IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

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短期更新の反動が来ましたね~(汗
とりあえず、長くならないでよかったと思おう(汗


第四十二話『以食開心、誤解だらけの才媛』

時刻は午後八時。

真行寺修夜(おれ)は再び工学棟に布仏本音(のほほんさん)と共に戻ってきた。

目的はいくつかあるが、まずは本音に頼まれた「更識簪の晩飯」である。

普通なら門限破りになるため、許可などされない。

そこで本音が千冬さんに頼んで、俺の工学棟への出入りを許可させてくれた。

もちろんタダでは千冬さんも首を縦に振らない。

なので、こっちも切り札(カード)を切らせてもらった。

「織斑先生、嬉しそうだったね~」

「あの人の胃袋の好みは把握してあるからな、姑息な手だがこれが一番効く」

そう、千冬さんに賄賂として俺お手製のカルビ丼を持っていったのだ。

奇しくも千冬さんも残業で晩飯を食い損ねていたため、カルビ丼の入ったプラスチック容器を睨みつつ、ブツクサ言いながら許可を出してもらった。

千冬さんの好みを反映して、多めのキャベツの千切りと温泉卵、付け合わせに紅生姜を添えたのが効いたと思われる。

そこからは、普段生徒が出入りできない裏口を利用し、本音が導き出した“抜け道”を使って工学棟まで直行できた。

あとは一階の警備室に寄って警備員に話を通し、ついでにアスパラのベーコン巻きとおにぎりの差し入れで機嫌を取りつつ、再び第八整備室の前まで辿り着いた。

「でも、何でしゅうやんまで付いてくるの~?」

「せっかく拓海が協力してくれるんだ、そいつの提案もあるからな」

拓海が協力してくれる上に、篝火所長謹製のプログラムまで手に入れらたのだ。宝の持ち腐れだけは避けたい。

それに俺としても、更識簪の“正体”を掴みたいというのもある。

本音が粗方話してはくれたが、“百聞は一見に如かず”というやつだ。どうして意固地なほどに一人で完成させたがっているか、その辺りが俺の中で大きな引っかかりになっている。

「とりあえず、まずはお前が行って“これ”を食わせてやる」

「それで、かんちゃんが食べ終わったのを見計らって、しゅうやんを呼べばいいんだよね~?」

俺が持ってきたのは、いつぞやの鍋会で使った拓海特性クーラーボックスの改良版だ。

今度はラーメン屋のおかもちほどの大きさで、どんぶりが横三つ・縦二つは並んで入る大きさがある。オマケに縦一列ごとに温・冷の切り替えま自在で本体重量も軽量と、数段パワーアップしている。

拓海、お前多分、発明家としても食っていけるぞ……。

この中には、俺とのほほんさんの夕食分を含めた丼物(どんぶりもの)が三つある。

一つは千冬さん用に作った材料で、もう一杯分の「カルビ丼」を。

一つは本音の証言を元に、簪が好きとだという「親子丼」を。

最後の一つは昨日の晩から仕込んでいた(まぐろ)のヅケで作った「鉄火丼」だ。

色々と考えたが、冷蔵庫の中身で短時間で仕上がりそうなものを見繕い、こんな感じに揃えてみた。

どれでもいいから、食い付いてくれれば第一段階は成功だろう。

あとはセコいやり方だが、飯を食わせた恩で話し合いに持ち込めばいい。

「それじゃあ、ちょっといってくるね~」

「あぁ、上手くやれよ」

そういって本音を見送り、俺はしばらく呼ばれるのを待つことにした。

 

――――

 

遅い。

二人でゆっくり食っているにしても、もう三十分以上は立っている。

余程の猫舌か、元が小食で食うのに時間がかかっているのか……。

談笑しながらにしては、笑いも声も聞こえてこない。

食後の一服で忘れられて……いやいや、いくらのほほんさんでも一夏じゃあるまいに。

もしかすると、まだ簪と食うか食わぬかでにらみ合っているのか……。

やきもきしていた、そのときだった。

「ねえ~、入ってきて~!」

ようやくお呼びがかかった。第一段階は成功だ。

まぁ、夕方の反応から察するに、もう一回盛大にびっくりされるのは確定だな。

とにかく行くか。

 

まず、盛大に驚かれた。

そして本音が宥めながら、持ってきた丼が俺の作ったものだとを説明した。

そこまでは良かった。

 

なぜ三つ目の丼がカラになっている?

