IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

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怒涛の短期更新ラッシュだなぁ(汗
エンジン掛かって波に乗ってきたのかも(汗


第四十一話『痛怪賢美、電脳の鬼才』

自分でも甘いとは分かっている。

分かっているが、半月以上も寝食を共にしていると、どうも同情心に責められてしまう。

真行寺修夜(おれ)に助けを求めてくる布仏本音(かのじょ)の言葉に、打算も甘えもなかった気がした。

限界までやりきった人間の出す、無力さに打ちひしがれた時の声のように思えた。

……いや、これ以上は自分への言い訳だ。

甘いと思うが、俺は打算なしに彼女を助けたくなった。

だからこうして、本音に工学棟の中を案内されている。

工学棟はISの整備に必要な一切の設備を有した、学園内でもひときわ大きな建造物だ。

設備は最先端のものを揃えられ、その気になればここでISを独自開発することも出来るほどらしい。

時間は夕方の五時半。

階段を二度上がって、そこから薄暗い廊下を進んでいく。

窓の少ない一画を通っているので、うす暗く不気味な雰囲気を呈している。

その廊下の突き当たりから、明かりが漏れる部屋があった。

「あそこだよ」

指さしながら、本音は小さな声で部屋を示した。

そっと近付いて行くと、『第八整備室』と掲げられたプレートが見えた。

また本音がドアの窓から中を除くよう、指先で支持してくる。

誘われるまま中をのぞいてみる。

そこには、無数の工具とパーツが整然と並び、整備用のリフトにはジャッキやウィンチで固定されたISがあった。

その前で、コンソールに向かいながら黙々とデータを処理する更識簪の姿があった。

見ていたら本音に袖を引っ張られたので、向き直ると少し離れるよう誘導された。

整備室から少し離れた部屋の前まで来ると、本音はまた小声で話し始めた。

「ああやって入学してしばらくしない内から、ずっとISをいじってるの」

「ずっと……って、じゃあもうひと月以上も、放課後はここに来てるのか?」

「無人機事件が収まってからは、ほとんど泊まり込んでるみたい……」

「よく織斑先生が許可出したな……」

「私も一緒になって、頼み込んだの。それで月末までって、期限付きで……」

他にも制約はあった。

 

 一、深夜十時以降は作業を中止し、十一時までに就寝する。

 一、織斑先生の許可した人間以外を、工学棟及び整備室に連れ込まない。

 一、連れ込んだ人間は必ず夜間九時までに寮に帰す。

 一、寝泊まりは一階の警備室に隣接する仮眠室を利用する。

 一、必ず食事は摂取する。また就寝前に一階シャワー室を利用するべし。

 一、戸締まり、機材の電源の確認は怠らない。

 一、期限の引き延ばしはない。

 (ひつ)、以上を一つでも順守しえない場合、即刻叩き出す。

 

