IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~   作:龍使い

26 / 63
第十八話『一夏の可能性』

「やっぱり、一夏に射撃武装を付けるべきだと思うんだよね」

放課後、アリーナに集まった俺達に対して、開口一番にそう言ってくる拓海。

「……拓海、いきなりそう言われても理解できる奴はいないって…」

呆れた口調で、拓海に言い返す俺。事実、俺以外のメンバーも何を言っているのかわからない表情をしている。

「ああ、ごめんごめん。今説明するよ」

そう言って、拓海は空中にディスプレイを投影する。

そこには三つのウィンドウが画面を四分割するかたちで表示され、空いた右下には何かの比率が記されていた。

見ると「SHUUYA」「HOUKI」「CECILIA」と、上から順に並んでいる。

これに一体、何の意味があるんだ……?

「これは昨日に至るまでの一夏の模擬戦の結果なんだけど……。まず右下の勝率が偏ってるのが分かると思う」

言われて俺は、データをよく見る。

確かに右下の謎の文字列が、それらしき記述と分かり、その数値が示した一夏の模擬戦の勝率は個々で偏っている。

まず俺との対戦の場合、ゼファーのみと言うこともあるが4対6で辛うじて俺の方が勝ってる。

一方、箒とは5対5でほぼ互角だ。もっとも彼女の場合は、操縦機が第二世代の量産型の訓練機である打鉄(うちがね)という点があり、機体の能力差を技量でカバーすることで、五分にまで持ち込んでいる。つまり互いの条件をそろえれば、箒の方が強いはずだ。

問題はセシリアとの対戦で、2対8と盛大に負け越している。

「見ての通り、セシリアとの対戦では修夜たちと違って大きく負け越してる。

 白式は『青い雫(ブルー・ティアーズ)』に対してかなり有利な能力を持ってる筈なのにね」

「で、でも、それはセシリアが俺達より操縦経験を積んでるからだろ…?」

拓海の言葉に、少しだけ口篭りながらも反論する一夏。確かに、セシリアは俺達に比べて操縦経験は積んでるし、戦術も豊富なのは確かだ。

だが、それだけでこの開発部主任が俺達を呼ぶわけがない。

「うん、確かにそれはあると思うよ。けどね、今の着眼点はそこじゃないんだ。

 問題なのは、『有利な能力があるのに何で負けているか』……って事なんだよ、一夏」

そう言って拓海は、真っ黒な空白だった三つのウィンドウで、一斉に動画の再生を始める。

これは、俺達の模擬戦の詳細か?

「模擬戦の詳細を見ていて気付いたんだけど、一夏が修夜やセシリアに対して負ける時は、必ず射撃武装に翻弄されているからなんだ。

 加えて、セシリアとの模擬戦の時は、ビットとライフルのコンビネーションに翻弄されている傾向がある」

映像を映しながら説明を始める拓海。

「それでも、勝ちを掴む事はあるけど、そういう時は必ず零落白夜で必殺の一撃を入れた時だね。

 それ以外の時は大抵、ビットで削られるか、油断したところに一撃を貰うって言うのが多い」

「……確かにな」

試合の動画を並行して観ていると、俺や箒との戦いではほぼ互角に切り結んでいるのに対して、セシリアとの時は距離を取りながら攻めあぐねているのがよく分かる。

拓海の説明に頷きながら、俺は思い返す。

セシリアの場合、一夏の零落白夜の威力やエネルギー無効化についてはもう知っている。

それ故に、彼女はビットやライフルだけに偏らぬように、他の武装を生かす形で戦術を展開して一夏を翻弄している。

なにより、セシリアの成長スピードも“すごい”。

当人が一番驚いているらしく、以前に比べてビットがすんなり言うことを聞いてくれるのだとか。そのおかげか、彼女のビット裁きは以前にも増してキレのある動きを見せはじめている。

