IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

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またもや期間開き過ぎました(汗


第三十九話『奔逸傑才(ほんいつけっさい)、学園一の女』

弾たち久しぶりに過ごした休日の開けた月曜日。

真行寺修夜(おれ)を含め、無人機襲撃の対応に関わった生徒が生徒会室に召集された。

普段生活している教室棟から離れた“学生棟”の最上階、自動ドアの入り口が並ぶ中で、俺の目の前の扉だけは見事な木製の両開きだ。威圧感がある。

「何か、緊張するよな……」

「だらしないわね、しっかりしなさいよ」

扉から漂う雰囲気に若干ビビり気味の一夏を鈴が叱咤する。そういう鈴も、どこか落ち着きがない様子でピリピリしている。

だらしないのはお前も……と言いたいが、どうもな。

この扉越しに漂ってくる“正体不明”の不気味さ、並じゃない。

こういう場に慣れているだろうセシリアや、普段は肚の据わっている箒さえ、いまひとつ顔色が優れない。

そもそも俺たちが呼ばれた経緯は、今朝まで遡る。

 

――――

 

「それから、織斑、篠ノ之、真行寺、オルコット。お前たちは昼休み十分前になったら、学生棟四階の生徒会室に向かうように」

いつものざっくりとした連絡にまぎれて、千冬さんから妙な話が飛び出したのは、今朝のショートホームルーム(SHR)の終わり際だった。

「すみません、織斑先生。話が見えません」

さっさと切り上げようとする千冬さんを、俺はすかさず止めに入る。

朝は低血圧でエンジンのかかりが悪いせいか、千冬さんの朝のSHRはだいたいテキトーな感が否めない。

「言った通りだ」

「いやいや、聞いたこともないです」

「……生徒会からは、事前通達してあると聞いているが」

そんな話も初耳である。

「布仏、お前から真行寺たちには説明してあるんだろう?」

千冬さんが布仏本音(のほほんさん)に声をかける。

話を振られた当人は、いつもの“のほほんスマイル”のままで、どうも何を言われているか理解できていないようだ。

最近知ったのだが、どうやら本音は生徒会執行委員の一人らしい。

クラス委員は、保健委員・体育委員・文化委員・美化委員を二名ずつ、そして生徒会執行委員と学級委員を一名ずつ決定する。

学級委員の選出が一人なのは、クラス代表が半ば学級委員としての責任を負わされる面があるためで、その分一名足りなくて済んでいる。

そして生徒会執行委員は、生徒会からの連絡係として、また生徒会の手足として、必ず一名誰かが選出されることが決まっている。

四月の最初の学活の時間で決まるものらしいのだが、うちのクラスは千冬さんが「やりたいヤツがあとで言いに来い」と、これまたざっくりとした決定で済ませ、誰がどの委員になったのか、いまいち判りづらいままで終わっている。

これに気が付くと、ときどき本音が俺たちの輪から外れて、一人で用事があるといって離れていた理由も、何となく合点がいった。

訊くと大体「女の子のヒミツ~」といって、何故かはぐらかしてばかりだったから、俺たちの間でも放課後の本音の行動には、いろいろと謎があったからだ。

だた、何故それを隠すのかは、また良く分からない話だが……。

「私は特に、何も聞いてないですよ~?」

いつもののんびりとした調子の返答を聞き、千冬さんは少し不機嫌そうな顔をした。

「……ということは、“また”か」

そうぼやく千冬さんを尻目に、本音が何やら携帯タブレットを覗いている。

「せんせ~、今メールで『この前に言っていた件、今日のお昼にするからよろしくね』って来ました~」

それを聞いた千冬さんは、力無くうなだれていた。

結局、このやり取りで時間を食ってしまい、千冬さんは授業準備のために職員室に戻り、あとの説明は本音に丸投げされた。

それから一時限目の後の休憩時間に、俺と一夏、そして箒とセシリアが、本音から説明を受けることになった。

なんでも、生徒会が「無人機襲撃事件」で活躍したことを、生徒を代表して感謝したいと、ささやかなプレゼントを用意したらしい。

あの事件で、生徒会は直轄組織である防衛部隊を動かすはずだったが、何者かによるシステム面での妨害により、第二アリーナの外側からの突入を阻まれてしまっていた。

そんな状況だったからこそ、相沢拓海の一計で俺たちが無人機を相手取り、拓海自身がシステムの奪還を担当することで、どうにか学園の危機を乗り切ることに成功したのだった。

