ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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大変お待たせ致しました。執筆の間に殺人事件イベントや復刻イベントが過ぎては来てしまいました。

今回はTwitter側から めりけんスパークさん の話です。改めて当選おめでとうございます。



ヤンデレ庭園、魔力切れ 【2周年記念企画】

 

 暫くの間、悪夢を見ずに済んでいた様な、代わりに見ず知らずの誰かが苦しんでいたかの様な、そんな気がする。

 

「しかし、今日は絶対になんかあるな」

 

 この切大、もはや布団の前でヤンデレ・シャトーの気配が分かるようになっていた。

 

「……うむ……慣れだな」

 

 観念して、生身の俺は後の面倒事を夢の中の俺に押し付ける事にした。

 睡眠なければ疲れはとれない。

 

 たとえヤンデレがいようと、悪夢を見る事になろうと俺は眠るだけだ。

 

 

 

「……で、何これ?」

 

 俺の眼前に広がっているのは草花が咲いている何処か懐かしくも、最近見た気がする光景。

 

「……あ、バレンタインデーの時の空中庭園か。最近見たっけ?」

 

 いかん、時系列があやふやではっきりしないせいで、悪夢の中の記憶が混乱している。

 

 取り敢えずバレンタインデー以降は見ていない事にしよう。

 

「だけど、此処は広いし結構迷いやすいんじゃないか?」

「そうですね先輩。しっかり手を繋いで下さいね?」

 

「おわっ!?」

 

 俺の手を握って背後から声を掛けてきた存在に驚き、思わず声を上げた。

 

「っへ? ま、マシュ……オルタ!?」

「はい、そうですよ先輩。お久しぶりですね」

 

 そこにいたのは実装どころかFGOに登場するかも分からないマシュ・オルタ。

 反転と言うか、発情して奥手な後輩が攻めに転じただけとも思える。

 

「本当にお久しぶりです……私、長い事先輩のお顔を拝見していませんでしたから……」

 

 握られた腕に早速金属音。前科なんて無い筈なのにすっかりこれに慣れてしまった気がする。

 

「近くでずっと、見せてくださいね?」

 

「ええい! 【幻想強かっ!?」

 

 両手で無理矢理破ろうと鎖を握った瞬間、マシュ・オルタが俺を抱き締めて背中から地面へ倒れ込んだ。

 

「駄目ですよ先輩? そんな壊し方をして、手を怪我しちゃいますよ?」

 

「っく、離せ!」

「嫌ですよ。どう足掻いても先輩は私の手から逃れられないんですから、じたばたしないで下さい…………あむっ」

「っ……い!?」

 

 首筋に痛みが走った。

 マシュ・オルタがそこに噛み付いて歯を立てた様だ。

 

「もしかして私が先輩を傷つけられないとか、そんな都合いい事を考えた上で抵抗しているんですか? ……私、これでも結構待ちくたびれているんですよ?」

 

 自分で付けた傷口を舐め、吸う。

 

「ふふふ……吸血鬼では無いのですが、先輩の血は魔力が流れていて美味しくて……んっちゅ……味わっていると興奮してきちゃいました」

 

「っく……!」

 

 【幻想強化】で強化された筈なのに、マシュ・オルタを1ミリも動かす事が出来ない。

 

「先輩、何で私がお互いの手錠を着けたか分からないんですか?」

 

 そう言って俺の片腕と繋がっている彼女の手首を見せ付けられる。

 

「私が先輩を引っ張る為ですよ? 私が先輩より強い事の証明であり、先輩が私より弱い……その事実を目に見える形にしただけ」

 

 言葉と一緒にマシュ・オルタが腕輪の着いた腕を上げると、繋がっている腕を持ち上げられた。

 

「魔術を使っても逃げられませんよ? もう先輩は私の物です」

 

 傷口から出た血が、吹き出した冷や汗と一緒に首を流れるのが分かる。目の前で笑うマシュに逃げ場を潰され絶望を感じる。

 

「わ、分かった……もう逃げないし、抵抗もしない」

「……」

 

 俺の言葉にマシュはニコリと笑う。

 

「それで?」

「……?」

 

「逃げない、抵抗しない……それで?