あの厳格な千冬さんにここまで譲歩させたというだけでも、充分に驚くべきことだ。

そして何より、制約の端々に千冬さんらしい“優しさ”も隠れている。

「しかし、月末までとはいえ、ISがそんなあっさり完成できるとは思えないな」

「……私が整備科志望なのは、かんちゃんを支えたいからなの」

「え……?」

「昔から、お姉ちゃんとたっちゃん……あ、たっちゃんは会長さんのことね。あの二人を見てきたから、私もあんなふうになりたいなぁって……」

「あの会長と幼馴染ってことは、お前のお姉さんも相当って感じだな」

「うん、自慢のお姉ちゃん。整備科でもうちの学校でトップなんだから~!」

生徒会長と虚さんのことを話す本音の顔には、いつもの陽気さが戻っていた。

憧れを語る屈託のない笑顔。

俺自身、こんな顔で宇宙(そら)への夢を語れているだろうか……。

いや、今は余所事はよそう。

「さて、俺はどうやって手助けすればいいんだ?」

保健室で見せた更識簪の性格上、正面切って手伝いを申し出ても、ビビって追い出されるか、本音のように拒否されて終わるか、二択だろう。

そもそもISの整備とかは、拓海の領分だ。

俺はそれを横で見ていてにわか知識こそあるが、正直いって門外漢に近い。

「一番良いのは……、やっぱりたくみんに協力してもらうこと、かなぁ……」

だろうな。

だが拓海も拓海で、最近またエアリオルの調整に勤しんでいて、そう簡単に時間を割いてくれそうにない。

「確かにそれが一番だが、あいつはそんなに簡単に『うん』とは言わないぞ?」

拓海も俺と同じで、相手が受け入れる態勢にないのに無理やり押しかけるのは、有り体にいえば“趣味じゃない”。

納得のいく理由がないと動かないのは、二人とも白夜師匠の受け売りだ。特に拓海は俺以上にお人好しだが、その辺りの分別がはっきりしている。

「そっかぁ……」

「まあ、訊いてみるだけ訊いてみるさ」

「あ、あとね……!」

「なんだ?」

「……ごはん」

「え?」

今しがた、変な単語が聞こえた気がしたが……。

「かんちゃんにね、ちゃんと、ごはん、食べてほしいの……」

「どういう意味だ……?」

「その……」

また本音がとつとつと話し始める。

そしてこれを訊いた俺は、何とも言い辛い倦怠感に襲われた。

ここ半月、なんと簪の主食は市販のカロリーバー“だけ”だった。

朝はカロリーバー一本に野菜ジュース、昼も食う間を惜しんでデータをいじり、夜中もカロリーバー数本に野菜ジュースと栄養剤、そのあとにサプリメントの錠剤を十種類ほどと、どっからどう聞いてもヤバい食生活を送っていたのだ。

確かに規約通りに飯は食っていた。……食っていたが、これは俺たち年頃の学生がやっていい食生活を逸脱し過ぎている!!

しかも就寝時間になっても仮眠室に隠したコンソールでデータをいじり、シャワーも5分かからずに終了するという年頃の女の子とは思えないカラスの行水ぶりと、千冬さんが想定したであろう規約に対して限りなくアウトに近いことをやらかしていた。

はっきりいってやる。

こんなんでまともなISが出来るか、バカヤロウッッ!!

「……一応訊くが、本音はちゃんと注意喚起してたんだよな?」

「うん……」

「ホントに?」

「泣いたり怒鳴ったりしてみたけど、おろおろされるばっかりで……」

泣きそうな雰囲気の本音に、俺も頭を抱えたくなった。

「これで機体は全損なんだろ、どう考えても無理だろ……!」

怒鳴りたくなるのを抑えるが、ついつい語気が荒くなってくる。

「え、機体は無事だよ?」

俺の発言に対し、きょとんとした顔で本音が妙なことを言ってきた。

「……いやいや、さっき保健室で聞いた時は八割方ぶっ壊れたって……」

「それはかんちゃんが倉持技研の人からもらったテスト用で、かんちゃんが今いじっているのが、かんちゃんの専用機なの」

テスト用……、ってか、なんでそこで倉持技研の名前が?

 

――倉持技研で製造中だった簪の専用機

 

そうだった、更識簪の機体は本来なら倉持技研が開発するはずで、一夏の「白式」に人員を割かれて碌に開発できずにいたんだった。

「かんちゃんの話だと、パーツ一個一個は組上がっているけど、それを繋ぎ合わせるのと動かすためのプログラムを組むのが残ってるみたい」

つまり模型で言うなら、後は各部パーツを繋いでネジを締めれば完成ってことか。

「繋ぐだけなら、確かにそんなに人では要らないが、何にそんなに……」

「……FCSのプログラミング、かなぁ」

FCS――火器管制(Fire Control Systems)、つまりISの武器の制御用プログラム一式のことだ。ISが兵器として取り扱われている以上、FCSが正常に作動しなければISは本来の用を為し得ない。

「わざわざそんな複雑そうなものを、自前で組むって理由は?」

「かんちゃんの専用機――<打鉄弐式(うちがねにしき)>の一番の武器は、マルチロックミサイルでの弾幕戦法なの。だから普通に普及しているOSで間に合わせると、せっかくのミサイルが勿体ないの」

「打鉄……、まるで“量産の打鉄”の発展機みたいな名前だな?」

「打鉄がもともと耐久性と安定性重視だから、今の第三世代型の量産モデルに機動性重視の機体が欲しいって、そのデータ採集も兼ねてるみたい」

それを聞くと、白式に開発戦力のほとんどを集中させている意味が、俺にはますます分からなかった。

確かに白式には解析不詳の部分が数多く存在する。けどそのためにすべての力を注いでしまっては、結果的に倉持技研全体の機能を損ねてしまう。力の割振りがあまりにも極端だ。