プレゼントと聞いて真っ先に反応したのは、いうまでもなく一夏だった。しかし一夏があれこれ尋ねても、本音は「ヒミツだよ~」といってはぐらかすばかりで、プレゼントの正体は分からずに終わった。

もう一つ、謝辞を述べるのは“生徒会長その人”らしいのだが、それを聞いて俺を含め本音以外の全員が、ただ淡泊な反応で終わった。

入学からもうすぐ二ヶ月経つとはいえ、生徒会長と出くわしたり、交流を持つなんてことはまず無いからな。

これに、珍しく本音が真剣に解説を始めた。

なんでもこの学園の生徒会長とは、全てのIS学園生徒の“真の頂点”らしく、生徒会長の職そのものが【学園最強】の称号に当たるらしい。

会長選挙もただ立候補するのではなく、学業・IS技能・生活態度の全てを高い水準で合格出来た生徒が、“前任の生徒会長にISでの模擬戦”に挑み、それを見事打ち倒してはじめて、新たな生徒会長となるというのだ。

そして現会長こそ、歴代会長でも異例の速さで会長職を襲名し、さらに“現役のロシア代表”としても活動しているという、怪物クラスの鬼才らしい。

なにより、“とっても楽しい人物”らしく、本音が生徒会執行委員に入ったのも、生徒会長がその人物だったからこそだと言うのだ。

おそらく千冬さんが不機嫌そうになったのには、その“楽しい”が関わっているに違いないだろう。

かつてないほどハキハキと喋る本音の姿に気押されつつ、とにもかくにも、俺たちは昼休みに生徒会室を訪ねることとなった。

 

――――

 

最初は意気揚々と集まった俺たちだったが、その雰囲気に呑まれ、こうして重厚な扉を前に立ち往生をくらっている。

「……とりあえず、入るぞ」

意を決して俺が一歩前を行く。

「おい待てって、まだ心の準備が……」

「ここで突っ立ていても昼飯を食いそびれるだけだ、言い方は悪いが、嫌なことはさっさと済ませるに限る」

渋る一夏に付き合っていると、昼飯どころか午後の授業に間に合わない。

「ですが、本音さんの方はよろしいのですか?」

セシリアが気にしたのは、ここにいるべき本音の存在だ。

本来いるべき案内人が、どういうつもりか姿を見せていない。

連絡しようにも、今は昼休み前で本来授業中の時間でケータイへの連絡はあまりよくない。

「先に出てここにいないなら、寄り道しているか、この扉の向こうだろ」

うだうだとやっている暇はない、考えるより飛び込めだ。

「すみません、ご連絡を頂きました一年生です」

扉をノックし、言葉をかける。

――どうぞ

扉の向こうから、上品そうな女性の声が聞こえてきた。

「失礼します」

金色の取手を握り、扉を手前に引いていく。

目に飛び込んできたのは、木の床と赤い絨毯、上品な調度品の数々、近未来的な学園とは真逆のクラシカルな空間が広がっていた。

その空間の正面に、その人はいた。

黒光りする立派な机を挟んだそこで、革張りのいかにも高そうな椅子に腰掛け、座ったままこちらに背を向けている。

この人物が、噂の生徒会長のようだ。

椅子が存外大きいのか、深く腰掛けているせいか、頭が見えない。

「みんな入ってはいって?」

向かって右側に本音を発見。先にいるならメールでいいから連絡してくれ。

向かって左には、眼鏡を掛けた女子生徒が一人いる。腰まである黒髪に白いカチューシャ、すらっとした印象の利発そうな雰囲気だ。雰囲気から察するに、多分上級生の先輩だな。