 それは当たり前な事実確認ですよね? 先輩は何か勘違いをしていませんか?

 私が今不機嫌な理由はですね、逃げようとした事ではなく長い事先輩に会えなかった、そのストレスなんですよ?」

 

(それなら文句はヤンデレ・シャトー運営委員会にでも言ってくれよ……)

 

「そんな親と子供がする様な約束ではなく、先輩から私へ愛を伝えて欲しいんです」

「愛を……って言われても……」

 

「戸惑っている様ですね? なら、お手伝いします」

 

 そう言ってマシュは急に俺の左手の親指を掴むと、ぎゅっと力を込めた。

 

「い、痛ててててっ!」

「ほら先輩、戸惑っていると親指を折ってしまいますよ?」

 

「い、いた、痛い痛い痛い!!」

「ほら、ちょっとだけ止めて上げますからせめて言葉だけでも、私に愛を下さい」

 

 握られていた指からスッと力が抜け、痛みに悩むより早く俺は口を開いた。

 

「……だ、大好きだよ……マシュ」

「はい、正解です。先輩」

 

「な、なんで指を……」

「……もう二度と、先輩が私の思考や考えを読み違えない為です。

 だって、先輩は私の事、ちょっと変わったマシュ・キリエライトとしてしか見ていないじゃないですか?」

 

「そ、それが……?」

「じゃあ聞きますけど、先輩はアルトリア・リリィさんとランサーの方のアルトリア・オルタさんを同一人物の様に扱っていますか?」

 

 その質問に現実世界の事を思い出しながら答えた。

 

「いや……別人だと思ってるけど……」

「そうですよね? ですが……先輩は私というマシュ・オルタを個人として見た事がお有りですか?」

 

 考えてみればマシュと同時に出てきたり、マシュと同じ体で登場したりとしてきた彼女の事を、何処かマシュだと思い接していた感はある。

 

「なので、区別してもらう為にマシュ・キリエライトなら絶対にしない事をする事にしました。

 ほら、先輩から愛情を貰う為に先輩を傷つけるとか、マシュ・キリエライトは絶対にしないでしょう?」

 

 そう言いながら彼女は首の傷を触って指に付いた血を舐めた。

 その姿に思わず後ずさろうとするが、手錠の鎖が揺れるだけだった。

 

「……でも、先輩が私から離れてしまうって、すっごく嫌ですね。

 ……ああ、そっか。手錠があるから離れられませんね? 先輩が凄く嫌そうな顔をしているのに、私の近くにいてくれるなんて……幸せです」

 

 その言葉に思わず歯を食いしばった。

 背筋が凍ってしまいそうな恐怖に顔が強張ったのだ。

 

 だが、そこで俺は場違いな甘い香りを微かに感じ取った。

 

「マシュさん、眠って――」

「――掛かりませんよっ!」

 

 香りの正体は背後からマシュに迫ったが、宝具である盾を出現させると盾越しに蹴りを入れられた。

 

「っく……!?」

「まさか、私から先輩を奪おうとするサーヴァントへの警戒を怠るとでも? 静謐のハサンさん?」

 

 やはり、褐色肌と毒の香りを携えたサーヴァントの正体は静謐だったが、彼女の持つ高ランクの気配遮断スキルからの不意打ちはあっさり対処されてしまった。

 

「……マシュさん、今日はやけに黒いですね?」

「あっはぁ! 流石に気付きますよね? そうですよ、私はマシュ・キリエライトでは無く、マシュ・オルタです」

 

 そう言うとマシュは俺を片手で持ち上げ、立ち上がった。

 

「先輩は私の物です。静謐さんに渡す物も奪わせる物もありませんので、帰って下さい」

 

「マスターに手錠なんて、普段のマシュさんならかけませんよ?」

「普段の、ではない静謐さんになんて言われても、説得力が無いですよ」

 