正直なところ、今のセシリア相手に俺がソニックで戦っても、5回に2回は負けるだろうと思えるくらいの成長振りだと思う。

「一夏も最初に比べて、少しずつだけど白式を扱えるようになったし、零落白夜も使いこなしてる。

 だから、セシリアに対しての戦いでここまで負け越すってのは正直疑問なんだ。はっきり言うけど、白式って『青い雫』に対して殆ど有利な機体なんだよ?」

「……うぅ…」

拓海の言葉に、渋い顔をして唸る一夏。当たっているだけに、反論できないようである。

「まぁ、原因は技量不足と言うより、白式の構成に問題があるってのが大きいんだけどね」

「どう言うことですの?」

セシリアの質問に、拓海は一度ディスプレイを閉じた後、新たに別のデータを提示する。

「知っての通り、白式はかのブリュンヒルデである千冬さんが使用したIS、『暮桜』が装備している雪片の後継武装を装備している。

 加えて、零落白夜と言う、『暮桜』と同じ単一仕様能力まで持っている。普通に考えれば、これだけでも十分強力だよね?」

「まぁ、そうだな」

箒が頷きながら、拓海に答える。

一夏の姉でこれたちのクラス担任である千冬さんは、世界最強のIS操縦者の称号である【ブリュンヒルデ】の称号を持つ。これはISの世界大会『モンド・グロッソ』の総合優勝者にのみ与えられるもので、すべてのIS操縦者の頂点に立ったことを意味する。千冬さんは世界大会の初代優勝さであり、その腕前はいまだに衰えを見せていないようだ。

「でもさ、千冬さんのように剣のみで戦うなんて言う高等戦術……一夏に出来ると思う?」

『それは無いな(ですわね)』

俺と箒とセシリアが、ほぼ同時に声を揃えて言う。

「……ひでぇ…」

そんな俺達の反応に、一夏が肩を落とすが、事実なのだから仕方ない。

俺から見ても、一夏には確かな才能が眠ってはいるのだが、それだけで千冬さんに追いつけるわけではない。

ましてや、こいつは一度剣を置いた身だ。その感を取り戻すだけでも、最低数ヶ月はかかるのだから、一朝一夕でどうにかできるものじゃない。

一度は篠ノ之流古武術(しのののりゅうこぶじゅつ)の裏奥義である【零拍子】を習得しているはずなんだけどなぁ、こいつ……。

「まぁまぁ、そんなに落ち込む事はないよ、一夏。

 どっちにしても、千冬さんのような戦い方をするって事自体、今の君には無謀なんだからさ」

「フォローになってねぇよ、拓海!?」

拓海の言葉に、即効で突っ込む一夏。いやまぁ、確かにフォローにはなってないわな……。

「ごめんごめん。とりあえず話を戻すけど、白式は近接戦闘においては、多分『暮桜』と同じだと思うよ。

 と言うか、接近戦の攻撃力だけなら、既存のISの中でトップクラスだろうね」

拓海が白式のデータを提示しながら、説明を再開する。

「ただし、その代償として、本来は拡張領域用に空いてる筈の処理を全て使っているのが現状だね。

 現に、雪片以外の装備が白式に無いよね?」

「ああ、確かに……」

拓海の説明に、一夏は頷きながら答える。

「それが、白式の最大の長所にして短所。近接攻撃力に特化させすぎて、遠距離に対する対策が殆どされてない。

 だから、遠距離戦になると一夏は決定的に不利になるんだ」

そう言って、拓海は説明を続ける。

「そして、一夏がセシリアや修夜に負けるのは、その対策がされてないからだよ。

 射撃武器が無いから遠距離での応戦する事も出来ないし、銃を扱った事が無いから、どういう風に動いたら良いかが分からなくなる。

 ……って言うか、その影響で一夏は無茶な戦い方が目立ってたしね…」

「……確かに」

頷きながら、俺は思い返す。こいつは今でこそ、ある程度戦えるようになっているが、模擬戦開始の頃は無茶な軌道で戦って自滅していた事が多々あった。

弾幕を、無理矢理な正面突破で掻い潜ろうとしたり。こちらがアリーナの壁側と分かっていながら、急加速で突っ込んだのを避けられてぶつかったり。同じ要領で地面に穴をあけたり。セシリア相手に追い詰められているのに、遠距離で零落白夜を発動させ、ガス欠になったり……。