とりあえず、全員が部屋の中に入り、右から横一列に並ぶ。

「一年生諸君、この度は学園の危機に義心をもって決起し、その身をもって学園と生徒一同を守り抜いてくれたこと、誠に感激している。

しかし同時に、若さに乗じて飛び出していくその情熱は、我々としては少し危うくも感じている。今回は無事終結となったが、次になにかあったときには、決して不用意に飛び込まないでほしい。若い君たちを命の危機にさらすとなっては、我々も肝が冷える」

背を向けたまま、淡々と話す。

「お言葉を帰すようですが、俺たちはあの判断が最善と考えて動きました。無理も無茶も承知の上で、最悪の場合も想定して動きました。後悔はありません」

そうでなければ、あんな行動はやらないし、出来るとも思わない。

それに、だ。

「そもそも、人に背を向けたまま説教垂れるとは、人の上に立つ人物のやる行動とは思えませんが?」

その態度が気に食わない。

たとえ学園最強だろうと、人望があろうと、人に何かを言いたいなら、こちらの目を見ていうのが筋だ。

「おっとこれは失礼」

黒革の椅子が静かに回転する。

「これでいいかな?」

……

…………

………………

待て。

整理しよう。

俺たちは生徒会長に呼ばれ、今ここにいる。

その呼んだ当人が、この……

「どうしたのだね?」

いやいやいや。

何でイワトビペンギンが喋っている!?

「ペンギンだ……」

「ですわね……」

箒もセシリアも目を丸くして驚くばかり。

「ペンギンが……会長、いや、え、いやまさか、え、ゑ……!?」

「そんなワケないでしょ、バカ!」

突然の珍事に混乱する一夏へ、鈴が鋭いツッコミを入れる。

その鈴の一夏へのツッコミを聞いて、ふと我に返った。

そらそうだ、ペンギンがISを操って飛んだなど聞いたこともない。

そういえば、本音は生徒会長を“とっても楽しい人物”と評していた。一方で生徒会からの通達に、千冬さんは「またか」とぼやいてげんなりしていた。

そしていま目の前で、狐につままれた様な珍事が起こっている。それを起こしているのは、間違いなく生徒会長本人であって……。

ここから推察するに、つまり、生徒会長の人間性は……。

「ちょいとばかりオフザケが過ぎてませんかね、会長さんよ」

「オフザケ……?」

「えぇ、自分で言うのもなんですが、俺の保護者は人をイジリ倒すことについては、ある意味で天才的なんです。だから……」

だからわかる、この手の“他人を担ぐ”パターンは師匠の十八番。

「いるんでしょ、こことは違うどこかの部屋か、もしくはこの部屋のどこかに」

一瞬、部屋の中に静けさが訪れる。

そして回答は――

「うふふっ、大正解!」

「うわっ!?」

俺の真後ろから返ってきた。

いきなりのことで、柄にもなく声を上げてしまった……。

驚く俺たちの前に現れたのは、一人の女子生徒。

嘘のような灰銀髪のショートヘアー、ワインを思わせる深い赤茶の瞳、背丈はパッと見て箒より少し高い。

制服は標準的な仕様の上に、淡いミント色のベストを重ねたスタイル。

何より澄ました立ち姿から滲み出る、年頃の少女とは言いがたい“艶”と言い得るものを感じる。それが抜群のプロポーションに合わさることで、学生離れした雰囲気を際立たせている。

