ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

77 / 162
遅くなって申し訳ありません。
書いてる途中で前後編に別けた方が良いんじゃ……と思う程に長くなりました。1万4千文字は記録更新間違い無しですね……

ガンマン八号さん、当選おめでとうございます。
他のお二方のリクエストも直ぐに書き始めますのでもうしばらくお待ち下さい。


ヤンデレ・キングダム

ヤンデレ・キングダム

 

「……ん?」

 

 ヤンデレ・シャトーの常連と化している俺、切大は教室の風景が普段とは違う事に気付いた。

 

 俺の座っている席の前、普段なら既に座っている筈のクラスメイトがいる筈だが授業が始まる数分前なのに鞄すらない。

 

「あれ、あいつまだ来てないのか?」

「んー? そーいや珍しいな、あいつ何時もならとっくに来てる頃なのに」

 

 俺の友人である遊戯王バカも気付いた様だが、アイツが遅刻とは珍しい。

 

 今日はあいつの好きな世界史の授業があるし、何かあったんだろうか?

 

 

 

 

 

「……此処は……?」

「お目覚めか、マスター」

 

 僕が目を覚ますと、そこにはマントと帽子を着用している白髪の男がいた。

 

「……も、もしかして、アヴェンジャー……エドモン、ダンテス……?」

 

「マスターとしての実績はある様だが……シャトーはこれが初めての様だな」

 

 何か1人で勝手に納得しているみたいだけど、僕は訳が分からず辺りを見渡す。

 だけど、石造りの建物だということ以外はまるで分からない。

 

 アヴェンジャーらしき人物はマントを一度大きく動かして、笑いながら喋り始めた。

 

「ようこそ、マスター・トウヤ!

 此処は悪名高き悪夢の監獄塔、ヤンデレ・シャトーだ!」

 

「ヤンデレ・シャトー……!?」

 

 その名前には見覚えがあった。Fate/Grand Orderの攻略サイトの雑談掲示板で話題に上がった事があったが、全然信じられず結局噂で終わってしまった都市伝説。

 

「これから貴様に襲いかかるのは愛憎の境地、ヤンデレと化したサーヴァント共だ。捕まれば愛の名の元にお前を束縛し、手に入れる為ならどんな手段も使うだろう。

 故に、お前は捕まらぬ様に上手く立ち回ってこの窮地を脱さなければならない」

 

「ヤンデレ……」

 

 よく見る単語だけど、要は清姫や源頼光みたいになるって事なのだろうか?

 だったら構ってあげればいいんじゃ……?

 

「貴様の果たすべき使命は……“戦乱を収める”事だ」

 

 アヴェンジャーの言葉に僕は思わず首を傾げた。

 それを見た彼はおもむろに地図らしき物を出現させた。

 

 そこには5人のサーヴァントの顔写真が貼られており、写真の貼られている周辺地域はそれぞれ別の色で塗られている。

 

「これが今回の舞台の全体マップ、勢力図になっている。

 セイバー、アルトリア・ペンドラゴンは己の部下である円卓の騎士と共に戦場をかけており、その勢力は全サーヴァント中最大だ」

 

 アルトリアの名前に思わず反応した。

 僕のお気に入りのサーヴァントだったからだ。

 

「アーチャー、織田信長は2番目に強大な勢力だったが、最近バーサーカーである茶々が離反しその3分の一の領土を奪われた。

 ランサー、スカサハは領土こそ狭いがアルトリア勢に引けを取らないだけの兵力を抱えている」

 

 アヴェンジャーは淡々と説明して行くが、分かりやすい見取り図のお陰で理解出来ている。

 

「最後にマリー・アントワネットだが、その支配地域が他の国と陸での行き来が難しい島だ。これを警戒して比較的距離が近いアルトリアと織田信長が兵を動かしにくくなっている……と言った感じだ」

 

 アヴェンジャーの説明は終わったようだけど、僕はまだ肝心な事を聞いていない。

 

「あの……そもそも何で戦争を?

 やっぱり、聖杯?」

「いいや……今回の戦争の目的は唯一……お前だ」

 

 指を差された僕は驚いた。

 

「……へ? ぼ、僕!?」

「お前はこれから何処か、戦場ではない場所に放り出される。サーヴァントはこの塔の名が示す様に、ヤンデレと化している。お前を手に入れる為なら戦争を起こす程に愛に狂っている、と言う事だ」

 

「な!?」

「文句があるなら止めて来い。それがお前に与えられた使命でもある。それが一度でも達成できれば、お前をこの監獄塔から開放しよう。

 マスターの証である、令呪を使っても構わん」

 

 アヴェンジャーは僕に近付いた。

 そして――

 

「――喰われん様に、用心する事だ」

 

 僕の体は、此処ではない何処かへと飛ばされた。

 

 

 

「……?」

 

 目を開けると、そこは小さな草原だった。

 僕は辺りを見渡しながらも、この風景に見覚えのある気がした。

 

「あ……アルトリアの立っていた場所に、よく似てる……」

 

 村娘だった彼女の回想でこれと同じ場所を目にしていたことに気付いた。

 

「……ぅター……! マスター!!」

 

「えっ……おわ!?」

 

 急に後ろから聞こえてきた誰かの声に慌てて振り返ったが、急に体を動かしたせいで転んでしまったが――

 

