IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~ 作:龍使い
あれから数日。
五月はもうすぐ終わりを迎えて、日差しは夏のように力強くなってきた。
昼間の中庭の風は昨日の雨のせいか涼しく、爽やかに吹き抜けていく。
その中で、
あの一瞬、あのアリーナで観戦していた誰もが、更識簪の勝利を直感していた。
ところがほんのわずかな間に、誰も気づかないうちにマーガレット・テイラーの辛勝で試合は幕を引いていた。
後になってビデオ録画を何度も確認したが、わかるのは爆煙の中からボロボロになりながら突撃し、渾身の一刀で簪を斬り倒すマーガレットの姿だけだった。
相沢拓海の推察をしても、織斑千冬の目をしても、得られる結論は「マーガレットが土壇場で粘った」という一点だけ。
それ以上、あの映像からは何も得られなかった。
(でもなぁ……)
釈然としない。
試合の結果じゃなく、あの
まるで“突然に降って湧いた”ような、唐突な結末だった。
そして何より、俺どころか簪の様子をうかがいに来ていた千冬さんも含め、マーガレットが爆煙の中から出てくる姿を、観客の誰しも記憶していないのだ。
(……ありえるかよ、そんな偶然)
それでも、結果は結果だ。
簪はあの激闘の末に、あと一歩及ばず黒星となった。
試合の後、マーガレットと挨拶を交わしてピットルームに帰った簪は、そこで疲労が限界を迎えて倒れ、救急室に運ばれた。
安堵して涙ぐむ本音は、「こんな気持ちよさそうに寝てるかんちゃん、久しぶりに見た」と、少し嬉しそうだった。
俺は本音に断りを入れて、一足先に救急室を出た。
そこにまぁ、見知った顔がいたのだが。
入らないのかと訊くと、妙にばつの悪そうな雰囲気であれこれ言い訳するんで、強引に引っ張って部屋の中へと入れてやった。
あとで本音に状況を尋ねると、あっちも久方ぶりにいい表情をして笑っていたらしい。
まったく、色々と面倒なお姉様だことで……。
そして現在、俺は何をしているのかというと……。
「このサンドイッチ最高っ、さすが修夜だな〜!」
もりもりと、四枚切りを合わせた豚バラの生姜焼き極厚サンドイッチを食べ進める織斑一夏。
「そうだな……。たまにはパンもいいものだな」
普段は白米党の、海老と水菜のサラダの和風だれサンドイッチを味わう篠ノ之箒。
「良いですわね。祖国での午後のひとときを思い出しますわ……」
本場イギリスの出身で、彼女の世話役のチェルシーさんから教わって試してみた、ローストビーフとホースラディッシュ(……は購買スーパーのチューブで代用)のサンドイッチをはじめとしたサンドイッチのバラエティセット、無糖紅茶付きを上品に堪能するセシリア・オルコット。
「でもなんでサンドイッチパーティーなワケ? 誰のリクエストよ」
文句が先に出る割りに、すでに
「は〜い、私だよ〜」
今回のサンドイッチパーティーを言い出した、卵・ロースハム・レタス・トマト・チーズのミックスサンドイッチを、幸せそうに味わう布仏本音。
「……おいしいです」
相変わらずマイペースに、極厚&大ボリュームのカツサンドを小柄な体に収めていく、義妹の紅耀。
そして――
「……」
慣れない光景に戸惑っているのか、落ち着かない様子の簪。
ちなみに彼女のは、箒の応用でスモークサーモンと海老に水菜のサラダを合わせ、チーズ・トマト・レタスをトッピングし、バゲットサイズのフランスパン一本を使って挟み込んだ超特大サンドイッチだ。
今日の昼飯は、本音からの提案で、簪の友人を増やすための親睦会として開かれたものだ。
この前の学食では、超特盛りチャレンジメニューのアルプス越え定食の制覇で普通に談話も出来なかった。
そこを本音は気にしていたようで、今回改めてその席をもうけようと考えたらしい。
それは良かったんだが――
「ぬぇ、ナニ?」
何故にここにいるマーガレット・テイラー!?
