IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

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GW様々ですな(汗
かなり早く投稿出来ました(汗


第四十六話『冥迷疾走 もがく翼の独想曲』

あれから数日ののち、約束の日は訪れた。

更識簪は篝火ヒカルノの持ってきた〈羽銀(はがね)〉を受け入れ、翌日の午後に最適化処理(フィッティング)を済ませ、次の日が採点日で特別休暇となったのを利用して第三アリーナで試運転と、真行寺修夜(おれ)との模擬戦を決行した。

そして明くる日の今日を迎えた。

それまでの挙動不振な状態から一転し、この数日の簪はいつになく落ち着いた様子だった。今までがむしろ、特殊な状態だったかと思えるほどだ。

模擬戦でも最初こそ右往左往していたが、機体が一次移行(ファーストシフト)を完了させると徐々にコツを掴んでいき、時間いっぱいで終わる頃には切り札のミサイル弾幕も難なく撃ち込んできていた。

最後に接近戦での刀を使った立ち回りを手解きしたが、意外というのは失礼だが筋が良く、それなりに様になるようにはなった。

「しかし、この学校の生徒は暇人の集まりか。俺が今日まで観た試合で、アリーナ席がまばらだった記憶がないぞ」

現在、第三アリーナのAサイドピットルームで簪の準備を眺めながら、試合の開始を待っているところだ。

すぐ横では、相沢拓海(たくみ)が自前のコンソールをいじりながら、時々Ⅳ組の整備班にアドバイスしている。

「まぁテスト明けで、みんな気晴らしに来ているのもあるんだろうね。でも見た感じ、簪には思ったほど緊張は見えないし」

確かに、商店街や厚生棟で会ったときを見知っていると、雲泥の差と言えるくらい落ち着いている。それどころか整備班の問いかけに、短いながらも答えを返して調整に集中してさえいた。

あの一日で簪の中で、何かが変わったのは間違いないようだ。

ただ何というか、まだどこか“吹っ切れた”という感じが伝わって来ない気もする。

「そういえば、今日の対戦相手のⅢ組の代表って、どんなヤツなんだ?」

それはそうと、今日の対戦相手のことも気になる。

「うん、まぁ……強敵だね」

拓海が変に濁した答えを返した。

「何なんだ、歯切れが悪いぞ」

「マーガレット・テイラー。オーストラリアの代表候補生だよ。

 機体はフランスのデュノア社製で世界有数の生産数を誇る量産型IS〈ラファールリヴァイヴ〉の改造機〈ラファールリヴァイヴ・サヴァイヴ〉で、近接主体の機動力重視の戦術だね」

「量産……、代表候補生なのに?」

「オーストラリアはISの開発競争には乗り気じゃなくてね。既存の量産機こそ相当数を保有してはいるけど、自国で専用機を積極的に開発・運用する動きは見受けられないんだよ」

「それで量産機をカスタマイズするくらいで止まっているのか」

「自国と周辺海域の国家関係を維持できれば、あとはPKOでの国際貢献が豪州軍の主な活動だからね」

まぁ、お国柄ってヤツか。

それにIS一機を新たに生み出す費用も馬鹿にならない。ならその費用を既存の新鋭機に当てた方が、財政が楽な場合もあるだろうし。

「それで、肝心のパイロットの腕前はどうよ?」

訊くと、拓海は少し浮かない顔をしていた。

「修夜。今年の入試の実技試験で、試験官を撃破してA判定以上を出した受験生は、どれだけいると思う?」

「え……?」

「まず修夜。次にセシリア、それと簪もね。それからあと一人」

「……そのまさか、ってヤツか」

「あぁ。採点の総合トップはセシリアで間違いない。けどマーガレット・テイラーは、ちょっと特殊でね……」

言いながら、拓海の顔が少しこわばる。

「被弾判定:S+、つまり試験官から“一発も”貰わずに実技試験を合格したんだ」

……ぇ。

「はぁっ!?」

待て待て、待て!!

