ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

2月になってこの挨拶で始まる事をお許しください。

更新頻度は低下していますが、今年も出来る限りヤンデレ・シャトーを投稿していくつもりですのでどうかよろしくお願いします。



停電ヤンデレ

 

「はぁ……暗い……」

 

 目の前の状況に悪態を吐く。正確には何も見えないこの状況に、だ。

 

「暗くてなんも見えないのは流石にヤバイんだけど……」

 

 ヤンデレ・シャトーにやって来て、いつも通り散策しようかと思ったら灯りが全て消え去り、今は壁に寄りかかりつつ目が慣れるのを待っている。

 

(新年が始まって最初に暗闇に閉ざされるなんて、不吉な始まり方だな……)

 

 以前も似たような状況があったがあの時と比べれば体が自由に動く分まだましだろう。そう思って動くことにした。

 

「壁を伝っていくしかないよな……」

 

 サーヴァント達が現れるまでヤンデレ・シャトーは静寂だ。それが暗闇の中であるなら、虚無と呼んでしまえる程に何もない。

 

 現在人ならスマホを出してライトをオンにするだけで照らせるが、手元にないのが口惜しい。

 それにこんな状況になってもサーヴァント、特にヤンデレと化している彼女らなら誰であろうと直ぐにこちらを補足するだろう。

 

「もしかしたらもう背後に立ってたり…………」

 

 そんな想像をして、少しだけヒヤリと冷たいモノが背中を走った。

 

「って、何勝手にビビってんだか……」

 

 指先にある壁の感触が扉に変わらないか集中しつつも、足元も見えない廊下を歩いていく。

 

「……ん?」

 

 不意に何か物音が聞こえた気がして足を止めて、辺りを見渡した。しかし真っ黒なままで何も見えやしない。

 

「誰かいるのか?」

 

 目の前に向かって喋りかけたが返事はなく、再び足を動かした瞬間――

 

「――おわっ!?」

 

 突然、目の前の空中に巨大な瞳が浮かんでいた。

 見覚えのあるその光の眼は鋭くこちらを睨んでいる様で、その周りから更に同じ瞳が出現する。

 

「って、この目は……」

 

「近付いていたのはマスターでしたか。これは失礼。何せ辺り一面真っ暗でしたので、目を凝らさなければ顔も見えませんでしので」

 

 目の前から瞳が消え、代わりに指先から小さな炎を灯して自分の姿を照らして見せたのは白のスーツで抜群のスタイルを覆った自称敏腕秘書、コヤンスカヤだ。

 謝罪はしているが、こちらを見る彼女の視線は何処か蔑みと愉悦を含んでいて、恐らく瞳を開いた理由も俺を驚かせる以外の理由は無かったのだろう。

 

 愛玩の獣、ビーストIVでありこちらは“闇の”と呼称されるフォーリナークラスのサーヴァントだ。例によって光のコヤンスカヤを俺は召喚していない。

 

「全く、奇妙な場所だとは思っていましたが、まさか唐突に明かりが消えるなんて……予備電源は無いのですか? 復旧作業は?」

 

「俺に聞かれてもなぁ」

 

 ヤンデレ・シャトーにそんな現代的な施設があるかも分からないし、そもそもこれは俺を苦しめる為の演出の筈だから復旧するかも怪しい。

 

「どうやらマスターはこの暗闇にお困りのご様子ですね。ではでは、この闇のコヤンスカヤが明るい視界をご提供しましょう」

 

 そう言って彼女はこちらに何か……首輪の様なモノを差し出してきた。

 

「これは?」

「指輪です。神の姿の私が作ったので、少々大きくはなってしまいましたが、首輪としてなら丁度良いかと。何せ神とのペアルックですので、ありがたーい後利益がマシマシですよ?」

 

 いきなり渡されたヤンデレ御用達アイテムに驚きつつ、取り合えず返品する事にした。

 

「あら、お気に召しませんでしたか? これなら私と同じ視力を得られますのに」

「いや、まだ俺の所属はカルデアだから」

 

「そういえば正式な転属は人理修復の後に、というお話でしたね。では仕方ありません」

 

 転属じゃなくてスカウトに来てくれって話だったような……

 