 静謐は距離を取ってその場から消えた。恐らく正面対決を避けて再度奇襲を狙っているのだろう。

 

 早く助けを、なんて考えているとマシュが俺へと振り向き、抱き着いてきた。

 

「……せんぱいぃ」

 

 甘え声で耳元に囁いて来た。

 

「はぁはぁ……静謐さんは………本当にいやらしい人です……先輩に良く効く媚薬で迫ってくるなんて……おかげで、すっかり発情してっはぁ……先輩のことぉ、食べたくなっちゃいました」

 

 激しい呼吸を繰り返しながら、熱の籠もった視線をこちらに向けている。

 

「でもぉ……何時、誰が来るか……分からないから、我慢しますね……?」

 

 そう言いながらも、何処か俺を誘っている様に感じる。

 

「せんぱい……変な事しないで下さいね? 私も、ガマンしますから、ね?」

 

 今にも襲ってきそうな程にギラギラした瞳で自制するというその言葉よりは、猛獣の断食の方がまだ信じられそうだ。

 

「……」

 

 彼女の吐息だけが響くまま、抱き締められたままの状態が続く。

 

「はぁ……っふー、ふーっ」

 

 マシュ・オルタは我慢する為か、吐息を吐き続けていた口を俺の肩に当てて塞いだ。

 

「ど、どうしろって――っ!」

 

 マシュの背後、俺の正面から人影が見えた。紫色の髪と赤の瞳でこちらを見つめながら、静かに迫る人影が。

 

(こ、このタイミングでスカサハ!? しかも俺が持ってない全身タイツの方だろアレ!? ヤバイ! どう対処しろって――)

 

 その存在に恐れ慄き体を震え上がらせると、突然マシュ・オルタが体を押した。

 

「――抱き着いている状態で体が震えると、感じちゃうじゃないですか」

 

 その言葉と同時にマシュ・オルタの体を赤い槍が貫通した。

 

「こっふ……!!」

 

 手錠で繋がっていたが、押された事で僅かにマシュと俺の間に距離が出来て俺の体に赤い槍が届く事はなかった。

 

「……ふん、流石はシールダー。あの一瞬でマスターを守ったか。まあ、その確信があったからこそ私はこやつを穿ったのだがな」

 

 いつの間にか俺とマシュの間まで移動したスカサハは、マシュ・オルタを貫いたのと同じ槍で手錠の鎖を断ち切った。

 

「マスターを傷付けたのだ、それ位の罰は当然。そして、マスターは私が貰っていく」

 

 スカサハは当然の如く逃げ出そうと距離を取ろうとした俺を捕まえると、庭園の中へと駆け出した。

 

 

 

「……やれやれ、自分のサーヴァントに傷を付けられるとは情けないマスターだ」

 

 ルーン魔術で首の傷を治しながらスカサハは呆れた様に呟いた。

 庭園の中、そこの一室、強固な城塞の背景をそのままに、人が身を休ませる場所としてベットが置いてあった。

 

「私がいなければ今頃血液越しに魔力を吸われてミイラと化していただろう」

「は、はぁ……」

 

「つまり、お前は最早私無しでは生きていけない弱いマスターだ」

 

 なんか無茶苦茶な事を言いながら俺の首元に槍を向けた。

 

「……え、えぇっと……?」

「情けない……なんともひ弱なマスターか」

 

 どうも罵倒が多い気がするが、初対面のサーヴァントだから好感度が低いのだろうか。

 

「……先ずは“男”にしてやる必要があるな」

 

 これはアレか、自分好みにしようとするタイプのヤンデレか。場合によってマシュ・オルタよりも不味い状況かもしれない。

 

「手っ取り早いのはせ――行為だな」

「うぁっ!?」

 

 その場から逃げ出せる様に構えようとした俺の足元にルーン魔術で雷の様な物が落とされた。

 

「ふむ、度胸はある様だな」

「いや、たった今消滅しました」

 

 鬼かこの人は。俺は半泣きだ。

 