「俺でも五、六発はもらって結構キツかったのに、被弾ゼロって……?!」

俺の場合、蒼羽技研で前持って訓練していた分、それで済んでいるだけの話だし、試験官も対経験者ではなく一般入試向けのレベルだったからこそ、どうにかA判定が獲れた話だ。

それが経験者向けで、しかもS判定までしかない実技試験で特評記号の+を、被弾判定をSにしておいてさらに上乗せときた。

「千冬さんに頼んで、実際の試験の録画映像を見せてもらえたからいうけど」

「……なんだよ、勿体ぶって」

「修夜でも一発打ち込むのは、おそらく至難の業だと思う」

身内の事情は身内がよく知る。

拓海は決してこういうことを、大げさに言うヤツじゃない。

それはつまり、俺が本気で苦戦する可能性が高いと、暗に警鐘してくれているのだ。

その証拠にコイツの顔は真剣そのものだ。

……でも、だ。

「だとしても、だ。クラス対抗で試合がある以上、いつかはかち合うし、そこで勝負になる。簪には悪いことをしちまうが、今日はⅢ組の代表の実力を知るには良い機会だ。存分に見させてもらうさ」

いつかは戦うことになる。そのときには勝つことが前提だ。

だったら先入観なんて、ただの足枷でしかない。

“やるだけやる”、それしか道はない。

「相変わらずだね」

「これが俺だ。お前が一番知ってるだろ?」

「そりゃイヤってほどね」

「そっくり返してやるよ」

俺も俺だが、不退転ぶりなら拓海も負けていない。

そこから何となく、二人で笑ってしまった。

『試合開始7分前です。選手はカタパルトに移動し、フィールドへの入場準備に入って下さい』

館内アナウンスが響き、試合開始が近づいていることを報せる。

「それじゃあ、俺はそろそろ観客席に戻るわ」

「僕も簪を見送ったら、そっちに行かせてもらうよ」

拓海は別段、Ⅳ組側のスタッフというわけではなく、単に羽銀の調整をアドバイスしに来ただけだ。

拓海なりに羽銀の構築に携わった件への、せめてもの責任の取り方なんだろう。

また簪の方を見てみる。

相変わらず落ち着いた様子だが、さすがに緊張するのか少し顔がこわばっている。

何か言ってやった方が良いか。

しかしあれだけ静かだと、逆になんて言えばいいのか、パッと思いつかないものだな……。

織斑一夏(あいつ)に対してはポンポン出てくるんだが、やっぱり日が浅いせいか、良い言葉が思いつかない。

昨日の模擬戦で感じたことを、――いや言っているような時間はもう無いか。

そうこう悩んでいると、既にピットルームのシャッターが開き、カタパルトのレールがフィールドへ向かって伸びていた。

どう言ったらいいか……。

…………

不意に、思い出した台詞があった。

でもこれで良いのか。

いや、もうすぐ簪は出て行く。迷っている暇はない。

「簪ぃ!」

カタパルトの駆動音とアリーナからの声に消されないよう、大声で呼びかける。

すると発進間近の簪が振り返ってくれた。

 

「『頭で戦うな、心で戦え』。それだけだ、行ってこい!」

 

一瞬、目を白黒させながらも頷いた簪は、整備班に促されて前を向くと、カタパルトによって射出されてフィールドへと飛んでいった。

 

――――

 

