IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

51 / 63
今回は更新期間開かなくてよかったー(汗


第四十話『衝撃邂逅、黄昏の流星』

翌朝の1年Ⅰ組――。

 

(面倒なことになった)

溜め息をつきながら、真行寺修夜(おれ)は猫背で頬杖をつく。

IS学園に入学して、早くも二ヶ月。

怒涛の如くトラブルに見舞われているが、それでもいつかは落ち着くと思っていた。

思っていた、思いたかった。

(何でこう、メンドクサイことが立て続けに……)

「おーい、真行寺君!」

うおっと。

いきなり誰が背中を叩いてきたかと思えば……。

「鷹月か、なんだよいきなり」

鷹月(たかつき)静寐(しずね)、クラスメイトの女子で学級委員。

短い髪に前髪の左右を留める赤紫のヘアピンが目印で、俺や一夏に“まったく媚びてこない”この学園の女子としては大変奇特な、そして俺たちにとっては気楽に接することのできる数少ない存在だ。

Ⅰ組の女子のまとめ役であり、入学時に騒ぐ女子を制してこのクラスに平穏をもたらした立役者だ。

セシリアや鈴に対する理解も早く、気付けば箒やセシリアに本音を除くと、一番接している機会の多い子だったりする。

「元気がなさそうだったから、景気付けにね」

「そりゃどうも」

「何、悩み事?」

「まぁ、そんなところだな……っても、自分の運の(めぐ)りのことだから」

「あははっ、それは私も助けられないなぁ」

男兄弟の中で育ってきたらしく、女子だらけで不安だったところに俺と一夏がいたのが気楽だったとか。なので、こうしてよく他愛のないやり取りをよくしている。

「そういえば、昨日はあの生徒会長さんと会ってきたんでしょ。どんな感じだった?」

「まぁ、賑やかな人だったよ」

「へぇ~、そうなんだ」

「あっ、鷹月さんじゃん。おはよう!」

そこに一夏が顔を出してきた。

「織斑君、おはよ~!」

「何、話してたの?」

「昨日、織斑君たちが生徒会長さんと会ってきたこと」

「あぁ、昨日のか」

そこから一夏が生徒会長との対面や、襲撃事件のお礼に豪華な昼飯をごちそうになったことなど、鷹月に説明しはじめる。

ただ一夏の説明は、ところどころ変に抽象的になるから、結局おれがフォローに入って補完していった。

そして、自衛組織への勧誘の件に入ったところで、俺は止めに入った。

何故止めるかと一夏は抗議してきたので、襲撃事件の“俺と一夏のデータ収集疑惑”に余計な人間を巻き込むなと耳打ちすると、さすがの一夏も押し黙った。

……待てよ。

俺や一夏、千冬さんをはじめとした一部の教師たちが、あの事件の真相にデータ収集の疑惑があることを知っているのはわかる。

だがそれを生徒会とはいえ、あそこにいた面々が易々(やすやす)と情報を掴めたとは思えない。

……というかあの生徒会、学園の運営と話し合えるほどの権限を持つとか、どれだけの組織なんだ。拓海が調べたところじゃ、あの生徒会長の言っていたことは、ほぼ間違いないらしいが……。