「軽口を叩けるか……まあ、次第点か」

 

 そう呟いたスカサハは指をクイっとこちらに向けて動かした。

 その仕草の意味は直ぐに理解出来た。

 

「うわっ!?」

 

 体が引っ張れるかの様にスカサハへと動いた。

 

「ルーンの鎖だ」

 

 先の雷撃と一緒に放たれたのだろう、俺では読む事の出来ない文字が足に刻まれていた。

 

「私に相応しい男になるには限界を超えて貰わなければならない……なら、先ずは今ある魔力を吸い出してやろう」

 

 そう言ってスカサハの唇が迫る。慌てて顔を動かしたので、俺の頬に当たった。

 

「ん……おい」

「っひ!?」

 

 突然の殺意混じりの低い声に体が震え上がった。

 

「避けるな。次避ければ足を刺す」

「ま、マジかっんん!?」

 

 流石に本気の影の女王の脅しに屈するしかなく、あっさりと唇を奪われると、今まで感じた事の無い脱力感がジワジワと俺の体に広がっていく。

 

 そんな俺の困惑を見てか、スカサハは唇を離した。

 

「……魔力を奪われる感覚は初めてか? だが、起きていて貰うぞ」

「――っがぁぁ!?」

 

 美女とのキスに現を抜かすなと言わんばかりに、脱力感とともに倒れそうな俺の体を電撃が走り、激痛が襲う。

 

「耐えろ……っん」

 

 息もつかさないとはこの事か。瞳を開ける力を魔力と共に奪われ、眠気が来ると体に激痛のアラームが鳴り響き、強制的に意識があるまま魔力を奪われる。

 

「っちゅ……ふむ、そろそろか」

 

 スカサハが俺を放すと、魔力切れ寸前の体は地面へと崩れ落ちた。

 

「っがはぁ……! はぁ、はぁ……!!」

 

 死ぬかと思った。

 体は地面に張り付いたまま動けない程に力を失っていた。

 

「……さて、これくらいで良いか」

「はぁはぁはぁ……っ!!」

 

 そんな俺をスカサハは手で担いで、ベットへと運んだ。

 

「さて、殆ど全ての魔力を奪った。もはや抵抗する力などまるで残っていないだろう」

「っぐ……」

 

 まさにまな板の上の鯉か……そもそも、サーヴァント相手に抵抗は難しいが、これではいくら隙を見せられても逃げる事など出来ない。

 

「こんな状態で性行為に及んで魔力供給をしようものなら、死んでしまうかもしれんな」

「じょ、冗談じゃない……!!」

 

 スカサハは添い寝の様に、俺の横に体を倒した。

 

「……安心しろ、マスター……魔力の無いお前をこれ以上、どうこうするつもりは無い」

 

 強張った俺の頬に手を当てると、スカサハは軽く撫でた。

 

『体を休めろ』

 

 何らかの魔術か、スカサハの声がまるで脳に優しく語り掛けるかの様に聞こえてくる。

 

『少々やり過ぎたが、よく頑張った。誇って良い』

 

 それを聞いて、途方もない疲労と脱力感が再び睡魔を呼び起こした。

 

『そうだ……目を閉じろ』

 

 先までの緊張が嘘の様に途切れていき、魔力を奪われた際の苦しみも夢だったのか、記憶から徐々に無くなっていった。

 

(このまま、意識を落としてしまえばスカサハの思う壺……だけど、もう限界……)

 

 一度閉じた瞳を開ける事は、叶わなかった。

 

 

 

「寝たか……」

 

 スカサハはマスターの頭を撫でた。そして、鋭い視線を何もない場所へ向けている。

 

「アサシン……と言っても、唯の小娘か。私をマスターの所まで誘い出しておいて、ここまで何もして来ないとなると、やはり、毒以外の取り柄を持たない暗殺者か」

 

 ヤンデレになったスカサハだが、今の彼女は普段とそこまで変わらない。

 強い相手を求め、弱い者を教え導く。

 そこに僅かにマスターへの私情を挟んでしまうだけで、後は何も変わりはしない。

 