その頃、アリーナから離れた学園の中庭で、灰銀髪の女子生徒が独り、ただ空を眺めながらベンチに腰掛けていた。

何処を眺めるでもなく、ただ皐月の風に吹かれるまま、呆然と佇んでいる。

「そこでボーっとしていて良いのかね」

少女の背後から、低く穏やか声が聞こえた。

少女に声をかけたのは、白髪交じりの老人だった。

作業用のベージュのツナギに同色のキャップ。

立派な口髭に綺麗に揃えられた顎髭。

体型はやや小太りだががっしりとしており、背丈はアリーナにいる修夜と同じほどはある。

「轡木の小父(おじ)様」

轡木(くつわぎ)十蔵(じゅうぞう)――IS学園の学園事務局・生活課の特別顧問だ。

事務局は学園の裏方であり、各種事務手続きと学内施設の維持管理を仕事とする。生活課はその中でも、庭園の整備や施設内の設備点検、消耗品の補充など、雑多な肉体労働を担当している。

十蔵はそこの責任者の一人だ。

「小父様と言われるのは、相変わらず慣れんな。もう少し雑に扱ってくれんと」

そう十蔵は笑いながら、少女の横に座る。

「それはそうと、本当に良いのかい。生徒会長としての仕事もそうだが、何より簪ちゃんのデビュー戦だろうに」

問われた更識楯無(しょうじょ)はただかぶりを振った。

「自分で言いましたから、『先に行く』と。あの子にべったり引っ付いているのは、私にもあの子にも良くないですし」

楯無は笑顔で返答する。

「相変わらず遠慮深いねぇ。しかし若いうちからそんなに我慢していると、後がつらくなるもんだよ」

十蔵はそれがただの強がりだと見透かす。

「でも私に、止まっていられる暇なんて……」

言いかけたところで、十蔵から突然に何かを投げ渡される。

受け取ったそれは、市販の缶コーヒーだった。

「そんなモノしかないが、まぁ一服」

楯無に微笑みかけながら、十蔵も缶コーヒーを手にしていた。

そして腰の大振りのウェストポーチから、何やら取り出す。

出てきたのはやや大きめのタブレットフォンで、それを起動させて何か操作し始める。

すると――

『さぁ、Ⅲ組Ⅳ組のクラス代表が、ともにバトルフィールドへと入場して参りました!』

威勢の良い女子生徒の声とともに、第四アリーナの様子がタブレットの画面に大きく映し出された。

「あ、あの、小父様。それは……」

「試合中継。観るかい?」

「あ、宜しいのですか……って、そうではなく!」

思わずノリツッコミに興じてしまったが、楯無の関心はそこではない。

「なんでアリーナの中継が、校内チャンネルで放送されいるんですか。オマケにそこの実況って、放送研究会の子ですよ。なんで放研が中継しているんです、生徒会に申請通ってませんよ!?」

この学園のISの試合は、規模や申請次第で校内の専用チャンネルで放送され、さらに生徒と職員は学園の関係者専用サイトから、試合中継を視聴できる。

ただし中継には学園事務局への許可申請が必要で、さらに生徒が主体ならばその前段階として、生徒会へ許可申請を通すことが必須となる。

「いや、放研の生徒たちが生徒会からの書類を持って、事務局で手続きを済ますのを見たから、てっきり知っているかと」

「それいつですか」

「今週の頭だったかのう。夕方の〆切時刻前の滑り込みで」

「……持ってきたのは」

「会長直々だったかな」

聞いて楯無は頭を抱えた。

放研の会長は楯無の()()()の一人で、日頃から色々と裏でやり取りをしている相手である。

楯無は彼女に生徒会関連の情報の放送を頼む見返りに、許可申請の書類をこっそり数枚ほど融通していた。

(あんな出血大サービスするんじゃなかった)

使う場合は一声かけて欲しいとは言ったが、おそらくうっかり忘れられたか。

もしくは“わざと”の可能性もある。抜け駆けの腕前は、新聞部の部長と並んで一級品なのは、自分が一番知っている。

「そろそろ始まるかな。せっかくだ、妹の晴れ舞台を覗いていてもバチは当たらんよ」

自身の間抜けさに悶々とする楯無に、十蔵は優しく語りかける。

会長への追求は後――

気持ちを切り替え、十蔵の差し出すタブレットを覗く楯無だった。

 

