IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

58 / 63
第四十七話『転迷開悟、一心の戦い』

地上で真行寺修夜(おれ)たちがその光景を見たとき、一瞬何が起きたか理解が追いつかなかった。

しかし状況から、俺は何が起きたかをおおよそ理解する。

「拓海、アレってもしかして……」

「うん、多分“索敵妨害煙幕(スモーク・ジャマー)”の系統で間違いないと思う」

相沢拓海(専属メカニック)の見立てと意見が一致したのは、俺自身が同じ武装をISで使用しているからだ。

俺のIS〈エアリオル〉のASBL(アセンブル)システムの一つ、「ソニック」は高速機動での銃撃戦を主体に戦う形態だ。

その武装の中に、敵を撹乱する目的で索敵妨害煙幕を、ロケット弾にして専用の小型ランチャーに搭載している。

「それってあんたが、よく撹乱するときに使ってくるヤツでしょ。それとどう関係してるってのよ?」

凰鈴音(ヨコヤリ)が入れてくる不躾な質問を、俺に変わって拓海が応答する。

「多分あれは、電子欺瞞――つまり『チャフ』と呼ばれる対ミサイル用の(デコイ)だと思う」

「デコイ……?」

「要は身代わり人形さ。電波は金属で反射されるから、その反応に誘われてミサイルのレーダーは騙されてしまう。結果、ミサイルは本当に狙うべき相手から逸れて、チャフの広がる領域へ飛んでいくってワケさ」

拓海の話じゃ、近年ではより高度な「ミサイル誘導弾」が開発されているから、戦術上では廃れかけた技術だったらしい。

ところがISが競技化された際、誘導弾より予算が安くて済むチャフに再び注目が集まり、有効活用されているのだとか。

「ですが、普通のチャフでしたら、あの様にミサイルが四散する様な動きは致しませんわ。一体どうして……」

さすがセシリア・オルコット(しゃげきのエキスパート)、火器関連の武器の知識は、拓海と会話が通じるレベルで博識だ。

「……もしかしたら、最悪の相手に当たったかもね」

少し思案したのち、急に拓海の表情が険しくなる。

「近年、IS武装の一つに特殊なチャフが開発されたんだ。名前は電磁撹乱煙幕(プラスマ・コンフューズ・クラウド)。索敵妨害煙幕の応用で、金属粉末とイオン分子の電気反応を利用して妨害する電磁波を発生させる」

拓海の不安に思った問題はその後だった。

「同時にこの煙を浴びたミサイルは、煙幕内で生まれる強烈な磁気にやられて電子回路がバグを吐く。さらにこの煙幕の粒子自体、金属に反応して付着し、持続的に電磁波を生む性質があるらしいんだ」

つまりそれは――

「言い方は変だけど、要はあの煙をくぐった誘導兵器は目眩(めまい)や立ち眩みを起こした様な状態になる。ミサイルは本来の軌道を保てずに、明後日の方向に去っていく。……さっきの簪のミサイルみたいにね」

こいつは、想定以上にエグい代物だ。

レーダー頼みの自動追尾機能を持つ武装には、これ以上にない対策になる。

「でもさ、あの子のミサイルって、自分で操作出来るんだろ? だったら自分で操作して避けちゃえばいいんじゃ……」

確かに織斑一夏(おまえ)の指摘はもっともだ。

簪のミサイルは、倉持技研の変人(てんさい)所長・篝火ヒカルノの生み出したミサイル操作プログラム「KAKUYA」により、簪の才能もあってミサイルを自在に操縦できる。

篝火所長曰く、ネーミングは日本神話の神の矢なんだとか。

「そこは彼女のミサイル操作も電波式だという点がネックだね。煙は操作用の電波を妨害するし、煙を抜けても付着した粒子のせいでまともに受信できない」

拓海の言う通りなら、いくら簪の超技巧でミサイルを操作できても、煙を食らった時点でアウトになる。

「つまり彼女は、切り札を封じられたに等しい、ということか」

兵器の類いには疎くとも、篠ノ之箒(けんのたつじん)は勘から正解を導き出したらしい。

同時にそれがどれだけ辛いかも、(ひそ)めた眉から理解しているのが伝わってくる。

そうやって言葉を交わすあいだも、試合は再び動きを見せていた。

 