 

疑問が湧くと共に、もう一つ異変が起こった。

 

本音、なんでお前の腹の虫が鳴く?

 

変な予感がした。

とてもとても、それはまぁ、嫌な予感だった。

頭がどうにかなりそうだったが、可能性としてはもう、それしか残っていなかった。

そこへ本音が涙ぐみながら、とても嬉しそうに言ってきた。

 

「しゅうやん~、見てみて~。かんちゃんが、残さず食べてくれたよ~!」

 

……

…………

………………

 

自分の空腹と、遠退きそうな意識のなか、俺は、心の奥底から湧き上がる“滾り”に任せ、声を絞り出して、叫んだ。

 

 

「お 前 が 全 部 食 っ た ん か い ッ ッ !?」

 

 

――――

 

俺の晩飯を返せ。

……いやいや、違うちがう。とにかく話し合いの座は出来た。

今にも泣きそうな簪を本音が宥めつつ、俺の方は彼女の前に胡坐で座って話に移る。

「もう知っているだろうが、自己紹介だ。一年Ⅰ組で男性操縦者の真行寺修夜だ」

こっちの言葉に対し、本音を仲介しながら様子を窺いつつ、簪は口を開いた。

「あ、あの……。一年Ⅳ組所属、クラス代表、日本代表候補生の、更識簪……です」

もっとおどおどするかと思ったが、案外落ち着いた感じで返してきた。

「今日来たのは、本音の頼みであんたがさっき食べた丼を御馳走することが一つだ」

まずこれは完遂された。

「……しかし、あの量をよく食ったなぁ。俺や一夏でも、丼三杯は正直きついぞ」

「ご、ごめんなさい……。美味しかったから、つい、止まらなくなって……」

その感想を言われたら、これ以上何も言えないな、まったく。

それにしてもホントにきれいに平らげたものだな。米粒どころか、野菜の端切れや卵の筋、葱のひと欠片すらなく、見事に丼型のプラスチック容器は空になっていやがる。

「いいんだよ、かんちゃん最近カロリーバーばっかりだったも~ん」

本音の方は、さっきからほくほくとした笑顔で簪の横に座っている。

「一応言うが、あとで腹壊したとか言われても、こっちは責任とらないぞ?」

「だ……大丈夫、あ……あんなに美味しいのなら、あと……一杯ぐらいなら……!」

いや待て。

「かんちゃん、昔からよく食べるもんね~」

「ほ……本音ちゃん……!?」

マジですか、のほほんさん。

見た目が華奢な簪だけに、そんな胃袋がどこにあるのか全く見当もつかんぞ、おい。

丼三杯で腹八分目前後って、それは“よく食べる”の次元じゃねえよ。

「たっちゃんと焼き肉屋さんに行ったら、二人ともホントよく食べてるもんね~」

「あ、あれはね……!」

待て待て、待て。

そこで言い訳を始めている簪さんもそうだが、あの会長も“同類”かよ!!

この姉妹、どんだけ食うんだよ。更識家のエンゲル係数はどうなってんだ!?

よくそんな大飯食らいが、カロリーバー数本で凌げたもんだな……。

そう思って、ふと簪の後ろ側を覗いた時だった。

「なぁ、その後ろにある、その……」

「あ……、えっと……」

俺が言いかけると、簪が少しあわてながら自分の周りを探り始める。

「あっ、かんちゃん。これこれ~」

本音が俺の意図するところを汲んでくれ、気になった物体があること察し、後のスーパーの袋からそれを取りだしてくれた。

それは簪がここ数日の間に主食としていたカロリーバーだった。

バー……。バーっていうか、徒競争の……バトン?