右手に持った扇子を顔の下で構え、少し吊り上がった目で楽しげに俺たちを見つめていた。凛とした佇まいの中に、蠱惑的な妖しさがある。

やはりどこか、白夜師匠に近いものを感じる。

「改めましてこんにちわ、私が生徒会長の更識(さらしき)楯無(たてなし)です」

不思議な雰囲気に呑まれてか、全員が硬直していた。

「驚かせちゃってごめんね、改めてあなたたちの“顔”を確かめておきたくって」

「か……顔?」

「えぇ、人は不測の事態に直面した時に、本当の“顔”を覗かせるものだから」

つまり何ですか、要するに俺たちを“試した”ワケですか……。

「ついでに、ちょっとしたサプライズ演出も兼ねているのよ!」

なるほど、織斑先生が渋い顔をするわけだな。この会長、間違いなく師匠の同類だ。

「ちなみに、その子は私お手製の『ロボぐるみ』なの。よく出来てるでしょ?」

そう言って革張りの椅子に座っているペンギンを扇子で指す。

巷で簡単なAIの入ったロボット仕掛けのぬいぐるみが流行っているが、このペンギンもその類いらしい。

「会長、そろそろ本題の方を」

「そうね、副会長。そろそろ時間もあるし」

副会長と呼ばれた眼鏡の女子生徒に促され、会長がそれに応じる。

同時に、昼休みを告げるチャイムが学校に響き始めた。

「それじゃあ続きは、隣の会議室で。お礼もそこでさせてもらうわ」

言うなり、右手の壁にあったドアが独りでに開き、そこから眼鏡をかけた別の女子生徒が現れて、俺たちに入るよう促すのだった。

 

――――

 

部屋に招かれた俺たちの前にあったのは、目にも鮮やかな料理の数々だった。

「うお~っ、すっげぇ~!!」

「もう少し奮発したかったけど、生徒会の予算内だとこれぐらいが限度なの」

まあ毎度ながらの一夏のリアクションだが、これだけ並べば壮観なのは確かだ。

ローストビーフ、トマトや海鮮などの数種類のパスタ、サーモンのマリネ、様々なチーズが乗ったクラッカー、野菜と鶏の蒸し物、白身魚のムニエル、スパニッシュオムレツ、フライかカツレツと思しき揚げ物、三つのドレッシングが添えられた大盛りのサラダ、蜜豆の入ったフルーツポンチ……。奥の方を覗くと、汁物が入っていると思しき寸胴鍋と、一升炊きの電子炊飯ジャーが二つ確認できる。

よくこれだけ用意ものだが……。

「さあ、どうぞ座って」

促されるまま、真っ白なテーブルクロスの敷かれたテーブルに座る。

「まずこれが、私たち生徒会からのささやかなお礼よ」

「これ、全部食っていいのか!?」

「もちろん、そのために用意させてもらったんだから」

目を子供のように輝かせる一夏を、楽しそうに見つめる会長。

「これだけのお料理、一体どうされたんですか?」

「私たち全員で仕込んだのよ」

ほぅ、それはちょっと面白いことを聞いたな。

「え……」

「大体は昨日の放課後から。さすがにローストビーフは火を入れるのが手間だから、私が自室のオーブンで仕込んできたけど」

目を丸くしているセシリアには悪いが、こういうのを聞いていると料理を作る身としては興味が湧いてきた。

「さあさあ、冷めないうちに召し上がれ!」

 

――――

 

まず言おう、悔しいがかなり美味い。

どの料理も味のさじ加減は絶妙。

特にローストビーフの火加減は、本場の人間であるセシリアも太鼓判を押したのが納得できるレベルだ。

デリバリーや出来合いものには、それ独特の“わざとらしさ”が見え隠れするものだが、ここにある料理にそれは見当たらない。おそらく本当に会長たちが仕込んだ料理なんだろう。