「大丈夫ですか、マスター?」

 

 鎧を着た金髪の美少女、アルトリア・ペンドラゴンに支えられ助けて貰った。

 

「あ、ありがとう……」

「気を付けて下さい。貴方に何かあれば……とても、悲しくなります」

 

 憧れのアルトリアに心配され、思わず僕の心臓はドクンと跳ねた。

 

「マスター、積もる話もあるでしょうが先ずは私の城へ。そこで詳しくお話させて頂きます」

「う、うん!」

 

 喜びで声が裏返りそうになるのをなんとか抑えて返事をし、差し出された彼女の腕を掴んだ。

 

 心なしか、凛とした彼女の顔が少しだけ微笑んだ様に見えた。

 

「では、こちらへ――」

 

 草原から2人で歩いてい離れる。

 その途中で馬に乗り、十数分で巨大な門が鎮座している聖都に辿り着いた。

 

「デミ・キャメロット――私が生前治めていた街を模した城下町です」

 

「此処が……」

 

 その巨大な城壁に圧倒されつつも僕は感動した。ゲームでは背景として見ていたそれが今僕の目の前にある。

 

 想像以上の迫力だ。壁には一切、傷が見えない。

 

「さあ、城へ急ぎましょう」

 

 門番の兵士達はアルトリアと僕が乗っている馬を見ると直ぐに門を開き、アルトリアは馬を一切減速させずに、城まで走らせた。

 

 その道中ではアヴェンジャーの言っていた戦争中というのが嘘の様に思えてくる程に平和な住民達の姿があった。

 

「……到着です」

 

 馬から降りた僕はあまりの城の大きさと外見に再び圧倒された。

 

 

 

「――では暫しお待ちを」

 

 城に入った僕はアルトリアに言われるがままに食堂らしき場所に通され、彼女は僕の横に座っている。

 

「あ、アルトリア? ちょっと近くないかな?」

「いえ、そんな事はありませんよマスター。それとも、マスターは私がお側に居ては行けないと……?」

 

「そ、そんな事はないよ! うん!」

 

 アルトリアに悲しそうな顔で手を取られて、恋愛経験の無い僕は恥ずかしくなりながらも拒めなかった。

 

 そんな僕に笑みを浮かべたアルトリアは、真面目な顔をして口を開いた。

 

「それで、この戦乱の現状を簡単に説明させて頂きます」

 

 彼女が僕に話した事はアヴェンジャーの行った通り、5人のサーヴァント達が争っていると言う事、そして……

 

「マスターがいずれかの陣営に3日以上滞在すればその陣営の勝利です。

 なので、マスターにはなるべく安全な場所にいて欲しいのです」

 

 アルトリアは真剣な表情で僕にそう言った。

 

「……」

 

 だけど、僕は返事に困っていた。

 

 アヴェンジャーの言ってた僕の使命、“戦乱を収める事”。その言葉がどうしても僕の中で引っかかったのだ。

 

 果たして、僕が大人しくここに留まってアルトリアの勝利で戦争が終われば、戦乱を収めた事になるのだろうか?

 

(そんな簡単に行くのか?)

 

「あ、アルトリア……他のサーヴァント達との争いって、どうしても止められないの?」

「……恐らく、それは難しいでしょう。

 彼女達の目的は当然、マスターです。

 剣を収めるのは貴方が手に入った時だけです」

 

「仮に、アルトリアはこの戦争が終わったら僕を手に入れて何がしたいの?」

 

 彼女は小さく、そうですね……と呟くと、彼女の願いを口にした。

 

「マスターと、結婚したいです」

「えっ!?」

 

 驚いた僕を尻目に、彼女の口は言葉を吐き出し続けた。

 

「平和なこの街をマスターと共に歩きたいです。

 一緒に美味しい物を口にして、同じ季節で笑いたいです。

 そして何より、子供が欲しいです。マスターとの間に私自身が産んだ子が欲しいです」

 

 その言葉が、僕の知るアルトリアとはあまりにも掛け離れていたので少しだけ引いてしまった。

 

「じゃ、じゃあ……勝利しなくても戦争が終結すれば、その願いは叶うんじゃ……」

「私がマスターを手に入れた事は他のサーヴァントに伝わっています。誰よりも有利な立場の私が停戦を提案しても、誰も首を縦に振る事は無いでしょう」

 

 うん……駄目だ。ならやっぱり此処は余計な事はしないでアルトリアの側で大人しくするべきなのか?

 

「マスター、貴方の身の安全を保証する部屋をご用意しました。着いてきて下さい」

 

 アルトリアは立ち上がり、食堂から出て行く彼女の後を慌てて追った。

 

「ま、待ってよアルトリア!