とにかく、コイツのここ最近の珍プレーは、特番が組めるぐらいの数がある。

その都度、俺やセシリアからのアドバイスと実戦経験を積ませる事で、射撃戦における近接戦闘のあり方を覚えさせてきたものだ。

それでも負けてるんだから、不思議なところはあるがな……。

「そこで、そんな一夏に提案があるんだ」

ふと、拓海が武器データをディスプレイに表示する。

そこに映し出されていたのは、白式のガントレットを一回り大きくした様な外観を持つ腕部のパーツだ。

「こいつは……?」

「エネルギー圧縮放射腕部、【六花(りっか)】。蒼羽技研で開発している、白式専用の射撃武器だよ」

質問する俺に対して、拓海はデータを開示しながら答える。

「この武器は、(てのひら)にエネルギーを圧縮して放射する機関【掌撃砲(パーム・シューター)】が内蔵されてて、最大10m先の相手に対してダメージを与えることが出来る用に設計されてる。

 それ以外にも幾つかのモードを搭載する予定だけど、性能は雪片弐型に劣らない武装だよ」

「また随分と趣味に奔った武装にしたな……」

若干呆れながらいう俺に対して、拓海は苦笑を浮かべる。

「雪片が主体の白式だと、下手な銃器より、こう言った武装の方が臨機応変に対応できるんだよ。

 それに、こう言っちゃあれだけど、白式は欠陥機に近いんだ」

「け、欠陥機!? 拓海、今欠陥機って言ったよな!?」

拓海の言葉に驚く一夏。箒やセシリアも、どう言う事かと顔を見合わせている。

「正確に言えば、IS自体がまだ完成している領域じゃないから、欠陥も何も無いんだけどね。

 ただ白式は、普通なら搭載されている幾つかのシステムが搭載されてないし、拡張領域も全て埋まっている状態だ。

 千冬さんは気にしないだろうけど、僕から言わせて貰えば、白式は【欠陥機中の欠陥機】だと思っている」

拓海が再び、白式のデータを表示しながら言葉を紡ぐ。

「どんな格闘戦特化の機体だって、射撃戦に対する対策は取られてるし、逆もまた然り。

 中距離射撃型のブルー・ティアーズにだって、インターセプターって言う近接装備が備えられているんだからね」

そう言いながら拓海は、ブルー・ティアーズや打鉄のデータも表示する。

「同様の意味で、打鉄にも拡張領域が備わっている。これは、近接主体の打鉄でも射撃が出来るように設計されてるためだね。

 けど、白式にはそう言った配慮が一切無い。だから、欠陥機だって言ったのさ」

言われてデータを見比べてみれば、確かに白式は他二機に比べて近接に特化している分、射撃に関する能力が0といって良いほどに何もなされていない。

これでは一夏に、全盛期の千冬さんの戦い方をしろと無理強いしている様なものだ。

「だけど、欠陥機だからこそ、マイナスだって事は無い」

「どう言う事ですの?」

「単純明快だよ。欠陥機だと言うのなら、【欠陥部分を埋めてしまえば良い】。

 僕が【六花】の開発に着手したのもそれが理由さ。欠陥機だからといって、そのままでいさせるほどの三流の技術屋になったつもりはないからね、僕は」

セシリアの疑問にそう答えて、軽く微笑む拓海。

「とりあえず、一夏。そんな訳だから、今日の訓練が終わったら、白式を僕に預からせて欲しい。

 少し時間は掛かるけど、白式の問題点を幾つか解消したいからさ」

「あ、ああ、それは構わないけど……間に合うのか?」

少し怪訝な顔で一夏は質問する。恐らく、クラス対抗戦に間に合うかが心配なのだろう。

「間に合わせるよ。蒼羽技研開発部主任、相沢拓海の名に賭けてね」

そう言った拓海の表情は、確固たる自信を秘めていた。そして、俺は知っている。

こう言う時の拓海は、絶対に間に合わせる。それどころか、俺や師匠ですら想像しない事をやってのける事もある。

「……分かった。それじゃ、訓練が終わったら預けるな」

一夏もまた、拓海のその表情を見て、信じたようだ。少しだけ笑みを浮かべながら、頷いた。

「了解。ああ、それと修夜……悪いんだけど、頼みがあるんだ」

「……? 何だよ、頼みって」

怪訝な顔で聞き返す俺に、拓海は真剣な表情で答える。

「うん……頼みってのは、一夏に君の技を――四詠桜花(しえいおうか)の技を教えて欲しいって事なんだ」

『……はいぃ!?』

拓海の言葉に、俺と箒、一夏が声を揃えて驚く。

「えっと、なんですの? その、シエイオウカと言うのは……?」

セシリアは少しついて行けなくなってきたのか、首を傾げて質問する。

四詠桜花流古武術(しえいおうかりゅうこぶじゅつ)――俺が師匠から教わっている、かなり古い武術だ……」

俺はセシリアに、そう言って説明する。

四詠桜花流古武術――その始まりは定かではないが、一説では平安の世かそれ以前から伝わる幻の古武術であり、日本最古の武術とさえ言われている。

また、この武術はありとあらゆる武器に精通しているとも言われ、徒手空拳や刀剣だけではなく、弓や槍といった様々な武器の技術がある。

事実、師である白夜師匠は、現存するありとあらゆる武器を使いこなし、多種多様の技を駆使する。

まぁ、銃器を使った技まで見せられた時は、本気で驚いたがな……。師匠曰く『こう言ったカラクリも取り入れておけば、何かの役に立つじゃろう?』との事だが、節操無しな事この上ない気がするぞ、俺としては……。

