解の外にあるものを、有り難がたく使っている。

 

「あとついでに、冷蔵庫にちょっとした菓子が入ってる。摘まむなら摘まみな」

 

三人組が顔を見合わせるのを見ながら、五十嵐は思案する。

自分は、二人の艦娘と三人の妖精を抱える団体の長だ。

北上の艦娘としての戦闘能力を、期待してスカウトしたのは事実だ。だが、北上にだけ頼る訳にはいかない。

北上が、話に聞く艦娘よりも強く頑丈だとしても、頼りきりでは限界がくる。

 

「何も無けれりゃいいんだがねぇ・・・」

 

不吉の前触れ、季節外れによく冷える夜に、五十嵐は呟いた。




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