――――

 

観客席に着いた修夜(おれ)は、駆け足で一夏たちがいる席まで向かった。

「修夜、こっちこっち!」

声をする方を見れば、一夏をはじめいつものメンツが顔を揃えていた。

ところがよく見ると、一つ足りない顔があった。

「本音は?」

簪の親友で幼馴染の布仏本音が見当たらない。

「本音なら、ほら、あそこだ」

篠ノ之箒(ほうき)が指差す先を見ると、そこはⅣ組の生徒たちが集まる対岸の観客席だった。

そこには周囲から浮いていることも構わず、長ラン鉢巻という応援団長スタイルで気合いを入れた本音がいた。もちろん長ランの袖は余っている。

彼女は小柄なはずだが、ここから膝辺りまで見えている。明らかに箱台か何かの上に立っているようだ。

「誰か引きずり下ろして連れてこい」

何もⅣ組の連中のど真ん前を占拠する必要はないだろ。

コッチでも応援は出来る。……あの格好でやられてもちょっと迷惑だが。

 

結局、俺自身が本音を迎えに行き、Ⅳ組に詫びを入れて連れ帰る羽目になった。

理由を訊いたところ、「Ⅳ組のみんなのかんちゃんを応援する気持ちが足りない」と、ぶーたれながら返事が返ってきた。

そうこうしているうちに、試合開始のブザーは鳴り響いた。

 

――――

 

観客席のすったもんだを横目に、バトルフィールド上空では戦いを前に顔を見合わせる少女たちがいた。

「今日はよろしくお願いしま〜す!」

元気いっぱいに簪に挨拶するこの少女が、Ⅲ組のクラス代表のマーガレット・テイラーである。

跳ねっ毛の多い黒いショートヘア、どこかエキゾチックな小麦色の肌、しなやかで無駄のない均整のとれた少し小柄な肉体、宝玉のような黄金の瞳。

無邪気で愛嬌に溢れた仕草もあって、まるでネコ科の幼獣を思わせる。

「よ……よろしくお願い……します……」

「ちょっとちょっと〜、元気が足りないよ〜?」

「え……、あの……、ご、ごめんなさい……」

自分と同じ“撃破組”と聞き、どんな子が来るかと身構えてはいたが、予想外のキャラクターに簪も面食らってしまった。

「ごっついよね、そのIS。いいな〜、私の国って専用機に興味薄いから、回ってこないんだよね〜」

かくいうマーガレットのISは、羽銀とは対照的に鋭角的でスマートなシルエットをしている。

(〈ラファールリヴァイヴ〉、だったよね……)

機影はラファールリヴァイヴだが、カラーリングは砂漠仕様の迷彩柄に塗装されている。また細かい部分が、簪の記憶にあるラファールリヴァイヴとは違っていた。

「う〜ん、何か固いな〜。……まっ、初めての試合だし仕方ないよね」

あくまでマイペースを崩さないマーガレットに、簪は若干ペースを崩され気味になる。

『まもなく試合開始です。選手は所定の位置に移動して下さい』

場内アナウンスが試合開始の時を知らせる。

「それじゃあ、いい試合にしようね!」

そう言ってマーガレットは大きく手を振りながら、所定位置へと去っていった。

簪は勢いに巻かれて小さく手を振っていた。

 

『試合開始まで残り一分です。ルールを説明いたします』

 

『試合形式は1000ポイントマッチ、制限時間は40分の一本勝負です』

 

多少揺さぶられてしまったものの、簪は所定位置に戻りながら昨日の模擬戦の感触を思い起こし、羽銀の操縦感覚を復習する。

(大丈夫、シミュレーターには何度も乗った。昨日の模擬戦でも結果は悪くなかった。落ち着け、落ち着け……)

