ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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バレンタインデーのイベントを基にした話だったんだけど、めちゃくちゃズレてしまいました。


テオブロマの後遺症

 

 バレンタインの日にやはりヤンデレ・シャトーがやって来た。

 

 何も知らない誰かが聞けば羨ましがるかもしれないが、この夢はマリアナ海溝よりも深い愛を持つFate/Grand Orderの女性サーヴァントに迫られるおかしな夢だ。

 

 もっとも、人の枠組みを超えたサーヴァント達のアプローチは異常だ。

 監禁や誘拐などの犯罪行為や、魅了や催眠等の超常的な能力、そして現代兵器に勝るとも劣らない戦闘能力で殺し合う事も良くある。

 

 それらを躱してどうにか目覚めまで生き残るのが俺の日課だ。

 

 我ながら何故こんな悪夢が日常生活の一部になってしまったのか。

 

 なので、今日もヤンデレ・シャトーに到着してやがて来るであろうサーヴァント達に身構えていた――のだが……

 

「……死屍累々?」

 

 再び使うか怪しい四字熟語が口から出たが、目の前の光景を見ればそう言わざるを得なかった。

 

 ヤンデレ・シャトー、石造りの薄暗い廊下に複数のサーヴァントが倒れていた。

 

 全員もれなく開いた扉の前で倒れており、部屋の中から光に照らされているのではっきりと場所が分かる。

 

「なんで全滅してるんだ……?」

 

 こういう状況の時は、大体誰か1人が暗躍しているだけど……見た感じ、全ての部屋の扉は開いており、全てのサーヴァントが倒れている様だ。

 

 恐ろしい状況ではあるが声を掛けないのも後が怖いのでゆっくりと近付いた。

 

 一番近い位置で倒れていたのは……

 

 

 

 水着で夏を満喫していた皇女、アナスタシアだった。

 床に倒れ、傍らには相棒の人形も一緒だ。

 

 暑さには悪態を吐く程に弱い彼女だが、水着になった事で寧ろ寒さに弱くなったのだろうか。

 

「……あ、マスター……」

 

 力なく倒れていたが、こちらを見つけると顔を上げて名前を呼んできた。

 

「どうしたんだ?」

 

 冷たい床に放置するのも、ドレスの様な白い水着が汚れそうで気が引けたので彼女の体をそっと持ち上げて何があったかを尋ねた。

 

「先の特異点で戦ったあの……テオブロマの魔力に当てられて、どうもやる気と魔力が無くなってしまったみたいで……」

「えっ!?」

 

 テオブロマ……今回のバレンタインの特異点で出現した、触れた者のやる気を吸収するエネミーだ。サーヴァントは魔力も同時に吸われる様だが、彼女や他のサーヴァントが倒れているのもそれが原因の様だ。

 

「どうか、こんな情けない哀れなサーヴァントを介護して頂けないかしら……?」

「分かったよ」

 

 取り合えず彼女に肩を貸して立ち上げさせ、フラフラと頼りなく浮くヴィイを掴んで部屋に運んだ。

 

 中には天蓋付きの大きなベッドがあったので、そこに彼女を寝かせた。

 

「あっ……マスター、どちらに?」

「他のサーヴァント達も廊下に倒れてたから、ちょっと助けに行って来る」

 

 そう言って部屋を出ようとしたが、巨大な雪ダルマが扉を塞ぐ様に落ちて来た。

 

「おわっ!?」

「駄目よ」

 

 振りむけば手をこちらに向けたアナスタシアとヴィイ。

 強い口調で制止されて思わずたじろいだが、彼女達は力なく後ろに倒れた。

 

「……単独行動スキル分の魔力も、おわりね」

 

 今度こそガス欠。疲れていようがやる気がなかろうが此処ではヤンデレである事は変わらないらしく、見事に閉じ込めれられてしまった様だ。

 

「今は、私だけを介抱してほしいわ……」

 