 もっとも、マシュの匂いに嫉妬の炎を滾らせて、マスターに八つ当たりに近い行為をしたことに関しては並ならぬ独占欲に溢れているが。

 

「まあ、私を倒せる者はいない……その事実は変わらんか」

 

 言い終わると同時にその手に槍を握った。

 

「おりゃまあ、こりゃあ見事な別嬪さんだ。是非とも、題材にさせて貰いたいねぇ」

 

「……なんだ。暗殺者の後は絵描きか」

「ありゃりゃりゃ、お呼びじゃないってか? 連れないねぇ」

 

 内心、スカサハはガッカリしていた。あの暗殺者は恐らく目の前のサーヴァントを囮にマスターを連れ去ろうと考えたのだろうが、これでは時間稼ぎにもならないだろう。

 

「…………?」

 

 おかしい。

 少しの間とはいえ陽気な声で喋っていた絵描きが一向に動かず、喋らない。

 

 スカサハは横目で最優先事項のマスターを確認した。

 が、特にマスターに変化は無い。

 ならば良しと、目の前の敵に集中する、が――

 

「――っ」

 

 目の前に迫る筆。しかし、そんな物に当たる筈も無く、赤い槍が墨で濡れる事もなく弾かれた。

 

「……やはり、つまらんな」

 

 今の一撃で興味が失せた。直ぐに片付けようとスカサハは目の前のサーヴァント、葛飾応為目掛けて走った。

 

「……っ、貴様は――!」

 

 ランサークラス特有の敏捷の高さを生かした一撃、その寸前でスカサハは止まった。

 何故なら、そこにいたのは絵描きのサーヴァントでは無く、小娘と吐き捨てていた暗殺者。

 

「――!」

 

 思わず足を止めたスカサハに数滴の墨が付着した。静謐のハサンの肌を彩っていた墨汁は、完全に彼女の毒と一体化していた。

 

「っく! 眠り薬か! こんなモノ……!」

「出来た! ほら、さっさと逃げるよ!」

 

 倒れそうな体でスキルを発動させ、体を正常化しようとするスカサハ。その横をいつの間にやら部屋にいた応為が通り過ぎていった。

 

「マスター殿は頂いていくぜ!」

「っく、に、逃がすか……!」

 

 当然、後を追おうとしたスカサハ。だが、眠り薬以外の物も混じっていた様で目がクラクラする。

 

「っく、酒の類か!? 視界が……!」

 

 

 

「大丈夫、なんでしょうか?」

「ぁ……? どんくらい持つかまではわからんが、上手く行っただろ。とと様におれの体を使わせて書かせた“騙し絵”だ。魔力なんか無いから今頃あの姉ちゃんは部屋がひん曲がって見えてるさ」

 

 それを聞いて静謐は頷いた。

 

「そんでお嬢ちゃん、お代はちゃーんと頂くぜ? マスター殿との添い寝しながら、お嬢ちゃんの絵を書かせて貰う約束だ」

 

「は、はい……」

 

 静謐はその言葉に複雑な表情を見せるも、頷いた。

 

「……健気だねぇ、マスターの危機なら自分の居場所だとしても差し出せるなんざ、立派なお嫁さんだなこりゃ」

「え、あ、いえ……まだマスターと結婚は……」

 

「あーあー、今回は負けを認めるしかねぇや。お代を貰ったら邪魔者はとっとと退散するよ」

 

 参ったねこりゃ、なんて言いながら応為は部屋に入ってマスターを布団に寝そべらせた。

 

「マスター殿は……駄目だこりゃ、精の根も枯れ果ててんなぁ……まあ、おれもアンタも医者の先生じゃないし、大人しく寝かせとくに限るな」

 

 言うが早いか、応為は自分とマスターの体に掛け布団を覆い被せた。

 

「それじゃあ、早速体をこちらに向けてくれ」

「こ、こうですか?」

 