 ……?」

 

 食堂を出たアルトリアは廊下を歩いていたが、その逆方向で何かが動いた気がした

 

「……!?」

 

“和平を結ぶ方法がある”

 

 そう書かれた紙を壁に隠れた誰かが見せていた。

 

“こっちに来い”

 

「マスター、どうかしましたか?」

 

 アルトリアが僕を呼ぶ。

 

「え、あ……何でも、ないよ」

 

 僕は思わず嘘を吐いた。そしてあの紙に書かれていた事に興味を持った僕はそっちに向かった。

 

「……ちょっと待ってて! 直ぐに戻るから!」

「ま、マスター!?」

 

 紙を見せていた廊下を曲がった。

 そこには紫色のタイツで身を包んだ、美しい女性が――そこで僕は気を失った。

 

「全く……こんな簡単に攫えると逆に心配になるな……」

「貴女は――スカサハ!」

 

「悪く思うなよ、騎士王。こやつは私が貰う」

「そう簡単に逃がすと思ったか!」

 

 スカサハへ斬り掛かったアルトリアだけど、僕を抱えたスカサハはそれを避けると術式の書かれた天井に飛び、槍を突き刺してそれを起動させた。

 

「っく!」

「さらばだ」

 

 

 

「…………ん?」

 

 目を覚ましたと同時に、先よりも暗い雰囲気の建物にいると分かって飛び起きた。

 

「え!? ここ何処!?」

「漸く目を覚ましたか」

 

 僕の目の前で、気絶する前に目にしていた人物、スカサハが微笑んでいた。

 

「僕を……騙したの?」

「違う、騙してなどいない」

 

 スカサハは僕に近づくと手を差し出してきた。僕は恐る恐るその手を掴んだ。

 

「マスター、お主を5人に増やす手段がある」

「え……!?」

 

 僕を、増やす?

 

「私を含めて全てのサーヴァント全員がマスターを手に入れたがっている。偽物であろうと、マスターが5人それぞれに行き届けば満足するだろう?」

 

「そんな事が出来るの?」

 

 僕がそう言うとスカサハは手を顎に当てた。

 

「問題はそこだ。

 どれだけマスターそっくりの――この場合はホムンクルスか。

 ホムンクルスを作ろうと、中身が異なればバレてしまう」

「じゃあどうすれば……」

 

 僕の疑問にスカサハは答えを用意していた。

 

「ならば、それぞれが強く望むマスターを用意すればいい。その為にはそれぞれが持つマスターへの念の篭った何かが必要だ」

「僕への念……?」

 

 スカサハは唐突に自分の胸へと自分の手を入れた。

 

「な、何をして――!?」

「ふっ……ん、これが私のマスターへの念が篭った物だ」

 

「……写真?」

 

 見せられたのは僕の写っている写真だった。折られてはいるが、シワも無ければ汚れ一つ見当たらない。

 

「私はこれを肌身放さず持っている」

 

 それを聞いて顔は少しだけ赤くなる。そんな事をされているんだと知るとこっちが恥ずかしくなる。

 

「こう言った物を奴らから手に入れれば、ホムンクルスが持つ人格も奴らにとって都合の良い物に出来上がるだろう。

 ……さてマスター、どうする?

 私の元で3日ほど匿われるか?

 それとも、和平の為に奴らの元へ向かうか?」

 

 スカサハが僕に問いかけるが、僕はそれに別の疑問で答える事にした。

 

「……どうして、スカサハはそこまでしてくれるの?」

 

「お主を愛しているからだ。

 私が必ず、マスターの望みを叶えよう」

 

 

 

 スカサハの協力を得た僕が最初に目指したのはマリー・アントワネットが収める島だ。

 

 比較的大人しい彼女は恐らく一番安全なサーヴァントだと、スカサハは言っていた。

 

「着いちゃった訳だけど……」

 

 島の裏側、人気の少ない場所に辿り着いたけど、島の面積が狭いせいか華やかな宮殿がよく見える。

 

「あそこに行かないと行けないみたいだなぁ……」

 

 目の前の森の中を通っていくしかないようだ。スカサハに貰った呪符には僕を守る力があると言っていたので魔物に襲われても大丈夫だ……と思う。

 

 若干の不安はあったけど、僕は森を歩き始めた。

 幸いにも道と呼べる程度に開けた場所があったので、僕はそこを歩いた。

 

「?」

 

 歩いて数分もしない内に、前方から何か聞こえてきた気がした。

 

「……近づいて来てる?」

 

 何かが地面を走っている様な、そんな音が近付いて聞こえてきた。

 

 城の方から響くその音の正体は直ぐに僕の元にやってきた。

 

「白い馬車……もしかして――」

「――マスター! ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

 馬車の窓から顔を出したのは僕の予想通りマリー・アントワネット本人だ。

 

「会えて嬉しいわ! マスター!」

「うあ!?」

 

 馬車から降りたマリーは一目散に僕へ抱き付いた。

 

「他のサーヴァントに捕まったって聞いた時は焦ったけれど、こうして会えて本当に嬉しいわ!」

 

 アルトリアやスカサハとは違うか弱い体だけど、その女の子らしい柔らかな感触は僕には刺激が強い。

 

「う、うん……僕も会えて嬉し――」

「マスター、大好き……!」

 

 更に強く抱き締められる。

 ずっとこのままでいる訳にも行かないので僕は彼女を引き剥がした。

 

「その、大事な話がしたいから、出来れば宮殿まで連れて行ってくれると有り難いんだけど……」

「ええ! 行きましょう、マスター!