一夏もさっきから箸が止まっていない。

それに負けじと、鈴が張り合ってもいる。……いや、お前は少し遠慮しろよ。

「どう、気に入っていただけたかしら?」

「めっちゃ美味いです!」

「お、おい、一夏……」

威勢良く返答する一夏を箒が制止する。

その様子を、会長は対面の席から、本音を含めた三人は俺たちの給仕をしながら、にこやかに眺めている。

「やっぱり男の子のこういう食べっぷりは、見ていて気持ちがいいものね」

「はい」

会長の言葉に、副会長が笑顔で応じている。

副会長の三年生・(はなぶさ)真希奈(まきな)。曰く、前会長候補で現会長の後見人的な人物とのこと。

両親が老舗旅館の板場で働くため、自然と料理が身についていったらしい。

会長曰く、生徒会の参謀長的な位置にいるらしい。

だがそれ以上に気になったのが……。

「すみませ~ん、ピラフのお代わり~」

「はい、少々お待ちを」

布仏(うつほ)、生徒会会計監査代表。

そう、本音(のほほんさん)に姉がいたのだ。

黄色いヘアバンドで前髪を押し上げ、横髪を三つ編にして後ろに送り、後ろ髪とともにポニーテールのようにまとめている。

会長の幼馴染で、IS整備のプロ。頼れる懐刀とのことらしい。

ふわふわとした本音とは逆の、落ち着いた佇まいの女性だ。

きびきびと動き、動きに無駄や卒というものが見当たらない。

同じ姉妹でも、こうも対照的なのも珍しい。

……いや、これに近いのは、もうひと組、ふた組ほどいるな。

「さて、そのまま食べながら聞いてちょうだい」

ここで会長が話題を提示してくる。

「今回の襲撃事件での活躍、本当にありがとうございました。生徒代表として、お礼を言わせていただくわ」

改まって謝辞を述べる会長。

「でも、やっぱりもう少し上級生を頼って欲しかったのも、これは正直な気持よ。後輩を危険にさらしてまで、図々しく先輩面なんてかっこ悪いじゃない」

言い方はアレだが、そこに虚飾はないように感じた。

「今日、こうしてお話が出来たのも何かの縁だわ。これから何か厄介事があったら、遠慮なく生徒会(ここ)に相談に来て頂戴。出来る限るのことはさせてもらうわ」

言葉こそ定形句だが、そこに嘘があるようには思わなかった。

いや、むしろ「どんどん頼ってこい」という自信すら感じられた。

まあその自信に、ちょっとした胡散臭さも感じるのだが。

「それで、実はもう一つ。あなたたちにちょっとした“お話”があるんだけど……」

この一言に、昼飯をがっついていた一夏を含め、全員が会長に注目した。

 

「あなたたち、『ガーデンガード』に興味はない?」

 

聞きなれない言葉が会長の口から出てきた。

「あの、なんなんですか、その……」

「ガーデンガード、通称“GG(ジー・ツー)”上級生のエリート集団によって結成された学生自衛組織。今回、皆さんが直面されたような事態に対し、本来対処に当たる生徒会と教師陣による合同チームのことです」