――――

 

試合開始から、既に十五分が過ぎようとしていた。

それまでは簪がマーガレットを翻弄するかたちで、試合の主導権を握っていた。

しかしミサイル攻撃の攻防を皮切りに、主導権はマーガレットに移ってしまった。

そこから簪の動きに冴えが見えなくなる。

再び突撃から接近攻撃を繰り出すマーガレットに対し、簪の反応がわずかに遅れている。

(考えないと、考えないと……!)

簪の中には、切り札であるミサイル操作を破られたことへの焦りが充満していた。

(あの煙幕は多分、電波妨害の効果があるのかも……。だとしたら、普通のレーダーじゃ駄目……)

だがミサイルに思考を傾けるせいで、マーガレットの鋭き早い攻撃をしのぎ切れず、シールドバリアーに微量のダメージが蓄積されていく。

845あった羽銀のシールドエネルギーは、すでに700を切ろうとしている。

それでもマーガレットの〈ラファール(R)リヴァイヴ(R)サヴァイヴ(S)〉の持つ電子迷彩(ECD)の波長に合わせ、半ば目測で煌器(ライフル)を撃ち、相手とは未だ五分の勝負を保っている。

「そこ、貰った!!」

洋鉈(マチェット)を二刀で構えたマーガレットが、簪の思考の隙を突いてまた襲いかかる。

(しまった……!)

慌てて武器を構えようとする簪だが、距離が近いため間に合いそうにない。

(何か撃つもの……)

必死に思考を巡らせ、迫り来る刃に抗う策を探す。

(お願い……!)

距離十メートルほどの間合いで、羽銀のビームランチャーが咆哮を上げた。

「うわわわっ!?」

突然の攻撃に、マーガレットはバランスを崩しつつも、もんどりを打つようにして直撃を避け、そのまま体勢を立て直しながらフィールドへと不時着する。

(危なかった……)

簪は急場をしのぎ、胸を撫で下ろす。

一方のマーガレットは回避が遅れたため、メインスラスターが破損判定を喰らい、空中戦での動きに制限(ペナルティー)が与えられてしまう。

『破損判定。これより十五分間、空中機動が制限されます』

RRSの音声案内を聞くマーガレットの眼光は、さらに鋭さを増す。

(ホント、こんなに手こずる相手って、久しぶり……)

思い通りに攻められない――。

簪だけでなく、マーガレットもそれは共通していた。

ペースを握って圧倒するはずが、予想外の攻撃で状況がまたふりだしに戻る。その繰り返しが続く。

(でも……)

マーガレットの口の端が、わずかにつり上がる。

「ボクを地面に落としたのは、間違いだったね」

目に鋭い光を宿した黒豹には、勝機がすでに見えていた。

 

――――

 

『試合十五分でこの激闘! これが代表候補生同士による意地のぶつけ合いなのでしょうか!?』

学園の中庭で、校内中継を視聴する更識楯無と轡木十蔵。

十蔵のタブレットのスピーカーからは、放送研究会の会員による熱い実況が聞こえてくる。

のだが……

「そんなに心配なら、会場まで見に行ってあげればいいだろうに」

「ちょっと黙っててください小父様、今簪ちゃんがアップで映ってるんです!」

十蔵のタブレットをほぼ独占して、画面に文字通り“かぶりつく”ようにして簪の戦いを応援していた。

(やれやれ、素直じゃないねぇ)

