「しかし、えらく素直に着いてきたな?」
「おん?」
大和にしがみつかれている北上に、声が掛かった。
「いや、な。俺達人間を信用してないんだろ? なのに、よく暴れもせずに着いてきたなってな」
声の主は、六脚が特徴的な車輛〝脚付き〟の助手席から、半ば身を乗り出し、〝脚付き〟上面装甲に座る北上達に話し掛けていた。
男は広くなり始めた額を後ろに撫で上げ、北上達の返事を待つが、一向に返事が返ってくる気配が無い。
男がそれについて、何かやってしまったかと目をやると、眉間に皺を寄せた北上が首を傾げていた。
「おまん、誰ぜ?」
北上が問い返すと、男は笑いながら額を叩く。小気味良い音が響き、男は北上をもう一度見る。
「悪い悪い、俺は入野。五十嵐水運で甲板長をやってる。一応、家じゃ古株だ」
「ほうかよ、アシは北上よ」
「聞いてる。で、そっちの嬢ちゃんだが」
入野が北上の背中に隠れる大和に目をやると、大和は北上の艤装に隠れた。艤装からは、点検していたジロが工具を振り回して威嚇している。
入野はその様子に苦笑する。
「嫌われたなあ。ま、あれだけ追われれば当然か」
「あ? アシの娘追い回したがか?」
「家の若い連中がな。〝棄て町〟に子供が居るってな。嬢ちゃんを思っての事だ。あまり言ってやらんでくれ、は無理か?」
「・・・しゃあない、煙草寄越し。後、菓子、上等なやつの。それでチャラにしちゃらあや」
「煙草は、しんせいだがいいか?」
「かまん」
「菓子は船に着いたらな。確か、上物のチョコレートが積み荷にあった筈だからよ」
入野が煙草の箱を北上に投げ渡す。中身の半分程減ったそれを、手の中で軽く振れば、フィルターの無い両口煙草が一本飛び出す。
北上は煙草を歯で噛み、火を点ける。
「かぁーっ、舌にくるのうし」
「母さん、煙草臭い」
「おお、済まんのう。ま、我慢し」
「むぅ・・・」
むくれる大和の頭を撫でていると、風に潮の匂いが混じりだした。
天気は快晴、実に気分の良い日和だ。
「見えてきたな。あれが、俺達の船だ」
入野が指し示す先、少し離れた沖に大型の貨物船が停泊していた。
「名前は?」
「〝宗谷〟、なんでも大昔にあった幸運艦の名前なんだと」
北上がいつもより香りの強い紫煙を吐いていると、先頭車輛が大型のボートに乗り込んでいくのが見えた。
「あれで船に行くがか?」
「そうだ。この〝脚付き〟は水陸両用なんだが、今回は水上用のセッティングじゃないんでな」
入野が細かく説明をする。北上が見る洋上に浮かぶ船は、遠目から見ても北上の知識にある貨物船より、幾分大きかった。
「よし、降りてくれ。ボートに乗るぞ」
「あいあいっと」
大和を伴って〝脚付き〟から降りると、大和は船員達から身を隠す様にして、また北上の後ろに隠れる。
嫌悪は無いが、警戒が続く。
その事に、若い船員達は苦笑するしかなく、中には手を合わせて頭を下げる者も居た。
「お前ら、船に帰ったら詫びに上等な菓子持って、嬢ちゃんに謝れよ。あ、勿論自腹な」
「うげ! 給料日前なのに・・・」
「あんな子供追い回した馬鹿が悪い」
北上はその様子を見ながら、ボートに乗り込み若い船員に拳骨を落としていた入野に言った。
「そう言うたら、えらく素直に着いてきたち、聞いてきたのう?」
「おお、そうだった。で、なんでだ?」
入野の言葉に、北上は短くなった煙草を指で弾き、海に捨て、据わり目ではっきりと言った。
「信用はしちゃあせん。けんど、信用しちゃってもえいかもしれんと思うたき、着いてきただけよ」
