IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

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談処之二「タマにぶつけろ怒りと本心・前篇」

少女には遂げたい想いがあった。

「あなたの隣に必ず帰る」

少女は淡い乙女心を胸に秘め、一人の少年と別たれた。

少年との再会のためなら、どんな苦境も耐えられる。

ただ一心に、それを心の杖として蠱毒の瓶の中から生還した。

画して少女は故国の威信を背負う翼となった。

 

翼を得た少女は、想う人のいる彼の国に辿り着く。

そして再会は果たされた。

 

果たされた、のだ。

そう、果たされた――までは良かった。

 

そこに自分には知らされていなかった(というより全く記憶に留めず無視していた)自分より前にいた幼馴染の乳牛(ちちうし)スイカ女が、よりによって同じ屋根の下で同じ部屋に寝泊まりし、そればかりか不倶戴天のIS馬鹿まで待ち構えていた始末と、シチュエーションは最悪を超えて極悪となり、怒髪天を突き抜けて悋気の火柱は月面を焦がすほどとなった。

 

ともかく、少女は脂肪の塊で誘惑する“邪仙(ちち)スイカ女”を少年から引き離すべく、部屋替えの権利を得るため戦いに挑んだ。

ところがその試合は、空からの乱入者によって中止となり、紆余曲折なって一致団結で乱入者を撃破する事態となった。

そして後日、少女は諸々に込み入った自身の現状に区切りを着けるため、不倶戴天のIS馬鹿との大一番となった。

 

結末は敗北に終わった。

だが少女の経験した敗北の中で、何故か清々しく達成感に満ちた敗北であった。

 

そして少女は、今ここに至る。

 

だが何もかもに区切りを着けた訳ではない。

少女が大一番へ至るまでの軌道の中で、未だその暴風の爪痕を残す箇所が残っている。

宙に浮いたこの一件を巡り、少女と彼女が目の敵にする少女は反目し合ったままだ。

 

恋の(いくさ)は波打ち際か。

圧して押されて、引き分けて。

 

哀しきは、想われる男に甲斐性が乏しいことよ……。

 

 

 

 

五月の半ば。もう春の陽気はすっかり去り、日差しも日増しに暑くなっていく。暦の上では既にそうだが、半月もすれば雨とともに、本格的な夏が幕を開けるのだ。

そんな五月晴れのIS学園の食堂で、和やかな周囲の様子とはかけ離れた、妙に刺々しい雰囲気のテーブルがあった。

「和風だ」

「いいえ、シーザーよ」

「あ、あの……」

イギリス代表候補生のセシリア・オルコットを挟んで、篠ノ之箒と凰鈴音が睨み合う。

原因は、彼女たちの向かいの席にいる織斑一夏だった。

「あんたが和食好きだからって、一夏にその趣味押しつけないでよ」

「そっちこそ、そんな味の濃いものばかりじゃ、一夏の体に悪いだろ」

発端は一夏が、定食のコールスローにかけるドレッシングを忘れたことだった。そこで鈴音が「しょうがないわね」といつもの捻くれた態度で立ち上がると、箒も後出しながらに立ちあがり、そこからずっとドレッシング論争である。

お互いに一歩も譲らないまま、テーブルの雰囲気はどんどん微妙になっていく。

すでに五分近く睨み合っており、挟まれているセシリアには、とんだとばっちりだ。

(どうしよう、俺は胡麻がいいんだけどなぁ……)

二人の雰囲気に押され、一夏はなかなか本音を言い出せずにいる。

「ほらよ」

そこに一夏の隣に座っていたはずの真行寺修夜が、胡麻ドレッシングを持って立っていた。

「あ、あぁ、悪いな……!」

一夏も修夜からドレッシングを受け取ると、そそくさとコールスローにかけてしまう。

「……まったく、いつまでも揉めていると、昼飯の時間がなくなっちまうよ」

鈴音と箒に向かって釘を刺すと、修夜はそのままドレッシングを返却しに行くのだった。

あとの二人は、やりきれない思いを抱えるばかりだった。

 

 

