ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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5周年記念企画、最後は デジタル人間 さんの話です。
2周年記念で書いた【ゆめのおわり】の続編となっています。
二度目の彼らシリーズに該当するかもですね。まあ、ハロウィンでも一度書いたんですけどね。

久し振りのヤンデレ・シャトーの様子をどうぞご覧下さい。



ゆめのつづき

 全てのアヴェンジャーを揃え、ヤンデレ・シャトーが終わってから数年。

 実装当日に魔王信長やスペースイシュタルを召喚して、結局監獄塔に呼ばれる事も無かったのだが――

 

「――平景清かぁ……石ないし、今回は見送ろう」

 

 すっかり、あの悪夢の事を忘れていた俺はその時のピックアップを逃した。

 

 そのせいで再び始まってしまったのだと、その日の夜に目の前のアヴェンジャー達を見て理解した。

 

 数年分の狂気を溜め込んだ監獄塔。

 出迎えてくれた彼らは大変愉快そうに、憐み、関心の薄い表情でこちらを見た。

 そして、その中から一人……唯一召喚していなかった平景清がこちらに近付いてきた。

 

 目を隠しているので表情は分からず、久しぶりに此処に来た俺に何か説明してくれるのかと棒立ちで待っていると――

 

「――へ?」

 

 トン、と体を指で押され後ろに倒れた。背後には床が無かった。

 

「う、うおぉぉぉぉぉ!?」

 

 突然の落下に驚いてじたばたするが暗闇で周囲もろくに見えない状況では、助かる事などほぼ不可能だろう。

 このまま加速したまま床に激突。そうなれば、普通の人間の俺は人の形を保ってはいられないだろう。

 

「令呪っ――なんで無いの!?」

 

 自分の悲鳴でマスターなら誰しもが持っている令呪を思い出し、手の甲を確認したがそこには何もなかった。

 

「だ、誰かっ! 助けてくれぇぇぇぇぇ!!」

 

 下への速度が増し始め、冷たい風が体を駆け抜けていく感覚に恐怖して助けを求めた。

 

 あ、ヤバイ。地面が見えて――

 

「――こんな事で死ぬと、本気で思ったのか?」

 

 激突する寸前に誰かにしっかりと抱きしめられた。人の温度を感じさせない程に冷静な声色の持ち主は目元をバイザーで隠し、甲冑で身を包んでいるがその正体は直ぐに分かった。

 

「あ、アルトリア……」

「オルタだ。もっとも、この場にその名を持つ他の小娘はいないがな」

 

 お姫様抱っこの格好で抱きしめられて、こちらが抗議するより先に力を込めて跳躍した。

 

「って、どうなってるんだ!?」

 

 落下している時は周りを見ている暇なんてなかったが、ボロボロな石造りの監獄塔は縦に長い円形になっており、壁の側面には階段が上へ上と続いている。

 

 階段の先にあった足場に着地し、そっと降ろされた。

 

「マスター、お前が此処に落ちてくるのをずっと待っていた。

 お前が去って、会えなくなった時間の全てに全てのサーヴァントが同じ思いを募らせ続けて来た……」

 

 アルトリアの視線が俺を誘う様に壁に向いた。

 

「その結果がこれだ。

 二度と此処から脱出させず、再び目の前から消えない様に。

 塔は縮小され、道は上から下へと向きを変えた。

 この階段すらマスターへの情が無ければ存在せず、此処は一度飲み込んだ物を胃袋の様な閉鎖空間と化していただろう」

 

 それは確かに恐ろしい。

 つまり、この夢から出たかったら俺はこの塔を登――

 

「それ以上、この上を見上げる事は許さん」

 

 ――登るのは容易ではなさそうだ。

 掌で視界を覆い隠されて、背後から抱き締めたアルトリア・オルタの声が耳元で聞こえた。

 

「この塔の変化はそのまま私の心情を表している。

 お前はもう二度と、此処から出さない」

 

 その言葉が終わると同時に、扉の閉まる音が聞こえた。視界があければそこは、殺風景な塔ではなく、煌びやかな王の部屋が――

 

「――あの、このゴミ袋は……?」

「マスターの到着が急だったからな。片付けていない」

 