「アンタをここに呼んだ覚えがないんだが……」
「細かいこと気にしちゃダメだよ〜」
「――って、おい、それは俺のツナサンドだろ、勝手に食うな」
「えー!」
何故か、何故だか、Ⅲ組のクラス代表であるマーガレット・テイラーまで相席している。
食堂に向かう最中に、中庭で弁当を広げ始めた俺たちを目ざとく見つけたらしく、唐突に乱入してきたのだ。
そして俺の横に座り込んだかと思うと、こうして横から俺用のサンドイッチをつまみ食いしてくる。
念のために十枚切りの食パンで、余った具を合わせたミックスサンドの盛り合わせを用意しておいたから、それを食わせてはいるが、さっきみたくこっちの目を盗んで俺のサンドイッチに手を出そうとしてくる。
食い意地張りすぎだろ。
「それにしても、本当に大丈夫なのか。クラスの誰かと待ち合わせているとかは……?」
「No problem だよ〜。えーっと……」
「篠ノ之箒だ、箒で構わない」
「OK、ホーキ!」
一応、軽く自己紹介は済ませておいたが、やはり一朝一夕で覚えるのは難しいらしい。
もっとも箒の場合は、名前のインパクトではこの中でも一番強いと思うが。
師匠曰く、彼女の名前の
「ホーキたちって、いつもこんな感じでランチしてるの?」
「まぁ、概ねな」
「オオムネ?」
「えーっと……、
「Wow みんな仲良し〜!」
箒の言葉に対し、さりげなくセシリアがフォローを入れる。
無人機の一件以来、二人でいる率はかなり高いように思う。
……ってか、頻度高い時って、英語じゃああ言うんだな。
「仲良しって、
「お前、それわざわざ口に出すか」
「別に。あんたはサンドイッチのおまけよ」
「いや、訳わからんが」
相変わらず
「でも口にソース付けるくらい、シューヤのサンドイッチは好きなのね〜」
「えっ、ウソ、ヤダ!?」
マーガレットに指摘され、鈴は慌てて口の周りをポケットティッシュで拭いだす。
気分としては、なぜか複雑だ……。
「マーガレットさんは、仲の良い友達とかいる?」
横から一夏がマーガレットに問いかける。
「あっ、私のことは気軽に“レティ”で良いよ〜」
マーガレット改めレティが明るく返事する。
「友達はオーストラリアにもいるけど、
「へぇ〜」
「なんかよくわかんないけど、みんな幸せそうな顔でボクの頭をさわってくるんだよね〜!」
ケラケラと笑いながら説明するレティだが、見ている雰囲気からだいたい察しはつく。
海外の出身にしては小柄で、まだどこか幼い雰囲気の抜けない顔、表情をコロコロと変えながら明るく楽しげにする様子は、見る側の庇護欲を刺激するには十分な威力を持っている。
要するに彼女は、Ⅲ組のマスコットキャラらしい。
「それはそれとして、レティさんのIS操縦の技量は素晴らしかったですわ。いったい、どのような訓練を積んでこられたのですか?」
ここで話題はレティのISに関わる部分に変わった。
「どんなのって……。多分、みんなとあんまり変わらないよ?」
「そうなのですか?」
「
レティの言うように、オーストラリアは専用機への関心が薄いらしい。
ゆえに彼女の機体は、フランスで開発された量産機〈ラファール・リヴァイヴ〉をカスタマイズしたものになっている。
「まぁボクのサヴァイヴは量産機だから、専用機みたいに学習機能ないし、その分は自分でフォローするしかないからね」
あっけらかんと言うレティだが、専用機に肉薄するカスタム量産機というだけでも、聞いていて末恐ろしいものがある。
万一にでも、彼女に専用機が与えられたなら、おそらく俺たちで太刀打ちできるメンツは限られるだろう。
「でもカンザシもすごかったよ〜。正直、あと一発入ってたらボクの負けだったし」
話はこの前の試合へとスライドする。