俺はと言えば、一応は徒手空拳と刀剣の技を使いこなす事は出来る。ただ、そこに至るまでは地獄のような修行を積んだけど……。

「ちょっと待てよ拓海!? 俺にあの地獄の修練を積めって言ってんのか!?」

一夏も一夏で、俺の修行の一部を目にしている為、若干顔を青くしながら叫ぶ。

「別に、本格的な技を学べって言ってるわけじゃないよ。と言うか、篠ノ之流で身体を作ってる一夏に、四詠桜花の本格的な技を覚えさせるには時間が掛かりすぎるしね」

「だったら、何故一夏にそれを覚えさせる必要がある?」

当然の疑問を箒が言ってくる。若干不機嫌な表情をしているが、気のせいじゃないはずだ……。

「理由は、六花を取り付けたとしても、一夏は基本的に、雪片を使った戦い方が主流になるからだね」

拓海はそんな箒の表情に、苦笑を浮かべながら説明する。

「そして、千冬さんと同じように篠ノ之流を学んだ一夏には、その戦い方が一番なんだけど、それだけじゃ六花がただの射撃兵装で終わってしまう。

 だから……」

「四詠桜花の基本武術の一つ、『一刀一拳の型』と『一刀一射の型』を教える……か?」

ここに来て漸く、俺は拓海の真意を見抜いた。なるほど、だから『臨機応変』と言ったのか……。

「うん、そう言う事」

「ど、どう言う事だよ?」

訳がわからない箒と一夏は、首を傾げる。

「六花の形だが、ただの射撃兵装だったらあんな形にする必要は無い。

 あの兵装の真骨頂は『零距離射撃』……違うか?」

「流石だね、修夜。その通りだよ」

拓海が再び、六花のデータを表示する。

「この六花は射撃で相手を牽制するだけでなく、相手の懐に飛び込んで射撃をする事も出来る。

 その時の威力は、想定だと訓練機クラスだったら一撃で半分近くはシールドエネルギーを減衰させる事が出来るかな」

「そ、そこまで行くんですの!?」

予想以上の威力に、セシリア達は驚きを隠せないでいる。

「まぁ、至近距離でバズーカ砲を撃たれるようなものって所か。ついでに言えば、その武装……格闘戦も出来るだろ?」

「あ、分かっちゃった?」

いたずらが見つかったかのような笑みで、拓海は俺を見る。

「スライド式のナックルガードっぽい機構が見えたんで、もしやと思ってな。

 大方、雪片を失った際の近接攻撃手段として付けたって所だろ?」

「そ、そうなのか、拓海?」

「まぁね」

拓海は頷きながら、言葉を続ける。

「幾ら白式が近接に強くたって、それは雪片があるからこそだよ。だけど、それを失ったら白式には攻撃手段が無くなる。

 それを無くす為に、ある程度臨機応変に戦える武装として作られたのが、この六花なんだ」

そう言って、拓海はディスプレイを閉じる。

「だけど、篠ノ之流の技だけじゃこの六花は活かしきれない。だから、一夏には四詠桜花の型と簡単な技の幾つかを修夜から教わって欲しいんだ。

 雪片と六花、その両方を使いこなすためにね」