いかん、ものすごく厄介なところに目を付けられた気がするぞ。

「そういえば会長さんって、妹さんがいるんでしょ?」

鷹月の声で、俺はふと思考の海から返ってきた。

「妹?」

「そう、今年IS学園に入学してきて、Ⅳ組にいるらしいの」

「Ⅳ組かぁ」

「なんでも“日本の代表候補生”らしいのよ!」

「え、マジ!?」

そういえば、セシリアや鈴のように他国の代表候補の話は盛り上がったことがあるが、どうも日本の代表候補生は耳に入れたことがなかったな。

あの会長も本音曰く“現ロシア代表”らしいが……。

いや待て、今更だがなんで日本人が“ロシア代表”なんだ。ほんとに今更だけど、普通に考えてみるとおかしい話だろ。

「ただ、実は“誰もまともに会ったことがない”らしいのよね」

「へ、どういうこと?」

「なんでも目立たない子らしくて、話しかけても無視されたとか、あまり良い印象になる噂自体聞かないっていうか……」

つい余所事に気をまわしてしまったが、再び一夏と鷹月の会話に耳を傾ける。

「とりあえず、“寡黙でミステリアスな眼鏡美少女”らしいんだけど……」

「へぇ~」

「まぁ、織斑君はクラス代表だから、いずれ対戦する機会が来ると思うよ?」

「へ?」

相変わらずの間抜けな顔で、頭の上に疑問符を浮かべる一夏。

「その会長の妹って子も、クラス代表なのか?」

「うん、でもこの前の事件でデビュー戦はお預けになっちゃったから、どれだけ強いのかは分からないんだよね」

そんな話をしているうちに、朝礼の時間を告げるチャイムが教室に鳴り響いた。

ともかく、授業が終わって夕方の自主練で、拓海と色々とすり合わせてみるか。

 

 

――――

 

放課後の第四アリーナ。

「……どういうことだ」

いつものように自主練に励もうとする俺たちだったが、そこにいたのは修夜(おれ)と一夏と拓海だけだった。

「箒は剣道部の先輩との約束で、セシリアもテニス部で欠席で……」

「鈴はさっきメールで、《ラクロス部から呼び出された》って来たよ」

今までも、各々の部活動で誰かが欠席することはあったが、こうも女子全員がいなくなったというのは初めてのケースだ。

ついでに本音は神出鬼没で、いつの間にか来ていつの間にか消えていることが多い。稀にだが、一度も姿を見せずに終わることもある。

「どうする、修夜?」

「どうするも何も、いつも通りやるしかねぇだろ」

二人だけでも訓練はできないわけじゃない。

それに逆に考えれば、一夏に「一刀一拳の型」と「一刀一射の型」を、マンツーマンで復習させられるともいえる。

昔から一夏は土壇場に強いが、その土壇場での強さは日々の積み重ねあってこそ、本当の強さになるものだ。機会があれば出来るだけ反復練習させて、体に叩き込んでいく方がいいだろう。

「それじゃあ、僕の調べてきたことは、休憩中の方がいいかな」

「おう、済まないがそうしてくれるか」

拓海はそのまま自前のコンソールを開き、カメラに接続して練習風景の撮影に取り掛かる。

そのあいだに、俺と一夏は準備運動とストレッチをはじめるのだった。

 

 

一時間後、ひとしきり動き回ったところで一夏がへばってきたため、休憩をはさむ。

やっぱりというか、やり始めたころよりマシになったぐらいまで、また腕が鈍っていたようだった。

……まぁ、とにかく普段からやらせるのが重要だ。しっかり叩き込んでおけば、本番でちゃんとものにしている分、教え甲斐もあるし。

「二人ともお疲れ」

「おう、悪いな」

記録を採っていた拓海が、スポーツドリンクを手渡してきてくれた。

そこからは拓海の分析を交えて、現状の一夏の課題を掘り下げていく。

以前にも増して空中での動きは向上しており、ただ単調に飛ぶだけでなく、体を捻って飛行軌道に緩急を付けたり、とっさに回避した後に相手の死角に入り込もうとするなど、徐々に“細かい飛び方”が身について来ている様子だ。