「そうかい。んじゃ、ご期待に応えないとな」
「信用出来んち分かったら、船底ぶち破ってでも出ていくきにゃあ」
「それは勘弁してくれ」
入野が言うと、他の船員達も揃って頭を縦に振る。
北上達とは違い、彼らは人間。水上を歩けない。
なので、北上が言う通りに船底に穴を開けられると、海に沈むか、今乗っているボートで宛の無い旅をする事になる。
実際は、開けられたら塞げばいいのだが、この北上は塞ぎようの無い大穴を開けそうだった。
「ま、船長が船で待ってる。込み入った話は、それからでも遅くないさ」
煙草を口に挟んだ入野が苦笑混じりに言えば、ボートを影が覆い尽くす。
「遅いぞ入野!」
「勘弁してくれよ、船長」
大型貨物船〝宗谷〟後部のハッチが開き、北上達が乗るボートが搬入されていく。
〝脚付き〟が次々に降りれば、次に北上が降りる。そして、その先には義腕を付け替えた五十嵐が待ち構えていた。
「さっきぶり、どうだい、私の船は?」
「デカイのう」
「そうだろうそうだろう!」
機嫌良さげに頷く五十嵐、一頻り笑い満足したのか、北上に一つの長方形の包みを手渡す。
「約束の煙草だ。洋モクだが、いいかい?」
「わかばがえいけんど、まあええわ」
「なら、よし」
手を打ち鳴らし、五十嵐の声が船内に響く。
「あんた達、今日から新しい奴が入る! 艦娘の北上と大和、そして妖精の三人だ! 後で自己紹介も兼ねて、歓迎会をやるよ!」
「まだ入るち決めちゃあせんぞ」
「いいじゃないか、気分だよ」
北上が言えば五十嵐が笑う。大和達はまだ警戒して、北上から離れないが、僅かずつ船員達に顔を見せる様になっていた。
「歓迎会は食堂でやる。柳瀬、北上達を部屋に案内してやんな」
「はいはい、ほんなら皆さんこっちです」
柳瀬が手招きして、北上を先導して船内を進む。
貨物船という事もあり、船内通路は基本狭いが、人とすれ違うくらいには余裕があった。
「いや~、家の船長強引やろ?」
「まあ、の」
「女だてらに、運び屋の長。中々居らんよ? あんな変わり者」
猫の様な細い目を更に細めて、格納庫を含む作業区画を抜けたのを確認、居住区となっている船内中央区へと歩みを進めていく。
「変わり者かや?」
「そうやで。ウチみたいな行き場の無いもん拾って、読み書き算盤叩き込んで、帳簿任せる人やで。変わり者も変わり者や」
けんどな。
「見捨てるとか、使い捨てるとか、そういう事は絶対せん人や。そこだけは信用したってや」
柳瀬が言い、真剣な目を北上達に向ける。
人間だから信用出来ない。そういう判断で見るのだけはやめろ。そう言われている気がした。
「まあ、それは仕事してからやの」
「それもそやねっと、着いた。ここがあんたらの部屋や」
柳瀬が示す扉のネームプレートにはなにも刻まれてなく、内装も二段ベッドと簡素な机が一つとロッカーのみ。
必要最低限の家具が揃った部屋、北上が背負ったままの艤装を下ろすと、妖精三人が飛び出る。
「必要なもんは後から自分でって事や。あ、嬢ちゃんの勉強道具は後で揃えて渡すよって、歓迎会の時に」
ほな、また後で。柳瀬がそう言い残し、部屋の扉をゆっくりと閉じる。
扉が閉じ、足音が遠ざかってから、カズが口を開いた。
『北上さん、信用するです?』
「あれじゃの、今はじゃ。なんぞあったら、アシが暴れて逃げたらえいわ」
「母さん、怪我したらやだよ」
「はっ、任しちょけ。アシが喧嘩で負けるかよ」
大和達四人が見詰める中、北上は大欠伸を一つし、歓迎会までの間、眠るかどうかを考えた。
次回
歓迎会