 私達二人の愛の巣へ!」

 

 マリーに引っ張られる形で馬車に入れられ、動き出した。

 

 豪華な白い馬車には6人分位の席があったが宮殿に着くまで終始マリーは僕の隣に座って抱きついてたまま、ずっと笑顔だった。

 

「ねぇマスター、宮殿に着いたらお茶会をしましょう?」

「そ、そうだね」

 

 抱きついたまま微笑み、微笑んだまま甘えてくる。

 

「世界一素敵なお茶会。

 2人だけの、甘ぁい時間……」

 

 混ざり合う様に体を預け、蕩ける様な声で囁かれた。

 

「マスターはどんなお菓子が好きなのかしら? 紅茶は濃い目? 砂糖は幾つ入れるの? それともハチミツかしら? ミルク派? レモン派?」

 

 答えではなく質問する事に満足している彼女の愛の重さに耐え切れなくなりそうな時に、漸く馬車は停止した。

 

「さあ、こっちよマスター! 私と貴方の素敵なお家、しっかり見せてあげるわ!」

 

 アルトリアの城と比べると華やかさが勝る宮殿へと入るかと思ったが、その横の建物に案内された。

 

 神聖さを感じられ、ベンチの様な椅子が沢山鎮座しているその内装を見て僕はこれが教会だという事を理解した。

 

「ま、マリー……? 此処は?」

「最初に2人で式場の下見をしましょう。ね?」

 

「し、式って……?」

 

 戸惑う僕に変わらない笑顔でマリーは答えた。

 

「勿論結婚式の下見よ、マスター」

 

 2人っきりの教会で、マリーは歩きながら嬉しそうに喋り始めた。

 

「此処を2人で歩いて神父さんの前に行って、その時には此処にアマデウスやサンソン、デオンも拍手をして私達を祝福してくれるの! あ、神父さんじゃなくてジャンヌに頼むのも良いかしら?

 そしたら彼女が「汝は夫を……」って言ってる時に私が抱き着いてマスターにキスをして、指輪の交換を後でしちゃったり……

 あ! ウェディングケーキはどんな物にしようかしら!? 一番下がショートケーキで、二番目がチョコ……マスターはコーヒーは大丈夫? だったら3番目はコーヒーにして、4番目はホワイトチョコケーキ! 一番上がモンブランで、ハート型にクリームを飾った上に私達の人形を置いて貰いましょう!

 その後、私が投げたブーケはデオンの元に届いてー……」

 

 恐ろしい程に妄想し、トリップしている……放っておくと戻って来そうにないので、声をかけた。

 

「ま、マリー……そろそろ良いかな?」

「……あらやだ、マスターを待たせてしまったわ」

 

 正気に戻ったマリーは再び僕の手を取ると教会の出入り口へ向かった。

 

「それじゃあ、式の下見はまた後にして、お茶会へ行きましょう!

 一杯食べて、沢山お話して下さいね?」

 

 今度こそ宮殿に足を踏み入れ、鼻歌交じりのマリーに3階のバルコニーまで案内された。

 凝った造形の椅子と机が置かれており、既にお茶も菓子も用意されていた。

 

「さあマスター、座って座って♪」

「う、うん……」

 

 マリーは僕の向かいに座ってニコニコと、華の様な笑顔を咲かせている。

 

「遠慮しないで、沢山頂いてね?」

 

 そう言って彼女が紅茶に口を付けたので、僕もそれに習って机の上の物を口の付け始めた。

 

「……うん、美味しい!」

「そうでしょう? もっと食べて食べて」

 

 マリーに進められ、焼き菓子を掴んで口に運んだ。

 うん、美味い。

 

「ふふ……私の夢が叶ったわ」

「夢?」

 

 なんの事だろうか? お茶会くらいなら生前に沢山やっていそうだが……

 

「王女としてはいけない願いかもしれないけれど……私は恋人と恋人らしく、少女マリーとして同じ時間にいたかったの」

「マリー……」

 

 その言葉にチクリと、罪悪感が胸を指した。

 

「マスターは私の理想の男性よ?

 王女である私にも気さくに話してくれる、素敵な殿方。ライバルが多いのが唯一の欠点ね。

 浮気先が多くて困っちゃうわ。どんな相手にも優しくて、本当に困っちゃうわ……」

 

 マリーはそう言いながら何かを撫でている。

 

「……あ、これはマスターの形をしたぬいぐるみよ! これと一緒に寝ているとね……ぐっすり眠れるの。マスターは、暖かい人だから」

 

 そう言いながらマリーはぬいぐるみをこっちに向けた。

 

「どうかしら、可愛いでしょう?」

 

 デフォルメ化された僕のぬいぐるみを僕は手に持った。

 

 ――瞬間、スカサハが僕に渡した呪符が発動した。

 

「!?」

 

 ぬいぐるみは手から消え、僕の体は何処かに飛ばさる感覚に支配された。

 

「ま、マスター!?」

 

 マリーが不意に手を伸ばしたが僕には届かず、その場から僕の体は消え去った。

 

 

 

「……此処は……」

「退け! 退かぬか!」

 

 城……西洋ではなく日本の文化である木造建築の美しい造りの城の前で、僕は倒れていた。

 

 そんな僕を足軽と呼ばれる軽装の兵士達が見つめているその向こう側から、女性の叫び声が聞こえて来た。

 

 そしてその女性は直ぐにやってきた。

 

「やはりマスターか! そろそろ来る頃だと思っておったぞ!」

「の、信長……」

 

 マリーとの唐突な別れの後なので反応に困ってしまったが、彼女こそ第六天魔王を自称する織田信長だ。

 

「本編だと他のイベント配布サーヴァントと一緒に作者に忘れ去られ出番が無かったので、地味にコレが初登場じゃな! 奴には後で鉛玉をくれてやろう!