一方で、攻め手が「正面から突撃する」の一択に偏る癖はまだまだ抜けないらしい。

今後は受けから攻めに転じる“後の先”、いわゆるカウンター戦法も、徐々に仕込んでいく必要がありそうだ。

一通り確認が済んだところで、拓海が昨日の件について話題を切り替えてきた。

「修夜には昨日も言ったけど、運営が二人の監視を強化しようという動きは、ホントにあるみたいだね」

「マジかぁ……」

不安そうにうなだれる一夏。

「拓海。そもそもそれを、なんであの会長がその情報を掴んでいたんだ。……まるで“事件の裏まで知り尽くしている”かのように」

俺が一番気がかりなのは、これだ。

あの一件の真意は、何者かが俺と一夏の戦闘データを採集するために仕組んだ、砕いて言えばとんでもない“迷惑行為”だというのが、拓海の見解だ。

そこが分からなければ、「緊急事態に動くことが許されない」という、俺たちが外部から狙われているという意味を含んだ言葉は出てこないだろう。

「僕も少し気になって、あの会長さんについて、色々と探ってみたんだ」

言うと、コンソールを叩きながら、拓海は解説を始めた。

「更識楯無、IS学園二年生、特選科所属。部活は弓道部で、生徒会会長。そして現役のロシア連邦の国家代表で、“更識家の第十七代目当主”だ」

「更識?」

「何でも、戦国時代から続く武家の血筋で、一説には伊賀か甲賀の忍者の末裔とも噂されている一族だね」

「忍者? マジで!?」

「落ち着け、一夏」

「江戸時代からは徳川家の御庭番として、明治維新後は政府に囲われて諜報員に、第二次大戦前後からは海外からの工作員に対抗する特別活動の専門家として……。現代まで連綿と続く“国家の裏方”の家柄らしい」

「よくそこまでわかったな」

「“事実半分、都市伝説半分”って感じだから、眉唾(まゆつば)の可能性も否めないけどね」

「会長がそこまで知っていたのは、そういう“裏の力”も借りていたから、か」

十六、七の年代で、あのオーラが放てるのも、古くからの家を継ぐからこそ身に付いたもの、なのかも知れないな。

「でもすごいよな。俺たちとそんなに年も変わらないのに、そんな由緒正しい家柄を継ぐって……」

月並みな一夏の感想だが、それには内心で同意した。

あの愉快犯じみた態度の裏で、自分の家と学園の生徒のトップ、どちらも落とさず守るというのは、十代の子供に出来る得る話ではない。

それこそ、血反吐を吐くぐらいの経験をして、ようやく一歩踏み出せるようなもんだ。テキトーそうな態度からは読み解けない、あの会長の底の深さを感じざるを得ない。

「ところで、ロシアっていつから日本の一部になったんだ?」

素っ頓狂な一夏の疑問に、俺は思わず前のめりになりかける。

「馬鹿か、お前は……」

「いやいや、だって会長は何百年も続く家の当主なんだろ? つまりちゃんと日本に住んでて、日本人なワケだろ?」

言いたいことはわかるが、そこからロシアが日本領になるって飛躍はおかしいだろ。

確かに俺も、気にはなったが……。

「それについては、“自由国籍権”の取得で解消したみたいだね」

「自由国籍……?」

「その人物に、現代の国際社会に多大な貢献や利益が見込まれる場合に限り、所属する国家を自由に選択し、その契約の下に国籍を取得させる権利のことだね」

初耳だな、それ……。

「え、えぇ……っと」

「野球選手やアナウンサーの、フリー宣言みたいなものさ」

「あぁ、なるほど!!」

……癪な話だが、この例えは上手いと言わざるを得ない。

「ただ何かしらの国際機関に、自分の有用性を証明する必要があるし、何より審査が凄く厳しいらしくてね。取得出来たのは、今までで十人いるかいないかぐらいらしいからね」

「へぇ~、すごいなぁ」

お前はそのパターンしか出ないのか、一夏。

「ちなみに、千冬さんも取得者だからね」

「マジで!?」

俺もそれは初耳だわ。

「千冬さんが一年ほど海外に出た時期があっただろ? その時に一度だけ自由国籍権を行使しているんだ」

「それって……」

「うん、“あの一件”のあとのことだね……」

アレか……。

正直、俺もあまり思い出したくないな、あの事件は。

アレが起きて以降、俺たちの環境は劇的に変化していった。

ここにいる三人、そして千冬さんと箒、そして――あの人にとっても。

「……話を戻そう。とにかく、更識生徒会長がロシア代表なのは、自由国籍権を行使しているからで――」

 

 

――ずどがぁぁあん

 

 

拓海が話を切り替えようとした一瞬だった。

どこからか、空気を叩き割るような爆発音と地面を揺らすほどの振動が、アリーナを大きく揺り動かした。

おい、もう敵襲かよ!?

