戦艦タ級は思わず自分の額を叩き、天を仰いだ。
まさか、自分を知らないだけではなく自分達深海棲艦すら知らない艦娘が存在するとは、夢にも思わなかったのだ。
ーーイヤ、嘘デショ? デモーー
目の前の女、断言する自信が無くなったが恐らく軽巡洋艦娘の筈なのだが、チラリと先程鉈の一撃を受け止めた右腕を見る。
軽く力に乏しい軽巡洋艦娘とは思えぬ重い一撃、未だに衝撃が芯に残っている。拳も危うく顎を抜かれそうになった。軽巡洋艦娘とは何だったのか、やはり艦娘とはバーバリアンメンタルでウホウホ言ってる連中なのだろう。
チラリと右腕から目の前の女に視線を移す。
「何な? ボケ」
此方に対する警戒は薄れていない。それどころか、メンチ切りながら、いつの間にか鎚と一体になった変わった鉈から長柄斧に得物を持ち替えている。しかも両手持ち。
ーー殺意ガ凄イワ~ーー
兎に角殺意が凄い。
殺る気に満ち溢れている。
一体、自分が何をしたのか。
ただちょっと、殺る気になって追い掛けて砲を撃っただけだ。
・・・ああ、これは殺る気スイッチ入る。
何せ、見ず知らずの謎の美女に追い掛けられて町中逃げ回って、仕舞いには砲撃で危うく吹っ飛びそうになったのだ。
それは、鉈で斬り掛かるし初対面の美女の顔面に拳を叩き込むし斧二本持ちなる。
ーーアア、美女ハ譲レナイトモーー
脳内で生意気パーカー小娘が「馬鹿ジャネーノ?」とか騒いでいるが、美女である事は事実なので譲れない。
しかし、どうするべきか。こちらは見に来ただけで、ちょっとちょっかいかけたら直ぐに帰るつもりだったのだが、あちらは殺る気スイッチが入っている。
ーー今ノ装備デハ相手シキレナイナーー
砲弾も殆ど積んでいないので、徒手による格闘戦になるが、このおさげ女に格闘戦を挑む気にはなれない。何をしてくるのか分からないし、面倒だ。
なら、報告するかと思ったが、それも面倒だ。
第一、あの中枢棲姫は何様のつもりだ?
ふっと現れたと思ったら、自分達を戦争に巻き込んでいつの間にか、自分達のトップに居座っている。
確かに、人間は最近調子に乗ってヘイヨーヘイヨー言っているが、人間程度がやる事だ。
割りとどうでもいい。
しかし、何だか腹が立ってきた。
このおさげ女で憂さ晴らしをしようと、タ級が構えた瞬間
ーーアラ? コンナ目ノ前ニ斧ガ?ーー
おさげ女、北上が持つ斧が顔面目掛けて降り下ろされた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
ーー先手必勝!ーー
北上は鎚鉈から、リーチと重量に勝る長柄斧に持ち替え、目の前のヤバイ格好のヤバイ女に降り下ろした。
否、格好だけではなく、恐らくだが頭の中もヤバイ女。
格好も頭の中もヤバイ女、自分が『シンカイセイカン』なるものを知らないと言ったら、いきなり額を叩いて天を仰いだと思ったら、何かしらブツブツと呟き出した。
第一、へそ出しセーラー服擬きにニーハイブーツ?、極めつけは際どいパンツ丸出し。
こんな格好で廃墟同然とは言え町中を彷徨き、自分達を追い回し、何か知らないが道路を爆発させるとか、危険人物以外の何者でもない。
と言うか、『シンカイセイカン』とは何だ?