「むしろあの状況で、ギリギリ生き残っているほうが信じられないんだけどな」
「いやぁ〜、偶然だよ。ラッキーだっただけだって」
率直にあの謎の状況について尋ねてみたが、苦笑いしながら返答するこの感じは、どうやら本当にまぐれだったらしい。
腑には落ちないが、これ以上の追求するのも野暮だろう。
「あのキーボードみたいなのって、なんなのカンザシ?」
レティは簪のミサイル操作に興味があるらしい。
突然に話題を振られた簪は、困った様子で説明の仕方を考えはじめた。
既にバゲットサンドは八割方平らげていた。
「お答えしましょ〜! かんちゃんは持ち前の超ーウルトラスペシャルなプログラミングテクニックで、ミサイルを思い通りに操縦できるのだ〜!」
うん、なんであんたが答えるんだのほほんさん。
しかもかなり自慢げに。
「Really !? じゃあ、あのミサイル全部、カンザシが一人で操作していたんだ!」
これにはレティのみならず、この事実を知らない全員が驚いた。
「すごいなぁ〜、マジであんな数のをキーボード触って操作できるのか!」
「ま……、待ちなさいよ。いくらプログラミングテクニックがすごいからって、あんな複雑な飛び方するのを、あの場でやり通せるとか、ありえないでしょ?」
率直に尊敬の目で見る一夏に対し、さすがに鈴は簪の桁違いの能力に疑問を呈してくる。
「これでも当社比二十五パーセントオフなのだ〜!」
だから、のほほんが答えてどうする。
当社比ってなんだ、当社比って。
「更識、本当なのか?」
箒の問いかけに、簪はおずおずとうなずいてみせる。
「では、試合の前半でなさったミサイル攻撃も?」
「……そ、そっちは、
たどたどしいが、簪は自分から羽銀の性能を話し始める。
周りもそれを見てか、余計なことは言わず、簪が話し終えるたびにそれぞれの疑問を訪ねかける。
それに簪は、慣れないながらも一つひとつ丁寧に返している。
……なんだ、ちゃんとコミュケーション取れるじゃねえか。
意固地やパニックになったりしなければ、割と普通なのかもしれないな。
「あ、あの……真行寺……君」
不意に簪から呼びかけられる。
「呼び捨てでいいよ。模擬戦でも言っただろう」
何度か言ってはいるが、どうもまだ他人行儀な感じだ。
「それで、何だ?」
「あ、その……。あのときは、ありがとう」
あのとき?
「真行……、
「……そうか。励みになれたら良かったよ」
本当になんとなく思い浮かんだものだが、それで簪が頑張れたというなら、悪い気はしないもんだ。
「かんちゃん、かんちゃん。しゅうやん、なんて言ったの〜?」
「うん……。『頭で戦うな、心で戦え』って……」
「へえ〜!」
「でも……。まさかあのとき、ザンブレイドのセリフが飛んでくるなんて、ちょっとびっくりしちゃった」
……
…………
やっぱバレてた……。
うん、待て。
全員揃って、俺に視線を集中させるな。
言った俺が、いまさらのように恥ずかしいわぁッ!!
「あ〜、そういえば修夜も“大”好きだもんな、ザンブレイド!」
おぃぃぃぃい!?
一夏ァ、それを今バラすかよ!?
「あんた……。まだあの子供向けのチャンバラ番組見てんの?」
「悪いかッ、何だかんだ言われるけどなぁ、夜中の三文恋愛ドラマに比べれば、レベルも気合も違うんじゃあ!!」
そもそも鈴、お前も『アイドル戦士キューティッシュ』のオマケとか言いつつ、がっつり観てたじゃねえかよ!
「なんだぁ〜、しゅうやんもかんちゃんと同じだったんだ〜」
「いや、円盤買うほどじゃないからな?」
そこは釘刺さないと、なんか沽券にかかわる気がする。
「あ、あの……。皆さん何のお話を……」
セシリアが置いてけぼりをくっているが、今はフォローする余裕がない……!