 て言うかこの空間、結構エゲツないのー……わし、マスターを見てるとどうも胸が高なって……っは!

 いかんいかん! 此処は冷静に、先ずはマスターを宝物庫に閉じ込めて置かなければ……」

 

 考え全てが口から漏れているので、僕はとても反応に困った。

 前半の愚痴に関しては意味が分からなかったし。

 

「――と言う訳で、わしのはぁとを盗んだ罪人には罰を与えよう! 者共、捕らえよ!」

「無茶苦茶だ!」

 

 足軽の兵士達が素早く僕を取り囲んだ。

 全員が座ったままの僕に槍を向けている。

 

「良し良し! では早速わしの部屋に――!?」

 

 信長の顔に緊張が走った。その理由は僕もすぐに分かった。

 

「っう、うわぁ!?」

 

 地面から唐突に、骸骨が現れたのだ。

 次々と地面から現れた骸骨は全員が槍を持っており、足軽達に攻撃をし始めた。

 

「こ、こやつらは……茶々か!」

 

「えっへん! その通りなのだ伯母上!」

 

 城の向かいにある建物の屋根の上から僕や信長を見下し満足げに笑っている少女。

 バーサーカークラスのサーヴァント、茶々だ。

 

「マスターを奪いに来たか!」

「違いまーす! 元々は茶々の物だから返して貰いに来たんです!」

 

 その言葉に、信長は素早く火縄銃を構えた。

 

「――茶々よ。お主の離反、詫びを入れるのであれば伯母として許してやろうと思ったが……マスターを奪うと宣言した以上、それも辞めじゃ。お主には此処で死んでもらう」

 

 その言葉を最後に、銃声が鳴り響いた。

 

「マスターは茶々の物だって言ってるのに、伯母上のケチ! 頑固者!」

 

「抜かせ! わしのコレクションの良さを何一つ理解出来なかった青二才が、わしの婿を取ろうとはいい度胸じゃ!」

 

 刀の様な鋸の様な物で銃弾を防ぎ、撃てなくなった火縄銃を片っ端から使い捨てて撃ち続ける攻防が僕の頭上の間に行われていた。

 

「伯母上の趣味が良かった物なんて、このマスターの顔が印刷された掛け軸しかなかった!」

「あ! やはりお主か、それを盗んだうつけ者は! 今では泣く泣くマスターの湯呑みを使って慰めておった所じゃ! 丁度いい、そいつも返してもらうぞ! 壊したら危ないからマスターに預けておくのじゃ!」

 

「それには茶々も、賛成!」

 

 2人は同時に掛け軸と湯呑みをこちらに渡してきた。魔力で覆われている様なので傷どころか汚れもなさそうだ。

 

 そして、それらを触ったと同時に僕はスカサハの呪符でその場から消えたのだった。

 

 

 

「ご苦労だったなマスター」

 

 僕は再びスカサハの元に戻っていた。

 

「もうすぐホムンクルスは出来上がるだろう。

 ああ、騎士王に関しては問題ない。お前を攫う前に既に必要な物を手に入れてある」

 

「これで、皆が争わなくて済むの?」

「約束しよう。お前のホムンクルスが全員に行き渡れば、誰もお前を求めて争わないだろう」

 

 僕はその言葉に安堵した。

 

「それでだ、マスター」

「? どうしたのスカサ――」

 

 唐突に、僕は地面に押し倒された。

 

「――仕事終わりを、労って貰おうか」

 

 覆い被さったスカサハは顔を赤く染めながらも、鋭い目で僕を見つめていた。

 

「す、スカサ、ハ……?」

「怯えるな。その情けない姿が……実にそそる」

 

 

 

 

 僕は、マリーの治めている島に戻ってきた。

 

「マスター!? 戻って来てくれたのね!?」

「うん。マリーと……その……式を、上げたかったから」

 

 飛び付こうとしたマリーと顔を合わせ、恥ずかしい言葉を口にした。

 だけど、マリーは笑顔を浮かばせて、先程よりも力強く僕を抱き締めた。

 

「私ね、王女じゃなくて1人の女の子として貴方を愛するわ」

「うん」

「だから、私の時間は全部全部、マスターにあげるわ」

「うん」

「だから――」

 

 チュッ、と唇に触れるだけのキスが僕の心を踊らせた。

 

「――愛して、私だけをずっと……抱き締めていて」

「うん、うん……」

 

 そして、マリーはその日から僕に一日中一緒にいる様になった。

 

 

「おはよう、マスター……」

 

 起床すれば、彼女の顔がそこにあった。

 

「朝食は食べる?」

 

 彼女は、僕と同じ時間に同じ行動をする様になった。

 

「お花を摘みに行くのね?」

 

 出掛け先どころか、食事や睡眠、トイレすら僕と同じ時間に行く。

 

「あっ……っは……! つ、次は……何処、かしら……♪」

 

 デートの時、尿意が限界ギリギリにも関わらず、僕が行くというまで我慢し続けて、睡眠も同じベッドで寝っ転がっているにも関わらず、眠い目を擦りながら読書に耽る僕が睡魔に落とされるまで起きている。

 

「気を遣う必要は無いのよ、マスター? 私は貴方と同じ時間を同じ場所で過ごせたら、それでいいの」

 