 しかもこの間にバイザーや騎士甲冑を外して、ラフな新宿の霊基になっていた。

 

「寛いでいろ。すぐ片付ける」

 

 床や机の上に散乱していたジャンクフードの包み紙やコップを手早くゴミ袋に入れ、部屋の扉を開いて放り投げた。

 

「よし、これでいいだろう」

「不法投棄なんじゃ……」

「……仕方ないな」

 

 彼女が黒い聖剣を手に取ったのを見て慌てて身構えた。

 しかし、部屋の外へ向いた彼女は魔力を集めて――

 

「これで――処理完了だ」

 

 塔の下に向けて、そこそこの威力に抑えられたエクスカリバー・モルガンを放った。恐らくゴミ袋は跡形もなく消滅しただろう。

 

「なんだ? マスターの望みの通りだろう?」

「な、なんでもないです……」

 

 ズボラな一面を隠す事もない彼女の様子にこれ以上追及するのを諦めて、俺は綺麗になったソファーに座った。

 

「っと、いつまでもこの格好ではいかんな。少し着替えて来る」

「え?」

 

 部屋に着いて直ぐに服を変えた筈だが、また着替えをするのかと疑問を覚えた。

 

「先会った時からこの格好だった。鎧の下にあったから見えなかっただけだ」

 

 リビングの奥にある部屋の前に立ち、彼女はこちらを向いた。

 

「それとも、私の着替えを目の前で見たいか?」

「え、あ、そ、それは……」

 

 突然に不意打ちに、口から出そうになった見たいの一言をどうにか抑えていると、彼女は鼻で笑った。

 

「っふ。冗談だ。私の裸を見たければ、剥ぎ取る位の気概を見せろ」

 

 こちらを試すようなセリフと共に扉が閉まった。勿論そんな邪な事を企む訳もなく、出口へと向かってドアノブを弄るが鍵が掛かって開けられない。

 

「扉を間違えたか? こちらなら開いていたぞ?」

 

 自分が出て来た扉をノックしつつ、不機嫌そうにこちらを睨むアルトリア・オルタ。

 その姿はセイバーではなく、黒のビキニとジャケットに白のフリルスカートの水着メイドに変わっていた。

 

「な、なんでメイド?」

「言っただろう。この格好がこの部屋の中での正装だ」

 

 スッと俺に向けて手に持っていたモップを持ち上げた。

 

「この部屋の主はご主人様であるマスター。ならば、私はメイドであるのが自然だろう。此処にいる限り最強のメイドがいつまでも奉仕してやろう。アイス、炭酸飲料、ポテトの揚げ物……貯蔵は十分だ」

 

 アルトリア・オルタに襟を掴まれ、リビングのソファーに再び腰を降ろされた。

 目の前の机の上には皿にあふれんばかりに入れられたポテチと、炭酸飲料の入ったコップが置かれた。

 

「さあ、何を観るか」

「あの……」

 

 そのまま俺の膝の上に座った彼女はリモコンを操作してテレビを点けて映画を選ぼうとしている。

 

「なんだ? 部屋が汚れていなければ掃除は出来まい。

 ご主人様は此処で私と共に映画を楽しみ、存分に部屋を汚すがいい」

 

 メイドになっても暴君のままな彼女を見て、込み上げて来る乾いた笑みを抑えながら映画に視線を映した。

 内容は銃を打ち合うアクション映画。主人公が気持ちいい位に拳銃やマシンガン、果てにはバズーカまでぶっ放している。

 

 しかし、そんな単純な映像すら頭に入ってはこない。

 

 固めのポテチをアルトリアが噛む度にポリポリと大きな咀嚼音を立てる。

 最初はそれがちょっとうるさかったので抗議の目を向けたけれど、それに気付いたアルトリアは一笑の後に、1枚抓んで俺の口に差し出した。

 

 それを食べたのを皮切りに彼女は自分で食べてから俺に1枚と繰り返すようになった。

 

 それだけでは飽き足らず、こちらの反応を楽しむように態と食べにくい持ち方をしたり、視界を塞ぐ様に持ち上げたりと悪戯はエスカレートしていく。

 

「どうだ、面白いか?」

「まあ、うん」

 

 皮肉交じりな台詞に曖昧に返すと、彼女はポテチを咥えたままこっちを向いた。

 そのまま僅かに近づいて、暗に食べろと迫って来る。

 

