今回は、またちょっとだけお話に動き的な何かが見られます&土佐上様出ない・・・
空からは太陽が容赦なく照り付け、海から吹き抜ける潮風を余計に温く湿っぽく感じさせる。
そんな温く湿っぽい潮風が吹き抜ける港では、大型の貨物船から幾人もの男衆が重機にクレーンを駆使して貨物を運び出していた。
「ほら、あんた達! ちゃっちゃと終わらせな!」
そんな男衆に、肩にジャケットを羽織った女が檄を飛ばす。
その顔には、額から右頬へかけて右目を潰す大きな傷が、本来左腕があった位置には大型の義腕があった。
「作業が遅れてんだ! モタモタしてると、飯抜きだよ!」
形の良い唇から飛び出す言葉は威勢良く、男衆の作業を促す。
薄く色の抜けた髪を潮風に遊ばせ、女は義腕に持った分厚いファイルを捲っていく。
「ん?」
分厚いファイルの中程のページに目を合わすと女の手が止まり、眉間に皺が寄る。
前のページと見比べ、目の前を運ばれていく貨物を睨み付け、煙草を取り出し火を着けた。
紫煙が潮風に運ばれていく。
「なあ、おい。提督さんよ」
女が呼びつけた年若い提督と言う男、周囲で働く男衆とは違い、頭の先から爪先までキッチリとした仕立ての軍服を身に纏い、顔立ちもそれに劣らぬ美丈夫と言える。
女はその美丈夫を睨み付け、ファイルの一ページを手で叩きながら提督を問い詰める。
「なぁんで、燃料費が支払いに入ってないんだぃ?」
「ああ、その事か」
「ああ、その事か、じゃあないんだよ。資材運ぶのもタダじゃない。燃料、弾薬、飯に水、細かく言やぁまだ経費が懸かってんだ。これっぽちの支払いじゃあ、話にならないんだが?」
女の仕事は資材運搬を主にする貨物船の船長であり、男は資材を下ろしている港を所有する鎮守府の提督だ。
女は男に詰め寄り、ファイルを突き付ける。
「契約じゃ、報酬は経費込み。そして、成功報酬に加えての無事運搬出来た資材量に応じた額、と言う話だった筈だ。忘れたとは言わせないよ」
「忘れたと言ったら?」
提督が女に挑発的な笑みを見せる。
提督には確信があった。
彼は国を守る軍人であり、今のこの世界を脅かす敵〝深海棲艦〟に対抗出来る存在〝艦娘〟を指揮する立場だ。
所謂〝英雄〟、多少の値引き程度でとやかく言われる謂れは無い。
〝守られている者〟は〝守っている者〟の言う通りにしていればいい。
それがこの提督の持論であり、若い提督がよく陥る初歩的なミスだ。
特に、彼のように功績を立てている者に多い。
そして、こう言った機会に学ぶのだ。
「
そんな事知ったことかと、言える人間が居るという事を。
「船長、どうしたん?」
柳瀬と呼ばれた者が重機から顔を覗かせ、何処か間の抜けた雰囲気がある訛りで女に問う。
「どうしたもこうしたもないよ。どうやら、この若い提督さんは、金が無いらしい」
「あちゃ~、そらあかん。そんなん、ウチらタダ働きですやん」
「つう訳だ。あんた達! 倉庫に運んだ分も、燃料一滴弾薬一発、鋼材一枚残らず引き揚げな!」
女の突然の暴挙に呆気に取られる提督だが、そんな事は関係無いと、女の指示に男衆は運び込んだ資材を貨物船へと積み直していく。
「な・・・ 勝手な事をするな! 民間人の分際でっ・・・あっ!」
正気を取り戻した提督が女に詰め寄り、資材の運び直しを要求しようとした瞬間、彼の視界が一気に引き上げられた。
「なあ、提督さんよ。アタシらはさ、慈善事業やってる訳じゃないんだよ」
「な、にを・・・?」
軍人である提督よりも頭一つ低い女が、義腕で軽々と彼の胸ぐらを掴み吊り上げる。
それにより苦し気に抗議する提督だが、女には意に介した様子は無い。