「ではでは、サーヴァントらしく私がマスターの目となり安全な場所までご案内致しましょう。こちらです」

 

 こちらの手を優しく掴まれたと思ったと同時に、辺りの雰囲気が一変した。恐らく、何らかの術で瞬間移動したのだろう。

 

「到着です、足元にお気を付けください」

 

 コヤンスカヤが指を鳴らすと、明かりの無い部屋の壁に炎の様に揺らぐ小さな光が幾つも出現して視界を照らした。

 

 そこは彼女が運営しているNFFサービスの社長室の様な場所で、繋いでいた手を離されると同時に座り心地の良い大きな椅子に座らされた。

 

「さあさあ、ゆっくりお寛ぎ下さいな」

 

 優しい手つきで肩を揉みながらそう言うが、下味を揉みこまれている肉と同じ状況なんだと察した。振り返ってもニコニコと真意の見えない表情のコヤンスカヤが恐ろしい。

 

「NFFサービスは今までどんな異聞帯であっても必要な物を提供して参りました。勿論その全てに対価を頂いております」

「……光熱費を払えって?」

 

「察しの良い取引相手は嫌いではありませんよ。この安全地帯に滞在している間、私のちょっとした頼みを聞いていければと」

 

 机の上に一枚の契約書が置かれた。

 少し読みにくいが俺の衣食住と安全を確保してくれる代わりに、彼女の保護外から出る際には彼女の許可がいる、との事だった。

 

(これ、許可がいるとは言ってるけど頼んでも許可してくれるとは書いてないんだよなぁ)

 

「因みにですが、これは今現在の私との契約でチャンスは一度っきりとなっております。マスターには大変心苦しいですが、契約にサインを頂けないのであれば再び明かりのない廊下に出て行って貰った後に少々……神っぽい私が対応させて頂きます」

 

 よよよ、と涙を拭うフリの後に八重歯を見せて笑う彼女を見て最悪と災厄の選択肢しか俺に用意していないのが分かる。

 

「……分かった」

 

 なのでさっさと諦めた俺は契約書に名前を書いた。

 

「契約完了ですね。

 ご安心ください。マスター様の身の安全は私が全力で保証します」

「はぁ……」

 

「では、マスターが大好きなおやつをご用意いたしましょう」

 

 そう言ってコヤンスカヤはオフィスから消えたが、5秒程度で直ぐに戻って来た。

 

「はい、こちらがおやつですよ」

 

 そう言って机の上に既製品らしいクッキーやチョコなんかが入った皿が置かれた。

 

「……」

 

 その皿がペット用の餌入れなのが、形と側面にある肉球模様でなんとなくわかった。

 

「どうか致しましたか?」

 

 悪意ありまくりの笑みを浮かべる彼女を見て、出そうになった溜め息をなんとか抑えた。

 

「……」

「あら、食べませんか?」

 

 いや、この感じは皿のデザインで嫌がらせして、それを食べてる俺を楽しむだけなんだと思うけど……

 

「ふふふ、困ってるマスターは愛おしいですね。揶揄うのはこれくらいにして、勿論ちゃんとしたお食事をご用意させて頂きますね」

 

 再び社長室の扉から出て行くコヤンスカヤ。

 ずっと社長の椅子に座っているのも落ち着かないので、一度立ち上がって背伸びをした。

 

「ふー……」

 

 天井の照明の代わりに部屋を照らす炎を見つめる。

 試しに扉の隣にあるスイッチを押してみるが、やはり電気は点かない。

 

「なんで電気が点かないんだ?」

 

 やっぱり外に原因を探った方が良いのではと思ったが、ドアノブに手を置いても腕に力が入らず、回せない。

 

「契約書にサインしたから、外に出るって行為自体が出来ないんだな」

 

 何も出来ない事を悟り、大人しく社長イスに戻って腰をかけ直した。

 

「はーい、お待たせ致しました!」

 

 そう言ってワゴンを押して入って来たコヤンスカヤ。

 まるで高級レストランの様に料理に銀色の丸い蓋――クローシャを被せて持ってきた。

 

「マスター様の為にご用意させて頂きましたお品の数々、まずは――」

 

 ――コヤンスカヤがクロージャの突起部分に手を掛けたと同時に、部屋を照らしていた明かりが一斉に消えた。

 