思わず身構えたそのとき、拓海のコンソールに通信が入る。

「相沢主任さん、今どちらにいらっしゃいますか!?」

通信相手は山田先生だった。

「修夜と一夏の自主練に付き合って、今は第四アリーナにいます」

「よかった、それじゃあ皆さん無事なんですね……」

安堵する山田先生だが、こっちはまだ状況が呑み込めていない。

 

――ピリリリ

 

だが、今度は俺のケータイに着信が入る。

相手は本音からだった。

「もしもし本音か、どうし――」

応じた俺だったが、次の本音の“悲鳴”に戦慄が走った。

「しゅうやん……助けてっ!!」

――――

 

厚生棟一階、第一保健室。

修夜と布仏本音は、一つのベッドの前で椅子を並べて座っていた。

 

 

本音から舞い込んだ電話は、電話口の修夜の様子を拓海によってハンズフリーに切り替えられ、拓海の的確な指示と呼び掛けによって本音から事情を訊き出すに至った。

本音の友人が第五アリーナ、修夜たちのいた第四アリーナからやや離れた場所で、ISを暴走させて事故を起こしたのだという。

練習を中止して急いで現場に向かった一同が目にしたのは、まだ土煙の収まらない異様な光景のアリーナだった。

既に何人かの教師と職員がフィールドに立ち入り、修夜たちが入った東口から右手側に集まっていた。

見ると、抉られたかのように陥没した地面と、砲弾でも撃ち込まれたように円形にひび割れへしゃげたアリーナのフェンスがあった。

まるで爆弾か隕石でも落下したかのようだった。

繋げたままの電話から本音の居場所を探り、アリーナの南口に向かう。

行った先には既に園内専用の救急車が、一人の少女を担架で搬送するところだった。

本音は搬送に付添いしようとしていたが、救護班に止められてそれを見送っていた。

本音の背中に声をかけた修夜たちだったが、振り向いた彼女を見て三人は戸惑った。

 

そこにいたのは、不安に満ちた顔で涙を流す本音だった。

頬は幾筋もの涙が見え、彼女の目印であるダボダボに余った制服の袖は雨ざらしになったかと思うほど濡れていた。

 

修夜たちが知る本音は、一夏が“のほほんさん”という呼び名を付けるほど、普段からのんびりと朗らかに笑っている少女である。

彼女が不安の混ざった泣き顔をさらすなど、修夜たちには考え付かない事態だ。

振り向いた本音は、修夜に向かって一直線に駆け寄り、無言のまま縋りついた。

修夜も躊躇いがちに、本音の肩を抱いて頭を撫で、落ち着かせようとする。

それからしばらく本音の様子が落ち着くの待ってから、一同は本音の友人が搬送された厚生棟へと向かうのだった。

 

 

その後、友人は厚生棟の精密検査区画で健診を済ませ、ここで眠っている。

幸い彼女のISが、衝突の寸前に最大出力でシールドバリアーを展開したことで、彼女への肉体にかかる負荷を最小限まで抑え込んでくれていた。おかげでかすり傷と脳震盪(のうしんとう)だけで済んだという。

だが一歩間違えれば、ただでは済まなかったのも事実らしい。

その代償に、機体は全体の八十パーセント以上が損壊して大破。

拓海の見立てでは、シールドバリアーだけでは軽減できない操縦者への多大な負荷を、機体パーツが肩代わりしたことが原因らしい。

絶対防御機能が働かなかったら、自動車に轢かれたカエルと化していただろうとも言った。

人命を最優先に機動した場合のISは、絶対防御をはじめとしたこれらの機能が一瞬で起動するよう、基本プログラムに叩き込まれているのだという。

(しかし……)

修夜は改めてベッドで眠る少女を見る。

もみあげの後ろの横髪だけを伸ばしたミディアムの灰銀髪、枕元の置かれた黄色いフレームの縁無し眼鏡、少し眉尻の下がった穏やかな顔つき。

(まさか噂を聞いた当日に、本人に会うとはな)

 

更識(さらしき)(かんざし)――。

 