修夜と鈴音の対決から既に数日が経つも、箒と鈴音の不仲は未だ改善されていなかった。

片や生真面目で実直な委員長タイプ、片や奔放で気の強い跳ねっ返りと、二人の気質は正反対に近い。

もっといえば、箒は鈴音の前向きで自信家な性格に、鈴音は箒の成長著しい女性的な肉体に対して、互いにコンプレックスを抱いている。

何より両者とも“一夏に片想い中”という、要するに恋敵同士だ。

加えて四月末の「部屋替え騒動」の沙汰も、宙吊り状態で決着していない。

鈴音による1026号室襲撃は、彼女の思い付きにより一夏と同室になるべく同居人を叩き出すため決行された。

当初、鈴音は一夏の同居人は修夜だと決めてかかり、ISでの武力制圧なら武芸者の修夜でも撃破は容易と勇んで向かった。ところが部屋を同じくしていたのは、自分のコンプレックスを最も刺激する箒だった。

そこから鈴音の機嫌は最悪となり、先客のセシリアを巻き込んで騒動に発展した。

途中、セシリアの機転で武力制圧はクラス対抗戦の結果へと替わり、無益な騒乱は避けられたかに思われた。

だが最後に鈴音と一夏が一年前の別れ際に交わした約束を巡って再び揉めた末、理不尽に耐えかねた一夏の暴言が鈴音の地雷を踏み抜いて大爆発を起こし、あわやミンチにされかけたところで修夜が割り込み、事なきを得て終わった。

一夏とセシリアはもう気にしていないというが、筋目は通すべきという修夜はまだ納得していない。箒もせめて一夏には謝るべきだと考えている。

普段こそ1組と2組に分かれている分、衝突する場面は少ない。

しかし、こうして全員で顔を突き合わせる場になると、我先にと一夏の気を惹こうと行動を起こす。

それなのにやり方はどちらも回りくどい。

さっきのように我先と世話を焼いて点取り合戦に終始するばかりで、隣に座って体を密着させにいこうとか、食事のおかずを分け合いっこするといった、分かりやすいアピールは一切しない。

これは二人に“ストレートな愛情表現”に対して、羞恥心や抵抗感があるため。いまどきの言い方でいえば、要するに“ツンデレ”というヤツである。

釈明しておくが、一夏の朴念仁ぶりにも問題はある。

だが二人ともそれは理解しているのに、恥じらいが先行して間接的な意思表示しか出来ず、いたちごっこに興じるばかりだ。

一番の被害者は、この茶番劇に巻き込まれる修夜とセシリアである。

椅子を並べれば今日のような席順が常であり、二人のあいだに挟まれるセシリアは、ここしばらく両者の口論を聞かされるばかり。

修夜も箒と鈴の争いが膠着してくると、いさかいを断つべく行動に出る。――が、それもそろそろ限界に来ており、“説教モード”にスイッチが入るのは時間の問題だろう。

昨日も昨日で、食事の飲み物は緑茶か焙じ茶かで揉め、教科書のチェックはカラーボールペンかマーカーかで論戦し、ノートはA4かB5かで張り合っていた。

ケンカの原因はこの不和を目の当たりにして、憂鬱そうに嘆息するばかりだった。

 

 