真剣な表情で一夏を見る拓海。対する一夏は、どうしたものかと考えを巡らせている。

箒は若干複雑そうな表情をしている。自分の家の流派だけでは、六花を活かしきれないと言われたんだ、気持ちは分からなくもない。

だが、俺は違った。

「……はっ、面白そうじゃないか」

「修夜さん?」

セシリアが俺の表情を見て、名を呼ぶ。後で聞いた話だが、この時の俺は子供のような笑みを浮かべていたらしい。

「篠ノ之流と四詠桜花流を組み合わせた、『織斑一夏の戦い方』を、俺らで作れってか?

 面白そうじゃねぇかよ、それってさ!」

考えただけで、テンションが上がってくる。

千冬さんでも思いつかないであろう戦い方を、拓海は一夏にやらせようとしているんだ。これでテンションが上がらないなら、男じゃねぇ!

『俺(一夏・一夏さん)の、戦い方?』

意味がわからないと言った感じで、一夏たちが声を揃えて聞いてくる。

「考えてみろ。篠ノ之と四詠桜花の技術……この二つを使えれば、臨機応変に戦う事が出来るようになる!

 しかもそれが、あの千冬さんでも思いつかない戦術に昇華出来れば、それは『織斑一夏だけの戦術』になるんだぜ!?」

『……っ!?』

ここに来て、一夏達も気付いた。一夏には才があるし、篠ノ之流の技もあるが、それは千冬さんも同じだ。

だが、そこに四詠桜花の技術を覚えさせ、それを一夏なりに昇華させれば、それは『一夏だけのものになる』。

その意味は、場合によっては、あの千冬さんに届く可能性だって出てくるのだ。

「そっか……。そういう意味か……!」

一夏は、自分の手を見て笑みを浮かべていく。『世界最強』に届く可能性に、こいつもテンションが上がってきたようだ。

「篠ノ之の戦い方でも、千冬さんの戦い方でもない、『一夏だけの戦い方』……か。確かに、それは見てみたい気もするな……!」

箒は一夏だけの戦い方に興味を覚えたのか、笑みを作っている。

「それは確かに、面白そうですわね。しかも、その訓練はわたくし達の経験にもなる事を考えれば、試してみる価値はありますわ」

セシリアもまた、微笑みながら言葉を紡いだ。

三人の言葉に、俺と拓海も自然と笑みを浮かべてた。

「どうやら、反論とかは無いみたいだね」

「当たり前だ。こんな面白い事、やる前から諦めてどうするって話だよ」

拓海の言葉に、俺はそう言い返す。

「はは、確かに」

拓海もそれに応じて笑い返す。

「なら、“善は急げ”だ。一夏、急いで準備して来るから少し待ってろよ」

「あぁ、よろしく頼むぜ!」

俺はアリーナのロッカールームに急ぎながら、一夏の声を背中越しに聞いた。

 

――――

 

準備を終えてアリーナに戻った俺は、早速エアリオルを展開して一夏と対面した。

箒とセシリアはというと、俺と一夏のいる位置から反対側の方で、箒主導のもとに格闘戦の練習をしている。拓海によると、「じっと待っているだけももったいないから」、ということで自主練習を始めたらしい。