 興奮しているか恥ずかしいのか、色白な頬が少し赤みを帯びているのが色気を醸し出している。明らかに危険な罠なのに、俺の視線は彼女の顔に釘付けになっていた。

 

 注視してはいけない。凝視していては駄目だ。

 そこまで分かっていても、アルトリアの美貌と久しく忘れていた雰囲気に飲まれてゆっくり、確実に吸い込まれていく――

 

「――っ」

「んっ!?」

 

 後一瞬でポテチに触れる筈だったのに、横から指でポテチを取り除いたアルトリアはノコノコと近付いてきた俺の唇を強引に奪った。

 

 思わず後ろに下がろうとするが、ソファーに座って膝の上に彼女が乗っかている状態で逃げ場なんて最初からなかった。

 

「あっむ、んん……! ふふふ、随分隙だらけになったなマスター。正直、何か企んでいるのかと柄にもなく慎重になっていたが、これならメイドの私に躾けられても文句は言えまい?」

 

 先までの家デートのような雰囲気から一転、地面に倒されライオンに食べられるのを待つ草食動物の様だった。

 

「ご主人様、まずはメイドへのお支払い方法を教えてやろう。

 十分な魔力供給の為に食事は勿論、就寝も共にする事。ご主人様のお手付きになれば更に多くの魔力を払ってもらえるだろう?

 勿論私の身分はメイドだ。掃除、料理、家事……ストレス発散でも何にもご利用するが良い。その権利はご主人様の物だ」

 

 抱きしめられ、片手を首後ろに回された状態でアルトリア・オルタは自分の体を下からゆっくり指でなぞりながらアピールする。

 

「契約書にサインをすれば、これからはずーっと私がご主人様のメイドだ。勿論、王の私を望むというのであれば、マスターを私のモノにしてやろう。こっちの方が好みか?」

 

 答える事だけ避けようと口を閉じていたが、彼女が出現させた聖剣の柄が首を少し押した。

 

「答えずに逃げようなどとは考えるな。もう少し、痛みが欲しいか?」

「っぁっぐ!」

 

 聖剣の柄がグイっと押し込まれ、閉じていた口が開いた。

 

「こちらがご主人様になる為の契約書だ。サインは此処にお願いする。

 だが、王の私に仕えたいのであれば……手の甲に口付けしてもらおうか?」

 

 息苦しさと視界の端にチラつく聖剣の刃に、腕は契約書を握っていた。

 

「生憎、筆記用具の類は持ち合わせていない。

 だが、サインは血印でも構わないぞ」

 

 サディスティックな表情を見せる彼女から、出来るだけ苦しめてから自分の物にしたいと言う意図が伝わって来る。だけど仕方がない。

 

 赤く光る聖剣の刃に指をそっと伸ばして――

 

「――ちょーっと待ったぁ!」

 

 突然、叫び声と共に部屋に入って来た新たなサーヴァントの乱入。そして、その手に握られていた剣で契約書は真っ二つに切り裂かれた。

 

「……貴様」

「良くもまあそんな顔で睨めるねっ! 滅茶苦茶にされて怒っているのはこっちだよ!」

 

 現れたのはピンク髪のトラブルメーカー、アストルフォ。

 黒いうさ耳と剣を持ったクリスマス産のセイバークラスだ。

 

 アルトリアに腹を立てた様子でピョンピョンとその場で跳ねながら文句を言い続けた。

 

「折角マスターを逃がさない様に一人300mの深さまで掘ったのに、それを自分の城の一部を使って上から埋めるなんて正気の沙汰じゃないよね!」

 

 しかし、アストルフォが突然可笑しな事を言い出した。

 

「ど、どういう事?」

「余計な事を……」

 

 俺の疑問に答えるより先にアルトリアはメイドから甲冑姿のセイバーに戻り、聖剣に黒い魔力を迸らせた。

 

「おっとっと!」

「っ!?」

 

 その様子に驚いて転びそうになったアストルフォは俺にもたれ掛かって来た。

 

「貴様……!」

「うんうん、少し前のキミだったら迷わず斬っただろうけど、今ここにいるのは漸く再会したマスターだもんね。僕と一緒に切り伏せるだなんて勿体ないよね?」

 