「生きるには金が要る。そんな事が解らない訳じゃないだろう?」
「それが、どう、したと?」
提督は手足を動かし拘束を解こうとし、女はそれを意に介さず溜め息を一つ吐いた。
柳瀬はそれを確認すると、苦笑いで重機で作業を続ける。男衆も同じだ。
「嘗めんじゃないよ、ガキが! こちとら、テメエの下の毛が生え揃わない内からこの稼業やってんだ! 金が無い? 支払いをまけろ? 嘗めた口聞いてんじゃないよ!」
「俺が、お前達を守ってやってるんだぞ!」
「はっ、守ってやってるだぁ?」
提督が絞り出した言葉を女は鼻で笑い飛ばす。
「笑わせてくれるじゃないか。あんたがどうやって、アタシらを守ってるってんだい?」
「それ、は・・・」
「そら見な、そこで艦娘を指揮してって、言えないようじゃお話にならないね」
「この・・・!」
論破され咄嗟の反論も出来ず、提督は自分を吊り上げる女をただ睨むしか出来なかった。
「船長、積み込み終わりや」
「出航準備しな。柳瀬、ちゃんと〝準備〟しなよ?」
「分かってますわ。確り準備は出来てますわ~」
「いい子だ。今日の晩飯に、さっき仕入れた果物付けてやる」
柳瀬が猫を連想させる細目でそう告げると、女は提督を放した。
そして、彼を一瞥もせず、羽織ったジャケットを翻し自らの城である貨物船へと乗り込んでいく。
「こんな事をして、ただで済むと思っているのか?!」
「どうしてくれるってんだぃ?」
提督の言葉に女は不敵に笑う。
「まさか、港から出さないなんて言うんじゃないだろうね」
「だとしたら、どうする?」
提督は下卑た笑みを深くし、海へと視線を向ける。
その視線の先には、出航の準備を進める貨物船があり、船員達が慌ただしく動き回り、柳瀬と呼ばれた中性的で男か女か判らない者が指示を出していた。
「そう言や、提督さん。艦娘、特に潜水艦娘ってのは、随分と耳が良いんだね」
「・・・いきなり、なんの話だ?」
「いやね、アタシもいい年でね。聞き取れない音なんてものもある。しかし、あの潜水艦娘共は聞き取れない音が無いって言うじゃないか」
提督は女が何の話をしているのか解らなかった。いや、
そう、仮にも先日の九州侵攻で少なくない貢献をし、武功を立てたのだ。女の言葉が何を意味しているのか、理解出来ない訳が無いのだ。
その証拠に、貨物船にあるクレーンから垂れ下がる鎖の先に、見覚えのある姿が幾つか見える。
「貴様・・・!」
「あの娘らには、耳栓でも渡しといた方が良いかもね。アタシらみたいな、深海棲艦と殺り合う事もある連中相手にゃ、あの娘らは弱点が多すぎる」
「俺の部下を今すぐ、解放しろ!」
「キャンキャンキャンキャンと、喧しいガキだね」
女は提督へと向き直り、もう一度義腕で胸ぐらを掴み、今度は義腕の出力任せに跪かせる。
そして、下がった整った顔に紫煙を吹き掛け言った。
「いいかい、坊主? アタシらは慈善事業はやってないし、あんたらが負けようが知った事じゃないんだ。あんたらが負けても、アタシらは別の取引先を探す。それだけさ」
だからね
「ちょっとばかり上手い事やっただけで、調子に乗るんじゃないよ?」
言うと女は提督を放し、貨物船へと戻って行った。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「あ~ぁ、くそったれ。折角の稼ぎがパーだ」
「いやいや、船長。解ってやってましたやろ」
「おや、柳瀬。なんでそう思うんだぃ?」
港を出た貨物船の船長室では二人が書類とにらめっこの最中であった。
女船長がぼやく通りに、ここ最近では大きな実入りが無く、今回の仕事は久々の大口だっのだが、支払いを渋る相手に当たってしまい稼ぎは殆ど無い。