「さて本来なら、こんなことをすると師匠の雷かセクハラが来そうなものだが……、今はそっちよりも目の前の“可能性”だ」

一夏に向かって、俺は声をかける。

本来、四詠桜花の技は陰派の技、すなわち他人に気安く教えることを嫌う“隠された力”だ。

理由は単純。極めれば人外の域に達する、驚異の妙技を数々持ち合わせているからだ。

ゆえに万一にでも悪用されれば、世の中に波乱を呼ぶことさえあり得る。

……と、いうのは今や昔。

ISを筆頭に、科学の力で得た便利さに眼の眩んだ現代人に、四詠桜花の技の習得は無茶な話というのが、実のところだ。

これも理由は単純。修行が【えげつない】のだ。

ひとえに武術といえど、四詠桜花のそれは『サバイバル戦闘術』に限りなく近い部分がある。

さっきも出たが、四詠桜花に扱えない武器は無い。徒手空拳も柔術も何でも使う。場合によっては、日用品さえ武器に変えてしまう。

とにかく【勝って生き残る】ことを理念とするため、その修行も多岐かつ熾烈を極める。

一例としては、棒切れ一本でヒグマを倒すとか、サメと泳ぎながらナイフ一本で戦うとか、素手で飢えた野犬の群れを全滅させるとか、刀を咥えたまま全裸で滝をよじ昇るとか、山で猿の群れから頭に括り付けた柿の実を非暴力で死守するとか、50mの断崖絶壁を往復させられたりとか、あと…………もういいや、思い出すだけで気力が萎えてくる……。

「一夏に今から俺が教えるのは、『一刀一拳の型』と『一刀一射の型』に共通する動作だ」

無言でうなずく一夏の目には、これまでにない力強さが満ちていた。

まったく、ホントに良い面構えしてやがるぜ。

「そのためにまずは……、そこでジュース飲んでるのほほんさん。ちょっと来てくれるか?」

「あれ~、ばれちゃってた~?」

いつものように、いつの間にか現れた本音が、拓海の横で紙パックのジュースを飲みながら座っていた。

「とりあえず簡単な手伝いをして欲しいんだが、頼まれてくれるか?」

「ん~~……、じゃあ今夜はペスカトーレがいいかなぁ~」

とんちんかんな事を言っているように聞こえるが、要するに本音は今からの働きを対価に晩飯のリクエストをしているのだ。

「……海鮮トマトドリアじゃ駄目か?」

あいにく今の俺の部屋の冷蔵庫には、ペスカトーレが出来るほど魚介類は無い。

やっぱりアレには、殻付きのアサリや大振りのエビが入っているのが、俺的には醍醐味だな。

「う~ん、しょうがないな~~」

妥協してあげると言った風だが、相変わらずのほほんとした雰囲気を崩さず、本音はジュースを座っている場所に置いて近づいてきた。

 

数分後――

 

「………あの、修夜……さん……?」

そこには、本音の手によって左腕をロープに縛られ、後ろ手で腰に固定させれた一夏がいた。

「あの……俺、“そういう趣味”は無いつもり…なんだけど……?」

「何を妄想してんだ、エロイチカ」

お前の発想は、どうしてそうオッサンなんだ。

「『一刀一拳の型』と『一刀一射の型』は、片手で剣を操り、片手で別の攻撃をおこなう格闘術だ。

 よってお前には、今から“右手だけで”俺と剣で立合稽古をしてもらう」

「なっ……、なんだってえぇぇえっ?!」

無茶言うなと、非難めいた悲鳴を上げる一夏だが、言いたいことは分かる。

日本の剣術は両手が基本である。

特に手に置いて重要なのは“左手の握り”で、これが弱いと刀が手から抜けたり、相手の打ち込みを防いだ時に簡単に刀を飛ばされてしまう危険性がある。バスケットボールのフリースローじゃないが、ぶっちゃけ“右手は添えるだけ”に感覚は近い。

篠乃之流剣術も基本は一刀流であり、その太刀(さば)きにおいて、左手は重要な意味を成す。

これを“右手だけ”で操るとなると、まず右手の負担が一気に増す。オマケに左腕と一緒に受け止めていた相手からの攻撃の衝撃を、右腕一点で耐えるため、腕や肩への負担も倍増する。

なにより慣れないと、攻撃力が下がり、剣筋(けんすじ)の安定性も落ちる。

日本の刀剣は、腕の“引き”によって斬撃を生みだす。そのためには剣筋――つまり振り抜く刀剣が描く軌道を、正面から見たときに一直線にしなくては意味がない。この効率を良くするには、手っ取り早く両手で一本の刀を扱うのが、一番効率も安定性も良い。