髭の紳士は苦笑しつつ、妹の試合に熱中する姉を見守る。

十蔵は楯無について、そして簪について()()()()()()は概ね知っている。

それだけに更識姉妹のいびつな関係に、少しばかりお節介をやいて、二人の距離を近づけようと働きかけている。

それが余計なことなのは承知しているが、十蔵は大人として姉妹に何かしてやりたい気持ちがある。

特に無理をして妹と距離を置く、そこの学園最強については。

『さぁ再び両者とも動き出しました。まずはⅣ組の更識さん、空中からライフルを連射だ! Ⅲ組のテイラーさん、それを華麗に避けていく。メインスラスターにペナルティーが入って、まともに使えないとは思えない、見事なホバー移動です!』

画面の向こうで、試合が動き出す。

簪は空中からの優位を利用し、積極的に煌器でマーガレットを攻撃する。

対するマーガレットは、簪の攻撃を絶妙なタイミングで躱し続ける。

すると簪は、隙を見てビームランチャーを撃ち込み、本格的に攻勢にうってでる。

だがそれもマーガレットは、飛び跳ねるような動きを交えてすべて避けていく。

「はあ〜、器用なもんだねぇ……」

「この動き、ただの短距離加速(クイックブースト)じゃない……。これはたぶん、【即応短加速(ビートスキップ)】かしら」

楯無は真剣な面持ちで、マーガレットの動きを分析する。

「何が違うのかね?」

「短距離加速は、相手との距離を調整する“間合い取り”としての動きですけど、即応短加速は相手からの攻撃をとっさに回避するための動きなんです」

即応短加速は、補助推進機である各所のスラスターを一斉に駆使することで、短距離加速よりさらに短い距離を高速で移動するテクニックだ。

ただブーストを吹かして回避に専念するよりも、ずっと不規則で瞬間的な動きができる上に、燃費もより軽く済む。

その代わり一瞬の判断と、移動後の自分の動きをしっかり想定しておかないと、ただの無駄な動きで終わる。

「この子、予想以上に上手だわ……。たぶん、これだけの移動や回避行動のテクニックなら、二年生でも苦戦するかも……」

数多くの挑戦者を迎え撃ってきた楯無だからこそ、マーガレットのレベルの高さを画面越しでも実感できた。

『おーっと、Ⅳ組の更識さん。またもミサイルを連発だ! これは先ほど見せた、ミサイルのサーカスが再演されるというのか!?』

簪もしびれを切らしたのか、再びミサイルによる追撃を展開する。

今度は八機。後ろ肩のコンテナから、五百ミリリットル入りのペットボトル程のミサイルが勢いよく飛び出していく。

「ほほう、これはさっきやったのと同じ攻撃かな?」

「ええ。ですけど、さっきに比べて条件はこっちが有利です」

先ほどは互いに空中を高速で飛んでいたが、今後は相手が地上で高速移動を制限された状態にいる。

ならば、空から地上全体を把握し、縦横無尽に動ける簪の有利は揺るぎないものになる。

予想通りに、簪はミサイルの操作を開始し、二手に分けてマーガレットを両脇からはさみ込む。

対するマーガレットは、例の擲弾筒(ソリッドシューター)呼び出し(コール)し、左右のミサイル群に目掛けて発射する。

簪もそれは読んでいたのか、ミサイルを急上昇させて煙幕を回避させ、さらに空中を小さく旋回させると、再びマーガレットへと突撃させる。

するとマーガレットは前へと突っ込み、煙幕を展開させながら煙の中へと消えた。

だが同じ失敗は繰り返すまいと、八機のミサイルを八方に散らし、斜め上から一斉に襲撃させる。

 

――どん

――どどん、どん

――ずどどん、どどごん

 

フィールドのほぼ中央で、腹に響くような低い炸裂音が、断続的に響きわたる。

しかし――

 