「っ!?」

 

 暗闇で俺は何も見えないが、扉を開ける音が聞こえたと思ったら誰かに手を引っ張られ、コヤンスカヤが耳元で喋った。

 

「転移します」

 

 それだけ言うと先までとは違う場所に移った様だが、相変わらず暗くて状況が分からない。

 

「ふぅ、奇襲を受けましたが取り合えず危機は脱せたかと」

「誰が来たか、分かる?」

 

「いえ、アサシンの様でしたので顔は分かりませんでしたが……」

 

「アサシンとは心外です! あ、いえ本来私にはそれ位しか取り柄はありませんでしたが……」

 

 闇の中で明らかにコヤンスカヤとは違う誰かの場違いに明るい声が聞こえて来た。

 コヤンスカヤが素早く動き、声の主に向かい合った。

 

「マスターには暗すぎると思いますので……っや!」

 

 すると、ドラムを叩いた様な短い音と共に天井からスポットライトの様な光がもう一人のサーヴァントを照らし出した。

 

 つばの広い白い帽子には水色のリボン。胸部分を覆う黒と下に履いた水色の水着、右手首に付けた青いシュシュ。

 

 派手で露出の多いサーヴァントの中では控えめで大人しい姿の彼女は、暗殺の天使とは違う自分を探すキャスタークラスのシャルロット・コルデ―だ。

 

「はぁ……誰かと思えば唯の村娘さんですか」

「事実ですが、流石に元ビースト相手には舐められてしまいますよね」

 

 コヤンスカヤに軽んじられて若干傷付いた様だ。

 

「見た所、手品師の様ですしこの停電も貴女の仕業でしょう?」

「いえ、それが全く心当たりが無くて……暫く色々試していたんですが一向に戻らなくて」

 

 コルデーも停電に心当たりが無いとなると、まだサーヴァントが何処かに潜んでいるとみるべきだろう。なんでそいつが出てこないのかは謎だけど。

 

「そんな事より! マスターを渡して下さい!」

 

「はぁ、まあこの空間でそうなる理由は理解できますが、私がその要求を呑むと本気でお思いですか?」

 

 コルデーの言葉にうんざり気なコヤンスカヤは小馬鹿にした様な声色で返事をする。

 

「貴女がマスターを求める様に、私もマスターを求めているんです。そんな私達の間で取引が成立するとでも?」

 

「別に公平な取引がしたい訳じゃありません。

 私の方がマスターが大好きなんですから、マスターの隣には私がいるべきだと言う主張です」

 

 何時になく真正面からでも強気な発言をするコルデー。恐らく、他のサーヴァントと同様に水着霊基の影響で普段よりアグレッシブになっているんだろう。

 

「……は?」

 

 それを聞いたコヤンスカヤは間の抜けた声を出した。

 

 掴まれた手が少し、痛くなった。

 

「何を言うかと思えば」

 

「唯の村娘如きが」

 

人類悪()と」

 

人類愛()比べですか」

 

 

 

 

「こ、怖かったです……!」

 

 コルデーの言葉に怒り、神としての霊基へ再臨したコヤンスカヤ。

 だが、意外な事に俺の身柄はシャルロットの元にあった。

 

 神になったコヤンスカヤは秘書の時と比べれば直情的で、コルデーの手品に惑わされ易くなった。

 

 それに加え攻撃に俺を巻き込まない様に配慮してくれたので、結果としてコルデーに俺を確保され、逃走する彼女を阻む事が出来ずイリュージョンによって逃げ果せてしまった訳だ。

 

(アサシンの時からもってたでたらめプランニング系のスキルが上手く作用したんだろうな……)

 

 しかし、ピンチから逃げ切ったのはあくまでシャルロット・コルデー。

 ヤンデレである彼女に捕まったままの俺はある意味、今だ危機的状況にいると言っても良い。

 

「あの……狭いんですけど」

「あうぅ……すいません、本当なら私の部屋まで跳ぶ筈だったんですけど、失敗して脱出ショー用の箱の中に……」

 

 現在、俺と彼女は本来は1人用の箱の中に向かい合う形で詰め込まれていた。

 胸が当たって……とか、そんなラッキースケベよりも箱に押し込まれて痛い。

 