これが不安定になれば、まともにものが斬れないどころか、相手にあっさりと刀を弾き飛ばされてしまう。

「無茶は承知の上だが、片手で別の武器を操るなら、まずこれが出来ないと無理だぞ?」

そうならないために、一夏に片手でも剣が振るえるよう、敢えて左手を封じて片手だけを使わせる必要がある。

要するに今からやることは、四詠桜花流における【二刀流の基礎訓練】なのだ。

ゲームや漫画でやたらと二刀流使いがいたりするが、二刀流は実際には“かなり難易度が高い”技術であり、そうポンポンと使える代物では無かったりする。

かの二刀流の始祖である剣豪・宮本武蔵が“武の天才”と呼ばれるのは、単純に強いというだけでなく、二刀流を使いこなす“突出した剣捌き”があったからこそというのも、一面にあるのだ。

「そんな……、いきなりやれって言われても……?!」

「文句は分かるぞ、俺も師匠に散々、理不尽としか思えない稽古をつけさせられてきたからな」

実際には、この片手縛りどころか両手両足縛られて、そのまま滝壺に突き落とされたこともある。

アレは溺れ死ぬかと思ったわ、マジで……。

「敢えて言う、“慣れろ”。それが武術における、唯一の近道だろ?」

言われて一夏は、本日何度目かの渋い顔とうなり声を上げた。

「じゃあ、雪片を呼びだして構えろ」

「ちょ……、マジでもうやるのかよ!?」

実体振動剣(ストライクファング)を呼び出して構える俺を見て、一夏は慌てて雪片二型の呼び出しを始める。

「よし、準備が出来たみたいだし……、始めるぞ一夏ぁ!!!」

「おわわわっ、待った待ったあぁっ?!」

雪片二型を手に取ったの見て、俺は一夏に突撃を仕掛け、一夏はあたふたと片手で剣を構えた。

 

さぁ見せてくれよ一夏、お前のその【可能性】ってヤツを――!!

 




と言うわけで、本日の更新となります。訓練開始の部分は相方に書いてもらいました。
いや、本当は手直しだけのつもりだったんだけどね……。訓練を始める辺りで〆る予定だったし……。

今回は一夏の強化プログラム(仮)みたいな内容となりましたが、これは前々から考えてはいました。
実際問題として、刀一本で戦うと言うのは、相当の熟練者でなければ難しい領域です。
ついでに言えば、銃を相手に刀一本で戦うというのは、素人には無理です(きっぱり
わたしゃは剣道とかはやってませんが、それでも素人目でそれ位は分かります。
と言いますか、銃口からの弾道予測、回避に必要な動作、間合いに至るまで、死ぬほどの経験を積んできた者がそういう事を成せるのであり、剣を一度置いた一夏がそれを簡単に行うと言うのは、無理があります。
てぇか、身体が覚えていたって感覚を取り戻すのには、現実の人間だって時間掛かるものなんだがなぁ……普通は。

また、修夜の流派を出してみました。
文中にも書かれましたが、四詠桜花流古武術は、一般で言う武術とは違います。
本編だとサバイバル戦闘術となっていますが、実際は『退魔の技術』も取り入れたものであり、想定外の相手にも対応できる技術です。
まぁ、平安や江戸の時代は物の怪の宝庫ですからね……色々な意味で。
そう言った理由で、本編で出すかは不明ですが、白夜師匠は術をも行使出来ます。

そして、セッシーの技術向上とのほほんさんの神出鬼没さ。
なんと言うか、段々と着実に強化されていってるなぁ、この作品のヒロインズ……。
と言うか、少しネタバレになりますが、セッシーのメインヒロイン率が半端ないんです、プロットの打ち合わせだと(汗
他のヒロインたちも、原作よりヒロインさせるつもりですが、セッシーは本当に半端じゃありません、ええ。
多分、近い内に砂糖を吐く事になると思います。
その時は、ブラックコーヒーの準備をしてもらおうかしら……?

ではでは

・追記
そう言えば、お気に入り数が70超えてますな。
なのに感想はあまり無いこの事実……面倒なのかな?
とにもかくにも、お気に入りにしてくださってる方々、ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。