なんというか、色々と釈然としないことだらけだな。

「とにかく、まずは拓海と相談だな。事と次第によるが、どれだけ協力してくれるかは保証できないぞ」

「ありがと~! ……あ、それとごはんのことも……」

それはいるんかい。

……まぁ、雑な食生活をしていると聞かされて、俺の料理魂が疼いてきたのも事実だ。

「わかったよ、何とかしてみる」

そういうと、本音はまた礼を言って笑顔を見せた。多分、今日一番の笑顔だろう。

 

――――

 

「やりたいのは山々だけどね~」

苦笑いを浮かべながら、拓海はコンソールを跨いで俺と本音に対峙する。

あれから寮に戻り、拓海のいる一階の予備管理室に向かった。

「正直、僕もやってみたいっていうのはあるよ。ただね……」

拓海が渋っている理由は二つ。

一つは簪の頑なさ、もう一つは“企業の壁”だ。

拓海も技師として簪の頑なさに理解を示せるとし、その上で彼女が簡単に折れてくれるか疑問を呈してきた。

そしてもう一つの問題には、少し厄介な事情が絡んでいた。

蒼羽技研(うち)、倉持重工とはひと悶着あって微妙なんだよね……」

なんでも倉持技研は本来、日本有数の重工企業「倉持重工」の直轄の研究所とのこと。

そして倉持と蒼羽は、俺のIS開発を巡って揉め事を起こしたのだという。

倉持は日本のIS開発の第一線を担ってきた、日本におけるIS開発の第一企業らしい。

政府とも太いパイプを持ち、当初は俺のISも倉持が開発する算段で、裏で政府役人とも交渉は進んでいたんだとか。

ところがそこに蒼羽が、ほぼ完成済みの<エアリオル>とそれを操縦する俺の映像資料を持ち込み、俺の所属権を持って行ってしまった。

倉持は強く抗議したが、結局、蒼羽は厳重注意に留まり、実質お咎めなしで終わった。

以来、倉持の上層部は蒼羽と志士桜グループを目の(かたき)にしているらしい。

「倉持の開発していたISを触る以上、そこに蒼羽(ぼく)が関わっていると下手にばれると、蒼羽も倉持技研(むこう)もただじゃ済まないだろうね」

「……蒼羽は分かるけど、倉持技研が処断される理由が分からないぞ」

「技研はあくまで企業の“子分”。蒼羽も志士桜グループの直轄とはいえ、万一にも会長が“決断した”日には明日がなくなる。それは倉持も同じなんだよ」

思った以上に厄介だった。

俺のISが、まさかこんなところで物議を醸していたとは、夢にも思わなかった。さらに、そのツケがこんなところで廻ってくるとは……。

自分の座右“人間万事塞翁が馬”を、こんなかたちで体感する羽目になるとは、皮肉としか言いようがない。

「……ただ」

拓海の声の色が変わった。

「素人にISの開発を丸投げした“無責任者”の顔は、ちょっと拝見したいかな」

……あ、これは怒ってますわ。

拓海は自分の怒りは極限まで耐えられるが、こと他人への理不尽には素直に憤る。

大人の身勝手で振り回された簪の境遇に、思うところが出てきたのだろう。

「でもなぁ、顔を見たいとか言っても連絡先が分からないと……」

「あるよ~」

はい?

「パーツが送られてきたときに、名刺が一枚、オマケで付いてきたんだよ~」

そういって本音が生徒手帳のポケットから、一枚の名刺が出てきた。

 

――倉持技研第二研究所所長 篝火(かがりび)ヒカルノ 

 

名刺にはそうあった。

そこに添えて、「困ったらいつでも連絡してね~」とハートマークを添えた書き留めも付いていた。

「随分とまあ、舐めた名刺だことで……」

「“いつでも”いうけど、今からでもいいのかなぁ~……?」

名刺を睨む俺と本音。

「ちょっと見せて」

拓海にも名刺を渡して見せる……と同時に、さっそくコンソールに何か打ち込み始めた。

「何してんだ、拓海」

「もちろん連絡さ~」

……え?

はい?