『な、なんと……。Ⅲ組のテイラーさん、爆煙(ばくえん)の中から華麗に復活だぁ〜〜ッッ!!』

もうもうと上がる煙の中から、大きな菱形(ひしがた)の盾を構えたマーガレットが飛び出してきた。

物理的な衝撃を盾でしのぎ、受けるダメージを最小限に留めたのだ。

虚を突かれ、一瞬の判断が狂ったことが、簪の仇となった。

マーガレットは擲弾筒から一発の弾丸を放つと、素早く盾を構え直して守りに入る。

――閃光弾。

一瞬にして簪の目の前は真っ白に染まり、苦痛に感じるほどのまばゆい光が、簪の視覚を攻撃する。

対閃光用の視覚フィルターの作動が遅れたことで、炸裂する瞬間を直視してしまった簪は、その場で目を覆いながら悶える。

その隙を黒豹は見逃さなかった。

擲弾筒を拡張領域(バススロット)にしまうと、同時に別の擲弾筒らしきものが、マーガレットの手に現出(セット)される。

距離を詰め、射程圏内に収めて撃ち放つ。

飛び出した弾丸は後ろから火を噴いて、猛然と簪に突撃する。

擲弾銃(グレネードランチャー)だ。

「簪ちゃん、逃げて!!」

画面越しに叫んでも、楯無の声は届かない。

次の瞬間に画面に映ったのは、爆発と共に地に墜とされる痛ましい妹の姿だった。

 

――――

 

強烈な衝撃とともに、簪は全身が回転する感覚に襲われる。

しばらくして、体を叩きつけられたような大きな力を覚え、次の瞬間に押しつぶされるような痛みが全身からあふれた。

意識が飛びそうになるのを、ISの機能が阻止するも、全身でのたうつ重いダメージから手足の反応は鈍く、起き上がるのにさえ歯をくいしばる。

『スラスターに破損判定。これより十五分間、空中機動が制限されます』

『右脚部装甲に破損判定。これよりダメージが二十パーセント増加します。二十分間、地上機動性能に軽度の障害が発生します』

『右肩部ビームランチャーに破損判定。これより二十分間、使用不能となります』

『⒎62mmアサルトライフル〔煌器(きらめき)〕を、四時の方向に向かって紛失しました。発見後に回収するまで、使用不能となります』

受けたダメージは250、だがそれ以上に一度の攻撃で生じたペナルティーは大きい。

ようやっと起き上がり、ふらつきながらも意識を試合に集中させる。

不意に何かが音を立てて近づいてくる。

(来る……!!)

痛む肉体に(むち)を打ち、音のする方を確認する。

だが今度は目が、わずかに痛みを訴えながら視界を(かす)ませている。

(さっきの閃光弾……)

ISの操縦者保護機能に助けられ、直視こそ免れたものの、爆撃に前後して受けた最初の発光に目をやられていた。

(とにかく受けなきゃ……)

意識を耳に集中させ、聴覚から漠然とした距離と方向を測る。

手には薙刀・澪標(みおつくし)呼び出し(コール)し、格闘戦に備えて身構える。

 

――しゅば

 

三時の方向、何かが発射されるような音を確認する。

とっさに回避運動を取ろうと動き出す。

だが損傷判定を受けた右脚の反応が鈍く、そこを軸にして体が回り、その場でよろめいてしまう。

被弾――。

直感がはたらいたとき、右脚に何かが強くぶつかるような衝撃を感知する。

だが衝撃の強さに対してダメージ判定は薄く、ダメージを痛覚として反映するセンサーは、微弱な打撃しか伝えてこない。

疑問を抱えながらも、簪はすぐさま回避運動を再開しようと、八時の方向に後退しようと動き出す。

(――え)

再び右脚だけ反応が鈍い。

(待って、これって……!?)

鈍いどころか、()()()()()()()()()