確か、小島で戦った黒ぼっこを饅頭組がそう呼んでいた気がしないではないが、あれとこのヤバイ女とでは姿が違う。
ーーん? 待ちよ。いたら、そういう事かやーー
北上は重大な過ちに気付いた。
奴の言う『シンカイセイカン』とは隠語であり、その意味する事は
「のう、あっちにホムセンあるき。そこで履きもん身繕うたらどうぜ? なんやったら、案内しちゃるき」
追い剥ぎにあい、身ぐるみを剥がされた者達の末路。
恐らく、このヤバイ女は元はヤバクナイ白くて尾が四本生えているだけの女だったのだろう。
白くて尾が四本生えているだけでもヤバイが、この際それはどうでもいい。これがこの世界の常識なのだろう。
目の前の女は身ぐるみ剥がされて、自暴自棄になり自分達に襲い掛かってきた哀れな奴なのだ。
こんな町一つが廃墟同然になる様な世界、こういう事の一つや二つあるだろう。
情けは人の為ならず、北上は降り下ろした斧を寸前で止め、出来る限り優しく声を掛けた。
「ハ?」
「やからの? んな、パンツ丸出しで放り出されたき、腹いせでアシら追い回して来よったがやろ?」
「えっと、母さん?」
「待ち待ち、大和よ。こら、おんしにゃ
『いや』
『あの』
『北上さん?』
タ級が呆気に取られ、大和と饅頭組が何を言っているのかと北上に問うが、北上はまあ待てとそれを制す。
町一つが廃墟同然になる様な世界の被害者だ。何かを間違えたら、自分達もパンツ丸出しのへそ出しで町中を闊歩する事になっていたかもしれないのだ。
なら、その悲劇の先達に自分の出来る事は一つ。
何があったのか、それを詳しく聞かずにそっとズボンを与える事だけだ。
なんかこう、持ってる奴は持ってない奴に分けようみたいな事を聞いた覚えがある。
「作業着ばぁしか無いけんど、今のそれよりかはなんぼかマシにならぁよ」
だから、北上はその通りにしようと声を掛けたのだが、白女の様子がおかしい。
なんかワナワナしている。何か気に障る様な事を言ったのか?
北上は思わず構えたが、それが好を奏した。
「・・・コレガ私ノ正装ダ! バカァ!」
「ぬおっ?!」
体の前で交差させた長柄斧が軋み、衝撃が体を突き抜け弾き飛ばされる。
妖精加工による強化のお陰か、長柄斧は軋みこそすれど折れず曲がらず、北上に直撃する事を防いだ。
「いきなり何するがな?!」
「ウルサイワバカァ、モウ!」
「母さん!」
タ級の一撃を防ぎ体勢を崩した北上に更なる追い討ちの前蹴り、それを避けようとする北上だが体勢が悪い。
下手に避ければ直撃する。
だから北上は息を吐き出し腹筋を全力で固めた。
「ぬぅっ!」
「・・・イヤ、貴女本当ニ軽巡洋艦?」
「やっかましぃわ! ダボがぁ!」
衝撃が芯に抜ける。内臓に響く骨身が軋む。
だが、それだけ。致命傷には至っていない。
なら、反撃に出る。長柄斧を半ばに持ち直し振り抜く。狙いはタ級の露出した腹、北上の勘ではタ級のセーラー服擬きには刃が通らない。だから、セーラー服擬きに覆われていない腹を狙う。
しかし、刃は通らず弾かれる。返す刀で左の斧をタ級の首目掛けて降り抜く。
「本当ニ容赦ガ無イワネ!」
タ級は降り抜かれる斧を捌き、左の掌底を北上の顔面目掛けて打ち込む。
戦艦級の力で打ち込まれる掌底、たかが軽巡洋艦娘に耐えられるものではない。
避けるか逃げるかしたところを、尾で打ち倒す。そう決めた。
しかし、そこでタ級はある事に気付いた。
ーーソウ言エバ、コイツ何故子連レナンダ?ーー
艦娘は人間ではない。元が人間の艦娘も居るから、厳密には全ての艦娘が人間ではないという訳ではないが、この軽巡洋艦娘は謎が多すぎる。
何故、戦艦級に一撃を通せる。
何故、戦艦級の一撃を耐えれる。
何故、戦艦娘の『子供』を連れている。
分からない。分からないが、心当たりが一つある。
何時だったか、まあまあ最近、あのいけ好かない中枢棲姫が取り乱していた事があった。
タ級にしてみればどうでもいい事だったが、「何故?」「こんな事が?」「あの子が産まれなかったから?」とか何とか言っていた気がする。
もし、それとこの謎艦娘を繋げるなら、中枢棲姫が何かに失敗したその結果、コイツがという事になる。
ーーイヤ、ドウデモイイカーー
タ級はそこまで考えて、興味を無くした。
あの中枢棲姫が悩もうが何しようが知ったことではない。至極どうでもいい。
良ければ、勝手に死んでくれても構わない。タ級の望みは、どちらかと言えば合理的な深海棲艦としては変わっている。
死ぬなら戦いで戦士として死にたい。