授業以外ではすっかりISの操縦は疎かになっていたが、中学生時代に特選コースに入って学園入学に向けて猛特訓してきた。

それがここにきて、操縦のブランクを埋めることに一役買ってくれたらしい。

位置に着き、何度か大きく呼吸をする。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

そして、試合開始のブザーは鳴り響いた。

 

――――

 

最初に仕掛けたのは簪からだ。

拡張領域(バススロット)から大口径ライフル「煌器(きらめき)」を呼び出し(コール)し、右から旋回しつつ接近する。

マーガレットも簪の動きを見て、すぐさま右へ旋回しつつ距離を置く。

「ワァオ、思ったより速〜い!」

元が大出力プラズマ砲と六基六門のミサイルコンテナを運用しながら高い機動力を維持する機体だけに、武装の規模が小さくなった影響で速力と旋回性能が向上している。

修夜との模擬戦で簪が羽銀の操縦に戸惑ったのは、シミュレーターでは経験していないこの誤差ゆえだった。

徐々に間合いを詰め、ラファール(R)リヴァイヴ(R)サヴァイヴ(S)をビーム砲の射程に捉える。

しかし――

(あれ……)

羽銀の火器管制(FCS)はどれだけ狙いを定めても照準を定めない。

一度捕捉したと思うとすぐさま解除され、また捕捉してを繰り返すばかりで、撃つタイミングが合わないのだ。

ならばと今度は煌器を構えるが、これも同じ反応を起こすばかり。

ミサイルを使うべきか――。

しかし割と射程を詰めているせいで、不用意なミサイル攻撃は爆発の余波を受けてしまう懸念がある。

「撃ってこないの? じゃあ今度はボクから行くよ〜!」

マーガレットは言うや否や、呼び出ししておいたライフルを構えて態勢を反転させ、減速せずにそのまま反攻に転じる。

(しまった!)

煌器の十分な有効射程に相手がいるなら、自分も条件は同じ。

気がついたときには、捕捉(ロックオン)されたことを告げる警告音(アラート)を羽銀は発していた。

ほぼ同時に、羽銀に鉄の雨が降りかかる。

だが羽銀もそれを寸前で躱し、さらに三点バーストの断続的な連射を機敏に避けていく。

(このままじゃいけない……)

煌器で照準を合わせるも、やはりロックサイトは点滅を繰り返すばかりだ。

(……待って、これって)

簪が一つ閃く。

相手はまだ、後ろに体を開いた姿勢でこちらを狙う。

次の瞬間――

 

――どぉん

 

何を考えたか、簪は瞬時加速(イグニッションブースト)()()()()()()()()()()()突撃する。

「ぅわあっ!?」

突然の行動に慌てるマーガレットだが、突っ込んでくる簪を一瞬の判断で回避する。

(今!)

それが簪の狙いだった。

簪の周囲が一瞬、紅くなったと思う間に、簪は上下に半回転して逆さまの態勢で急停止し、素早く煌器を構えて撃ち放つ。

「きゃああっ!!」

放たれた三点バーストは、態勢を崩したマーガレットの背中に直撃し、シールドエネルギーを削り落とす。

心臓付近に着弾したというクリティカル判定により、通常よりダメージが大きく計算される。

「…………ッッッ、こんのぉ!!」

マーガレットも果敢に反撃するが、簪もそれを想定して再度急発進して攻撃を避けて間合いを取る。

(やってくれるね……)

マーガレットの中で、何かのスイッチが切り替わった。

射程距離から離脱したところで、簪は相手が次の行動に出ていないことに気づいた。

すると――

「のっけから“Ra4S(ラーフォーエス)”なんて、やるね。やるやる〜」

それはコアリンクシステムを利用した開放回線(オープンチャンネル)によるマーガレットからの通信だった。

Ra4S。

すなわち【急発進(Rapid acceleration,)急停止(Sudden stop) (and) 急発進(Sudden start)】と呼ばれる、慣性緩和機構(PIC)を持つISならではの空中戦闘機動の一つである。

