あ、アシ?北上やけど何か文句あるが?   作:ジト民逆脚屋

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はい、今回は大和ちゃんドキドキ初体験

土佐上様にデモリションナイフとか持たせたいね?


七日目 縁会

賑わいを見せる食堂の中央にて、白の泡の層を浮かべた琥珀色の液体を満たしたジョッキを傾ける女が居た。

女は、己の顔以上のジョッキを飲み干すと、酒精の熱を勢いよく吐き出した。

 

「アシの勝ちじゃのう」

「北上の二十人抜き! 次! 次居ないか!?」

 

次の挑戦者を求める声に、新たな挑戦者が手を上げ、並々と満たされたジョッキを掴む。

 

「そろそろ、限界じゃねえのか?」

「んあ? ハンデでも欲しいがか?」

「・・・上等っ!」

 

額に青筋を浮かべた男がジョッキを干せば、北上もひといきにジョッキを干す。

二度三度四度、それを繰り返し繰り返し、北上が酒精のゲップが出す時、男がテーブルに突っ伏し、北上の二十一人抜きが宣言される。

 

「さて、酒の肴は、と」

 

新たなジョッキを片手に、北上がテーブルに並ぶ皿の中から選んだものは、狐色に揚がった小粒。

それを箸で摘まみ一口に噛めば、衣の軽い歯応えと濃厚な貝の旨味が溢れる。北上は即座にジョッキに口をつけ、麦酒を喉に流し込み、満足げな吐息を吐き出す。

 

「カキフライ、えいのう」

 

続けて一粒、タルタルソースに着けて噛む。タルタルソース独特の酸味がまた良いと、麦酒を煽る。

 

「大和! 大和、こっち()、おまん牡蠣食う事ないろ?」

 

娘の名を呼べば、物陰に隠れていた大和が、妖精三人を乗せた頭を出す。

船員達から避けつつ、北上の側に来ると、小皿に分けられたカキフライを見る。

 

「かき?」

「牡蠣、貝よ」

「貝って、あの岩場に居た固いの?」

「おうおう、あのつぶ貝とは違うけんど、この牡蠣も貝よ」

 

大和が首を傾げながら、カキフライをフォークでつつく。不思議なものを見る様にして、カキフライを暫く眺め北上を再度見上げる。

 

「かき、固くないの?」

「殼無いきの。貝も中身まで(かと)うないわや」

 

北上の言葉に、フォークを挿してカキフライを口に運ぶ。二度三度噛んで、北上を見る。カキフライを見る。

交互に見ると、小皿に乗っていたカキフライを瞬く間に平らげた。

 

「気に入ったかや?」

「ん、ん!」

「ほれ、おんしらも食い」

 

『『『ヒャッホー』』』

 

北上に対する返事もそこそこに、一心不乱な様子でカキフライを頬張る。

その様子に船員達が微笑むが、それに気付いた大和はまた北上の影に隠れる。

 

「かっははは! まだ恥ずいかや」

「やってるね」

「船長」

 

半目で周囲を威嚇する大和達に笑っていると、義腕で酒瓶を幾つか纏めて掴んだ五十嵐が、入野と柳瀬を伴い現れた。

五十嵐は酒瓶を北上の前に置くと杯を二つ、一つを北上に手渡す。

 

「呑もうや」

「おう」

 

柳瀬が杯に酒を満たし、二人同時に杯を干した。

傍らにあった干し肉を噛む。呑む。

塩気を流し込む。鼻から酒精の混じった息を吐き出す。

 

「北上、あんたの初仕事だが、まだ少し先になる」

「さよか」

「あとね、荒事になる、かもしれない」

 

その言葉に杯を傾け、一気に呑み干す。

不安げに見詰める大和の頭を撫で、カキフライの隣に盛られていたエビフライをソースに着けて、大和の口に放り込む。

 

「おう、すまんけんどよ。そこの刺身盛っちゃってくれや。サビ抜きぞ」

「なんだ、嬢ちゃん。エビフライ食った事無いのかい?」

「アシの娘は無い無い尽くし。やき、これからよ」

 

軽い調子で笑う北上に、五十嵐を含めた船員達が苦い顔をする。

まだ警戒しているが、目の前で北上に隠れて刺身を頬張る大和は子供で、しかし牡蠣が貝であり、食べられるという事も知らなかった。

これが人間の親子なら、北上の不足を責める事になるだろうが、この二人は違う。人間ではなく艦娘、話に聞けば血の繋がりは無く、目覚めた小島で出会ったという。

 

人間の道理が通じない血の繋がらない親子、自分達も脛に傷がある者ばかり、何か言える口は無い。

 