 扉を塞いだ雪だるまを見て、これをどうこうするのは難しいと思った俺は、病人の様に弱弱しい声色に観念して彼女の元に戻って行った。

 

「それじゃあ、何か作るか?」

「何もいらないわ。

 今の私に必要なのはあなただけ」

 

 基本的にサーヴァントはマスターから魔力が供給される物だが、多分一度に多くの魔力とやる気を吸われたからか、補給が間に合っていない。

 なので食事を提供するのは必要な事だと思ったが、彼女どうも隣にいて欲しい様だ。

 

 俺の手を握って来るアナスタシアだが、その手は弱弱しく、普段とは違い力を込めれば直ぐにでも振り解けそうだ。

 

「魔力は食事で回復するでしょうが……やる気、活力はどうすればいいのか、分からない。

 だけど、この水着はあなたの為の霊基だから、あなたが傍にいてくれればきっと直ぐにやる気を取り戻せると思うの」

 

 仕方がないなと、俺はベッドの端に座って彼女の手を握り続けた。

 氷を扱う彼女の肌はヒンヤリしていたが、その内2人の熱が重なって冷たさは薄まった。

 

 暫く無言でいたのだが、不意に彼女の顔を見ると寝たままの姿勢でこちらをジーっと見つめている事に気が付いた。

 

「……ど、どうかした?」

「いいえ、大丈夫よ。マスターの顔を見ていると、とてもあんしんするの」

 

 困った俺を面白がっているのか、フフフっと小さく笑った彼女から目を逸らした先にはヴィイが宙を浮かんでこちらに顔を向けていた。

 

「勘弁してくれよ……」

 

 少し顔を動かすとヴィイが追跡してくるので、結局俺はアナスタシアの顔に視線を戻した。

 

「あら、ヴィイより私を見ていたいのかしら?」

「ま、まぁ……」

 

 空に浮く人形が怖いからだよとは素直に言えず、俺は曖昧な笑顔で返事を濁した。

 

「って言うか、ヴィイはもう回復したんだな。あんなに元気に飛び回って……――」

 

 ――照れ隠しのつもりで自分の口から出た言葉で、察してしまった。

 

(ヴィイが元気なら、それを使役している彼女も既に回復している)

 

 そんな当たり前の事実に辿り着くと、握り続けて馴染んでいた筈の彼女の手の温度が突然下がった。

 

「そうね、私も元気になったわ」

 

「あの……アナスタシアさん?」

 

「介抱してくれてありがとう、マスター」

 

 反射的に彼女の手を離して部屋を出ようと扉を見たが、雪ダルマの代わりに大きな氷の壁が出口を塞いでいた。

 

「今度は私がマスターを介抱してあげる」

 

「いや俺は別に……」

 

「そんなに震えて、怖がっているだもの」

 

 罠に掛かった獲物に彼女は心配そうな声で近付いて来る。

 

「大丈夫よ、ヴィイも私もあなたを傷つけたりしないわ」

 

「っく……っあ!?」

 

「えっ」

 

 距離を取ろうと後ろに下がったら、氷に足を滑らせた。

 

 そのまま後ろから地面にぶつかる前に、アナスタシアは俺の手を掴んで支えてくれた。

 

「っ……もう、あぶないわね。本当に介抱して欲しいのかしら?」

「あ、アナスタシア……ありがとう」

 

 引っ張れられる形で立ち上がり、彼女に礼を言った。

 

「転ばない様にしないといけないわね」

 

 彼女が手を伸ばすと氷の壁は消え去った。

 

「これでいいわね」

「じゃあ、俺は他のサーヴァントを――」

 

 障害物の消えた扉から出て行こうとして、今度は上から巨大な鉄板が3枚降って来た。

 

「夏的なモノを生み出せるスキル……焼きそばの鉄板なら使い道があると思っていたけど、こういう風にも使えるのね」

 

「あ、アナスタシア……?」

 

「私があなたを逃がすわけないでしょう?