「転移は?」

「えっと、このままだと先の場所に戻りそうなので……」

 

 まだあの状態のコヤンスカヤがいるかもしれないので無理か。

 

「じゃあ箱を開けてくれ」

「出来ません……! 種も仕掛けもない解除不可能な箱の中から魔術で脱出する筈でしたので……」

 

「じゃあ箱を破壊したりは?」

「それです!」

 

 何もない場所からナイフを手に取ったコルデーは、魔力で刃を強化して箱を切り裂いた。

 箱が開いても光が無いが、密着状態と息苦しさから解放されたので一先ず安心だ。

 

「脱出成功ですね!」

「そうだね……」

 

 服に移ったシャンプーか何かの香りに少し不安を覚えつつ座っていると、コルデーの傍にいる天使(?)の様な球体状の何かが光り出し、辺りを照らした。

 

「天使さんにライトになって貰いました」

「何時まで停電してるんだろう……」

 

 視界が戻り、両手に箒とチリトリを持ったコルデーは地面に散らばった箱の破片を片付けてニコっと笑った。

 

「大丈夫です! 私がマスターの傍で、ずっと暗闇を照らしますから!」

 

 嬉しそうな彼女が本心でそう言っているのは分かる。

 

「ですので、どうか私の傍に居て下さい」

 

 俺の手を掴んだ。

 コヤンスカヤとは違う、そっと添えるだけの手だがそこに重ねた想いだけは別格だ。

 

 拘束するのではなく離さない。そんな意志だけがはっきりと伝わってくる。

 

「さあ、こっちです」

 

 箱から脱出して出て来たのは、廊下ではなく彼女の部屋の中。

 羽の動きで多少影が揺れるが、部屋全体を申し分なく照らしている。

 

 コルデーはこの部屋の中で一緒に過ごすつもりらしく、立ち上がった俺の手を取って奥へと連れ込もうとする。

 

 彼女が一般的な女性に近いとは言え、サーヴァントである以上力で勝てる訳が無い。なので此処は大人しく従うのだが……

 

「……マスター?」

 

 俺の手はドアノブを掴んで捻っていた。俺の意思とは関係なく。

 

(先コヤンスカヤの契約書にサインしたからか……! 体が、勝手に……!)

 

 この行動にコルデーも驚いたようで、慌てて力を込めて制止する。

 

「マスター!?」

「あー……えーっと……不可抗力です」

 

 丁寧に契約書の事を説明すると触れなくていい逆鱗に触れそうなので濁して伝えると、コルデーは頬を膨らませて怒りながら両手で俺を抱き締めた。

 

 けれど、足は止まらない。

 

「もう、あの獣っぽい方と何をしていたんですかっ!?」

「ちょ、ちょっと安全保証の契約を……」

 

「詐欺にあってますよね、それ!」

 

 部屋の入り口でジタバタしていると、廊下の方から力強い足音が聞こえてくる。

 

 暗闇の中、音と同じ方角から輪の様な形の炎がどんどんこちらに近付いてくる。

 

「見つけたっ!」

 

 俺達を補足した神霊状態の闇のコヤンスカヤがこちらに向かって突っ込んでくる。

 

 鋭い瞳と天使の光を反射する鋭い爪。

 

 殺される……! と思った瞬間。

 

「っ!?」

「おわぶっ!」

 

 俺はコルデーに押されて、コヤンスカヤの方へ放り出された。

 驚いたコヤンスカヤに抱き締められたが、爪で引っかかれずに済んで安堵した。

 

「なんのつもりですか?」

「今の私はマジシャン、シャルロット・コルデー。

 なので、マスターは必ず私の手元に戻ってきます!」

 

 強気なコルデーの言葉と同時に、俺の服の中から突然何かが飛び出した。

 微かな明かりで照らされたのは白い羽。

 

 数羽の白いハトが、礼装の袖や襟から羽ばたきながら出て行ったのだ。

 

「この程度、直ぐに私が支配して――」

「無駄ですよ」

 

 コルデーの手元に1羽のハトが戻って来ると、残りのハト達はポンっと音を立て、煙を上げてその場から消え去った。

 

 手元のハトも消えて、彼女の手には一枚の紙。

 

「っ、貴様!」

「この契約書は破棄させて頂きます」

 

 契約書が破かれ、俺を縛っていた見えない拘束力もなくなり体が自由に動かせるようになった。

 もっとも、その体はコヤンスカヤに掴まれている訳だが。

 

(この女を無視してマスターを連れて……否、此処で確実に仕留めねば、また妙な真似をされるか)

 

(うーん、やっぱり神霊相手では役不足ですしあっちもそろそろ怒り心頭な筈……いえ、例え刺し違えてでもマスターを奪い返して見せます!)