「あー……別に格好や動きはいらねぇや。お前さんの普段の、いつも通りの立ち姿でいてくれ」

 

 静謐と布団の外に置いた紙を交互に見ながら筆を進める応為。スカサハの時とは違う、速さではなく正確さを求める筆捌き。

 

「……っ……っ……」

 

 が、普段よりその動きは更に遅くなっている様に思えた。

 

(へへへ……恋する乙女を描きながら、その相手でもあるマスター殿と添い寝してる……)

 

「?」

 

 もぞもぞと布団の後ろ側が動いているのを見た静謐はちょっと疑問を抱いた。

 

(だけじゃ飽き足らず……足の指でマスター殿の肌触りを堪能……あぁ……背徳感で背中が震えっぱなしだぁ……! 変に高まって来ちまうし……)

 

 徐々に、応為から発せられる妖しい色気に気付き始める静謐だが、マスターになんの変化も見られないので怪しんだが、止める事はしなかった。

 

「…………まだ、でしょうか?」

「んん……ごめんな、もうちょっと待ってくれるか?」

 

(まあ、もう嬢ちゃんの方は書き終わったんだが……マスター殿の胸板を足の感覚を頼りに書き始めちまったから、もうちょい待って貰うか)

 

 天才ゆえか、奇抜な書き方で紙をなぞり始めた筆は止まらない。

 

(うへへへ……さて、後はマスター殿の乳首……乳首を……!)

(……足が不自然な動きを…………切り落としてしまいましょうか……?)

 

 2人の仕事人はそれぞれ動き始めた。あと一瞬でもあったのなら、応為の愛しいマスターの裸画が完成し、静謐の刃が彼女の足を切り裂くだろう。

 

 

「あ――!?」

「な、なんだぁ!?」

 

 ――地震でも、起こらない限りは。

 

 

 

「う…………き、気分悪ぃ……」

 

 長い間寝ていた様な、いや、寝てはいたが目が覚めても体に力が入らないので筋力が低下する程に長い間寝ていたんじゃないかと錯覚してしまう。

 

「……あ、あれ? 此処は……」

「我が玉座の前だ」

 

 見覚えはあったが、過程をすっ飛ばされてやって来ていた現在地を、玉座の主は教えてくれた。

 

「……せ、セミラミス……!?」

「そうだマスター。我こそは今まで汝らが足をつけて歩き回っていた庭園の主、セミラミスだ」

 

 彼女を手に入れた覚えはスカサハ同様ない。なので彼女の事は良く分かってはいない。

 

「気付けば我が宝具の中にいたが、アヴェンジャー共の面倒な仕掛けのせいで支配下に置くのに随分と時間が掛かってしまった。

 結果として邪魔者を排除出来たのであれば手間を掛けた甲斐があったと言うものよ」

 

 嬉しそうに話す彼女の後ろから、ぬっと静謐のハサンが現れた。

 

「こやつも、今では我が手中だ」

「せ、静謐……?」

 

「…………」

 

「こやつの体は全て毒。故に、我に操れぬ訳も無く、こやつのマスターへの愛を利用し色々動いて貰った」

 

 静謐のハサンはその説明を聞いて小さく頷くと、白いお面を被った。

 それは俺のサーヴァントではなくセミラミスの従者であると言う証だった。

 

「お陰で邪魔者を全員吊るし上げる事ができた。マスターから魔力を奪った者共をな」

 

 部屋の明かりが動き出し、壁を照らした。

 そこには鎖で吊り上げられたスカサハ、マシュ・オルタ、葛飾応為の姿があった。

 

「まあ、この程度では抜け出せる手練の様なので、酒に漬け込んで置いた。目を冷ましたとしても意識は朦朧としているだろう」

 

 酒、とは言うがセミラミスは毒殺の女帝だ。英霊にすら効果のある何か、と言う事だ。

 

「さて、話ばかりで長くなってしまったが……マスター、汝はもうこれで我以外に触れられる事は無い。

 夜は長い。たっぷりと……楽しもうではないか」

 