いやいやいやいや……。

「おい、いくらなんでもそれは……!」

「向こうがいつでもっていうんじゃない、今からでも良いでしょ!」

あかん、笑顔なのに目が笑ってへん。メンテ神が降臨されてる……。

しばらくして、コンソールから電話のベルの音が鳴りはじめる。

「のほほんさん、ちょっとこっちにお願い」

拓海が本音を手招きし、コーンソルの前に座らせた。

「俺も良いか?」

拓海に訊ねると、のほほんさんの後ろ辺りに誘導された。

コンソールの中空電子画面(マルチモニター)には、カメラ通信用のアプリケーションが起動し、受話器のマークの周りを白い球体が円を描いて周回している。

《はいはーいい、どこのどちら様で……あら、しばらく前に来たお嬢さんじゃない》

モニターの出てきたのは一人の女性。

黒のハイネックの上に白衣をまとった、切れ長の目をした端正な顔立ちの美女。……だが、まず目を引いたのは、妙齢にも係わらずゆるいウェーブの髪を“ツインテール”でまとめている。そして髪の色が比喩でも何でもなく“青草色”をしていた。何より彼女の顔立ちは、俺の勘が正しければ“師匠の同類”というカテゴリーに属するタイプだった。

何か嫌な予感がするんだが……。

「お久しぶりです、IS学園一年生の布仏本音です~」

《どうしたの、こんな時間に。……って言っても、聞いてくることは一つよね》

「横から失礼します」

本音が画面の向こうの美女と対談している間に、拓海が割って入っていった。

《あら、彼女のお友達? それともカレシさんかしら?》

「はじめまして、篝火ヒカルノ所長。僕は蒼羽技研・IS開発担当主任の相沢拓海といいます」

《蒼羽……。あぁ、そういえば『IS開発を異例の若さで任された天才児が現れた』って聞いていたけど……。本物?》

「それは後の彼を見れば、少しは信じてもらえます?」

拓海は俺に顔を半分向けながら篝火所長に話しかける。

《その子、まさか……》

「えぇ、僕の家族の言える友人で、世界に二人の男性IS操縦者の片割れ、真行寺修夜その人です」

《うそ、ホントに。特殊メイクとかCGなんかじゃないのよね?》

「はい、なんでしたら……修夜、エアリオルを展開してくれるかい?」

は?

「言いたいことは分かるけど、ここは本音の事情を踏まえて、ね?」

それを言われると、どうしようもないな。

仕方なく学生服を脱いでISスーツの状態になった俺は、さっそくエアリオルをその場で緊急展開する。

俺の体に白亜の装甲が装着され、エアリオルがその全容を明かした。

「どうです?」

拓海はコンソールのカメラを俺に向け、全体像を篝火所長に見せた。

《すごい……、本物だわ!!》

まるで子供のように目を輝かせながら、画面にどアップで迫る篝火所長。

「多少は信じていただけました?」

《えぇ、満足まんぞく~》

拓海から解除していいと言い、俺はすぐさまエアリオルを収め、制服を着直した。

《それで蒼羽技研の主任さんが、布仏さんに渡した名刺から何の御用かしら?》

「率直にお聞きします。更識簪さんの専用機、何故開発の匙を投げられたのですか?」

拓海が直球勝負に出る。

顔つきもいつもの穏やかな表情から、目つきの鋭い“真顔”に変わった。

少しの沈黙が場を支配した後、篝火所長がおもむろに口を開いた。

《それを訊いたとして、どうするつもりかしら?》

「そちらの返答次第です。場合によっては、そちらから更識簪の所属権を“毟り取る”ことも、やぶさかじゃないと思ってます」

物騒なことを口走る拓海だが、この感じは脅しでも何でもない。

マジで簪の専用機と彼女の所属権を、事と次第で分捕る気だ……!

《そこまで肩入れするのは、何故?》

篝火所長の問いに対し、拓海は力を込めて切り返した。

 

「単純な理由です。その無責任さが、僕は気に入らないんです」

 