 盾として使われていた。だけど、アルトリアが道を塞いでいるのに一体どうやって此処から逃げる気――

 

「――っだぁぁ!?」

「マスター!」

 

 突然、アストルフォは俺を前に押した。

 戸惑うアルトリア・オルタが支えようと手を伸ばすが、その後ろで激しい魔力が放たれると同時に俺の体は足を引っ張れて後退し、無防備な彼女を宝具が襲った。

 

「貰った! ヴルカーノ・カリゴランテ!」

 

 部屋中を覆う様に曲がり、動く蛇腹剣。

 俺の足に絡まり、アルトリアを取り囲む様に迫る刃の檻を、笑みを浮かべたアストルフォが真っ直ぐ駆け抜けると、剣の速度も増した。間違いなく、この刃で体を微塵に切られてしまうだろう。

 

「ッ! き、さまぁ!!」

「おお、怖い怖い。それじゃ、バイバイ!」

 

 だが、刃は鎧を切り裂かずにアルトリアを拘束し、その間に俺を連れてアストルフォは脱出した。

 

「流石にね、戻って来たばかりのマスターに血だけ肉だらけのスプラッターショーなんて見せるのは駄目でしょ? だから手心を加えてあげたのさ! ほらマスター、僕って結構いい奴だろ!?」

「わ、分かったからっ! 揺らさないで!」

 

 抱きかかえられたまま自由落下しているこの状態では流石に暴れる気も起きない。

 

 やがて、地面が近付いて来るがそこには人が通れる程度の穴が開いている。

 

「ほら、これが彼女が出現させたお城の一部! これを壊しながら登って来るの、ちょっとしんどかったよ」

「派手に壊れてる……」

 

「まあ、流石に高さ600mも下に降りればマスターも逃げたりしないでしょ? このお城が蓋になるから階段を登っても上に上がれないし」

 

 やがてトンネルの様になっていた城を抜けると、宝具の剣を壁に突き刺して扉のある足場に着地した。

 

「とーちゃく! 此処が僕の部屋さ!」

「扉が既に扉としての機能を失っているのは何でなの?」

 

 真ん中には人が1人通れそうな穴が開いている。

 

「あははっ! マスターの気配を感じたらも開ける時間も惜しかったからね! さあ、入って入って!」

 

 先まで城を超えるのに苦労したと話していたが実際は力づくで突撃して貫通したんじゃないかと疑わずにはいられなかった。

 

 そして先まではヤンデレ・シャトーに来たのが久し振りで、ちょっとボーとしていたかもしれないけど、この部屋に入るのは流石に不味いのは知っている。

 

 だって、アストルフォはどんなに可愛くても男の娘。

 

 そして、ヤンデレになってずっと発情期になっている彼の目的は俺の尻。

 

「……」

 

 だったら、ワンチャンまたキャッチされる事を願って更に下に落下するのがーー

 

 

「あ、それともマスターは外でしたい? 良いよ、僕もちょっと我慢がーー」

「ーー入ります! お邪魔します!」

 

 逃げ道が無い事は分かっていても、少しでも長く引き延ばしたくて部屋の中に入る事を強いられたまま選んだ。

 

「もー……ジョーダンだよ、ジョーダン!」

 

 アストルフォの部屋は案外しっかりしていた。

 ……しっかりしてはいるけど……

 

「イルミネーション……ワインとチキン、鹿の頭のインテリアに、クリスマスツリー……?」

 

 部屋はしっかりとクリスマス一色だった。

 

「ほら、僕ってクリスマスのサーヴァント、サンタでしょ? だから部屋もクリスマス仕様にしたんだよ」

「季節感がゼロなんだけど」

 

「まあ、良いじゃん! あ、チキン食べる? エミヤに頼んで毎日新鮮な物に替えてるよ!」

 

 エミヤ……毎日ローストチキン焼かされてるのか……

 

 こちらにチキンを見せつけながら頬張るアストルフォの理性の無さに改めて驚愕しつつ、此処までの疲労が一気に来たので、白い毛皮の被さったソファーに腰を落ち着かせた。

 

「……んっぐ!? んんー!」

 