永く海で在り、人を歴史を見てきたタ級が胸に抱いた望み。戦いの場で生きていた人間は、誇り高く死ぬ時は決まって、笑いながら死んでいた。
タ級はそれを美しいと感じた。無論、美しさだけではない事は理解している。
到底、認められない死に方をした者も居る。
獣の様に無惨に討ち果たされた者も居る。
謀略の果てに殺された者も居る。
しかし、タ級はその戦いの場で死にたい。
否、もっと正確に言うなら、戦い笑って満足の内に死にたい。
だが、あの中枢棲姫が用意する戦場はタ級が望む場ではなかった。
誰も彼もが逃げ惑い、たまにまともな相手が出てきたと思ったら、そいつらも大したことがなかった。
しかしどうだ。今自分の目の前に居る軽巡洋艦娘は。
「ふんが!」
戦艦級の艦娘も吹き飛ばす自分の掌底を、あろうことか額で受けてみせた。
嗚呼、素晴らしい。その一言に尽きる。
「ナラ、コレハドウカシラ?」
「ぐぬ・・・!」
尾による四連撃
一発目、長柄斧で防御
二発目、これも防御したが、斧が限界を越え折れる
三発目、回避、背後にあった鉄筋コンクリート柱に当たる
四発目、回避不可直撃、尾が直撃し抉れた柱に激突、艤装が中破、黒煙が上がり始める。
「コレデ最後カシラ?」
「舐めなよ、白女・・・!」
血の混じった唾を吐き捨て、北上は立ち上がる。
正直な話、かなり辛い。前蹴りも掌底も耐えられたが、あの尾の一撃で全てが引っくり返った。
恐らく、肋が折れた内臓も幾つかやられた。得物も折れた。鎚鉈を抜く余裕も無い。
だからどうした。
今ここで諦めれば死ぬ。
なんだかよく分からない内に、よく分からない世界に居て、またよく分からない内に連れが出来て母と呼ばれ、よく分からないなりにこの世界で生きていこうと決めた。
だから、諦めない。この世界で諦めるという事は死ぬという事だ。
自分だけではない。連れのよく分からない饅頭三人組、自分を母と呼ぶ自分と同じ小島に居た娘、自分が諦めれば、この四人も巻き添えで死ぬ。
ーー生きちゃる。徹底的に生きちゃらぁーー
生きて、生きて、生き延びる。
その為には、目の前の白女が邪魔だ。
逃げる力は無い。立っているだけでやっと。
だが、諦めない。生きてやる。
「コレデ終ワリヨ」
タ級が尾を振り上げ北上に止めを刺そうと迫る中、所謂走馬灯とでも言うのだろうか、北上の視界はとてもゆっくりと流れていた。
ーー死ねん、死ねるか!ーー
迫る死、それを目前に北上は身を回し回避するが、背負った艤装を忘れていた。
尾はなんとか避けたが、背後にあった鉄筋コンクリート柱に思い切り艤装をぶつけてしまった。
「んぎっ!」
艤装が北上の背中に激突する。走る痛みとは別に、北上の背中に走るものがあった。
背骨を駆け上がる電流にも似た感覚、北上はそれが何なのか本能で理解した。
「がっ嗚呼嗚呼嗚呼あああぁぁぁぁぁぁっ!!」
背に手足に力が通う、血が肉が沸き立ち沸騰する。
背の艤装から黒い排煙が噴き出す。
艤装が燃料を燃やし、熱を蒸気を力に変える。
伝わる力は人間の比ではなく、正しく軍艦の力そのもの。
それをもって北上は、背後の身の丈を遥かに越える鉄筋コンクリート柱を右脇に抱え、力任せにへし折った。
吐く息は白く、三白眼を見開き見据えるは戦艦タ級。
「チョッ! 貴女ソレハ?!」
「アシは・・・生きちゃる・・・!」
腰を落とし、体を捻る。狙うは戦艦タ級、振るうは決意の一撃。
「誰が、何言うてきたち知るか! アシらは生きちゃらぁ!!」
体を前に倒す様に踏み込み、周囲を巻き込み振るう。
タ級は眼前に迫る破壊力に笑みを作り、北上に対する違和感に納得する。
「アア、成程ネ。貴女ガ・・・」
ーー神秘の結晶体ナノネーー
瞬間、激突、衝撃。北上が振るった一撃の後にはタ級の姿は無く、崩れた瓦礫ともうもうと煙る土煙のみであった。
「ぬ、あ・・・?」
「母さん!」
右脇に抱えた鉄筋コンクリート柱を落とし、その場に崩れ落ちる北上に駆け寄る大和。
戦いは終わった。
だが、北上は倒れ目を覚ます兆しは無い。
「母さん。ど、どうしよう・・・?」
『大和さん』
『兎に角』
『この場を離れるです』
「うん!」
なんとか四人で北上を支え、付近の崩れていない家屋へと向かう。
支える北上の体は熱く、息も荒い。
不安もある、未来は見えない。
だが、初戦を彼女達は生き延びた。
戦いに勝った北上の顔は晴れやかなものだった。
次回?
鎮守府?
艦娘保護団体?
神秘の結晶体?
アシがんなこと知るかや。