『右脚部に異物の付着を確認。機動性に著しい障害が発生しています。速やかな排除を推奨します』

簪の霞んだ視界に映ったのは、羽銀の装甲とは異質な黒々とした光沢のある物体だった。

それが右脚の下半分にべっとりと貼りつき、地面と羽銀の右脚を繋ぎ止めている。

謎の粘る物体に気を取られた隙に、マーガレットから容赦のない攻撃が叩き込まれる。

手始めにアサルトライフルによるフルバースト射撃。

さらに接近しつつ、二挺サブマシンガンによる息もつかせない銃弾の雨あられが降り注ぐ。

簪の全身に、焼けつくような痛みと、刺し穿つような衝撃が絶え間なく続く。

痛みに悲鳴を上げたくても、全身を襲う弾丸の雨に体を押しつぶされ、声を出すための呼吸すらままならない。

『セーフティー緊急起動。機体ダメージが許容量を超えたため、痛覚信号を一時停止します。ただちに回避行動に移行してください』

あまりの怒涛の攻撃に、ISの痛覚転換機能がセーフモードに入り、簪の精神を守るために痛覚信号を一時停止させる。

しかし相変わらず脚には、黒い粘着物がまとわり付き、右脚の自由が利かないせいで身動きがとれない。

不意に弾丸の嵐がやんだ。

痛覚にやられた意識の中、朦朧(もうろう)としながらも必死に動こうと簪はあがき続ける。

そんな彼女に訪れたのは――

 

再びの轟音と、全身の骨を砕かれそうなほどの衝撃だった。

 

――――

 

あまりにも一方的な展開となった。

修夜(おれ)ばかりか、会場中の観客がその光景に呑まれて言葉を失った。

一部の女子は顔を青くしたり、隣の友人にすがりついて震えたりと、気分を害するほどのショックを受けている。

当然といえば、当然だろう。

簪が一発目の擲弾銃の爆撃を食らい、マーガレットから粘着弾を受けてからは、リンチに等しいほどマーガレットが一方的に攻撃する展開になった。

トドメとばかりに二発目の擲弾銃を放って、再び簪が宙に舞ったときには、そこかしこから悲鳴さえ聞こえてきた。

簪のシールドエネルギーは97。

対するマーガレットは491。

試合の残り時間は15分。

簪の受けたペナルティーは全部で六つ。スラスター損傷、右脚部損傷、右肩のビームランチャーの破損、煌器の紛失、左腕部損傷、澪標の紛失。

文字通りにボロボロの状態だ。

現に今も、地面に突っ伏したままでぴくりとも動かない。観客席からは、あまりの状態に生死を不安に思う声まで聞こえる。

ISの機能の関係上、よほどのことがないかぎり意識は保っているはずだ。それでも動けないのは、簪自身が体力と精神力を、ダメージ信号でごっそり削られたせいだろう。

正直、ここからの逆転は至難の業だ。

()()()()()をするなら、リタイアという選択肢もある。

だが、しかし――だ。

「かんちゃん!!」

考え込んでいる隙に、布仏本音(のほほんさん)が客席の最前列まで駆け寄り、必死に叫んでいた。

見れば箒に、今にもフィールドに落ちそうなほど身を乗り出すのを制止されながら、それでも前のめりになって大声で簪に呼びかける。

「起きて、かんちゃん!! たっちゃんの側にいてあげるんでしょ、たっちゃんが頼ってくれる人になりたいんでしょ!? こんなところで寝てちゃ駄目だって!!」

小さな体で、喉がつぶれそうなほど、懸命に簪に向かって声をかけ続ける。

水を打ったように静かになったアリーナの客席で、悲痛なほどに親友を呼ぶ声がこだまし続ける。

なあ簪。

まだ、だろ。

お前の飛びたい蒼穹(そら)は、こんな低空飛行でいいのか?

ここでもう一度飛べなきゃ、本当に自分の飛びたい高さなんて届かなくなるぞ。

もしくよくよと、頭で考えて迷ってるってんなら――

「考えるな。自分でどうしたいかなんて、もう気づいてるだろ」

 

――――

 

いたい

からだ が おもい

め が まわる

 

『左腕部走行に破損判定。これよりダメージが十五パーセント増加します。二十分間、左腕部の稼働に軽度の障害が発生します』

『格闘戦用武装〔澪標〕を一時の方向に方向に向かって紛失しました。発見後に回収するまで、使用不能となります』

『シールドエネルギーを九〇パーセント以上消耗しています。危険域です。これ以上のダメージを避けてください』

 

試合……

私……

負けた……の……?

