五十嵐船長と土佐上様が今回漸く出会います。
あとは、五十嵐船長達の社名と船の名前は本編内で発表させていただきます。
何時になるかは解りませんが・・・
あ、溜まっている感想返信は明日からやりますので・・・
「来た来た来たよ!」
『野郎!』
『これでも』
『くらうです!』
狭い路地を小さな影が駆け抜けていく。その影は頻りに後ろを気にしており、振り向いては己が背負っている鞄に乗っている小さな三つの影に指示を出していた。
「ぐおっ?!」
「ちょっ! 嘘だろ!?」
小さな影がなにやら、路地に打ち捨てられていたガラクタを纏めていた縄を引くと、縄が解けガラクタが崩れ落ちる音と悲鳴が聞こえた。
「次は何処を曲がるの?!」
『次の十字路を右に!』
『さっき隠れた時に仕掛けたのが!』
『残ってるです!』
四人は逃げては隠れを繰り返し、狭い路地の至る所に簡易な罠を作っていた。
ガラクタを手持ちの縄や、落ちて朽ちかけていたビニール袋らしきもの等を結び合わせて繋いだもので纏めて、解けば崩れるだけのものだが、この狭い路地では有効な手段だった。
だがそれも、長続きはしない。
子供とそれよりも小さな者達が動かせるものなど、高が知れている。
徐々に大和達は追い付かれていた。
「待って! 大丈夫だから! 何もしないから!」
『信用出来ねーです!』
徐々に追い付いてきた体格のよい男が、狭い路地で身を捩らせガラクタを避けながら叫ぶ。
相手は小さな子供、周りには釘が刺さった角材や割れた塗炭板、下手に手を出して転ばしでもしたら大怪我は確実だ。
そうなる事は避けたい。今の御時世、まともな医者にかかるには多額の金が要る。ヤブ医者やボッタクリもかなりの数に増えた。
中には、慈善で診てくれる医者も居るが、そういう医者程患者を抱え込んで、すぐには動けなくなっている。
「兎に角、話を聞いてくれ! 頼む!」
それに、堅気の子供に怪我をさせたと五十嵐に知られたら、なにをされるか解ったものではない。
時には荒事、人死にが当たり前なヤクザな稼業な手前、陸で生活をしている堅気の市民には、あまり迷惑は掛けたくない。
「うわ! お前ら、〝脚付き〟でこの先の道塞げ! 早いとこ捕まえて保護者が居るなら渡さねえと!」
しかし、なんだって深海棲艦の出没圏内ギリギリの町に、あんな子供が居るんだ?!」
「知るか! 早くしろ!」
多分だが、子供特有の旺盛な好奇心で町に潜り込んだのだろう。
この路地に張り巡らされたトラップを、走りながらどうやって仕掛けているのかは解らない。だが、子供が誰かと話している様子と聞こえてくる幾つかの声から、こちらからは姿が見えないが、他に誰か居るのだろう。
「次の十字路を右に曲がった先を塞げ!」
不確定な事が多い。だが、それは自分達のいつもの仕事と同じだ。
海を相手に荷物を運び、いつ現れるか判らない海賊や深海棲艦に同業者を警戒し、なにかあれば一戦を交える。
「船長達が来る前にケリ付けるぞ!」
男が叫び、周囲が動き出した。
そして、大和達もより速く駆け出す。
「早く、母さんと合流しないと・・・!」
熱を帯びて熱くなってきた足を懸命に回しながら、大和は何とかして男達を撒こうとする。
この狭い路地なら、体の小さな自分達が有利だ。
追手が中々追跡し辛い道も、自分達ならすり抜けられる。少し息が辛くなってきたが、まだ余裕はある。
兎に角今は走り抜いて、北上と合流して逃げる事だ。
北上が眠っている間に、四人がまだ動いていたテレビや落ちて風に巻かれていた雑誌や新聞で見たこの世界。
それは、自分達艦娘には厳しい現実だった。
〝艦娘は人間ではなく、使い捨ての兵器又は簡単に取り換えの利く兵士である〟
〝艦娘は人間ではなく、天から神が遣わした御使いである〟
他にも幾つかあったが、大和が一番怖いと思ったのは、この二つだ。
そのどれも、自分達を見ている様で見ていない。
幼い大和にはよく理解出来なかったが、まるで自分達が〝人間でも生物でもないナニカ〟と言われているみたいで、自分の〝大和〟という足元が崩れて無くなっていく様な感覚を覚えた。