 さあ、夏ではないけれどマスターにはこれから焼きそばを振る舞ってあげるわ。

 焼くのはマスターなのだけど、モンジャヤキやオコノミヤキ……? なら、お客さんが焼くのが普通みたいだし、問題ないわよね?」

 

 そう言って彼女はもう一つの鉄板と、焼きそばの材料で部屋中を埋め尽くした。

 

「わたしももう少し魔力が欲しいから、沢山焼いて下さいね」

 

 可愛らしく舌を出しておねだりするイタズラ皇女に、俺は目を丸くした後で溜め息を吐くしかなかった。

 

 

 

謎の蘭丸X

 

「あるじさまぁ……」

 

 涙目でこちらを見つめてくるのは、黒と紫っぽい色の軍服ワンピースに身を包んだ眼帯少女、謎の蘭丸X。

 

 あの世界観が訳分らん事で有名なサーヴァント・ユニバースの蘭丸星出身らしい。なんでも、そこには蘭丸が大量にいるとか……

 

(情報量が無駄に多い……)

 

 生い立ちを思い返すだけで頭痛になりそうな彼女のプロフィールを頭から追い出し、状況を確認するとどうやらテオブロマの魔力にやられてやる気と魔力が底を尽きたらしい。

 

「恥を承知で懇願するであります……手を貸して頂けないでありますか?」

 

「分かったよ」

 

 小柄で体重も軽い彼女の体を起こして、壁に寄りかからせた。

 

「部屋まで運んだ方が良いか?」

「いえ、主様が傍に居て下されば、それで……」

 

 確かカルデアのマスターは、契約したサーヴァントの近くにいると魔力供給の効率が良くなるんだったな。

 

「じゃあ、他の倒れてる皆の所に行ってくる」

「なっ……! だ、駄目! 断固反対であります!」

 

 そう言って結構な力で服を掴んで抗議する蘭丸X。一見元気な様に見えるが――

 

「あ……」

 

 掴まれたまま彼女の両足を下から掬い、もう片方の手を背中に回してお姫様抱っこの形で持ち上げた。本当なら幾ら彼女の体重が50Kgを下回っていてもただの高校生の力で軽々とはいかないだろうが、身に着けている礼装の御蔭だろう。

 

「ほら、一緒に行くぞ」

「むぅ……蘭丸は、主様と二人っきりが良かったであります」

 

 不満を口にしているが、掴んでいた服を放すと今度は俺を両手で抱きしめた。

 

「こうしていると、主様の魔力を……いえ、ぬくもりが感じられるであります」

「はいはい、そのまま大人しくぬくぬくしててくれ」

 

 彼女が暴れたりする前に他のサーヴァントも起こそう。

 そう思って倒れていたサーヴァントに近付くと、そこには床に伏した第六天魔王、織田信長が倒れていた。

 

「ノッブまで倒れてるのか……」

 

 蘭丸Xは信長に仕えていた森蘭丸とは別人なのだが、森蘭丸の受けた信長の首を守る命を守り続けていた。

 

「あ、織田信長様……!」

「おーい、ノッブ大丈夫か?」

 

 彼女を起こす為に軽く肩を揺らすと……あっさりと落ちた。

 

「え?」

 

 彼女の首が。

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

「の、信長様の首がぁぁぁ!!」

 

 二人して思わず大声で叫び、蘭丸Xは俺から離れて首を抱きしめた。

 

「ご、ごごご、ご無事でありますかっ!?」

 

(どう見ても死に体……いや、首なしでも普通に動いて喋っていたっけこの敦盛魔王)

 

 そう思って首のない体を揺すってみたが反応はない。

 

「ね、眠っております……」

「この状態で?」

 

 こちらに向けられた彼女の表情は穏やかな……よだれが出た。

 

「……」

「蘭丸?」

 

 よだれが気になるのか、頭を見つめながら固まった蘭丸。

 そして、瞳をキラキラと輝かせて満面の笑みを浮かべた。

 