鷹月静寐が話していた、生徒会長・更識楯無の妹である。

本音曰く、いわゆる“幼馴染”で、唯一無二の“親友”とのこと。

同時に自分は簪の“目付け役”でもあり、彼女を守る使命も負っているという。

そこから本音は、布仏と更識の関係について語り出した。

そもそも布仏の家は更識家の勃興の頃からの子弟(してい)、つまり血を分けた主従関係にあるらしい。

初代布仏は更識家一の臣下となって力を振るい、そののちに信頼の証として更識家の姫君を賜って絆を深めたとのこと。以来、布仏家は更識家の重臣として、また兄弟家族も同然に、幾多の時代を共に歩んできたらしいのだ。

彼女の姉である布仏虚もまた、次期布仏家当主にと楯無から直接指名を受けている。

「かんちゃん、大丈夫かな……?」

本音は、昔からの愛称で簪を呼ぶ。

落ち着きを取り戻し、身の安全を知ったとはいえ、本音の不安はまだ消えていない。

「一応、師匠も診てくれて、大事ないって言ったんだ。大丈夫さ」

修夜の武術の師で養母である夜都衣(やとい)白夜(びゃくや)は、東洋医術を基盤とした医療にも精通し、修夜を養うために整体院を開いていた腕利きの整体師でもある。現在は学園専属の雇われ整体師として、この厚生棟の二階の一室に籍を置いている。

「しかし、また随分無茶したもんだな……」

「かんちゃん、だいぶ焦ってたから……」

簪の焦りの原因は、中間テスト明けに控えた“臨時クラス対抗戦”にあった。

先日の『無人機襲撃事件』によって、当日に開催されていたクラス対抗戦は中止となり、後日Ⅰ組とⅡ組だけが修夜と鈴の対決を代理として催された。

だがこれだけではさすがに不公平だとして、Ⅲ組とⅣ組が試合の実現を訴えてきた。

 

結果、Ⅲ組の代表とⅣ組の代表が、テスト明けの半ドンの日に特別試合を催すことで合意となった。

ところが問題になったのは、簪の機体だった。

簪は日本の国家代表候補としての顔も持っており、学園入学の折にはとっくに彼女のための期待が仕上がっているはずだった。だが工期の真っただ中に、“男性操縦者”の誕生という前代未聞の自体が、しかも二人発生したものだから、日本政府も日本IS委員会支部も大混乱に陥った。結果、一夏のために倉持技研で埃を被っていた<白式>が掘り起こされ、蒼羽技研によって<エアリオル>が製造されるに至った。

この煽りを受け、倉持技研で製造中だった簪の専用機は、白式の調整に人員を持っていかれてしまい、パーツを組み上げる段階で放置されてしまった。

それからも人員はもっぱら白式の調整と研究に割かれ続け、代表候補生用の機体にも係わらず工期の終了は“未定”のままとされた。

(国のお偉方は、一体何がしたいんだか……)