箒の疑問に、そばにいた本音の姉・虚さんが淀みなく返答する。

そういえば千冬さんが、あの非常事態で三年生の精鋭と教員部隊の話を出していたが、おそらくそれがこのGGなんだろう。

「私としては、あなたたちの戦力的価値、IS操縦者としての資質、人間性、すべて含めてそれに値する人材だって認識しているの。

 もちろん、無理にとは言わないわ。今までの学校生活から、いきなり生徒会に入って学園のガードマンなんて、唐突な話ですもの」

なるほど、この豪勢な料理に丁重なおもてなしは、勧誘のためお膳立てってたわけか。

「しゅうやん、はいお茶~」

「おう、悪いな」

本音が横からお茶を淹れて渡してくれた。

……訊いてみるか。

「なあ、お前はこの件、知っていたか?」

「うんうん、ぜんぜ~ん」

声を抑えて尋ねてみるも、どうやらこの件は上級生三人しか知らなかったらしい。

「っていうか、そもそも“上級生による部隊”に、何で修夜と一夏の二人なんか誘うワケ?」

ここで鈴が鋭い質問で切り込んだ。

確かに俺たちはあの戦いで一つの功績を残している。だがそれなら、わざわざ一年生の五人を、それも俺と一夏をまとめて手元に置いて多く理由が知りたい。

下手をすると、生徒会への信用問題に発展する可能性もある。

「良い質問ね、凰さんだっけ? 答えは単純に二つ。“私が興味ある”のと、“生徒会が預かっておいた方が余計なことにならない”からよ」

「は……、はぁ?」

一つ目については、まぁ論外だ。だが二つ目は、引っかかる。

「余計なこととは、なんなのですか?」

今度はセシリアが問いただす。

「オルコットさん、彼ら二人が生徒の中でどれだけの影響力を持っているか、知ってるかしら?」

「え……?」

そう言って会長がやおら机の下から取り出したもの、それは――

「これ、全部請願書なの。織斑君と真行寺君への部活動、もしく各委員会への所属手続きの」

「こ……こ……、これ、全部ですの!?」

百科事典全巻を積み上げたほどの、途方もない書類の山だった。

「お二人の御入学から、こんにちに至るまで。毎日のように届いて、ここまで溜まったのがこの請願書の山なんです……」

副会長が申し訳なさそうに、書類の山の実態を述べてくれた。

「いまは“当人の自由に任せなさい”って、私が直接言って抑えているけど。これがいつ爆発して、学園内に余計な騒動が頻発するか、正直言って考えたくもないわね」

少しわざとらしいため息をつく会長。

一方、一夏を含めた四人は、書類の山が発する圧力に押されまくっていた。

……まったく。

「誘ってもらえるのはうれしいですけど、今回は辞退させてもらえませんかね」

「あら、どうして?」

「俺は自分の努力、そして俺を信じてくれる人の応援を貰ってここにいます。俺は俺なりに強くなりたい、そのために時間を少しでも多く取りたいんです」

こういう、体制に加わって束縛されるのは、正直、俺の性に合わない。

そもそも、この件を呑むと後あとがどうも面倒になる気がしてしかない。

なにより、この会長の食えない雰囲気が怪しすぎる。

「毎週土曜日の午後に、合同練習とミーティング。束縛されるのはその時ぐらいで、あとは普段通りの学校生活だけど。……それでも?」

「はい」

「今後、緊急事態に遭ったとき、動くことが許されなくっても?」

……なんだって?

「……どういう意味ですか?」

「あなたと織斑君を隔離して管理すべきだって、運営側がうるさいのよ」

「運営……?」

「そう、学園運営事業部。この学校の経済面を支えている、お偉方様の集まり。今回の一件を揉み消す代わりに、もっとあなたたちの身辺を強固に保護すべきだって、教員陣と生徒会にしつこくせっついてきてるの」

おいおいおい……。

「証拠は?」

「これ」

出してきたのは、薄めの教科書ほどもあるプリントの束。

「正直シュレッダー掛けて、なかったことにしたいくらいよ」

会長は頭が痛いような顔して、大きくため息をついた。

「向こうは今学期の終了をもって、あなたたち二人をIS学園から放り出して、自分たちの用意した特別施設に缶詰めにする気満々なの。正直バカバカしいにもほどがあるわよ、IS学園の敷地でもあれだけの被害だったのに、これ以上どうしたいのかしら」

会長のため息の理由は理解できる。運営のお偉方の発想は、的外れにもほどがある。

おそらく世界中のどの設備よりも堅牢であろうこの学園から、わざわざ外に出すなどただの不用心でしかない。

「お偉方は、とにかくあなたたち男性操縦者を十二分に監視できる体制が欲しいらしいの。そして生徒会と学園本体は、運営側のわがままを黙らせたいワケ」

「その折衷案が、生徒会――学園自衛部隊への所属……ですか」

「ご理解いただけたかしら?」

厄介なことになった。

俺や拓海は、そういうことはもっと後だと踏んでいた。

だが、事態はかなり性急に進んでいたらしい。

もちろんこの情報が、会長の駆け引きのためのデマという可能性も充分あり得る。

だからこそ、いま俺は、会長の顔色から色々と見出そうとしている。しているが、さっぱり読めない。こんなところまで師匠に似るなよ、まったく……!

それでも、それでもだ……!

「それでも、俺は今すぐには返事しかねます」

本当のところがわかるまで、俺は首を縦には振れない!