その日の午後。

「それでは、週末の球技大会について説明する」

一年一組は学級活動(LHR)の時間中である。

春のレクリエーションの一環である球技大会の説明を、担任の織斑千冬が取り仕切っていた。

相変わらずファッションモデル並みの美容を、黒い女性用スーツに包んだ凛々しい出で立ちだ。

「今回は全クラス対抗のトーナメント式になる。勝ち残れば賞品も出す予定だ」

賞品は無人機騒動で立ち消えた「食堂のデザート無料パス」だという。

普段運動に対して消極的な生徒も、賞品が出ると聞いてやる気を出している。

だが――

「どうした、もう少し食いついたらどうだ」

全員のテンションが上がり切らないのには理由があった。

「先生」

生徒が一人、意を決して手を挙げて声を上げた。

「なんだ」

千冬が生徒に視線を合わせる。

担任の目力に気圧されながらも、少女は臆さず言った。

「あの……。どうして……“ドッジボール”なんですか」

全員が内心で力強く頷いた。

ドッジボール――。

和名を「避球(ひきゅう)」といい、それは英単語【dodge(ドッジ)】の意味が「避ける」であることに由来する。決して「ぶつける」という意味はない。

二チームに分かれて相手にボールをぶつけ合い、違いの戦力を削り合う極めて分かりやすく、そして――()()()()()()球技だ。

小学生の昼休み球技の鉄板であり、運良く生き残ったがために執拗に狙われてトラウマになった人も多い。

まして花も恥じらう女子高生だ。お肌を気にする乙女にとって、打ち身や蒼痣(あおあざ)など御免被りたい。

手を抜けば負けるが、よしんば勝っても試合内容によっては余計な恨みを買いかねない。この球技が友情ブレイカーとして知られる所以である。

どうせなら平和にバレーボールや、フットサル辺りで妥協して欲しかった。

しかし質実剛健(スパルタ)を旨に教鞭を執るこの元IS世界王者(ブリュンヒルデ)に、不用意な質問は(あだ)となる。

「分かりやすく言うぞ。(一)攻撃と回避の訓練になる。/(二)対戦における注意力と洞察力を養える。/(三)空間把握とチームプレイを意識できる/(四)これら要素はISの実技に活かせる。以上、何か意見はあるか」

ぐうの音も出だせないほど、実に簡潔で明白な目的を並べられた。

(――『(五)事務処理からくるストレスの解消』、が抜けてますよ、ふゆ姉……)

沈黙に包まれる教室内で、呆れを含んだ気怠い視線で担任を見る修夜がいた。

何せ修夜が知る千冬の裏の顔に、学生時代「昼休みの悪魔」と恐れられた()()()()()()()としての一面あるのだ。

小学生ではクラスのエースアタッカー、中学生では男子も慄く剛球使い、高校生にもなるとプロのスカウトマンから熱心な勧誘を受けたという伝説……というか事実まである。

修夜、そして千冬の弟である一夏は、その軌跡の一端を見続けてきた。

元世界王者のIS戦闘のセンスは、既にあの頃から覚醒していたのかもしれない。

「どうする、修夜」

隣席の一夏が、修夜にひっそりと語りかける。

普段は隣人の行為を(たしな)める修夜だが、この時ばかりは応じた。

「どうって、何がだ」

「とりあえず、千冬姉は是が非でもドッジボールやる気だけど、それだけじゃ終わりそうにないっていうか……」

「……そうなんだよな」

長年に(わた)って千冬という女性を見てきた少年二人には、彼女がこの事態を予測していないはずはないと、直感していた。

なら次はどう来るか。

女子たちを今以上に奮起させ、なおかつ結束させる方法を用意しているのは間違いない。

その方法に自分たちは巻き込まれないか、心配はこの一点に尽きる。

「真行寺、織斑」

相談する姿を咎められたと思い、二人は姿勢を正して千冬に向き直る。

「悪いがお前たちは、球技大会へは出場不可だ」

「「――はい?」」

突然の出場停止宣告に、二人は思わず声を重ねた。

クラスの女子たちにも動揺が走る。

「ほかのクラスとの戦力差を考えれば、お前たちは()()()()になり得る。ルールの公平性を保つ上で、やむを得ないことと判断した」

女尊男卑と騒がれる世であろうと、単純な筋力と体格については男子の有利は変わらない。

修夜も一夏も、百七十センチメートルを超す身長に、日頃の訓練で鍛えた均整の取れた体型を有し、運動能力はどちらも人並み以上の素養を持ち合わせる。

いくらクラス対抗の球技大会とはいえ、ISのような差を埋める方法がない以上、この二人は他のクラスの女子が相手取るには荷が勝ちすぎる。

事実、女子たちの多くは、二人に身体を張って貰えば優勝したも同然と楽観していた。

だが――

男二人は既に察していた。

これで終わるはずがない、と。

 

「その代わりとして、二人には当日に食堂の職員の方々に混じって、優勝チーム用の昼食としてカレーを用意して貰う」

 