修夜も大人の事情に振り回されっぱなしな身の上として、他人事とは思えなかった。

「それで、しびれを切らしたかんちゃんが、倉持技研に直談判して、パーツだけ貰って今日まで組み上げていたの……」

「組み上げてって、一人で、か?」

「私も手伝うって、何度も言っているけど、聞いてくれなくって……」

修夜は拓海の調整作業を幾度か見ることがあるが、拓海の常人離れした才能をしても、微調整だけで随分時間を採られているのを見て知っていた。

たとえ専門知識や才能があったとしても、たった一人で理想の機体を組み上げるなど、かなりの無茶である。

「どうして、また……」

「……“一人で出来なきゃ駄目だから”、って」

「え?」

「かんちゃん、自分のお姉ちゃんの会長さんが、自分の専用機を自分で組み立てたことに、すごくこだわっているみたいなの……」

本音が簪から聞いた話によれば、姉の楯無は自分の専用機を、なんと自分一人で組み上げてしまったらしいのだ。

その機体は現在も彼女の愛機として、彼女を学園最強たらしめているという。

「かんちゃん、前はもっと会長さんを素直に頼ってたし、会長さんのこと避けるようなことしなかったのに……」

本音曰く、中学校に上がってから簪は楯無に対して距離を置き始めたらしい。

本音から見ても、楯無の才能と行動力は常人離れしたものらしく、それを間近で見て感じてきた簪には重圧に感じてきたのかもしれないと、自信の考えを語った。

加えて、楯無自身は相当な妹好き(シスコン)らしく、妹からは距離を取られていても、めげることなく愛情を注いでいるという。

「かんちゃんって、普段は引っ込み思案だけど、根はすごく頑固で負けず嫌いだから」

親友からすると、火に油を注いでいる状況に見えた。

特にIS学園に入学以降は、自分が楯無の妹という目で見られることに、さらに強い抵抗感を示すようになったようだ。

「一応聞けど、そんなにすごいのかあの会長?」

「うん、多分だけど、しゅうやんでも三割が限界じゃないかな?」

「三割?」

「会長さんが出す本気の限度だよ。先生たちでも百パーセントに持ち込ませられるのは、織斑せんせーぐらいだと思うよ?」

世界最強(ブリュンヒルデ)をしてようやくの全力。

一部で国家代表を一人軍隊(ワンマンアーミー)と考える専門家もいるだけに、本音に楯無への贔屓目があるとしても圧倒的な力量と言える。

さすがに修夜も、本音の回答から学園最強の意味するところを考え、冷やりとしたものを覚えた。

それからもう一度簪に目を向け、考えを巡らせる。

(一夏とは、ちょっと事情が違ってくるか)

織斑一夏は姉・千冬が世界最強になったときでも、実際の生活にそれほど大きな変化はなかった。あったとして、周囲に姉のサインをねだる友人がやたらと増えたぐらいだった。何より「ISは女性のもの」という概念上、一夏は千冬の身内という認識しか世間には定着していかなかった。

だが簪は、一歳すぐ上の姉が学園最強でロシア代表、かつ自身も才能を得て代表候補生となった身の上だ。世間は“あの天才少女の妹”という期待と、“天才の妹だもの(だから出来て当然)”という簪の個性を埋没させた評価を、彼女に容赦なく向けてくる。

憧れと羨望で終わるのと、同類と看做されるのでは、のしかかる重みはまるで違う。

捻くれるべくして捻くれた、と修夜は感じ取った。

思考の海を漂うなか、不意に小さく呻く声が聞こえた。

「かんちゃん!」

簪が目を覚ましたのだ。

「かんちゃん、私ここだよ!」

布団の隙間に手を入れ、本音は簪の手を握る。

それに反応して、簪も顔を本音のいる方に向けた。

「ここ……」

「厚生棟の保健室だよ。かんちゃん、あのあと地面にぶつかって気絶して……」

焦点の合わない目で、心配する本音を見る簪。どうやら記憶の辻褄を合せているらしい。

……が、次の瞬間――

 

 

――ばさり

 

――がたがたがたっ

 

 

本音の手を握っていた手を急いで引っ込め、跳ね起きながらベッドの反対側まで後ずさった。

顔も思いっきり引き攣らせ、零れんばかりに目を見開いている。

「……かんちゃん?」

「そそそそそ、その、その人!?」

めっちゃビビっていた。

重苦しい雰囲気から一転、やけにシュールな空気が漂い始める。

「あ……ほら、かんちゃんも知ってるでしょ~。この前の事件で、私たちを助けてくれた……」

「そっ、それは分かるわ。でで、でも何で、今ここにいるの……!?」

簪が修夜に向けている視線は、明らかに恐怖と警戒の意識のこもったものだった。

しかも既に涙目である。

もう少し刺激が加わると、震えだしそうな気配だ。……否、もう肩が震えだしている。

さすがにこれには修夜も困惑し、その場で固まってしまった。

引っ込み思案、の一言で済むレベルではない。どう考えても“対人恐怖症”といって差し支えない、筋金の入った臆病者がそこにいた。

(これ、会長がシスコンらしいのも、説得力出てくるわ……)