パッケージにはでかでかと『IPPON☆MANPUKU!』のロゴが見えていて、どう考えても普通のカロリーバーと比べて長さも太さも“二倍”はありそうだった。

あれを、夕食に数本。

想像するだけで、お腹一杯になりそうです……。

 

 

話がずれた。

本音が簪から俺の分のカロリーバーを分けてくれたので、とりあえずそれを齧りながら話を進めていく。

「まず一つ、なんでそこまで一人で完成させたいんだ?」

拓海からの協力を取り付けようにも、まず簪がこちらを受け入れてくれなければ話にならない。

「それは……姉さんが、一人で完成させたって、聞いたから……」

本音が語っていた言葉が、そのまま返答になってきた。

「だからかんちゃん、いくらたっちゃんでもISを一人で完成させるなんて……」

「で、でも、姉さんだったら、本当にやっちゃうでしょう。本音ちゃんだって、知ってるじゃない……!」

本音の言葉に、どこか焦れた気持ちを含めて簪が反論した。

「大丈夫……だから、これは……私の問題だから……」

俯きながら、言い聞かせるようにつぶやく簪。

まったく……。

「“大丈夫”って、アリーナの壁にぶつかって脳震盪で運ばれた奴の言うセリフか?」

「そ、それは……!」

「第一、こんな腹を膨らせるだけのカロリーバーに、サプリと野菜ジュースだけの“雑な食事”で、体がおかしくならないはずがないだろ」

俺の発言に反論しようとした簪だったが、自分の現状に問題がある自覚はあるらしく、すぐに押し黙ってしまった。

このカロリーバー、不味くはないがモソモソしていていまいち味気ない。

味気ない食事っていうのは、精神を擦り減らす原因の一つになり得る。

擦り減った精神で得た満腹感なんて、虚しいだけだ。余計に体がおかしくなる。

「そもそも“一人”にこだわっていろようだけど、本音にフォローされて、千冬さんに工学棟(ここ)の使用許可を出してもらって、三星先生の世話になって……。これのどこが“一人”って言える?」

言われて、簪は床に視線を落とした。

本人は一人で頑張ってきたつもりでも、人間生きていれば嫌でも誰かと関わっていく。

‘袖振り合うも多生の縁’、自分が行動を起こせば必ず誰かと行き当たる。

簪にはその自覚が足りていなかった。

 

「ついでにいえば、第五アリーナの壁と地面をへこませたワケだから、明日からしばらく第五アリーナは使用制限が掛かるだろうな」

この一言に、簪ははっとして顔を上げ、しばらくしない間に青白くなっていった。

ここまで言われて、ようやく簪は自分の不養生が起こした結果の重さを自覚したらしい。

「どうする。このまま一人で不養生を続けるか、一人でも協力者を作ってみるか?」

俺の問いに、簪は俯いて床につけた手を握りしめながら、苦い顔で悩み始めた。

「一人でISを組むなら、また今度でもできるよ。今回のは次への勉強だと思って、協力してもらおうよ。……ね?」

本音が心配そうな顔をしながらも、優しく簪に声をかける。

それでも簪は悩んだまま、動く気配がない。

さて、どう発破をかけたものか。

…………。

「まぁ、無理強いはしねぇよ。一人でやるっていうならご自由に」

「ちょ……ちょっと、しゅうやん……!!」

「た だ し。“飯の差し入れ”も、今日これ一回切りで終いってわけだな~」

一瞬、簪の体がぴくりと動いたのを俺は見逃さなかった。

「あれだけ綺麗に食ってもらえたから、次はもう少し奮発しようかと考えていたんだけどね~。給湯室のコンロと水道が借りれれば、“出来たて”の~、“熱アツ”の~、“栄養もボリュームもある”飯が~、作れたんだけどね~」

ちょっと大げさに言ってみたが、案の定、簪の方は体を震わせながら大いに混乱中だ。

「そうだ~、機体が完成して試合に勝ったら、祝賀会ってのもいいよな~。腕振るっちゃおっかな~?」

もちろん祝賀会の開催なんて、簪を釣るためのただの方便だ。“今のところ”はやる予定なんて考えてもいない。

だが簪のほうは、もう「ごはん」と「でも一人で」というぼやきが三対一ぐらいの比率で口から漏れている。

「えっ、またやるの~。おりむーのときの就任パーティーでも、しゅうやんのお料理って大好評だったよね~!」

このタイミングでようやく本音も乗っかってきた。

「しんどかったけどな~。唐揚げに、フライドポテトに、生春巻きに、サンドウィッチに、パスタ類色々に~。シュークリームと、ミルフィーユと、パンナコッタと、羊羹もつくったような~……?」