「あぁ、日本のヒーロードラマ……? というか、子供向けの番組の話だ。その割には、人の生き死にや価値観の違いとか、結構難しいテーマも扱うし、戦いの場面も見応えがあって……」
よし箒、ナイスフォロー。
……ナイスフォロー?
「箒」
「何だ、修夜?」
「お前観ているな?」
「何が……。――!?」
どうやらモグラは、俺一人ではなかったらしい。
そんなにナチュラルにザンブレイドの評価を下せるってことは、少なくとも何話かは視聴して、しかも相応に知識も入っている。
「もしかして、ほうきんもザンブレイドファン〜?」
本音の容赦ない豪速球が箒を襲う。
「……ファン、とは言えないが、その……、父が観ていたのを、一緒に……」
なるほど、箒の親父さんが……
――はい?
「待て、箒。親父さんって、
「私の父はあの人だ。それ以外に誰が……」
「いや、そうじゃないんだ箒……。言いたくはないが、俺の柳韻先生へのイメージが、今すごい勢いで揺らいでいるんだが……」
これには、俺だけでなく一夏も無言でうなずいてみせる。
篠ノ之柳韻。
箒の父親であり、篠ノ之流剣術の師範であり、篠ノ之神社の宮司を務める人物だ。
箒の家は本来、剣術道場を併設する俺たちの地元の神社で、彼女が剣の才に恵まれたのも、これらの影響が非常に大きい。
そして肝心の柳韻先生だが、俺の知る中でも最高クラスの剣の達人の一人だ。
特にあの一切の迷いのない一閃は、今でも目に焼き付いている。
俺も小さい頃は一夏と道場に通っていたから、あの人のことは今でも“先生”と呼んでいる。
結構な強面で、しかも普段から寡黙で表情も堅い。
道場での稽古では、厳しい指導と威圧感で門下生から恐れられ、また的確な指導で尊敬を集めていた。
厳格さの塊のような人だったが、まさかあの先生がザンブレイドを観ていたという事実は、正直想像しづらい光景だ……。
「ねぇねぇ、だったら今度さぁ〜、みんなでザンブレイド観賞会しようよ〜!」
「ちょっ……ちょっと、本音ちゃん!?」
いやマジでのほほんさん、なに言い出してんの。
「どうせならかんちゃんのお部屋にみんなを呼んで……」
「ダ メ ェ ッ ッ !!」
……今、かつてない大声で自己主張する簪が出現した。
「な、なんで〜?! せっかくかんちゃんとおんなじ趣味の人がこんなにいるんだよ〜?」
「か、観賞会は、嬉しいけど、わ……私の部屋は、絶対に駄目だから……。ほら、最近まで……ずっと留守だったし!!」
「いいじゃ〜ん、かんちゃんのお部屋って、セッシーのお部屋と同じで広いんだし〜。お掃除なら、ルームキーパーさんたちに頼んでるでしょ〜?」
……なるほど、そうか。
以前、セシリアの部屋で鍋会をやると決まったとき、本音が複雑な顔をしていたのは、簪があのセレブ空間に居を構えていたからか。
あの時期はまだ、簪は専用機を組み上げるために、工学棟にこもり始めたあたりだろうから、本音もそこが引っかかっていたんだな。
「と……とにかく、私の部屋は駄目だから……」
「あ〜、もしかして〜、ディスプレイに飾ってるザンブレイドコレクションが恥ずかしいとか〜?」
あ、簪が固まった。
「も〜、大丈夫だって〜! みんな良い人だから、かんちゃんの趣味をどうこう言わないって〜。せっかくこの前の休みにザンブレイドのプレミアムフィギュア、苦労してゲットしてきたんだし、見てもらおうよ〜?」
……この前の休日?