ただの捻くれ者ならいざ知らず、そこにビビりが加わると、人間関係を築く難易度は一気に跳ね上がる。

そんな気弱で不器用な妹を持った日には、余程に薄情かスパルタな姉でもない限り、世話を焼こうと奔走するだろう。

修夜の脳裏には、姉を煙たがりながらその姉に世話を焼かれっぱなしな簪の姿が、否応なく想起されていた。加えて言うなら、白夜と性質が似ると思しき楯無ゆえに、からかいながらべたべたに甘やかしていそうなのも想像に難くなかった。

「のほほんさん、この子って友達は……」

「……うん、ごめん」

「……ですよね」

本音以外に、まともな友人などいない。

小声で問うた修夜の質問は、想定通りに絶望的な返答に終わった。

 

ぐずぐずな雰囲気の中、不意に保健室のドアが開いた。

「あら、もう大丈夫なの?」

三星(みほし)保恵(やすえ)――。

厚生棟・主任養護教諭であり、元国立病院の女医という肩書を持つ。

母方がアメリカ人とのことで、髪は赤色に近い茶色で、目も金色をしている。

見た目こそキャリアウーマンな風貌だが、既婚者の子持ちで面倒見の良さと飾らない態度から、生徒からの人気もある。

「あ……、先生……」

「今度で三度目ね。一回目は階段で転んで捻挫、二度目は実技訓練中に貧血、そして今回はアリーナで派手にやらかして脳震盪」

「す、すみません、ごめんなさい……!」

「謝らなくていいわよ。怪我と病気から生徒を守るのが、私の仕事だもの」

苦笑を浮かべながら、保恵は穏やかな表情で簪を見る。

「でも、今月に入ってから立て続けっていうのは、感心しないわね」

言われた途端、簪はとても気まずそうな表情を浮かべた。

「前も言ったけど、ちゃんと寝てる? ご飯は三食入っている? 誰かと話せている?」

問われるたびに、簪はどんどん俯いていく。

「とにかく、寮の方に連絡入れたから、今日はここで一泊していきなさい」

厚生棟は病院としての機能も有しており、その気になれば調剤や軽い外科手術も可能だ。

いざというときには臨時病棟として機能し、患者を収容できるようにしている。

保恵が厚生棟の責任者に抜擢されたのも、その機能を生かすためである。

「脳震盪を起こしていたわけだから、無理に体を動かすと眩暈や吐き気を……って、更識さん、何やってるの!」

医者として心配する保恵をよそに、いつの間にか簪は慌ただしく荷物をまとめ始める。

「か、かんちゃん、今日ぐらいホントに三星先生の言うとおりに……」

「駄目、早くしないと、間に合わなくなる……!」

あっという間にベッドの横にあった制服をかばんに詰め込み、簪はベッドから離れようとする。

「おい、ちょっとは落ち着けって……」

呼び止めようとする修夜だが、まったく耳に入っている気配はない。見ている間に、簪はかばんを持って出口に向かって駆け出そうとした。

「はい、待った。人の話を少しは……!」

その行く手を保恵が遮ろうと立ちはだかった、一瞬だった――

 

 

――するり

 

――すたたた

 

 

まるで風に扇がれて飛んでいく羽毛のように、簪は保恵の妨害をものともせずすり抜け、そのまま廊下へと消えてしまった。

(あの動き……!)

修夜は、この動きに既視感を覚えた。

商店街の人海を魚の如く泳いでいった、あの挙動不審な少女のそれと一致したのだ。

「あぁ、もう……」

大きく溜め息をつきながら、保恵は頭を掻きつつ本音に近づいていく。

「布仏さん、ごめんだけど処方箋を渡してあげといて。ISで守られていたって言っても、人間はそんなに頑丈には出来ないわよ」

言って保恵が白衣のポケットから出したのは、薬の入った小袋だった。

中身はめまいや吐き気を抑えるための、数種類の錠剤だという。脳震盪でショックを受けた脳は、その度合いによって尾を曳いて頭痛・眩暈・吐き気などを催す。

泊まる気がないのならせめても――と思ったらしいが、言うべき相手は風となって逃げてしまった。

「さぁて、あなたたちももう遅いし、今日は帰りなさい」

保恵に促されて時計を確認すると、時刻は既に十七時を過ぎていた。

最後に本音は保恵に丁寧に謝罪し、保恵も本音を気遣って優しく声をかけていた。

 