「これは、きっと信長様の合図! この機にマスターを手中に収めろと、蘭丸にそう申しておられるのですね!」

 

 都合の良すぎる解釈に行き着いた彼女は、信長の生首を掲げた。

 

「信長様のお首、お借りします!」

 

 すると首が突然強い光を放ち、視界が全て光で埋め尽くされた。

 

 そして、閉じた目を開くと――

 

「――あっははは!! 蘭丸X完・全・復・活!」

 

 先程とは打って変わって、元気全開で高笑いをする蘭丸の姿がそこにはあった。

 

 信長の首や体は消えており、なんなら周りの景色も監獄塔ではなくなっている。

 

「此処は蘭丸星、蘭丸Xに与えられたもっとも名誉ある蘭丸の部屋!

 ……を再現した極小特異点! 蘭丸以外のサーヴァントは侵入不可能! これで主様を独り占めできるでありますよ!」

 

「いや、いきなりやり過ぎだろ……」

 

 こちらは若干引いているが、あちらはまるで魔王に取り憑かれたのか異様な程にテンションが高い。

 

「超A級小姓、謎の蘭丸Xにかかれば例え一人でもマスターのお世話を完璧にこなす事が出来るであります! ですから、何も心配せずマスターには寛いでください!」

 

 さあさあさあと強引に部屋の奥に連れて行かれ、一番高そうな座布団の上に座らされた。

 

 テオブロマの影響は完全になくなった様で、鼻歌交じりにお茶とお菓子を運んできた。

 

「はい、こちら蘭丸特製のお茶とお菓子であります!

 精力剤とか媚薬の類はもりもりですが、オーガニック素材のみを使用した体とお勤めに優しい一品なので! 是非!」

 

 一切自分の企みを隠さないのは、流石超A級小姓と言うべきか。

 でも食べたらこれは、蘭マルート直行。彼女は無事に小姓から正室に成り上がりだ。

 

「主様、お召し上がり頂けませんか?」

「これはちょっと……」

「蘭丸に食べさせて欲しいのでありますね!? もう、甘えん坊様でありますねぇ!」

 

 そう言って嬉しそうにピンク色の饅頭を串で刺してこちらに向けて来た。

 

「はい、あーん」

 

「……」

 

 俺は困り顔で饅頭から離れ、それが数秒程続くと蘭丸はプクりと顔を膨らませた。

 

「むぅ……! 主様、蘭丸の菓子が食べられないのでありますか!」

 

 アルハラならぬ菓子ハラ……しかも、自称小姓にされるとは……

 

「仕方ないであります……信長様の御力でマスターには無限の食欲と性欲を持って頂きましょう」

 

 聞き捨てならない事を言いながら、発光する信長の首を手に持った。

 

「って、それは不味いだろ!」

「――引っかかったであります!」

 

 彼女を止めようと両腕を伸ばすと、逆に腕を掴まれそのまま床に倒れ込んだ。

 

 傍から見れば、俺が彼女を押し倒した様に見える態勢。

 更に先の饅頭を俺の口に放り込んだ。

 

「っふぐ!?」

「ふふふ、これで主様は性の化身……そして獲物は蘭丸只一人……完璧なシチュエーションであります!」

 

 体に入った饅頭がまるで熱を放っているかのように、体中を嫌な熱気に支配されていく。

 

 慌ててイシスの雨を起動させるが、今度は蘭丸がお茶を俺の体に投げた。

 

「これぞ、隙を生じぬ二段構え!」

 

 お茶にも同様の効果があるようで、スキルで引き始めていた熱が再び体を昂らせる。

 

「下手に我慢すると体に悪いので、この蘭丸でしっかり発散して下さい。

 あ、風邪を引く前にまずは服を――」

 

『――!』

 

 礼装を脱がそうと蘭丸が服に手を掛けた所で、誰かが大きく扉を叩いた。

 