「嬢ちゃん、大和だったか? 甘いのは好きか?」

「・・・カンパンの缶詰の氷砂糖は好き」

「なら、調度いい。入野」

「はいよ」

 

しかし、船員達が黙っていると、五十嵐が入野に何かの包みを持ってこさせた。

黒い包装紙に包まれた正方形の薄めの箱を、入野は長身を屈めて大和に目線を合わせて渡す。

 

「ほい、約束のチョコレートだ」

「ちょこれーと?」

「開けてみな」

 

首を傾げる大和が入野に促されるまま、おそるおそる包装紙を破く。

黒い包装紙の中には黒い箱があり、その蓋を取ると茶色の小さな板が、十二個規則的に並んでいた。

 

「・・・食べ物?」

「ああ、食い物だ。甘いぞ」

 

大和が茶色のそれを、警戒しながら口に運び、一口噛んだ瞬間、目を見開き入野と箱を、北上と次に手に取ったチョコレートを交互に見る。

 

「どういたぜ?」

 

北上が笑みを作って問えば、

 

「甘いよ! 中からトロッて! スゴいよ!」

「ほうかほうか」

 

纏まらない言葉で、北上に味を伝えようとする。

北上と五十嵐はくつくつと笑い、船員達も顔見合わせ笑う。

その様子に、また警戒して隠れようとした大和だったが、北上に襟首を摘ままれ、立ち上がった入野の前に出される。

一体何なのかと、大和と妖精三人が北上を見ると、北上は得心がいったと手を打った。

 

「そういうたら、おんしはこういうの初めてやったにゃあ」

「なに?」

「ええかや? こういう風に、誰ぞに物貰うたら、礼を言わないかんがぞ」

 

ほれ、と大和の小さな背中を軽く押し、入野の前に出す。

箱と入野、背後で杯を傾ける北上を見て、大和はぽつりと口を開く。

 

「・・・・・ありがとう」

「ま、嬢ちゃん驚かせた詫びだしな。あんまり気にすんな」

 

入野が笑いながら、大和を撫でようとすると、瞬時に北上の影に隠れて威嚇する。

どうやら、まだそこまでは警戒を解いてはいないようだ。

 

「入野さん、顔厳ついよって」

「お前なら良かったか? 柳瀬」

「はいはい、そこまで。今後の予定だよ」

 

笑っていた五十嵐が手を打ち、その音に船員達が注目する。

 

「さっき言った通り、次の仕事までは少し余裕がある。だから、先に補給と船の整備を済ませる。つまりは休みさ」

「休みかよ?」

「そう、休みさ。だけど、あんた達は覚えてもらう事があるから、休みとは言えないかもね」

 

まあ当然かと、北上が納得していると、柳瀬が一枚の紙とペンを差し出す。

 

「取り敢えずの契約書ですわな」

「取り敢えずかや?」

「まあ、お二人がこれからどうするか分からへんし、取り敢えずのですわ」

 

北上がそれにサインしていると、思い出した様に五十嵐が口を開いた。

 

「あ、そうだ。補給利用して、あんたの艤装を見てもらうか」

「誰にぜ?」

「家の機関長にさ」

 

『北上さんの』

『艤装は』

『私達が見るです』

 

椅子で組んだ北上の足に飛び乗った三人が、五十嵐にそう宣言する。

その様子に、五十嵐は感心した様に声を出した。

 

「ほお、このちっこいのに、よくあんな複雑そうなもんを。しかしまあ、あんた達の仕事を取りはしないさ。だが、顔見せはしといてくれ」

 

『何故です?』

 

「家の機関長は、船から〝脚付き〟まで、宗谷に積んである全部の機械を見てる。・・・もしもがあった時の保険さ」

 

まあ

 

「『もしも』なんざ、起こさせる気はないけどね。荒事がある仕事だ、保険は多い方が良い」

「そらそうじゃ」

 

『あまり』

『納得は出来ないけど』

『従ってはやるです』

 

大和含め警戒心強く、五十嵐の提案に了承する。

五十嵐は苦笑を酒と共に呑み下し、北上達に向き直る。

 

「荒事だのなんだの、下心が無いなんて口が裂けても言えないけどね。アタシはあんた達を雇いたい」

「そら、次の仕事次第よにゃ」

「そうだね」

 

二人揃って杯を呑み干し、テーブルに打ち付ける様にして置く。快音が食堂に響き渡り、それが静まった頃、柳瀬が新しい酒瓶の封を開ける。

 

「明日も早いんやし、ここらで最後にしとき」

「新しいの開けて言う台詞じゃあないね」

「これ一本でやめとき、言う話やったけど、呑まんの?」

「まさか、呑むに決まっちゅうわ」

 

北上が杯を差し出し、五十嵐もそれに続いた。

 




次回

偏屈爺

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