【無責任】。

拓海ほどこの言葉が嫌いな奴を俺は知らない。

見た目こそ眼鏡をかけて爽やかな感じだが、ときどきこっちがびっくりするぐらいのタフで肝の据わった一面を見せるときがある。

やると決め、口に出したら本当にやってしまう。それこそ“責任と心中する”くらいの鬼気を、いつも心に秘めて動いている。

拓海は、簪の専用機を放り投げた大人たちが、情けなくてしょうがなかったに違いない。

そしてそんな大人に見放された簪を、どうにかしたいと思ったんだろう。

……ホントに、大した奴だよ。

《ふふっ》

拓海の返答を聞いた篝火所長が、急に笑い出した。

《あなたって……最高!》

ひとしきり笑い終わって、第一声がそれだった。

「それはどうも」

《ホント、うちの上層部の役員たちに、あなたの爪の垢を煎じてディナーの隠し味に仕込んで食べさせたいくらいね》

「……そういう言い方をする、ということは」

《そう、打鉄弐式の受け渡しは、うちの上層部の独断よ》

篝火所長は話を続けた。

白式の一夏への受け渡しが決まって以降、倉持技研は一夏の戦闘データと白式の内部解析に八割以上もの精力を傾けているという。

それというのも、政府のお偉方が白式の未解析データの解析を、来年の三月までにすべて終えろと無茶を振ってきたためらしいのだ。

その裏には、俺と一夏をモデルケースとする“更なる男性操縦者の発掘”と、俺たちを“日本国内に繋ぎ止める”という意図があるらしい。

白式のデータ構造が分かれば、それを基礎に男性にISを操縦させる技術が生まれる可能性がある。

その技術が欲しいのは、当然日本だけではない。

現状は日本政府と日本IS委員会が俺たちを繋ぎ止めているが、数年後までに男性操縦者のメカニズムが解明できなければ、俺たちは自由国籍権を与えられ、各国へ研究のためにたらい回しにすることが決まっているというのだ。

「……志士桜本社でも掴めていない情報ですね。いいんですか?」

《いいのいいの。私腹と沽券で頭がいっぱいの倉持重工本社(おじさまたち)の都合で、私の仕事と研究(しゅみ)まで持っていかれた仕返し》

「お仕事、ですか~……?」

《あなたのお友達のISのOS開発は、元は私がやるはずだったのよ?》

本音の質問を所長が返す。

篝火所長はマルチロックミサイルに関して“面白いプログラム”を閃いていたらしい。いざそれを構築しようと乗ってきたところに、本社からの無茶振りでアイデアを試す間もなく、今や研究所で缶詰の日々だという。

《何度も同じデータの検証させられるわ、いつの間にか武装は増えてるわで、ホントてんてこ舞いよ》

増えた武装ってのは、多分「六花(りっか)」のことだな。

……いやいや、待て待て?

「おい、拓海。六花の装備って、倉持技研に通してるのか……?」

「もちろん。勝手にいじった日には、蒼羽と倉持で全面戦争だろうし」

《ちょっと、今何て言ったの?》

しまった、小声のつもりがマイクで拾われていた……!

「そちらに以前お出しした、白式の改修許可についてです」

そしてあっさりゲロった!?

《待って待って、そんな文書うちには来てないし、通達すらないわよ?》

忙しなくコンソールを叩きながら、所長は何やら画面の向こうで検索しはじめる。

しまいには、後ろを通りかかった研究員にまで声をかけ、見る見るうちに研究所内は大わらわになっていった。

もちろんその様相は、こっちにばっちり中継されていた。

 

それから十数分が経った頃に……。

 