最初に静寂があった。

次いで、女子たちの視線が修夜と一夏に注がれた。

そして各々が口々に、言葉を発してどよめきとなった。

「織斑先生!」

「なんだ真行寺」

「戦力差は理解しました。でも俺と一夏が料理する意図がわかりません!」

「周りを見ろ、真行寺」

ともかく余計な災難は御免と、意見具申に打って出た修夜は、千冬に促されて周囲を見渡す。

そこには、

「真行寺君のカレー、ですって……」「就任パーティーの再来、だというの」

「織斑君って確か、自炊してたよね」「私この前、唐揚げもらったけど、むっちゃ美味しかったよ」「そういえば布仏さんから織斑君も料理上手って話が……」

「優勝すればスイーツ食べ放題に、二人のカレーも食べ放題」「どうしよう、さっきお昼食べたのにもうお腹空いてきた」「勝つしかないわ、この戦いに」「神は言っている『これは優勝を目指す宿命(さだめ)』、と……」

それは燎原の火だった。

閉鎖された学園で得られる娯楽は数少なく、乙女の嗜みであるショッピングやファッションに繰り出せるのは日曜日と祝日だけ。

しかも事前の申請と証明書を得なければならない、手間の煩わしさを伴う。

恋する青春など海の向こうである。

そんなとき、人は自然と「食」に幸せを求め始める。

(いわ)んや食べ盛りで、ISという特殊な機材を操るべく日々体力作りと勉学に勤しんで、カロリーを大いに消費する育ち盛りの十代である。

食は娯楽よりも重い。

そんな少女たちに、料理名人のタッグによるご褒美が提示された。

渇望という枯野に放たれた火は、瞬く間に燃え広がっていく。

「お前たち」

火付け役は紅燎の炎に問う。

「食べたいか」

「食「食べたい」べ「食べたい」た「食べたい」い」

燃える火の手は問いに答えて勢いを増す。

「なら勝つしかない。勝てば総取りだ、やるか!」

「「「「応ぅ!」」」」

「勝つぞ」

「「「「応ぅ!」」」」

「食べるぞ!」

「「「「応ぉぉぅ!!」」」」

――えらいことなった。

修夜も一夏も、目の前で気炎万丈に声を掛け合う女子たちを、ただ呆然と見るしかなかった。

目の端に、勢いに呑まれている箒、呑まれつつどこか楽しげなセシリア、ノリノリで周りを焚きつける布仏本音を捉えながら、とりあえず三十人前は確定しているカレーを作ることから逃げれない現実を突き付けられる。

「そういうわけだ。しっかり頼んだぞ」

いつの間にか二人の前に千冬が立っていた。

「『頼んだぞ』じゃないですよ、千……織斑先生」

現実の煩わしさに項垂(うなだ)れ、珍しく修夜は千冬への敬称を忘れる。

「先生、実は俺たちのカレーが食いたいだけなんじゃ」

既に観念して机に突っ伏し、カレー作りの段取りを頭の中で組む一夏は、姉に率直な質問を投げかけた。

「舐めるな。一番の目的はパワーバランスの調整だ」

修夜も一夏も、勝負事では本番に強く、特に真剣勝負では手を抜かない主義で通している。負けず嫌いというより、手抜きを失礼と考える勝負への理念に基づいた姿勢だ。

そして千冬のドッジボールに付き合わされ、否応無く場慣れしたのもこの二人である。当然ながらドッジボールには強い。

何より「男子がいる」という一組の状況を、これ以上ほかのクラスから不満にされるのはどうにか避けたかった。

総てを合わせてここに行き着いたのである。

「だからって、なんでカレーなんすか」

「やっぱ、食べたいだけじゃ……」

男子二人の再度の問い掛けに、

「つべこべ言わずに美味いものを食わせろ!」

「「やっぱり食べたいだけじゃんッ!!」」

“食欲に負けた”と顔に書いて答えた千冬だった。

 

 

 

球技大会当日。

幸い天候は穏やかに晴れ、絶好のスポーツ日和を迎えた。

とはいうものの、肝心のドッジボールは第一体育館で開催されるため、空模様を窺う要もないのだが。

これは教員側から生徒への配慮の一環で、暴投やキャッチミスによるボールの回収に取る時間を減らし、かつ生徒たちの擦り傷を予防するための処置である。

ほかにも、ボールを軽く柔らかいソフトタイプに変更し、その上で肘と膝から下にサポーターも装着させている。

若干名の教員は過保護ではと苦言したが、他が安全第一を強く主張したことでこのかたちに収まった。

各クラスとも意気軒昂な様子で、特に一組は先日の学級活動が決起集会に変わった勢いをまだ保っている。

全員揃って学校指定の体操着に着替え、準備運動を済ませて試合開始を待っていた。

そんな中で――

(どうしたものか)