 目の前ではチキンを喉に詰まらせたアストルフォがワインっぽいラベルの張られたぶどうジュースを直接ビンから飲んでいた。

 

「っぷっはぁ! ああ、危なかったぁ!」

 

 顔を真っ赤にして安堵の溜息を漏らしている。

 その様子に呆れつつも笑い、視線を部屋全体に移した。

 

「ん……?」

 

少し離れた場所にゴミ箱を見つけた。

その横には入れ損ねたらしいゴミが落ちている。

 

 光を反射してキラキラ輝くそれを見ていると、それが錠剤の包装シートなのが分かった。

 

 

 

 嫌な予感がしてアストルフォを見た。

 

「――マスター! もうだめぇ!」

 

 顔を真っ赤にしたアストルフォが強く抱きしめて来た。

 

「うぐっ!?」

「僕ってやっぱり全然最優のセイバーに向いてないよねぇ? だって自分で盛った媚薬、全部食べちゃったもん!」

 

 体が触れ合い、主に下半身に強い熱を感じて悪寒が走った。

 

「本当はね、マスターが僕を求める様に仕向ける為に元気になるお薬を用意したのに……全部飲んじゃったから入れたくて入れたくて堪らなくなっちゃった!」

 

 既に密着しているのに、更に奥に行きたいとばかりにアストルフォは肌を近づ押し付けてくる。

 

「ねぇ、入れていい?」

「良くない、絶対ダメ!」

「優しく……は出来ないけど、良いよね?」

「だからダメだって!」

「あはっ……ありがとう」

 

 駄目だ、こっちの話をまるで聞いてない。

 

 必死に抵抗しようと礼装や令呪を試みるがやはりどれも封じられているのか使えない。

 

「それに、よくよく考えたら全部マスターが悪いもんね? 僕をこんなにコーフンさせたのも、いなくなってお預けになっちゃったのもマスターが全部ぜーんぶ……! よし、義は僕にあり!」

「酔っぱらってませんかね、この子!?」

 

 素面でこれなのは知ってるけど、本当に思い止まって欲しい。

 

 しかし、そんな願いは空しく、アストルフォは俺を持ち上げるとくるりと空中で半回転させた。勿論、尻を自分に向けて。

 

「いやだぁぁぁ! 助けてくれぇ!」

「えへへ、マスターが女の子みたいな悲鳴出して……可愛いなぁ、もうキュンキュンしてきちゃったよ」

 

 両手を後ろ手で固定され、完全に身動きを封じられた。

 

 もう駄目だ……俺、お婿に行けなくなる……

 

「ローションとか、面倒くさいからいっか」

 

 ぽとりと落ちたローション。視界の端に映ったそれが俺がこれから受ける恐怖を更に駆り立てる。

 

「無理無理無理無理!!」

「大丈夫大丈夫……じゃーまずはズボンとパンツ……暴れるから脱がせずらいな……切っちゃえ」

 

 アストルフォの手が下半身に触れた瞬間――地面が揺れた。

 

「……え? なにこの揺れ?」

 

『この大穴を城を使って蓋をする! なるほどなるほど、あの黒い騎士王も随分と派手な事をする! 実に余の好みだ!』

 

「この声って……!」

 

『ならば、皇帝である余もまた至高の美を! 余の劇場でマスターを迎え入れようではないか!』

「迎えって、まさか!?」

 

 床に、亀裂が走った。

 

「アエストゥス・ドムス・アウレア!!」

 

 

 

「め、滅茶苦茶……!」

 

 この一言に尽きた。

 

 アストルフォが咄嗟に庇ってくれたが、床は壊れ俺達は下からせり上がってくる劇場に飲まれるように落下し、それでも黄金の舞台はまだ上へ上へと進んでいる。

 

「あっはっはっはっはっは! 準備に時間を有したが、その甲斐あって美少年と愛しの最愛のマスターを手に入れる事が出来たぞ!