 彼女はそう言っており、僕にはどうする事も出来なかった。

 

 そして島に戻ってから1週間が経つと、明日はいよいよ結婚式だ。流石に結婚式の準備まで一緒にとはいかないので、マリーは何時もより激しいスキンシップをしている。

 

「結婚式……ふふふ、明日はマスターと夫婦になれるのね……」

 

 僕の前で笑う彼女は、とても幸せそうだ。

 

「ねぇ、マスターはどう思ってるの?」

「それは勿論、幸せだよ」

 

「嬉しいわ! 私もマスターと同じ気持ちだもの!」

 

 そうだ、本当に僕達は――幸せだ。

 

 

 

 

 

 僕の周りには全てがあった。

 

 食事は毎日豪華な物が運ばれてやってくる。娯楽もあれば、大きな浴場もある。

 

 仕事も……と言っていいのか、取り敢えず労働には見合わない程の金を報酬として貰ってもいる。

 

 此処はまさに、楽園だった。

 

「マスター、何か望みはあるか?」

 

 常時側にいる信長が僕に何か尋ねるがこれ以上何を望めばいいのか、僕にはさっぱりだ。

 

「ううん、信長が側にいればそれで良いよ」

「うむ! 今日も今日とて嬉しき言葉じゃマスター!」

 

 信長は常に僕の側に……いや、僕を側に置いている。

 1mでも離れる事を嫌う。

 

「この前は唐突に消えたので焦ったが、こうして戻ってきた以上、もうわしが手放すなど思わぬ事だ」

 

 そう言って信長は最初に僕の両手足を縛っていたけど、その翌日に「泣かぬホトトギスは要らぬ」と言って縄を解いた。

 

「だが、望みが有れば遠慮なく言うが良い! 天下で叶える事の出来る望みは全て叶えてやるのでな!」

「うん、ありがとう」

 

 そして、僕には労働が課せられた。

 

「こんな場所で業務と言うのも変な話じゃが、生前の癖じゃ。わしが働いている間は、マスターには仕事として、わしの側に控えてもらう」

「別に構わないけど」

 

 一日中、信長の側にいる仕事が始まったが特に不満もなかった。

 

「……うーむ、西の町が食糧難か……マスター、肩を揉んでくれー」

「はい」

 

「……んんん! 火縄銃の生産が1週間遅れているではないか!

 マスター、わしの頭をポンポンせよ!」

「了解」

 

「あー……わし疲れたぁ……マスター、わしを担ぎながら茶を淹れてくれ」

 

 偶にそこそこ難易度の高い頼みもあるけど、それ以外に困る事は基本的にない。

 

 だけど――

 

「マスター……今茶々の事を考えておったな?」

「……え? いや、別に考えてないけど……」

 

「……真であろうな?」

 

 西の方の窓の景色を見るだけで問い詰められる。

 

「おいマスター! そちらは騎士王の方じゃ! こっちを見ろ!」

 

 北の方の窓を覗けば怒鳴られる。

 

「南は影の女王がおる! お主の殿はわしじゃろう!」

 

 南を眺めれば両手を顔で挟まれ信長に視線を変えられた。

 

「常にわしを見よ!」

 

 なので仕事中は信長の部屋の窓を閉める事になった。

 

「業務中にわしから視線を外しおって……!

マスター、肩叩き!」

 

 怒ってはいたが頼まれた通りに肩を叩けば、直ぐに彼女は満足げな表情に戻る。

 

「うーむ……平和じゃの。マスターを手に入れ、天下を取った以上、当然の結果じゃがの」

 

 信長はすっかり怒りを収め、背中を僕に預けた。

 

「ではマスター、明日は2人で遠出でもどうじゃ? まあ、マスターが迷子にならぬ様に馬に2人乗りで、首輪も掛けさせて貰うがのう」

「ちょっとやり過ぎじゃ……」

 

「マスターがわしの元を離れるとは思えんが、攫われたりするかもしれんし……」

 

 立ち上がった信長は近くのタンスの前で止まると、首輪がぎっしり詰まったそこを開いた。

 

「さて、どれにしようかのぉ……」

 

 信長は大量の首輪の前で悩み始めた。

 

 翌日に向かう、茶々の城の為に。

 

 

 

 

 

「…………」

「んん、ますたぁ……」

 

 僕はそっと、茶々の頭を撫でていた。

 

 もう1時間は経つというのに、撫でられている茶々は満足するどころか、もっともっとと休む事すら許さない。

 

「マスターは……こうしてずっと茶々を撫でていれば良いのだぁ……」

 

 正直茶々の部屋の布団に座らさられた時はどうなるかと思ったけど、これはこれで辛い物があった。

 

「んー…マスター? もしかして、茶々に興奮してる? まあ茶々が史上最高豪華絢爛超絶美人だから、是非もないよね!」

 

 そう言ってズボンに視線を移した茶々だけど、生憎僕は興奮していなかった。

 

「むぅ……手強いなマスター!

 撫でるだけでは興奮しないのか?