瞬時加速やそれに類する加速運動を始点とし、目標ポイントに到達後に目一杯のPICによる急ブレーキで減速、さらにまた急発進でその場から離脱する。

急ブレーキの際に、PICの緩和する反動を外側に逃す瞬間、発生地点で衝撃は可視化されて紅い光となる。このときに本来なら操縦者に掛かる負荷を、PICで吸収後に空間全体に散らして逃すので、至近距離にいると逃したエネルギーが衝撃として襲ってくる。

当然だが、消費するシールドエネルギーも大きい。

「工学棟に引きこもってるっていう噂だったから、正直ちゃんと試合になるか不安だったんだよね。でも……」

言いながら、マーガレットはライフルを上方へと投げ上げる。すると瞬く間にライフルは量子化し、次にマーガレットが両腕を上下に振りぬくと、そこには小型マシンガンが呼び出しされていた。

「予想以上、そして期待以上! やっぱりバトルはこうでなくっちゃね!!」

簪のエネルギー、残り845。

マーガレットのエネルギー、残り783。

マーガレットの突撃とともに、試合はさらなる展開を迎えていく。

 

――――

 

観客席は試合開始から数分での大技に興奮し、沸き立っている。

かくいう修夜(おれ)も、いきなりの展開に驚くほかなかった。

簪の会心の一撃に周りの観客以上に黄色い声を上げている本音はおいとくとして、ほかのメンツは唖然とした風だった。

しかし一つ気掛かりなことがある。

「なんか、すごかったよな……」

一夏が相変わらずこの調子なのは、ノーコメントで。

「でも、あぁして攻撃するにしても、なんで最初から撃たなかったんだろう?」

そしてこういうことに鋭いのも、こいつらしい点だ。

「特におかしいところは、ありませんでしたが……」

イギリス代表のセシリア・オルコットでも、やはり最初の展開は不可解らしい。

「どこからどう見ても変でしょ、さっさと撃つか突っ込んで斬り込めばおしまいなのに」

凰鈴音(おまえ)みたいに直感で突っ込んで、相手と鍔迫り合いが出来る機体じゃねーよ、羽銀は。

「しかし最初は間違いなく撃つという意思は感じた。そこから何か迷っていたように見えたが……」

さすがは剣道で一廉(いっかど)の成績を残した篠ノ之箒。ISにはまだ慣れないが、真剣勝負の回数なら二人には負けていないだけに、違和感の根っこは見えているらしい。

「本音……」

は、簪の応援に熱中していて何も訊けそうにない。

「……シルフィー」

そこで、こっそり自分の戦いの相棒に声をかける。

観客が多いと、大っぴらに具現化(リアライズ)してやれないのが残念だ。

《う〜ん……、なに〜……マスター……?》

…………。

うん、待て。ちょっと待て。

「なんでお前はそんなにダルそうなんだ」

AIが体調不良とかあり得ないだろ、おい。

「シルフィー、お前どうしたんだ」

《う〜……。ちょっとRRS(あの機体)のこと見てたら、急に気持ち悪くなっちゃって……》

「気持ち悪く……って」

《じっと見ようとすると……、焦点が合わなくて……クラクラするって感じで……》

シルフィーは俺のIS〈エアリオル〉の専用AIだ。こいつが不調を感じるってことは、それを発しているRRSに何かカラクリがあるに違いない。

「拓海、どうだ?」

今度は参謀役の相棒に訊いてみる。

「……おそらく、ECDによる妨害を使用しているんだろうね」

「ECD?」

聞き慣れない単語が拓海から語られる。

「ECD――。つまり【電子迷彩装置(Electronic Camouflage device)】は、敵からのレーダー照準を阻害する電磁波を発して、攻撃を受けづらくするものさ」