「前から噂が流れてましたやん。九州方面の提督の一部が罷免させられるって」
「あぁ、そうだったかね」
「嫌ですわ~、船長」
「まあ、あれはいいとして、あの娘共は?」
「魚雷やらなんやら引き剥がして、港向けて放り捨てましたわ」
「ならいい」
今回の取引相手はあの提督だったから、潜水艦娘達にはてを出していない。ただ、潜水艦娘にしか聞き取れないバカでかい音を聞かせて一時的に耳を潰して、拘束しただけだ。
引き剥がした装備品は有り難く頂戴している。売り飛ばすなり、深海棲艦の迎撃なり、同業者との争いになり利用させてもらう。
「次でこの在庫、掃かせないといけないねぇ」
女船長が呟き、椅子に身を深く沈める。
少し遅れて柳瀬が立ち上がり、茶を淹れようと給湯器へと向かう途中で内線が鳴った。
「こちら、船長室」
『あ? 柳瀬か? 船長居るか?』
「居ますよ、どうしましたん?」
『ちょっと、甲板まで来てくれねえか? 見てほしいものがある』
当直の見張りからの内線は、女船長に甲板まで来てほしいと言うものだった。
どうやら、何か見つけたようだ。
「船長、お呼びですわ」
「聞こえてた。
船長室を出て、呼ばれた甲板へと向かう。
もうすぐ夕暮れ、見張り役には嫌な時間が近付いてきている。とは言え、この付近の海路は比較的安全が確保されているし、大きな港も無い。
有るのは、深海棲艦の侵攻によりこれからの安全が絶対ではなくなり住民達に棄てられた〝棄て町〟が点在するだけだ。
後は、深海棲艦の攻撃か発見だが、その場合はこれ程悠長にはやってられない。直ぐ様、迎撃か逃走か選び、実行に移さなければ全員死ぬ。
「一体、何があったんだぃ?」
「あ、〝五十嵐〟船長、あそこ。あれ、見てください。あれ」
見張り役の入野が望遠鏡を渡し指差す先は、最近〝棄て町〟となった町だった。
「入野さん? 棄て町がどうしましたん? 何も、変わり無いですやん」
「バッカ、柳瀬。よく見てみろ、ほらあそこ。こっからでも見えてた建設途中の柱が有っただろうが」
「無いですやん」
「そう、無いんだよ。でだ、ちょっと周りを見たんだが、あそこ、小屋が潰されてるとこ。なんか妙じゃねえか?」
入野の指差す先に五十嵐は望遠鏡を向けて見ると、何かに薙ぎ払われた跡と、その終点に転がっている鉄筋コンクリートの柱があった。
「柳瀬、あれ、何だと思う?」
「単純に考えたら、深海棲艦ですわな。でも、態々陸に上がって鉄筋コンクリートの柱折って振り回す暇人はおりませんやろ」
「だろうね」
入野と柳瀬は五十嵐の口角が上がるのを見た。
「柳瀬、入野。〝脚付き〟の準備しな!明日、あの〝棄て町〟に上がるよ」
「船長、まさかですけど、行くつもりです?」
「暇なんだ。ちょっと見に行くくらい良いじゃないか」
こうなった五十嵐は止まらない。柳瀬と入野は大人しく、彼女の指示通りに船内へ指示を伝える。
「格納庫、〝脚付き〟の準備しろ! 〝
「杭打ち銛、要りますのん?」
「知らねえのか? あの町の河口付近は連中の砲雷撃戦で水深がかなり下がってる。〝クジラ〟くらいなら隠れられるくらいにな」
慌ただしく準備を始めた二人を他所に、片腕義腕の女は少し様子の変わった町を見ながら呟いた。
「火事場泥棒は趣味じゃないが、ちっと気になるしね」
己の直感に従い、明日町に上がる。
そして、この決断が彼女達にとって、後々とんでもない分岐点となる事を、この時点では誰も予想出来なかった。
次回
運命の出会い
活動報告にて、五十嵐船長の船の名前と団体名を募集したりします。
奮って御応募ください!