 まあ、夫婦の関係になるし別に脱いでもいいけど、なんか可愛い系の茶々的にそれはそれで負けた気分……

 うん、もうちょっと可愛い系で攻めてみよう! こうなんか……うざかわ系で!」

 

 その言葉の通り、茶々は僕にぴったりとくっついて離れなくなった。

 

 朝は茶々のダイブから始まる。当然ながら2人で同じ布団に寝ていたけど。

 

「マスター、おっはよーう!」

「おはよう……」

 

「それじゃあ早速朝食にしよう!」

 

 移動時は大体僕に引っ付いて行動する。

 僕が離れる事を許してくれない。

 

「やだやだ! 茶々から離れちゃ駄目!」

「トイレに行くだけなんだけど……」

 

「だったらわらわも連れて行けー!」

 

 その言動は完全に子供のそれだ。

 結局、その後おんぶする約束をして手を打った。

 

「マスター……茶々と一緒にいるのは嫌か?」

 

 かと思えば急に気を回してくる事もある。その質問には嫌じゃないと返したが、それを聞いた茶々は更に激しいスキンシップをする様になった。

 

「マスター、茶々が耳掃除をしてやるぞ? ふふふ、泣いて感謝してよいのだ!」

 

「風呂……ならば当然わらわと一緒にはいるよね? 当然YESであろう?」

 

「一緒に寝てるし、マスターは性欲を抑えるのが大変なのであろう?

 茶々を抱いて寝る事を許可するぞ?

 ……あ、う、うん……こっちじゃなくて…………ええい! 茶々もマスターを抱き返しちゃうからな!? 良いな!?」

 

 

「と言う訳で! 伯母上にマスターと茶々の仲睦まじい姿を見せて、血涙を流させてやるのじゃ!」

 

 唐突に茶々がそんな事を言い出した。

 

「1頭の馬を2人乗りして、伯母上の庭でイチャイチャしてやろうと言う寸法じゃ! さあマスター! 目にもの見せてやろう!」

 

 そう勢い良く城を出て、織田信長の城を目指し、歩いた。

 

「伯母上がどんな顔をするのか、楽しみじゃ!」

 

 イタズラな笑顔を浮かべ、すっかり気分は上々の様だ。

 

「後半刻で城に――ん?」

 

 茶々が奇妙な声を上げた。

 そっか……どうやら見てしまったようだ。

 

 

 

 

 

「……!?」

「ふむ、こんなものか」

 

 この悪夢に来る前に見た勢力図と同じ地図の中にあった、各勢力を示す5つ色から3つの色が一気に消え、紫色がその大陸の殆どを染め上げた。

 

「マリー・アントワネット、織田信長、茶々の3勢力が消え、私色に染まった……これがどういう意味か分かるか、マスター?」

 

「…………」

 

 僕は猿轡を口に入れられ、両手は背中で交差するように縛られ、両足も拘束されていた。

 

「私の造ったマスターが、奴らの暗殺に成功したと言う事だ。

 まあ、流石に騎士王は一筋縄では行かなかった様だが仕方あるまい。マスターを手に入れて1週間が経ったが、恐らくホムンクルスを造ったせいで私の勝利には未だになっていないが……凌ぐだけならば容易い」

 

 そう言ったスカサハは俺の側でしゃがむ。

 

「辛いか? 奴らの死を嘆くか? 思う存分嘆いてみせよ。それら全て、私の快楽で塗り潰してやろう……っん、んぁ」

 

 耳を舐められ、快楽に体が刺激される。

 

「れろ、ん……っちゅん……

 もっとだ、もっと深い快楽を刻み込んでやろう……」

 

 耳から離れた彼女は少し頭を下げると、胸の前で舌を出した。

 

「……!」

「ん、っちゅ……レロレロォ……胸を舐められ、悦んでいるのかマスター?」

 

 連日ずっとこんな目に合い続けていた僕の体はスカサハから与えられる刺激に反応せずにはいられなかった。

 

「もっと……ん、っちゅぅ――!」

 

 舐めていたスカサハは急に血相を変えて顔を上げると、僕から少し離れた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を吸いながらも、スカサハの睨む先を見つめる。

 見れば宝具である赤い槍、ゲイ・ボルグ・オルタナティブを両手に出現させていて、その切っ先には必殺の意思が込められている。

 

「……んー!」

 

 だがそれを扉の先の人物に忠告出来るほど、声は出てこない。

 不味い。どう考えてもその先にいるのはアルトリアの筈だ。此処で彼女が倒されてしまえば、恐らく僕はもう二度と陽の光を見る事は無いだろう。

 

「!」

 

 扉が僅かに動いた。すでにスカサハはその先の標的目掛けて槍を振り上げている。

 

「――MAAAAASTTEEEEEEERRR!!」

「なっ!?」

 

 突然、扉その物がスカサハ目掛けて突進してきた。敵に投げるつもりでいたスカサハにとってこれは完全に予想外で、僅かに回避が遅れるが万全の体勢を失いながらもその攻撃から逃れた。

 

「っく……今のは――!?」

「えーっと…………?」

 

 扉ごと突進してきたのは顔も体もすべてを黒い鎧で覆った騎士、バーサーカークラスのランスロットだ。

 そして彼は僕を壁に繋いでいた鎖だけ粉砕すると、肩に担いで走り出した。

 

「っく、逃がす――!?」

 

 追跡しようと部屋から出たかスカサハは思わず息を呑んだ。

 

「束ねるは星の息吹――」

 

 ランスロットが逃げ出した先には激しく輝く剣を両手に持ち、静かに佇む騎士が1人。

 