「それって、ステルスとはどう違うんだ?」

「ステルスは『索敵を掻い潜る機能』、つまり敵からの監視をすり抜けるためのものだ。だから発見されてFCSに捕まれば、さすがに逃げようがなくなる。対するECDは索敵にはあまり抵抗出来ないけど、直接戦闘では相手のFCSに捕まりにくい、一種の縄抜けのようなものだよ」

「それじゃあシルフィーが目を回していたのは……」

「ISはメカニックだからね。その分身で仮想意識のシルフィーが物体を捉えるには、僕ら人間とは違う“機関”を用いることになるから、RRSのECDがシルフィーのセンサーに障害を起こしたんだろうね」

随分と厄介なシステムを積んだものだ。

ただでさえ簪の羽銀は、高性能なレーダーによる下支えがあって真価を発揮する武装が多い。

それを攻略するとなると、至近距離での格闘戦か、さっきやったように意表を突いた近距離からの早撃ちなどのトリッキーな戦法が必要になる。

だがどちらも簪はあまり慣れてないだろうし、そうすると粗が出て反撃を許してしまう。

この試合、隙をさらした方が一気に決めるだろう。

 

――――

 

彼女を狙ったとき、照準(サイト)が一定のリズムで点滅していた。

そこから(わたし)は何かしらの妨害(ジャミング)が彼女のRRSに働いていると推察した。

機影は索敵(レーダー)に映るのに、照準が安定しない。

なら答えは電子迷彩の類いだと直感する。

そこに気がつけば、あとは避けられない位置まで詰め寄って、照準が安定する一瞬で撃ち放つ。

でもこんな荒い方法は、何度も使えないし、上手く隙を誘って失敗覚悟で突っ込む必要のある()()なやり方。

そして今、私は――

 

「ほぉらほら、逃げてばかりじゃ勝てないよ〜!」

 

もがいていた。

マーガレットさんが瞬間換装(ラピッドチェンジ)を見せた後から、彼女の動きは明らかに機敏さが増していた。

あんな早替え、初めて見た。それだけで彼女の研鑽の高さが、垣間見えた気がした。

ラファールシリーズは、装甲(フレーム)の一部が変形して武器を現出(リアライズ)させたまま使用できる。

その特性を活かし、小型マシンガンを脚部側面、小型ショットガンを腰の保持枠(ハンガー)保持(キープ)し、旋風のように何度も接近しながら、避け難い距離で器用に取り回して攻撃を繰り返す。さらには洋鉈(マチェット)の二刀流で斬り込んで、私を翻弄してくる。

射程が近すぎて、私のやりたい戦いをさせてもらえない。

鉈には澪標(なぎなた)で対応出来るけど、この状態では煌器(ライフル)が使えない。

ビーム砲で迎撃するには、向こうが速すぎて狙いが定まらない。

こうなったら、早い気もするけど……。

意識を推進機(ブースター)に集中させ、――急加速!

みるみるマーガレットさんが離れていく。

向こうもすぐに追跡してくる。

でも逆に好都合。

軌道は一直線。速度も上々。チャンスは今――!

「いけ……!!」

ミサイルに意識を傾け、二基十二門から意思ある火の玉を相手へと放つ。

「うわぁ、とっとっと!?」

一度に十機以上のミサイル面食らったのか、とっさに減速と急旋回で避けていく。

ここから……!!

踵を返してマーガレットさんの方へ向き直り、ミサイルに意識を傾け、篝火所長のミサイルシステムを起動させる。

(システム『KAKUYA』、起動開始――。思想演算反映(イマジネーション・トレース))

私の目の前にバイザー型の中空電子画面(マルチモニター)が映し出され、ミサイルの情報が視覚化される。

目標座標確認、一番から十二番――連動開始。

「えぇ、うっそぉっ!?」

すり抜けていったミサイルは、私のイメージを読み込んでRRSを追尾し始める。

これなら相手が電子迷彩で反応を誤魔化そうと、私が操作する限りは撃墜する以外に逃げ道はない。

ミサイルの燃料は保って三十秒から一分ほど。

逃しはしない!