そういえば、俺がみんなと地元の商店街をブラついていたのが、先週かその前の休日で……。
そのとき、簪らしき人物に出会って、財布を拾って……。
「簪」
俺が声をかけると、簪はピクリと肩を震わせて再び固まる。
「お前、この前の土日に俺の地元の
一同の視線が、簪へと集中していく。
「アレって、そのフィギュアを買いに出ていたから、だったんじゃないのか?」
簪の顔から、血の気がひいていくのがはっきりわかった。
「……あ、あのときは、本当に……ごめんなさい!!」
再び簪が大きな声を上げた。
「あ……あの商店街に、とっても有名な模型屋さんがあって、その……そこで、フィギュアを取り置いてもらっていて……」
模型屋……、『プラモ屋・ダビットソン』か。
徒歩時商店街でも古参の、模型とおもちゃの専門店で、何を隠そう中学時代からの親友で筋金の入った趣味人の
メール・電話・直接交渉を問わず、発注すれば確実に欲しい模型を仕入れてくる、恐るべき仕入れ術で有名だ。
「それで取り置きの期限があの日で、その日に限ってお財布に失くしちゃって……。拾ってもらったとき、背の高い怖そうな人がいたから、お財布を盾にして、何かされるんじゃないかって、怖くなっちゃって……」
背の高い……って、(五反田)弾か。
いやまぁ、確かに目付き鋭いし、髪長いし、一見するとチンピラ風っぽいけど、悪いヤツじゃないんだがなぁ……。
あー……。
でも、これで合点がいったわ。
「お前が、俺を学園で最初に見たときに極端にビビってたのは、要するに財布をふんばしって逃げたことを根に持たれているんじゃないかって、ことだったんだな……」
「……ごめんなさい」
ついでに一夏に初見でビビっていたのも、同じ理由だろう。
どうりで、妙な警戒心を持たれてたハズだわ。
「まぁ、そのことはもう良いよ。男三人寄って集まって、財布を握られていたんじゃ、怖くてビビるよな」
なんてことはない。
割と最初から、色々と誤解だらけだっただけの話か。
「ところで、その観賞会の日取りはいつにするのかしら?」
「日取りって、まだ決まってもいないことを……」
……待て。
これは、――デジャブ!
「
やっぱあんたか、生徒会長!
いつから俺の隣で聞いてたんだよ。
そしてそれは何語だ!?
「ね、姉さん……!?」
「こんにちは会長〜、それ何語ですか〜?」
「ロシア語で『こんにちは』よ、本音ちゃん」
「さすがロシア代表〜!」
なんだこのツッコミ不在のコント……。
「何しに来たんですか、生徒会長……?」
「あら、簪ちゃんいるところ、更識楯無はどこでも飛んでくるわよ。なぜなら、簪ちゃんのお姉ちゃんだもん☆」
顔に両手を添えてかわいくウィンクされても、正直、頭痛いっす……。
「まぁ、冗談はさておき、今回のお礼を言わせてもらいにね」
「お礼、ねえ……」
なら普通に出て来て下さいよ。
「まず真行寺君、妹の健康管理と応援をありがとう。そしてここにいるみんな、簪と楽しい時間を持ってくれて、本当にありがとう」
出てくる方法こそ愉快犯そのものだったけど、出てきたセリフは姉としての素直な感謝だった。
「引っ込み思案で臆病だけど、いざってときにはやる子だから、これからも仲良くしてあげてね?」
人を食ったような態度はなく、あるのは妹を案じる一人の姉だった。
まったく、人を担ぐクセさえなければ、良い人なんだろうけど……。
俺の周りの年上ってのは、どうも面倒なのが多いな。
「No problem お姉さん! カンザシがスゴイのは、ボクが一番知ってるから安心して!」
いの一番に名乗りを上げたのは、レティだ。
「ねえカンザシ、ボクにもニッポンのヒーローのこと教えてよ!」
「え……?」
「Coolなんでしょ、ザンブレイドっていうの? ニッポンのアニメとかスーパーヒーローって、ちょっと興味あるんだよね〜!」