「そうね、それでもいいわ」

意外にも、あっさり向こうは手を引いた。

「でも忘れないで頂戴、生徒会は生徒の味方。いざというときは、遠慮なくお節介させてもらうわ」

そして笑った。

優しげに、どこか楽しげに。

「さあ、もう十分もすれば午後の授業よ。長々と拘束しちゃってごめんなさいね」

その後、お茶を一杯貰った後、俺たちは教室に戻っていった。

とにかくまずは、会長の発言の裏を取る必要があるな。

 

――――

 

放課後の生徒会室――。

「あそこまでする必要はあったのですか?」

執務室で虚は、革張りの椅子でくつろぐ楯無に率直に問うた。

「ごめんなさい、つい本気で誘いたくなっちゃったの」

その返答に喜色をうかがわせる声で、楯無は返答した。

楯無は今日の食事会で、本当なら軽い勧誘で終わらせ、もっと楽しく談笑しようと計画していた。

しかし、予想以上に“自分”を以て勧誘を断ってきた修夜に、同級生一同の盾になるように自ら正面を切った少年を見て、楯無の中の情熱に火が付いた。

もっと彼を知りたい、この少年の“少年と大人の入り混じったような違和感”の正体を暴きたい、そんな衝動に駆られた。

「だからといって、ほとんどのカードを切ってどうするんですか」

呆れたように忠告する虚に、楯無は「だって事実でしょ?」とケロリと答える。

実際、運営側は無人機の一件で、各方面に相当な労力を費やし、事件の揉み消しと弁明に奔走している。

一方で、万一に“二度目”があったとき、再びこのような労力が発生した場合を考えれば、誰でも煩わしく考える。

特に、普段は学園の状況に関わり合わず、平穏無事に学園が運用されていれば問題なしと考える運営上層部には、本件の一因となった男子二人をこのまま学園の置いておくことを危惧する面々もいる。

もちろん、IS学園以上の管理体制がないのは、彼らも承知しているが……。

「ところで、請願書のほうは?」

「今日も各所から十通ほど、剣道部と射撃部と料理研究会などからですね」

「まだまだ終わりそうにないわね」

「でもあれは少々、水増ししすぎだったのでは?」

「良いリアクションが見れたじゃない」

楯無が修夜たちの前で積み上げた請願書は、実はほとんどただの白紙か、使用済み書類の山である。つまりはドッキリ用の小道具で、さすがにあれほどの数は来ていないのだ。現状では。

「でも実際、今まで来た分を合わせたら、あれぐらいにはなるでしょ?」

「……ご返答しかねます」

実際に今日までに来た請願書を隅から隅まで目を通した虚は、ふと思い返して黙り込んでしまった。

「彼、またここに来てくれるかしら?」

「本当にご縁があるのなら」

西日に照らされる学園を、才女は楽しげに窓から見渡していた。

 




というわけで、約八ヶ月ぶりの更新です(汗
ここまでの間に色々とありすぎて、相方共々更新作業が滞ってました、はい(汗

さて、今回の更新で学園最強の生徒会長、楯無ねーさんのご登場です。
原作と違って早めに出してはいますが、これ自体は前にも言ったように、簪共々当初から予定してたものです
七巻の内容を一部前倒ししてるのもありますが、無人機戦での大立ち回りをやってる以上は、ねーさんとしても会長としての責務とねーさん個人の興味もあって出てくるのは間違いないでしょうしね

あと、英真希奈副会長はうちのオリジナルキャラです
一夏や修夜を生徒会に……というのは最初は考えてはいたのですが、先に進むにつれて違和感しかなかったことや、原作でのやり方なども考えた結果、彼女が登場した形となりました
それに加えて布仏姉妹以外の生徒会面子も後々に登場する予定だったりします。
因みに、うちの作品の生徒会のイメージは相方曰く「ハガレンのマスタング大佐のチーム」らしく、ねーさんが何かしらで席を外していても動けるくらいに優秀な面子が揃っているらしいです
それに合わせて、ねーさん自身もかなり優秀になってますけどねw

最後に、タイトルの「奔逸傑才」は相方が考えた造語です。“掴みどころのない傑物”という意味を込めているらしいです
個人的に、原作のねーさんの設定からしてよく似合ってると思った言葉ですねw

ではでは、また次回にて

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