 

……

 

ちがう

まだ

まだ、負けて――

 

……でも、どう勝つの?

 

エネルギーは、もう、ほとんど残って、ない

使える武器は、徹甲刀と、ミサイルと、左側のビームランチャー、だけ

刀は、この前覚えたばかりで

ビームランチャーは、ギリギリまで引きつけないと、当たらない

ミサイルは……

ミサイル……

私の、切り札……

 

当たらない

当てようとしても

当てようとしても

当てたくても

 

――相手が、悪過ぎる

 

……負ける?

 

負けたくは……

 

……

 

わからない

 

私は、勝ちたいの?

それとも……

 

『試合への復帰に遅れています。残り一分以内に復帰しない場合、試合放棄とみなされ、敗北となります。ご注意ください』

 

……力が、入らない

負けるってわかっているのに

体が、頭が、意識が……

 

‘――ちゃん’

 

……

 

‘たっちゃんの側に――’

 

‘頼ってくれる人に――’

 

本音……ちゃん

 

……姉さん

 

‘何も出来ないお姉ちゃんでごめんね’

 

……()()()()()

 

‘でも私は、“進む”から’

 

……

 

‘私が“背負う”って決めたことだから’

 

‘忘れないで、私はいつでも簪ちゃんのお姉ちゃんだから’

 

……だめ

 

()()()()()()()()――

 

独りに しないで――

 

『棄権判定まで、残り四十秒』

 

……だめ

だめダメ駄目ダめ駄メ駄目ダ目だメ――!!

 

なんでこんなにわがままなの、私……!!

自分で決めたくせに!

姉さんを困らせない人になるって

姉さんを支えられる妹になるって

なのに……!!

 

……なのに

私、何してんだろう

 

結局、姉さんどころか、沢山の人に迷惑かけて

このまま――

 

……このまま、負けるの?

 

『残り三十秒』

 

……

 

やだ

 

嫌だ

 

イヤ

 

イヤ嫌いやイやいヤ嫌――

 

私は、まだなにもできてない

そんなの――!

 

‘頭で戦うな、心で戦え’

 

『残り二十秒』

 

――もう、やめた

 

何してるんだろう、私。

自分でわかってるじゃない。

私はこんなに……

こんなにも――

 

『残り十秒』

 

身勝手で

わがままで

怖がりで優柔不断でだらしなくて

頑固で頭でっかちで寂しがりで

どうしようもないくらい

本当に、どうにもできないくらい

 

負けず嫌いで、諦めが悪いって――!!

 

――――

 

『棄権判定まで、残り二十秒』

誰しもが、それを絶望視していた。

ハンデだらけのボロボロの機体。

意識を取り戻さない操縦者。

ただ悲痛にこだまする親友の涙声。

しかし――

右手が動き、右肘が上がり、右肩が浮き、左腕に力が入り、胸が上がり、首が持ち上がり、腰が宙へと上がる。

『残り十秒』

膝を起こし、全身の補助スラスターが上体を起こし、一人の少女が地面に立ち上がる。

『試合復帰を確認しました。試合を続行してください』

二度の爆風を受けて、透き通るような雪肌も神秘的な灰銀髪も、汗に砂埃(すなぼこり)(すす)にまみれて彩りに欠いている。

体は前かがみになり、全身から疲労の気配を発している。

なのに――

(……変わった)

マーガレットがそう直感したのは、目だった。

簪の赤みの強い葡萄色(えびいろ)がかったその瞳に、今までとは違う“ギラついた”ものを感じ取ったからだ。

Despair makes cowards courageous(きゅうそねこをかむ).――ってヤツ?」

前半まで、幾度も機転を利かせて自分のチャンスをつぶしてみせた相手だけに、それが死に物狂いで来ると考えるだけで、背筋に冷たいものがはしる。

残り時間十二分。

全弾の残量は約三割。

逃げ回っていても勝てるほど、こちらには余裕がある。

相手の攻撃への対策は万全だ。

不安があるとするなら――

(あの子、一度で何機のミサイルを操作できるんだろう)