実際には三倍以上のリクエストをこなした上に、千冬さんの無茶振りに付き合わされた。

あの人、飯を作る俺に対して“容赦”ってものがない……。

「しゅうやん、朝ごはんもお鍋もお弁当も上手だもんね~」

「師匠にやらされて、酒の肴みたいな凝った類いもやれるぞ~?」

「さっすがしゅうやん~!」

そろそろ糸を引きたいところだ、このノリも疲れてきた。

見ると、簪は「ごはん…ごはん……でも」と虚ろな目で口走っている。

では、トドメに。

「でも」

いかせていただこう。

「一人で頑張るみたいだし、俺はそろそろ帰るとするわ~」

わざとらしく、分かりやすく帰るふりをする。

「帰ったら何食いたい?」

そして本音と簪の方を見て、問いかける。

さあ、来い。

「ちなみに俺は冷凍したミートソースでポロネーゼかな~」

食い付け。

「じゃあ、私はアサリとトマトのがいいな~」

釣られろ。

「いいなぁ、本音~」

針を飲んでしまえ!

「それじゃ、腹も減ったし失礼する――」

 

「……れ」

 

 

何だって?

 

「ぼ……ボンゴレ・ビアンコ……!」

 

今までの会話で一番大きな声で、簪は俺に注文をかけてきた。

自分に俺と本音の視線は集中していることで、簪はようやく“食欲に負けた”ことを自覚し、顔を真っ赤にしながらそそくさと俺たちに背中を向けた。

 

――――

 

修夜は「簪の健康管理」担当というかたちで、協力者となることが決まった。

簪としては自分だけでやる意思を曲げたくはなかったらしいが、第五アリーナで事故を起こしたことが薬となったのか、今回の専用機の構築に関してはある程度許容することを認めた。

そして一つ、修夜が簪の食事を作る上で出した条件があった。

「寝ろ」

修夜は今回の事故の遠因が、簪の睡眠不足であると断じた。

これに簪は「簡単な演算のミス」だと反論するが、すかさず修夜から「そんなミスするのは頭が働いていない証拠だ」と返され、更なる反論の余地を失くした。

また簪を寝かし付けるために、事前に仮眠室に立ち寄って簪のコンソールを拝借し、本音が預かる算段を立てた。

しかし簪のベッドの枕元から出てきたのは、コンソールではなく携行用デジタルビテオ・オーディオだった。

これを見せられた簪は、大いに慌てた様子で返還を要求。

何を見ていたのか追求するも、何故か簪はしどろもどろでごまかすばかり。「やましいものでも……」と言われ、内容を検められそうになったところでようやく観念し、オーディオの中身を再生して見せた。

 

「この刃に正義ある限り、ザンブレイド!!」

 

そこには修夜の予想の斜め上を行くものが映っていた。

『装甲武神 ザンブレイド』――。

修夜が小学校に入る前後から始まった“特撮ヒーロー番組”である。

「チャンバラ特撮活劇」を謳ったやや渋い路線の番組だが、特撮に定評のある「東洋映像」の作品とあって、ヒーローモノのお約束を守りつつ、大人でも楽しめる高い娯楽性から大人気シリーズとして大成した作品である。

現在で十周年を数え、第一作目を除いて一年で作品の世代が交代する形式を採っている。

世代としては、奇しくもISと登場を同じくして誕生したヒーローでもある。

画面の中で熱いバトルを繰り広げるザンブレイドを尻目に、修夜は理解が追い付かないまま呆然としていた。

「あー、簪。一応訊くが、コイツは……?」

頭の中で目の前の映像の意味を必死に探す修夜だが、簪の方は顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。