 

――――

 

マーガレットは簪のミサイルに追われ、四苦八苦していた。

どれだけ軌道を捻ろうと、不意を突いて切り返そうと、意思ある火の玉はマーガレットを捉えて逃さない。

銃火器で撃墜を試みるも、構えたそばからミサイルは散開してマーガレットの背後を狙ってくる。

なんとか三機は撃墜するも、まだ九機が追い回してくる。

(やってくれるよ、ホントに……)

マーガレットは簪の繰り出す予想以上の展開の応酬に、驚かされてばかりである。

(いいよ。やってあげる――)

なら自分は、その上を行って出し抜くだけ。

(ソリッドシューター、現出(セット))

少女の右手に、ライフル大の擲弾銃(グレネードシューター)らしき物体が握られる。

「鬼ごっこは、おしまい!!」

いうや、少女は擲弾銃から数発の砲弾を斜め上へと発射する。

すると弾丸は、射出されてしばらくして白煙を上げながら、何かを拡散していき、マーガレットは敢えてその中へと飛んでいく。

ミサイルも最後の燃料が尽きる前にと、追い詰めていく。

異変は、すぐさま起こった。

ミサイルは煙に突っ込んだ途端、隊列を乱して次々と迷走し、散って落ちていく。

「え……」

その光景に、簪は思わず目を疑う。

すぐさまミサイルに指令を発するが、ミサイルはまるで糸の切れた風船のようになり、簪の命令を一切受け付けない。

「うん、大正解」

独語したのはマーガレットだ。

「どうやらこれが、更識さんの切り札っぽいね」

呆然とする簪に、マーガレットは向き直って開放回線で語りかける。

「びっくりしたよ。ミサイルを精密に操作するISがいて、しかもそれをこんなに器用に使いこなすんだもん」

マーガレットの言葉に反応はすれど、それ以上にミサイルを謎の煙で撒かれた事実に衝撃を覚えるしかなかった。

「さぁ、今度こそ、ボクの番だね」

声は明るい。

だが眼は、獲物を定めた黒豹のように、鋭い闘志を宿している。

簪はその眼に凍てつくものを感じ、わずかに身ぶるいを覚える。

 

「ボクの本気、見せてあげる――」

 

簪にとっての、本当の苦難が開幕する。

 




タブレットからの投稿なので後書きは後程書かせていただきます


――――

・5月8日、21時追記

というわけで、今回は期間開け無しで新話投稿となりました
いや、本当にGW様々ですわ……日頃の更新もこんな風に早ければなぁ……(とーい目

さて、今回からいよいよ簪の初試合となります
相手はうちのオリジナルキャラであるマーガレット。本編中に書かれてる通り、実技試験においてA判定をもらった面々を追い抜いての被弾判定:S+をもらった屈指の実力者です
その実力の一端は本編にも書かれていますが、最後にあるとおり、まだ本気を出していません
本気を出した彼女の実力がどのようになるかは、次で分かると思います。

あと、突っ込まれる前に二つほど言っておきます。
一つは、こういった強キャラは物語上において必要不可欠なものであり、それが原作キャラより強くなる場合も多々あります
そして、白夜師匠のようなジョーカーは別格としても、マーガレットのようなキャラが敵ないし味方だったりすれば、それだけで描写や戦術の幅が広がり、物語の深みが増しますので、今後もこういったキャラは増えることを先に言っておきます
もう一つは、覚えてる人がいるかどうかにもよりますが、セシリア編の前半との矛盾は俺も相方も重々承知していますので、時間が取れれば書き直します
というのも、書き始めたころは原作基準であっても、現在のように大幅な改変を入れる予定がなかったので、今と比べると書き始めの頃の粗がどうしても出てくるんですよね(汗
多分現状だと加筆修正確定だな……(汗

ではでは、今回はこれにて

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