 

――――

 

帰り道――。

 

寮に向かって修夜と本音は歩みを進めていた。

保恵から貰った処方箋を、本音は後生大事そうに胸に抱えており、足取りは重い。

いつもの春の陽気を思わせる雰囲気とは違う本音を、修夜は一歩後ろから見ている。

「ねえ、しゅうやん、その……」

歩きながら口を開いた本音だったが、すぐかぶりを振って黙ってしまった。

見兼ねて修夜も、自分の考えを口にする。

「お前の友達、どうしてそこまで専用機に拘っているんだ?」

確かに彼女の姉は、一人で専用機を組み上げて学園最強を手にしたのかもしれない。だからといって、そこに固執して周囲に迷惑をかけているようでは、修夜としては本末転倒に感じていた。

「間に合わないなら、量産機を自分なりに調整すればいい。日本代表の候補生っていうなら、それこそ腕の見せ所だろ」

至極、合理的な話である。修夜の知る代表候補生の二人(セシリアと鈴)は、彼の知る限り尋常でない努力と経験の上で今を掴んでいる。修夜の思う「代表候補生」という看板は、背負う人間の“意地と誇り”の象徴なのだ。

まして日本代表とは、かつて織斑千冬という“伝説”を生んだ看板。その競争率も尋常ではないはずである。

「……ごめんなさい」

返事は、何故か謝罪の意だった。

「お前が謝ることじゃないだろ」

修夜の言葉に、本音はまたかぶりを振った。

「何度も、言ったの。かんちゃん一人じゃ無理だって、いくら会長さんでも一人で全部やりきったわけじゃないよって……」

それでも簪は聞かなかった。

姉の怪物級の才覚を間近で知るがゆえに、不可能を可能にしてきた姉を知るがゆえに、簪は“姉の伝説”に挑戦する意思を曲げなかった。

まるで“姉”という“呪縛”に取り憑かれたかのように。

(なんか、デジャヴなんだよな……)

修夜はそれに近いものを身近で見ている。だから簪の迷走を、他人事と吐き捨てられないでいる。

その実例が己の指針を見出し、自分の道を探し始めたのはここ半月ほどの話である。

それを思い返し、ふとある思いに至る。しかし修夜はすぐそれを振り払った。

(余所事だ)

自分からは首を突っ込まない、そう決めているからだ。

決めているのつもりなのだが――

 

「ごめんね、しゅうやん」

 

また本音が話しかけてくる。

 

「ホントはね、駄目だってわかっているけど……、けど……」

 

そこまで言って、本音は歩みを止めた。

そして振り返った、不安を溜めこんで潤んだ目を向けて。

 

「しゅうやん……助けて」

 

本音の右眼から、小さな星が流れて消えゆく。

修夜はそれを見て、頭を掻きながら大きく息をつくのだった。

 




というわけで、本日の更新となります
毎度のことながら、相方の手伝いは本当に感謝してます(平伏

さて、今回の更新をもって、簪のご登場となります……が、原作以上に厄介になった気がする(汗
そして、のほほんさんのヒロイン率がすごいことになってるなぁ(汗
原作でも普段が普段なだけに、ここまでヒロインとしての成長をするとは自分でも思わなかった(滝汗

因みに、前の更新の時に説明を忘れてましたが、更識姉妹の髪の色が原作と違うのはわざとです
そのままでもよかったのですが、日本の家系でってことを考えると些か厳しい髪色だったので、現実的なところであぁなりました
後、三星保恵先生は毎度のことながらうちのオリジナルキャラです。
こういってはアレですが、原作では千冬さんと山田先生以外の教師陣などが殆どといっていいレベルで出てこないので、この辺のフォローも兼ねてちょくちょく出したりしています
こういったキャラは、その場の出オチにしないように注意していきたいところですね

ではでは、また次回にて

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。