「かんちゃん、昔からザンブレイド大好きだもんね~」

「ちょ、ちょっと、本音ちゃん……!?」

本音の一言に簪は思わず声を上げる。

本音曰く、簪は筋金入りのザンブレイドファンで、世の女の子が好む可愛い小物以上に、ザンブレイドのグッズを多数所持しているというのだ。

ついでに、女子向けの変身ヒロインアニメについて尋ねた折に、「なんか合わない」と零したことも暴露した。

結論として、“息抜き兼モチベーションの維持”のための娯楽用の品だったようで、寝る前に布団に潜りながらコソコソと見ていたらしい。

修夜は当然これも取り上げようと言い出したが、簪はどうしてもと抵抗した。ただこれには本音が割って入り、寝る前に三十分だけ視聴することで許してあげて欲しいと説得する。説得を振り切ろうとした修夜だったが、本音の“のほほんスマイル”に押し切られ、渋々許可を出すこととした。

それ以外は、拓海との協力体制で機体構築を進行していくこと、倉持技研の篝火所長からのOSを利用していくことを説明した。OSに関しては一瞬険しい顔をしたが、後日拓海が熱心に説明してくるだろうことと、それがOSの有用性を証明する最大の理由となる旨は伝えた。

こうしてその夜は定刻となり、修夜と本音は寮へ帰宅した。

簪も夜更かしを警備員伝いに報告されると美味しい晩御飯を逃すと思い、その日は大人しく床に就いた。

 

――

 

それから三日経った学園の午後、学園内はいつと違う緊張感が漂っていた。

「はぁ、なんでIS学園なのに中間テストがあるんだよ……」

憂鬱な溜め息を吐く一夏は、間近に迫った中間考査に頭を痛めていた。

IS学園も一教育機関である以上、試験は付き物である。

基本は数学・語学・地理経済・理科学の四教科で、学期末には各種副教科も合わさって相当な科目数になる。日本の高校と違い、歴史学や政治教養は副教科扱いであり、語学も母国語に選択制でもう一教科で構成されている。

「ISの操縦だけでテスト終わったらいいのに……」

「ボヤいても仕方ないだろ」

項垂れる一夏の弱音を、横から修夜がピシャリと遮った。

「いいよなぁ、修夜は。赤点とかと無縁だしさぁ」

「良かねえよ。これでも予復習だけでいっぱいいっぱいなんだ」

一夏は修夜が定期試験で赤点を取ったところを見たことがない。どの教科でも、最低五十点以上は必ず取って補習を回避している。

もっとも修夜としては、下手に赤点を取った時点で師である白夜から何をされるか分からないため、赤点“だけ”は回避するよう心がけているだけなのだが。

「その割にはさぁ、最近夜中にいつの間にか居なくなってるけど、どこ行っているんだ?」

「だから、ちょっと人に頼まれて弁当の出前をな……」

少しムッとした顔で、修夜は一夏に返事を返す。この三日、一夏から同じ質問を何度もされていた。そのたび修夜は、一夏がお人好しから首を突っ込んで来ないよう、「弁当の出前」と中身を濁して多くを語らずにいた。

「そもそもどこに届けてんだよ。しかも昨日は、フライパンと食材持って出て行くし」

「そうだな、お前のそのうっかり滑る口が塞がるなら話してやるさ」

「なんだよ、それじゃ俺が口軽いみたいじゃないか」

「勢い余って事故にするのは、どこのどいつだ。前の“部屋替え騒動”はそれで死にかけただろうが」

言われて一夏は閉口する。

鈴の「部屋替え騒動」の際に、紆余曲折あって場が治まりかけたタイミングで鈴をキレさせたのは、怒りで我を忘れた一夏の暴言だ。

決して口が軽いわけではないが、若さゆえの感情の沸点の低い。こと一夏は素直な性格ゆえに、それが顕著に出てしまう。

「じゃあ、その出前に何でのほほんさんが同伴してんだ?」

「のほほんさんの知り合いなんだよ」

ここで修夜は返答を誤る。

「え、マジでのほほんさん?」

「……は?」

「いやさぁ、誰かと一緒っていうのは、弁当の数で分かったけど、マジで?」

しくじった――。

一夏は当人なりの消去法で当てずっぽうを言っただけだが、修夜は度重なる一夏の質問攻めに飽きていたことで、釣られて一夏の指摘を認めてしまった。

「のほほんさんと……、まさか夜の弁当デートか!?」

「アホぬかせ」

教科書で一夏の額をペしりと軽く叩き、修夜は話題を無理矢理に切って終わらせた。

 