「む? 誰でありますか? そもそも、此処は蘭丸以外のサーヴァントはいない筈で――」

 

『――開けろ、蘭丸市警だ!!』

 

「へ?」

 

 次の瞬間、扉が強引に破られた。

 そこから次々と謎の蘭丸Xと同じ顔の警官が入って来た。

 

「見つけたであります、謎の蘭丸X!」

 

 全員が俺達を取り囲んだ。

 

「信長様の億首は蘭丸星の全蘭丸の悲願!」

 

 同時に未来的な小型銃を構えてこちらに向ける。

 

「それを私事に乱用するなど言語道断!」

 

 一人が令状、もう一人が警察手帳、最後の一人が手錠を片手にもって突き出してきた。

 

『信長様の違法使用で謎の蘭丸Xを拘束! そして然るべき裁判の後に処刑する!』

 

 拘束で裁判まであるのに、既に処刑が確定しているのか。

 

「ま、待つであります! これは決して私事などではないでありますよ!」

「言い訳は署で聞くであります!」

 

「絶滅した別世界のマスターの保護! これは小姓の惑星、蘭丸星にとって禁則を破ってでも為さらなければならない悲願では!?」

 

 謎の蘭丸Xがそう言うと、確保の為に近付いてきた蘭丸市警の動きが止まった。

 

「マスター……?」

「マスター……」

 

 全員がゆっくりと俺を見た。

 

「っは……っは……」

 

 お茶の媚薬効果で息をしながら、この状況でギリギリの所で耐えていた俺。

 

「マスター……主……」

「主様……!」

「主様!」

 

「あ、待ってマスターはこの謎の蘭丸Xの――」

 

 警官姿の蘭丸達は全員、嬉しそうな表情を浮かべて顔を近づけて眼帯で隠していた右眼を俺に見せつけて来た。

 

『これで貴方は蘭丸達の主様であります!』

 

「ああぁ! 違うであります! マスターは蘭丸の、蘭丸だけの主様であります!!」

 

 こうして、謎の蘭丸Xと警官達の自分同士の醜い争いが始まった。

 

 お茶の効果で苦しくなった俺は近くにあった布団で休んでいたが、時間が経つと新しい蘭丸がやってきてなんかどんどん新たな蘭丸の主になっていく。

 

 謎の蘭丸Y、Z、メイド、水着、アイドル、オルタ、リリィ、サンタ、スーパーアルティメット――

 

「もう止めるであります! マスターは蘭丸の――!」

 

『おい』

 

 そんな中、蘭丸じゃない声が唐突に響き、全ての蘭丸達の背中が震えた。

 

「の、信長様……?」

 

『わしが寝とる間に随分面白そうな事をしておるな蘭丸?

 いつからわしの首で遊べる程、偉くなったんじゃ?』

 

「い、いえ……決して遊んでいた訳では――」

 

『何? 今わしの耳は物理的に遠くてな?

 敦盛したいと? そこで本能寺の変を見たいともうしたか?』

 

「い、いえいえ! そんな恐れ多い――」

 

『――遠慮するな! 例え他の星、他の銀河へ行こうとも忘れられぬナンバーを披露してやろう!』

 

 大変ご立腹な織田信長が、ギターを持って降り立った。

 

『さぁ、第六天魔王の歌を聴けぇい!!』

 

 此処から先の地獄は、言わなくてもわかるだろう。

 

 

 

水着アン・ポニー&メアリー・リード

 

 部屋の前で女海賊の片割れ、黒い水着のアンが倒れていた。

 

「あ、マスター……うふふ、ちょっと力が抜けてしまって……手を貸して頂けませんか?」

 

 申し訳なさそうな口調とは裏腹に、力なく起き上がりつつバストを強調する仕草が蠱惑的で、助ける為に近づいて良いのか悩む。

 

 しかし、力で人間に勝るサーヴァントが態々倒れたフリをする必要もないだろう。そう思った俺は彼女を起こそうと近――

 