《あった、あったわよ!!》

「はい、間違いなくうちが送ったものですね」

どうやらめでたく発見された。

なんでも白式関連の研究文書と一緒くたにされ、書類の山に埋まっていたらしい。

《まったく、驚いたわ。何をしても言うことを聞いてくれないあの欠陥機に、こんな後付装備(イコライザ)をつけたなんて》

所長は一息つきながらも、どこか面白そうに笑っていた。

《あなた、ホントにただの天才君?》

「いえいえ、自分の師匠(せんせい)に比べれば、これぐらいが限界ですよ」

《うふふっ、こんなことが出来る先生って、それこそ“篠ノ之束”クラスの怪物よ?》

「えぇ、そうかも知れませんね」

拓海もいつもの爽やかな笑みで応じた。

篠ノ之束、か……。

「どうしたの、しゅうやん?」

不意に、本音が声をかけてくる。

「あ、あぁ、何でもない」

「なんかぼーっとしてたよ。おなか減ったの~……?」

「そういえば、まだ晩飯食ってなかったな……」

……駄目だな、つい反応しちまった。

《さて、そろそろ本題と行きましょう。単に倉持技研(うち)にクレームを付けに来た訳じゃないでしょ?》

「では率直に。更識簪さんの専用機、“僕個人”が開発に携わっても構いませんか?」

なるほど個人か、上手い事言ったもんだ。

《えぇ、個人の趣味にならこちらはとやかくいえないし。その代わり……》

「交換条件ですか?」

《そっ。まず弐式のデータは倉持で主導権を維持すること。それと私謹製のOSとプログラムを弐式に導入させること》

「プログラム開発のこと、諦めてなかったんですね」

《これでも、プログラミングは篠ノ之束にだって負けない自信はあるわよ。私も“黄金の世代”の一人だもの》

【黄金の世代】。

千冬さん、そして篠ノ之束博士を含む、現在二十四歳前後のIS黎明期に活躍した若い世代を差す言葉だ。

先の二人を筆頭に、この世代には怪物級の才覚者が数多く登場している。

「ということは、千冬さんと同年代ですか」

《えぇ、同級生だったわ。……といっても、向こうは碌に覚えてないでしょうけど》

千冬さんと同年代で、既に一技研の所長クラスか。自信があるのも、相応の実力があるからこそだな。

《あ、あと。あの後付装備のデータはきっちり解析させてもらうけど、いいわよね?》

「お構いなく、技術開示はIS開発の鉄則ですから」

《それと》

まだあるんかい。

《あなた個人とのお付き合い、今後も続けさせてもらっていいかしら。もちろん、色々とサービスさせてもらうわよ?》

「構いませんよ。むしろ、白式のデータの交換ができれば、相互利益になりますしね」

《あくまでビジネスライク、ってことね。お姉さんとして、君自身にも興味あるんだけどな~?》

「ははは、光栄ですね」

そんな感じでOSと専用機に搭載予定だったプログラムを貰い、俺たちは篝火所長との通信を終えた。

 

――――

 

色々と濃い~対談だったが、得るものは多かった。

まず拓海が“個人的に”専用機の開発に関われるようになった。

それによるネックだった倉持との軋轢も、拓海と所長のあいだにパイプが出来たことで回避できるようになった。

上層部への対応は、篝火所長が適当にあしらってくれるらしい。

ついでに、珍しくハイテンションな拓海も拝めた。

「すっごいな、このプログラム。無駄っていうものない、ほぼ完璧な仕上がりだ!」

拓海が後で調べたところでは、なんとあの所長、量産型IS<打鉄>のOSを開発した張本人だったらしい。

拓海曰く、打鉄のOSはその柔軟さと拡充性の高さが最大の特徴で、とにかく打鉄の規格にさえ合えば、どんな追加兵装(パッケージ)でも受け入れられるのだという。

篠ノ之束博士と自分を比肩させただけの実力を、本当に篝火所長は持っていたようだ。

なお、この説明を十分ほど、喜々として細かいところまでしゃべってくれた。

テンション上がりすぎだよ、拓海さん……。

そして現在、俺はというと――

 

「美味そうだな~」

「お前は食堂で食ってきたんだろ、我慢してくれ」

 

自分の夕食を調理中だ。

ただし、食うのは自室(ここ)じゃない。

もうすぐ本音との約束の時間が迫っている。

……さて、あのイノシシ娘がどこまで食い付いてくれるか、俺の腕試しだ。

 

 




と、言うわけで本日の更新となります
前書きでも言ったように、怒涛の更新ラッシュ……今まで更新が出来なかっただけに、爆発力がすごいのかな?(汗
そうだとしたら、反動が怖いな(汗

今回の更新は、倉持技研の所長であるヒカルノ所長の登場や、簪の機体がなぜ中途半端になったかなどの説明会となりました
まぁ、原作だとこの辺粗多いから、どうしても作らないといかんのだけどね(汗

また、「痛怪賢美」とは例によって相方が作った造語です。
意味合いとして、“痛怪”は『奇怪』のようなおどろおどろしい怪しさとうよりは、見ていて「ナニコイツ、胡散臭イ!?」っていう“駄目だこいつ”的なニュアンスであり、“賢美”は『才色兼備』からもじって、そのまま見た意味で。
つまり【美人で賢いけどめっちゃイタイ人】という、身も蓋もない言葉ということらしいです
いや、原作その通りだから本気で身も蓋もないんですが(汗

さて、次回から本格的に簪の機体作成に関わっていくことになると思いますが、そこは相方共々無理のないペースでやっていきたいと思います
わたしゃ自身も、最近ブラックな現場辞められて精神的余裕も出てきましたしね(汗

ではでは

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