翌朝――

 

「ちょっとアンタ、ナニやってんのよ!!」

鈴がⅡ組からものすごい剣幕で怒鳴り込んで来た。

「五月蝿いぞ馬鹿鈴、いきなりなんだよ」

「何もアレも無いわよ。アンタ本音を夜中に連れ出して、餌付け誑かしてるらしいじゃない。どういうつもり!?」

話は一夜にしてエライことになっていた。

「何だよ、その変な噂は!?」

全く趣旨が変わってしまった内容に、修夜も動揺を押され切れずに反論に出る。

「アンタのクラスの子たちから回って来たわよ。アンタがここ最近、本音とお弁当を持って夕方から寮を抜け出してデートしているって!!」

聞いた瞬間、修夜は昨日の一夏との会話を思い出す。

(アレを勘違いされたのか……!)

思わず頭を抱える修夜だったが、それを見た鈴がすかさず切り込む。

「その様子だと何か後ろめたいことがありそうね。さぁ白状しなさい!」

「あるか、馬鹿鈴!」

そしていつもの調子で口喧嘩が始まり、朝礼前の教室は修夜と鈴を中心に人を呼び寄せていく。

そこにもう一人の渦中の人物が来訪する。

「どうしたの、みんな~?」

予鈴五分前、いつも通りに登校してきた本音がひょっこりと顔を出した。

それを見た鈴は本音を呼びつけ、事の顛末を問いただしはじめた。

「あ~……」

本音から出たのは、奥歯に物が挟まったような相槌だった。

それを見た修夜は本音に顔を寄せ、小声で話し出す。

「何できっぱり否定しないんだよ」

「だって……、これ私も悪いし~……」

「は?」

「昨日ね、クラスの皆からも質問されてね~……。それで……つい『秘密だよ~』って、いつもみたいに答えちゃって~……」

聞いた修夜は項垂れるしかなかった。

本音としては、簪の四苦八苦している現状を他人に話したくなかった。だから多少の変な噂が出ても、簪の存在に気づかれなければそれでよかった。

だが現実はこの大混乱である。

そうこうしているうちに他のクラスから続々と野次馬が集まり、Ⅰ組の廊下は人で溢れ返っていた。

「何コソコソ話してるのよ!」

「別に何でもねぇよ。第一、何でお前が首突っ込んでくるんだ!?」

「無いワケないでしょ!! あたしは昨日から周りの子たちから『二人が付きあっているってホント?』って、“し つ こ い”ぐらい質問されて参っているのよ!!」

鈴からすれば修夜の話題を振られること自体、気持ちの良い話ではない。それが周囲からひっきりなしにとなれば、短気な鈴の小さな堪忍袋の緒はあっさり切れて然るべしである。

(もういい加減にしてくれ……)

状況が悪化の一途を辿るなか、不意に人混みが開けて三人の前まで道が出来た。

「修夜さん」

三人の前に現れたのはセシリアだった。

 

三人は声をかけてきたセシリアを見て、“ぞっ”っとした。

 

顔はもう、今までにないくらいニコニコとした笑顔だった。

傍から見れば“天使”、いや“女神”の頬笑みと例えても過言ではない。

声も大変に穏やかで、やわらかく朗らかなほどだ。

だが三人は分かってしまった。

 

その背後から陽炎のように立ち上る“怒り”の気配が……。

 

その圧力たるや、口角泡を飛ばしながら詰め寄る強気の鈴から血の気を奪い、教室の騒々しい雰囲気を凪のように消していくほどである。

蛇……、(いな)

鬼、悪魔……、否、否。

強いて言い得るなら、“己が財宝に触れる狼藉者を睨む魔竜(ファフニール)”である。

「修夜さん、本音さん。織斑先生が廊下でお待ちですよ?」

女神の微笑みと声で怒気を放つ魔竜の言葉に従い廊下を見ると、そこには織斑千冬という“閻魔大王”が眼光鋭く待ち構えていた。

「すぐにでも、生徒指導部まで付いてきてほしいそうです」

女神の笑みで死刑宣告を放つセシリアに対し、修夜も本音も「はい」と小さく返事することしか出来なかった。

「帰ってきたらご説明の程、よろしくお願いいたしますね?」

おずおずと千冬の元に向かう修夜と本音を、笑顔のまま送り出すセシリア。

千冬に連行されていく二人を、鈴とⅠ組一同はただ呆然と見送るしかなかった。

 