この雰囲気に今一つ乗り切れない箒がいた。

元来から生真面目で仁や道理に批准する性格からか、一夏と修夜が理不尽に景品扱いとなった球技大会の雰囲気そのものに、まだ些か抵抗感が拭えずにいる。

もちろん二人のカレーは食べたい。

勝負とあれば、真剣に挑むのが礼節だとも理解している。

それでも幼馴染たちの不遇に手を差し伸べられず、申し訳なさが先立つ。

「ほうきん、リラックス〜リラックス〜」

「ひゃあ」

浮かない顔の箒に、本音はいつもの日向のような笑顔共に、後ろから抱きついてきた。

「まだ気に病んでおいでですか」

セシリアも本音の後ろから登場し、箒に優しく声をかける。

「すまない、どうもあの二人の苦労を考えるとな」

「ほうきんは真面目だねぇ〜……」

「安心しろ、試合は真剣にやるから」

そう言って箒が本音の腕を解こうとしたときだった。

「相変わらず辛気臭い顔ね」

三人の前に、見慣れたツインテールの少女が仁王立ちしていた。

「――凰鈴音」

箒たちは声の方へと顔を向ける。

「まったく、そっちの担任のせいで、こっちは良い迷惑よ。この前からず――――っと、一夏とあの馬鹿の料理のことばっかり訊かれて、うんんんざりっしてるのよ」

一夏のクラス代表就任パーティー以来、修夜が料理名人という事実は、一年生はおろか、噂が噂を呼んで学校中の女子生徒が耳にしている。

加えて一夏も修夜との相部屋に移ってから、入学前からの習慣だった自炊を再開し、二人で競い合うように自炊の腕を上げている。

そんな二人がいつもの学友たちのために、弁当を作って持ち寄る風景は、昼休みの中庭で幾度も目撃されていた。

皆が興味を持っていた。

――どれほどの味なのか。

それを知るのは、一組の関係者以外では鈴音しかいない。質問責めにされるのは必定だった。

「何かと思えば、そんなことを……」

「でも」

苦情を制そうと言いかけた箒の言葉を、鈴音が遮る。

「良い機会だと思わない?」

箒を睨んで言い放つ。

「何がだ」

箒も向き直って、正面から鈴音の目力を受け止める。

「この際だから鬱陶しい問題、いっさいがっさいカタを付けようじゃない」

鈴音は部屋替え騒動から続く悶着に終止符を打ちにきた。

「アンタが勝ったら、一夏の部屋でのことはきっちり謝ってあげる。なんなら土下座でも、裸踊りでも付けてあげるわ」

あくまで挑発的だが、鈴音の発言には以前のような傲慢さはない。

「その代わりあたしが勝ったら、今後は私のやることに口を挟まないで。何をしようと、一切よ」

勝負の場に何度も立ってきた箒だからこそ分かった。

(本気だ)