 

 暗闇の中、それぞれお互いの前方だけ照らし合っている二人は睨み合っていた

 

 片や獣、片や手品師。なのに、何かキッカケさえあれば、地面を蹴って相手の首を落とす。そんな剣豪にも似た覇気を感じる。

 

「!」 

「っ――」

 

 ――遂に動いた。

 コヤンスカヤは俺を手放し、コルデー目掛けて攻撃に出た。

 

 それに反応して、自分の帽子を投げつけたコルデーはすぐさまステッキを手に持ち接近戦に備える。

 

 魔力で強化され操作されている帽子の斬撃を物ともせず、一直線に突き進む。

 

 接触まであと一歩――

 

『――っ!』

 

 突然、光の無い廊下が眩しい程の光で照らされた。

 

『~♪』

 

 同時に、塔中に響き出した歌声と音楽。

 聞き覚えのある旋律に首を動かして周囲を見渡した。

 

 スポットライトや色とりどりの小さな光が絶えず動いて、殺風景なヤンデレ・シャトーがライブ会場に様変わりしていた。

 

『~♪ ~♪』

「この声は……まさか」

 

 2対の光が道の様に広場まで続いており、その先に声の主がいるのが分かる。

 

「なっ!?」

「あ、あれ……?」

 

 後ろから聞こえて来た戸惑いの声に振り返ると、コヤンスカヤは白いスーツの秘書姿に戻っており、コルデーのハトや帽子が消滅している。

 

「な、何故突然霊基が……」

「まるで思いっきり絞った雑巾みたいに、力が抜けて……」

 

『~♪』

 

 アイドルソングはまだ聞こえているが、俺に異常はない。

 

 攻撃手段が封じられた2人もお互いに顔を見合わせているが、敵意が薄れている様に見える。この未知の状況に一度休戦をする様だ。

 

「どう考えても、この戦闘力の消失は今流れている怪電波アイドルソングが原因の筈です!」

「でもこの歌声、確かカルデアのアーカイブで聞いた様な……」

 

 当然、プレイヤーである俺は知っている。

 周回中に散々聞いたんだ、忘れるわけがない。

 

 謎のアイドルXオルタ、えっちゃんだ。

 

『――アンコールより、餡ころ餅!』

 

 曲が終わり、広場の方を一際明るく照らしていたスポットライトが、こちらに近付いて来る。

 えっちゃんがこちらに近付いて来ているのだ。

 

「マスターさん、どうして私の近く来ないんですか?

 折角のソロライブだったのに……」

「何せ、随分唐突だったからなぁ」

 

「そうですか。今度からはちゃんと入場券をお配りする事にします。

 勿論、マスターさんなら顔パスで楽屋に入って貰ってもいいんですけど」

 

「おっと、可愛らしいアイドルさん。私の社員との逢引はご遠慮ください」

 

 マイペースな会話をするえっちゃんの前にコヤンスカヤが横入りしてきた。

 

「……秘書としてはレベルが高そうですが、残念ながらアイドルとしては私に分がありますね」

「はぁ、アイドルですか。確かに私は人間のどうでもいい文化には疎いですが――っ!」

 

 唐突に、コヤンスカヤが跳んで距離を取った。

 

「む、分かり易くえっちゃんパンチをお見舞いしようとしたのに……」

「そう言う事ですか。これは貴方の経験した特異点の再現ですね」

 

「もしかして、アイドルであればサーヴァントすら倒せてしまうあの特異点!?」

 

「そうですよ、原石ガール。今この場所はグレイルライブの再現。歌って踊れるトップアイドルがもっとも大きな力を持つ場所です」

 

「では先までの停電は……」

 

「自室でリハーサルをしていたんですが、手違いで会場全体の照明を切ったままにしてしまいました」

 