「――受けるがいい」

 

 最大まで高められた聖剣の光を、その一振りで開放した。

 

 

 

 

 

「マスターの偽物と分かっていましたが、それでも結局暗殺寸前まで斬る事が出来ませんでした……」

 

 アルトリアは静かに僕に謝った。

 

「い、いや……助けてくれて、嬉しいよ……」

 

 スカサハに感覚的には長い時間閉じ込められていた僕は、疲れた体をアルトリアに抱き止められていた。

 

「ご安心下さい。もう騒乱は終わりましたから……」

 

 アルトリアの声に目を閉じたが、数分と経たずに目を開いた。

 

「……あれ、もう着いた……?」

「はい。到着しましたよ」

 

 何故かベッドの上で目覚めた。

 その隣には寝っ転がったアルトリアの顔があった。

 

「……え!? あ、アルトリア!?」

「マスターはひどくお疲れでしょうから、私を抱いてお眠り下さい」

 

 そう言うと纏っていた鎧を解除して、僕に両手を向けた。

 

「抱き枕を抱いて眠るのが最近のマスターの就寝方法なんですよね? ですので、遠慮せずに」

「う、うん……おわ!?」

 

 そっとアルトリアへと腕を伸ばして、彼女の肩に触れようと思ったが、アルトリアが急に僕を抱きしめた。

 

「しっかり、体を休めて下さい。

 起きたらコーヒーをご用意しますね? 砂糖は3杯、ミルクはマグカップの4分の1程でパンにマーガリンとイチゴのジャムを塗って、食べ終わった後に顔を洗いに行きましょう」

 

 耳元で囁かれ、背中がゾクゾクする。次々と僕の毎朝の行動を言われ、抱擁の安心感と同時に迫る不安感が混ざり合って奇妙な睡魔が襲ってきた。

 

「全て……私にお任せ下さい」

 

 この夢から早く覚めたい一心で目を閉じた。

 

 

 

「……逃げよう……!」

 

 浅い眠りから覚めた僕は夢の中にまだ囚われている事に気付いて、城から出る事にした。

 

「唾液の味の食事……暗い小部屋……!」

 

 スカサハに監禁され、ホムンクルスの自分が体験した記憶から、ヤンデレの怖さを漸く思い知った僕はアルトリアからも離れた方が良い事に気付いてベッドから逃げる様に飛び出した。

 

「此処だ、食堂!」

 

 見覚えのある食堂前の廊下を見つけて、駆け抜けた。

 

「城の外、城の外……!」

 

 門が見えた。誰もいないし、あとはあそこを抜けるだけだ。

 

「これで、脱出――!?」

 

 門を抜けた先にある城下町へと駆け出したはずの僕は、急に目の前に現れた誰かに抱き止められてた。

 

「おはようございます、マスター」

 

 その人物こそ、僕が逃げ出そうとしていたアルトリアだった。

 

「な、なんで……しかも此処は……先まで僕がいた部屋!?」

「マスターが逃げ出そうとするのは分かっていましたので、マーリンに頼んで空間を繋いで頂きました」

 

「っ!?」

「大丈夫ですよ……マスターの無事は私が約束しますから……」

 

 耳の側で紡がれた言葉に、僕の心は不思議と和らぐ。

 

「マスター、お慕いしている貴方を私が傷付けたりは致しません」

「う……ぁ……」

 

 今までの苦しみが、落ち着きに押し出されて涙となって溢れ出た。

 

「もうマスターを縛る者は……いませんから……」

「ぁぁ……うぅあ……」

 

 アルトリアに抱いていた胸の鼓動が静まる。だけど、同時に暖かくもなっていた。

 

「私はマスターを――愛してます。

 もし、この言葉を受け取って貰えたらば――」

 

 

 

 

 

「ふむ、時間切れか。

 今回はやたらと夢の中の体感時間を長引かせてしまったが……この程度で有れば問題はないか」

 

「だが、誰かが起こさなければ悪夢から開放されても起きないかもしれんな……ならば、続きと行こうか」

 

 

 

「……きて……起きて、起きて下さい……!」

 

 誰かの声が聞こえる。もしかして、母だろうか?

 そう思うと頭が回りだした。

 

 もしかして、遅刻してないか?

 

 そう考えるのに2秒と掛からなかった。

 

「お、起きるよ!

 ………え?」

 

 起きて早々に思わず間抜けな声が出てしまった。

 

「……起きてくれましたね、マスター」

「あ、アルトリア……!?」

 

 目の前の見覚えが無い筈の女性の顔を夢から引っ張り出した。アルトリアで間違いないが、それは有り得ない。

 

「ま、まさかまだ夢が……! いたっ!」

 

 頬を抓るが痛い。夢じゃない。

 

「急かす様で申し訳ありませんが、どうかこれにサインしては頂けませんか?」

 

 アルトリアは急に何か紙を見せてきた。

 

「……こ、これは?」

 

「結婚届、と呼ばれる契約書ですね。夫婦の関係の為に欠かせない物と聞きました」

 

 言いながらペンを僕の手に握らせたアルトリア小さな箱をこちらに見せて、開いた。

 

「私の求愛、受け取って頂けますか?」

 




このペースで行くとハロウィンは多分11月に持ち越しかもしれませんね……いや、頑張りますけど。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。