一度目で十二機、二度目で八機。

やや小型とはいえ、六連装のミサイルランチャーを二基も揃えているあたり、最低でも一度目と同じ数と時間は動かせる。

(倍くらい……。でもさすがにそれは……)

考える間に、簪の手には日本刀らしき武装が現出されていた。

「まぁ、気を抜かずにいこうか……!」

小さく呟くと、マーガレットは簪ヘ向かって距離を縮める。

しかし簪は、徹甲刀を構えたまま、まだ微動だにしない。

「ボヤボヤしているなら、これで終わりだよ!」

手に構えたライフルの引鉄(ひきがね)を引き、簪に鉄の雨を浴びせかける。

「……くよ、羽銀」

が、だ。

 

――ぐらり

――ゆらり

――ざざん

 

「え……」

確かにマーガレットは簪に向けて発砲した。

当たらない――。

一発も!

それ以上に驚かされたのは、彼女が()()()()()()()()()()()を駆使して、今の攻撃を(かわ)したことだ。

今度はさらに距離を詰め、サブマシンガン二挺による斉射を、弧を描くような軌道を取りながら繰り出す。

だがこれも、自分と同じような動き方で、跳びはねるように躱していく。

(この子、まさか……)

即応短加速――。

自分の十八番である地上軌道だが、まさかその使い手が同学年に潜んでいたとは、マーガレットには予想外だった。

でもマーガレットが驚くべきは、そこではない。

何せ――

(……やった……、出来た……!)

簪は今しがた、これをぶっつけ本番の、見様見真似(みようみまね)でやってのけたのだから。

それ以外に生きる道がない。判断してから、簪は全身の補助スラスターの稼働を確かめ、右脚と左側の肩以外はなんとか生きていることを知る。

あとは全身の補助スラスターを使って、一気に跳び上がることをイメージするだけ。

その工程だけで、同期生でも習得者がいないに等しいこの技を、ものの見事に掴み取ってしまった。

脳内のイメージを投影するシミュレーターでの長時間の対戦訓練に、何よりミサイル軌道の操作という“発想力”と、それを実現でき得るほどの“想像力”が、簪当人さえ自覚していない強力な“武器”に進化を遂げていたのだ。

距離を維持しつつ、再びライフルで銃弾を撃ち込み続けるマーガレットだが、簪は跳ね回るようにすべて躱していく。

「これなら、どうよ!?」

簪が跳ね上がった瞬間を狙い、マーガレットは素早く片手に擲弾銃を現出し、簪の着地するだろう地点に発射する。

予想通り、簪はグレネードで狙った地点に向かう。このまま着地すれば、同時にグレネードの餌食となる。

それでも――

「……ッッッ!!」

(ウソでしょ!?)

着地を前に、簪は空中で無理矢理に軌道を変え、さらに一段階跳ね上がってみせた。

グレネードが着弾して爆風が押し寄せると、今度はそれを味方につけてさらに距離を稼ぎながら二段目の空中跳躍を繰り出す。

「メインブースター封じられてのに“空中跳移動(ペガサスステップ)”って、そんなのアリなの!?」

驚くマーガレットに、爆風を追い風にして簪が肉薄する。

とても死に体とは思えない気迫で、徹甲刀『芙蓉』を振りかざす。

対するマーガレットは、火器をひっこめて洋鉈(マチェット)に切り替えようとするも、簪との間合いが近すぎて、武装を転換する隙間がない。

「はぁ!!」

気合い一閃、簪は袈裟斬りに大きく斬りかかる。

それを即応短加速で避けると、簪の方は勢い余ったのか、不調の右脚を軸に体を半回転させて隙をさらした。

(今だ!)