鈴音の目には、本気が宿っていた。

たかが球技大会、されど球技大会。

思えば、箒と鈴音が真っ向から戦うのは、これが最初である。

訓練で刃を交えることもあるが、そこでは鈴音が明確に格上であり、箒も胸を借りて対決していることを肝に銘じていた。

だが、どうだ。

己の身一つとボールで戦うドッジボールなら、同じ土俵に立てる。

箒が気兼ねせず、鈴も実力差を言い訳にさせず、向こうを張ってドツき合えるリングが今ここにある。

自分の()()じゃないのは、百も承知だ。

それでも――

「良いだろう、私もいい加減あの二人に迷惑をかけているのは、気分が良くない。その条件で受けて立つ」

対等に戦えるこの場、好機、宣告。見逃すにはあまりに惜しい。

「あとから泣いても知らないわよ」

「私もただではやられはしない。全力で征くさ」

双方、正面から視線をぶつけ合い、火花散る睨み合いを演じる。

これには本音は戦慄し、セシリアも思わず固唾を呑む。

「一応聞くけど、前半と後半どっちなの」

「後半組だ」

「そう、なら遠慮なくぶつかれるワケね」

三十人前後のクラス同士がドッジボールをやるとなると、コート一枚に入れる人数にも限界はある。

そこで各クラスごとに、予選チームと決戦チームの二班に分け、まず予選チームで決勝に駒を進め、その後は決勝チーム同士で激突する。

箒も鈴音も、運動能力の高さを買われて決勝チームに所属している。

そして対戦カードも、予選は奇数クラスと偶数クラスの対決となったため、箒と鈴音が戦うには決勝に進出するしかない。

逆を言えば、お互いチーム内の人事を強引に動かすこともないので、クラス内に不和を起こす心配もないのだ。

「じゃあ、決勝で待ってるから。予選落ちだけはやめてよね」

「そっちこそ、自分がいなかったことを言い訳にするなよ」

互いに言い終えると、鈴音は自分のクラスの方へと帰っていった。

「宜しかったのですか」

セシリアが少し不安げに尋ねかけて――

「ああああああ……!」

箒はその場で顔を覆って天を仰ぎ、盛大に呻いた。

「……ほうきん、大丈夫〜?」

先ほどまで毅然と鈴音と問答していた姿から、急に萎んでいく。

「勝負を勝手に引き受けてどうする。私独りで試合をするワケじゃないのに……!」

勢いに乗せられ、つい受けて立ってしまったものの、鈴音と戦うにはまずほかのクラスメイトに頑張ってもらう必要がある。

つまり現時点をもって、私闘にクラス全員を巻き込んだのだ。

熱くなると前後不覚に陥りがちな自分の性格に、また足下を掬われた気がした。

しかし、

「まぁまぁ、そこはあまり気にされなくとも良いと思いますわ」

「そうそう、みんなしゅうやんとおりむーのカレーを食べたくて、バーニングしてるんだし〜」

生真面目な友人を励ますように、セシリアも本音も穏やかに語りかける。

「それで、良いの……か?」

「えぇ、どの道修夜さんと一夏さんのカレーにありつくには、鈴さんのいる二組との戦いは避けられません」

「要するに、みんなで勝つ“ついでに”、りんりんに勝てばいいんだよ〜」

鈴音には失礼な捉え方になるが、本音の言こそ最も理に適っている。

二組と戦って勝つということは、鈴に勝つことでもある。

全体目標と個々の本懐が同類である以上、全体を優先して個を達成すればいいだけのことだ。

「とりあえず予選は任せて〜。こう見えてボールを避けるのは得意なんだよ〜」

「わたくしも箒さんのこと、全力でサポートさせていただきますわ」

「二人とも……」

独りじゃない。

今は寄り添ってくれる友が二人もいる。

何の変哲もない、学校生活の一ページであるこの一瞬が、箒にはやけに心に沁みて感じるのだった。

「ごめん、ありがとう」

思いを素直に言葉に変えると、

「勝とう」

力強い意思を改めて口にする。

三人の結束で優勝を果たす。決意も新たに少女は試合に臨むのだった。




今回は久々に、相方の方で執筆している徒然草の更新です
といっても、予想より長くなったそうなので前後編に分けることとなり、今回はその前編となります
後編は現在も執筆中なので、俺の方での本編執筆と並行しつつ、どうにか時間を置かずに更新できればと思います


因みに、時系列は鈴編終了後、簪編前になります
鈴編でまだ解決してなかった案件がいくらか存在はしたので、それを畳みきるためにとのこと
どのような決着になるかは、楽しみにしていただければと思います
あと、うちの作品における千冬さんは、ほんっとこんなんです
原作にあるような鉄の女みたいな感じではなく、食欲に負けたりするような、ちょっと残念美人みたいなところがあったりします
こういう部分は、色々とキャラを見る方向を変えていくだけで、再発見があったりして楽しいんですよね

とりま、本編ではありませんが、今回で年内更新は多分最後となります
俺か相方の執筆速度が神がかればあと一回は出来るかな? ……なわけないですよね(汗
まぁ、年明けて長期更新停止にならないよう、この年末年始で少しは速度を速めて行ければと思います
ではでは、これにて。みなさん、よい年末を

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