「――えい!」

 

 正面から、突然誰かが飛び掛かってきた。

 礼装の身体能力向上も手伝って、ギリギリ尻餅をつかずに済んだ。

 

「め、メアリー……!」

 

 アン・ポニーの相方であり、高身長な彼女と比べると一回り小さい白ビキニと白髪の少女、メアリー・リードだ。

 アンがいるなら2人一組で召喚されている彼女がいるのは予測できた事だ。

 

「ふふふ、どうして僕が元気なのかって不思議な顔をしているね?

 水着だと僕はサポートだからね、あのへんな植物の影響もあんまり受けなかったんだ」

 

 メアリーは更にギュッと抱きしめてくる。

 

「あぁ、メアリー……今マスター不足で苦しんでいるのは私なのに……」

「アンはいつも僕よりスキンシップが長いから駄目だよ」

 

 しかし、彼女も全く影響がない訳ではないようだ。でなければ、今のダイブで俺を押し倒している筈だ。

 

「……むぅ、倒せない……」

「危ない危ない……」

 

 普段は太刀打ちできないサーヴァント相手でも、見た目通りの少女かの様に力を込めれば引き剝がせそうだ。

 

「あ、僕に乱暴するの?」

「いや、しないから取り合えず一度離れてくれないか?」

 

「だーめ。僕は海賊だよ? どうしてもなら力づく」

「そうですわマスター」

 

 抱きしめるのをやめないメアリーに、アンも立ち上がって……ん?

 

「海賊ですもの。欲しいものは全部!」

 

「っえ!?」

「ちょっ!」

 

 メアリーに抱しめられたままの俺を、アンはまとめて抱きしめてきた。

 

「あ、アン! どうして動けて……」

「いやですわ、メアリ―。この霊基は私がメインなのですから、私の不調を貴方に譲渡しても構わないでしょう?」

 

 先まで力なく倒れていた彼女だったが、今は先のメアリーより元気になっており、苦も無く俺達二人を挟む様に抱擁してくる。

 

「ふふふ、今日はいつもより元気のないメアリーとマスター……ええ、素晴らしいお宝ですわ!」

 

 このままじゃまとめて黒い水着の悪魔に頂かれてしまう。

 

「に、逃がさないよマスター……こうなったら一緒に付き合ってもらうから……!」

 

「ふふふ、こうやってみるとメアリーも大変美味しそうですね……?」

 

 自分の胸に顔を挟まれている相方を見下げ、じゅるりと口を鳴らした。

 力が抜けている筈のメアリーも、色んな危険を感じて暴れるが抱擁は解けない。

 

「勿論、マスターもとても魅力的ですよ?」

 

 こちらに向き直った彼女の瞳には『逃がしません』と書かれている様だった。

 

「き、【緊急回避】!」

 

 流石に不味いと思った俺はスキルを発動して腕の中から逃れた。

 アンから少し離れたが、メアリーがしがみついたままだ。

 

「マスター……逃げるなら一緒に……」

「分かったから!」

 

 彼女を抱えて直して、【瞬間強化】で急いでアンから逃げる。

 

「ふふふ、魔力がなくなろうとやる気がなかろうと、海賊が一番のお宝を逃す訳にはいきませんわ!」

 

 いつもより遅い彼女だが、俺より怖がっているメアリーがいるので何時にも増して恐ろしい。

 

 

 

 こんな恐ろしい追いかけっこが一生続くのかと思ったが、結局十数分で疲れ切った俺達3人が息を切らして床に倒れこむ頃には悪夢の時間は終わりを迎えた。




ヤンデレが分からなくなってきた今日この頃。
次の投稿もお待たせすると思いますが、どうかよろしくお願いします。

ホワイトデーの眼鏡推しは面白いですね。
最近はマスターデュエルと原神に時間を取られていますが、果たして周り切れるかどうか……


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