だが、そんな不安も簡単に消してしまう音が聞こえた。
艤装使用の反動からか、眠りこけている北上の鼾だ。
ご、とも、が、ともつかない鼻についた濁音が聞こえた時、大和が得ていた錯覚は最初から無かった様に消えていた。
己が母と呼ぶこの女性も、自分が何者なのか定かではないと言っていた。もしかしたら自分よりも不安を得ている筈なのに、そんな様子は微塵も見せない。
足元どころか、自分すらも定かではないかもしれない彼女は、それらを容易く笑い飛ばし前へ前へと進んでいく。
彼女は言った。
ーーアシらは生きちゃる・・・!ーー
「諦めるもんか・・・!」
自分の母がそうなのだ。その娘である己が、一番に諦める理由は無い。
大和は足に力を籠め、前へと駆け出した。
「諦めてやるもんか・・・!」
背後から最後の罠の音がした。
『大和さん!』
『前!』
カズとジロが叫び、前には脚の生えた巨大な鉄の箱が道を塞いでいた。
「私は、私達は、生きるんだ・・・!」
身を低く倒し、更に強く足を踏み込んだ。
向かうは箱の脚と脚の間、そこに滑り込んでそのまま逃げる。
大和は鉄の影の向こう側に見える光に向けて、一気に滑り込んだ。
「あ? なんだい、このガキは?」
「あ、五十嵐船長!」
滑り込んだ光の先には、左腕を巨大な機械に代えた顔に傷のある女が立っていた。
「あ・・・」
「ふん? あんた達、まさかじゃないけど、こんなチビッ子を〝脚付き〟で追い回してたんじゃないだろうね?」
「いや、船長違いますって!」
女は左の義腕で男の頭を掴むと、容易く吊り上げ詰問する。
「いつもいつも、言ってるだろう? 堅気に手ぇ出すんじゃないよって」
「あ~、船長? それよりも、なんで子供がこんなとこおるのかが大事ちゃいますん?」
「それもそうだね」
男か女か判別に困る猫の様な顔立ちが、箱から半身を乗り出して、船長と呼ばれた女に言うと、女は男を下ろして大和に視線を合わせる。
「まあ、腕と顔は勘弁しておくれや。で、だ。お嬢ちゃん、どっから来たんだい?」
「えっと、その・・・」
右へ左へ視線を泳がせる大和に、五十嵐は首を傾げる。
この町は〝棄て町〟になってからまだ日が浅いとは言え、人が住んでいる町から距離がある。
一番近くの町からでも、はっきり言って子供の足では無理だ。
だとしたら、
「なあ、お嬢ちゃん。あんた・・・」
五十嵐が疑惑を口にしようとした時、道を塞いでいた〝脚付き〟が突然動き出した。
「なんだい!?」
『大和さん今です!』
「サブちゃん!」
動き出した〝脚付き〟から聞き覚えのある声がした。
身を隠していた妖精三人組が、搭乗員の居なくなっていた〝脚付き〟に乗り込み、不慣れながらも操作したのだ。
「まさか、妖精かい?! という事は、お嬢ちゃん艦娘か?!」
五十嵐が叫び、左の義腕を盾代わりに掲げる。
五十嵐の言葉に大和が一瞬だけ反応を見せたが、五十嵐にしてみればそれが答えだ。
「艦娘なら話は早い。お嬢ちゃんと妖精よ。話をしようじゃあないか」
「船長、それどころじゃないやろ! はよ離れな!」
「いいじゃないか柳瀬! こんな機会早々ないよ!」
五十嵐が柳瀬の言葉を振り払い、口を弓に吊り上げた笑いを作った。
五十嵐の悪い癖が出たと、柳瀬は舌打ちする。
彼女は大局を見る力はあるが、ときたま刹那的な行動をとる事がある。
今回は今それが出た。
「話なんて無いよ!」
『そうです』
『早く逃げるです!』
「まあ、そう言わず、いいじゃないか!」
どうしても、鎮守府以外で出会った艦娘と話をしてみたい五十嵐は義腕を振り上げアピールする。
だが、人間を信用しきれない大和達は、〝脚付き〟に乗り込み逃げようとする。
周囲もそれを押さえ込もうとする柳瀬が乗る〝脚付き〟や、五十嵐を引き離そうとする男達で混乱の一歩手前?そんな時だった。
「おう、そこの人。げにまっことすまんけんど、長く伸ばいた髪結んだ子供見んかったかよ?」
若草色の作業着に頭に巻いたタオル、そこから垂れる長い三つ編みにくわえ煙草の目付きの悪い三白眼。
艤装を背負った北上が現れた。
次回
あんた達、家で働かないかい?