レティの勢いに押されまくる簪だが、ザンブレイドに興味を持ってもらえたのは、どうやら悪い気はしていない様子で、戸惑いながらもうなずいている。
「だったら、やっぱりザンブレイド観賞会やっちゃう〜?」
やっぱりやる気か、のほほんさんよ。
「カンショウカイ……?」
「楽しいビデオを観ながらホームパーティーよ、マーガレットさん」
「Wow! 楽しそう!」
会長がレティを焚き付けんのかい。
「何なら放課後に生徒会室の会議室に来る? あそこならプロジェクターが使えるから、大迫力で観賞出来るわよ〜」
「ね、姉さん……。それって、職権濫用じゃ……」
「ちょっと良い? そもそもあたしたち、今日は放課後にアリーナの予約入れてあるんだけど」
「なら夕ご飯のあとに〜、簪ちゃんのお部屋に集合でどう〜?」
「本音ちゃん、ナイスアイデア!」
おいおい、おい。
簪の制止も、鈴のツッコミも梨のつぶてかよ。
はっちゃけ過ぎだろ、生徒会コンビ。
「だったら〜、しゅうやんにご飯作ってもら……」
いや、ちょっとそれは待て――
「お二人とも」
聞きなれない声が、楯無会長の背後から聞こえてきた。
するとさっきから喜色満面だった会長とのほほんさんの血の気が、みるみるひいていくのが見てとれる。
そこにいたのは、黄色いヘアバンドに横髪を編み込んで後ろのポニーテールと合わせた独特の髪型をした、眼鏡の女子生徒だった。
「あ〜……。
「ちょっと一服とお出になられてから、随分と経ちましたので迎えに参りました」
「あらごめんなさいね〜……。でもちょっとまだ早い気が……」
「もう授業開始まで十分を切っています。次は教室移動ですから、そろそろ帰りましょう」
「大丈夫、いつものごとくちょっと縮地を応用して……」
「会長」
「……ごめんなさい」
あのゴーイング・マイウェイの会長を一発で黙らせた……。
というか、表情は変わらないのに、こっちも感じるプレッシャー半端がないんですけど。
「本音ちゃん」
「ふぁっ、ふぁい!?」
「簪様のことをあまり困らせないの。引っ張って差し上げるのは良いけど、私たち布仏は“更識の影”なのですから、公の場では節度は弁えてちょうだいね」
「は、は〜い……」
さすが姉だ、本音もぴたりと止まった。
「皆さん、会長と妹に失礼があったこと、お詫び申し上げます」
「い、いやいや、そんなかしこまらなくとも……」
謝意のこもった一礼に、箒が思わずとどめようと受け答えする。
「さて、先ほど申した通りに、授業開始まで長くありません。そろそろ教室にお戻りになられるのがよろしいと思います」
時計を確認すると、あと八分で昼からの授業が始まろうとしている。
「修夜、次なんだっけ?」
一夏が確認を取る。
「次はIS技術論だ。山田先生の担当だから、遅刻すると千冬さんから雷確定だぞ」
「急ぎましょう!」
俺の一言で、セシリアを含めてⅠ組メンツが慌ただしく片付けに取りかかる。
山田先生は俺らI組の副担任だ。
担当学級に問題が起これば、担任の千冬さんに直に話が上ることになる。
「とりあえず、ご馳走さま。まぁ、いつも通り中々だったわ」
「おう、また放課後」
相変わらずの返事で鈴も帰り支度に入る。
「ボクもいくよ。今日は美味しかったし、楽しかったよ。また来ていい?」
「うん、いつでも歓迎するよ〜!」
「カンザシ、じゃあまたね〜!」
そう言いながら、レティもさっと支度を済ませて教室へ向かおうとする。
そうして全員が、授業のために移動を開始しようとしたとき。
「あ、お待ちになって下さい」
不意に虚さんが止めに入った。
「簪様の寮室は16008の角部屋です。本日18時集合、お食事は不詳この虚が担当させていただきます」
……はい?
「せっかくです。やらいでですか、観賞会」
無表情でサムズアップする虚さんに、俺を含めて何名かが盛大にズッコケた。
結局やるんかい、ザンブレイド観賞会ッッ!?