 つまり、アイドルであるえっちゃんが単純な力量で2人を圧倒している上に、塔の状態すら思いのままなのか。

 

「まあ、流石に構造は弄れませんので照明やプロジェクターなんかで派手にしていますけど」

「だったら、私達もアイドルになれば!」

 

「無駄ですよ。アイドルの力の源はファンの数。そしてこの場で唯一、ファン足り得る一般ピーポーはマスターだけ」

 

 唯一のアイドルであるえっちゃんが自動的に俺の票を得る訳か。

 

「と言う訳で、貴方達はアイドルでもなければファンでもない、悪質なアンチと断定し、セキュリティにしょっぴかれて頂きます」

 

「ちょ、急に何処から!?」

 

「わわ、て、抵抗できませーん!」

 

 えっちゃんが手を叩くと、何処からともなく警備服に身を包んだオートマタが辺りを囲み、戦闘力の無いコルデーとコヤンスカヤを何処かへと連れて行った。

 

「これで良し、ですね」

「いや、全然よろしくないだろ」

 

 連れ去られていく2人を見ながらツッコミを入れたが、えっちゃんは真剣だ。

 

「マスターさん、全然私に会ってくれませんね。

 勿論、その理由がお知り合いのマスターと別の私である事は知ってますけど」

 

 痛い話を持ち出され、俺は思わず顔を反らした。

 バーサーカークラスである本来のえっちゃんは、俺のカルデアには居らずこの悪夢の中では玲と一緒に入るのが普通だったし、何処かアイツだけのサーヴァントの様に考えていた。

 

「他のサーヴァントなんて、例え私であっても気にする必要はないです。

 それが出来ないなら――」

 

 ――言葉の続きより先に、廊下を照らす全ての光が再び消え去った。

 

「この闇の中に、私の姿を隠しましょう。

 見えないなら、私が何者であるかなんて気にしなくていいでしょう?」

 

 押し倒され、馬乗りになった彼女の声が聞こえて来る。

 

「コレも……“隠しましょう”」

 

 声が変わった。

 謎のヒロインXの様な、メイヴの様な、タマモキャットの様な……どれかに近い筈なのに、どれにも似ていない声が降り注ぐ。

 

「“光もない、声も違う。怖いでしょうか? ですがマスターさんに恐怖する時間なんてありませんよ?”」

 

「“アイドルの姿を拒絶し、声さえ変えさせた責任はとっても重たいです”」

 

 こちらを責める様な、しかし甘える様な口調が迫って来る。距離は分からない。

 

「“謎のアイドルXオルタは、本当に謎のベールに包まれました。

 人目に付かない暗闇ですからね”」

 

「“大人しい文学少女も、本性を見せるかもしれません”」

 

 右側から本の一説を音読した様な平坦な声が届いた。

 

「“ヴィランとして、悪事を働くかもしれません”」

 

 左耳を悪戯に、くすぐる様に囁かれた。

 

「“目を逸らそうが向けようが、どうせ見えていないなら”」

 

「“手で触れて、肌を重ねて……私の本性、確かめませんか?”」

 

 暗闇の中で、少し金属が騒がしい衣擦れの音が響いた。

 

 

 

 そして、黒の世界で1人と1騎が熱を交わし合う前に、辛うじて偶像(アイドル)が信者の元に、手品師が助手を求めてやって来た。

 

 ライブ会場、神域、ショーの舞台、3人の概念の押し付け合いが激化していく最中、放置された俺は闇に息を潜めて今日をやり過ごしたのだった。




停電の使い方が分からん(おい)
因みに、このネタを書き始めたのが正月前後で停電にあってたからだったりする。(もはや何時だったかも覚えてない)

バレンタインデーイベントはいかがお過ごしでしょうか。自分は本命のエイシンフラッシュが引けず、折角のブルボンの育成を未だ見送っております。
バゼットさんは……積極的には引いておりません。次回以降のイベントに石を溜めておくつもりです。

当然ながらマスターデュエルは初日に始めました。
ランクマッチでナチュルとか使ってるのでレートが溶けてますが楽しいです。

今月中にバレンタインデーの短めの奴をあげたいと思ってます。(まだ白紙です)

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