――

 

「本当に申し訳ありません!」

 

生徒指導部から帰ってきた修夜と本音から事情を聞いたセシリアは、二人に対して怒りをぶつけたことを平謝りしていた。

「もういいよ、変な誤解を作った俺らに非があるわけだし」

千冬の鬼も泣き出すだろう眼光を伴った尋問に耐え、修夜も本音も朝からすっかりくたびれてしまっていた。

「まぁ、自業自得ね」

(お前が言うな……!)

皮肉を大いに込めた鈴の一言に苛立ちつつ、修夜は事態の打開策を練ろうと頭を回す。

一応、事態を知っている千冬が率先して火消しに回ってくれることになり、修夜と本音の交際疑惑はすぐに消える見通しとなった。

問題はことが大きくなったことで、想定外の人間に簪の行状が知られたことである。

本音がこれまでことを大きくするのを嫌がったのは、簪の繊細さを気遣って他人を避けていた部分が大きい。

人助けとはいえ、ビビり屋の簪の前に大挙して人が押し寄せると、せっかく付いた専用機構築の段取りが水泡に帰す恐れがある。

それ以上に、何よりも危惧したのは――

 

「水臭いよな、修夜ものほほんさんも。そういうことは相談してくれればいいのに」

 

このどうしようもない一夏(おせっかいやき)に、事態を引っかき回される危険性だった。

根明(ねあか)で人懐っこい一夏と、引っ込み思案で内向的な簪は、「水と油」に近い存在である。加えて言うなら、一夏は悪意なく余計な一言を放つ傾向にあるため、精神的に打たれ弱いであろう簪に無神経な発言をしてしまう危険もある。

とはいえ、もうバレてしまった以上、ひた隠しにすることは出来ない。

一夏なら、何も言わなくても簪に絡みに行く。そして多分、不興を買う。

そこまで考えた修夜だが、これと言って得策も浮かんでこなかった。

そこへ小さな影が一つ。

「……お兄ちゃん」

そこには、特注サイズの制服に身を包んだ紅耀が佇んでいた。

紅耀はしばらく修夜を見つめたのち、

「……めっ、です」

机に座った修夜の頭を唐突にチョップした。

「……黙ってて悪かった」

バツが悪そうに紅耀に謝る修夜。思えばここ三日以上、寮では紅耀にかまってやらずに弁当作りに勤しむ日々だった。

見かけこそ大人しく利発だが、その実かなり甘えん坊で淋しがりなのが紅耀という少女なのだ。寮では修夜にべったりとひっ付き、行動を共にしていることが多い。

だが謝る修夜に対し、紅耀はかぶりを振った。

「……ちゃんと、話して欲しかったです」

「ごめん……」

「……何でも自分だけで抱えちゃ、めっ、です」

「あぁ、悪かった」

これではどちらが兄で妹かわからない。溜め息交じりに心中で自嘲しつつ、修夜は紅耀の頭を撫でてやった。

「まぁ、とりあえずだ。話が広まったちまった以上、これ以上隠しようがない」

ときに賽の目は投げてみなければわからない。

一か八か、修夜は自分の仲間たちを簪に引き合わせることを決した。

 




というわけで、本日の更新となります
短期更新の反動って怖いわぁ(汗
それでも前ほど期間開かなかったことだけが御の字かもしれませんが(汗

今回の更新で漸く簪の機体作成に関わることになりました
まぁ、修夜がやってることは料理作成なわけですが
因みに、「以食開心」は毎度ながら造語です
読み下すと【食を以て心を開く】となり、今回の簪へのアプローチそのものを指します。

そして、今回のセッシーですが……うん、どーしてこーなった!?
つ~か、噂も捻じ曲がりすぎだし、何をどー解釈したらこんな風になるのだろうか!?
ちょっと女子の噂話の怖さを悟った一瞬でした(汗

ではでは~

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