 そう言って玉座から降りてくるセミラミス。

 

 しかし、見下ろしながら迫る彼女の足取りは怪しく、やがて――

 

「――あ」

 

 階段を踏み外した。

 思わず、魔力切れ寸前で倒れそうな体にムチを打って、彼女の元へと駆け出した。

 

「……あ」

「あ」

 

 受け止めた。その安心感ですっかり力が抜けて、彼女と一緒に床へと倒れた。

 

「――いっ〜!」

「……こ、コラ! 何を抱き着いている!? さっさと放さぬか!?」

 

 女帝である自分が転びそうになった事、助けて貰った事、抱きしめられている事、顔を赤く染める事だらけで思わずセミラミスは怒鳴った。

 

 恐らく、庭園の管理権を取り戻す際に魔力を使った疲れがあったんだろう。

 

「あ、ごめん……」

 

 軽く頭を打ってフラフラしながらもなんとか目を開け、手を放した。

 

 

 

「ま、全く――っぐ!?」

 

 ラブコメな雰囲気だった筈が一瞬で吹き飛んだ。セミラミスの体と共に。

 

「ははははは……せーんーぱーい」

 

 ふっ飛ばしたのは俺の後輩、普段よりも紅く黒いマシュ・オルタ。天国に辿り着いた様な笑顔で俺を呼んだ。

 

「アハハハ!! 私にお酒や毒が効くと思ったんですか!? 大ハズレですよ!」

 

 高笑いしながらもセミラミスを見る。その瞳にあるのは殺意でも敵意でもない。普通のマシュには有り得ない、敵を見下し絶対的に勝利を確信した強者の炎だ。

 

「な、何だと……!? カルデアにいたマシュ・キリエライトにそんな力は――」

「あの娘とは違うんですよ。

 先輩を守る為に、私は私自身を無敵にする。初めて先輩の魔力を頂いた時に、先輩に付加されていた加護も貰いました」

 

「何……!?」

 

 マシュ・オルタは立ち上がろうと藻掻くセミラミスの前に立つと、盾を振りかざした。

 

「それじゃあ、これで終わりです――」

「っま……マシュ、やめろ!!」

 

 思わず俺がそう叫ぶと、振り下ろそうとしていた盾はピタリと止まった。

 

「――……そうですね。この庭園はセミラミスの宝具。

 倒してしまうと何が起こるか分かりませんでしたね」

 

「っがぁぁ!!」

 

 言い終わると再び盾で殴ってセミラミスを壁へと叩き付けた。

 

「これくらいで、いいですよね」

 

 振り返って笑顔を俺に見せた彼女に、何も答えてやる事は出来なかった。

 

「……先輩?」

 

 盾を消したマシュ・オルタは立ち上がらない俺を見て首を掲げ、何かに納得したかの様に両手の平を合わせた。

 

「あーあ……スカサハさんに、魔力を奪われてしまって力が出ないんですね」

 

 そう言うと俺の顔を掴み、体を支える様にしゃがんで膝を潜り込ませた。

 

「じゃあ、私がたっぷり送って上げますからね」

 

 抵抗する力もなく、俺はもはや諦めて受け入れるしかなく、目を瞑った。

 

 

 

 

「……この、私の体に流れている」

 

 突然の黒い輝きに、俺は思わず目を開いた。

 

 

 

「聖杯と同じ、魔力を」

 

 そして、迫る唇と彼女が手に持った聖杯に恐怖した。

 

 

 

「一緒に堕ちましょうね、先輩」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 恐らく、寸前で目が覚めたんだろう。

 汗と謎の脱力感と共に目覚めた俺は無言で台所に立った。

 

 今日は休日だが体に力が張っていないと不安だったから、朝から生姜焼きを作って食べる事にした。

 




 

次回はハーメルンからの当選者 ひがつちさん の話を執筆させて頂きます。また遅れてしまうかもしれませんが、出来うる限りの最高のクオリティで書かせて頂きます。よろしくお願いします。

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