 なるほど、美少年はこうやって捕まえるのか!」

 

 高笑いをするネロは可愛いが、カブトムシを捕まえる感覚で黄金劇場を上下移動されるなんて堪ったものじゃない。

 

「しかし、今回も余の狙いはマスターのみ! 花嫁ゆえなっ!」

 

 俺達を黄金劇場で捉えたのは、ネロ・ブライドと呼ばれる純白の花嫁姿に身を包んだセイバー。

 勿論、彼女とも何度もヤンデレ・シャトーで出会っている。

 

 ネロは倒れたままの俺を掴もうとするが、立ち上がったアストルフォが同じ様に俺を掴んで離さない。

 

「待ってたのは君だけじゃないさ……!」

「アストルフォよ。そんな状態で余と戦って勝てるとでも?」

「舐めないでよね! 僕はシャルルマーニュ十二勇士のアストルフォだ! 例え発情してても、皇帝に剣で負けたりしないさ!」

 

 完全に敗北フラグ……このままだと流石にアストルフォが切り捨てられてしまう。

 

「アストルフォっ! ……?」

 

 待ったをかけようと手首を掴むと、アストルフォはその場に崩れ落ちた。

 

「あ、っはぁ……」

 

「な、なんか恍惚な表情を浮かべてる?」

 

「どうやら……薬で敏感になっていた所をマスターに触れられ、勇士としての理性が溶けてしまった様だな」

「そんなにギリギリだった!?」

 

「ま、まひゅたー……僕の、まひゅたー……」

 

 ゆっくりと、おぼつかない足取りでこちらに迫って来るアストルフォ。

 その動きに再び貞操の危機を感じ――

 

「――っあああぁぁぁぁぁ…………」

 

 と思ったが、アストルフォの足元に突然穴が開き落下して消えて行った。

 

「落とし穴!?」

「余の劇場故ボッシュートも余の自由! そして唯一残ったマスターも余の自由だ!」

 

 驚いている間にネロ・ブライトに抱き締められた。

 黄金の劇場の中を、白い花びらが舞い落ちている。

 

「余はずっとこの時を待ち侘びていたのだ……さあ、今こそ以前果たせなかった夫婦を契りを結ぶぞ!」

 

「……」

 

 しかし、抱き締められてから俺の頭はボーっとしていた。口を開くのも億劫な程に。

 

 再び花びらが辺りに舞った。甘い香りが吹き抜けていく。

 

「余を見るのだ、マスター」

 

 顎をクイっと持ち上げれた。何時の間にか足首には鎖が巻き付いている。

 

 ネロが何かしている……と言うよりは、劇場が勝手に動いていると言った方が正しいのか。

 

「……は、なし、て」

 

 辛うじてそう言ったが、ネロは少しキョトンとしてから、笑った。

 

「何を言うマスター! この劇場は余の物ではあるが、今の主役はマスターだ! そなたがこの場から出て行っては意味がないではないか!」

 

 黄金の劇場。

 ネロの宝具は劇場を展開する事で彼女を輝かせ、強化すると言った代物の筈だ。

 そもそも何時も目立ちたがりで自分が美の頂点だと言って譲らない彼女が、主役を手放すなんて……

 

「どうかしたか? まさか、余の劇場の主役になった事が不服なのではあるまいな? 勿論それがどれ程の重荷かは理解しているが、マスターなら大丈夫であろう!」

 

 彼女なりに全幅の信頼を置いている様だけど、意識を保っているのかも曖昧な俺では返事をするのも難しい。

 

「では、早速式を始めよう! この劇場で! 全てのローマの民の前で!」

 

 ネロの言葉に答えるように、劇場の観客席は黄金色の光で出来た人々で埋め尽くされていく。

 

『エクス――』

 

 劇場が、少し揺れた。

 

『ヴルカーノ――』

 

 再び少しだけ揺れた。

 

 式はいつの間にか進んでおり、中央の道を歩いてこちらにやって来たネロのベールが取られている。窓の外に、黒い甲冑を着た何かが下へ落下している。

 

(アルトリア・オルタ……!?)

 

 視線だけで彼女を追ったが直ぐに闇に飲まれて消えて行った。

 

「水着の私が散々使っていたパイプオルガンによるビーム砲撃! これでいかなる外敵も撃ち落とせる上に、セイバーなのにビームが出せない問題も解決したぞ!」

 

 つまり、今の揺れは劇場の砲撃による反動だった……?

 

「これで劇場の中も外も余とマスターのみ! ローマ民は観客故、邪魔者は残さず殲滅した!