すぐさま火器を腰の保持枠(ハンガー)に据え付け、肩の保持枠に保持(キープ)していた洋鉈を手に取る。

そして相手が向き直るまでの間を狙い、素早く斬りかかった。

「もらったぁ!!」

勝負の一撃、決まれば勝ちは揺るぎない。

ただ、そのまま斬れれば、どれだけよかっただろう。

向き直った簪の左肩には、烱々(けいけい)と光をたたえる砲口が必殺の時を待っていた。

 

――ぐおぉん

 

罠と知らず、傷だらけの相手が本領を出しきる前にと、焦る気持ちがマーガレットの判断を狂わせた。

至近距離での熱線の直撃に、耳をつんざく咆哮とともに十メートル以上は突き飛ばされ、突っ伏すように倒れる。

焼けるような痛みに耐えながら、マーガレットは急いで体勢の立て直しを図る。

顔を上げ……た、そのとき、マーガレットは目を見開いたまま青ざめた。

空へと立ち昇る幾筋(いくすじ)もの煙。

それがまとまって雲を成し、フィールドの低空に漂う。

その上空に――

「なに……あれ……」

ミサイルが集結し、突撃の号令を待つようにして、山なりに飛んでくる。

総数――三十六機。

湧き立つ雲の根元には、当人の手を広げたほどもあるアーチ型の中空電子鍵盤(マルチタップキーボード)を現出し、ミサイルの操作を取り仕切る簪がいた。

「システム『KAKUYA』、コード【叢雲(ムラクモ)】承認。全軌道掌握(フルコントロール)、開始……!」

ビームランチャーを放った際、反動をあえて消滅しきらず、それを利用して後退すると、この機を逃すまいと最後の切り札を出したのだ。

『メインスラスターへのペナルティーが解除されました。空中軌道が使用可能になります』

地面への束縛から解放されたと知ったマーガレットは、一も二もなく空中へと飛び出した。

それを見た簪も、華麗かつ尋常でない手さばきで、鍵盤の上に指をすべらせていく。

それに連動し、ミサイルも山なりの緩慢(かんまん)な動きをやめて、マーガレットへと一斉に突撃をしかける。

たった一人を、三十六機が追撃する異様な光景。

やられてばかりはいられないと、マーガレットも擲弾筒を呼び出し、電磁撹乱煙幕で無力化を図る。

しかしこの数では焼け石に水に等しく、落とせたのは四機ばかり。

加えてカラクリを察知されている以上、当然ながら弾道を避けて散開していく。

それでも散った先々に煙幕を撃ち込み、数を少しでも減らしていく。

煙の迷宮を迷いなく進むミサイルの戦隊。

(おかしい……。こんなに煙幕を張ったのに、ミサイルの操作が乱れない……!?)

簪のミサイル操作は電波式のはずであり、これほど電波障害の原因をばら撒けば、そもそもミサイルの操作そのものが機能不全を起こす。

 

「まさか……」

 

気がついたときには遅かった。

煙の海を突き破り、落ちたはずのミサイルが次々とマーガレット目がけて突撃していく。

(“光波式ホーミング誘導”、やられた!!)

電波ではなく“光”による操作――。

電波式に射程は及ばないが、互いが目視可能なアリーナ内の距離なら問題にはならない。

目で捉えられる範囲なら、羽銀のカメラをレーダー代わりに照準は合わせられる。

よって――

「いっ……けぇぇぇえっ!!!!」

簪の号令を合図に、三十六の火の玉がたった一機へと全方位から襲いかかる。

 

ミサイルが一機、また一機、ミサイル、ミサイル、ミサイルミサイルミサイルミサイルミサイルミサイルミサイルミサイルミサイルミサイルミサイル――

()ぜる、(はじ)ける、砕ける、爆ぜ散る砕け散る爆ぜ砕ける爆ぜる爆ぜる砕ける爆ぜ砕ける砕け爆ぜる爆ぜる散る散る爆ぜる弾ける爆ぜる爆ぜる――

 

アリーナの中空に、怒号とともに朱と黒の巨大な花火が散華する。

強烈な光景に、誰しもが言葉を失い、しばし呆然とするばかりだった。

そして観客の意識の不意を突くように、勝敗を知らせるブザーがアリーナに響く。

 

21対0

 

勝者は――

マーガレット・テイラーだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。