 さあ、まずは誓いのキス! ケーキ入刀! その後は……夫婦の営み、完璧なプログラムだな!」

 

 色々すっ飛ばしてるけど、劇場によって縛られ体を動かす力すらない現状はそれは避けられないだろう。

 

 近付いて来る彼女を見て観念して瞳を閉じたが……一向に何も起きなかった。

 

「……?」

 

 目をゆっくり開くと、ネロは涙を流して泣いていた。口元は笑みを浮かべて震えていたので、嬉し泣きに見える。

 

「マスター……本当に、帰ってきてくれたのだな……」

「ネロ……」

 

 頭をこちらに預けて泣きじゃくるネロの体を、思わず両手で支えた。

 

「マスターのいない時間は、とても寂しかった。

 身も心も震えるほどの寒さに晒されていたのに、余に温度を分け与えて来るモノなど何もない氷河の様な世界……」

 

「だが、余は信じていた。マスターはいずれ帰って来ると。

 ……しかし、アレは本当に長い時間だった」

 

 物悲しそうに話しながらも、俺に輝きに満ちた目を向けるネロに申し訳なく思った。

 しかし、徐々に彼女の様子に変化が訪れる。

 

「マスターの喪失を埋める為に、余は他のネロ・クラウディウスと一つになる事にした」

 

「え、何で!?」

 

「他のサーヴァントも、自分と同じ名の存在と統合する者が続出した。

 皆が自分の力不足を嘆いたのだ。

 マスターを己が物とするには、唯の英霊、唯の神霊ではならないと」

 

 これ以上強くなられても……

 

「しかし――」

 

 気が付けば、周りからローマ民の光は消えていた。それどころか、黄金劇場の天井や壁から鎖が伸びて俺の体を更に拘束する。

 

「――3人分の愛とは、少々荷が重過ぎた様だ」

 

 マトモに力の入らない体を鎖が持ち上げられて宙に浮く。

 

「余はマスターと愛し合いたい。

 余はマスターとの再会を歌いたい。

 余はマスターと出掛けたい」

 

 彼女の言葉に巻き付いた鎖が徐々に動き出す。

 

 下手な操り人形の様に、手足をそれぞれ別の方向に引っ張ろうと動いて、締め付ける。

 

「さあ、余を見ろマスター。

 真紅に咲く余の美しさを!

 夏の太陽すら影を落とす輝きを!

 そなたに捧げる白の薔薇を!」

 

 彼女に瞳を向けて、その姿を映した。

 

 けれど、鎖の動きも彼女の言動も強さを増すばかりだ。

 

「しっかりと見ているかマスター?

 そなたの花嫁はここだ」

 

 叫ぶ声は聞こえているが、発せられた場所には揺らめく様に朧げな3人のネロが立っていた。

 

 赤くて、水着で、白くて――他に映る景色に異常はない。ネロだけが分裂して見える。

 

(統合って言ったけど、もしかして別れようとしている?)

 

「マスター」「マスター」

 

 不意に声が遅れて二度聞こえて来た。

 

「ネロ」

 

 名前を呼ぶと、ネロ・ブライドがこちらに手を伸ばして来たがそれより先に別の手が俺の頬に触れた。

 

「っ!?」

 

 驚いたネロが手の引っ込めると、別の手も幻の様に消えた。

 

「俺は此処にいるから、もう皆出てきたがってるんじゃない?」

 

 3人分の愛は荷が重いと彼女は言ったけど、それらは統合した他のネロ達も感じているし、だから内側から出ようとしているんだ。

 

「う……うるさいうるさーい! マスターは余の物だ! 3人分がなんだ、余1人で愛して見せるとも!

 だ、大体そうでなくともマスターは酷い! 一体何騎のサーヴァントを侍らせ、何か月も放置した! 愛でたくて愛でたくて仕方ないが、本当は同じ位怒っておるのだぞ!!」

 

「ご、ごめん」

「余は子供が欲しい!

 赤い余は子供が沢山欲しい!

 水着の余は子供が溢れんばかりに欲しい! 全部全部叶えてもらうからな!」

 

「そ、それは流石に――」

「結婚式を挙げた後はハワイ!」

「ローマ、日本!」

「月! 余の行きたい所全てに一緒に行く!」

 

「あの――」

「家で一緒にイチャイチャしたい!」

「ご近所で買い物したい!」

「皇帝らしくワガママに甘えたい!」

 

「偶の休日には一緒に芸術を嗜みたい!」

「一緒にプールで及びたい!」

「カラオケでデュエットしたい!」

 

「とにかくっ!」

「ずっと、ずっと!」

「余はマスターと一緒に過ごしたい!」

 

 そう言われ、3人のネロ・クラウディウスに詰め寄られた俺は苦笑いと共に頭をかくしかなかった。

 

「……」

「答えよ、マスター!」

「誓うがよい、マスター!」

「どうなんだ、マスター!」

 

「「「むうっ!?」」」

 

 同時に胸倉を掴まれた事で漸く彼女達はそれぞれの存在を自覚したらしい。

 

 そして――喧嘩を始めた。

 

「マスターは余のだぞ!」

「ローマ皇帝の余の物だ!」

「何を言う!」

 

何時の間にか鎖も外れ、花の香りも薄まって俺はその場に腰を降ろした。

安堵の溜め息が零れる。

 

「……いや、待って」

 

 安心する間もなく、異常に気が付いた。

 黄金の劇場が揺れながら、どんどん消えて行く。

 

「ちょ、ネロ!」

 

「「「なんだ、マスター!?」」」

 

「えっと……これ、大丈夫なのか?」

 

 俺の質問に彼女達は辺りをきょろきょろと見渡して漸く劇場の異変に気が付いた。

 

「これは――」

「3人の合体宝具が分裂によって消滅している様だな」

「分裂したばかりでコントロールは不可能だ」

 

 呑気な回答が終わるや否や、劇場は消えて俺達は空中に放り出された。

 

「ちゃ、着地任せた!」

 

「よーし!」

「此処は余が!」

「否、余が!」

 

 渾身の指示と同時に、3人のネロは空中で再び揉み合いを始めた。

 

「だ、誰でもいいから!!」

「「「ゆ・ず・れっ!!」」」

 

 このまま地面に激突して肉片となるのか――そんな覚悟もしていたが、俺の影は突然飛来してきた黒い影に攫われた。

 

「全く、フリーの完璧メイドが居なければ危なかったぞ、マスター」

「アルトリア・オルタ!?」

 

「っち、半歩遅れたか」

 

 俺を抱えて着地してくれたのは水着のアルトリア・オルタ。

 それを少し離れた位置から睨むセイバークラスの姿があった。

 

「やっぱりヒポグリフがいないとだね!」

「僕の時でも使えた筈なんだけど、すっかり忘れてたよねっ!」

 

 2人のアルトリアが対峙している間に下から飛んできた四足歩行の怪鳥に啄まれて上へ上へと連れて行かれる。

 

「ええい!」

「待って!」

「今に撃ち落としてくれようぞ!」

 

 パイプオルガンから放たれる魔力弾。連射し、放たれる度に数を増していくその攻撃は遂に回避を続けていたヒポグリフに命中し――

 

「今度こそ、余が受け止めるぞマスター!」

 

 放され、落下した俺はネロ・ブライドの手中で――限界を迎えた。

 

「……い、幾ら何でも……上下に揺らし、過ぎ……」

 

 

 

「……久方ぶりのヤンデレ・シャトーの感想はどうだ?」

 

「……脳がグワングワンして、全身に風を感じました」

 

「戻って来る隙を見せたお前が悪い」

「アヴェンジャーのコンプリートを強要する方がよっぽど酷いと思うんだけどなぁ……」

 

 床に倒れたまま、俺はエドモンの顔を見て、笑ってしまった。

 

「まぁでも、これがヤンデレ・シャトーだもんなぁ……」

 

「気に入ったか」

 

 

 

「……取り合えず、縦に長いのだけはもうやめてください……」

 

 




今回は本当に長らくお待たせしてすいませんでした。

活動報告にも書きましたが、これからは本作品以外の執筆に集中しますので更新頻度が更に低下すると思います。
勿論、アイデアがあればなるべく早く形にして投稿したいので、偶に覗いて頂けたら嬉しいです。

記念企画で半年以上過ぎてしまいましたが、これから愛読して頂けたら嬉しいです。宜し奥お願いします。

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